あさま
| あさま | |
|---|---|
| 運行事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 列車種別 | 特急列車 |
| 運行区間 | 東京駅 - 軽井沢駅 - 長野駅間 |
| 経由線区 | 東北新幹線・上越新幹線・北陸新幹線(長野新幹線) |
| 使用車両 (所属区所) |
E2系電車(長野新幹線車両センター) |
| 運行開始日 | 1997年10月1日 |
| 備考 | 2012年3月17日現在 |
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この表について
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あさまは、長野新幹線(北陸新幹線)の東京駅 - 軽井沢駅 - 長野駅間で運行されている特別急行列車である。
本項では、北陸新幹線開業以前に信越本線で運転されていた特急「あさま」「白山」のほか、かつて信越本線の長野駅以南で運転されていた優等列車の沿革についても記述する。
目次 |
概要 [編集]
「あさま」という列車愛称は、1961年10月から1962年12月までの間、小諸駅 - 新潟駅間で運転されていた準急列車に初めて用いられた。その後、1962年12月からは1963年9月までは上野駅 - 長野駅間の夜行準急列車、また1966年10月から1997年9月までは上野駅 - 長野駅・妙高高原駅・直江津駅間の特急列車に用いられた。
1997年10月1日には北陸新幹線高崎駅 - 長野駅間が長野新幹線として先行開業し、この長野新幹線の列車名として使用されるようになった。
名称の由来は、群馬県・長野県の県境に位置する浅間山(あさまやま)である。在来線の特急列車[1]および新幹線では公募によって決定された。
新幹線「あさま」 [編集]
基本的に東京駅 - 長野駅間を中心に運転されているほか、東京駅 - 軽井沢駅間で1往復、軽井沢駅 → 長野駅間でも1本運転されている。東京駅 - 軽井沢駅間の列車は、週末や休日を中心に長野駅発着として延長運転されている。
停車駅 [編集]
東京駅 - (上野駅) - 大宮駅 - (熊谷駅) - (本庄早稲田駅) - (高崎駅) - (安中榛名駅) - (軽井沢駅) - (佐久平駅) - (上田駅) - 長野駅
- ( )内は一部列車のみ停車。
使用車両・編成 [編集]
| あさま | ||||||||||||||||
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← 東京
軽井沢・長野 →
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高崎駅 - 軽井沢駅間に30‰の急勾配が約30kmにわたって連続することと、軽井沢駅 - 佐久平駅間に商用電源周波数50Hz/60Hzの切換セクションが存在するため、高出力の主電動機を装備し、両方の周波数に対応する専用型のE2系電車(N編成)が充当されている。
またE4系の中にも、勾配や周波数切換に対応させ長野または軽井沢駅までの乗り入れを可能とした編成(P51・P52は軽井沢駅まで、P81・P82は長野駅まで乗り入れ可能)が存在する。しかし乗り入れが可能とはいっても、長時間の運行や頻繁に入線することができないことから、普段は上越新幹線を中心に運行され、逆にE2系N編成は、以前は上越新幹線高崎駅 - 新潟駅間に乗り入れていたが、2012年現在では営業列車として乗り入れていない(特別列車や新潟新幹線車両センターでのイベント開催などで乗り入れる場合がある)。
過去には200系による運行もあった。1998年の長野オリンピック開催期間中、輸送力増強のため、急勾配・異周波数対応の200系12両編成(F80編成)による臨時列車が運行されたが、その後同編成は本列車には充当されず2004年に廃車となった。
所要時間 [編集]
東京駅 - 長野駅間を最速1時間23分、平均約1時間40分程度で結ぶ。「あさま」の統一名称を与えられてはいるが、列車毎の停車駅設定がまちまちなため所要時間の差異がある。
- 東京駅 - 軽井沢駅間:最速1時間2分(515号と519号。途中、上野駅および大宮駅に停車)
- 東京駅 - 長野駅間:最速1時間23分(518号。途中、大宮駅のみ停車)
開業時から2002年12月まで、東京駅 - 長野駅間をノンストップで79分(1時間19分)で結ぶ列車が下り1本(「あさま」3号)のみ設定されていた。キャッチフレーズは「東京 - 長野、最速79分」や「東京は長野だ」というものであった。なお、上りのノンストップ列車(「あさま」4号)の所要時間は1時間21分であった。
沿革 [編集]
- 1998年(平成10年):長野オリンピック開催により、期間中の増発用として200系を臨時投入。
- 2000年(平成12年)12月31日:長野駅 - 東京駅間の最終列車「あさま536号」は列車名を「ミレナリオあさま536号」に変更して運転。
- 2001年(平成13年)
- 2005年(平成17年)12月10日:長野方面の新幹線車両を全車禁煙化。
在来線特急「あさま」・「白山」 [編集]
「あさま」は1966年10月1日から1997年9月30日まで上野駅 - 長野駅・直江津駅で運行されていた特急列車。「白山」は1972年3月15日から1997年9月30日まで上野駅 - 金沢駅を長野駅経由で運行されていた特急列車である。
廃止直前は、「あさま」は1日19往復が運転され、そのうち4往復は直江津駅発着となっていた(下り1本は長野駅から快速列車として運行)。夏季や冬季には臨時で妙高高原駅まで延長する列車も存在した。「白山」は1日1往復が運転されていた。列車番号は、「あさま」が(3000+号数)M、「白山」は下りが3051M、上りが3052Mとなっていた。
停車駅 [編集]
- あさま
- 上野駅 - (赤羽駅) - 大宮駅 - (熊谷駅) - (深谷駅) - (本庄駅) - 高崎駅 - (安中駅) - (磯部駅) - 横川駅 - 軽井沢駅 - (中軽井沢駅) - (御代田駅) - 小諸駅 - (田中駅) - (大屋駅) - 上田駅 - (坂城駅) - (戸倉駅) - (屋代駅) - (篠ノ井駅) - 長野駅 - 黒姫駅 - 妙高高原駅 - 新井駅 - 高田駅 - 直江津駅
- 白山
- 上野駅 - 大宮駅 - (深谷駅) - 高崎駅 - 横川駅 - 軽井沢駅 - (中軽井沢駅) - 小諸駅 - 上田駅 - 戸倉駅 - 長野駅 - 黒姫駅 - 妙高高原駅 - 新井駅 - 高田駅 - 直江津駅 - 糸魚川駅 - 泊駅 - 黒部駅 - 魚津駅 - 滑川駅 - 富山駅 - 高岡駅 - 石動駅 - 津幡駅 - 金沢駅
- ( )は下り列車のみ停車
- 2往復時代には3、4号が入善駅に停車していた。
使用車両・編成 [編集]
| JR東日本189系電車11両編成 | ||||||||||||||||||||||
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← 上野
長野・直江津 →
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| JR東日本189系電車9両編成、489系電車 | ||||||||||||||||||||||
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← 上野
長野・直江津 →
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| JR西日本489系電車 | ||||||||||||||||||||||
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← 上野・金沢
長野・直江津 →
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廃止直前は以下の車両によって運転されており、いずれも民営化後に内外装のリニューアルを実施している。なお、「あさま」「白山」両列車とも信越本線の急勾配区間(横川駅 - 軽井沢駅間)を経由するため、補助機関車としてEF63形電気機関車を連結して運転していた。
- 189系電車
- 「あさま」にのみ使用。JR東日本の長野運転所(現:長野総合車両センター)に所属しており、9両または11両編成で運転された。
- 489系電車
- JR東日本の長野運転所(現:長野総合車両センター)に所属する編成と、JR西日本の金沢運転所(現:金沢総合車両所)に所属する編成があり、いずれも9両編成で運転された。
- 「白山」にはJR西日本の編成のみが使用され、「あさま」や急行「能登」との共通運用が組まれていた。JR東日本の編成は、「あさま」にのみ使用されていた。
信越本線長野以南優等列車沿革 [編集]
長野駅以北の優等列車の沿革については「くびき野 (列車)」を参照
優等列車の運転開始 [編集]
- 1915年(大正4年)3月25日:信越本線初の急行列車として、上野駅 - 長野駅 - 新潟駅間(当時上越線は未開通)で101・102列車が運転開始。夜行列車で、全区間を下り14時間、上り15時間40分で運転。
- 1922年(大正11年)3月15日:信越本線に上野駅 - 金沢駅間で急行列車773・772列車が運転開始。全区間を下り13時間25分、上り13時間45分で運転。夜行列車で、寝台車を連結していた。前述した上野駅 - 新潟駅間運行の急行列車にも、このころまでに寝台車連結。
- 1931年(昭和6年)9月1日:上越線の開通により、信越本線経由の上野駅 - 新潟駅間の急行が廃止。
- 1939年(昭和14年)11月15日:上野駅 - 大阪駅間で急行601・602列車が運転開始。それまでの上野駅 - 金沢駅間急行は不定期列車に格下げ。
- 1943年(昭和18年)
- 1944年(昭和19年)4月1日:「決戦非常措置要綱」に基くダイヤ改正で、601・602列車が廃止。
なお優等列車とは関係ないが、昭和前期に運行された同線の臨時の普通列車・準急列車(現在の快速列車)には、「高原列車」や「涼風」など地方局が独自に設けた列車愛称が付けられていた。
戦後の発展 [編集]
- 1948年(昭和23年)7月1日:上野駅 - 直江津駅間で昼行の不定期準急列車(戦後の準急は有料列車)が1往復運転開始。
- 1949年(昭和24年)9月15日:不定期準急列車の上野駅 - 長野駅間が定期列車化。
- 1950年(昭和25年)10月1日:準急列車の長野駅 - 直江津駅間が定期列車化。また、上野駅 - 直江津駅間で夜行準急列車が1往復運転開始(上野駅 - 高崎駅間では新潟方面の列車と併結)。
- 1951年(昭和26年)4月1日:上野駅 - 直江津駅間の昼行準急が「高原」と名付けられる。
- 1952年(昭和27年)10月1日:上野駅 - 直江津駅間の夜行準急の運転区間が新潟駅まで延長。上越線開業前を髣髴させるものとなった。
- 1953年(昭和28年):「高原」の混雑緩和のため、上野駅 - 長野駅間で臨時準急「白樺」が運転開始。
- 1954年(昭和29年)10月1日:「高原」が急行列車化されて「白山」に改称し、運転区間が金沢駅まで延長される。「白樺」が定期列車に格上げ。
- 1955年(昭和30年)7月1日:上野駅 - 長野駅間で不定期準急列車「高原」が運転開始。
- 1958年(昭和33年)4月14日:上野駅 - 長野駅 - 直江津駅間の夜行準急が「妙高」と名付けられる。
- 1959年(昭和34年)7月18日:上野駅 - 金沢駅間で臨時夜行急行「黒部」が運転開始。
- 1960年(昭和35年)6月1日:上野駅 - 長野駅間で昼行客車準急「とがくし」が運転開始。
- 1961年(昭和36年)
- 1962年(昭和37年)
- 1963年(昭和38年)
- 3月25日:長野駅 - 上諏訪駅 - 小淵沢駅 - 小諸駅 - 長野駅間に循環準急列車「すわ」および「のべやま」(内回りが「すわ」、外回りが「のべやま」)が運転開始。
- 7月15日:碓氷峠がアプト式からEF63形電気機関車を補助機関車とした粘着運転方式に変更する事になり、この時単線で営業を開始する。また「軽井沢」は暫定的に全車指定席による上野駅 - 長野駅間2往復運行の列車になる。
- 10月1日:碓氷峠での粘着方式による複線運転が開始され、アプト式軌道区間は廃止。これに伴い、以下のように変更。
- 「丸池」は「志賀」に統合された。
- 準急「あさま」が急行列車化され、「丸池」として運行区間が直江津駅発着(長野駅 - 直江津駅間は普通列車)になる。
- 上野駅 - 長野駅間に急行「信州」が4往復運転開始。「とがくし」は「信州」に統合され、新たに設定された同区間運行の夜行列車が「とがくし」になる。
- 「軽井沢」は上野駅 - 中軽井沢駅間の列車になる。
- 1965年(昭和40年)10月1日:ダイヤ改正に伴い、以下のように変更。
- 「白鳥」の上野行き編成を分離独立させる形で、上野駅 - 金沢駅間に特急「はくたか」が運転開始。
- 上野駅 - 長野駅間に全車指定席の急行「信越いでゆ」が運転開始。
- 上野駅 - 福井駅間に夜行急行「越前」が運転開始。
- 「軽井沢」は1往復になる。
特急「あさま」の設定後 [編集]
- 1966年(昭和41年)
- 3月5日:運行距離が100kmを超える準急列車は急行に格上げされる事になったため、「高原」「すわ」「のべやま」「軽井沢」は急行列車になる。
- 10月1日:上野駅 - 長野駅間に特急「あさま」が2往復で運転開始。「信越いでゆ」が廃止。
- 「あさま」に充当する車両は田町電車区(現在の田町車両センター)所属の181系電車が使用された。
- 運行区間内に存在した信越本線の急勾配区間であった横川駅 - 軽井沢駅間(碓氷峠)では、EF63形を東京側に連結し電車は無動力にして坂を上り下りしていたので、編成両数に制限がかかり、特急列車の当時の平均的な編成が10 - 12両編成であったのに対し、「あさま」は食堂車の連結も省いた8両編成となった。
- なお、登場時、8両編成までの制約を受けた181系電車であるが、当初は一等車(現在のグリーン車)を1両にして食堂車を連結する案も考えられていた。しかし、国際的観光地である軽井沢が沿線に控えていることからグリーン車2両は必須条件ということでこの案は却下され、代替案としてサロ2両をモロ2両に振り替えて、サシ181形とサハ180形を組み込む案が出された。この案は当時の「とき」「あずさ」用編成からMM'ユニット1組を外した場合と同じ車両構成で運用できるために最後まで検討されたが、そもそもモロとサシが不足気味で1965年に向日町運転所(現在の京都総合運転所)の181系(当時は151系)からサロが減車され、余剰していたために車両の有効利用と運行時間と距離の短さから食堂車を連結せず運行に踏み切る決断が下された。
- また、当時の上野発着の特急は一等車(→グリーン車)が上野方の2号車に連結されていたが「あさま」は長野方の6・7号車に連結された。これは碓氷峠でEF63形と連結する際に重量の重い電動車を麓側に集中させた方が連結器の坐屈などに対して都合が良かったからである。
- 181系時代、「あさま」のヘッドマークは、2種類の書体が存在した。ひとつは、通常の国鉄書体(田町電車区担当時代に作成)。もうひとつは、丸ゴシックをベースにした書体(長野運転所移管後に補充)である。これらは489系ボンネット車にも共通で使用された。
- 1968年(昭和43年)
- 1969年(昭和44年)
- 7月:「あさま」に使用する181系電車の所管を田町から長野運転所に移管。
- 10月1日:ダイヤ改正により、以下のように変更。
- 「はくたか」は電車化により運行経路を上越線経由に変更。
- 「信州」のうち長野電鉄直通の編成を「志賀」に改称(「信州」と併結運転)。
- 「信州」のうち、2往復が妙高高原駅発着に変更され、列車名が「妙高」に変更。これにより「信州」は5往復、「妙高」は6往復になる。
- 1971年(昭和46年)12月:スキー臨時特急列車として「あさま銀嶺」(あさまぎんれい)が上野駅 - 長野駅・関山駅間で運転される。
- この「あさま銀嶺」には、長野運転所(現在の長野総合車両センター)所属の181系電車のみならず、早期落成していた489系電車も投入された。のちに臨時「あさま」にも489系は投入されるのだが、1973年夏シーズンまでの運行では食堂車(サシ489形)が営業を行っていた。
- 夏期には国際的避暑地の軽井沢を控えるために1970年代以降は、「あさま」「信州」「妙高」のみならず軽井沢駅・中軽井沢駅行きの季節列車である特急「そよかぜ」や急行「軽井沢」が多数設定されていた。また、後年まで最繁忙期には12系客車による臨時急行「軽井沢」も追加して運行した。その中で、全車グリーン車の旧形客車のみで組成された「軽井沢グリーン」なる急行列車も存在した。
- 1972年(昭和47年)
- 1973年(昭和48年)
- 1975年(昭和50年)
- 1976年(昭和51年)12月1日:「信州」「妙高」のビュフェ車の営業が休止(営業休止後も車両自体は1978年9月まで連結されていた)。
- 1978年(昭和53年)10月2日:ゴーサントオのダイヤ改正により、以下のようにダイヤを変更。
- 1982年(昭和57年)11月15日:ダイヤ改正により、以下のように変更。
- 「志賀」が廃止され、長野電鉄への直通列車がなくなる。
- 「妙高」は昼行列車に関しては「あさま」に格上げされ、夜行1往復のみとなった。使用車両を旧形客車から14系客車に変更。
- 「白山」に食堂車連結が復活(グリーン車を2両から1両にしたことによる)。一度食堂車連結が廃止された列車に再度食堂車が連結されることは極めてまれなこともあって話題となり、担当の日本食堂としても食堂車内にBGMを流すなど復活した「白山」食堂車に対して並々ならぬ気合が入っていた。
- 1984年(昭和59年)7月:横須賀線逗子駅 - 軽井沢駅間を運行する臨時特急列車として、「サロンエクスプレスそよかぜ」が運転される。
- 1985年(昭和60年)3月14日:ダイヤ改正により、以下のように変更。
- 1986年(昭和61年)11月1日:「妙高」の運行区間が上野駅 - 長野駅間に短縮。また、使用車両を「あさま」と共同使用するため189系電車に変更。これによりグリーン車が再び連結される。
- 1987年(昭和62年)8月:「サロンエクスプレスそよかぜ」が廃止。
- 1989年(平成元年)3月14日:「妙高」の下り列車は高崎線普通列車の終電後の運転とし、高崎線内では最終列車として運転される。
- 1992年(平成4年)3月14日:「白山」が1往復に削減。
- なお、「白山」のエル特急指定は「あさま」との等間隔運転の一角を成していたため解除されず、「1往復のエル特急」となったまま廃止まで運行された。
- 1993年(平成5年)3月18日:「妙高」と臨時急行「越前」が廃止。ともに、上野駅 - 金沢駅間の「能登」に吸収された。
- このダイヤ改正で「あさま」1往復(23,36号)にJR西日本・金沢運転所の489系電車が間合い運用で運用されるようになった。
- 1996年(平成8年) - 1997年(平成9年):品鶴線・山手貨物線経由横浜駅発着の臨時特急「マリンシティーあさま号」が運転される。「あさま」の増発の体裁を取る。
- 1997年(平成9年)
リバイバルトレイン [編集]
- 2000年(平成12年)12月23日 - 24日:熊谷駅 - 横川駅間に「懐かしの特急あさま号」が189系で運転される。
- 2001年(平成13年)9月30日:上野駅 - 横川駅間に「思い出の特急あさま号」が189系で運転される。
- 2002年(平成14年)
- 4月20日 - 21日:上野駅 - 横川駅間に「懐かしの特急あさま号」が189系で運転される。
- 10月12日 - 14日:上野駅 - 横川駅間に「信越特急あさま号」、軽井沢駅 - 長野駅・直江津駅間に「あさま号」が189系で運転される。
- 10月19日:東金沢駅の移転開業を記念して、金沢駅 - 富山駅間に「白山号」が489系国鉄色で運転される。
- 2003年(平成15年)8月30日 - 31日:上野駅 - 横川駅間に「懐かしの特急そよかぜ号」が189系で運転される。
- 2005年(平成17年)10月15日 - 16日:信越本線高崎駅 - 横川駅間開業120周年を記念して、上野駅 - 横川駅間に「懐かしの特急白山号」が489系国鉄色で運転される。
- 2006年(平成18年)8月26日:信越本線直江津駅 - 関山駅間開業120周年と信越本線直江津駅 - 長野駅間電化開業40周年を記念して、金沢駅 - 長野駅間に「リバイバル白山」が1往復運転される[2]。
- 2012年(平成24年)
- 7月15日:上野駅 - 横川駅間に「そよかぜ号」が185系で運転される。
- 9月8日:上野駅 - 横川駅間、および軽井沢駅 - 上田駅間に「そよかぜ号」が運転される。上野発着列車は185系、軽井沢発着列車は189系が使用された。
- 10月20日:長野駅 - 直江津駅間に「特急あさま号」が183・189系で運転される[3]。
- 2013年(平成25年)
- 3月2日:軽井沢駅 → 金沢駅間(片道)で「思い出の白山号」が団体列車扱いで運転される。使用車両はJR東日本新潟車両センターの485系K2編成[4]であった。
列車名の由来 [編集]
(五十音順)
- 「越前」(えちぜん)…福井県の旧国名「越前」にちなむ。
- 「軽井沢」(かるいざわ)…避暑地・別荘地として名高い「軽井沢」にちなむ。
- 「黒部」(くろべ)…富山県を流れる「黒部川」にちなむ。
- 「高原」(こうげん)…高原地帯を走る列車であることから。
- 「志賀」(しが)…上信越高原国立公園の「志賀高原」にちなむ。
- 「白樺」(しらかば)…沿線に多く生える「シラカバ」にちなむ。
- 「信越いでゆ」(しんえついでゆ)…目的地域の「いで湯」(温泉)観光列車であることから。
- 「信州」(しんしゅう)…長野県の旧国名「信濃」の別称「信州」にちなむ。
- 「すわ」… 長野県中部の諏訪盆地にある「諏訪湖」にちなむ。
- 「そよかぜ」…軽井沢などの「高原にそよぐ微風」から。
- 「とがくし」…長野県の「戸隠山」にちなむ。
- 「能登」(のと)…石川県の「能登半島」、またそこの旧国名「能登」にちなむ。
- 「のべやま」…小海線野辺山駅周辺の「野辺山高原」にちなむ。
- 「白山」(はくさん)…石川県と岐阜県の県境に位置する日本三名山の一つ「白山」にちなむ。
- 「はくたか」…富山県の立山の開山伝説に登場する「白い鷹」にちなむ。
- 「白鳥」(はくちょう)… 新潟県北蒲原郡水原町(現在の阿賀野市)に飛来する「白鳥」にちなむ。
- 「丸池」(まるいけ)…志賀高原の「丸池」にちなむ。
- 「妙高」(みょうこう)…新潟県南西部に位置する妙高山にちなむ。なお、同山は長野県側からでも見えることから北信五岳の一つにとして知られる。
脚注 [編集]
- ^ 同時期に運転を開始した「あずさ」と共に、特急列車の列車愛称として沿線の山や河川名が採用された最初の例(国鉄部内の制定基準によれば、急行列車向けに相当する)とされる。
- ^ 『JR気動車客車編成表』'06年版 ジェー・アール・アール 2006年 ISBN 4-88283-127-9
- ^ 今回の運転では国鉄特急色に塗り戻された183・189系N101編成が使用された。「あさま」のリバイバル運転において国鉄色の183・189系が使用されたのはこれが初めてである。
- ^ 現役時代に碓氷峠を越えていた同列車に、モハ484・485が編成中に組み込まれたケースはあっても(イカロス出版、名列車列伝シリーズ17『はくたか』より)、編成単位で485系が使用されることは無かった。489系はクハ489-1を残して既に全車が廃車となっているため、この運転は雰囲気を再現したものとなる。
関連項目 [編集]
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