新幹線300系電車
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| JR東海/JR西日本300系新幹線電車 | |
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浜名湖の脇を行く新幹線300系
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| 編成 | 16両 (10M6T) |
| 起動加速度 | 1.6 km/h/s |
| 営業最高速度 | 270 km/h |
| 設計最高速度 | 285 km/h(J1は325km/h) |
| 編成定員 | 計1,333名(200名)(J1) 計1,323名(200名)(J2-J61,F編成) 括弧内はグリーン車定員 |
| 全長 | 26,050(25,000)mm |
| 全幅 | 3,380 mm |
| 全高 | 3,650 mm 3,600mm(J1) |
| 編成質量 | 711t |
| 軌間 | 1,435 mm |
| 電気方式 | 交流25,000V 60Hz |
| 主電動機 | かご形三相誘導電動機 TMT3,TMT4,TMT5(J編成) WMT203(F編成) |
| 編成出力 | 300kW×40 =12,000kW |
| 歯車比 | 2.96 |
| 制御装置 | VVVFインバータ制御 (GTO) |
| 駆動装置 | WN平行カルダン駆動方式 |
| ブレーキ方式 | 回生併用電気指令式空気ブレーキ(応荷重装置付き)、渦電流ブレーキ |
| 保安装置 | ATC-1型、ATC-NS |
| 備考 | |
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この表について
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新幹線300系電車(しんかんせん300けいでんしゃ)は、東海道新幹線の「のぞみ」用として開発・製造された、東海道・山陽新幹線の第三世代の車両である。
目次 |
[編集] 概要
1990年(平成2年)に東海旅客鉄道(JR東海)が発注した量産先行試作車(J0編成。のち量産化改造によりJ1編成)が登場し、その後量産車(J編成)が1992年(平成4年)から1998年(平成10年)にかけて製造された。なお1993年(平成5年)度以降の製造分は、1975年(昭和50年)3月の博多駅延伸に併せて製造された0系の置き換えを兼ねている。量産車のデザインは手銭正道、戸谷毅史、松本哲夫、木村一男によって設計された。
安定した高速走行を実現するため、車体の空力特性の向上と軽量化を行い、東京駅 - 新大阪駅間を約2時間30分で結んだ。運転開始当初、途中新横浜駅のみ停車して名古屋駅と京都駅を通過する「のぞみ301号」は話題を呼んだ(「名古屋飛ばし」も参照)。その後、1993年3月18日から「のぞみ」の運転区間を博多駅まで延長することが決定し、西日本旅客鉄道(JR西日本)でも同仕様の3000番台(F編成)を9編成製造・投入し、東京 - 博多間を5時間4分で結んだ。
J編成61本・976両とF編成9本・144両の合わせて70本・1,120両が製造されたが、J編成の中には500系の製造終了後に落成した編成もあるほか、J52以降の編成は700系の量産先行試作車であるC1編成より後に落成した。また量産車第1号のJ2編成は100系G編成のうち、最終増備編成のG46編成より先に落成した[1]が、G46編成が先に廃車になった。
[編集] 形式および車種
本系列に属する各形式名とその車種は以下の通り。
1号車(博多方先頭車)の323形は1両のみでユニットに属さないTC。2 - 16号車は、計3両(電動車 (M) 2両と付随車 (T) 1両)のM1+Tp+M2で1ユニットを構成する。
番台としては、試作編成である(J0→)J1編成は9000番台を、J2編成以降は0番台を、F編成は3000番台を名乗る。
- 315形(M1S)
- グリーン席を備える中間電動車。8号車として使用。定員68名(2&2シートが17列)。
- 316形(M2S)
- グリーン席を備える中間電動車。10号車として使用。車掌室を備える。定員68名(2&2シートが17列)。
- 319形(TpS)
- グリーン席を備える中間付随車。9号車として使用。荷物保管室、業務用室、便所、洗面所を備える。定員64名(2&2シートが16列)。
- 322形(M2C)
- 普通席を備える制御電動車。16号車として使用。東京向き運転台を備える。定員75名(2&3シートが15列)。
- 323形(TC)
- 普通席を備え、唯一ユニットに属さない制御付随車。1号車として使用。博多向き運転台、便所、洗面所を備える。定員65名。
- 325形(M1,M1w,M1h)
- 普通席を備える中間電動車。
- 0,3000,9000番台(M1)
- 2,14号車として使用。定員100名。
- 500,3500,9500番台(M1w)
- 5号車として使用。便所、洗面所を備える。定員90名。
- 700,3700,9700番台(M1h)
- 11号車として使用。便所、多目的室、洗面所、車内販売準備室、車椅子対応設備を備える。定員63名(700,3700番台)73名(9700番台)。
- 326形(M2,M2k,M2w)
- 普通席を備える中間電動車。
- 0,3000,9000番台(M2)
- 4号車として使用。定員100名。
- 400,3400,9400番台(M2k)
- 7号車として使用。便所、洗面所、車内販売準備室を備える。定員75名。
- 500,3500,9500番台(M2w)
- 13号車として使用。便所、洗面所を備える。定員90名。
- 328形(Tp)
- 普通席を備える中間付随車。6,12号車として使用。定員100名。
- 329形(Tpw)
- 普通席を備える中間付随車。便所、洗面所を備える。
- 0,3000,9000番台
- 3号車として使用。定員85名。
- 500,3500,9500番台
- 15号車として使用。定員80名。
16両編成であるので、1号車から順に、323 + (325 + 329 + 326) + (325-500 + 328 + 326-400) + (315 + 319 + 316) + (325-700 + 328 + 326-500) + (325 + 329-500 + 322)となっている(括弧でくくられた3両が1ユニット)。
[編集] 構造
新幹線で初のVVVFインバータ制御を採用した車両である。スイッチング周波数の低いGTO素子のVVVFインバータ装置を採用したため、発車時と停車時に電動機(モーター)からの磁励音が目立つ。交流モーターの採用により100系の直流モーターと比較して出力は約30%アップしながら質量は約半分になっており、車両全体の軽量化に寄与している。
また、VVVFインバータ制御を利用した回生ブレーキも新幹線車両として初めて装備し、ブレーキ性能を強化した。ただしモーターのない付随車は回生ブレーキが装備できないため、渦電流ブレーキを装備する。本系列からブレーキ制御に応荷重装置を追加したが、これは車体の軽量化により編成全体に占める旅客質量の比率が高まったためである。
ユニットは2M1Tの3両を一組とする構成で、質量配分の平均化を狙い2両の電動車 (M) が1両の付随車 (T) の両端を挟むM1+Tp+M2という独特な配列を採用している。この構成は日本国内で本系列のみで他系列での採用例はないが、日本国外ではイタリア鉄道 (FS) のETR460やドイツ鉄道 (DB) のICE 3での採用例がある。このため博多方の先頭車(323形)はユニットに属さない車両になっている。
[編集] 車体概観
車体は東海道・山陽新幹線用車両で初のアルミニウム合金を使用し、車体質量を大幅に軽減した。また空気抵抗低減のために車体断面を縮小し、車高は100系より約40cm低くなった。さらに低重心化のため、同系列までは天井にあった空調装置を床下に移動した。そのため、窓間の柱内のダクトを経由して送風する構造になった。側窓は再び狭窓(普通車で天地660mm×幅780mm)となった一方で、窓框高さは100系までの855mmから一転して710mmと低くされた。
パンタグラフにはカバーを設置した。走行中の騒音を大幅に軽減し、営業時の最高速度を270km/hとすることが可能となった。初期の車両(J1 - J15・F1 - F5編成)は空気抵抗低減のため、ドアを閉めた際に車体との段差のないプラグドアを採用していたが、構造が複雑でトラブルが多かったこととコストに比較して空気抵抗低減による騒音への影響が少なかったことから、1993年度初の増備車であるJ16編成より通常の引き戸に変更した。
ただし前述のアルミ合金車体の採用による軽量化は、付随車で渦電流ブレーキ装置の質量がモーターより重く、さらに機器の中で最も質量のある主変圧器を搭載していたことも相まって、モーター装備の電動車よりも付随車の方が重くなる結果になった。その後開発された500系では付随車採用時の質量増を避けてすべて電動車とし、700系ではブレーキ装置の軽量化と機器配置の最適化によって電動車と付随車の質量を同等とした。
[編集] 台車
台車は鉄道総合技術研究所(JR総研)が開発した9023EF形台車をベースとした、新幹線の車両で初採用となるボルスタレス台車で、軽量で曲線通過性に優れる特徴を持っている。軸箱支持方式は270km/h走行時の安定性を高めるため、0系以来のIS方式を改良し、円筒ゴム併用方式を採用した。軽量化のため、車輪径が910mmから860mmに縮小され、車軸も中空式となった。形式はM車がTDT203形(3000番台はWDT203形)、T車がTTR7001形(3000番台がWTR7001形)である。質量はTDT203形が6,689kg、TTR7001形が6,914kgで、100系DT202形の9,800kgやTR7000形の9,225kgから大幅な軽量化を達成した。
[編集] 集電装置
パンタグラフは当初、編成内の3基のうち騒音低減のため後ろの2基使用で対応したが、トンネル内でパンタグラフカバーの影響により車両が左右に揺さぶられて乗り心地が低下することが判明したため、現車走行試験の結果をもとに1995年(平成7年)8月から編成中央のパンタグラフを撤去、編成前後のカバーは形状が変更された。[2]そして700系登場目前に落成したJ59編成などの1998年(平成10年)度増備車は、落成当初から700系と同様のシングルアーム式パンタグラフとパンタグラフカバーを採用している。1999年(平成11年)度からは700系で採用された低騒音化技術を反映して、既存の編成にもシングルアームパンタグラフ、がいしカバー、直ジョイントを搭載する改造を実施している。
J編成とF編成の外観上での見分け方として、パンタグラフカバー(J編成はグレーに対しF編成は白)とJRロゴの色が異なることに加え、F編成では車体下部にリフティングジャッキをセットするための凹みがある。
JR東海と西日本では旧国鉄時代の0系以来、前照灯と尾灯は同一ライトで折り返しの際は色の違うガラス板を切り替えて対応する構造を採用してきたが、この伝統の構造も本系列限りで終焉を迎え、500系以降の新型新幹線車両ではフィラメント構造の前照灯と発光ダイオードの尾灯が完全に分離されている。
[編集] J1編成
[編集] 量産車との相違点
「のぞみ」車両の試験車として、1990年3月8日に東京第二車両所に配属されたJ1は、1990年に303km/hを記録しており、1991年(平成3年)3月1日未明には325.7km/hを記録し、961形による国内最高速度記録を12年ぶりに更新している。後に登場した量産車とは違った外見をいくつか持っていた。
- 屋根高さが、量産車が3650mmに対し、J1は3600mm
- 前面窓ガラスの形状の違い
- 先頭車両側面の台車近くにあるプレスライン(膨らみ)
- 前面ライトのガラスの形が角ばっている(量産車は丸みを帯びている)
- 前面スカートの分割ラインの違い
- 側面窓の高さ
- 運転台窓ガラス上部の取っ手(J1は横置きタイプだが、量産車は縦置きタイプ)
J1登場当初は東海道新幹線がBT饋電方式を採用していたため、パンタグラフは各ユニットに1台ずつの計5台(3・6・9・12・15号車)に搭載されていた(量産車〈J2 - J61,F1 - F9編成〉は登場当初から3台だった)が、1991年にAT饋電方式への切り替えが完了した後は3・15号車のパンタグラフを撤去、残った3台のうち9号車のものは予備として実使用パンタグラフを2台にまで削減した。その後、9号車のパンタグラフを撤去して2台のみとし、最終的に700系タイプのシングルパンタグラフとパンタカバーに変更された。
100系では存在したカフェテリアがJ1では7号車にあったが、量産化改造時に撤去されている[3]。
[編集] 量産化改造後
量産車登場後の1993年3月10日に量産化改造が行われてJ1編成となり営業運転に使用された。外観は量産車に合わされ、帯の色の変更、シンボルマークの消去が行われた。
トランスポンダの関係で、営業運転では東海道区間に限定された。2001年以降は、再び試験車として使用されることとなり、営業運転からは2000年に離脱した。
N700系に搭載される新型パンタグラフや車体傾斜制御装置、全周ほろのほか、東海道新幹線区間で新たに採用されたデジタルATCの試験にも充当された。
2005年にはN700系Z0編成が落成し、試験車としての主な役割はZ0が担った。
[編集] 居住性
16両編成で8 - 10号車がグリーン車、他は普通車である[4]100系と異なり2階建車両やグリーン個室はない。
グリーン車は横2列+2列の座席配列で、100系と同様読書灯を各席に設置してイヤホン式のオーディオサービスや毛布貸し出しなどのサービスがある[5]。また、登場初期はパーサーによるおしぼりや弁当の注文取り次ぎサービスもあり、それ以降のグリーン車のサービスの標準となった。
普通車は横3+2列の座席配列で、シートピッチ(座席の前後間隔)は100系と同じく1,040mmと広い。本系列から食堂車が消滅し、代わりに7・11号車に車内販売準備室を兼ねた「サービスコーナー」を設置したが、ワゴンサービスの充実により2003年9月で廃止された。J1編成以外の定員はグリーン車200名と普通車1,123名の計1,323名で、これがそれ以降の東海道新幹線車両の標準定員となった。なお、J編成はブラウン系、F編成はグレー系の配色でまとめられている。普通席はおおよそ同一(モケット色違い)だが、グリーン席に関して言うと、ヘッドレストの張り出し、オーディオスイッチ・読書灯スイッチの配置、読書灯のデザイン、背もたれのシートバックポケットのデザインなどがJ編成、F編成の間で異なっている。
「のぞみ」としての高速運転を達成することを第一優先にして開発された車両であるだけに、居住性は犠牲になっていることは否めない。座席の背もたれは低めで、車体断面の縮小、間接照明の天井により縦方向の居住空間が狭くなったほか、高速運転に伴い振動が大きくなってしまった。導入当初は「座席前のテーブルに置いたコーヒーがこぼれた」「サンドイッチが手も触れていないのに丸ごと床に転落した」などと苦情が相次いだ。現在でも回生ブレーキの具合により大きな前後衝動が起きることがある。また付随車において加減速時に補助電源装置からの発生音が大きくなる欠点も改善されていない。
また、前述の空調装置の移設でダクトを壁内に納めたことにより、外部での気温変化や直射日光の照射の影響を受けやすくなってしまった。これは軽量化のため外壁が極端に薄いシングルスキン構造であることも影響するが、夏は日光に暖められ冷房の効きが悪く、冬は外気温で冷やされて暖房の効きが悪くなるというように、本系列は冷暖房の効きがあまり良くない車両となってしまっている。ただし後期車に関しては居住性の改善を行っている。
本系列は新技術を数多く採用・実用化し、新幹線高速化の第一歩となった。そのため技術的には高く評価される車両だが、利用客にとっての居住性という観点からの評価は低いことが多い。このことを反省してJR東海では後継車両の700系開発には高速運転性能のみならず、居住性を含めた快適性重視の姿勢をとった。振動低減や居住快適性アップなど利用者にはその成果を支持されている。これは新幹線に限らず、その後のJR各社の在来線新型特急車両の開発の際にも重視されるようになった。
[編集] 乗り心地改良工事
2004年(平成16年)9月29日にJR東海は、J編成のうち後期に製造された編成を中心とする43編成(J17・J18・J20 - J26・J28編成以降)に乗り心地向上のためN700系の量産先行試作車で採用した改良型セミアクティブサスペンションを1・6・8 - 10・12・16号車の7両(両先頭車、グリーン車とパンタグラフ搭載車)に、改良型左右動ダンパを残りの9両にそれぞれ搭載し、700系で採用された非線形空気ばねとヨーダンパを全車両に搭載することを発表した。検査入場に合わせて順次施工し、2006年(平成18年)10月までに完了した[6]。
車体間ダンパーの設置については車体端部がアルミ製で、装着のために必要な補強改造が容易でないことから見送られている。なお上記以外の編成(J2 - J16・J19・J27編成)はN700系への早期置き換え対象のため施工対象から外されている。
[編集] 頻繁に発生した初期トラブル
東海道新幹線での最高速度を50km/hも引き上げた300系だが、導入当初は頻繁なトラブルに悩まされた。
[編集] 大量のトラブル
営業開始から4月25日までの1ヵ月半の間に183件(J2編成:48件〈そのうち主変換装置6件〉、J3編成68件〈そのうち主変換装置29件、ATC3件〉、J4編成55件〈そのうち主変換装置9件、ATC1件〉、J5編成12件〈そのうち主変換装置6件、ATC3件〉)ものトラブルが発生した[7]。
これらの大量のトラブル発生原因は、J0編成による300km/hのテスト走行が不十分であったためである[8]。当時、中央リニアの開発が遅れてきていることが判明した。それの代替として350km/hでの運転を目標とした300Xの計画が持ち上がった。そのために、J1編成を使って速度を325km/hまで向上させる試験を実施することとなった[8]。その分、「のぞみ」用の耐久試験が実施できなくなってしまった[8]。1991年4月から「のぞみ」用の長期耐久テストを行う予定であったのが、1992年7月まで先送りされてしまい、十分に走り込みができなかったために営業運転時に大量のトラブルが発生したとJR東海技術者が述べている[8]。
[編集] モーター支持ボルトの落下
1992年5月6日、名古屋駅 - 三河安城駅間を走行中の「ひかり238号」(新大阪発東京行き・J4編成)が190km/hで走行中に緊急停止、4時間も立ち往生した[9]。
原因は、走行中に車両床下にモーターを固定しているボルト4本のうち3本がはずれたためである。ボルトが外れたためにモーターが振動。モーターとつながっている駆動装置の一部を破壊し、その破壊された部品がブレーキホースを切断して緊急停止装置が働いて緊急停止した[10]。しかも、唯一モーターを支持していた1本のボルトも折損して頭部が落失し、モーター自体は車軸に接触して車軸を削るという大変危険な状態であった[11]。
当初、JR東海は、事故原因は車両を納入した川崎重工が、4本のボルトのうち2本を当初から取り付けていなかったと説明[10]。川崎重工の責任であると主張した[10]。しかし、5月11日にJR東海は、締め付けトルク不足していたために抜け落ちてしまったとの見解を示した[12]。そして5月21日にはJR東海、鉄道総合技術総研究所と川崎重工は、ボルトの脱落原因は、モーター装着部分の塗料が乾ききらないままボルトを締めたため、塗料乾燥後ねじとねじ穴に隙間ができ、それが振動によって緩んだとまとめた[12]。ただ、ボルトの緩みが他の編成でも発生していることや、ボルト締め付けの圧力(2500から3000kg・m)では締め付けたさいに塗料は隙間から押し出されてしまうということから、車体の振動に原因があるのではないかとJR東海の新幹線技術者は述べている[13]。
[編集] 運用
導入当初は「のぞみ」と一部の「ひかり」で使用されていた。本系列による東京 - 博多間直通運転が始まった1993年3月18日のJRダイヤ改正で初めて1編成につき全区間を1往復半運用を組むことが可能になり、0系の置き換えのためにJ61編成までの増備を続けつつ編成数削減による運用合理化を可能にした。
その後、増備が進むにつれて「ひかり」での運用も増えていった。さらに後継車両の500系や700系の導入により2001年以降は「のぞみ」の定期運用から離脱し、引き替えに東海道新幹線の昼間の「こだま」にも充当されるようになったが、当時の「こだま」と、「ひかり」のうち名古屋・京都の2駅のみ、または新横浜を加えた3駅停車の便は100系との共通ダイヤが組まれており、最高速度を220km/hに抑えて走っていたため、300系の増備は進んだものの2003年10月の品川駅開業によるダイヤ改正が行われるまでその性能を持て余す状況が長らく続いた。その反面、1996年から97年には静岡停車タイプや名古屋 - 新大阪間各駅停車タイプの定期「ひかり」のほとんどが最高速度が270km/hに引き上げられ、また2001年には山陽区間に限り270km/h運転を行う「ひかり」が設定されるなどのダイヤ改正が行われ、これらの便に300系が限定運用に入ることとなり、その性能が活かされることとなっていった。
2009年(平成21年)現在、東海道新幹線の「ひかり」(一部は岡山まで)・「こだま」での運用が中心となっており、「のぞみ」への充当は臨時列車のみである。また定期列車で岡山以西に乗り入れるのは「ひかり」1本(三原 - 東京)と「こだま」1往復半(岡山 - 三原・博多)のみである。J編成は原則として三原以西に乗り入れないが、運用調整のためF編成の運用に充当する場合があるほか臨時の「のぞみ」として博多まで乗り入れることがある。なおJ1編成はトランスポンダの関係から山陽区間への入線ができない時期があった(試験で入線した実績はある)。
なお臨時列車の「のぞみ」・「ひかり」は時刻表で300系使用とされていても(JTBパブリッシング発行の場合は「300系」の表記、交通新聞社発行の場合は特に何も表記されていない)700系で運転される場合がある。また前述の乗り心地改善工事を受けていない初期のJ編成(J2 - J16,J19,J27編成)が「のぞみ」「ひかり」運用を追われ「こだま」専用になってきているなど、新旧の編成間で運用が分かれつつあったが、その初期編成はすでに全編成廃車になっている。
[編集] 今後の予定
2007年に当系列の置き換え用として製作されたN700系の投入・増備が始まったことを受け、同年からJR東海所属の300系J編成のうち、経年の進んだものから運用離脱が始まった。
まず量産先行試作車のJ1編成が同年3月28日に浜松工場へ廃車回送され、3月31日付けで車籍抹消、7月21・22日の「新幹線なるほど発見デー」で展示された16号車 (322-9001) を除いて4月末までに全車が解体された。同編成は2003年以降営業運転から外れ、N700系をはじめとする新技術の開発に資するため試験車として代用されていたが、同系列の量産車登場によってその役割を終えた。
続いて量産車の廃車が始まり、2007年度は前半にJ2,J14,J19の3編成が廃車になった[14]のをはじめ、同年度後半にはさらに5編成が廃車となっている[15]。
廃車は順次進められており、2008年度末までにJ編成は20編成廃車となり[16]、2009年4月現在のJ編成の在籍本数は41編成(J20 - J26,J28 - J61編成)となった[17]。J編成はN700系増備にともなって順次廃車となっていくが、F編成に関しては不明。
[編集] 脚注
- ^ J2編成の各車両は1992年2月5日、100系G46編成の各車両は同月28日落成(交友社『鉄道ファン』1992年8月号 No.376 83頁参照)。
- ^ 坂東重樹「300系新幹線電車のパンタグラフ数削減」『鉄道ジャーナル』1996年3月号、No.353。
- ^ 『新幹線EXPLORER VOL.02』 イカロス出版、2007年。
- ^ この車両構成はのちの東海道・山陽新幹線における500系・700系・N700系16両編成でも採用されている。
- ^ 100系ではV編成(グランドひかり)のみグリーン席に衛星放送受信可能な座席内蔵の液晶テレビが設置されていたが、本系列以降はグリーン席からテレビサービスが廃止されている。
- ^ 『JR電車編成表 '07夏号』 ジェー・アール・アール、2007年、P.108。ISBN 9784882830474。
- ^ 『新幹線「安全神話」が壊れる日』 桜井淳、講談社、1993年、p.99。ISBN 4-06-206313-1。
- ^ a b c d 『新幹線「安全神話」が壊れる日』 桜井淳、講談社、1993年、p.76。ISBN 4-06-206313-1。
- ^ 『新幹線「安全神話」が壊れる日』 桜井淳、講談社、1993年、p.70。ISBN 4-06-206313-1。
- ^ a b c 『新幹線「安全神話」が壊れる日』 桜井淳、講談社、1993年、p.71。ISBN 4-06-206313-1。
- ^ 『新幹線「安全神話」が壊れる日』 桜井淳、講談社、1993年、p.88。ISBN 4-06-206313-1。
- ^ a b 『新幹線「安全神話」が壊れる日』 桜井淳、講談社、1993年、p.72。ISBN 4-06-206313-1。
- ^ 『新幹線「安全神話」が壊れる日』 桜井淳、講談社、1993年、p.84。ISBN 4-06-206313-1。
- ^ 『JR電車編成表 '08冬号』 ジェー・アール・アール、2007年、P.108。ISBN 9784882830481。
- ^ 『JR電車編成表 '08夏号』 ジェー・アール・アール、2008年、はしがき。ISBN 9784882830498。
- ^ 「鉄道ジャーナル2009年6月号」P.27
- ^ 『鉄道ファン2009年7月号』 交友社、2009年、P.32。
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