あさま

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あさま
E2系「あさま」(2011年7月11日 熊谷駅)
E2系あさま
(2011年7月11日 熊谷駅
運行事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
列車種別 特急列車
運行区間 東京駅 - 軽井沢駅 - 長野駅
経由線区 東北新幹線上越新幹線北陸新幹線長野新幹線
使用車両
(所属区所)
E2系電車長野新幹線車両センター
E7系電車(長野新幹線車両センター)
運行開始日 1997年10月1日
備考 2014年3月15日現在

あさまは、長野新幹線北陸新幹線東京 - 軽井沢 - 長野間で運行されている特別急行列車である。種別を示す色)。

本項では、北陸新幹線開業以前に信越本線で運転されていた特急「あさま」「白山」のほか、かつて信越本線長野以南で運転されていた優等列車の沿革についても記述する。

概要[編集]

「あさま」は、1961年10月から1962年12月までの間は小諸 - 新潟間で運転されていた準急列車の列車愛称に初使用された。その後、1962年12月からは1963年9月までは上野 - 長野間の夜行準急列車、また1966年10月から1997年9月までは上野 - 長野・妙高高原・直江津間の特急列車で使用された。

1997年10月1日北陸新幹線高崎 - 長野間が長野新幹線として先行開業した際に東京 - 長野間の列車愛称に転用され現在に至る。

名称は、群馬長野の県境に位置する浅間山あさまやま)に由来する。在来線の特急列車[1]および新幹線では公募によって決定された。

新幹線「あさま」[編集]

基本的に東京 - 長野間を中心に運転されるほか、東京 - 軽井沢間で1往復ならびに軽井沢発長野行の下り列車1本が運転される。なお、東京 - 軽井沢間の列車は週末や休日を中心に長野発着の延長運転が実施される。

停車駅[編集]

運転線区 東北新幹線 上越新幹線 長野新幹線
駅名 東京 上野 大宮 熊谷 本庄早稲田 高崎 安中榛名 軽井沢 佐久平 上田 長野
あさま
凡例
  • ●:全列車停車
  • ▲:一部列車停車

使用車両・編成[編集]

2014年3月15日現在の編成図
あさま
← 東京
軽井沢・長野 →
E2系
1 2 3 4 5 6 7 8
G
E7系
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
G GC
  • 全車禁煙
  • 座席種別・編成は変更される場合がある。
  • 599号は1 - 4号車のみ乗車可能
凡例
G=グリーン車指定席
GC=グランクラス指定席
指=普通車指定席
自=普通車自由席

E2系(N編成)とE7系により運転されており、E2系では8両編成、E7系では12両編成で運行されている。

いずれも、高崎 - 軽井沢間に30の急勾配が約30kmにわたって連続すること、軽井沢 - 佐久平に商用電源周波数50Hz/60Hzの切換セクションが存在することから、高出力主電動機搭載ならびに周波数切換に対応した車両である。

E7系で運転される列車はグランクラス(12号車)の営業が行われる。ただし、専任アテンダントによる車内サービスはなく、全列車で座席のみの営業となる。

このほか、E4系の中に勾配対策を施工したP51・P52編成が軽井沢まで、周波数切換も対策したP81・P82編成が長野まで運用可能で、2001年に軽井沢発の臨時列車での運用が行われていた[2]

1998年長野オリンピック開催期間中には輸送力増強のため勾配・周波数切換対応工事を施工された200系12両編成(F80編成)による臨時列車が運行されたが、その後同編成は充当されず2004年廃車となった。

所要時間[編集]

東京 - 長野間を最速83分、平均約100分程度で運転される。「あさま」の統一名称を与えられてはいるが、列車毎の停車駅設定がまちまちなため所要時間の差異がある。

  • 東京 - 軽井沢間:62分(515号・519号 上野・大宮に停車)
  • 東京 - 長野間:最速83分(518号 大宮のみ停車)

開業時から2002年12月まで、東京 - 長野間ノンストップ列車が1往復(3号・4号)設定されていた。

  • 所要時間:79分(下り3号)/81分(上り4号)
  • キャッチフレーズは「東京 - 長野 最速79分」「東京は長野だ」

沿革[編集]

  • 1997年(平成9年)10月1日:北陸新幹線(長野新幹線)高崎 - 長野間が開業。「あさま」運転開始。
  • 1998年(平成10年):長野オリンピック開催により期間中増発用として200系を臨時投入。
  • 2000年(平成12年)12月31日:長野発東京行最終列車「あさま536号」の列車名を「ミレナリオあさま536号」に変更して運転。
  • 2001年(平成13年)
    • 1月1日:長野発東京行一番列車「あさま500号」の列車名を「21世紀あさま500号」に変更して運転。
    • 7月22日:E4系の対応車両を使用した「Maxあさま」が軽井沢発東京行の臨時列車として運転開始(下りの設定はなし)。
  • 2005年(平成17年)12月10日:全車禁煙化。
  • 2013年(平成25年)10月10日:北陸新幹線延伸開業後も東京 - 長野間の区間運行列車への愛称継続が発表[3]
  • 2014年(平成26年)3月15日:7往復にE7系を先行投入[4]。またデジタルATC導入に伴い所要時間が若干短縮された。

在来線特急「あさま」・「白山」[編集]

あさま
489系「あさま」(1997年8月2日)
489系「あさま」
(1997年8月2日)
運行事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
列車種別 特急列車
運行区間 上野駅 - 長野駅直江津駅
経由線区 東北本線高崎線信越本線
使用車両
(所属区所)
189系電車長野総合車両所
489系電車(長野総合車両所)
運行開始日 1966年10月1日
運行終了日 1997年9月30日
備考 1997年10月1日現在
白山
489系「白山」(1997年6月)
489系「白山」
(1997年6月)
運行事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
西日本旅客鉄道(JR西日本)
列車種別 特急列車
運行区間 上野駅 - 金沢駅
経由線区 東北本線高崎線信越本線北陸本線
使用車両
(所属区所)
489系電車
金沢総合車両所
運行開始日 1972年3月15日
運行終了日 1997年9月30日
備考 1997年10月1日現在

「あさま」は1966年10月1日から1997年9月30日まで上野 - 長野・直江津で、「白山」は1972年3月15日から1997年9月30日まで上野 - 金沢を信越本線経由で運転されていた特急列車である。

廃止直前の状況[編集]

編成図(1993年3月18日 - 1997年9月30日)
JR東日本189系電車11両編成
← 上野
長野・直江津 →
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
G
JR東日本189系電車・489系電車9両編成
← 上野
長野・直江津 →
1 2 3 4 5 6 7 8 9
G
JR西日本489系電車
← 上野・金沢
長野・直江津 →
1 2 3 4 5 6 7 8 9
G 自L
  • 直江津駅 - 金沢駅間逆編成
凡例
G=グリーン車座席指定席
指=普通車座席指定席
自=普通車自由席
L=ラウンジ
「あさま」
1日19往復運転
  • 4往復が直江津発着(下り1本は長野から快速列車
  • 夏季・冬季のみ臨時列車扱いで一部列車が妙高高原まで延長運転を実施。
列車番号:3000+号数M。
「白山」
1日1往復運転
列車番号:下り3051M・上り3052M

使用車両・編成[編集]

JR東日本長野総合車両所(現・長野総合車両センター)所属189系電車
「あさま」のみに9両または11両編成で運用。
  • 末期に11両編成は妙高高原以南発着列車で限定運用。
JR東日本長野総合車両所(現・長野総合車両センター)所属489系電車
「あさま」のみに9両編成で運用。
JR西日本金沢総合車両所所属489系電車
9両編成で「白山」のほか「あさま」急行能登」と共通運用。

いずれの車両も民営化後に内外装のリニューアルを施工したほか、信越本線横川 - 軽井沢間で補助機関車EF63形電気機関車と協調運転に対応する形式である。

停車駅[編集]

路線名称 東北本線 高崎線 信越本線
駅名 上野 赤羽 大宮 熊谷 本庄 高崎 安中 磯部 横川 軽井沢 中軽井沢 信濃追分 御代田 小諸 田中 大屋 上田 坂城 戸倉 屋代 篠ノ井 長野 黒姫 妙高高原 新井 高田 直江津
あさま
凡例
  • ●:全列車停車
  • ▲:一部列車のみ停車
  • ◆:季節により臨時停車
備考
  • 戸倉は上下各1本のみ通過
  • 御代田・田中・大屋・坂城は上下各2本が停車
  • 長野 - 直江津間快速列車は北長野三才豊野牟礼にも停車
路線名称 東北本線 高崎線 信越本線 北陸本線
駅名 上野 大宮 深谷 高崎 横川 軽井沢 中軽井沢 小諸 上田 戸倉 長野 黒姫 妙高高原 新井 高田 直江津 糸魚川 黒部 魚津 滑川 富山 高岡 石動 津幡 金沢
白山
凡例
  • ●:全列車停車
  • ▲:下り列車のみ停車
  • ◆:季節により臨時停車
備考
  • 2往復時代には3・4号が入善に停車

信越本線長野以南優等列車沿革[編集]

優等列車の運転開始[編集]

  • 1915年(大正4年)3月25日:信越本線初の夜行急行列車101・102列車が上野 - 長野 - 新潟間(当時上越線は未開通)で運転開始。下り14時間、上り15時間40分で運転。
  • 1922年(大正11年)3月15日:上野 - 金沢駅夜行急行列車773・772列車が運転開始。下り13時間25分、上り13時間45分で運転。
  • 前述の上野 - 新潟間急行列車と併せて寝台車を連結。
  • 1931年(昭和6年)9月1日:上越線の開通により信越本線経由の上野 - 新潟間急行列車が廃止。
  • 1939年(昭和14年)11月15日:上野 - 大阪間急行601・602列車が運転開始。前述の上野 - 金沢間急行は不定期列車に格下げ。
  • 1943年(昭和18年)
  • 2月15日:上野 - 金沢間の不定期列車を廃止。上野 - 大阪間急行601・602列車の運行区間を金沢まで短縮。
  • 10月1日:601・602列車の運転区間を再び上野 - 大阪間に延長。

なお昭和前期に運行された同線の臨時普通列車準急列車には、「高原列車」や「涼風」など地方局が独自に設けた列車愛称が付けられていた。

戦後の発展[編集]

  • 1948年(昭和23年)7月1日:上野 - 直江津間昼行不定期準急列車[5]1往復運転開始。
  • 1949年(昭和24年)9月15日:上述不定期準急列車の上野 - 長野間を定期列車化。
  • 1950年(昭和25年)10月1日:上述準急列車の長野 - 直江津間を定期列車化。上野 - 直江津間夜行準急列車1往復が運転開始(上野 - 高崎間は上越線列車と併結)。
  • 1951年(昭和26年)4月1日:上野 - 直江津間昼行準急に「高原」の愛称を設定。
  • 1952年(昭和27年)10月1日:上野 - 直江津間夜行準急の運転区間を新潟まで延長。
  • 1953年(昭和28年):「高原」混雑緩和のため上野 - 長野間に臨時準急「白樺」を運転開始。
  • 1954年(昭和29年)10月1日:「高原」急行列車化の上運転区間を金沢まで延長し「白山」に改称。「白樺」を定期列車に格上げ。
  • 1955年(昭和30年)7月1日:上野 - 長野間不定期準急列車「高原」が運転開始。
  • 1958年(昭和33年)4月14日:上野 - 長野 - 直江津間夜行準急に「妙高」の愛称を設定。
  • 1959年(昭和34年)7月18日:上野 - 金沢間臨時夜行急行「黒部」が運転開始。
  • 1960年(昭和35年)6月1日:上野 - 長野間昼行客車準急「とがくし」が運転開始。
  • 1961年(昭和36年)
  • 3月1日:小諸 - 新潟間(小諸 - 長野間は普通列車気動車準急に「あさま」の愛称を設定。「妙高」の運転区間を直江津まで短縮。
  • 5月1日:碓氷峠のアプト式区間対応の新製気動車キハ57系を投入した急行「志賀」が上野 - 長野間で運転開始。
  • 10月1日:ダイヤ改正により以下の変更を実施。
    1. 大阪 - 上野・青森間でキハ82系による特急「白鳥[6]」が運転開始。なお同列車は信越本線初の特急列車である。
    2. 上野 - 長野間急行「丸池」運転開始。
    3. 「黒部」定期列車化。
    4. 「とがくし」気動車急行化。
    5. 「白樺[7]」を「妙高」に統合し昼行・夜行1往復ずつの運転。
  • 7月15日:上野 - 横川間にで80系電車準急「軽井沢」が運転開始。横川では軽井沢への専用連絡バスと接続も実施。
  • 12月1日:上野 - 長野間夜行客車準急の愛称を「妙高」から「あさま」に変更。昼行「妙高」を急行列車に格上げ。
  • この日以前に「あさま」の愛称は名古屋 - 新潟間急行列車に使用されていたが同列車は「赤倉」に変更。
  • 上諏訪先着が「すわ」小諸先着が「のべやま」
  • 7月15日:碓氷峠のアプト式区間が粘着運転方式に変更され単線で営業運転を開始。また「軽井沢」を暫定的に全車指定席化し上野 - 長野間2往復運転に変更。
  • 10月1日:碓氷峠区間粘着方式が複線運転化。アプト式完全廃止に伴い以下の変更を実施。
    1. 「丸池」を「志賀」に統合。
    2. 準急「あさま」を急行列車化の上「丸池」に改称し直江津発着(長野 - 直江津間普通列車)に変更。
    3. 上野 - 長野間で165系電車による急行「信州」4往復運転開始。なおうち1往復は「とがくし」からの統合で、「とがくし」の愛称は同区間の夜行列車に転用。
    4. 「軽井沢」の運転区間を上野 - 中軽井沢間に延長。
EF62 11牽引 上り「越前」1982年7月 直江津
EF62 11牽引 上り「越前」
1982年7月 直江津
  • 1965年(昭和40年)10月1日:ダイヤ改正で以下の変更を実施。
    1. 「白鳥」上野発着編成を大阪 - 金沢間「雷鳥」と上野 - 金沢間に系統分離させ、後者を「はくたか」に愛称変更。
    2. 上野 - 長野間全車指定席急行「信越いでゆ」が運転開始。
    3. 上野 - 福井間夜行急行「越前」が運転開始。
    4. 「軽井沢」1往復に減便。

特急「あさま」の設定後[編集]

  • 3月5日:運行距離が100kmを超える準急列車の急行格上げ措置により「高原」「すわ」「のべやま」「軽井沢」が急行列車化。
  • 10月1日:上野 - 長野間特急「あさま」が2往復で運転開始。「信越いでゆ」廃止。
  • 「あさま」には田町電車区(後の田町車両センター→現・東京総合車両センター田町センター)所属の181系電車が充当された。
  • 運行区間内に介在する急勾配区間の信越本線横川 - 軽井沢間(碓氷峠)では、EF63形を横川側に連結し電車は無動力にした上での推進・牽引運転であるため編成両数が8両まで制限されたことから「あさま」は食堂車不連結となった。
  • 当初は1等車(現・グリーン車)を1両にして食堂車連結も考慮されたが、国際的観光地である軽井沢が沿線に控えていることからグリーン車2両は必須条件でこの案は却下され、代替としてサロ2両をモロ2両に変更しサシ181形・サハ180形の組込みが提案された。これは当時の「とき」「あずさ」用編成と同じ車種構成でMM'ユニット1組を外した状態で運用できることから最後まで検討されたが、そもそもモロとサシが不足気味だったことや1965年に向日町運転所(現・吹田総合車両所京都支所)所属車からサロが減車されたことから、余剰車の有効利用・運行時間・短距離運転という観点により食堂車不連結の決断が下された。
  • また当時の上野発着特急は1等車が上野方の2号車に連結されていたが、「あさま」は長野方の6・7号車にサロ181・180形が連結された。これは碓氷峠でEF63形と連結する際に重量のある電動車を麓側に集中させることで連結器の坐屈防止には効果を発揮するためである[8]
  • 181系時代の「あさま」用ヘッドマークは、田町電車区担当時代に作成した通常の国鉄書体によるものと長野運転所移管後に補充された丸ゴシックをベースにした書体の2種類が存在した。これらは489系ボンネット車にも共通で使用された。
  • 7月20日:東京 - 中軽井沢間季節特急「そよかぜ」が運転開始。
クハ189-506「そよかぜ」 碓氷峠鉄道文化むら保存車
クハ189-506「そよかぜ」
碓氷峠鉄道文化むら保存車
  • 「そよかぜ」には運行前年の1967年に横軽対策を施工した157系電車が投入されたが、これは1968年夏シーズンのみでその後は181系・189系・489系といった信越本線で運用される車両が主に投入された。このほかにも幕張電車区(現・幕張車両センター)所属の183系0番台房総特急用9両編成からMM'1ユニットを外しグリーン車1両増結による8両編成、田町電車区所属の183系1000番台「あまぎ」→「踊り子」用10両編成からMM'1ユニットを外した8両編成、新前橋電車区(現・高崎車両センター)所属の185系200番台7両編成が投入された実績がある。
  • 10月1日ダイヤ改正で以下の変更を実施。
    1. 「あさま」3往復増発。1往復を直江津まで運行区間を延長、1往復を東京発着に変更。
    2. 「高原」「志賀」「丸池」を「信州」に統合し7往復運転。
    3. 「とがくし」「丸池」を「妙高」に統合。昼行が定期2往復・不定期1往復・夜行が定期1往復の4往復運転。
    4. 「信州」「妙高」用の165系電車はEF63形との協調運転が可能な169系電車に置換えを実施。ビュフェ車連結の12両編成に増強。
    5. 「軽井沢」不定期列車へ格下げ。
EF62 26牽引 旧型客車「妙高」 169系「妙高」
EF62 26牽引 旧型客車「妙高」
169系「妙高」
  • 7月:「あさま」の運用を田町電車区から長野運転所に移管。
  • 10月1日:ダイヤ改正で以下の変更を実施。
    1. 「はくたか」485系電車化と同時に上越線経由へ変更。
    2. 「信州」長野電鉄直通編成を「志賀」に改称。上野 - 屋代間は「信州」と併結運転。
    3. 「信州」2往復を妙高高原発着に運転区間を延長した上で「妙高」に統合。「信州」5往復「妙高」6往復運転。
  • 1971年(昭和46年)12月:上野 - 長野・関山スキー臨時特急「あさま銀嶺」を運転。
  • 同列車は、長野運転所所属の181系電車のほか、早期落成していた489系電車も投入された。後に臨時「あさま」にも489系は投入されたが、1973年夏シーズンまでの運行では食堂車の営業が確認できる。
  • 夏期には国際的避暑地の軽井沢への旅客数が大幅に増加するために1970年代以降は、「あさま」「信州」「妙高」のみならず軽井沢・中軽井沢発着の季節列車として特急「そよかぜ」や急行「軽井沢」が多数運転された。また、全車グリーン車の旧形客車のみで組成された急行「軽井沢グリーン」や後年の最繁忙期には12系客車による臨時「軽井沢」も運転された。
  • 3月15日:ダイヤ改正で以下の変更を実施。
    1. 「あさま」5往復に増発。うち2往復は直江津発着。
    2. 「白山」を特急格上げ。
    3. 上田 - 新潟間急行「とがくし」2往復運転開始(以後の沿革はくびき野を参照)。
  • 10月2日:「あさま」エル特急化。
  • 11月25日:「妙高」1往復を金沢まで運転区間延長した上で「白山」に格上げ。「白山は都合2往復運転。
489系200番台「あさま」
489系200番台「あさま」
189系「あさま」(国鉄色)
189系「あさま」
(国鉄色)
189系「あさま」(あさま色)1996年9月 長野
189系「あさま」
(あさま色)1996年9月 長野
  • 10月1日:「白山」3往復に増強。489系電車は間合い共通運用で「あさま」増発分1往復に投入。
  • 定期「あさま」に投入された489系で食堂車が営業された実績はない。
  • 3月10日ダイヤ改正で以下の変更を実施。
    1. 「すわ」「のべやま」を廃止。
    2. 「あさま銀嶺」の運行終了。
  • 10月1日:「あさま」の181系電車を新製の189系電車に置換え。
  • 189系電車は489系電車同様に横軽区間でEF63形との協調運転により最大12両編成での運転が可能となり輸送力増強が実現した。ただし、地上設備の関係で当初は10両編成で運転となり、12両化は1978年10月に実施された。
  • その後「あさま」は、急行列車の格上げ・「白山」の系統分割・純粋な増発などで、最終的には定期19往復(最盛期は20往復)運転となった。
  • 1976年(昭和51年)12月1日:「信州」「妙高」のビュフェ車が営業休止[9]
  • 1978年(昭和53年)10月2日:ダイヤ改正で以下の変更を実施。
    1. 「志賀」2往復中1往復を廃止。
    2. 「白山」エル特急化。
      • 上野発着となる上越特急・東北特急を含めてグリーン車連結位置を合わせる編成変更[10]を実施し、489系電車は3MG化のために同時に食堂車を廃止。
    3. 「はくたか」の運用を向日町運転所から金沢運転所に移管し「白山」との共通運用に変更。
    4. 「そよかぜ」2往復のうち1往復で上田までの延長運転を設定。
サシ489-4「白山」食堂車1985年
サシ489-4「白山」食堂車
1985年
サシ489-4車内1985年
サシ489-4車内
1985年
「サロンエクスプレスそよかぜ」
「サロンエクスプレスそよかぜ」
EF63形と協調運転中の489系「白山」
EF63形と協調運転中の489系「白山」
489系300番台「白山」(白山色)
489系300番台「白山」
(白山色)
  • 1982年(昭和57年)11月15日:ダイヤ改正で以下の変更を実施。
    1. 「志賀」廃止。長野電鉄への直通運転終了。
    2. 「妙高」昼行列車を「あさま」に格上げ。夜行1往復は車両を旧形客車から14系客車に変更。
    3. 「白山」編成変更によりグリーン車を2両から1両に減車し食堂車連結を復活。
  • 1984年(昭和59年)7月:逗子 - 軽井沢間臨時特急「サロンエクスプレスそよかぜ」を運転。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:ダイヤ改正で以下の変更を実施。
    1. 「白山」2往復に削減。再度食堂車を廃止。
    2. 「信州」「軽井沢」を廃止し「あさま」に格上げ。「あさま」15往復運転。
    3. 「妙高」車両を14系客車から169系電車に変更。全車普通車のとなり寝台車の連結が終了。
  • 1986年(昭和61年)11月1日ダイヤ改正で以下の変更を実施。
    1. 「妙高」上野 - 長野間に運転区間を短縮。車両を「あさま」と共通運用の189系電車に変更しグリーン車が再び連結される。
  • 1987年(昭和62年)8月:「サロンエクスプレスそよかぜ」を廃止。
  • 1989年(平成元年)3月14日:下り「妙高」を高崎線普通列車の終電後の最終列車にダイヤを変更。
  • 「白山」のエル特急指定は「あさま」との等間隔運転の一角を成していたため解除されず「1往復のエル特急」のまま廃止まで運行された。
  • 1993年(平成5年)3月18日:ダイヤ改正で以下の変更を実施。
    1. 「妙高」ならびに臨時「越前」を廃止。
    2. 「あさま」1往復(23号・36号)にJR西日本金沢運転所の489系電車を間合い運用で投入。
  • 1996年(平成8年):品鶴線・山手貨物線経由で横浜発着とした臨時特急「マリンシティーあさま号」を運転開始。
  • 1997年(平成9年)
  • 月日不明:「そよかぜ」の運転区間が上野 - 上田間に変更。
  • 8月18日:「そよかぜ」運転終了。実質的にこの日が廃止日となる。
  • 10月1日:長野新幹線開業に伴う横川 - 軽井沢間廃止により「あさま」「白山」を廃止。
  • 新幹線開業直後にはこれまでの利用客の流動を視野に入れて「白山」の長野以北を引き継いだ形で長野新幹線と連携した臨時特急「信州」が長野 - 福井間で運行された。

リバイバルトレイン[編集]

  • 2000年(平成12年)12月23日 - 24日:熊谷 - 横川間で「懐かしの特急あさま」を189系で運転。
  • 2001年(平成13年)9月30日:上野 - 横川間で「思い出の特急あさま」を189系で運転。
  • 2002年(平成14年)
  • 4月20日 - 21日:上野 - 横川間で「懐かしの特急あさま」を189系で運転。
  • 10月12日 - 14日:上野 - 横川間で「信越特急あさま」、軽井沢 - 長野・直江津間で「あさま」を189系で運転。
  • 10月19日:東金沢駅移転開業を記念して金沢 - 富山間で「白山」を489系国鉄色で運転。
  • 2003年(平成15年)8月30日 - 31日:上野 - 横川間で「懐かしの特急そよかぜ」を189系で運転。
  • 2005年(平成17年)10月15日 - 16日:信越本線高崎 - 横駅間開業120周年を記念して上野 - 横川間で「懐かしの特急白山」を489系国鉄色で運転。
  • 2006年(平成18年)8月26日:信越本線関山 - 直江津間開業120周年・直江津 - 長野間電化開業40周年を記念して金沢 - 長野間で「リバイバル白山」を1往復運転[11]
185系「そよかぜ」(リバイバル) 2012年7月15日
185系「そよかぜ」(リバイバル)
2012年7月15日
  • 7月15日:上野 - 横川間で「そよかぜ」を大宮総合車両センター所属185系OM08編成で運転。
  • 9月8日:上野 - 横川間・しなの鉄道軽井沢 - 上田間で「そよかぜ」を運転。上野発着列車は185系、軽井沢発着列車は189系を使用。
  • 10月20日:長野 - 直江津間で特急「あさま」を長野総合車両センター所属N101編成で運転[12]
  • 2013年(平成25年)
    • 3月2日:軽井沢 → 金沢間(片道)で「思い出の白山」を新潟車両センター所属485系K2編成を投入し団体列車扱いで運転[13]

列車名の由来[編集]

五十音順

  • 越前」(えちぜん)…福井県の旧国名越前」にちなむ。
  • 軽井沢」(かるいざわ)…避暑地・別荘地として名高い「軽井沢」にちなむ。
  • 黒部」(くろべ)…富山県を流れる「黒部川」にちなむ。
  • 高原」(こうげん)…高原地帯を走る列車であることから。
  • 志賀」(しが)…上信越高原国立公園の「志賀高原」にちなむ。
  • 白樺」(しらかば)…沿線に多く生える「シラカバ」にちなむ。
  • 信越いでゆ」(しんえついでゆ)…目的地域の「いで湯」(温泉)観光列車であることから。
  • 信州」(しんしゅう)…長野県の旧国名「信濃」の別称「信州」にちなむ。
  • すわ」… 長野県中部の諏訪盆地にある「諏訪湖」にちなむ。
  • そよかぜ」…軽井沢などの「高原にそよぐ微風」から。
  • とがくし」…長野県の「戸隠山」にちなむ。
  • 能登」(のと)…石川県の「能登半島」、またそこの旧国名「能登」にちなむ。
  • のべやま」…小海線野辺山駅周辺の「野辺山高原」にちなむ。
  • 白山」(はくさん)…石川県岐阜県の県境に位置する日本三名山の一つ「白山」にちなむ。
  • はくたか」…富山県立山の開山伝説に登場する「白い」にちなむ。
  • 白鳥」(はくちょう)… 新潟県北蒲原郡水原町(現在の阿賀野市)に飛来する「白鳥」にちなむ。
  • 丸池」(まるいけ)…志賀高原の「丸池」にちなむ。
  • 妙高」(みょうこう)…新潟県南西部に位置する妙高山にちなむ。なお、同山は長野県側からでも見えることから北信五岳の一つにとして知られる。

脚注[編集]

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  1. ^ 同時期に運転を開始した「あずさ」と共に特急列車の列車愛称として沿線の山や河川名が採用された最初の例(国鉄部内の制定基準によれば急行列車向けに相当する)とされる。
  2. ^ “夏の増発列車のお知らせ” (プレスリリース), 東日本旅客鉄道, (2001年5月18日), http://www.jreast.co.jp/press/2001_1/20010509/index.html 2014年3月31日閲覧。 
  3. ^ “北陸新幹線の列車名の決定について” (PDF) (プレスリリース), JR東日本, (2013年10月10日), http://www.jreast.co.jp/press/2013/20131008.pdf 2013年10月10日閲覧。 
  4. ^ 2,014年3月ダイヤ改正について - 2013年12月20日JR東日本プレスリリース
  5. ^ 戦前に準急は料金は不要であったが戦後は有料となった。
  6. ^ 混乱を防止するため当時の国鉄内部では青森発着編成を「青森白鳥」、上野発着編成を「信越白鳥」と区分していた。
  7. ^ 「白樺」の愛称は新たに中央本線で運転される列車名に転用(現在の「あずさ」に相当)。
  8. ^ ただし、1972年以降は捻出されるサロ2形式が底をついたため、グリーン車を電動車ユニットとし4・5号車にサハを組成した編成も出現した。
  9. ^ 営業休止後もサハシ169形は1978年9月まで連結された
  10. ^ ただし「あいづ」「ひたち」運用に投入されるクロ481形連結の9両編成を除く。
  11. ^ 『JR気動車客車編成表』'06年版 ジェー・アール・アール 2006年 ISBN 4-88283-127-9
  12. ^ この運転に際しN101編成は国鉄色に復元。「あさま」リバイバル運転で国鉄色の183・189系が充当されたのはこれが初めてである。
  13. ^ 碓氷峠越えをしていた時代の同列車にモハ485+484が編成中に組成されたケースはあったが、489系はクハ489-1を残して既に全車が廃車となっているため編成単位で485系が投入されたのは今回が初である。出展元:イカロス出版「名列車列伝シリーズ17『はくたか』

関連項目[編集]

外部リンク[編集]