つがる (列車)

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つがる
E751系「つがる」
E751系「つがる
運行事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
列車種別 特急列車
運行区間 秋田駅 - 青森駅
経由線区 奥羽本線
使用車両
(所属区所)
E751系電車
青森車両センター
運行開始日 2002年12月1日
備考 2014年3月15日現在

つがるとは、東日本旅客鉄道(JR東日本)が秋田駅 - 青森駅間を奥羽本線経由で運行している特急列車である。

本項では、秋田県青森県を結ぶ優等列車のほか、上野駅 - 青森駅間で運転されていた急行列車「津軽」についても記述する。

概要[編集]

特急「つがる」は、2002年12月に東北新幹線盛岡駅 - 八戸駅間が延伸開業したことによるダイヤ改正で、八戸駅 - 青森駅・弘前駅間で運転を開始した特急列車で、2010年12月4日のダイヤ改正からは、東北新幹線が新青森駅まで延伸したことにより、秋田駅 - 青森駅間の運行となった[1]

列車名は、青森市を含めた青森県西部の郡名および地域名に由来している。八戸駅 - 函館駅間の特急列車名称の一般公募では2位にランクされていた。

特急「つがる」[編集]

2002年12月1日の東北新幹線八戸駅開業から2010年12月3日の東北新幹線新青森駅開業前日までは、八戸駅 - 弘前駅間で下り6本と上り5本が、八戸駅 - 青森駅間で3往復が運転されていた。また、八戸駅では東北新幹線の「はやて」に接続するダイヤを組んでいた。「つがる」6号は土曜日を中心に弘前駅 → 青森駅間で延長運転していた。運転開始当初は毎日運転であったが、利用者が低調であったことから、のちにこの形態に変更された。

また、青森ねぶた弘前ねぷた期間中には、「つがる」29号(2003年 - 2005年は25号)が観光客輸送のために弘前駅 → 秋田駅間は臨時列車として延長運転していた。なお、2011年から2013年は、「つがる」としてではなく、臨時特急「ねぶたまつり」として運転されていた[2]が、2014年は青森駅 → 弘前駅間の臨時普通「はねと号」で運行される[3]

2010年12月4日に東北新幹線が新青森駅まで開業したことによる特急列車の再編で、特急「いなほ」「かもしか」が統合され、「つがる」は秋田駅 - 青森駅間で運転される特急列車に変更された。

2014年3月15日現在、定期列車4往復(2 - 9号)、臨時列車1往復(1・10号)の計5往復が運行されている。このうち、臨時列車は寝台特急「あけぼの」の廃止に伴い同列車のダイヤを引き継ぐ形で設定されたもので、秋田駅 - 青森駅間利用者の利便性確保が目的となっている[4]

過去には臨時列車が大館駅 - 青森駅間で2往復(51 - 54号)設定されていた[5]。このうち大館行きの52号は、2010年12月4日から2013年3月15日まで青い森鉄道線浅虫温泉駅始発で運転され、青い森鉄道線内は快速列車として運転されていたが、翌日のダイヤ改正で青い森鉄道線内からの乗り入れが廃止された。さらに、2014年3月15日のダイヤ改正で、52・53号は弘前駅 - 青森駅間の快速列車に、51・54号は同区間の普通列車に置き換えられて廃止された。

なお、新青森駅 - 青森駅の両駅相互間を普通車自由席に乗車する場合に限り、特急券は不要である。なお、2012年春季まで、「青春18きっぷ」と「北海道&東日本パス」にはこの特例は適用されなかった。詳しくは特別急行券#特急料金不要の特例区間を参照のこと。

停車駅[編集]

2002年12月1日から2010年12月3日までの停車駅
八戸駅 - (三沢駅) - (野辺地駅) - (浅虫温泉駅) - 青森駅 - (浪岡駅) - 弘前駅
  • ( )は一部列車のみ停車。
2010年12月4日からの停車駅
秋田駅 - 八郎潟駅 - 森岳駅 - 東能代駅 - 二ツ井駅 - 鷹ノ巣駅 - 大館駅 - 碇ケ関駅 - 大鰐温泉駅 - 弘前駅 - 新青森駅 - 青森駅

使用車両・編成[編集]

2014年3月15日現在の編成図
つがる
← 秋田
青森 →
1 2 3 4
G
  • 全車禁煙
凡例
G=グリーン車座席指定席
指=普通車座席指定席
自=普通車自由席
E751系電車青森車両センター
2010年12月3日までは、6両編成で運用されていた。検査などで485系6両編成が代走することがあったが、代走する列車は固定されており、最高速度120km/hの485系で運行することを念頭に置いた運行ダイヤが組まれていた。ただし、E751系が検査などで2本が運用に入れない場合、最高速度130km/hのE751系での運行を念頭に置いた運行ダイヤの列車にも485系が充当されるため、八戸駅 - 青森駅間で約10分の遅れが発生した。
2010年12月4日のダイヤ改正で一時運用から離脱していたが、2011年4月23日以降、4両編成に短縮の上で運用に復帰している。
485系3000番台(青森車両センター)
2006年3月18日 - 2010年12月3日までは、485系はこの形式のみで運用されており、下りは17・27・31号、上りは16号で充当されていた。また多客期に運行される臨時「つがる」はすべてこの車両が運用されていた。
2010年12月4日 - 2011年4月22日までは、全列車が同形式の4両編成で運用されていたが、2011年4月23日をもってE751系に置き換えられ、「つがる」運用から離脱した。2014年3月14日まで大館駅発着の臨時列車2往復(51 - 54号)に使用された。

過去の車両[編集]

789系電車函館運輸所
北海道旅客鉄道(JR北海道)に所属。特急「スーパー白鳥」の間合い運用として、6号のみに充当されていた。2010年12月4日のダイヤ改正で「つがる」運用から撤退。また、785系電車(789系の増結用)が2010年12月のダイヤ改正直前に使用された[6]

秋田対青森優等列車概略[編集]

白鳥・岩木[編集]

1960年12月に秋田駅 - 青森駅 - 鮫駅間で準急列車として「白鳥」が運転を開始し、ビジネス列車として秋田駅以北の都市間輸送を使命としていた。キハ55系などによる4両編成で運転されていたが、このうち2両は地元の利用債によって完成したものであった。こののち、日本海縦貫線で特急列車の運転の計画が持ち上がって列車名が「白鳥」に転用されることが決まると、秋田駅 - 鮫駅間の「白鳥」は、1961年9月に「岩木」に改称された。

「岩木」に改称されると同時に運転区間は秋田駅 - 青森駅間に変更されたが、青函連絡船との接続もなく、1965年10月に「むつ」に統合されて廃止された。

列車名の由来は、「白鳥」は国の天然記念物で青森県東津軽郡平内町の浅所海岸に飛来するハクチョウ、「岩木」は青森県弘前市および鰺ヶ沢町にある岩木山である。

むつ[編集]

「むつ」は1963年10月に仙台駅 - 青森駅間で運転を開始した急行列車であるが、1965年10月に準急「岩木」を統合して仙台駅 - 青森駅 - 秋田駅間の運転に変更された。しかし、大半の利用客は青森駅で入れ替わり、奥羽本線での運転距離は200kmに満たないことから、青森駅 - 秋田駅間は準急列車として運転され、1966年3月に全区間急行列車になった。その後、1968年10月には仙台駅 - 青森駅間は「くりこま」に系統分割され、「むつ」は青森駅 - 秋田駅間の運転に改められた。

1970年10月と1982年11月にそれぞれ1往復が増発されて最大3往復が運転されていたが、1985年3月に奥羽本線の特急網の整備によりほかの列車に統合されて1往復に削減されたまま特急列車化され、1986年11月まで運転された。

列車名の由来は青森県・岩手県宮城県福島県と秋田県の一部の旧国名である陸奥国で、特急「むつ」のヘッドマークは岩木山と名産のリンゴがアレンジされたものであった。

特急「むつ」の停車駅
秋田駅 - 土崎駅 - 追分駅 - 【大久保駅】 - 八郎潟駅 - 【鹿渡駅】 - 森岳駅 - 東能代駅 - 二ツ井駅 - 鷹ノ巣駅 - 早口駅 - 大館駅 - 碇ケ関駅 - 大鰐駅(現在の大鰐温泉駅) - 弘前駅 - 【川部駅】 - 【浪岡駅】 - 青森駅
  • 【 】は急行列車時代の停車駅

秋田対青森優等列車沿革[編集]

  • 1960年昭和35年)12月28日:秋田駅 - 青森駅 - 鮫駅間で準急「白鳥」が運転開始。
  • 1961年(昭和36年)9月15日:「白鳥」が「岩木」に改称され、運転区間が秋田駅 - 青森駅間に短縮。
  • 1965年(昭和40年)10月1日:「岩木」が仙台駅 - 青森駅間の急行「むつ」に統合され、「むつ」は仙台駅 - 青森駅 - 秋田駅間の運転になる。
  • 1968年(昭和43年)10月:「むつ」の運転区間が秋田駅 - 青森駅間に短縮される。
  • 1972年(昭和47年)10月1日:「むつ」が1往復増発され、2往復になる。
  • 1982年(昭和57年)11月15日:「むつ」が1往復増発され、3往復になる。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:「むつ」の2往復はエル特急たざわ」に統合、1往復は特急列車に変更される。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:「むつ」が「たざわ」に統合されて廃止。秋田駅 - 陸中花輪駅間で急行「よねしろ」が運転開始(秋田駅 - 大館駅間のみ急行)。
  • 1988年(昭和63年):「たざわ」に東能代駅発着列車を1往復設定。
  • 1993年平成5年):「たざわ」の1往復青森駅乗り入れを終了し、東能代駅発着が大館駅まで延長。また、奥羽本線経由で秋田駅 - 大館駅・青森駅間に快速列車「しらかみ」、秋田駅・大館駅・弘前駅 - 青森駅間に快速列車「いわき」が運転開始。
  • 1996年(平成8年)3月30日:秋田新幹線建設工事に伴い、「たざわ」の秋田新幹線建設工事区間が運休し、秋田駅 - 青森駅間の特急列車に変更。2往復のみの運行となる。
  • 1997年(平成9年)3月22日:秋田新幹線開業に伴い、「たざわ」は「かもしか」に改称されて廃止。快速「しらかみ」は「しらゆき」に改称。
  • 1999年(平成11年)12月4日:「かもしか」の自由席が3号車(禁煙車)から1号車の半室(禁煙車)と2号車(喫煙車)になる。「しらゆき」は青森駅行き列車の廃止で秋田駅 - 東能代駅・大館駅間の運行となる。
  • 2001年(平成13年)3月3日:大阪駅 - 青森駅間の「白鳥」が廃止され、青森駅 - 新潟駅の「いなほ」は、「白鳥」として運転された列車のみになる。また、「いなほ」の秋田駅 - 青森駅間が系統分割され、「かもしか」は3往復になる。
  • 2002年(平成14年)12月1日:東北新幹線八戸駅開業によるダイヤ改正により、次のように変更。
    1. 「しらゆき」「いわき」および、盛岡駅 - 青森駅・函館駅間の「はつかり」「スーパーはつかり」が廃止。
    2. 「よねしろ」が廃止され、快速列車になる。
    3. 八戸駅 - 青森駅・弘前駅間で「つがる」と、八戸駅・青森駅 - 函館駅間で特急白鳥」・「スーパー白鳥が運転開始。
    4. 「かもしか」の全列車が碇ケ関駅に停車、同時に1往復停車していた早口駅は全列車通過になる。
  • 2003年(平成15年)8月2日:2002年まで青森駅 - 秋田駅間で運転されていた臨時特急「ねぶた」を受け継ぐ形で、「つがる」25号が弘前駅 - 秋田駅間で延長運転。以後、毎年8月2日 - 8月6日に運転。
  • 2004年(平成16年):寝台特急「あけぼの」が新潟県中越地震で運休となったため、秋田駅 - 青森駅間は「かもしか」91・92号にて代替輸送を行う。ただし、車両運用の関係で一時期気動車による全車自由席の快速列車として運転した。
  • 2006年(平成18年)3月18日:「スーパー白鳥」の間合い運用で「つがる」上り1本が789系による運用となる。
  • 2007年(平成19年)3月18日:全車禁煙になる[7]
  • 2009年(平成21年)
    • 3月14日:一部列車で行われていた車内販売が廃止。
    • 3月21日:特急「はつかり」誕生50周年を記念して、青森駅 - 函館駅間で団体臨時特急「はつかり」(485系3000番台6両)が運転される。
    • 12月5日:東北新幹線新青森駅開業プレキャンペーンの一環として、特急「なつかしのはつかり」が運転。583系6両編成、全車指定席で運転された[8]
  • 2010年(平成22年)
    • 10月18日:「宮城野貨物線踏破 青森行き特急はつかりの旅」号が上野駅 - 青森駅間(宮城野貨物線経由)で運行。
    • 12月4日:秋田駅 - 青森駅間の特急列車が「つがる」に統一され、「かもしか」が廃止[9]
  • 2011年(平成23年)
  • 2014年(平成26年)3月15日:大館駅発着の臨時列車2往復を廃止。また、寝台特急「あけぼの」定期運行廃止の部分代替として、座席需要の多い秋田駅 - 青森駅間に毎日運転の臨時1往復を設定[11]

急行「津軽」[編集]

急行「津軽」は、1922年大正11年)3月に上野駅 - 青森駅間を東北本線奥羽本線経由で結ぶ夜行急行701・702列車が夜行普通703・704・705・706列車とともに新設されたのが起源である。

その後、列車番号を401・402列車にあらため二等寝台車の連結を開始、太平洋戦争に伴って運行区間を上野駅 - 秋田駅間に短縮し普通列車に格下げとなるが、戦後間もなく夜行準急405・406列車として優等列車に復帰し、1947年(昭和22年)6月には急行列車に格上げとなった。列車番号も401・402に変更された後の1950年(昭和25年)12月には急行「鳥海」(ちょうかい)の愛称が付されている。

一方で、上野駅 - 秋田駅間を高崎線上越線羽越本線経由で結ぶ優等列車は、上越線が開通した1931年(昭和6年)9月より二等寝台列車連結で設定され、寝台夜行急行「天の川」の起源となった。この列車は戦争中に廃止となったが、戦後1948年(昭和23年)7月のダイヤ改正で上野駅 - 新潟駅間毎日運転の夜行急行701・702列車の運行区間を延長する形で不定期急行2701・2702列車として運転を再開する。

「津軽」という列車名は、1954年10月に開設された上野駅 - 青森駅間を上越線・羽越本線経由で結ぶ臨時夜行急行列車にはじめて付されたものだが、2年後の1956年11月には、東北本線・奥羽本線の定期夜行急行「鳥海」の運行区間を戦前の運行体系どおり青森駅までに延長復旧させた401・402列車の列車として命名され、その後4半世紀にわたり東北本線・奥羽本線を経由して上野駅 - 青森駅間を結ぶ急行「津軽」として運行されることとなる。

この頃1950年代から1960年代にかけては、東北地方から東京方面への出稼ぎ集団就職が盛んに行われていた時代であり、これら出稼ぎ者や集団就職者のうち奥羽本線沿線(山形県秋田県・青森県西部の地域)の人々にとっては、急行「津軽」は沿線唯一の優等列車であり、集団就職列車や長距離普通列車によって上京した人々にとっては、急行「津軽」の特に一等寝台車(のちのA寝台車)を使用して帰郷することがいつしか成功の象徴ともなり、急行「津軽」はマスコミなどからは「出世列車」と呼ばれることとなった[12]

急行「津軽」は1965年10月に2往復体制となったが、1982年11月の東北新幹線本格開業に伴い1往復を特急「あけぼの」に格上げされ1往復となり、1993年12月には臨時列車化され1998年1月の年始運転をもって廃止となった。

使用車両[編集]

沿革[編集]

  • 1922年(大正11年)3月:上野駅 - 青森駅間を東北本線奥羽本線経由で結ぶ夜行急行701・702列車が、夜行普通703・704・705・706列車とともに新設される。701・702列車は二・三等車および和食堂を連結していた。
  • 1926年(大正15年)8月:夜行急行701・702列車(上野駅 - 青森駅間)の列車番号が401・402列車に変更される。同じく、703・704・705・706列車は403・404・405・406列車となる。このころから401-406列車に二等寝台車が連結される。
  • 1940年(昭和15年)10月:夜行急行401・402列車の運行区間が上野駅 - 秋田駅間に短縮される。403・404・405・406列車は上野駅 - 青森駅間のまま。
  • 1950年(昭和25年)12月:夜行急行401・402列車に「鳥海」(ちょうかい)の愛称が付けられる。
  • 1954年昭和29年)10月:上野駅 - 青森駅間の臨時夜行急行列車「津軽」を上越線羽越本線経由で運転。
  • 1956年(昭和31年)11月:上野駅 - 秋田駅間を東北本線・奥羽本線経由で結ぶ定期夜行急行401・402列車「鳥海」の運行区間を青森駅に延長し「津軽」と命名。
  • 1965年(昭和40年)10月:急行「おが」1往復を青森まで延長し、「津軽」に名称変更。2往復体制となる。
    • 1990年代前半まで繁忙期には、上野駅 - 弘前駅間に1 - 2往復の臨時列車を運行する。
  • 1978年(昭和53年)10月:普通座席車を旧形客車から12系客車に変更する(寝台車は10系客車のまま変更なし)。
  • 1980年(昭和55年)10月:グリーン車の連結を中止。
  • 1982年(昭和57年)11月15日:2往復中旧1・4号の1往復を特急「あけぼの」に格上げし、残った1往復は車両を20系客車に変更する。
    • この改正では同時に気動車急行「出羽」や季節急行「ざおう」などの奥羽本線の夜行急行も廃止となり、それまで各列車合わせて最低20両はあった自由席が定期列車では「津軽」の3両だけとなった。しかも、「津軽」では定員の少ないナハ21形[13]を自由席として使用していたため[14]、通路・デッキ・洗面所に至るまですし詰め状態となり、繁忙期には満員のため積み残しを出す事態が続いた。急遽、B寝台車2両の寝台をセットせず自由席開放し、季節急行「おが」の運転日を増やすことで対処した。そのため時刻表には「都合により寝台をセットしない日があります」の注意書きがあった。
  • 1983年(昭和58年)7月1日:車両を20系客車から14系客車に変更する。
    • 混雑が続く「津軽」と季節急行「おが」の車両を交換し、ようやく事態は落ち着いたが、「津軽」から寝台車の連結が中止となった。
  • 1984年(昭和59年)2月1日:10両編成中4両を座席車から寝台車に変更する。
    • 寝台車がなくなったことへの不満や苦情が多いことから、寝台特急「紀伊」廃止で捻出された14系3段寝台車でB寝台の連結を再開した。ただし、旧盆や年末年始の最繁忙期は混雑緩和のため、臨時特急「あけぼの」51・52号の14系座席車編成と車両交換を行った。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:車両を全車座席車に再度変更する。
  • 1990年平成2年)9月1日:車両を14系客車から583系に変更する。また、山形新幹線改軌工事の開始により、福島駅 - 山形駅間は東北本線・仙山線経由に経路変更する。
  • 1992年(平成4年)7月1日:車両を485系電車に変更する。
  • 1993年(平成5年)10月1日:使用車両を485系電車から583系電車に変更する。
  • 1993年(平成5年)12月1日:急行「津軽」が臨時列車化される。
  • 1998年(平成10年)1月:この時期を最後に、臨時急行「津軽」が廃止[15]
  • 2001年(平成13年)12月29日(下り上野発)・2002年(平成14年)1月3日(上り青森発):臨時急行「なつかしの津軽」が、陸羽東線経由で14系客車を使用してリバイバル運転。

参考文献[編集]

  • 寺本光照『国鉄・JR列車名大事典』中央書院、2001年。ISBN 4-88732-093-0

脚注[編集]

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  1. ^ 2010年12月のダイヤ改正について (PDF) - 東日本旅客鉄道プレスリリース 2010年9月16日
  2. ^ a b 夏の増発列車のお知らせ (PDF) - 東日本旅客鉄道盛岡支社プレスリリース 2011年6月30日
  3. ^ はねと号時刻表(JR東日本ホームページ)
  4. ^ 2014年3月ダイヤ改正について - 2013年12月20日 JR東日本秋田支社
  5. ^ 『JR時刻表』2012年3月号、交通新聞社
  6. ^ 鉄道ファン』2011年2月号、交友社、p.25。
  7. ^ 2007年3月ダイヤ改正について (PDF) - 東日本旅客鉄道プレスリリース 2006年12月22日
  8. ^ 冬の増発列車のお知らせ (PDF) - 東日本旅客鉄道プレスリリース 2009年10月16日
  9. ^ 2010年12月ダイヤ改正について (PDF) - 東日本旅客鉄道プレスリリース 2010年9月24日
  10. ^ 特急「つがる」へのE751系車両導入について (PDF) - 東日本旅客鉄道秋田支社プレスリリース 2011年4月19日
  11. ^ 2014年3月ダイヤ改正について - 2013年12月20日 JR東日本秋田支社
  12. ^ 土方草介『結構イイ加減節世相語から見た戦後日本』静岡学術出版、2009年、p.56。ISBN 978-4903859231
  13. ^ ナハ21形の定員は64名で、ダイヤ改正前に使用していた12系はオハ12が88名、スハフ12・オハフ13が80名である。
  14. ^ ダイヤ改正前は「十和田」3・4号に使用されていた車両で、3号は盛岡まで全車指定席、盛岡 - 青森は全車自由席としてそれぞれ使用され、4号は全区間自由席として使用していた。
  15. ^ 鉄道ダイヤ情報』1998年1月号、弘済出版社、p.61。

外部リンク[編集]