営団6000系電車

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営団6000系電車
和泉多摩川駅を通過する営団時代の6000系第27編成(2003年11月撮影)
和泉多摩川駅を通過する営団時代の6000系第27編成(2003年11月撮影)
編成 10両編成
起動加速度 3.3km/h/s
設計最高速度 100km/h
減速度 3.7km/h/s(常用最大)
4.7km/h/s(非常)
車両定員 先頭車136(座席48)人
中間車144(座席54)人
全長 20,000mm
全幅 2,800mm
全高 4,135mm
車両質量 22.5~33.0t(1次量産車落成時)
24.8~36.1t(6次量産車落成時)
軌間 1,067mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
主電動機 直流直巻電動機 145kW
歯車比 98:15(6.53)
制御装置 電機子チョッパ制御
駆動装置 WN平行カルダン
台車 Sミンデン式FS-378/FS-378A形台車
SUミンデン式FS-378B形・FS-523形台車
ブレーキ方式 ATC連動電気指令式空気ブレーキ回生ブレーキ併用)
保安装置 CS-ATCOM-ATS
製造メーカー 川崎重工業近畿車輛汽車製造
日本車輌製造東急車輛製造
備考 上記データは1次~6次量産車落成時のデータ
第12回(1972年
ローレル賞受賞車両

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営団6000系電車(えいだん6000けいでんしゃ)は、1968年昭和43年)に登場した東京地下鉄(旧・帝都高速度交通営団千代田線用の通勤形電車

目次

[編集] 概要

20m4扉のアルミ合金車体を採用し、制御方式として回生ブレーキ付き電機子チョッパ制御方式を用いた。当時の最新技術を積極的に採用し、「耐用年数40年以上、新技術の導入、保守の容易化、車両の軽量化」を設計の基本としている。1968年昭和43年)から1990年平成2年)まで試作車・量産車あわせて36編成353両が製造された。

なお、6000系の後継・増備系列として1992年(平成4年)に06系10両編成1本が製造されているが、これ以降の増備はない。後述の更新工事施工もあって、「21世紀の電車」という登場時のキャッチフレーズそのままに、2009年(平成21年)現在も千代田線の主力車両として運用されている。

[編集] 編成

[編集] 量産車

唐木田代々木上原 綾瀬取手

6100(CT1) - 6200(T2) - 6300(M1) - 6400(M2) - 6500(Tc) - 6600(Tc') - 6700(M1) - 6800(M2) - 6900(M1) - 6000(CM2)

第2編成の中間運転台部分。ライトがあるのが確認できる。2007年6月撮影。
  • 車庫内で分割して入換運転をするため、中間運転台が6500形と6600形にある。
  • 一部の6200形と6900形に車椅子スペースがある。
  • 4次車以降で制御装置を更新した編成は6000形が形式変更され、- 6900(M1)- 6000(CT2)に変更された。
  • 第34編成のみ2008年1月頃に以下の組成に変更された。

6100(CT1) - 6300(M1) - 6400(M2) - 6500(Tc) - 6700(M1) - 6800(M2) - 6600(Tc') - 6200(T2) - 6900(M1) - 6000(CM2)

[編集] 2次試作車

6100(CM1)-6200(M2)-6300(M1)-6400(M2)-6500(Tc)-6600(Tc')-6700(T1)-6800(T2)-6900(M1)-6000(CM2)

  • 2次試作車の第01編成は上記の編成組成である。

[編集] 1次試作車

←綾瀬 北綾瀬

6000-1-6000-2-6000-3

[編集] 車両概説

乗務員室内は緑色の配色であり、運転台計器盤は紺色の配色である。主幹制御器は回転式ツーハンドル式で、北綾瀬支線用を除いてマスコンハンドルデッドマン装置の無い国鉄タイプで、ブレーキハンドルにはノッチ[1]が刻んである。

乗務員室仕切りには客室側から向かって右端に乗務員室扉がある。運転席後部にはATC装置などの機器があるため、乗務員室扉にある窓から運転席は見えない。ただし、第22編成から運転席後部に小窓が設置された。

当初の1次試作車では乗務員室仕切中央部に小窓があった。[2]ただし、後の更新時に埋められた。2次試作車以降は前述の通り、機器の増大で窓自体が廃止となった。

[編集] 1次試作車

[編集] 外観・足回り機器など

第1次試作車…綾瀬駅にて撮影


1968年昭和43年)4月、世界初のサイリスタチョッパの実用化を図るために3両編成のアルミ合金製車両として登場した。当初は6001・6002・6003の車号とされ、6001号には三菱電機製のチョッパ制御・6002号には超多段式の抵抗制御・6003号には日立製作所製のチョッパ制御装置がそれぞれ搭載された。いずれの制御装置も95kWの主電動機を8台制御可能であり、チョッパと抵抗制御の直接の比較試験も実施された。チョッパ装置は素子逆阻止サイリスタを使用した四相および二相方式である。台車はS形ミンデン(片板ばね式)式軸箱支持方式とし、基礎ブレーキにはディスクブレーキを採用した。6001に三菱の電動機搭載のFS-368A形、6003には日立製を搭載したFS-368Bを使用し、6002には両方の台車を用意し、試験する装置によって台車を使い分けていた。ブレーキ装置には当時は新しい回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキを採用した。また、6003には日本では珍しいシネストンタイプと呼ばれる縦軸式のワンハンドル式マスター・コントローラーが採用された。

運転台前のフロントガラスは大形化して、上部に行先表示器運行表示器も収めた。これにより運転士への広い視界確保や貫通扉を車掌台側に寄せることで運転台スペースを広くしている。このため前面デザインは非対称となり、正面の非常扉は非常用ステップを一体にした前倒し式である。このデザインと構造は日本車輌製造が考案したもので、サンフランシスコ・ベイエリアを走行しているBARTの影響を受けているとされ、その後に登場した横浜市交通局2000形電車京都市交通局10系電車などの地下鉄車両にも影響を与えた。製造当時は車体裾部に防音用のカバー(小田急3000形の3263F登場時のものと類似)が設置されていたが、保守点検の際に着脱の必要があるため、側面のカバーを撤去し、正面スカート(排障器)のみを残していたが、こちらも最終的には取り外されている。

正面の緑色の帯は前照灯の部分で途切れていた。正面・側面には電動式の方向幕が設置された。側面については後に使用が停止されている。6000-1の前面行先表示器は液晶式LED式表示器の試験を実施したこともあったが、運用距離が短距離のため現在は幕式に戻されている。

本車両は量産車の千代田線への導入に考慮し、日本国有鉄道(国鉄、現・東日本旅客鉄道(JR東日本))常磐緩行線および小田急電鉄小田原線との相互直通運転が可能な20m・4ドア車としている。

[編集] 車内内装

車内内装配色は側面を暗いベージュ、天井は明るいグレー、床材はブラウンとした。座席モケットの表地は赤色として、全体的に暖色系の色調を採用した。新しい仕様として座席横の仕切りをパイプによるものから木目調の化粧板を貼った板状のものとした。連結面の貫通路は袖仕切の形状と合わせた全断面の大形貫通路として見通しの良いものとした。つり革は丸形が主流であったが、新しく三角形の形状を採用した。天井部には大形の扇風機と併用する「振りかけ冷房」[3]と呼ばれる簡易冷房装置の準備もなされていた。

側窓は車両を軽量化するために上段下降、下段上昇式の2段式として開口寸法を小さくしたほか、戸袋窓は設置しなかった。客用ドアは化粧板仕上げとし、ドアガラスは太いHゴム支持方式である。

本車両では試験的な試みとして日中にロングシートの座席を通路側に引き出してゆったり掛けられるようにするリクライニング機能を1両に搭載した。さらに幕板(側窓上部のこと)上の広告は裏側から蛍光灯で照らし、広告の効果を高めるという「照明付広告」を採用した。しかし、静電気によるホコリ付着や電気消費量が非常に大きいことなどから2次試作車では不採用となり、本車両も撤去した。同様の照明付広告や三角形つり革・振りかけ冷房準備などは同時期に新製されたばかりの銀座線用の1500N形(現在は廃車)にも本車両の営業運転に先がけて採用した。

[編集] その後の動向など

主に東西線地上区間で各種の走行試験を行った後、1970年昭和45年)に千代田線に回送し、綾瀬検車区に保管した。この際、CS-ATCを設置、試験用のチョッパ制御装置2台は撤去し、抵抗制御が残され、6001は電装解除して2M1T編成に改められた。車号は量産車と重複するので6000-1~6000-3の現在の車番に変更した。その後1973年昭和48年)3月には有楽町線用の7000系に搭載を予定したAVF(自動可変界磁制御)式チョッパ制御装置の試験を実施、1978年(昭和53年)11月にはVVVFインバータ制御の試験も実施された。この試験には日立製作所製のVVVFインバータ装置と130kW出力のかご形三相誘導電動機を用いた。実車にVVVFインバータを装架しての走行・試験は日本で最初とされている。[4]

1979年(昭和54年)12月、北綾瀬支線の開業により同支線に転用された。その際、5000系と同じ抵抗式制御装置、主電動機、ブレーキ装置(電磁直通ブレーキ)を新製して換装した。また、5000系用の100kWの電動機取り付けのために従来の台車は使用できず、同系列用のFS-502形に交換した。ただし、制御車である6000-1は台車は交換せずにFS-368B形の基礎ブレーキをディスク式から踏面式に改修したFS-068R形とされた。車内はそれまで準備工事であった扇風機、客室暖房機が新たに設置された。さらに6000-3のマスター・コントローラーがワンハンドル式からツーハンドル式に変更された。その後、1994年(平成6年)に冷房化改造と車体更新を行い、室内のリニューアルが施工され、台車は東西線用5000系の廃車発生品に交換された。2002年(平成14年)にはワンマン運転対応改造なども施工され、北綾瀬支線で運用されている。

2004年(平成16年)12月23日北千住大手町間開業35周年・綾瀬北綾瀬間開業25周年記念イベントとして、湯島~北綾瀬間を臨時列車として運転したことがある。この時の行先表示は「臨時」であった。

1次試作車は2次試作車以降と比べて以下の点で異なっている。

  • 車両番号は量産車と異なり、6000-1、6000-2、6000-3という付番となっている。
  • 形式も若干異なり、系列名は「6000-系(6000ハイフン系)」とも称される。
  • 先頭車両の上半分の傾斜が量産車よりやや角度が緩い。また、前面ガラスも量産車に比べてやや大きい(近年になって量産車と同じサイズに交換されている)。
  • ワイパーは量産車の2本に対し1本である。またアンチクライマー形状が小さく、細い。
  • 側面雨樋の位置が量産車より高く、肩部が張り上げとなっている。
  • 座席端部の仕切りの切れ込み角度が、量産車の直角に対して斜めになっている。
  • 側面の車両番号表記は車体腰板部ではなく幕板部にある。

[編集] 2次試作車

1次試作車の結果を踏まえ1969年(昭和44年)8月に6両編成1本がオールM車(電動車)で登場した。この編成は主に複数ユニットでの誘導障害試験や回生ブレーキ使用時の問題点の確認などを目的として造られた。1次試作車と同じく東西線地上区間を中心に各種試験を行った。

外観ではスカートを廃止、当初は1次試作車と同じく前照灯の部分で緑帯が途切れていた。車体は軽量化を図るために大形押出材を使用し、車体製作時における艤装の容易化やデザインの見直しなどを考慮して製造した。このため構体重量は1次試作車の5.0tから4.3tに軽量化されている。制御装置のチョッパは三相二重方式となり、三菱製を2台・日立1台をそれぞれ搭載し、主電動機は出力145kWとなり、歯車比は6.53と再び大きく取った。定格速度が高く、弱め界磁は界磁抵抗を挿入して1段のみ付加する方式である。

側面の方向幕は2次量産車までは準備工事のみとしていたが、後述の小田急線乗り入れ改造時に本設した。車内について袖仕切り形状の変更や床材がグレーに変更された程度である。本車両ではリクライニングシートを2両に設置した。客室ドアガラスはサイズは変わらないが金属支持によりすっきりしたものとなった。1次試作車と異なり、試験終了後は営業線で使用できるよう車内は扇風機と暖房機は設置済みであった。

この編成は1970年(昭和45年)秋に量産化改造のため、汽車製造において千代田線・常磐線用CS-ATC、列車無線、制御装置への弱め界磁回路追加などを実施し、1971年(昭和46年)2月に千代田線に移動された。その際、T車(付随車)4両の組み込みに併せて落成当時の6011~6016号の車番から、現在の6101編成に改番を実施した。

その後、1972年(昭和47年)12月には台車の改修が実施された。これは当初の試作車6両の台車は基礎ブレーキがディスクブレーキ式のFS-368C形であったが、量産車と同様の両抱き踏面式のFS-378形へ改修を実施した。

本編成は両端共制御電動車になっていることが量産車との違いである。車体側面の裾が長く小田急電鉄の車輛限界に抵触するため小田急線に乗り入れることはできない。

この編成は千代田線における最後の非冷房車であったが1994年(平成6年)に冷房化改造を実施して同線の全車冷房化が完了した。1999年(平成11年)には車体更新・室内更新・VVVFインバータ化改造が行われ、特徴の車体裾部には切り欠きが入った。

[編集] 1・2次量産車

1971年(昭和46年)に千代田線初の新系列車として大手町霞ケ関間の開業に合わせて第02~13編成が、2次車として代々木公園駅延伸開業に合わせて第14~19編成が投入された。1972年(昭和47年)度鉄道友の会ローレル賞受賞。1・2次試作車のデザインを活かした登場時としては斬新なスタイルとなっている。車体は裾形状変更、仕様の見直しなどにより構体重量はより軽く4.1tとなった。

車内配色は第2次試作車などと同じである。ほかに荷棚は金網式、側窓のカーテンは灰色である。座席は試作車と同じ赤色だが、リクライニング機構の採用は見送られた。座席の1人分の掛け幅は後の7次車まで430mmとしている。なお、貫通扉のない妻面は木目だが、貫通扉のある妻面はベージュの化粧板とされている。当初のつり革は座席前のみで、ドア付近にはまったくなかった。側窓は2段窓タイプである。車内の見通しをよくするため、中間運転台のある5号車と6号車間を除き、断面の大きな貫通路を設けた。このグループは乗務員室側面扉の高さが高い。また、前面識別帯部にある手すりは2次量産車から設置され、その後従来の車両にも設置がされた。

6000系1次量産車のS形ミンデン式台車・FS378形

チョッパ制御装置は一部仕様が変更された。第02~08編成は三相二重方式(素周波数220Hz・合成周波数660Hz)、第09編成以降は二相二重チョッパ方式(素周波数を限界に近い330Hz・合成周波数660Hz)してコストダウンを図った[5]。主回路素子は第10編成までは逆阻止サイリスタ[6]を使用したが、第11編成以降は逆導通サイリスタを使用して転流回路の簡素化を図った。素子の冷却にはブロアによる強制風冷方式を使用した。2次試作車と同じく主電動機は145kW出力とし、編成はMT比6M4Tとなったが、組成は異なる。ブレーキ装置は応答性の良い電気指令式空気ブレーキを採用、台車はのS形ミンデン式(片板ばね軸箱支持)のFS378形とし、基礎ブレーキは両抱き踏面式を採用した。補機としてはM2車に電動発電機 (MG) 、空気圧縮機 (CP) はレシプロ式の三菱製C-2000M形を搭載した。

[編集] 3次量産車

1977年(昭和52年)の代々木上原延長・小田急線乗り入れ開始に際して製造された3次車の第20・21編成は当初より小田急線乗り入れ機器(列車無線装置・OM-ATS設置など)や側面方向幕、通過標識灯、前面ガラスにデフロスタ、保安ブレーキなど装備して落成した。このほか乗務員室側面扉は高さの低いものにしたほか一部の車両に連結面貫通扉を増設[7]した。制御装置はサイリスタを1,300V規格から2,500V規格の大容量品に変更、台車は一部改良が加えられている。乗り入れ機器などの装備は1978年(昭和54年)までに1次量産車・2次量産車にも追設された。なお、通過標識灯は1998年(平成10年)4月に小田急で使用が停止されたため、後年全車撤去されている。

このうち6920号車と6911号車においては、1977年(昭和52年)より[8]、強制風冷式に代わって試験的にフロン沸騰冷却式チョッパ装置の試験を実施した。この結果が良好であったため、半蔵門線用の8000系で正式な採用に至った。なお、このチョッパ装置は1990年代に実施される制御装置更新時まで残されていた。

[編集] 4次量産車

第27編成…小田急小田原線新百合ヶ丘駅にて

1981年(昭和56年)以降に製造された第22編成以降は、半蔵門線用の8000系の設計を取り入れ、冷房準備車として落成した。屋根上には集中式冷房装置が設置できるようにしたほか、車内は冷房用ダクト、ラインデリアが設置された。側窓は1段下降窓タイプに変更、座席に区分側の織り込みが入り、各車両連結面側にに貫通扉が設置された。袖仕切は形状を変更して床に接しない形状化、蹴込み板形状を斜めにした。乗務員室仕切部には小窓を新設した。ドアエンジンは1~3次量産車と異なり、俗に「爆弾ドア」と呼ばれる、開扉時に大きな音がするタイプとなった。

制御装置の素子は逆導通サイリスタだが、冷却方法をフロン沸騰冷却方式に変更して低騒音化が図られている。また、装置は周辺機器も含めた一体形からチョッパ装置2箱とゲート制御箱1箱の3分割形となった。台車は曲線通過性のよいSUミンデン(U形ゴムパッド付片板ばね式)式軸箱支持FS-378B形に変更された。空気圧縮機 (CP) は8000系で採用された低騒音形のC-2000L形となった。

4次車の第22~28編成は、千代田線で使用されていた5000系10両編成5本を東西線に転用するための代替、および千代田線の輸送力増強用として投入された。なお、一部編成のCS-ATC装置は5000系から移設したものを再用した。

[編集] 5次量産車

1984年(昭和59年)から1985年(昭和60年)には5次車の第29~32編成が落成した。これ以後の車両は千代田線の輸送力増強用である。屋根曲線を変更し、車内の天井高さを45mm高くした。客室は配色が変更され、袖仕切と枕木方向の化粧板をマルメットグリーンと呼ばれる緑色系に、それ以外はアイボリー系の色調に変更した。客用ドアは窓が若干拡大されたものとなった。座席モケットはグリーン系に変更し、同時期に落成した銀座線01系量産車と同じエコーラインの区分柄を採用した。

6000形5次量産車のSUミンデン式台車・FS523形。基礎ブレーキを両抱き式から片押し踏面式としたため、台車が小形化された

さらに前面展望を考慮して、乗務員室仕切の窓は拡大されている。細かな点では放送装置に自動音量調整機能を追加、尾灯や車側灯がLED化された。(このLED化は在来車も全車両施工。)誘導無線アンテナはそれまで両先頭車に分散配置されていたが、このグループから8号車である6800形に集中配置された。空気圧縮機は01系で採用された低騒音形のC-2000LA形に変更した。台車はこれ以後、基礎ブレーキを量産車からの両抱き式踏面ブレーキをやめ、片押し式踏面ブレーキに変更したFS-523形とされた。

[編集] 6次量産車

1988年(昭和63年)に落成した6次車の第33・34編成は6000系で初めて冷房装置が搭載された。出力は48.9kW(42,000kcal/h)で、装置キセが角型、電源としてDC-DCコンバータ(130kW)を編成で2台設置した。仕様は5次車とほぼ同じだが、化粧板の若干淡い色調に変更、床材が2色のツートンとなった。また従来は車内妻面壁に設置していた消火器を収納キセに収めるように変更した。このほか運転台表示灯のLED化、対雪ブレーキ取り付け(対雪ブレーキ自体は1985年(昭和60年)内に全車両に施工されていた。)が行われ、6100形に搭載されていたパンタグラフを廃止した。

[編集] 7次量産車

第35編成のものと同型のGTO-チョッパ装置(THB-2L-23形)
運転台に設置されたユニバーサル表示器(別編成のもの)

1990年(平成2年)9月に最終増備車として7次車・第35編成が投入される。制御装置は既に更新車に採用されていた素子にGTOサイリスタを使用したものに、冷房化による重量増を考慮して主電動機は155kW出力に増強した。DCコンバータは170kW出力に拡大し、M2車に搭載していたMGを廃止した。

外観では、従来はアルミ形材に焼付塗装していたラインカラーをフィルム式に、方向幕は緑地から紺色ローマ字入りに変更された。車内は化粧板は光沢のあるものに変更となったほか、枕木方向の化粧板がレール方向のものと同じアイボリー系の色調に変更されている。運転台には故障をモニタリングするユニバーサル表示器が設置された。

さらに新製当初より車内案内表示器、車外スピーカー、ドアチャイム、自動放送装置を設置した。これは同時期に竣工した8000系の第10編成・前年度竣工した7000系の第33・34編成と同仕様である。

[編集] 冷房化改造

在来車の冷房化改造は、取り付けが容易な構造である冷房準備車の4次車・5次車より施行された。時期は早く1988年(昭和63年)3月から1989年(平成元年)6月である。装置はいずれも出力48.9kW(42,000kcal/h)の集中式冷房装置が搭載されている。このグループの冷房制御はインバータ式で、装置キセは角形、電源は130kWのDC-DCコンバータである。車内はラインデリア(補助送風機)併用のダクト方式である。ラインデリアは車体全長にわたって、先頭車10台・中間車11台設置している。

非冷房車の冷房化改造は1988年(昭和63年)3月から1994年(平成6年)9月にかけて行われた。最初に後述する更新工事と合わせて第09編成をメーカーに輸送して実施、その後在来車も改造が開始された。初期に施行した第08編成~第10編成はインバータ制御式、装置キセが角形であり、電源はDC-DCコンバータである。室内は左右ダクトの中央に冷房吹出口がある「サブダクト方式」で、扇風機7台を併用する方式である。

第02 - 07・11 - 21編成の冷房改造車に搭載された三菱製静止形インバータ装置(NC-FAT120A形)(なお、写真は7000系の同一品)

それ以外の編成では制御が単純なON/OFF制御式で、装置キセが丸みを帯びた形状、電源は120kVAの静止形インバータ(SIV)(三菱電機製・GTO素子使用)である。室内は左右のダクト途中に吹出口がある「スポット方式」で、扇風機6台(冷房装置下部のものは撤去)を併用する方式である。この方式は改造コストを抑えるために5000系に採用された方式にも似た形状である。なお、2次試作車のみ冷房化時に電源装置を集約し、190kVAの静止形インバータ2台搭載とした。

また、1997年(平成9年)~2003年(平成15年)の間に試作車を除く6100形のパンタグラフは順次撤去した。

[編集] 運用

第01編成は千代田線・常磐緩行線のみの運用に限られるが、第02編成以降は小田急小田原線・多摩線にも入線することが可能である。

小田急線との直通種別は急行多摩急行のみで、準急の運用は2003年3月29日改正以後すべて小田急車に限定されているため、東京地下鉄車による運用はない。ただし、小田急車の代走として準急運用に充当することがまれにある。また、ダイヤが大きく乱れて小田急線・千代田線の相互直通運転が中止された場合、通常は東京地下鉄車が走らない代々木上原駅~小田急線新宿駅の区間を走行することもある。ただし、行先表示器には「新宿」の設定がなく対応できないため、所定の「我孫子」「綾瀬」などの行先表示のままか、「回送」または行先無表示での運転となる。

[編集] 車両更新

東京メトロでは、6000系以降の車両に関しては車齢40年程度まで使用する方針であり、製造から約20年が経過する1988年(昭和63年)に第09編成を車両メーカー(川崎重工業)に輸送し、アルミ車体の劣化診断を含めた車体更新(B修繕)と冷房装置搭載改造を実施した。その後、他の編成にも新木場CRにおいて更新工事が開始されたが、冷房化工事を優先するために1992年(平成4年)にB修繕は一時中断した。後の1995年(平成7年)から再開され、2000年(平成10年)頃までに3次車までのB修繕と制御装置の更新は完了した。

  • B修繕工事とは20年程度経年した車両に施工する大規模な更新工事のことである。
  • C修繕工事とは10年程度経年した車両に施工する簡易な更新工事のことである。

C修繕工事は1981年(昭和56年)から1987(昭和62年)にかけて3次量産車までに施工されている。1990年代に入ってからは4次車にも施工が実施された。

[編集] B修膳工事の施工

B修繕工事は車体内外ほぼすべてに及んで施工をしている。なお、施工内容については編成や施工時期などによって仕様に差異がある。

車体外部修理では車体構体修理(台枠・外板・屋根など)、空気配管艤装配線の取り替え、乗務員室側面扉の交換や路線識別帯(ラインカラー)をフィルム式に改修などを施工した。

車内設備では化粧板の張り替え、座席モケット交換(赤色→茶色)、客用ドアの交換、側窓をバランサー付き2段式ユニット窓への交換、広幅貫通路を車内保温・騒音対策から狭幅貫通路化して貫通扉の設置などを実施した。

1991年(平成3年)頃からは放送設備の更新と自動放送装置を設置、行先表示器LED化を施行、また荷棚金網の交換(銀座線用の01系タイプ)、貫通扉の一部省略が実施されている。

1992年(平成4年)にB修繕を中断し、冷房化を優先した車両では座席モケットの交換、ラインカラーの改修、行先表示のLED化、自動放送装置の設置など最小限の改修がされた。この改修を実施した車両は1995年(平成7年)以降にB修繕の施工を受けることになる。

1995年(平成7年)以降には、誘導無線装置の更新[9]や2段窓の一段下降式化改造、床材の張り替え(ツートンカラー化)、車内2か所に車椅子スペースを設置などが施行された。特に車椅子スペース部では対話式非常通報器を設置[10]している。その後、2004年(平成16年)頃より車内案内表示装置は設置が開始されている。

施工時期によって車内化粧板は1992年(平成4年)までに施工した車両(8編成)は薄緑色ベースのクリーム色だが、1995年(平成7年)以降の施工車(13編成)は白色をベースとしたものとなっている。初期にB修繕を施工した車両では後年に床材の張り替え(ツートンカラー化)や車椅子スペースの設置などの工事が施工されている。

2007年(平成19年)頃からは大邱地下鉄放火事件を受けて各車両への貫通扉の増設工事(広幅貫通路を狭幅貫通路化、片側妻面に貫通扉設置)が進行している。なお、初期に施工した第08~10編成では更新時に全箇所に貫通扉が増設されたが、それ以外の編成では一部を省略、または設置が実施されていなかった。

[編集] 制御装置の更新

制御装置は半導体の劣化を考慮して1990年(平成2年)から第10編成を最初にGTO使用のチョッパ制御に更新した。コスト低減のため、主電動機は再利用し、断流器や転換器などは補修工事後、再利用しており、チョッパ装置およびゲート制御装置に限定して機器の更新が実施された[11]。この更新は1993年(平成5年)4月に竣工する第15編成をもって全9編成の施工が終了した。なお、このチョッパ装置は最終増備車である第35編成にも搭載された。

1995年(平成7年)からは第09編成を最初にIGBT-VVVFインバータ制御(3レベル、1C2M4群制御)化を施行し、主電動機は160kW出力品に交換されている。これは更新コストを抑えるため、既存機器はそのままに、またゲート制御装置は4箱に分割した分散形とされている[12]。このVVVF制御化更新は約10年で投資コストが回収できるとされている[11]

これに合わせて運転台へのユニバーサル表示器の設置が実施されている。これは車両故障時における乗務員支援システムとして搭載したもので、故障情報を運転台にモニタリングするものである。

運転台に設置されたユニバーサル表示器

[編集] 4次車以降の更新工事

更新工事の施工された6132号車。客用ドアや冷房装置が交換されている
同じ更新を施工された6324号車

2004年度以降は第24編成を最初に4次車以降にも施行が開始され、仕様が変更されている。

制御装置は東西線用の05系13次車に準じたIGBT-VVVFインバータ方式(PGセンサレスベクトル制御、純電気ブレーキ対応、2レベル方式・1C4M 1群/2群制御)に変更。主電動機は165kW出力化、6000形を電装解除(CM2→CT2)してMT比は5M5Tとした。

これは従来のVVVF制御方式ではCPUの性能から制御応答性の問題、素子容量 (1,700V-400A)の制約[13]からの1C2M制御方式では更新時のコストやその後のメンテナンス性に大きな問題があった[14]

新しい更新方式では高性能CPUによるベクトル制御方式の採用、大容量素子(3,300V-1,200A)による1C4M制御の採用と電動車数の減少により、コストダウンとメンテナンス性の向上を図った。さらにブレーキ方式は従来の均一ブレーキ制御からT車遅れ込め制御の採用で回生ブレーキ力を約25%向上させた。

[編集] 車内など

車内は1995年(平成7年)以降の更新車同様に白色系化粧板、袖仕切は茶色系の化粧フィルム仕上げ[15]としている。客用ドアは小窓タイプから大形窓タイプに交換した。ドアガラスは営団時代に施工した第24・28編成のみ複層ガラス構造としたが、東京メトロ移行後は従来の更新車同様単板ガラス構造としている。

そのほか、荷棚金網交換は省略された。床材は更新時期によって異なり、従来更新車タイプのツートンカラー、薄茶色、灰色がある。非常通報装置は当初、警報式2台とし、車椅子スペース部のみ対話式を1台新設したが、途中から各車2台設置ですべて対話式に変更した。

また、更新に合わせて車内案内表示器を千鳥配置で設置、自動放送装置、後述の更新クーラーに内蔵した車外スピーカーを新設し、「乗降促進放送」が可能となった。乗務員室内は従来更新車とほぼ同じであるが、車掌スイッチは機械式から間接制御式(リレー式)に変更された。

冷房装置は大容量のON/OFF制御式、58.0kW(50,000kcal/h)に交換した。装置は偶数編成は三菱電機製のCU769形、奇数編成は東芝製のRPU-15006形である。装置キセは2社で異なり、三菱製は角ばった、東芝製はやや丸みを帯びた形状である。

併せて補助電源装置はDCコンバータと補助用の電動発電機(MG)を撤去の上、240kVA出力のIGBT素子による静止形インバータ(SIV)(三菱電機製または東芝製)に更新した。

この更新は第22・24・28~32編成の計7編成に実施された。なお、2007年(平成19年)3月に竣工した第22編成を最後に、その後の更新は行われていない。このタイプの更新を施工した車両は今後20年以上の使用を予定している[14]


なお、これとは別に以下の点が全車両に施行されている。

  • ドア上部の線路方向へつり革を増設。
  • 車両間転落防止幌設置。
  • 座席モケットをピンク色の総柄プリント品へ張り替え、優先席は青色化を実施。(これは実施中で全車両ではない)
  • 車内の号車札・消火器・非常通報器などの表記を10000系と同じ蓄光性のシールに交換。
  • 優先席付近のつり革をオレンジ色のものに取り替え。

[編集] 運転台の改修

運転台については更新後も計器盤、マスコン・ブレーキ操作器などは種車のものがほぼそのまま使用されている。

改良点としては前述したユニバーサル表示器の設置や表示灯類の更新、運転士操作器(乗務員間連絡用インターホン)を受話器形からマイク式への改修、車内放送マイクの更新などが実施されている。さらに非常通報器の対話式化と合わせて非常通報受報器の追加がされている。

1999年(平成11年)12月に千代田線で新CS-ATCの使用が開始されたため、車両のATC機器の更新と運転台の改修(速度計の交換、表示灯類の改修など)を実施した。

2008年(平成20年)からはJR線用の列車無線機をデジタル無線へ対応させる改造が実施された。

[編集] 編成別の特徴

6000系車内
座席(7人がけ・従来モケット)
優先席(3人がけ・従来モケット)
座席(7人がけ・新モケット)
座席(3人がけ・新モケット)

編成によって付加機能の設置状況はまちまちである。具体的には以下の通り。(数字は編成番号)

  • 行先表示器がLED式:01~22・24・28~32
  • 2段窓が存在:1次試作車・03・05・07・08・10・12・13
  • 車内自動案内放送設置:1次試作車・01~22・24・28~32・35(35編成は製造当初から搭載)
  • 車内内装
    • 1989年度~1991年度施行、化粧板・袖仕切がクリーム色に近い色:1次試作車・03・05・07~10・12・13
    • 1995年度~2000年度施行、化粧板は白色系・袖仕切は茶色の柄模様入り:01・02・04・06・11・14~21
  • 車内2か所に車椅子スペース設置:01~22・24・28~32
  • 運転台にユニバーサル表示器設置:01~22・24・28~32
  • 従来タイプモケット存在
    • 茶色モケット:1次試作車・01・05・09
    • 赤色モケット:22・26・28・29・31・34
  • ラインカラーのフィルム化未施行:16 (但し客用ドア部分のみ施行済み)[16]
  • 全ての広幅貫通路の狭幅貫通路化:01~03・05・08~10・12・13・19・20
※第02・03・20編成は一部の貫通扉の窓が大型化されている。
  • LED式車内案内表示器+ドアチャイム搭載:03~05・08~10・16・22・24・28~32・35(35が全ドア配置で製造当初から搭載、それ以外が千鳥配置)
  • 汽車会社製: 1次試作車・12・13
  • チョッパ制御装置換装
    • 三菱製:03・05・10・15
    • 日立製:06・07・10~13
※第10編成の6710と6910は三菱製、6310は日立製を搭載。
  • VVVFインバータ制御改造
この色は2レベルインバータ・5M5T編成・主電動機出力165kW・全電気ブレーキ対応(他編成は3レベルインバータ・6M4T編成・主電動機出力160kW)

[編集] 車内案内放送および行先表示

自動案内放送が対応するのは千代田線と小田急線内のみである。小田急線内では英語放送の設定は無かったものの、2008年6月14日副都心線開業に合わせて、英語放送もできるようにした。また、LED車内案内表示器搭載編成はドアチャイムを併設しており、ドアの開閉時にチャイムが鳴る。

ドア上にあるLED式の車内案内表示器は、営団民営化に際して駅ナンバリングを表示させたが、JR線内では「For Yoyogi-uehara(C-01)」などの長い表示が収まらず、大文字の幅を狭めたり表示形式を変更したりしていた。具体的にはこの部分はJR線内では駅番号も伴ったスクロール表示と駅番号非表示による固定表示が混在していた。地下鉄線内は民営化時に表示方法が抜本的に変わったため問題はなかった。最終的には駅番号非表示による固定表示ですべて統一した。2005年8月24日にはこの点の他に一部の表示形式を変更し、千代田線からJR線への直通列車の場合に「JR常磐線直通 ○○ ゆき For ○○ on the JR Line」と表示するようになった。近年更新された編成は一部を除いて旧来のままの表示(単に「この電車は ○○ ゆき For ○○」)であり、表示形式に関しては他にも異なる部分がある。JR・小田急線内においても種別・行先、次の駅、乗り換え案内などの比較的詳細な案内を表示する。なお、取手方面からの綾瀬止まりの列車の場合でも「地下鉄千代田線直通 綾瀬 ゆき」と表示する。

第35編成は登場当時から行先表示器が幕式であるものの、LED式の車内案内表示器および自動案内放送を搭載する。同編成と06系はすべてのドア上にLED表示器が搭載されている上、他の編成とは書体が異なる。また、乗降促進用車外スピーカーも第22・24・28~32編成のリニューアル車と共に取り付けられている。これは主にラッシュ時などに使われ、発車の際にブザーが鳴った後「ドアが閉まります、ご注意下さい」と2回アナウンスされる(小田急線内では小田急車と同様の放送)。

なお、行先表示器が幕式になっている編成(23・25~27・33~35の各編成)の字幕は2004年(平成16年)12月11日の小田急電鉄のダイヤ改正の際に取り替えられている。側面部にも英語表記を追加したほか、準急・多摩急行・急行の表示形式・配色も小田急の車両と統一した。この中で2006年現在は設定のない準急の表示もある。他に小田急多摩線自体に準急の設定がないにも関わらず「準急 唐木田」の表示もある。

[編集] その後

6000系の車体スタイルは、後に有楽町線用として登場した7000系や、半蔵門線用として登場した8000系に引き継がれた。

関東の各鉄道事業者で同期に新製された車両の多くが次々と廃車になって行く中で、6000系以降の営団→東京地下鉄の各系列は、車両更新の方針を「10年で小規模、20年で大規模、30年で小規模の更新工事を行い、40年で運用を離脱」としており、さまざまな改造を施しながら大部分が2009年現在も運用され続けている。

その一方、千代田線は開業40周年を目前に控え、最古の車両の車齢も40年に近付きつつあること、また小田急の保安装置をD-ATS-Pへ更新する時期も重なった。このため、2010年度より新型車両を年度ごとに約5編成投入する予定である。なお、千代田線の予備車を確保する観点から東西線に新型車両の15000系を投入し、同線の05系を千代田線に転用することも検討されている[17]

[編集] その他

  • 地下鉄博物館で運転シミュレータとして使用される運転台モックアップは5次車のものに準拠しており、車両番号は「6000」となっている(1985年・三菱プレシジョン製)。
  • 1997年(平成9年)には全編成に「地下鉄走って70年」記念ステッカーが貼付された。
  • 2004年(平成16年)9月26日、有楽町線新木場検車区一般公開に際し、「千代田ワープ号」の復路便として新木場~桜田門~(連絡線通過)~霞ヶ関~北綾瀬間を走行している。
  • 2007年(平成19年)12月15日綾瀬車両基地一般公開に際し、第3・5編成に地下鉄開業80周年記念ステッカーが貼付された。
  • 2008年(平成20年)11月22日、西日暮里駅で第22編成が出発の際のドア閉操作時にホームと反対側のドアが開くトラブルが発生している。[18]

[編集] 脚注

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  1. ^ 力行1~4段・常用ブレーキ1~8段・非常
  2. ^ 本形式とは直接関係ないが、窓の大きさや配置は東武9000系量産車と同じである。
  3. ^ 扇風機の真上にユニットクーラーを設置して、そこから下に落ちる冷気を扇風機で拡散する方式のものである。
  4. ^ 鉄道ファンや鉄道ピクトリアルなどで、そのように記述されている。
  5. ^ 660Hzの周波数を出力するのに、220Hz出力のチョッパ装置ユニットを3組で組み合わせたのが3相2重式。(220Hz×3で660Hzを出力)一方、330Hz出力のチョッパ装置ユニットを2組で組み合わせたのが2相2重式。(330Hz×2で660Hzを出力)機器が少ない分後者の方がサイリスタなどの使用数が少ない。
  6. ^ 後年に逆導通サイリスタが開発されると、従来の導通機能のないサイリスタは逆阻止サイリスタと呼ばれるようになった。
  7. ^ 5・6号車間に加え、3・4号車間と7・8号車間の片側に貫通扉を設置した。これは冬季におけるの吹き抜け防止のためである。
  8. ^ 6920号車は新製時より、6911号は改造と見られる。
  9. ^ 無線装置自体の更新と、送受信アンテナを両先頭車から中間の6800形に集約。
  10. ^ この場所以外は警報式のままである。
  11. ^ a b 鉄道ピクトリアル1999年3月号参照。
  12. ^ 新車で採用されている一体箱の機器では重量の関係上、車体台枠に補強を要するが、分散形であれば重量を軽減できる。
  13. ^ 本形式の更新が計画された1994年(平成6年)当時、IGBT素子のVVVFインバータ制御は実用化されたばかりであり、高耐圧・大容量のIGBT素子はまだ実用化されていなかった。大容量IGBT素子が開発・実用化されるのは1990年代後半となってからである。
  14. ^ a b 鉄道ピクトリアル2004年10月号増刊鉄道車両年鑑2004年版「東京地下鉄6000系(6124編成)更新工事」参照。
  15. ^ 初期更新車も同様だが、コストダウンのため袖仕切は化粧板は交換せず、フィルム貼り付けとしている。
  16. ^ 理由は不明だが、第16編成だけは本系列で唯一ラインカラーの交換が施工されておらず、現在も色褪せた緑のラインで運用されている。なお、客用ドアは更新時に新規品に交換したので、ドア部だけは新しい。
  17. ^ 郷田恒雄「〜その後の東京メトロ・東武・西武の話題〜」『鉄道ファン』2009年6月号(通巻578号) 66 - 67p, 交友社
  18. ^ "千代田線西日暮里駅における車両の開扉について". 東京地下鉄 (2008-11-22). 2009年1月23日 閲覧。

[編集] 参考文献

  • 帝都高速度交通営団「60年のあゆみ - 営団地下鉄車両2000両突破記念 - 」
  • 交通新聞社「営団地下鉄車両写真集 - 4Sを支えてきた車両たち - 」
  • 帝都高速度交通営団「東京地下鉄道千代田線建設史」
  • 交友社鉄道ファン
    • 1991年9月号 特集:営団地下鉄50年/6000系電車20年
    • 1996年10月号 特集:カラフル営団地下鉄2401両
    • 2000年11月号 大手私鉄の多数派系列ガイド8-1「営団6000系・7000系」
    • 2000年12月号 大手私鉄の多数派系列ガイド8-2「営団6000系・7000系」
    • 2004年9月号 特集:東京メトロ
  • 鉄道図書刊行会鉄道ピクトリアル
    • 1995年7月号増刊 帝都高速度交通営団特集
    • 1996年12月号 特集:大手民鉄 車両リフレッシュ工事
    • 1999年3月号 特集:電機子チョッパ車の30年
    • 2005年4月号増刊 東京地下鉄特集
    • 鉄道車両年鑑/新車年鑑 各年版

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

線別車両紹介(東京メトロの車両 > 千代田線6000系)

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