神路信号場

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神路信号場
かみじ - Kamiji
筬島 (7.5km)
(10.5km) 佐久
所在地 北海道中川郡中川町字神路
所属事業者 日本国有鉄道
所属路線 宗谷本線
開業年月日 1922年(大正11年)11月8日
廃止年月日 1985年(昭和60年)3月14日

神路信号場(かみじしんごうじょう)は、北海道中川郡中川町神路にあった日本国有鉄道宗谷本線信号場である。

開業当初は一般駅であったが、1985年(昭和60年)3月14日に廃止された。

1977年の神路信号場の状況。周囲約500m範囲。上が稚内方面。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

駅の構造と廃止までのあゆみ[編集]

  • 相対式2面2線を持ち列車同士の交換可能な地上駅であった。駅中心は143.1 kmである。
  • 全戸離村により利用者が皆無となったため1977年昭和52年)5月25日信号場仮乗降場に格下げされた。完全な廃止にしなかったのは当駅を挟む駅間距離が長く(約18 km)交換設備が必要であった事情による。仮乗降場でもあるため1日1往復に限り乗降は可能であったが、周囲は当時既に無人地帯であったため乗降客は極めてまれにしかいなかったようである。そのため、後に客扱いが廃止されている。
  • 宗谷本線の合理化により神路での列車交換が無くなったため信号場としても廃止となった。当時の1番線・引込線・信号機(鉄道信号機)・プラットホーム等の設備は撤去され、2番線のみを残し棒線化された。
  • 廃止後の駅舎は、待合室のみを解体してコンパクト化された。
  • 2005年まで使用していた保線小屋らしき物は、当時の駅舎本屋が半分のみで有った。
  • 周囲は無人地帯でありかつ鉄道以外での到達手段がない陸の孤島であるため、保線作業の場合は当駅の跡地に臨時停車し作業員を乗降させる場合がある。当然ながら一般の乗客が乗降することはできない。

駅名の由来[編集]

駅があった地区の地名「神路」は、アイヌ語の「カムイ・イル・サム(神(熊)の道/神が・そこから川に出る道)」を意訳したもの。

周辺[編集]

この神路地区は1965年までは住民が住んでいたが、全戸撤退した。この地区へは鉄道以外の交通機関がなく、1963年3月国道40号線と同地区を結ぶ吊り橋、神路大橋が完成したが、わずか9ヶ月後の同年12月18日に神路地区周辺の山から発生する冬独特の気象(地方風)が原因で落橋した。現在も橋はなく、急流である天塩川を船などで渡ることも危険であり、事実上到達は不可能である。このため「幻の秘境駅」として取り上げられ、佐久方から宗谷本線の線路を歩いて訪れる人が後を絶たない(道内では函館本線の旧張碓駅でも同様の行為が見られる)。駅舎も老朽化で倒壊の危険があり、JR北海道は対策として、駅舎本屋を2005年5月頃に撤去した。当地には、駅舎の基礎・1番線ホーム基礎・引込線土場の基礎が残骸のみ残っている。一般の線路の歩行や構内立入は法令で禁止されており、当駅跡を線路を歩いて訪れることは、危険かつ違法な行為である。

歴史[編集]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
宗谷本線
筬島駅 - 神路信号場 - 佐久駅

関連項目[編集]

外部リンク[編集]