丸瀬布駅

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丸瀬布駅
丸瀬布 合同駅舎(2004年7月)
丸瀬布 合同駅舎(2004年7月)
まるせっぷ - Maruseppu
A47 下白滝 (9.2km)
(7.8km) 瀬戸瀬 A49
所在地 北海道紋別郡遠軽町丸瀬布水谷町
駅番号 A48
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 石北本線
キロ程 101.9km(新旭川起点)
電報略号 マセ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
開業年月日 1927年昭和2年)10月10日
備考 無人駅
直接ホームに出られる 生涯学習館の風除室が待合室となる
直接ホームに出られる
生涯学習館の風除室が待合室となる
1977年の丸瀬布駅と周囲約1km範囲。右上が網走方面。客扱い用に島式ホーム1面2線を持つが、駅舎前にホームは無く、旭川側から引き込まれた貨物用留置線が北端まで敷かれている。そこから駅舎横の貨物ホームへ引込み線が分岐する。駅裏に2本の貨物側線を有する。
木材搬出駅として、駅裏から構外旭川方面に渡って、北見営林局丸瀬布営林署管轄の広大なストックヤードが広がっている。まだ木材貨物の取扱いがされている様だが、既に大方トラック輸送へ移っており、ヤードが閑散としている。かつては、南方面にある湧別川の支流、武利川(むりいがわ)上流から、武利森林鉄道武利幹線が、丸瀬布川上流のオロピリカ沢から上丸瀬布線が、このヤードへ木材を搬入していた。幹線の軌道は武利川筋から現在の国道450号が渡河する地点より少し南側で湧別川を渡り(現在でも歩道橋として橋が残されている)、石北本線に並行して丸瀬布川を渡って、駅の南にあった木工所の敷地に入った後、向きを変えて本線上に斜めに渡された鉄橋を渡ってヤードに敷かれている軌道へ接続していた。写真中央の大きな赤い屋根が木工所で、その左下の敷地に、本線に向かってカーブを描いている小道が、本線の上を渡ってヤードへ向かった軌道跡。また、上丸瀬布線はヤードの南端へ接続していた。ヤード南端から左へ向かう道にほぼ並行していたが、この軌道跡ははっきり残っていない。このヤード中央には駅裏の貨物線の北側通路線から専用線が伸びていたが、既に撤去されて軌道跡だけが残っている。
また右上の構外北側端に空き地があるが、かつてはここへ昭和7年から昭和27年まで、鴻之舞鉱山索道の原動所が置かれ、山を縦断したケーブルが写真外上方から本線を跨いで降りて来ていた。駅舎前の引込み線の先はここに引き込まれて、主に鉱山住民の生活物資や鉱山資材の荷を索道側に降ろしていたが、全て撤去されて草生している。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

丸瀬布駅(まるせっぷえき)は、北海道紋別郡遠軽町丸瀬布水谷町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)石北本線駅番号A48電報略号マセ

特急「オホーツク」の1往復(1・6号)を除くすべての列車が停車する。

歴史[編集]

駅構造[編集]

ホームの様子

島式ホーム1面2線の地上駅。ホームへは構内踏切を渡る。かつては駅舎に面した単式ホームがあり2面3線で運用された。昭和初期には武利森林鉄道が開通し、木材や物資輸送の中継点として多くの側線を有し、貨物輸送でも活況を呈していた。トイレは設置されている。

のりば
1 石北本線 (上り) 白滝旭川札幌方面
2 石北本線 (下り) 遠軽北見網走方面

遠軽駅管理の無人駅。駅舎は2000年に改築された図書館や託児所を併設した丸瀬布生涯学習館と共有する[2]

駅名の由来[編集]

アイヌ語の「マルセップ」(三つの川が集まる広いところ)が転訛したもの。

駅周辺[編集]

丸瀬布町2005年10月1日に遠軽町と合併)の中心駅。

脚注[編集]

  1. ^ 北海道630駅 小学館 1993年発行。
  2. ^ 佐藤英法 (2012年7月8日). “駅 人 話 丸瀬布駅”. 朝日新聞(朝日新聞社)

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
石北本線
特急「オホーツク
上川駅 (A43) - 白滝駅 (A45)(一部) - 丸瀬布駅 (A48) - 遠軽駅 (A50)
特別快速「きたみ
白滝駅 (A45) - 丸瀬布駅 (A48) - 遠軽駅 (A50)
普通
下白滝駅 (A47) - 丸瀬布駅 (A48) - 瀬戸瀬駅 (A49)

参考文献[編集]

関連項目[編集]

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外部リンク[編集]