国鉄EF81形電気機関車

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国鉄EF81形電気機関車
最高速度 110km/h
定格速度 直流区間 45.7km/h
交流区間 45.1km/h
全長 18,600mm
全幅 2,900mm
全高 1 - 75号機 4,221mm
75 - 152号機 4,251mm
車両質量 1次形 96.0t
2次形 97.8t
軸配置 Bo - Bo - Bo
軌間 1,067mm
電気方式 直流1,500V
単相交流20,000V (50/60Hz)
架空電車線方式
主電動機 MT52A (MT52B) 形直流直巻電動機×6基
定格出力 直流区間 2,550kW
交流区間 2,370kW
歯車比 18:69 (3.83)
定格引張力 直流区間 19,980kgf (195.8kN)
交流区間 18,200kgf (178.4kN)
制御装置 抵抗制御
駆動装置 1段歯車減速吊り掛け式
台車 DT138形(両端)・DT139形(中間)
ブレーキ方式 EL14AS形自動空気ブレーキ
保安装置 ATS-S(新製時)
製造メーカー 日立製作所
三菱電機三菱重工業
備考 基本番台のデータ

EF81形電気機関車(イーエフ81がたでんききかんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が1968年昭和43年)から、日本貨物鉄道(JR貨物)が1989年平成元年)から製作した交流・直流両用電気機関車である。

目次

[編集] 概要

異なる方式で電化が進捗した日本海縦貫線において、 50 Hz および 60 Hz の交流電化区間と直流電化区間を直通して走行できる三電源方式の電気機関車として開発された。

本線用の交直両用電気機関車としては、1962年(昭和37年)から常磐線EF80形が使用されていた。同形式は重量軽減のため1台車1電動機方式などの特殊な設計方針が採られ、長距離・広範囲に運用する標準機とするには保守や性能の面で課題が少なくないものであった。

1960年代後半には既に直流機・交流機とも標準化が達成された。これらの設計や運用の経験を基に、当時の直流標準電気機関車であるEF65形を基本とした、広汎に使用できる標準形式の交直流機関車として本形式の開発が進められ、1968年に量産先行機が日立製作所で完成した。これがEF81形である。

本形式は1979年(昭和54年)までに156両が日立製作所、三菱電機三菱重工業で製作され、当初想定の日本海縦貫線や常磐線をはじめ、一部仕様を変更した車両が関門トンネル区間の特殊用途にも使用された。1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化では156両全機が東日本旅客鉄道(JR東日本)・西日本旅客鉄道(JR西日本)・九州旅客鉄道(JR九州)の各旅客会社とJR貨物に承継され、JR貨物では増大する輸送量に対応するため1989年から本形式を再製作した。

本形式の総製作数は164両に達し、汎用性の高さと後継機開発の遅延もあって1990年代まで全機が使用されてきた。旅客会社では機関車牽引列車が減少し、JR貨物ではEH500形電気機関車EF510形電気機関車の製作開始に伴い、初期車を中心に淘汰が進行しているが、JR各社で長距離の寝台特急貨物列車の牽引に重用されている。

[編集] 構造

※ここでは設計当初の仕様について記述し、後年の変更箇所については当該節にて記述する。

車体は国鉄新型電気機関車の標準形態で、交直機器を収容するため機器室を拡大し、全長は 18 m 級、幅 2,900 mm の大型車体となった。本形式1両での列車牽引を前提に設計され、重連運転のための総括制御装置は装備せず、また、正面の貫通扉も装備しない。正面窓上部左右に2灯の前照灯、正面下部左右に2灯の標識灯を配し、正面窓直下にステンレスの飾り帯を配する意匠はEF65形やEF80形などと同一の様式である。外部塗色は交直流車両標準の赤13号(ローズピンク)である。

従来の交流機では屋根上にあった断路器遮断器、主ヒューズなどの特別高圧機器を室内に収容し、パンタグラフ以外の機器を屋外に露出させない構造としている。これは塩害と氷雪から電気機器を保護するための対策である。機器配置の関係から、主抵抗器は屋上に設けた大型のカバー内に納められた。パンタグラフは下枠交差式のPS22形で、小型軽量化と耐雪性能を向上している。

他の耐寒装備として、空気ブレーキ関係機器や砂撒き装置などにはヒーターを取りつけ、正面の排障器(スカート)下部にはスノープラウ(雪かき器)を装備する。これら追加装備への対応として車体装備各部の軽量化を図り、運転整備重量は 100.8 t 、軸重 16.8 t に収めている。これはEF65形に対して約 5 % の重量増加である。

制御方式は国鉄直流電気機関車で一般的な抵抗制御方式で、交流電化区間では交流 20 kV を主変圧器主整流器、主平滑リアクトルにより直流 1,500 V へ変換し、抵抗器を経由して速度を制御する。交流電気機関車で一般的な変圧器タップ制御は行わず、直流機のEF65形に交流対応機器を付加した構造[1]といえる。交流電化区間では 50 Hz / 60 Hz の両周波数に対応し、直流電化区間とあわせ3方式の電化区間を本形式1両で直通運転することが可能である。

主電動機は国鉄新性能電気機関車の標準である直流直巻電動機MT52形を6基装備する。 2,550 kW [2]の定格出力はEF65形と同等で、 10 勾配上で 1,200 t の列車を牽引することが可能である。台車は揺れ枕を廃止し、構造を簡素化した新形式のDT138形(両端)DT139形(中間)を採用する[3]

旅客列車のための装備として、直流区間の列車暖房用電源にサイリスタインバータを装備する。これは使用対象区間の日本海縦貫線で運用される客車電気暖房を用いていたためである。交流区間の暖房用電源は主変圧器の3次巻線から供給される。

[編集] 形態区分

[編集] 基本番台

本形式の一般仕様車で、1968年 - 1979年に152両 (1 - 152) が新製された。

1 - 38 号機
EF81 2。JR貨物所属の更新工事施工機で、側面全周に白線を表示する
1968年 - 1969年(昭和44年)に製作された。
1号機は1968年製作の量産先行車で、屋上抵抗器カバー形状や内部機器が量産機と異なるほか、正面下部左側にタイフォンを装備した[4]。1969年製作の 2 以降が量産機で、1 の運用結果を基に各部を改良している。
正面中位の左右には通風孔を設け、車両番号はステンレスの切抜き文字を車体に直付けする[5]
20系客車の 110 km/h 牽引対応として、増圧ブレーキ装置・電磁指令ブレーキ回路・元空気溜引き通し管・専用のジャンパ連結器(KE59形・KE72形)を装備している。


39 - 136 号機
EF81 87。赤2号(北斗星)塗装のJR東日本所属機(JR我孫子駅にて)
1972年(昭和47年) - 1977年(昭和52年)に製作された。
主制御器や主抵抗器・単位スイッチなど内部機器の仕様を改良し、運転台は計器盤などの操作機器や内装に人間工学に基づく改良がなされた。本区分以降、20系客車用のKE59形ジャンパ連結器は廃止されている。
外観上は正面の通風孔がなくなり、屋根上の機器カバー形状が変更された。標識灯は電球交換を車体外側から行う「外ハメ式」に変更し小型化した。車両番号は文字表記を一体化したブロックプレートとされた。
137 - 152 号機
1979年に製作された。
車体構造が変更され、前面窓上には一体型のが設けられた。車両番号板はエッチング仕上げである。主電動機は電機子軸の強度を向上したMT52B形に変更され、各機器の絶縁対策も強化された。

[編集] 300番台

EF81 304 更新工事施工後の形態(2003年10月)

関門トンネル用の特殊仕様形式で、1973年(昭和48年) - 1974年(昭和49年)に4両 (301 - 304) が新製された。

当時、関門トンネルで使用されていたEF30形電気機関車の増備車両として製作された。海水が滴下する高湿度環境の海底トンネルを含む区間で用いるため、腐食防止の対策として車体外板をステンレスとしている。板厚が普通鋼製車体より薄いことから、車体下部全周に歪みを防ぐコルゲート加工を施している。車両番号は正面側面とも縁取付の番号板、正面の飾り帯は装備しない。電気暖房用の電源 (EG) は装備せず、運転台側面に電暖表示灯はない。

外部塗色はステンレス地肌の無塗装であるが、2両 (301, 302) は一般車と同一の赤13号に塗装されている。これは1978年10月国鉄ダイヤ改正に伴い常磐線・水戸線のEF80形取替を目的として内郷機関区へ転属したためで、1985年に門司機関区へ復帰して以降も赤13号のまま使用される。他の2両 (303, 304) は無塗装のままである。

関門トンネルを通過する門司 - 下関間で使用される。当初は1両で牽引できる旅客列車中心の運用が組まれていたが、EF30形を淘汰する際に貨物列車牽引対応として総括制御装置を搭載し、重連運用を可能とした。2008年現在は4両ともJR貨物門司機関区に配置され、400番台・450番台と共通に使用されている。

[編集] 400番台

あさかぜ」を牽引するEF81 414(1991年7月)

基本番台を重連運用できるよう総括制御機能を付加した区分で、1986年(昭和61年) - 1987年に基本番台から14両 (401 - 414) が国鉄小倉工場で改造された。日立製作所製の中期機を種車とし、改造工事は2両単位で行われた。

関門トンネル区間で使用されてきたEF30形の後継機として使用するため、トンネル対策の耐塩害措置を施しており、屋根上に防食効果のあるロンテックスを全面に塗っている。

EF81形のけん引能力では最大22パーミルの勾配が存在する関門トンネル区間で650tの起動しか出来なかったため、1200tの貨物列車のけん引には重連で対処することになった。そのため貨物列車を牽引するための重連総括制御装置を追加した。種車が制御回路に設計変更が行われた75号機以降とそれ以前が混在していたため[6]、これらを統一する改造工事が行われている。重連総括用に追加されたジャンパ栓やホース類は「片渡り」構造となっており、運用時には機関車の向きが限定される。ただし、重連運転区間が短く、エンド統一が容易なため、片渡りでも支障はないとされた。比較的簡単に行われた改造のため、重連総括制御時にトラブル[7]が多発し、門司機関区でその改修がその都度行われている。

車体は普通鋼製のままで、外部塗色も赤13号としている。列車暖房は使用しないため電気暖房用給電栓は撤去され、JR九州所属機は後年に車体側面の電暖表示灯も撤去している。ただし、主整流器に付随する電気暖房用のインバーターと主変圧器の3次巻き線はそのまま残されている。

分割民営化時には、8両 (401 - 408) はJR貨物門司機関区、6両 (409 - 414) はJR九州大分鉄道事業部大分車両センターに配置され、関門トンネルを経由する貨物列車・寝台特急に使用されてきた。

関門トンネル区間以外では、JR貨物富山機関区に延べ4両 (404, 406, 407, 408) の配置歴がある。2007年3月に配置された2両 (404, 406) は引き続き同区に在籍し、日本海縦貫線で運用されている。

改造前後の番号対比
EF81 40・41・130・131・128・132・42・49・50・51・52・53・54・75→EF81 401 - 414


[編集] 500番台

EF81 503

JR移行後の貨物輸送量増加を受け、日本海縦貫線の輸送力を増強するためJR貨物が新造した一般仕様形式で、1989年に3両 (501 - 503) が製作された。

性能や基本的な構造は基本番台の最終増備車を踏襲したが、各部の仕様を変更している。旅客列車への使用は考慮されず、電気暖房用のインバータ装置やジャンパ栓を非装備としたほか、ブレーキ装置は20系客車牽引時に必要な編成増圧機能を省略し、単機増圧機能のみを装備する。

塗装は車体上部が濃淡ブルーの塗り分け、車体下部がライトグレー、運転室側扉はローズピンクのJR貨物標準配色である。台車は灰色とされた。車両番号表示は、正面は向かって右側、側面は向かって右側の運転台側扉後方に移され、書体も変更された。ステンレスの飾り帯は装備しない。

富山機関区に配置され、基本番台などと共通で日本海縦貫線の貨物列車に使用されている。

[編集] 450番台

灯火類を一体化し、正面下部に設置した451号機
灯火類を、従来機と同一の正面上部に設置した454号機

1991年(平成3年)のダイヤ改正で本州 - 九州間貨物列車の増発に対応するため、従来より使用されている400番台の増備としてJR貨物が新造した特殊仕様形式で、1992年(平成4年)までに5両 (451 - 455) が製作された。

500番台の仕様を基に重連総括制御装置を追加した仕様で、機関車の向きが変わっても運用しやすいよう、ジャンパ栓は左右両側に装備する「両渡り」構造である。旅客列車の牽引は考慮されず、電気暖房用の各種装備はもたない。主電動機を車軸に装架する軸受を平軸受からコロ軸受に変更し、走行抵抗を低減している。

外部塗色は500番台と同様の配色であるが、車体下部全周に青色の帯を追加する。車両番号の標記位置や飾り帯をもたない正面の意匠も500番台と同一である。

初年度製作の2両 (451, 452) は灯火類を一体化のうえ正面下部に設置したが、1992年製の3両 (453 - 455) は従来機と同一の正面上部に前照灯を配した。これは降雪地域において前照灯の着雪を防ぎ、前方視界を確保するためで、将来の転用を考慮し汎用性を向上させたものである。

製作当初は全車が門司機関区に配置されていたが、同区でEH500形の使用を開始した2007年3月18日のダイヤ改正に際し、3両 (453 - 455) が富山機関区に転属した。

[編集] 運用の変遷・現況

[編集] 国鉄時代

設計仕様上は国鉄の電化区間すべてを1両で運用できる本形式ではあるが、国鉄時代は長距離を通しての運用は多くなかった。長距離走行による過度の消耗を防ぐ他、直流区間ではEF15形EF58形・EF65形などが、交流区間では北陸本線EF70形東北本線ED71形ED75形などが既に多数使用され、製作コストの高い本形式を多用せずとも機関車の必要数を充足できる状況にあったことも影響する。

国鉄の合理化が進捗した1980年代以降、機関車の所要数を適正化する必要から、1両で長距離運用が可能な本形式が重用されるようになる。日本海縦貫線では、交流区間でEF70形を淘汰して北陸本線 米原 - 田村間の交直接続を直通化し、直流区間でEF15形やEF58形などの老朽形式を淘汰し、本形式による直通運用の比重が増加していった。

東京地区では、EF81形より先に常磐線用に投入されていた同じ交直流機EF80形の老朽化に伴う本形式への置き換えに終始し、逆に東北本線では既に本形式が充当されていた交直流直通運用がEF65形1000番台およびED75形による運用に戻され、直通運用区間の比重は減少した。その後、国鉄分割民営化直前の1986年11月ダイヤ改正では秋田 - 青森間の奥羽本線区間で本形式の運用が開始され、大阪 - 青森間 1023.5 km の日本海縦貫線直通運用となるとともに、同区間で使用してきたED75形700番台を津軽海峡線用の専用機に転用[8]する原資としている。

1987年4月のJR移行では、JR東日本に78両、JR西日本に16両、JR九州に6両、JR貨物に56両が承継された。

[編集] 日本海縦貫線

  • 1969年(昭和44年) - 初期グループ38両が1968年12月より竣工し富山第二機関区に集中配置、同年9月糸魚川 - 直江津間の電化開業と同時に使用が開始された。使用区間は金沢 - 新潟操車場間であった。
  • 1972年(昭和47年) - 羽越本線白新線電化に伴い酒田機関区に35両が新製配置される。
  • 1974年(昭和49年) - 湖西線開業に伴い敦賀第二機関区に26両が新製配置される。使用開始以降段階的に運用区間を拡大し、日本海縦貫線の大阪 - 秋田間で寝台特急「日本海」「つるぎ」、急行「きたぐに」などの優等列車のほか、普通列車や貨物列車にまで広汎に運用された。
    • 日本海縦貫線用のEF81形は1977年(昭和52年)までに初期車 - 後期車に亘る計123両が新製配置された。内訳は酒田区51両、富山第二区45両、敦賀第二区27両である。
  • 1979年(昭和54年) - 東新潟機関区に16両が新製配置され、日本海縦貫線の定期運用に就く。この後、酒田機関区の所属車両数は徐々に削減される。
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - ダイヤ改正で酒田機関区が廃止され、新たに長岡運転区がEF81形配置区となり、以後、日本海縦貫線用のEF81形は東新潟・長岡・富山第二・敦賀第二の所属となる。

[編集] 東京地区

  • 1973年(昭和48年) - 中期車13両 (82 - 94) が田端機関区に新製配置され、東北本線隅田川 - 福島間の貨物列車牽引に充当された。
    • 当時、EF81形13両で東北本線の貨物列車10運用を受け持っており、常磐線・水戸線での定期運用は設定されていなかった。常磐線系統では1962年(昭和37年) - 1967年(昭和42年)に新製配置されたEF80形63両を使用し、本形式は東北本線の一部定期運用に充当されることとなった。
  • 1979年(昭和54年) - 門司機関区の300番台2両 (301, 302) 、富山二区の中期車2両 (80, 81) の計4機が常磐線内郷機関区に転配され、EF80形に混じって常磐線系統の定期運用に就いた。
  • 1982年(昭和57年) - 酒田区の4両 (75 - 78) 、富山二区の2両 (79, 95) 、敦賀二区の2両 (96, 97) の計8両が常磐線系統で使用のため、同年10月1日までに内郷区に6両 (75 - 79, 97) 、田端区に2両 (95, 96) が転入した。従前より使用してきたEF80形の淘汰が目的で、新製配置されていた田端区EF81形は東北本線の運用をEF65形1000番台・ED75形に振り替え、常磐線系統に専用してEF80形の淘汰を進めた。
  • 1983年(昭和58年) - 常磐線優等列車である寝台特急「ゆうづる」や夜行急行「十和田」牽引にEF80形と共通で運用を開始した。牽引区間は上野 - 水戸間で、EF80形では省略されていた「ゆうづる」牽引機(上野口)へのヘッドマーク掲示が同時期に復活している。
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - ダイヤ改正でいわき貨物駅が廃止となり、同駅構内の内郷機関区も廃止された。内郷区に在籍した10両は5両が田端区に転出となったほか、関門トンネル用EF30形の置き換え用として門司区に2両 (301, 302) 、大分運転所に1両 (75) 、長岡区には門司区への同形式転出補填として2両 (76, 77) が転出した。
  • 1985年(昭和60年)8月 - 常磐線寝台特急「ゆうづる」の運用(上野 - 水戸)をすべて本形式に置き換え、EF80形での運用が終了する。この運用は寝台特急「北斗星」の登場によって客車運用「ゆうづる」が廃止されるまでの約3年間継続した。

[編集] 関門トンネル区間

  • 1973年(昭和48年) - 関門トンネル区間の列車増発対応として300番台4両が製作され、下関 - 門司間でEF30形との共通運用が開始された。
  • 1979年(昭和54年)3月 - 1978年10月のダイヤ改正で貨物列車を中心に列車整理が実施され、これに伴う運用減少により門司機関区の300番台2両 (301, 302) が内郷機関区に転出した。
  • 1985年(昭和60年) - 関門トンネル用EF30形の老朽化に伴う置き換え用として、EF81形400番台計14両が改造竣工し門司区(8両)大分区(6両)に追加配置された。これにより、当初は関門トンネル区間のみを牽引していたEF81形が九州内まで牽引する運用が可能となった。

[編集] 国鉄分割民営化以降

[編集] JR東日本

双頭連結器を装備した EF81 136 が牽引する特急「あけぼの」

JR東日本では田端運転所長岡車両センター青森車両センターに配置されている。域内の寝台特急牽引に充当されるほか、JR貨物から受託した首都圏各線・日本海縦貫線における貨物列車牽引にも充当される。外部塗色は順次変更され、交流電気機関車と同一の赤2号とされた。田端運転所に所属する車両のうち、黒磯駅の交直切替を無停車で行う列車選別装置の取付や主電動機の再整備などの改修工事を施した車両は車体側面に「銀の流星」[9]のパターンが描かれ、改修未施工車とは定期運用が分けられている。改修車は寝台特急「北斗星」や同「カシオペア」の牽引に充当されるが、未改修車は通常これら寝台特急の定期運用に入ることはない。

改修車のうち「カシオペア」牽引用の3両 (79, 92, 99) は白地に黄橙青の4色塗装[10]、「レインボー」塗装機 (95) は車体側面に形式番号をあしらった巨大な「EF81」レタリングを施したデザイン[11]で使用される。

お召し列車牽引機 (81) は「北斗星」牽引機と同一の配色[12]であるが、手すり・連結器・車輪側面の銀色塗装、制輪子の磨き出し処理など装飾が残存する。お召し列車運用時は原色の赤13号塗装で、車体側面に細い銀のラインが入れられた。

特異な仕様の車両として、電車を牽引するため双頭連結器を装備した車両がある。青森車両センター配置の2両 (136, 139) と長岡車両センター配置の1両 (134) [13]で、青森地区の電車を郡山総合車両センターで検査する際の牽引機などに使用される。電車牽引に必要なジャンパ連結器を増設した関係で、一般車とはスカート周辺やスノープラウの形状が異なる。

2009年現在、老朽化に伴い本形式の一部を淘汰するため、EF510形の導入が計画されている。JR貨物が開発し導入中の機関車と同形のもので、JR東日本所属車として15両を製作し、2010年春以降に運用を開始することになっている[14]

  • 1988年(昭和63年)3月 - 青函トンネル開通とともに寝台特急「北斗星」が運転を開始し、その上野 - 青森間の牽引機として充当された。東北本線(上野口)において、優等旅客列車の牽引に本形式が定期運用された初の事例[15]である。「北斗星」の運転開始に伴い「ゆうづる」は客車列車での運用が終了している。また、盛岡 - 青森間では、50系客車12系客車(2000番台)の普通客車列車を本形式の間合い運用で運行した。
  • 1993年(平成5年) - 寝台特急「あけぼの」の上野 - 小牛田間の牽引機に充当される。同列車は1997年に上越線・羽越線経由に変更され、上野 - 青森間の牽引に本形式を使用した。
  • 1994年(平成6年)12月 - 寝台特急「はくつる」が583系電車から客車化され、列車全区間(上野 - 青森)の牽引機として2002年12月の同列車廃止まで充当された。
  • 2009年(平成21年)3月14日 - ダイヤ改正により寝台特急「あけぼの」の上野 - 長岡間の牽引機が長岡車両センター配置のEF64形1000番台に置き換えられ、長岡以北のみでの運用となる。
:EF81 95「レインボー色」(2007年2月、常磐線 藤代 - 佐貫間)
:EF81 81「北斗星」牽引機(2009年3月、新鶴見機関区)
:EF81 92「カシオペア」牽引機(2007年9月、宇都宮駅)

[編集] JR西日本

「トワイライトエクスプレス」牽引機

JR西日本では福井地域鉄道部敦賀運転派出に配置され、寝台特急「トワイライトエクスプレス」「日本海」の牽引機として大阪 - 青森間の日本海縦貫線区間に充当されている。

「トワイライトエクスプレス」牽引に使われる車両は、塗色を客車と同一の緑2号+黄色の配色に変更している。1989年の同列車運転開始時点では4両 (103, 104, 113, 114) に専用機化改造が施工され、運転日数増加に伴い2両 (43, 44) を追加し6両体制で運用する。これら専用機は運用の都合により、「日本海」を牽引することもある。後年には、連結器を密着式自動連結器に交換したうえで強化型の緩衝装置を装備するなど、列車運転時の衝撃緩和対策がなされた。

[編集] JR九州

はやぶさ富士」を牽引するEF81 411

国鉄からの承継車両はすべて重連対応の400番台で、大分鉄道事業部大分車両センターに配置されている。関門トンネルを通過する寝台特急や貨物列車に使用されるが、寝台特急の削減で運用が減少したため 410・411 の2両のみが残存する。2005年の寝台特急「彗星」廃止後は、所属区のある大分までの定期運用がなくなったことでJR貨物門司機関区常駐となり、日常の検修作業を含め同社からの受託運用に充当されている。外部塗色は当初交流電気機関車と共通の赤2号とされたが、その後全車が赤13号に復している。

[編集] JR貨物

JR貨物の400番台 更新工事施工機で、側面中央に白線を表示する

分割民営化で承継した車両を富山機関区・門司機関区に配置したほか、1989年以降、500番台・450番台を新規に製作している。これはJR移行直後の貨物列車増発に対応するためで、旅客会社でも長距離列車に使用する本形式には車両の余裕がなかったためである。

2003年(平成15年)からはJR東日本の余剰車を購入し、富山機関区と東新潟機関区に配置した。2009年現在、本州内の配置は富山1か所に集約され、青森信号場 - 大阪貨物ターミナル間の日本海縦貫線で貨物列車に使用されている。門司配置車は関門トンネルを含む幡生 - 福岡貨物ターミナル間で貨物列車に重連で使用される。同区間では寝台特急の牽引にも充当されてきたが、列車の廃止により2009年3月で旅客列車の運用は終了した。外部塗色は基本番台・400番台[16]は赤13号であるが、JR東日本から購入した車両は購入時の赤2号のまま使用[17]されている。門司に配置される300番台は 301・302 [18] が赤13号、303・304 はステンレス地肌の無塗装である。

本形式の初期車は車齢35年を経過し、継続使用のための更新工事が順次行われている。内部機器の再整備・交換を行う他、主電動機を車軸に装架する軸受をコロ軸受に取替えた車両もある。これら更新工事を実施した車両は、車体下部全周または側面中央に白線を表示する。300番台では全機に更新工事が施工され、白帯表示 (301) エンド表記周囲の白枠塗装 (302, 303) 正面の青帯 (304) が表示された。304 の青帯は後年に撤去されている。

後継機の開発も行われ、日本海縦貫線では2002年(平成14年)からEF510形の使用が開始され、関門トンネル区間では 1,300 t 列車を運用するため2007年(平成19年)からEH500形の使用を開始している。これら新形式の投入により、経年の高い初期車を中心に本形式の淘汰が始まっている。

[編集] 脚注

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  1. ^ 本形式が用いる直流機関車の制御方式は交流機関車に比べ、動輪空転したときの再粘着性能に劣るとされる。本形式は高感度の空転検出機構を装備し、空転発生時にはノッチ進段を止め、空転した軸に台車単位で空気ブレーキにより短時間制動させる機構を採用して引張力の低下を抑え、再粘着性能を確保している。自動でノッチを低速段に戻し、空転軸に滑り止めの砂を自動散布するEF65形とは異なる方式である。
  2. ^ 交流区間での定格出力は 2,370 kW である。
  3. ^ 他形式では、同時期に製造された西武E851形電気機関車にも、この台車が採用された。また、1980年から製造されたEF64形電気機関車の1000番台にも、山岳路線用に改良されたDT138A(両端)DT139A(中間)台車が採用された。
  4. ^ 正面タイフォンは後年の改造で撤去された。
  5. ^ 後年の改造でブロック式ナンバープレート取付となった車両も一部に存在する。
  6. ^ 75号機からはバーニア制御器や空転制御器が変更され、主しゃ断機保持回路、パンタグラフ非常下げ回路などの取り扱いが異なる。
  7. ^ 補機側の主電動機過電流検出装置が動作すると、高速度しゃ断機がリセットしなくなる、補機故障時に電気的に切り離すと、本務機まで力行しなくなる、補機コンプレッサの故障時にそれがつかめず、補機より元ダメ込めが出来ないなど。
  8. ^ 捻出されたED75形700番台は34両がED79形に改造・転用された。
  9. ^ “赤2号流星色”、俗に「北斗星カラー」等と呼ばれている。
  10. ^ 「カシオペア」塗装は延べ4両 (79, 89, 92, 99) に施された。99 は 89 の廃車に伴う代替として充当されたものである。
  11. ^ 1987年(昭和62年)に登場した14系欧風客車スーパーエクスプレスレインボー」の塗装に合わせた配色で、客車の廃車後もそのままの塗装で使用される。
  12. ^ 2008年現在。
  13. ^ EF81 134が双頭連結器を装備[1]
  14. ^ JR東日本webサイト プレスリリース「JR東日本として初の新型電気機関車の導入について」PDF
  15. ^ 従前は宇都宮運転所EF57形・EF58形・EF65形1000番台が使用され、黒磯駅で交流機と交替していた。
  16. ^ 408 は試験塗色として濃淡ブルーに白帯を配する塗装とされたが、富山機関区への転属後に赤13号に復した。
  17. ^ 一部には赤13号に復した車両が存在する。
  18. ^ 302は触車事故で車体が損傷し、片側の側面をコルゲート板ではなく平板で修復した。

[編集] 参考文献

  • 鉄道ジャーナル社 『国鉄現役車両1983』 鉄道ジャーナル別冊No.4 1982年 
  • 鉄道ジャーナル社 『鉄道ジャーナル』 2003年10月号 No.444 RAILWAY TOPICS
  • 鉄道ジャーナル社 『鉄道ジャーナル』 2005年5月号 No.463 特集:鉄道貨物輸送の現状
  • 電気車研究会 『鉄道ピクトリアル』 2000年1月号 No.680 特集:貨物輸送
  • 電気車研究会 『鉄道ピクトリアル』 2005年4月号 No.760 特集:EF81形電気機関車
  • 交友社 『鉄道ファン』 1990年8月号 No.352 近代形電機 転身の記録 5
  • 交友社 『鉄道ファン』 1996年9月号 No.425 特集:EF81オールラウンダー
  • 交通新聞社 『鉄道ダイヤ情報』 2006年9月号 No.269 EF81形300番代、400番代、450番代車両ガイド

[編集] 関連項目

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