夜行列車

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駅に停車中の夜行列車

夜行列車(やこうれっしゃ)とは、夜間から翌日の朝以降にまたがって運転される旅客列車のことである。その性格上、長距離列車となる場合が多い。夜汽車と呼ばれることもある。また、夜行列車のうち寝台車を主体とするものは寝台列車と呼ばれる。

多くの夜行列車は、深夜帯には主要駅をのぞいて旅客扱いを行わないが、深夜発早朝着で運行距離が短い列車では深夜であっても多数の駅で旅客扱いを行うものがある[1]。夜行列車の最大のメリットは、深夜という非有効時間帯を利用して目的地に移動できることにある。そのため、他の競合交通機関の(昼行)最終便より遅く出発し、始発便より早く目的地に到着する設定の場合、最もその効果を発揮する。

日本の夜行列車[編集]

歴史[編集]

日本では、全国の鉄道網が一通り完成した明治時代中期以降に、夜行列車が運行されるようになった[2]。当初の長距離列車は昼夜を問わず走らないと目的地に到着しないものであり必然的に夜行列車となった[注釈 1]。当初は座席車のみによる運行であったが、1900年山陽鉄道(現在の山陽本線)が日本で初めて寝台車の提供を行っている[5]。大私鉄によって形成されていた鉄道網は1907年にほとんど国有化され、国鉄による主要幹線の鉄道網が完成すると[6]さまざまな長距離列車が運行されるようになったが、これらは必然的に夜中も走る列車であった。

夜行列車はその後、軌道車両の改善によって速度の向上が図られた。1912年から運行された東京-下関間の特別急行列車列車番号は下りが1列車、上りが2列車)は新橋駅を8時30分に出発し、大阪駅には20時33分、山陽本線内は夜行で走って終点の下関駅には翌朝の9時38分に到着し、所要時間は25時間8分であった。1・2列車は日本を代表する列車として設定されており、編成は一等展望車1両、一等寝台車1両、2等座席車2両、2等寝台車1両、食堂車荷物車の7両編成であった。この列車は1930年に「富士」と命名され、さらにスピードアップし東京駅を13時ちょうどに発車し下関駅到着が8時50分、所要時間は19時間50分で、やはり山陽本線区間は夜行であった[7]

第二次世界大戦前、国鉄の全盛期であった1937年には、東京-下関間は「富士」と、3等座席車主体の「櫻」の2本の特急のほかに、4往復の急行があった[8]。同じ時期東京と関西の間は特急「」と「かもめ」(いずれも昼行)のほかに、4本の急行が設定されており[8]、そのうち東京-神戸間の夜行急行「17,18列車」は1,2等専用で別名「名士列車」と呼ばれていた[9]。これらの戦前の優等列車太平洋戦争が激化した1944年に全廃され、同時に寝台車も運用されなくなった。

終戦後の1945年11月20日に、東京と大阪の間に夜行急行が復活し1948年には寝台車の供用が再開した[10]。その後日本の復興とともに夜行列車は順次増強されていった。昭和30年代に国鉄旅客局が行った「旅行に昼行と夜行のどちらを選ぶか」という調査では、乗車時間が7時間半から9時間であれば昼行と夜行の利用が拮抗しているが、9時間以上であれば夜行が好まれると言う結果が得られた。当時の東海道線に当てはめれば東京-大阪間は特急列車を利用しない限り夜行列車のほうが好まれる状況であった[11]。また1957年の国鉄第一次5カ年計画において、「特急列車のうち、昼行は電車またはディーゼルカーを充当し、夜行列車には寝台客車とする」ことが決定した。1956年に急行と同じ形式の座席車と寝台車を寄せ集めて誕生した夜行特急「あさかぜ」の車両は、1958年からこの方針に従って製作された20系客車に変更された[12]

当時は単線非電化の路線が多く、列車の速度も低かった。例えば1956年11月19日のダイヤでは、鹿児島行きの急行「さつま」が東京駅を21時45分に出発し鹿児島駅に到着するのは翌々日の朝5時46分、運転時間は約32時間であった[13]

これら九州行きの列車も含めて東海道本線には夜行列車が増加し、そのピークは東海道新幹線が開通する直前の1963年から1964年9月であった。1964年9月の東京駅を発車する東海道線の夜行列車の本数は、当時の時刻表によれば以下のとおりであった[14]

  • 九州行きの20系客車を使用した特急列車 4往復
  • 「寝台列車」と表示された客車急行 : 大阪・神戸行き7往復、広島行き1往復
  • 夜行の電車急行 : 大阪・姫路行き3往復、大垣行き1往復
  • 座席車を主体とする客車急行 : 九州・山陽・山陰・北陸等6往復
  • 普通列車 : 大阪行き1往復
  • 修学旅行用電車「きぼう」 : 明石行き1往復

このとき、東京駅では19時50分から22時10分まで10分毎に夜行列車が発車した。このほかに、東海道線を昼間走り山陽本線を夜行で行く九州行きの客車急行が4往復あった[15]

大阪地区や兵庫県を目的地とした夜行列車はこの時急行が10往復と普通が1往復あったが、東海道新幹線の営業開始とともに急激に減少し1968年10月のダイヤ改正ヨンサントオでは寝台の急行2往復と普通1往復まで減少した(昼行の直通列車は消滅している)[16]。しかし1970年代前半までは、新幹線が通っていない区間においては依然として夜行列車が長距離旅行客の重要な足であった。1972年3月、山陽新幹線は当時岡山まで延伸していたが、岡山以西の山陽本線を走る夜行列車は特急列車が客車寝台と電車寝台を含めて定期列車が19往復+季節列車が1往復、急行列車は定期列車が11往復+季節列車が6往復という大勢力であった[17]1975年の新幹線博多開業時には岡山以西に行く夜行の特急列車が定期列車14往復+季節列車1往復、急行列車が定期列車のみで4往復に減少している[18]

昭和40年代以降電化や:線路・車両改良などによる高速化が図られ、長距離列車の運転時間は長くとも28時間程度に抑えられ、車中1泊の行程で運行する列車のみになった。現在、最長運転時間はトワイライトエクスプレスの約23時間となっている[19]。また、車両の更新により夜行列車全体の高速化が図られている[20]

1970年代前半(昭和40年代)頃までの、新幹線国内航空路線高速道路網などが未発達な時代には、おおよそ250km以上の都市間を結ぶ主要な交通手段として活用されていたが[要出典]、昭和50年代(1970年代後半)以降にそれらの整備が進み、利用は低迷している。夜行列車のうち寝台列車は寝台料金が必要な料金設定や利便性の面から集客に伸び悩み、列車の廃止や臨時列車化が相次いだ[21]。また、以前は中学校高校修学旅行においても夜行列車や寝台列車が利用されるケースが多々あったが、新幹線の延伸・高速化、昼行特急列車の利用に伴う昼間移動への移行、1990年代以降に公立学校においても航空機の利用が解禁されたことによる空路利用への転移、海外への修学旅行の増加などの理由により、近年では修学旅行に夜行列車・寝台列車が利用されることは、よほどの行程上の事情が無い限りなくなっている。

夜行列車のうち、乗車券のほかに料金券を必要としない快速列車については、学校の春休みや、夏休み冬休みの時期等の多客期に東京圏発着の「ムーンライトながら」・「ムーンライト信州」といった臨時列車が運行されている。「ムーンライト信州」についてはゴールデンウィークなどにも臨時運行されることがある。

近年は、関東 - 北海道を結ぶ「北斗星」・「カシオペア」や、近畿 - 北海道を結ぶ「トワイライトエクスプレス」のように、個室寝台や食堂車でのディナー等のサービス提供を行う列車や、関東 - 山陰四国を結ぶ「サンライズ出雲瀬戸」など、個室寝台を基本として快適性を高めた列車など、乗車自体を鉄道旅行の目的とする列車が人気を博している。しかし、「サンライズ瀬戸・出雲」を除く列車は車両の老朽化、新幹線開通後の青函トンネル利用時の専用機関車を新造しないことなどを理由に臨時化ないしは廃止されることが報道されている[22]

JR九州では2013年10月15日から、九州を一周する豪華寝台列車「ななつ星in九州[23]が運行されている。「ななつ星in九州」の旅行代金は1泊2日の最低料金で15万円(車中泊 2名1室 スイート)、車中で1泊、旅館に1泊する2泊3日の最高料金は95万円(1名1室 DXスイートA+旅館宿泊代金)と設定されている[24]。ただし、「ななつ星in九州」はどの設定コースも発駅と着駅が共に博多駅であり、移動手段としての要素はまったくない。純粋に九州を周遊する観光旅行を豪華寝台列車を楽しむ旅行商品(パッケージツアー)という形であり、費用も「運賃+料金」ではなく「旅行代金」である。

なお、夜行列車の衰退と時を同じくして鉄道による荷物輸送・郵便輸送も衰退している。1970年代までは主な幹線の夜行急行列車・普通列車に荷物車郵便車を連結し、旅客とともに新聞の朝刊などの小荷物や郵便物を輸送していたほか、1970年代 - 80年代には郵便荷物専用の夜行列車が多く運行されていた。現在この輸送はトラック航空貨物に取って代わられた。

並行在来線の第三セクター移管による影響[編集]

新幹線整備新幹線)の開業によって、並行在来線がJRから経営が切り離され第三セクター鉄道会社へ移管されることにより、夜行列車の経路によっては、第三セクター鉄道会社経由で運行を避けられなくなる[25]。例えば、西鹿児島駅(現鹿児島中央駅)まで運行されていた「なは」は、九州新幹線開業に際して転換された肥薩おれんじ鉄道に乗り入れを行わず、熊本駅までに運行短縮し、さらにその4年後には廃止された。上野駅から青森駅を東北本線経由で運行されていた「はくつる」は、東北新幹線の盛岡 - 八戸間開業時の2002年11月に廃止されている。また、「能登」は長野新幹線開業時に並行在来線が横川駅 - 軽井沢駅間で第三セクターに移管することなく廃線されたために上越線経由に変更されている。「トワイライトエクスプレス」は第三セクターに乗り入れることが無く、廃止が決定した。現在第三セクター鉄道会社に乗り入れている夜行(準)定期列車は、IGRいわて銀河鉄道青い森鉄道を通過する「北斗星」・「カシオペア」のみである。

1996年12月25日の「整備新幹線の取扱いについて 政府与党合意」[26]では「建設着工する区間の並行在来線については、従来どおり、開業時にJRの経営から分離することとする」とした上で「鉄道貨物輸送については、並行在来線のJRからの経営分離後も適切な輸送経路及び線路使用料を確保することとし、新幹線鉄道上を走行することを含め、関係者間で調整を図る」とされており、貨物列車とは異なり夜行列車に関しては合意がされていない。

運行中の列車[編集]

2013年現在運行されている夜行列車は、ほとんどが寝台車主体の寝台列車であり、JRにおいて座席車のほうが多い定期夜行列車は、「はまなす」のみとなっている。また2013年現在、民鉄事業者で夜行列車を運行しているのは東武鉄道のみである。以下に、日本で運行されている夜行列車を列記する。本項での記号は以下の通り。

JR旅客各社による運行[編集]

青森 - 北海道方面

東京 - 東北・北海道方面

  • 北斗星 [特](上野 - 札幌) - 2014年度末に臨時化されるとの報道あり[22]
  • カシオペア [特][臨](上野 - 札幌) - 2015年度末に廃止されるとの報道あり[22]
  • あけぼの [特][臨](上野 - 青森:羽越本線・奥羽本線経由) - 2014年3月14日を以って定期運転を終了し臨時列車化[27]

東京 - 信州方面

日本海縦貫線 - 北海道方面

東京 - 名古屋・大垣方面

東京 - 山陽・山陰・四国方面

九州内周遊

私鉄(民鉄)による運行[編集]

廃止された列車の一覧[編集]

五十音順。列車愛称のないもの・イベント列車に類するものはのぞく。

使用車両[編集]

夜行列車は電車を使用する「サンライズ出雲」・「サンライズ瀬戸」、夜行快速列車の「ムーンライト」を冠に掲げる3列車以外は、機関車牽引の客車列車である。客車の多くは国鉄時代の1970年 - 80年代に製造されたものであり、老朽化が進んでいる。長期的な夜行列車の衰退状況から、国鉄分割民営化後に新車を投入した列車は、E26系を用いたカシオペアと、285系のサンライズ出雲・瀬戸のみとなっている。 機関車については、カシオペア・北斗星を牽引していたJR東日本のEF81形電気機関車が、2010年夏以降EF510形電気機関車へ置き換えられたが、「はまなす」「あけぼの」「トワイライトエクスプレス」「日本海」の機関車は新型車両へ置き換えられていない。

なお、夜行快速列車「ムーンライト」を冠に掲げる3列車には、185系特急形電車や、485系特急形電車が使用されることが多い。かつては寝台車が連結される普通(快速)列車もあったが、1985年(昭和60年)までに全廃されている。

車内設備[編集]

車内設備に関しては、個室寝台の充実や女性専用車[注釈 3]連結により、プライバシーへの配慮を図るなど質的改善が図られている。「はまなす」の普通車座席指定席として設定されている「ドリームカー」では、グリーン車に匹敵する設備をグリーン料金を徴収せず普通車扱いで安価に提供するサービスが行われている。廃止されたものの例では2008年3月14日まで運行された「あかつき」の普通座席指定席として運用された車内幅に1名ずつ3列にならべた「レガートシート」や定期運行開始時の「ムーンライト」(のちの「ムーンライトえちご」)のグリーン車のシート部品を流用したシート、そしてムーンライト九州にはリクライニング角度が非常に大きいシートなどがあった。

また、横臥できる設備を寝台料金を徴収せずに提供し、普通車扱いで運賃+指定席特急料金(あるいは急行料金+座席券)のみとする例も現れている[注釈 4]。この場合、所要時間では飛行機・新幹線・昼行特急列車に及ばないものの、運賃+料金面でほぼ同等であり、唯一夜行路線バスやツアーバスには価格優位性で劣るものの、「鉄道として定時性が高く、夜間の就寝時間(非活動時間)を移動時間として有効活用できる」という点は活かされる。

おやすみ・おはよう放送[編集]

夜行列車は、深夜~未明の一般人の就寝時間をまたいで運転するため、概ね21時台から翌朝の6時台前半までの間は就寝の妨げにならないようにするため、車内放送を事故や遅れなど特別な理由がない限り行わないようにしている。このため、車内放送休止前を「おやすみ放送」として、夜が明けて車内放送が再開されるときは「おはよう放送」と呼ばれている[35]

おやすみ放送

大抵は「ただいまの時刻は○時○分です。すでにお休みになられているお客様もいらっしゃいますので、ただいまの放送を持ちまして、特別(緊急)な場合を除き、明日朝○時○分ごろ、○○駅到着前まで休ませていただきます」と述べたのち、車内放送休止時に停車を予定している停車駅とその到着予定時刻、車内の構成、一部の電灯消灯、喫煙マナーについてや車内における喫煙コーナーの場所、車内販売、会話や携帯電話の通話、貴重品の管理などの諸注意を述べて、「それではごゆっくりお休みください」と締める。

おはよう放送

「皆様おはようございます。今日は○月○日○曜日。ただいまの時刻は○時○分です。列車は定刻通りに運転しております(事故などで遅れた場合は「列車は○分遅れで運転しております」)。次は○○駅に○時○分に着きます」とアナウンスし、その後は「おやすみ放送」と同じ要領で今後の停車駅とその到着予定時刻などをアナウンスする。車内販売を実施する場合その旨を告知するときもある。

夜行新幹線の可能性[編集]

新幹線計画段階では夜行新幹線も検討されており、夜間運行には片側1線を日によって交互に単線で運用し、残りの1線は保守点検作業を行うという計画だった。当時は四国新幹線中国横断新幹線も計画されており、夜間の単線運行で上下列車を離合させるための待避線として姫路駅の下り線に13番ホームが追加され、また予備の待避駅として西明石駅相生駅が建設された[36]。しかし名古屋新幹線訴訟などの問題が浮き彫りになったことや国鉄分割民営化で夜行新幹線の計画は実現しなかった。

新幹線上を走行する夜行列車(夜行新幹線)は座席車・寝台車両方とも、過去を含めて存在しない。理由としては、保線の必要性や沿線周辺の騒音の観点から、一般在来線と同じく、新幹線は深夜・早朝(新幹線の場合、午前0時から6時まで)は営業運転を行わないとしているためである。ただし、一部の学者は新幹線の夜間運行について前向きな検証をおこなっている。 大阪産業大学工学部 波床正敏・井上喜裕は新幹線の夜行運行の適用可能性を、環境負荷と発着時間帯の観点から検討し、発着時間帯の設定自由度が従来の夜行列車より高く、有望であるとしている[37]

世界の夜行列車[編集]

北米[編集]

アメリカ合衆国
アメリカ合衆国は、その国土の広さから、長距離列車のほとんどは夜行列車である。かつては大量の夜行列車が運行されていたが、現在では国内の移動の主流が飛行機となってしまったためにその本数を大きく減らしている。アメリカには複数の鉄道会社が存在するが、夜行列車はアムトラック(全米旅客鉄道公社)が運行する。夜行列車は毎日、もしくは週3日運行され、全行程は2日(1泊2日)から長いものでは4日(3泊4日)を要するものまでさまざまである[要出典]。座席車のみの列車も存在するが、多くは寝台車と座席車を併結し、主に観光客を対象としている。欧米の他の長距離路線同様、ダイヤは乱れやすく、単線区間でのすれ違いや車両到着の遅れからくる時間の運行の乱れが大きいため、ビジネス目的の移動には適さない[要出典]。寝台車の場合、食事料金は料金に含まれており、乗車区間によって数回の食事が供される[要出典]
カナダ
カナダではアメリカのアムトラックに相当するVIA鉄道が夜行列車を運行している。運行形態はアメリカと似ているが、二大都市圏であるトロントモントリオールを結ぶ夜行列車ではビジネス客を意識したサービスを提供している[要出典]

ヨーロッパ諸国[編集]

ヨーロッパでは夜行列車が多く運行されている。多くの国が陸続きにあり国際夜行列車も多い。ほとんどの夜行列車には寝台車と座席車の両方が連結されている。国際夜行列車の場合には、乗車時に車掌がパスポートを回収し、夜中の出入国手続きを旅客に代わって行い、翌朝の国境通過後に返却する[要出典]EUに加盟している国の間ではパスポートの回収はない[要出典]。区間設定は大都市を結び、実際の走行距離があまり長くない場合もある。その場合国境付近の町で時間調整のため長時間停車することが多い。ちなみに、国際夜行バスとしてユーロラインズ社のネットワークはあるが、国内完結の夜行バスは少ない[要出典]

サービスの質は国によりさまざまである。たとえば、ドイツ鉄道オーストリア鉄道ではウェルカムドリンクおよび朝食は料金に含まれるが、イタリア国鉄では朝食は別料金となる[要出典]

飛行機の普及以降、1980年代までは夜行列車の食堂車のサービスは削減される一方であったが、1990年代以降はユーロナイトなど復活の傾向も見られ、ドイツ国内やドイツと周辺各国を結ぶシティナイトラインオリエント急行などの夜行列車や、フランスイタリア(アルテシアナイト)・スペイン(タルゴ・トレンホテル)を結ぶ夜行列車では、食堂車やビュッフェ車の連結が見られる。

ヨーロッパの多くの国の国内夜行列車は、廉価な長距離列車として運転されている列車が少なくない。こうした夜行列車はクシェット(Couchette)と呼ばれる簡易寝台車を連結している。クシェットの寝台料金は20ユーロ弱ときわめて安価であり、庶民の気軽な長距離旅行手段として親しまれている[要出典]

クシェットは、日本で言えば開放式の3段式のB寝台車であり、1区画6名となっているが、一部には2段式4名のものもある。多くの場合は男女同室となるが、スペインでは男女別に部屋が分かれている[要出典]

フランスの国内夜行列車は「コライユ・ルネア」の名称で統一されており、Web限定の安価なクシェットの切符などを発売している。国土が広く、高速化が遅れているスペインでは、クシェットをつないだ夜行急行が数多い。バカンスのシーズンとなると、国内・国際列車問わずクシェット寝台は盛んに利用されている。

ロシアは圧倒的に広大な国土であるために、夜行列車が頻繁に運行され、9297kmのシベリア鉄道モスクワ - ウラジオストクまで超長距離列車の『ロシア号』がある。またロシアの夜行列車はヨーロッパ、CISモンゴル中華人民共和国朝鮮民主主義人民共和国とも直通運転している[要出典]

アジア[編集]

中国インドでは現在でも鉄道輸送の占めるシェアは大きく、多くの夜行列車が運行されている。アメリカ・カナダ同様、国土が非常に広大であるため、3 - 4日間をかけて運行するものも目立つ。しかし近年は、経済成長に伴う航空路線高速道路の急速な発達により、高速バス格安航空会社などとの競争にさらされている[要出典]

韓国では主要幹線に夜行列車(ムグンファ号車両使用)が運行されている。国土面積の関係で国内移動の際の移動距離が概ね500km以内であり、運転時間が短いため、座席車が主体である。なお、近年まで寝台車を連結した列車が存在したが、昼行列車の高速化に伴って需要が減少したため、一部の特設列車をのぞいて全廃されている。

また、東南アジア各国でも夜行列車が運転されているが、タイマレーシアでは高速道路網を利用する高速バスが便数、所要時間において有利に立っている。さらに近年ではエアアジアタイガーエアなどの格安航空会社との競争にもさらされている。

アフリカ[編集]

アフリカは、先進国のように鉄道が発達している国は少ないが、長距離路線を中心に夜行列車の運行がかなり見られる。

南アフリカ共和国では、世界で一番豪華といわれるブルートレイン等多くの夜行列車が運行しているほか、モザンビークへの国際ローカル列車などもある。

その他、ザンビアカピリムポシタンザニアダルエスサラームを結ぶタンザン鉄道(TAZARA、タンザニア・ザンビア鉄道)等で夜行列車が運行している。

「夜行列車」「夜汽車」の楽曲[編集]

「夜行列車」「夜汽車」を冠した楽曲
「夜行列車」「夜汽車」が含まれる楽曲
曲の歌い出しが「上野発の夜行列車おりた時から 青森駅は雪の中…」
  • 石川さゆり「火の国へ」(シングル「火の国へ」収録)
曲の締めが「そして夜汽車は そして夜汽車は 火の国へ」
歌詞中に「その頃夜汽車は となり町」「夜汽車が表で 待ってるの」
歌詞中に「夜汽車の窓に ウォウウォウウォウ 指で書いたね I love you…」
曲の歌い出しが「花嫁は夜汽車にのって とついでゆくの…」
曲の歌い出しが「寒い夜汽車で 膝をたてながら…」

注釈[編集]

  1. ^ 例えば1889年東海道本線が全通したときの新橋駅神戸駅間の直通列車は、20時間5分を要した[3]。また、1891年に全通した日本鉄道上野駅青森駅間(その後国鉄に買収され東北本線となった)の直通列車は20時間45分かかった[4]
  2. ^ 多客時は高松駅で折り返しで松山駅まで延長運転されたことがある。
  3. ^ 寝台特急「あけぼの」の「ゴロンとレディース」や、ムーンライトえちごとムーンライト信州に設定された「レディースカー」など、なお「はまなす」は自由席以外の寝台をふくむすべての席種に女性専用席を設けている。
  4. ^ あけぼの」の「ゴロンとシート」や、「サンライズ出雲瀬戸」の「ノビノビ座席」、そして「はまなす」の「のびのびカーペットカー」など)

出典[編集]

  1. ^ 「これでいいのか 夜行列車」p.143、200
  2. ^ 「これでいいのか 夜行列車」p.20
  3. ^ 「日本の鉄道史セミナー」P83
  4. ^ 「日本の鉄道史セミナー」P57
  5. ^ 「日本の国鉄」P41
  6. ^ 「日本の鉄道史セミナー」P69
  7. ^ 「国鉄・JR名列車ハンドブック」P19-20
  8. ^ a b 「日本の国鉄」P89-90
  9. ^ 「国鉄の戦後が分かる本」上巻 P36
  10. ^ 「銀河物語」P17
  11. ^ 「銀河物語」P31
  12. ^ 「戦後日本の鉄道車両」P94
  13. ^ 「名列車ハンドブック」P71
  14. ^ 「銀河物語」P81-83
  15. ^ 「国鉄の戦後が分かる本」上巻 P160-161
  16. ^ 「銀河物語」P45
  17. ^ 「国鉄の戦後が分かる本」下巻 P44
  18. ^ 「国鉄の戦後が分かる本」下巻 P89
  19. ^ 「トワイライトエクスプレス」の22時間58分(札幌 - 大阪) (PDF)
  20. ^ ムーンライト3列車時刻表 (PDF)
  21. ^ Business Media 誠:杉山淳一の時事日想:夜行列車はなぜ誕生し、衰退したのか2013年11月8日
  22. ^ a b c ブルートレイン:廃止へ…JR3社、北海道新幹線開業で - 毎日新聞、2013年11月7日
  23. ^ 豪華寝台列車:「ななつ星in九州」車両製作場を開設
  24. ^ クルーズトレインななつ星in九州
  25. ^ a b 寝台特急:国内最長列車 廃止のお寒い舞台裏- 毎日新聞、2014年6月12日
  26. ^ 整備新幹線の取扱いについて 政府与党合意
  27. ^ http://www.tetsudo.com/special/201403/?id=101
  28. ^ 寝台特急「トワイライトエクスプレス」運行終了について - JR西日本プレスリリース 2014年5月28日
  29. ^ 臨時列車のお知らせ
  30. ^ a b c d e f g さよなら青春の夜行快速 関西発着の「ムーンライト」 - 朝日新聞 2009年6月22日
  31. ^ “夜行急行「きたぐに」完全引退 ブルトレ「日本海」は検討中”. MSN産経west (産経デジタル). (2013年1月31日). http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130131/wlf13013112510006-n1.htm 
  32. ^ たかが臨時されど臨時 - 中日新聞 2012年3月17日
  33. ^ 夏の増発列車のお知らせ (PDF) - 東日本旅客鉄道プレスリリース、2014年5月23日
  34. ^ 「ムーンライトえちご」今夏は運行なし - JR東日本新潟支社、夏の臨時列車 - マイナビニュース、2014年5月26日
  35. ^ 鉄道用語辞典
  36. ^ 兵庫に4駅集中なぜ?幻の「夜行新幹線」計画(神戸新聞2012年3月15日)
  37. ^ 全国新幹線鉄道網を利用した夜行列車の運行可能性に関する検討 (PDF)
  38. ^ みんなの歌データベース

参考文献[編集]

  • 『これでいいのか、夜行列車』寺本光照1991年中央書院ISBN 4924420522
  • 『日本の国鉄』原田勝正、1984年、岩波新書256
  • 『日本の鉄道史セミナー』久保田博、2005年、グランプリ出版、ISBN4-87687-271-6
  • 『寝台急行「銀河」物語』三宅俊彦、2008年、JTBパブリッシング、ISBN978-4-533-07067-9
  • 『国鉄の戦後が分かる本』上巻・下巻、所澤秀樹、2000年、山海堂、ISBN4-381-10360-2,ISBN4-381-10367-X
  • 『戦後日本の鉄道車両』塚本雅啓、2002年、グランプリ出版、ISBN4-87687-232-5
  • 『別冊歴史読本32 国鉄・JR名列車ハンドブック』三宅俊彦・寺元光照、2006年、新人物往来社

関連項目[編集]