国鉄185系電車

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国鉄185系電車
14両編成で運転される特急「あかぎ」(200番台)
14両編成で運転される特急「あかぎ」(200番台)
編成 10両(A編成)、7両(B編成、OM編成)、5両(C編成)
営業最高速度 110km/h
編成定員 A:604, B・OM:424, C:312
車両定員 M:68,M':64,Tc:56,Ts:48,T:68
全長 20,000(Tc20,280)mm
全幅 2946mm
全高 4066mm
車体長 M19503, Tc19,852, Ts19,500mm
車体高 4066mm
編成質量 A:402.3, B・OM:281.4, C:193.2
車両質量 M:43.2(43.3),M':44.1(44.2), Tc:36.2, Ts:34.0, T:33.5
軌間 1,067mm
電気方式 直流1500V
モーター出力 120kW
主電動機 MT54D
歯車比 17:82 = 1:4.82
制御装置

抵抗制御

直並列組合せ弱界磁制御
ブレーキ方式 電磁直通ブレーキ
発電ブレーキ
抑速ブレーキ
保安装置 ATS-P, ATS-SN, D-ATC(B3~B5編成)

国鉄185系電車(こくてつ185けいでんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した直流特急形電車1987年昭和62年)の国鉄の分割・民営化時には、全車両が東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継された。

1981年(昭和56年)から1982年(昭和57年)にかけて227両が製造された。

目次

[編集] 概要

投入された線区の事情によって、仕様の異なる0番台と200番台の2種類がある。

老朽化した急行形電車153系165系)の置換え用に製造されたものであるが、置換え対象車両は急行列車だけでなく普通列車にも適用され、置換えと同時に特急列車への格上げを実施するため、従来の「特急用車両は特急専用」という慣例を打ち破り、国鉄史上初めて普通列車と特急列車の両方で運用することを前提に設計された。

設計開始当初は特急格上げが想定されていなかった[1]ため、車体の断面形状は急行形電車と同等であり、幅1,000mmの片開扉を片側2か所(グリーン車は1か所)に設け、客室側窓を開閉可能としている点も急行形電車と同様である。性能面においては、MT54形主電動機(120KW)・CS43系主制御器を採用し抑速ブレーキを装備。最高速度も当時の急行形車両と同等の110km/hで設計されており、スピード面においても特急形車両としては見劣りする設計となっている。歯車比は近郊形電車と同等の4.82であり、同時期に京阪神地区の新快速用に設計・製造された117系電車と同等である。また、台車制御車付随車(クハ・サハ・サロ)がTR69K形、電動車(モハ)がDT32H形を装着している。普通車座席は、急行主体の運用を想定して転換クロスシートとされたため、当時の特急形車両の標準であった簡易リクライニングシートと比較すると簡素なつくりとなっていた。また、登場当初はトイレの汚物処理装置は未設置で垂れ流しだった。長期使用を考慮して設計されており、腐食対策についてはポリエチレン樹脂による「塗屋根」、車体腰板部全部とドアをステンレス鋼板とするなど、従来の国鉄車両の弱かった部分を補強してある。また、当時の現業部門からの要望により乗務員室は広く確保され、乗務員の業務環境は改善された。

ハードウェアとしてのサービス内容としては当時の標準的な特急形車両と比較して見劣りする点もあったものの、151系から延々と続いたデザインから久々に脱却し、明るいカラーリングを採用して新鮮なイメージを与え、利用客に好印象を与えた。

また、そのスタイルや性能、引継いだ列車にかつて充当されていたことや貴賓車クロ157形の牽引役を引継いだことから、「157系の後継車両」「157系の再来」とも評される[2]

普通列車用としての使用は、本系列が登場した時点で既に2扉クローズデッキの車両では東京駅近郊でのローカル運用は事実上不可能になっており、各特急列車の回送を目的とした列車の客扱にとどまった[3]。ただし、都心部と比較して輸送量が少ない地方都市圏においては輸送力列車としての運用の場もあり、高崎地区では朝の通勤列車に運用されることもあった。

0番台・200番台ともに、1996年平成8年)から1999年(平成11年)にかけて先頭車前面の列車番号表示器がLED式に変更された。

[編集] 番台区分

[編集] 0番台

リニューアル後の185系0番台(湘南ライナー)

東海道本線東京口で運用されていた153系の置換え用に製造されたグループである。基本の10両編成8本80両と付属の5両編成7本35両の計115両が1981年に田町電車区(現・田町車両センター)に配置され、10月から従来の急行「伊豆」を格上げして特急「あまぎ」と統合したエル特急踊り子」で使用を開始[4]した。

車体外板塗装は、白地(クリーム10号)に緑14号の斜めストライプを3本配した、今までの車両にはない非常に斬新なデザインが採用[5]された(写真1)。

1999年からはリニューアル工事が開始され、2002年(平成14年)までに田町配置車は200番台車も含めて全車が完了している。

  • 普通車座席のリクライニングシートへの交換などグレードアップが図られた。
  • 車体塗装も白地にオレンジと緑のブロックパターンを配した湘南色のものに改められている(写真2)。

なお、その一方でトイレ洗面所については洗面所にあった冷水機が撤去された点以外はリニューアルは施工されていないが、リニューアル前にクハ185形・サロ185形は洋式トイレへの改造が単独で施工されている[6]

2008年現在、特急「踊り子」、東京品川発着の「湘南ライナー」、東京7時24分発伊東行の普通列車521M[7]で運用[8]されている。

[編集] 形式別概説

モハ185形

中間電動車でモハ184形とユニットを組む。定員68名。主抵抗器、主制御器、パンタグラフを搭載する。従来の直流特急形と違い、本形式はパンタグラフを1基搭載としている。

モハ184形

中間電動車でモハ185形とユニットを組む。定員64名。電動発電機(MG)、空気圧縮機(CP)などを搭載する。

クハ185形

制御車で、0番台が偶数向(神戸方)、100番台が奇数向(東京方)である。定員56名。分割併合の機会の多い本形式だが、電気連結器および自動連解装置は装備されていない。

サロ185形

中間付随車でグリーン車。車販準備室を備える。定員48名。

サハ185形

中間付随車。編成中の空気容量を補うため、CPを搭載する。0番台のみ存在し、付属編成に連結される。定員68名。車体はモハ185形とほぼ同一で、トイレと洗面所は設置されていない。

[編集] 200番台

リニューアル後の185系200番台「EXPRESS 185」(2007年高崎

1982年の東北上越新幹線暫定開業時のアクセス輸送のため、東北本線上野大宮間で運転された「新幹線リレー号」用並びに165系で運転されていた急行列車の特急列車格上げ用に製造されたグループで、7両編成16本計112両が1981年1982年新前橋電車区(現・高崎車両センター)に配置された。

寒冷地での使用を考慮して耐寒・耐雪装備が強化されており、信越本線横川軽井沢間(碓氷峠)の急勾配区間への入線対策として、台枠・連結器の強化・EF63形電気機関車との連結などの通称『横軽対策』が施工されている[9]。編成は上り横川方に重い車両、下り軽井沢方に軽い車両が来るように組成されている[10]。0番台車と同様に、ダイヤ改正以前から徐々に投入されたため、165系との併結運用への対応が実施されていた。

車体塗装は白地に緑の帯を1本巻いたもので、これは東北・上越新幹線の200系とイメージを統一するためである。田町電車区に転属した編成は転属後(一部は転属直前)に0番台に準じた斜めストライプに変更したが、側面の車両番号の表記位置[11]の関係で車両番号表記とストライプが重なることとなった[12]

1985年(昭和60年)に東北・上越新幹線の上野開業により、「新幹線リレー号」が廃止されたため、4編成28両が「踊り子」用として田町電車区に転出し、それまで0番台と併用されていた183系1000番台を置換えた[13]。さらに1988年(昭和63年)に1本、1990年(平成2年)に2本と合計7編成49両が転出している。

一方、新前橋電車区に残った9編成63両は、上越線吾妻線両毛線東北本線系統の急行列車を本格的に置換え、新特急「谷川」「草津」「あかぎ」「なすの[14]」に投入された。

1994年(平成6年)~1995年にかけて、2編成が「シュプール号」用の特別塗装「フルフル色」に変更[15]されている。

1995年(平成7年)から新前橋車のリニューアル工事を開始し、翌1996年には施工が完了している。工事内容を以下に示す。

なお、田町車のリニューアル工事は同所の0番台と同じ1999年から施工されている。

1996年(平成8年)には横浜甲府間を横浜線経由で運転される臨時特急「はまかいじ」へ投入されることになり、京浜東北線根岸線への入線対応したATCの設置工事[18]が、田町所属車のうち3編成に施工された。

2006年(平成18年)3月18日に高崎車両センター所属編成は、大宮総合車両センター車両検査科東大宮センターに転属している。

田町車両センターに所属するB3編成の台車は密閉コロ軸に改造されている。

[編集] 形式別概説

モハ185形

中間電動車でモハ184形とユニットを組む。主抵抗器、主制御器、パンタグラフを搭載する。200番台ではこの形式のみトイレを設置していない。

モハ184形

中間電動車でモハ185形とユニットを組む。MG、CPなどを搭載する。

クハ185形

制御車で、200番台が偶数向き、300番台が奇数向きである。

サロ185形

中間付随車でグリーン車。大宮車と田町車では座席形状が異なる。大宮車が従来品を背面テーブル付のバケットタイプに改造したタイプであるのに対し、田町車は肘掛収納テーブル付の座席に交換している。

[編集] 編成組成

大宮総合車両センター所属車の組成は以下の通りである。

  • ←(上野)クハ185-300+モハ185-200+モハ184-200+モハ185-200+モハ184-200+サロ185-200+クハ185-200(水上万座・鹿沢口前橋)→

[編集] 使用列車

2009年現在使用されている列車(一部、過去の列車も含む)

かつて使用されていた列車

その他

  • 東海道本線東京駅7時24分発伊東駅行普通列車列車番号521M)に使用されている。
  • また、0番台は新製時から1981年10月ダイヤ改正で特急「踊り子」が運転開始されるまで急行「伊豆」に、200番台は新製時から1982年11月15日国鉄ダイヤ改正まで高崎線などを走行していた急行列車にそれぞれ充当されていた。
  • 貴賓車クロ157形がお召し列車で使用される場合、185系が牽引することになっているが、お召し列車としては1993年5月13日以来、走行実績はない。
  • 上述のように置き換えの過渡期には153系、165系との併結運転が行われた。国鉄の新性能電車で歯車比が異なる車両同士の併結運転はあまり例を見ない。

[編集] 脚注

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  1. ^ 出典:交通新聞社「鉄道ダイヤ情報」2008年2月号
  2. ^ 他、「157系の孫」との見方もあった。
  3. ^ 東海道線には現在も本系列による普通列車運用が残存し、かつては朝上り普通列車熱海東京行きとして定期運用され着席客には人気を博したものの、当然立ち客にとっては立つ場所が狭く車内混雑も一段とひどかったこともあり、現在は一般の近郊形電車に置き換えられている。
  4. ^ 置換えは徐々に行われたため、一時的に153系と併結して急行「伊豆」に投入された。
  5. ^ 運用される伊豆の山々をイメージしたものとされる。また、「踊り子」という運用列車の愛称と同様に、川端康成小説伊豆の踊子』の冒頭部分を意識していたともされている。
  6. ^ 1993年頃には一部のトイレ内に乳幼児用の椅子が設置された。
  7. ^ 日曜日祝日はA編成(10両固定)により、それ以外の日はB編成(7両固定)+C編成(5両固定、熱海で切り離し)の12両で運行される。2008年現在、185系を使用した東海道本線の普通列車はこの521Mのみ。
  8. ^ 過去にはB編成・C編成が平塚・国府津・小田原~熱海間の区間運転や伊東線内の普通列車に投入された時期もある。
  9. ^ 横軽対策施工車である●(Gマーク)が車両番号の左側に表記されていたが、当該区間の廃止後に全般検査を受けた車両から順次外され(塗りつぶされ)た。
  10. ^ このため、グリーン車であるサロ185形は軽井沢方の6号車(14両編成で運行される際には13号車になる)とした。
  11. ^ 0番台がストライプを避けて中央より左側にずらしているのに対し、モハ184形を除く200番台では中央に表記される。また余談だが、0番台の車両番号表記位置は現行塗色に変更後も変わっていない。
  12. ^ モハ185形は車両番号表記が完全にストライプにかかっていた。
  13. ^ 田町転属の際にサロ185形の連結位置の変更(編成の中央へ)を実施。
  14. ^ 「なすの」については1990年に田町配置の200番台に運用変更。
  15. ^ 当時の新前橋電車区の受持である「シュプール号」はグリーン車を抜いた6両編成で、サロ185-208はこの塗装に変更されたが、サロ185-201だけは従来色のままであった。
  16. ^ 田町所属車・新前橋所属車の双方とも、一時期は旧塗装車と新塗装車の連結もみられた。
  17. ^ 「谷川」の列車愛称が「水上」へ変更された1997年(平成9年)にも字幕が再度変更された。
  18. ^ これにより定員が4名減少。

[編集] 外部リンク

[編集] 関連項目

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