士別駅
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| 士別駅 | |
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士別駅舎(2004年6月)
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| しべつ - Shibetsu | |
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◄W41 北剣淵 (3.7km)
(4.4km) 下士別 W43►
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| 所在地 | 北海道士別市西3条8丁目 |
| 駅番号 | ○W42 |
| 所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 | ■宗谷本線 |
| キロ程 | 53.9km(旭川起点) |
| 電報略号 | シヘ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面3線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
340人/日(降車客含まず) -2007年[1]- |
| 開業年月日 | 1900年(明治33年)8月5日 |
| 備考 | 社員配置駅 みどりの窓口 有 |
士別駅(しべつえき)は、北海道士別市西3条8丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線の駅である。特急「スーパー宗谷」「サロベツ」など全列車が停車する。駅番号はW42。電報略号はシヘ。
目次 |
駅構造 [編集]
- 典型的な国鉄型配線の単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線からなる2面3線で、駅舎は東側(名寄に向かって右側)の名寄側に寄った位置にあり、各ホームは名寄側端にある跨線橋で連絡している。3番線は下り列車1本と臨時列車のみ使用される(冬期間は3番線が使用停止となるため、下り列車1本も2番線に停車する)。
- 社員配置駅、みどりの窓口設置。営業時間は6時00分から16時50分までで、13時35分から14時20分まで昼休みとなる。
貨物および荷物取り扱い廃止までは、東側旭川寄りに長い貨物ホーム、西側に多数の副本線と広い貨物ストックヤードを有していた。また士別市街の北にある日本甜菜製糖士別製糖所まで、専用線が引かれていた。
また1959年(昭和34年)まで、上記の製糖所と本線を挟む東側にあった士別営林署管轄の広いストックヤード(土場)から、市街の外側を時計回りに迂回して、中士別を中継点に奥士別(士別市朝日町中央)まで、軽便鉄道の士別軌道線が通じ、朝日営林署管轄の士別森林鉄道と接続して、その森林資源等の貨物輸送を行っていた。この軌道は森林鉄道の開設以降、基本的に客扱いはしなかった。
駅名の由来 [編集]
アイヌ語の「シ、ペッ」(大なる川)に由来している。士別川、剣淵川の両河川が合流し、天塩川となり、水量が増すためである。
駅周辺 [編集]
多くの地方都市と同じく、モータリゼーションの進行に伴い街の中心部が国道40号沿いに移動してきているため、駅周辺は衰退しつつある。
- 国道40号・国道239号
- 士別市役所
- 士別警察署
- 士別郵便局
- 北星信用金庫士別中央営業部
- 北洋銀行士別支店
- 北海道銀行士別支店
- 北ひびき農業協同組合(JA北ひびき)本所
- 士別軌道本社営業所
- 士別市立病院
- 士別市総合体育館
- 士別めんよう牧場
- 北海道士別高等学校
- 北海道士別東高等学校
- 北海道士別商業高等学校
- 西條百貨店士別店
- 士別水郷公園
- ダイハツ北海道テストコース
- トヨタ自動車士別テストコース(高速&寒冷地テスト他)
- 士別軌道、道北バス「士別駅前」停留所
歴史 [編集]
1976年の士別駅(下段)及び日本甜菜製糖専用線と士別貯木場跡(上段)、周囲約1.5km×3km範囲。上が名寄方面。
下段、駅裏側に多数の製糖工場向けの留置線と駅舎南側に貨物ホーム、駅裏は広い貨物ストックヤードがある。構内名寄側で左に日本甜菜製糖士別製糖所への専用線が分岐しており、白い4両の車両が見える。国道239号の跨線橋の北側には製糖所専用線と本線の間及び駅表側に圏内6農協向け石炭荷卸場が設けられて、それぞれ専用線が引き込まれている。
上段、製糖所専用線は本線の左に沿って北上し、工場内の各支線へと向かう。工場と本線を挟んだ反対側(東側)、本線脇の細長い空き地が士別営林署管の貯木場跡で、かつては士別軌道と専用線がそれぞれ引き込まれていた。また、戦後間もない頃まで上側の踏切、本線が緩く右カーブを切る辺りから上端右側の水色屋根の建屋の北側に見える通りへ向けて、その先の東側(写真右上端)にあったセメント工場の専用線がカーブを描いて分岐していたが、踏切近くの僅かな跡以外何も残っていない。
上段下段共に国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
下段、駅裏側に多数の製糖工場向けの留置線と駅舎南側に貨物ホーム、駅裏は広い貨物ストックヤードがある。構内名寄側で左に日本甜菜製糖士別製糖所への専用線が分岐しており、白い4両の車両が見える。国道239号の跨線橋の北側には製糖所専用線と本線の間及び駅表側に圏内6農協向け石炭荷卸場が設けられて、それぞれ専用線が引き込まれている。
上段、製糖所専用線は本線の左に沿って北上し、工場内の各支線へと向かう。工場と本線を挟んだ反対側(東側)、本線脇の細長い空き地が士別営林署管の貯木場跡で、かつては士別軌道と専用線がそれぞれ引き込まれていた。また、戦後間もない頃まで上側の踏切、本線が緩く右カーブを切る辺りから上端右側の水色屋根の建屋の北側に見える通りへ向けて、その先の東側(写真右上端)にあったセメント工場の専用線がカーブを描いて分岐していたが、踏切近くの僅かな跡以外何も残っていない。
上段下段共に国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
- 1900年(明治33年)8月5日 - 北海道官設鉄道の駅として開業。一般駅。士別機関庫設置[1]。
- 1903年(明治36年)9月3日 - 士別機関庫廃止[1]。
- 1905年(明治38年)4月1日 - 国有鉄道に移管。
- 1920年(大正9年)6月1日 - 馬車鉄道の士別軌道、士別-上士別間開通[2]。
- 1925年(大正14年)6月6日 - 士別軌道、士別-奥士別全通[2]。
- 1928年(昭和3年)9月 - 士別軌道動力化[2]。
- 1935年(昭和10年)8月10日 - 駅舎改築[2]。
- 1936年(昭和11年)10月21日 - 明治製糖(現在の日本甜菜製糖)士別工場操業開始。専用線3.1km(敷設は9月15日)[2]。
- 1938年(昭和13年) - 士別貯木場完成[3]。
- 1941年(昭和16年)9月26日 - 士別貯木場専用線1.5km使用開始[2]。
- 1944年(昭和19年)6月 - 軍需指定の浅野セメント士別工場竣工、専用線敷設[4]。士別軌道も分岐線で工場へ接続[5][4]。
- 1947年(昭和22年)- 日本セメント(旧・浅野セメント)士別工場操業停止[5]。
- 1959年(昭和34年)10月1日 - 士別軌道廃止[2]。
- 1965年(昭和40年)10月 - 士別貯木場専用線廃止[2]。
- 1966年(昭和41年)
- 1985年(昭和60年)3月14日 - 荷物取扱い廃止。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - 貨物取扱い廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により北海道旅客鉄道に継承。
- 2002年(平成14年)3月 - キヨスク閉店。
脚注 [編集]
隣の駅 [編集]
- 北海道旅客鉄道
- 宗谷本線
備考 [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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