国鉄EF81形電気機関車

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国鉄EF81形電気機関車
基本番台30号機(北陸本線 倶利伽羅 - 津幡、2000年8月3日)
基本番台30号機
北陸本線 倶利伽羅 - 津幡、2000年8月3日)
設計最高速度 115 km/h[1]
最高速度 110 km/h
最大寸法
(長・幅・高)
18,600 × 2,900 × 4,221* (mm)
* 4,251(75-152号機、300番台、一部の400番台)[2]
車両質量 100.8t(全番台/運転整備全質量)[2]
軸配置 Bo - Bo - Bo
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1,500V
単相交流20,000V (50/60Hz)
架空電車線方式
総出力 直流区間 2,550kW[1]
交流区間 2,370kW[1]
主電動機 直流直巻電動機
MT52A×6基:1-136号機、300番台、400番台[2]
MT52B×6基:137-152号機、500番台[2]
MT52C×6基:450番台[2]
定格速度 直流区間 45.7 km/h[1]
交流50Hz区間 43.2 km/h[1]
交流60Hz区間 42.1 km/h[1]
定格引張力 直流区間 19,980kgf (195.8kN)[1]
交流区間 18,200kgf (178.4kN)[1]
歯車比 18:69 (3.83)
駆動装置 1段歯車減速吊り掛け式
制御装置 抵抗制御・3段組合せ・弱め界磁[1]
台車 DT138形(両端)・DT139形(中間)
制動方式 EL14AS形自動空気ブレーキ
保安装置 ATS-S(新製時)
製造メーカー 日立製作所
三菱電機三菱重工業
備考 基本番台のデータ

EF81形は、日本国有鉄道(国鉄)が1968年昭和43年)から製造した交流直流両用電気機関車である。国鉄分割民営化後にも、日本貨物鉄道(JR貨物)が1989年平成元年)から追加製造した。

概要[編集]

異なる方式で電化が進捗した日本海縦貫線において、50Hzおよび60Hzの交流電化区間と直流電化区間を直通して走行できる三電源方式の電気機関車として開発された。

本線用の交直両用電気機関車としては、1962年(昭和37年)から常磐線EF80形が使用されていた。同形式は重量軽減のため1台車1電動機方式などの特殊な設計方針が採られ、長距離・広範囲に運用する標準機とするには保守や性能の面で課題が多いものであった。

1960年代後半は既に直流機・交流機とも標準化が達成されている状況であった。交直流機の開発に当たっては、交流機ED77、ED78で採用されたサイリスタ位相制御を応用したサイリスタチョッパ制御のB-2-B軸配置の採用も検討されたが、開発期間・新製価格などの問題[3]から、当時の直流標準電気機関車であるEF65形を基本とした、広汎に使用できる標準形式の交直流機関車として本形式の開発が進められ、1968年に量産先行機が日立製作所で完成した。これがEF81形である。抵抗制御で所定の粘着性能を確保するためにEF型としたが、同時代の交流機関車は連続制御により4軸駆動で充分な粘着を得ていたのに対し、6軸駆動とせざるを得ないうえに能力の及ばない本形式は経済性および動力車としての性能で少なからぬ問題がある[3]

本形式は1979年(昭和54年)までに156両が日立製作所、三菱電機三菱重工業で製作され、当初想定の日本海縦貫線や常磐線をはじめ、一部仕様を変更した車両が関門トンネル区間の特殊用途にも使用された。1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化では156両全機が東日本旅客鉄道(JR東日本)・西日本旅客鉄道(JR西日本)・九州旅客鉄道(JR九州)の各旅客会社とJR貨物に承継され、JR貨物では増大する輸送量に対応するため1989年から本形式を再製作した。

本形式の総製作数は164両に達し、汎用性の高さと後継機開発の遅延もあって1990年代まで全機が使用されてきた。旅客会社では機関車牽引列車が減少し、JR貨物ではEH500形電気機関車EF510形電気機関車の製作開始に伴い、初期車を中心に淘汰が進行しているが、JR各社で長距離の寝台貨物列車の牽引に使用されている。

構造[編集]

※ ここでは設計当初の仕様について記述し、後年の変更箇所については当該節にて記述する。

車両外観[編集]

車体は国鉄新型電気機関車の標準形態で、交直機器を収容するため機器室を拡大し、全長は18m級、幅2,900mmの大型車体となった。本形式1両での列車牽引を前提に設計され、重連運転のための総括制御装置は装備せず、また、正面の貫通扉も装備しない。正面窓上部左右に2灯の前照灯、正面下部左右に2灯の標識灯を配し、正面窓直下に飾り帯を配する意匠はEF65形やEF80形などと同一の様式である。外部塗色は交直流車両標準の赤13号(ローズピンク)である。

従来の交流機では屋根上にあった断路器遮断器、主ヒューズなどの特別高圧機器を室内に収容し、パンタグラフ以外の機器を屋外に露出させない構造としている。これは塩害と氷雪から電気機器を保護するための対策[1]である。機器配置の関係から、主抵抗器は屋上に設けた大型のカバー内に納められた。パンタグラフは下枠交差式のPS22形で、小型軽量化と耐雪性能を向上している。

他の耐寒装備として、空気ブレーキ関係機器や砂撒き装置などにはヒーターを取りつけ[1]、正面の排障器(スカート)下部にはスノープラウ(雪かき器)を装備する。これら追加装備への対応として車体装備各部の軽量化を図り、運転整備重量は100.8t軸重16.8tに収めている。これはEF65形に対して約5%の重量増加である。

主要機器[編集]

制御方式は国鉄直流電気機関車で一般的な抵抗制御方式である。

制御器は、CS36抵抗バーニア制御器とCS37界磁制御器を搭載する。交流電化区間では交流20kVを主変圧器(TM17)と主整流器、主平滑リアクトルにより直流1,500Vへ変換し、主抵抗器(MR102)を経由して速度を制御する。交流電気機関車で一般的な変圧器タップ制御は行わず、直流機のEF65形に交流対応機器を付加した構造とした。

抵抗制御は、同時代の交流機関車で一般的な連続制御に比べて動輪空転したときの再粘着性能に劣る。本形式は高感度の空転検出機構を装備し、空転発生時にはノッチ進段を止め、空転した軸に台車単位で空気ブレーキにより短時間制動させる機構を採用[1]して引張力の低下を抑え、再粘着性能を確保している。これは自動でノッチを低速段に戻すEF65形とは異なる方式である。

主整流器(RS36)は、シリコン整流器とEF80 63で試用されたサイリスタインバータで構成されている。サイリスタインバータ部は直流区間での暖房装置電源である[4]

主電動機は国鉄新性能電気機関車で標準的に採用されていた直流直巻整流子電動機のMT52(端子電圧750V時1時間定格定格出力425kW)を6基吊り掛け式で搭載する。直流区間での定格出力は2,550kW、交流区間ではやや劣る同2,370kWとした[1]。定格出力はEF65形と同等で、10勾配上で1,200tの列車を牽引することが可能である。台車は揺れ枕を廃止し、構造を簡素化した新形式のDT138形(両端)・DT139形(中間)を採用する[* 1]。DT139はDT138をベースとし、曲線通過に考慮して200mm横動できるようになっており、台車枕ばね上面と車体横梁下面との間にコロを設置している[5]

旅客列車のための装備として、暖房電源の供給設備を搭載する。交流区間では主変圧器の3次巻線から、直流区間では前述のようにサイリスタインバータから電源を供給する。これは使用対象区間の日本海縦貫線で運用される客車電気暖房(電暖、EG)を用いていたためで、車体側面の乗務員扉隣接部には暖房電源供給確認用の表示灯を設置している。

電気暖房用であるKE3H、20系客車との電話連絡用であるKE59H、電磁指令ブレーキ用のKE72Hジャンパ連結器が備わる。ヒーター内蔵のため、形式名にHが付加されている。加えて、元空気溜引き通し管も装備している。

形態区分[編集]

基本番台[編集]

本形式の一般仕様車で、1968年 - 1979年に152両 (1 - 152) が新製された。

1 - 38 号機[編集]

EF81 2
JR貨物所属の更新工事施工機で、側面全周に白線を表示する。

1968年 - 1969年(昭和44年)に製作された。

1号機

糸魚川 - 直江津間電化開業を名目として、昭和42年度第3次債務で製造された量産先行車である[6]富山第二機関区に配置された[6]

正面下部左側にAW-5タイフォンを装備していたことが外観上の大きな特徴であった[7][* 2]

2 - 28号機

北陸本線糸魚川 - 直江津間電化開業、信越本線直江津 - 宮内間電化開業を名目として、昭和43年度第4次債務で製造された量産機である[8]。全機が富山第二機関区に配置された[8]

1号機の運用結果を基に各部を改良が行われ、抵抗バーニア制御器がCS36からCS36Aに、転換・界磁制御器がCS37からCS37Aに変更された。主整流器はサイリスタインバータの制御回路改善によりRS36からRS36Aに変更された[9]。主抵抗器は容量増大によりMR102Aに変更され、屋根上の抵抗器カバーの形状が変更されている。量産先行機において、空転時の再粘着方式は再粘着ブレーキ・ノッチ止め、再粘着ブレーキ・ノッチ戻し、ノッチ戻しのみの3種の比較検討がなされ、量産機では再粘着ブレーキ・ノッチ止め方式が採用された[8]

正面中位の左右には通風孔を設け、車両番号はステンレスの切抜き文字を車体に直付けする[* 3]

29 - 38号機

日本海縦貫線貨物列車増発用を名目として、昭和43年度第5次債務で製造された[8]。全機が富山第二機関区に配置された[8]

スノープラウの材質が2.3mm鋼板および型鋼の組み合わせから、6mm厚鋼板に変更されている[10]

39 - 136 号機[編集]

EF81 125

1972年(昭和47年) - 1977年(昭和52年)に製作された。

39 - 41号機

羽越本線新津 - 秋田電化開業の先行制作車を名目として、昭和46年度第1次債務で製造された[8]。39号機は富山第二機関区に、40・41号機は長岡運転区[* 4]に配置された[8]

38号機までと比べて大きな変更が施されている。外観上は正面の通風孔がなくなり、屋根上の機器カバー形状が変更された。標識灯は電球交換を車体外側から行う「外ハメ式」に変更し小型化した。車両番号は文字表記を一体化したブロックプレートとされた。主制御器や主抵抗器・単位スイッチなど内部機器の仕様を改良し、運転台は計器盤などの操作機器や内装に人間工学に基づく改良がなされた。本区分以降、20系客車用のKE59Hジャンパ連結器は廃止されている。加えて、一人乗務に備えてEB装置TE装置の設置がなされた[8]

42 - 74号機

羽越本線新津 - 秋田電化開業用を名目として、昭和46年度第2次債務で製造された[8]。42 - 48・61 - 64号機は前述の理由から長岡運転区に配置され、酒田区の電気機関車用設備の完成後に酒田区に転属している[8]。49 - 60・65 - 74号機は酒田機関区に配置された[8]

パンタグラフ断流器が誤作動保護回路装置を内蔵したものに変更され、47号機以降は電暖表示灯の電球交換を車体内側から行う方式に改めた[8]。外観上では縦型の台形になっている。

75 - 93号機

日本海縦貫線フレートライナー増発用(7両)、上野 - 秋田間寝台列車増発用(1両)、東北本線フレートライナー増発用及び補機増強用[* 5](11両)を名目として、昭和48年度民有で製造された[8]。75 - 78号機は酒田機関区に、79 - 81号機は富山第二機関区に、82 - 93号機は田端機関区に配置された[8]

抵抗バーニア制御器がCS36BからCS36Cに変更され、一部機器の非PCB化が行われた[11]。また空転検出方式の改良が行われ、空転検出用のマグアンプが3個から6個になり、各軸独立した形になった。外観上では、屋根上の抵抗器の脱着変更方式の変更によって、車体高が30mm高くなっている[12]

94 - 105号機

常磐線経由上野 - 青森間寝台特急増発用および日本海縦貫線用を名目として、昭和48年度第3次民有で94 - 100号機が製造された[11]。94号機は田端機関区に、95 - 97号機は富山第二機関区に、98 - 100号機は酒田機関区に配置された[11]

加えて、湖西線山科 - 近江塩津先行手配車を名目として、昭和48年度第1次債務で101 - 105号機が製造された[11]。全機が敦賀第二機関区に配置された[11]

運転台の暖房・扇風機に改良が加えられ、乗務員の環境改善が図られた[11]

106 - 126号機

湖西線開業用を名目として、昭和48年度第2次債務および昭和49年度第1次民有で製造された[11][13]。全機が敦賀第二機関区に配置された[11][13]

直流避雷器がLA15Dに変更された[11]

127 - 129号機

羽越本線貨物列車増強用を名目として、昭和49年度第2次民有で127号機が製造された[13]。酒田機関区に配置された[13]

加えて、寝台特急「日本海」増発による予備機確保を名目として、昭和49年度第1次債務で128・129号機が製造された[13]。128号機が酒田機関区に、129号機が敦賀第二機関区に配置された[13]

スカート強化のため、材質が4.5mm厚鋼板に変更され、128号機以降は内部の雪害対策強化が施された[13]。127号機より電暖表示灯の外見が小型の台形に変更された。

130 - 134号機

新潟地区旧型直流機の形式改善を名目[* 6]として、昭和49年度第2次民有で製造された[13]。全機が酒田機関区に配置された[13]

設計変更は避雷器などの細部改良にとどまり、前ロットとの大きな差異は見られない[13]

135・136号機

1975年10月に発生したEF62形脱線による事故廃車の補充用を名目[* 7]として、昭和50年度第3次債務で製造された[13]

台車のブレーキてこ比、金具、リード線などに小変更があったが、前ロットとの大きな差異は見られない[13]

なお133号機から136号機は、上越線運用対応として137号機以降に準じた改造を受けている。

137 - 152 号機[編集]

EF81 137
(青森駅)

1979年(昭和54年)に製作された。

新潟地区EF15形置き換え用を名目として、昭和53年度第1次民有で製造された[14]。全機が東新潟機関区に配置された[14]

136号機までと比較すると数多くの設計変更点が見られる。

車体構造が変更され、前面窓上には一体型のが設けられた。車両番号板はエッチング仕上げである。

主電動機は電機子軸の強化を目的に径を従来の120mmから130mmに太くしたMT52Bに、抵抗バーニア制御器、界磁・転換制御器は無給油タイプ(抵抗バーニア制御器は形式名をCS36Dに改めたが、界磁・転換制御器はSC37Bのままとされた)に変更した[14]。また、主シリコン整流器もRS36Cに変更され、メンテナンスフリー化および絶縁対策も強化された[14]

台車は一般圧延鋼板から溶接構造用圧延鋼材へ材質が変更された[14]。このほか、直流避雷器がLA16に変更され、新たに電気式速度計SRD-60が採用された[14]

300番台[編集]

EF81 303
(2010年2月)

関門トンネル用の特殊仕様車で、1973年(昭和48年) - 1974年(昭和49年)に4両 (301 - 304) が新製された。

当時、関門トンネルで使用されていたEF30形電気機関車の増備車として製作され、全機が門司機関区に新製配置された。海水が滴下する高湿度環境の海底トンネルを含む区間で用いるため、腐食防止対策として車体外板をステンレスとしている。板厚が普通鋼製車体より薄いことから、車体下部全周に歪みを防ぐコルゲート加工を施している。コルゲートパネルの末端部(顕著なのは先頭部中央)の処理が、301・302号機と303・304号機とで異なる。302号機は後述の内郷機関区時代に発生した接触事故で、片サイドの外板が失われ、復旧の際にコルゲートの無い平板で修復されている。車両番号は正面側面とも縁取付の番号板となり、正面の飾り帯は装備しない。

走行機器は、同時期に製造されていた基本番台75号機以降に倣い、抵抗バーニア制御器がCS36C、界磁制御器がCS37B、主整流器はRS36Bである。ただし、運用区間が関門トンネルを通過する門司 - 下関間という短区間であったことから電気暖房用の電源 (EG) は装備せず、運転台側面に電暖表示灯はない。スノープラウや砂撒き管ヒータの取り付けも見送られた。

当初は単機で牽引できる旅客列車中心の運用が組まれていたが、EF30形を淘汰する際に貨物列車牽引対応として重連総括制御装置を追設し、重連運用を可能とした。重連総括制御の改造内容については、後述の400番台とほぼ同じである。

301・302号機の2両は、一般車と同一の赤13号に塗装されている。これは1978年10月のダイヤ改正に伴い、常磐線・水戸線のEF80形置き換えを目的として内郷機関区へ転属したためで、1985年に門司機関区へ復帰して以降もそのまま使用されている。他の2両 (303・304) は無塗装のままである(ただし、304号機は一時期一般車の飾り帯に当たる部分に水色の「ヒゲ」が描かれた時期がある)。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)に伴う日本海縦貫線の輸送量増強に伴い、303・304号機の2両が富山機関区に貸し出されている[15]。この貸し出しにより、関門用として製造された300番台は4両全車が東日本でも運用される結果となった。その後、303号機は同年5月27日に門司機関区に返却されている[16]

400番台[編集]

あさかぜ」を牽引するEF81 414
(1991年7月)

関門トンネル区間で使用されてきたEF30形の後継機として、基本番台を重連運用できるよう総括制御機能を付加した区分で、1986年(昭和61年)から1987年にかけて、基本番台から14両 (401 - 414) が小倉工場で改造された。日立製作所製の中期製造機を種車とし、改造工事は2両単位で行われた。

海水が常時浸潤する海底トンネル区間対策として耐塩害措置を施され、パンタグラフに防食剤が塗られ、屋根上全面には防食効果材「ロンテックス」が塗布されている。車体は普通鋼製のままで、外部塗色も一般車と同一の赤13号である。列車暖房は使用しないため電気暖房用給電栓は撤去され、JR九州所属機は後年に車体側面の電暖表示灯も撤去している。主整流器に付随する電気暖房用のインバータと主変圧器の3次巻線は存置されている。

制御系統には重連運転に対応する諸設備を追加している。最大22‰勾配[* 8]が存在する関門トンネル区間で1200t貨物列車を牽引するための措置で、重連総括制御装置を追設している。改造内容は制御回路および低圧補助回路などの引き通し化、運転台へ「他車主電動機電流計」の新設、本務機もしくは補機の故障時に、故障機を電気的に切り離す「制御回路開放機」が1エンド側に設置されている。また空気ブレーキも重連総括制御運転に対応するため釣り合い管が併設された。エンド間でブレーキ選択をするためのコックを重連総括制御対応のものに変更している。初期改造車については重連総括制御に支障のあるバーニア制御器・空転制御器など制御回路を中期形 (75 - ) の仕様に統一する追加改造を施し、主遮断器保持回路・パンタグラフ非常下げ回路などの取扱を統一した。ただし、最初に改造された401及び402はバーニア制御器の改造が未施工で、これ以降の車両とは重連総括制御が組めなかったが、後にバーニア制御器の追加改造が行われ、重連総括制御の組み合わせの制限は無くなっている。

重連運転区間が短いことから重連総括用のジャンパ栓・ホース類は片渡り構造で追加され、運用時には機関車の向きが限定される。同様の理由から、工数削減のため正面貫通扉の設置も省略された。

落成後は門司機関区[* 9]に8両 (401 - 408)、大分運転所に6両 (409 - 414) が配置された。分割民営化後は、JR貨物門司機関区とJR九州大分鉄道事業部大分車両センターにそのまま配置され、関門トンネルを経由する貨物列車・寝台特急に使用されてきた。

関門トンネル区間以外では、JR貨物富山機関区に延べ4両 (404・406・407・408) の配置歴がある。2007年3月に配置された 404 は富山仕様の貨物更新色に変更されて、現在も富山機関区に在籍し日本海縦貫線で運用されている。

改造前後の番号対比
EF81 40・41・130・131・128・132・42・49・50・51・52・53・54・75 → EF81 401 - 414

500番台[編集]

EF81 503

民営化後の貨物輸送量増加を受け、日本海縦貫線の輸送力を増強するためJR貨物が新造した一般仕様形式で、1989年に3両 (501 - 503) が製作された。当初メーカーに対して6両(501 - 506)の発注が内示されていたが最終発注で3両に変更されている[17][18]

性能や基本的な構造は基本番台の最終増備車を踏襲したが、各部の仕様を変更している。旅客列車への使用は考慮されず、電気暖房用のインバータ装置やジャンパ栓を非装備としたほか、ブレーキ装置は20系客車牽引時に必要な編成増圧機能を省略し、単機増圧機能のみを装備する。

塗装は車体上部が濃淡ブルーの塗り分け、車体下部がライトグレー、運転室側扉はローズピンクのJR貨物標準配色である。台車は灰色とされた。車両番号表示は、正面は向かって右側、側面は向かって右側の運転台側扉後方に移され、書体も変更された。ステンレスの飾り帯は装備しない。

450番台[編集]

灯具類を一体化し前面下部に設置した451号機 灯具類を従来機と同じ位置に設置した454号機
灯具類を一体化し前面下部に設置した451号機
灯具類を従来機と同じ位置に設置した454号機

1991年(平成3年)のダイヤ改正で本州 - 九州間貨物列車の増発に対応するため、従来より使用されている400番台の増備としてJR貨物が新造した関門トンネル用特殊仕様車で、1992年(平成4年)までに5両 (451 - 455) が製作された。

500番台の仕様を基に重連総括制御装置を追加した仕様で、機関車の向きが変わっても運用しやすいよう、ジャンパ栓は左右両側に装備する「両渡り」構造である。旅客列車の牽引は考慮されず、電気暖房用の各種装備はもたない。主電動機は、車軸に装架する軸受平軸受からコロ軸受に変更したMT52Cを採用し、保守を軽減している[19]。また、保守効率の向上を図り、集電装置がFPS22E下枠交差式パンタグラフに変更された[19]

外部塗色は500番台と同様の配色であるが、車体下部全周に青色の帯が追加された。車両番号の標記位置や飾り帯を持たない正面の意匠も500番台と同一である。

1991年製作の2両 (451・452) は前照灯と尾灯を一体化のうえ前面下部に設置したが、1992年製の3両 (453 - 455) は従来機と同一の正面上部に前照灯を配した。これは、本系列500番台向けの鋼体を流用したためである[20]

所有状況と運用[編集]

現状[編集]

2012年4月1日現在[21](JR貨物のみ2014年2月15日現在[22])。

  • JR貨物
    • 富山機関区
      • 627・628・633・715 - 719・721・723・725・726・729・735・742・746・748・404・453号機
    • 門司機関区
      • 301 - 304・403・405・406・408・451・452・454・455・501 - 503号機

運用推移[編集]

国鉄時代[編集]

設計仕様上は国鉄の電化区間すべてを1両で運用できる本形式ではあるが、国鉄時代は長距離を通しての運用は多くなかった。長距離走行による過度の消耗を防ぐほか、直流区間ではEF15形EF58形・EF65形などが、交流区間では北陸本線EF70形が、東北本線ではED71形ED75形などが既に多数使用され、製作コストの高く相対的に性能の低い本形式を多用せずとも機関車の必要数を充足できる状況にあったことも影響する。

国鉄の合理化が進捗した1980年代以降、機関車の所要数を適正化する必要から、1両で長距離運用が可能な本形式が重用されるようになる。日本海縦貫線では、交流区間でEF70形を淘汰して北陸本線米原 - 田村間の交直接続を直通化し、直流区間でEF15形やEF58形などの老朽形式を淘汰し、本形式による直通運用の比重が増加していった。

東京地区では、EF81形より先に常磐線用に投入されていた同じ交直流機EF80形の老朽化に伴う本形式への置き換えに終始し、逆に東北本線では既に本形式が充当されていた交直流直通運用がEF65形1000番台・ED75形による運用に戻され、直通運用区間の比重は減少した。その後、分割民営化直前の1986年11月ダイヤ改正では秋田 - 青森間の奥羽本線区間で本形式の運用が開始され、大阪 - 青森間 1023.5kmの日本海縦貫線直通運用となるとともに、同区間で使用してきたED75形700番台を津軽海峡線用の専用機に転用[* 10]する原資としている。

1987年4月の国鉄分割民営化では、JR東日本に78両、JR西日本に16両、JR九州に6両、JR貨物に56両が承継された。

日本海縦貫線[編集]
  • 1969年(昭和44年) - 初期グループ38両が1968年12月より竣工し富山第二機関区に集中配置、同年9月糸魚川 - 直江津間の電化開業と同時に使用が開始された。当初の使用区間は金沢 - 新潟操車場間であった。
  • 1972年(昭和47年) - 羽越本線白新線電化に伴い酒田機関区に35両が新製配置される。
  • 1974年(昭和49年) - 湖西線開業に伴い敦賀第二機関区に26両が新製配置される。使用開始以降段階的に運用区間を拡大し、日本海縦貫線の大阪 - 秋田間で寝台特急「日本海」「つるぎ」、急行「きたぐに」などの優等列車のほか、普通列車貨物列車にまで広汎に運用された。
    • 日本海縦貫線用のEF81形は1977年(昭和52年)までに初期車 - 後期車に亘る計123両が新製配置された。内訳は酒田区51両、富山第二区45両、敦賀第二区27両である。
  • 1979年(昭和54年) - 東新潟機関区に16両が新製配置され、日本海縦貫線の定期運用に就く。この後、酒田機関区の配置車両数は徐々に削減される。
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - ダイヤ改正で酒田機関区が廃止され、新たに長岡運転区がEF81形配置区となり、以後、日本海縦貫線用のEF81形は東新潟・長岡・富山第二・敦賀第二の配置となる。
東京地区[編集]
  • 1973年(昭和48年) - 中期車13両 (82 - 94) が田端機関区に新製配置され、東北本線隅田川 - 福島間の貨物列車牽引に充当された。
    • 当時、EF81形13両で東北本線の貨物列車10運用を受け持っており、常磐線・水戸線での定期運用は設定されていなかった。常磐線系統では1962年(昭和37年) - 1967年(昭和42年)に新製配置されたEF80形63両を使用し、本形式は東北本線の一部定期運用に充当されることとなった。
  • 1979年(昭和54年) - 門司機関区の300番台2両 (301・302) ・富山二区の中期車2両 (80・81) の計4両が常磐線内郷機関区に転配され、EF80形に混じって常磐線系統の定期運用に就いた。
  • 1982年(昭和57年) - 酒田区の4両 (75 - 78) ・富山二区の2両 (79・95) ・敦賀二区の2両 (96・97) の計8両が常磐線系統に転用され、10月1日までに内郷区に6両 (75 - 79・97)、田端区に2両 (95・96) が転入した。従前より使用してきたEF80形の淘汰が目的で、加えて田端区のEF81形は東北本線の運用をEF65形1000番台・ED75形に振り替えて常磐線系統に転用し、EF80形の淘汰を進めた。
  • 1982年(昭和57年)11月 - 内郷区より田端区へ2両 (301・302) が転属する。
  • 1983年(昭和58年) - 常磐線優等列車である寝台特急「ゆうづる」や夜行急行「十和田」牽引にEF80形と共通で運用を開始した。牽引区間は上野 - 水戸間で、EF80形では省略されていた「ゆうづる」牽引機(上野口)へのヘッドマーク掲示が同時期に復活している。
左:EF81 84が牽引する特急「ゆうづる5号」
右:EF81 90が牽引する特急「ゆうづる3号」
(1985年 / 上野駅)
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - ダイヤ改正でいわき貨物駅が廃止となり、同駅構内の内郷機関区も廃止された。内郷区に在籍した10両は5両が田端区に転出となったほか、大分運転所に1両 (75)、長岡区には門司区への同形式転出補填として2両 (76・77) が転出した。
  • 1985年(昭和60年)8月 - 常磐線寝台特急「ゆうづる」の運用(上野 - 水戸)をすべて本形式に置き換え、EF80形での運用が終了する。この運用は寝台特急「北斗星」の運転開始によって客車運用の「ゆうづる」が廃止されるまでの約3年間継続した。
  • 1986年(昭和61年)1月 - 田端区から関門トンネル用EF30形の置き換え用として門司区に2両 (301・302) が転属する。
関門トンネル区間[編集]
  • 1973年(昭和48年)9月 - 関門トンネル区間の列車増発対応として300番台2両が門司機関区に新製配置され、下関 - 門司間でEF30形との共通運用を開始した。300番台は1974年4月と1975年2月に1両ずつ追加製作されている。重連総括制御機能をもたない本形式は貨物列車への運用を避け、荷物列車を含む客車列車専用として運用された。
  • 1979年(昭和54年)3月 - 1978年10月のダイヤ改正で貨物列車を中心に列車整理が実施され、運用の減少に伴い門司機関区の300番台2両 (301・302) が内郷機関区に転出した。
  • 1986年(昭和61年)1月 - 300番台2両 (301・302) が田端機関区より門司機関区へ転入した。
  • 1986年(昭和61年)3月 - 1987年(昭和62年)3月 - 関門トンネル用EF30形の老朽化に伴う置き換え用として、富山第二区の3両 (40 - 42) ・田端区の7両 (49 - 54・75) ・長岡運転所の4両 (128・130 - 132) が転出し、門司区(8両)、大分所(6両)に転入した。この14両は転入後に重連総括制御対応化(400番台)改造がなされ[* 11]、EF30形を専用していた関門トンネル区間の貨物列車運用を本形式の重連運用で置き換えた。同時期に300番台4両も重連総括制御対応に改造され、400番台との共通運用を開始している。

分割民営化以降[編集]

JR東日本[編集]

1987年の分割民営化に際して、JR東日本へは78両が継承された。車号は、次のとおりである。

  • EF81 11 - 18・55 - 74・76 - 100・109 - 112・127・133 - 152

田端運転所長岡車両センター青森車両センターに配置され、域内の寝台特急牽引に充当されるほか、JR貨物から受託した首都圏各線・日本海縦貫線における貨物列車牽引にも充当される。外部塗色は順次変更され、交流電気機関車と同一の赤2号とされた。田端運転所に配置される車両のうち「北斗星」などの寝台特急列車牽引を主とする車両に対しては、主電動機の再整備や車輪の交換などの改修工事を施した。これらの車両は車体側面に「銀の流星」[* 12]のパターンが描かれ、改修未施工車とは定期運用が分けられていた。また、黒磯駅の交直切替を車上切替(停車せずに通過中に切替する)で行うための列車選別装置が田端運転所配置の全車両に取り付けられた。

改修車のうち3両 (79・92・99) は「カシオペア」牽引用として白地に黄橙青の4色塗装[* 13]、「スーパーエクスプレスレインボー」塗装機 (95) は車体側面に形式番号をあしらった巨大な「EF81」レタリングを施したデザイン[* 14]で使用される。「カシオペア」塗装は2012年までに消滅した[23]

お召し列車牽引機 (81) は1985年の国際科学技術博覧会で2度にわたってお召し列車を牽引した機関車で、当時は原色の赤13号塗装に車体側面に細い銀のラインが入れられていた。1989年2月に赤2号単色となり、のち「北斗星」牽引機と同一の配色になるが、手すり・連結器・車輪側面の銀色塗装、制輪子の磨き出し処理など装飾が残存する。2014年8月にお召し塗装が復元された。

特異な仕様の車両として、電車を牽引するため双頭連結器を装備した車両がある。青森車両センター配置の2両 (136・139) と長岡車両センター配置の4両 (134・140・141・151)[* 15][* 16]で、青森地区の電車を郡山総合車両センターで検査する際の牽引機などに使用される際、電気指令式ブレーキを装備した電車(209系以降の車両)にブレーキを掛ける為、ブレーキ読替指令装置(MON8)を機関車に装備、そこからの指令による指令回路ジャンパ栓(KE100B-10ジャンパ連結器)を増設した関係で、一般車とはスカート周辺やスノープラウの形状が異なる。この改造により機関車全長が750mm延長された。基本的に電車を牽引する際は首都圏に乗り入れることがほとんどだが、151は関東地区乗り入れに必要なATS-P形を装備しておらず、このため151が電車を牽引する仕業は北側の路線(信越本線・羽越本線・奥羽本線)のみに限定される。

2009年から2010年にかけて、老朽化した本形式の一部を淘汰するため、EF510形500番台が15両導入された[24]。JR貨物が開発したEF510形と同形(ホイッスルの装備位置など若干の変更あり)のもので、田端運転所に配置されて2010年6月25日から「カシオペア」、7月14日から「北斗星」での運用を開始した。

「北斗星」「カシオペア」の運用が無くなった田端運転所のEF81形は全車共通で貨物列車牽引に使用されていたが、2010年12月に入るとEF510形の定期貨物列車への充当が順次開始され、12月4日のダイヤ改正時にはEF81形からEF510形への置換えが完了。田端運転所のEF81形は定期列車の運用からは撤退することとなった。EF510形の導入数と同じく15両のEF81形の廃車が計画されたが[25]、実際には2011年度から2012年度にかけて16両のEF81形が廃車となっている。

  • 1988年(昭和63年)3月 - 青函トンネル開通とともに寝台特急「北斗星」が運転を開始し、その上野 - 青森間の牽引機として充当された。東北本線(上野口)において、優等旅客列車の牽引に本形式が定期運用された初の事例[* 17]である。「北斗星」の運転開始に伴い「ゆうづる」は客車列車での運用が終了している。また、盛岡 - 青森間では、50系客車12系客車(2000番台)の普通客車列車を本形式の間合い運用で運行した。
  • 1993年(平成5年) - 寝台特急「あけぼの」の上野 - 小牛田間の牽引機に充当される。同列車は1997年に上越線・羽越線経由に変更され、上野 - 青森間の牽引に本形式を使用した。
  • 1994年(平成6年)12月 - 寝台特急「はくつる」が583系電車から客車化され、全区間(上野 - 青森)の牽引機として2002年12月の同列車廃止まで充当された。
  • 2009年(平成21年)3月14日 - ダイヤ改正により寝台特急「あけぼの」の一部区間(上野 - 長岡)運用を長岡車両センター配置のEF64形に置き換え、本形式での牽引区間を長岡以北に短縮する。
  • 2010年(平成22年)6月24日 - 92号機が牽引する上り「カシオペア」の上野着をもって同列車の運用が終了。
  • 2010年 7月15日 - 87号機が牽引する上り「北斗星」の上野着をもって同列車の運用が終了。

2012年4月1日現在、JR東日本に在籍する車両は以下の通り

  • 田端運転所
    • EF81 80・81・95・97・98・133
    • 81号機はお召し仕様[26]、95号機はレインボー色、それ以外は北斗星色
  • 青森車両センター
    • EF81 136・137・138・139
  • 長岡車両センター
    • EF81 134・140・141・151
JR西日本[編集]
「トワイライトエクスプレス」
牽引機103号機
「日本海」を牽引する106号機
(2013年1月6日、大阪 - 新大阪

1987年の分割民営化に際して、JR西日本へは16両が継承された。車号は、次のとおりである。

  • EF81 43 - 48・101 - 108・113・114

敦賀地域鉄道部敦賀運転センター車両管理室に配置され、寝台特急「トワイライトエクスプレス」の牽引機として大阪 - 青森間の日本海縦貫線区間に充当されているほか、同区間における臨時列車や工臨の牽引などにも充当される。

「トワイライトエクスプレス」牽引に使われる車両は、塗色を客車と同一の緑2号+黄色の配色に変更している。1989年の同列車運転開始時点では4両 (103・104・113・114) に専用機化改造が施工され、運転日数増加に伴い2両 (43・44) を追加し6両体制で運用する。これら専用機は運用の都合により、「日本海」を牽引することもある。後年には、連結器を密着式自動連結器に交換したうえで強化型の緩衝装置を装備するなど、列車運転時の衝撃緩和対策がなされた。このトワイライト機のうち113号機には1991年11月頃の数日間というわずかな期間ではあるが、パンタグラフの摺板から客車に降り掛かる汚れを防ぐために大型の粉塵防止板を設置してテストが行われた。この防止板の取り付けはトワイライトエクスプレスのスロネフ25形と連結される2位側のみとなっていた[27]

分割民営化直後となる1990年代は、寝台特急「日本海」2往復、「つるぎ」1往復、「トワイライトエクスプレス」の牽引に充当されていたが、1994年12月改正で「つるぎ」臨時化、1996年12月での「つるぎ」完全廃止や2008年3月改正における「日本海」の減便によって、2002年から2010年までに45 - 48・102・105号機が廃車となった[28][* 18]。その後しばらくは動きは見られなかったが、2012年3月改正で「日本海」の定期運用廃止、2013年1月以降は臨時列車としても運用されなくなった結果、同年7月8日付で101・104[* 19]・107号機が廃車となった[29]。2013年10月1日現在、以下の車両が配置され、保安装置としてATS-PとATS-Psが配置されている全ての機関車に搭載されている。

  • 敦賀地域鉄道部敦賀運転センター
    • EF81 43・44・103・106・108・113・114
    • 106・108号機は原色、それ以外はトワイライトエクスプレス色
JR九州[編集]
はやぶさ富士」を牽引する
EF81 411

1987年の分割民営化に際しては重連仕業対応の400番台のみ6両が継承された。車号は、次のとおりである。

  • EF81 409 - 414

大分鉄道事業部大分車両センターに配置され、関門トンネルを通過する寝台特急や貨物列車に使用されていたが、2005年の寝台特急「彗星」廃止後は、配置区のある大分までの定期運用がなくなったことでJR貨物門司機関区常駐となり、当時在籍していた410・411号機の2両は日常の検修作業を含めJR九州からの受託運用に充当されていた。外部塗色は当初交流電気機関車と共通の赤2号とされたが、その後全車が赤13号に復した。

2009年の「はやぶさ・富士」廃止により定期運用を完全に失い、2010年12月までに全車が廃車となった[30]


JR貨物[編集]
JR貨物の400番台更新工事施工機で、側面中央に白線を表示する。 EF81 19(JR貨物所属)更新工事施工機で、側面全周に白線を表示する。
JR貨物の400番台
更新工事施工機で、
側面中央に白線を表示する。
EF81 19(JR貨物所属)
更新工事施工機で、
側面全周に白線を表示する。

1987年の分割民営化に際しては、56両が継承された。車号は、次のとおりである。

  • EF81 1 - 10・19 - 39・115 - 126・129・301 - 304・401 - 408

これらを富山機関区・門司機関区に配置したほか、1989年以降、500番台450番台を新規に製作している。これは民営化直後の貨物列車増発に対応するためで、旅客鉄道会社でも長距離列車に使用する本形式には車両の余裕がなかったためである。

1994年からは基本番台・400番台の大半に対して更新工事が施工されている。

2003年(平成15年)から、日本海縦貫線貨物列車の委託を解消するため、JR東日本から余剰車を購入し、富山機関区と東新潟機関区に配置した[31]。後継機の開発も行われ、日本海縦貫線では2002年(平成14年)からEF510形の使用が開始され、関門トンネル区間では1,300t列車を運用するため2007年(平成19年)からEH500形の使用を開始している。これら新形式の投入により、経年の高い初期車を中心に本形式の淘汰、他機関区への転属が行われている。

2009年現在、本州内の配置は富山1か所に集約され、青森信号場 - 大阪貨物ターミナル間の日本海縦貫線で貨物列車に使用されている。門司配置車は関門トンネルを含む幡生 - 福岡貨物ターミナル間で貨物列車に重連で使用される。同区間では寝台特急の牽引にも充当されてきたが、列車の廃止により2009年3月で旅客列車の運用は終了した。2010年(平成22年)からは鳥栖以南(八代まで)ならびに長崎本線(鍋島まで)での貨物列車の運用も始まっている。外部塗色は基本番台・400番台[* 20]は赤13号であるが、JR東日本から購入した車両は購入時の赤2号のまま使用[* 21]されている。門司に配置される300番台は301・302[* 22]が赤13号、303・304はステンレス地肌の無塗装である。

改造・仕様変更[編集]

更新工事[編集]

本形式の初期車は車齢35年を経過し、JR貨物所有の本形式に対して継続使用のための更新工事が順次行われている。施工は金沢総合車両所鷹取工場小倉車両所である。

内部機器の再整備・交換を行うほか、主電動機を車軸に装架する軸受をコロ軸受に取替えた車両もある。これら更新工事を実施した車両は、車体下部全周または側面中央に白線を表示する。300番台では全機に更新工事が施工され、白帯表示 (301) ・エンド表記周囲の白枠塗装 (302・303) ・正面の青帯 (304) が表示された。304の青帯は後年に撤去されている。

更新工事の施工車は次のとおりである。

1・2・8・10・19 - 23・25 - 28・32 - 36・38・39・115 - 126・129・135・301 - 304・401 - 408号機

保安装置の有無による改番[編集]

改番後の742号機・627号機

国土交通省鉄道に関する技術上の基準を定める省令によって、最高速度が100km/hを超える運転を行う際に、新たな保安装置(運転状況記録装置)の搭載が義務付けられた。これの有無による、JR旅客会社とJR貨物が所有する本形式の最高速度の相違を区別するために、2012年5月からJR貨物所有の本形式0番台に対して車両番号が元番号に600を加算する措置が取られている[32]。なお、300番台・400番台・450番台・500番台車については、旅客鉄道会社に所属する車両がない(JR九州所属の400番台は2010年度に消滅した)ため、改番の対象となっていない。

種車のナンバープレートは、車体に直接文字を貼り付けたもの、切り抜き文字を貼り付けたプレートによるもの、エッチングプレート式のものが存在するが、改番後は500番台・450番台と同様の書式の切り抜き文字を貼り付けたプレートを取り付ける形で行われた。

改番工事の施工車は、2012年6月現在、次のとおりである[33][34][35][36][37]

27・28・33・115 - 119・121・123・125・126・129・135・142・146・148号機
→ 627・628・633・715 - 719・721・723・725・726・729・735・742・746・748号機

譲渡[編集]

JR東日本からJR貨物へ次の8両が譲渡されている。

  • 2003年(平成15年)度 - 135(1両)
  • 2004年(平成16年)度 - 76・77・109・112・142・146・148(7両)

廃車[編集]

2011年度までの廃車車両は以下のとおり[38][出典無効]。JR東日本でも後期型の廃車も見られ、JR貨物では初期型のEF81中心に廃車が進んでいる。なお、JR貨物は2009年度以降、鉄道貨物協会の貨物時刻表以外に所属車両に関するデータを公表していないため、2009年度以降は未掲載とした。

  • 1992年(平成4年)度 - 1両
    • JR東日本 - 70(1両)
  • 1993年(平成5年)度 - 1両
    • JR東日本 - 63(1両)
    JR貨物中央研修センターで運転シミュレータとして使用されている。塗装は500番台と同じJR貨物標準色。
  • 1995年(平成7年)度 - 2両
    • JR九州 - 412・414(2両)
  • 1996年(平成8年)度 - 3両
    • JR東日本 - 64・65・71(3両)
  • 1998年(平成10年)度 - 1両
    • JR東日本 - 62(1両)
  • 1999年(平成11年)度 - 2両
    • JR東日本 - 72・74(2両)
  • 2000年(平成12年)度 - 6両
    • JR東日本 - 11・12・67・68・69・73(6両)
  • 2001年(平成13年)度 - 4両
    • JR東日本 - 13・14・15(3両)
    • JR西日本 - 105(1両)
  • 2002年(平成14年)度 - 3両
    • JR東日本 - 66・110(2両)
    • JR西日本 - 47(1両)
  • 2003年(平成15年)度 - 3両
    • JR貨物 - 1・6(2両)
    • JR東日本 - 111(1両)
  • 2004年(平成16年)度 - 1両
    • JR東日本 - 16(1両)
  • 2006年(平成18年)度 - 11両
    • JR東日本 - 61(1両)
    • JR九州 - 409・413(2両)
    • JR貨物 - 3・4・5・7・8・9・30・34(8両)
  • 2007年(平成19年)度 - 8両
    • JR東日本 - 17・18・55(3両)
    • JR貨物 - 20・21・24・32・77(5両)
  • 2008年(平成20年)度 - 18両
    • JR東日本 - 56・59・60・90・100・143・144・145・152(9両)
    • JR西日本 - 46(1両)
    • JR貨物 - 23・29・31・35・36・38・109・112(8両)
  • 2009年(平成21年)度 - 3両
    • JR東日本 - 83・89(2両)
    • JR西日本 - 102(1両)
  • 2010年(平成22年)度 - 11両
    • JR東日本 - 57・78・84・91・94・127・149(7両)
    • JR西日本 - 45・48(2両)
    • JR九州 - 410・411(2両)
  • 2011年(平成23年)度 - 13両
    • JR東日本 - 58・79・82・85・86・87・88・92・93・96・99・147・150(13両)
  • 2013年(平成25年)度 - 3両
    • JR西日本 - 101・104・107(3両)

保存車[編集]

  • EF81 1 - 2003年に廃車後、富山機関区に留置。
  • EF81 10 - 移動展示用カットボディー(第1エンド部) 長野県北安曇郡白馬村(第2エンド部)[39] - ともにJR貨物更新色である

脚注[編集]

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  1. ^ 他形式では、同時期に製作された西武鉄道E851形電気機関車や、1980年から製作されたEF64形電気機関車(1000番台)に同系台車の採用事例がある。
  2. ^ 正面タイフォンは後年の改造で撤去された。
  3. ^ 後年の改造でブロック式ナンバープレート取付となった車両も一部に存在する。
  4. ^ 当初は酒田機関区配置予定であったが、電気機関車用設備が完成していなかったことから暫定的に長岡区に配置された
  5. ^ ここでの補機とはED75形を示す。田端区に本形式を配置し、EF80形4両を内郷区に転属させ、内郷区のED75形8両を盛岡(5両)と青森(3両)に転属させた。
  6. ^ 実際は首都圏EF10形淘汰を目的としており、新潟地区で運用されていたEF15形を首都圏に移動させることで淘汰を行った。
  7. ^ 事故車の補充をEF62形で行うよりも、汎用性のある本形式で行ったほうが有利であるとの判断が働いた。
  8. ^ 本形式1両の場合、起動できる列車重量の上限は650tである。
  9. ^ 運用開始直後は重連総括制御時に初期故障が多発した。主電動機過電流検出装置(補機側)動作時に高速度遮断器がリセットしなくなる、補機故障時に制御回路を切り離すと本務機まで力行不能となる、補機コンプレッサの故障を本務機側で検知できず補機からの元空気溜込めが不能となる、などの事例があり、門司機関区で都度改修が行われている。
  10. ^ 捻出されたED75形700番台は34両がED79形に改造・転用された。
  11. ^ 九州へ転入後、一部の車両は400番台化改造前に旅客列車運用に用いられている。
  12. ^ “赤2号流星色”、俗に「北斗星カラー」等と呼ばれている。
  13. ^ 「カシオペア」塗装は延べ4両 (79・89・92・99) に施された。99は89の廃車に伴う代替として充当されたものである。
  14. ^ 1987年(昭和62年)に登場した14系欧風客車「スーパーエクスプレスレインボー」の塗装に合わせた配色で、客車の廃車後もそのままの塗装で使用される。2009年の全般検査施行の際も塗装を維持する形で塗り直されている
  15. ^ EF81 134が双頭連結器を装備[1]
  16. ^ EF81 151が双頭連結器を装備[2]
  17. ^ 従前は宇都宮運転所EF57形・EF58形・EF65形1000番台が使用され、黒磯駅で交流機と交替していた。
  18. ^ 105号機は1999年10月以降部品取り車(保留車)とされていた
  19. ^ トワイライトエクスプレス塗装の機関車としては初の廃車
  20. ^ 408は試験塗色として濃淡ブルーに白帯を配する塗装とされたが、富山機関区への転属後に赤13号に復した。
  21. ^ 一部には赤13号に復した車両が存在する。
  22. ^ 302は触車事故で車体が損傷し、片側の側面をコルゲート板ではなく平板で修復した。

出典[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m 三菱重工技報編集委員会 (編). 1970. 三菱重工技報 第7巻. 三菱重工. 東京
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  5. ^ 『交直流電気機関車 EF81』 イカロス出版、2011年、p.37、ISBN 9784863203792
  6. ^ a b 『交直流電気機関車 EF81』 イカロス出版、2011年、p.110。ISBN 9784863203792
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  9. ^ 『交直流電気機関車 EF81』 イカロス出版、2011年、p.58、ISBN 9784863203792
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  11. ^ a b c d e f g h i 『交直流電気機関車 EF81』 イカロス出版、2011年、p.112。ISBN 9784863203792
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  13. ^ a b c d e f g h i j k l 『交直流電気機関車 EF81』 イカロス出版、2011年、p.113。ISBN 9784863203792
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  26. ^ EF81 81がローズピンクお召し仕様で出場 railf.jp 2014年8月30日閲覧
  27. ^ 『交直流電気機関車 EF81』 イカロス出版、2011年、p.79、ISBN 9784863203792
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  29. ^ ジェー・アール・アール編『JR電車編成表』2014冬、交通新聞社、2013年、p.358、ISBN 9784330424132
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  31. ^ 『交直流電気機関車 EF81』 イカロス出版、2011年、p.122、ISBN 9784863203792
  32. ^ 『Rail Magazine』347、ネコ・パブリッシング、2012年、p.63
  33. ^ EF81 33→EF81 633,ブロック式ナンバーに - 交友社『鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース 2012年5月26日
  34. ^ 【JR貨】富山機関区のEF81が改番RMニュース、鉄道ホビダス(ネコ・パブリッシング)、2012年5月1日
  35. ^ 【JR貨】富山機関区EF81改番車 車番プレートの話題RMニュース、鉄道ホビダス(ネコ・パブリッシング)、2012年5月2日
  36. ^ 【JR貨】富山機関区EF81の改番続くRMニュース、鉄道ホビダス(ネコ・パブリッシング)、2012年5月9日
  37. ^ 【JR貨】富山機関区EF81の改番ほぼ終わるRMニュース、鉄道ホビダス(ネコ・パブリッシング)、2012年6月5日
  38. ^ 鉄道ファン』(交友社)、『鉄道ダイヤ情報』(交通新聞社)より
  39. ^ [3] - 白馬トレインパーク最新ニュース

参考文献[編集]

  • 鉄道ジャーナル社 『国鉄現役車両1983』 鉄道ジャーナル別冊No.4 1982年 
  • 鉄道ジャーナル社 『鉄道ジャーナル』 2003年10月号 No.444 RAILWAY TOPICS
  • 鉄道ジャーナル社 『鉄道ジャーナル』 2005年5月号 No.463 特集:鉄道貨物輸送の現状
  • 電気車研究会鉄道ピクトリアル』 2000年1月号 No.680 特集:貨物輸送
  • 電気車研究会 『鉄道ピクトリアル』 2005年4月号 No.760 特集:EF81形電気機関車
  • 電気車研究会 『鉄道ピクトリアル 新車年鑑/鉄道車両年鑑』各号
  • 交友社鉄道ファン』 1989年5月号 No.337 交流・交直流電機出生の記録 13
  • 交友社 『鉄道ファン』 1989年8月号 No.340 交流・交直流電機出生の記録 16
  • 交友社 『鉄道ファン』 1989年9月号 No.341 交流・交直流電機出生の記録 17
  • 交友社 『鉄道ファン』 1989年11月号 No.343 交流・交直流電機出生の記録 19
  • 交友社 『鉄道ファン』 1990年8月号 No.352 近代形電機 転身の記録 5
  • 交友社 『鉄道ファン』 1996年9月号 No.425 特集:EF81オールラウンダー
  • 交通新聞社 『鉄道ダイヤ情報』 2006年9月号 No.269 EF81形300番代、400番代、450番代車両ガイド

関連項目[編集]