営団6000系電車
| 営団6000系電車 | |
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営団時代の6000系第27編成
(2003年11月 / 和泉多摩川駅) |
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| 編成 | 10両編成 |
| 設計最高速度 | 100 km/h |
| 起動加速度 | 3.3 km/h/s |
| 減速度 | 3.7 km/h/s(常用最大) 4.7 km/h/s(非常) |
| 車両定員 | 先頭車136(座席48)人 中間車144(座席54)人 |
| 全長 | 20,000 mm |
| 全幅 | 2,800 mm |
| 全高 | 4,135 mm |
| 車両質量 | 22.5 - 33.0t(1次量産車落成時) 24.8 - 36.1t(6次量産車落成時) |
| 軌間 | 1,067 mm |
| 電気方式 | 直流1,500V (架空電車線方式) |
| 主電動機 | 直流直巻電動機 145kW |
| 歯車比 | 98:15 (6.53) |
| 駆動装置 | WNドライブ |
| 制御装置 | 電機子チョッパ制御 |
| 台車 | Sミンデン式FS-378/FS-378A形台車 SUミンデン式FS-378B形・FS-523形台車 |
| 制動方式 | ATC連動電気指令式空気ブレーキ(回生ブレーキ併用) |
| 保安装置 | CS-ATC・OM-ATS |
| 製造メーカー | 川崎重工業・近畿車輛・汽車製造 日本車輌製造・東急車輛製造 |
| 備考 | 上記データは1次 - 6次量産車落成時のデータ |
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この表について
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営団6000系電車(えいだん6000けいでんしゃ)は、1968年(昭和43年)に登場した東京地下鉄(旧・帝都高速度交通営団)千代田線用の通勤形電車。
目次 |
概要[編集]
20m4扉のアルミ合金車体を採用し、制御方式として回生ブレーキ付き電機子チョッパ制御方式を用いた。当時の最新技術を積極的に採用し、「耐用年数40年以上、新技術の導入、保守の容易化、車両の軽量化」を設計の基本としている。1968年(昭和43年)から1990年(平成2年)まで試作車・量産車あわせて36編成353両が製造された。
なお、6000系の後継・増備系列として1992年(平成4年)に06系10両編成1本が製造されたが、その後の増備には至らなかった。後述の更新工事施工もあって、「21世紀の電車」という登場時のキャッチフレーズそのままに、長年にわたり千代田線の主力車両として運用されてきたが、本系列の本格的な代替を目的とした後継車16000系の登場により、2010年(平成22年)から廃車が開始されている(後述)。
編成[編集]
量産車[編集]
量産車(第02編成以降)の編成組成は、基本的に以下のとおりである。
| 6100形 (CT1) |
6200形 (T2) |
6300形 (M1) |
6400形 (M2) |
6500形 (Tc) |
6600形 (Tc') |
6700形 (M1) |
6800形 (M2) |
6900形 (M1) |
6000形 (CM2) |
- 車庫内で分割して入換運転をするため、中間運転台が6500形と6600形に設置されている。
- 第01 - 22・24・28 - 32編成では6200形と6900形の車内に車椅子スペースがある。
- 4次車以降で制御装置を更新した編成は6000形が形式変更され、- 6900形 (M1) - 6000形 (CT2) に変更された。
ただし、後述の編成形態変更改造を実施した編成は、改造後に以下の組成となっている。2011年度末時点で第02・04・08・09・16・17・18・19・21・20・34編成に実施され、今後第14編成にも実施される予定である[1][2]。また、車椅子スペースの位置が変更となる編成では、6300形に新設されている。
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← 唐木田・代々木上原
綾瀬・取手 →
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| 6100形 (CT1) |
6300形 (M1) |
6400形 (M2) |
6500形 (Tc) |
6700形 (M1) |
6800形 (M2) |
6600形 (Tc') |
6200形 (T2) |
6900形 (M1) |
6000形 (CM2) |
2次試作車[編集]
2次試作車の第01編成は2012年上半期まで以下の編成組成であった。
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← 代々木上原
綾瀬・取手 →
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|||||||||
| 6100形 (CM1) |
6200形 (M2) |
6300形 (M1) |
6400形 (M2) |
6500形 (Tc) |
6600形 (Tc') |
6700形 (T1) |
6800形 (T2) |
6900形 (M1) |
6000形 (CM2) |
当初は編成組替の予定がなかったが、2012年7月に工事が施された上で運用に復帰した(詳細は「編成別の特徴」の項を参照)。 現在の編成組成は以下の通りである。
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← 代々木上原
綾瀬・取手 →
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| 6100形 (CM1) |
6200形 (M2) |
6700形 (T1) |
6600形 (Tc') |
6300形 (M1) |
6400形 (M2) |
6500形 (Tc) |
6800形 (T2) |
6900形 (M1) |
6000形 (CM2) |
1次試作車[編集]
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← 綾瀬
北綾瀬 →
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| 6000-1 | 6000-2 | 6000-3 | |||||||
車両概説[編集]
乗務員室内は緑色の配色であり、運転台計器盤は紺色の配色である。主幹制御器は回転式ツーハンドル式である。北綾瀬支線用を除いてマスコンハンドルはデッドマン装置の無い国鉄タイプで、ブレーキハンドルにはノッチ[3]が刻んである。
乗務員室仕切りには客室側から向かって右端に乗務員室扉がある。運転席後部にはATC装置などの機器があるため、乗務員室扉にある窓から運転席は見えない。ただし、第22編成から運転席後部に小窓(車掌監視窓)が設置された。
当初の1次試作車では乗務員室仕切中央部に小窓があった[4]。ただし、後の更新時に埋められた。2次試作車以降は前述の通り、機器の増大で窓自体が廃止となった。
1次試作車[編集]
外観・足回り機器など[編集]
1968年(昭和43年)4月、世界初のサイリスタチョッパの実用化を図るために3両編成のアルミ合金製車両として登場した。製造は汽車製造が担当した。
当初は6001・6002・6003の車号とされ、6001号には三菱電機製のチョッパ制御・6002号には超多段式の抵抗制御・6003号には日立製作所製のチョッパ制御装置がそれぞれ搭載された。いずれの制御装置も95kWの主電動機を8台制御可能であり、チョッパと抵抗制御の直接の比較試験も実施された。チョッパ装置は素子に逆阻止サイリスタを使用した四相および二相方式である。
台車はS形ミンデン(片板ばね式)式軸箱支持方式とし、基礎ブレーキにはディスクブレーキを採用した。6001に三菱の電動機搭載のFS-368A形、6003には日立製を搭載したFS-368Bを使用し、6002には両方の台車を用意し、試験する装置によって台車を使い分けていた。
ブレーキ装置には当時は新しい回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキを採用した。また、6003には日本では珍しいシネストンタイプと呼ばれる縦軸式のワンハンドル式マスター・コントローラーが採用された。
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1次試作車
(2007年9月30日 / 綾瀬駅)
運転台前のフロントガラスは大形化して、上部に行先表示器、運行表示器も収めた。これにより運転士への広い視界確保や貫通扉を車掌台側に寄せることで運転台スペースを広くしている。このため前面デザインは非対称となり、正面の非常扉は非常用ステップを一体にした前倒し式である。このデザインと構造は日本車輌製造が考案したもので、その後に登場した横浜市交通局2000形電車や京都市交通局10系電車などの地下鉄車両にも影響を与えた。
製造当時は車体裾部に防音用のカバー(小田急3000形の3263F登場時のものと類似)が設置されていたが、保守点検の際に着脱の必要があるため、側面のカバーを撤去し、正面スカート(排障器)のみを残していたが、こちらも最終的には取り外されている。なお、このデザインはサンフランシスコ・ベイエリアを走行しているBARTの影響を受けているという記載が散見されるが、この車両が開発された時点でBARTは開通していないため、これは誤りである。
正面の緑色の帯は前照灯の部分で途切れていた。正面・側面には電動式の方向幕が設置された。側面については後に使用が停止されている。6000-1の前面行先表示器は液晶式やLED式表示器の試験を実施したこともあったが、運用距離が短距離のため現在は幕式に戻されている。
本車両は量産車の千代田線への導入に考慮し、日本国有鉄道(国鉄、現・東日本旅客鉄道(JR東日本))常磐緩行線および小田急電鉄小田原線との相互直通運転が可能な20m・4ドア車としている。
車内内装[編集]
車内内装配色は側面を暗いベージュ、天井は明るいグレー、床材はブラウンとした。座席モケットの表地は赤色として、全体的に暖色系の色調を採用した。新しい仕様として座席横の仕切りをパイプによるものから木目調の化粧板を貼った板状のものとした。
連結面の貫通路は袖仕切の形状と合わせた全断面の大形貫通路として見通しの良いものとした。つり革は丸形が主流であったが、新しく三角形の形状を採用した。
天井部には大形の扇風機と併用する「振りかけ冷房」[5]と呼ばれる簡易冷房装置の準備もなされていた。
側窓は車両を軽量化するために上段下降、下段上昇式の2段式として開口寸法を小さくしたほか、戸袋窓は設置しなかった。客用ドアは化粧板仕上げとし、ドアガラスは太いHゴム支持方式である。
本車両では試験的な試みとして日中にロングシートの座席を通路側に引き出してゆったり掛けられるようにするリクライニング機能を1両に搭載した。
さらに幕板(側窓上部のこと)上の広告は裏側から蛍光灯で照らし、広告の効果を高めるという「照明付広告」を採用した。しかし、静電気によるホコリ付着や電気の消費量が非常に大きいことなどから2次試作車では不採用となり、本車両も撤去した。同様の照明付広告や三角形つり革・振りかけ冷房準備などは同時期に新製されたばかりの銀座線用の1500N形(現在は廃車)にも本車両の営業運転に先がけて採用した。
その後の動向など[編集]
主に東西線地上区間で各種の走行試験を行った後、1970年(昭和45年)に千代田線に回送し、綾瀬検車区に保管した。この際、CS-ATCを設置、試験用のチョッパ制御装置2台は撤去し、抵抗制御が残され、6001は電装解除して2M1T編成に改められた。車号は量産車と重複するので6000-1 - 6000-3の現在の車番に変更した。
その後1973年(昭和48年)3月には有楽町線用の7000系に搭載を予定したAVF(自動可変界磁制御)式チョッパ制御装置の試験を実施、1978年(昭和53年)11月にはVVVFインバータ制御の試験も実施された。この試験には日立製作所製のVVVFインバータ装置と130kW出力のかご形三相誘導電動機を用いた。実車にVVVFインバータを装架しての走行・試験は日本で最初とされている[6]。
1979年(昭和54年)12月、北綾瀬支線の開業により同支線に転用された。その際、5000系と同じ抵抗式制御装置、主電動機、ブレーキ装置(電磁直通ブレーキ)を新製して換装した。また、5000系用の100kWの電動機取り付けのために従来の台車は使用できず、同系列用のFS-502形に交換した。ただし、制御車である6000-1は台車は交換せずにFS-368B形の基礎ブレーキをディスク式から踏面式に改修したFS-068R形とされた。車内はそれまで準備工事であった扇風機、客室暖房機が新たに設置された。さらに6000-3のマスター・コントローラーがワンハンドル式からツーハンドル式に変更された。
その後、1994年(平成6年)に冷房化改造と車体更新を行い、室内のリニューアルが施工され、台車は東西線用5000系の廃車発生品に交換された。2002年(平成14年)にはワンマン運転対応改造なども施工され、北綾瀬支線で運用されている。
2004年(平成16年)12月23日の北千住 - 大手町間開業35周年・綾瀬 - 北綾瀬間開業25周年記念イベントとして、湯島 - 北綾瀬間を臨時列車として運転したことがある。この時の行先表示は「臨時」であった。
1次試作車は2次試作車以降と比べて以下の点で異なっている。
- 車両番号は量産車と異なり、6000-1、6000-2、6000-3という付番となっている。
- 形式も若干異なり、系列名は「6000-系(6000ハイフン系)」とも称される。
- 先頭車両の上半分の傾斜が量産車よりやや角度が緩い。また、前面ガラスも量産車に比べてやや小さい(近年になって量産車と同じサイズに交換されている)。
- ワイパーは量産車の2本に対し1本である。またアンチクライマー形状が小さく、細い。
- 側面雨樋の位置が量産車より高く、肩部が張り上げとなっている。
- 座席端部の仕切りの切れ込み部分が量産車の垂直方向に対して(通路側にせり出す形で)斜めになっており、「袖」の角より下側は逆に外板側に近づく斜線を描いていた(進行方向に眺めた場合、両側の仕切りが「袖」部より上は逆「ハの字」形、下は「ハの字」形に見える)[7]。
- 側面の車両番号表記は車体腰板部ではなく幕板部にある。
2次試作車[編集]
1次試作車の結果を踏まえ1969年(昭和44年)8月に6両編成1本がオールM車(電動車)で登場した。この編成は主に複数ユニットでの誘導障害試験や回生ブレーキ使用時の問題点の確認などを目的として造られた。製造は川崎重工業。1次試作車と同じく東西線地上区間を中心に各種試験を行った。
外観ではスカートを廃止、当初は1次試作車と同じく前照灯の部分で緑帯が途切れていた[8]。車体は軽量化を図るために大形押出材を使用し、車体製作時における艤装の容易化やデザインの見直しなどを考慮して製造した。このため構体重量は1次試作車の5.0tから4.3tに軽量化されている。制御装置のチョッパは三相二重方式となり、三菱製を2台・日立1台をそれぞれ搭載し、主電動機は出力145kWとなり、歯車比は6.53と再び大きく取った。定格速度が高く、弱め界磁は界磁抵抗を挿入して1段のみ付加する方式である。
側面の方向幕は2次量産車までは準備工事のみとしていたが、後述の小田急線乗り入れ改造時に本設した。車内について袖仕切り形状の変更や床材がグレーに変更された程度である。本車両では座席背もたれのリクライニング機構を2両に設置した。客室ドアガラスはサイズは変わらないが金属支持によりすっきりしたものとなった。1次試作車と異なり、試験終了後は営業運転に使用できるよう客室扇風機と暖房機は設置済みであった。座席端部の切れ込みは「袖」の角より下がほぼ垂直となり、切れ込み部分は斜めながら角度が1次試作車よりもなだらかになっている[7]。
この編成は1970年(昭和45年)秋に量産化改造のため、汽車製造において千代田線・常磐線用CS-ATC、列車無線、制御装置への弱め界磁回路追加などを実施し、1971年(昭和46年)2月に千代田線に移動された。その際、T車(付随車)4両の組み込みに併せて落成当時の6011 - 6016号から、現在の6101編成に改番を実施した。
その後、1972年(昭和47年)12月には試作車6両の台車の改修が実施され、基礎ブレーキがディスクブレーキ式のもの(FS-368C形)から量産車と同様の両抱き踏面式のもの(FS-378形)へ変更された。
本編成は両端とも制御電動車になっていることが量産車との違いである。車体側面の裾が長く小田急電鉄の車両限界に抵触するため小田急線に乗り入れることはできない。
この編成は千代田線における最後の非冷房車であったが、1994年(平成6年)9月に冷房化改造を実施して同線の全車冷房化が完了した。1999年(平成11年)1月には車体更新・室内更新・VVVFインバータ化改造が行われ、特徴の車体裾部には切り欠きが入った。
1・2次量産車[編集]
1971年(昭和46年)に千代田線初の新系列車として大手町 - 霞ケ関間の開業に合わせて第02 - 13編成が、2次車として代々木公園駅延伸開業に合わせて第14 - 19編成が投入された。製造は1次量産車が5社で製造、2次量産車は汽車製造を除いた4社で製造された[9]。1972年(昭和47年)度鉄道友の会ローレル賞受賞。1・2次試作車のデザインを活かした登場時としては斬新なスタイルとなっている。車体は裾形状変更、仕様の見直しなどにより構体重量はより軽く4.1tとなった。
車内配色は第2次試作車などと同じである。ほかに荷棚は金網式、側窓のカーテンは灰色である。座席は試作車と同じ赤色だが、リクライニング機構の採用は見送られた。なお、貫通扉のない妻面は木目だが、貫通扉のある妻面はベージュの化粧板とされている。当初のつり革は座席前のみで、ドア付近にはまったくなかった。側窓は2段窓タイプである。車内の見通しをよくするため、中間運転台のある5号車と6号車間を除き、断面の大きな貫通路を設けた。このグループは乗務員室側面扉の高さが高い。また、前面識別帯部にある手すりは2次量産車から設置され、その後従来の車両にも設置がされた。
チョッパ制御装置は一部仕様が変更された。第02 - 08編成は三相二重方式(素周波数220Hz・合成周波数660Hz)、第09編成以降は二相二重チョッパ方式(素周波数を限界に近い330Hz・合成周波数660Hz)してコストダウンを図った[10]。主回路素子は第10編成までは逆阻止サイリスタ[11]を使用したが、第11編成以降は逆導通サイリスタを使用して転流回路の簡素化を図った。素子の冷却にはブロアによる強制風冷方式を使用した。2次試作車と同じく主電動機は145kW出力とし、編成はMT比6M4Tとなったが、組成は異なる。
ブレーキ装置は応答性の良い電気指令式空気ブレーキを採用、台車はのS形ミンデン式(片板ばね軸箱支持)のFS378形とし、基礎ブレーキは両抱き踏面式を採用した。
補機としてはM2車に電動発電機 (MG)、空気圧縮機 (CP) はレシプロ式のC-2000M形を搭載した。
なお、1次量産車のうち第09編成と第11編成は二相二重チョッパ方式の試験を実施するため、本形式の量産車としては最初に搬入(第09編成は1970年(昭和45年)10月5日、第11編成は同年10月11日に搬入[12])され、千代田線と常磐線において各種試験を実施した。そして、この試験結果を受けて第10編成以降では二相二重チョッパが採用されることになった[13]。それ以外の編成は1970年(昭和45年)10月下旬から翌1971年(昭和46年)2月下旬にかけて搬入されている。
3次量産車[編集]
1977年(昭和52年)の代々木上原延長・小田急線乗り入れ開始に際して、3次車として第20・21編成が製造された。
当初より小田急線乗り入れ機器(列車無線装置・OM-ATS設置など)や側面方向幕、通過標識灯、前面ガラスにデフロスタ、保安ブレーキなど装備して落成した。乗務員室側面扉は高さの低いものに変更され、一部の車両に連結面貫通扉を増設[14]した。
制御装置はサイリスタを1,300V規格から2,500V規格の大容量品に変更、台車は一部改良が加えられている。製造は川崎重工と日本車輌製造である。
乗り入れ機器などの装備は1978年(昭和54年)までに1次量産車・2次量産車にも追設された。なお、通過標識灯は1998年(平成10年)4月に小田急で使用が停止されたため、後年全車撤去されている。
このうち6920号車と6911号車においては、1977年(昭和52年)より[15]、強制風冷式に代わって試験的にフロン沸騰冷却式チョッパ装置の試験を実施した。この結果が良好であったため、半蔵門線用の8000系で正式な採用に至った。なお、このチョッパ装置は1990年代に実施される制御装置更新時まで残されていた。
4次量産車[編集]
1981年(昭和56年)以降に製造された4次車(第22 - 28編成)は、千代田線で使用されていた5000系10両編成5本を東西線に転用するための代替、および千代田線の輸送力増強用として投入された。
半蔵門線用の8000系の設計が取り入れられ、車内冷房設置の準備車として落成した。屋根上には集中式冷房装置が設置できるようにしたほか、車内は冷房用ダクト、補助送風機としてラインデリアが設置された。
側窓は1段下降窓タイプに変更、座席には区分側の織り込みが入り、各車両連結面側に貫通扉が設置された。袖仕切は形状を変更して床に接しない形状化、蹴込み板形状を斜めにした。
乗務員室仕切部には小窓を新設した。ドアエンジンは1 - 3次量産車と異なり、俗に「爆弾ドア」と呼ばれる、開扉時に大きな音がするタイプとなった。
制御装置の素子は逆導通サイリスタだが、冷却方法をフロン沸騰冷却方式に変更して低騒音化が図られている。また、装置は周辺機器も含めた一体形からチョッパ装置2箱とゲート制御箱1箱の3分割形となった。台車は曲線通過性のよいSUミンデン(U形ゴムパッド付片板ばね式)式軸箱支持FS-378B形に変更された。空気圧縮機 (CP) は8000系で採用された低騒音形のC-2000L形となった。
一部編成のCS-ATC装置は5000系から移設したものを再用した。日本車輌・川崎重工・近畿車輛で製造。
5次量産車[編集]
1984年(昭和59年)から1985年(昭和60年)には5次車の第29 - 32編成が落成した。
4社で製造。これ以後の車両は千代田線の輸送力増強用である。屋根曲線を変更し、車内の天井高さを45mm高くした。客室は配色が変更され、袖仕切と枕木方向の化粧板をマルメットグリーンと呼ばれる緑色系に、それ以外はアイボリー系の色調に変更した。客用ドアは窓が若干拡大されたものとなった。座席モケットはグリーン系に変更し、同時期に落成した銀座線用01系量産車と同じエコーラインの区分柄を採用した。
さらに前面展望を考慮して、乗務員室仕切の窓は拡大されている[16]。細かな点では放送装置に自動音量調整機能を追加、尾灯や車側灯がLED化された(このLED化は在来車も全車両施工)。誘導無線アンテナはそれまで両先頭車に分散配置されていたが、このグループから8号車である6800形に集中配置された。
空気圧縮機は01系で採用された低騒音形のC-2000LA形に変更した。1次量産車 - 4次量産車では基礎ブレーキが両抱き式踏面ブレーキの台車を採用していたが、これ以降の製造次車では片押し式踏面ブレーキに変更した台車(FS-523形)を採用している。
6次量産車[編集]
1988年(昭和63年)に落成した6次車の第33・34編成は6000系で初めて冷房装置が搭載された。出力は48.9kW (42,000kcal/h) で、装置キセが角型、電源としてDC-DCコンバータ (130kW) を編成で2台設置した。仕様は5次車とほぼ同じだが、化粧板は若干淡い色調に変更、床材が2色のツートンとなり、ドア窓は外側からの支持となった。また従来は車内妻面壁に設置していた消火器を収納キセに収めるように変更した。このほか運転台表示灯のLED化、対雪ブレーキ取り付け(対雪ブレーキ自体は1985年(昭和60年)内に全車両に施工されていた)が行われ、6100形に搭載されていたパンタグラフを廃止した。製造は近畿車輛。
7次量産車[編集]
1990年(平成2年)9月に最終増備車として7次車・第35編成(東急車輛製造製)が投入される。
制御装置は既に更新車に採用されていた素子にGTOサイリスタを使用したものに、冷房化による重量増を考慮して主電動機は155kW出力に増強した。DCコンバータは170kW出力に拡大し、M2車に搭載していたMGを廃止した。
外観では、従来はアルミ形材に焼付塗装していたラインカラーをフィルム式に[17]、方向幕は緑地から紺色ローマ字入りに変更された。車内は化粧板は光沢のあるものに変更となったほか、枕木方向の化粧板がレール方向のものと同じアイボリー系の色調に変更されている。運転台には故障をモニタリングするユニバーサル表示器が設置された。
さらに新製当初より車内案内表示器、車外スピーカー、ドアチャイム、自動放送装置を設置した。これは同時期に竣工した8000系の第10編成・前年度竣工した7000系の第33・34編成と同仕様である。なおこの編成のみ、側面の社紋の位置が他編成と異なる。
冷房化改造[編集]
在来車の冷房化改造は、取り付けが容易な構造である冷房準備車の4次車・5次車より施行された。時期は早く1988年(昭和63年)3月から1989年(平成元年)6月である。装置はいずれも出力48.9kW (42,000kcal/h) の集中式冷房装置が搭載されている。このグループの冷房制御はインバータ式で、装置キセは角形、電源は130kWのDC-DCコンバータである。車内はラインデリア(補助送風機)併用のダクト方式である。ラインデリアは車体全長にわたって、先頭車10台・中間車11台設置している。
非冷房車の冷房化改造は1988年(昭和63年)3月から1994年(平成6年)9月にかけて行われた。最初に、後述する更新工事と合わせて第09編成をメーカーに輸送して実施、その後在来車も改造が開始された。初期に施行した第08編成 - 第10編成はインバータ制御式、装置キセが角形であり、電源はDC-DCコンバータである。室内は左右ダクトの中央に冷房吹出口がある「サブダクト方式」で、扇風機7台を併用する方式である。
それ以外の編成では制御が単純な稼働率制御方式(ON/OFF制御)で、装置キセが丸みを帯びた形状、電源は120kVAの静止形インバータ (SIV)(三菱電機製・GTO素子使用)である。室内は左右のダクト途中に吹出口がある「スポット方式」で、扇風機6台(冷房装置下部のものは撤去)を併用する方式である。この方式は改造コストを抑えるために5000系に採用された方式にも似た形状である。なお、2次試作車のみ冷房化時に電源装置を集約し、190kVAの静止形インバータ2台搭載とした。
また、1997年(平成9年) - 2003年(平成15年)の間に、試作車を除く6100形のパンタグラフは順次撤去した。撤去されたパンタグラフは小改造を行った上で05N系に転用された。
車両更新[編集]
営団地下鉄では、6000系以降の車両に関しては車齢40年程度まで使用する方針であり、製造から約18年が経過する1988年(昭和63年)に第09編成を車両メーカー(川崎重工業)に輸送し、アルミ車体の劣化診断を含めた車体更新(B修工事)と冷房装置搭載改造を実施した。その後、他編成にも新木場CR(新木場CRは1991年12月の発足で、それまでは綾瀬車両基地内で実施していた)において更新工事が開始されたが、冷房装置搭載改造を優先させるために1992年(平成4年)度から約2年半の期間はB修工事が一時中断された。その後、1995年(平成7年)度からB修工事が再開され、2000年(平成12年)度をもって3次車までの車両のB修工事ならびに制御装置の更新工事が完了した。
- B修工事
- 20年程度経年した車両に施工する大規模な更新工事のこと。
- C修工事
- 10年程度経年した車両に施工する簡易な更新工事のこと。
C修工事は1981年(昭和56年)から1987年(昭和62年)にかけて3次量産車までに施工されている。1990年代に入ってからは4次車にも施工が実施された。C修工事の施工内容は車体各部のシール材、ゴム材の交換や床敷物交換、屋根補修、ラインカラーの交換などを実施するものである[18]。
B修工事の施工[編集]
B修工事は車体内外ほぼすべてに及んで施工をしている。なお、施工内容については編成や施工時期などによって仕様に差異がある。
車体外部修理では車体構体修理(台枠・外板・屋根など)、空気配管・艤装配線の取り替え、乗務員室側面扉の交換や路線識別帯(ラインカラー)をフィルム式に改修などを施工した。
車内設備では化粧板の張り替え、座席モケット交換(赤色→茶色)、客用ドアの交換、側窓をバランサー付き2段式ユニット窓への交換、広幅貫通路を車内保温・騒音対策から狭幅貫通路化して貫通扉の設置などを実施した。
1991年(平成3年)頃からは放送設備の更新と自動放送装置を設置、行先表示器のLED化を施行、貫通扉の一部省略が実施されている。
1992年(平成4年)にB修を中断し、冷房化を優先した車両では座席モケットの交換、ラインカラーの改修、行先表示のLED化、自動放送装置の設置など最小限の改修がされた。この改修を実施した車両は1995年(平成7年)以降にB修の施工を受けることになる。
1995年(平成7年)以降には、誘導無線装置の更新[19]や2段窓の一段下降式化改造、床材の張り替え(ツートンカラー化)、荷棚金網の交換(銀座線用の01系と同様の格子状のもの)、また車内2か所に車椅子スペースを設置などが施行された。特に車椅子スペース部では対話式非常通報器を設置[20]している。その後、2004年(平成16年)頃より車内案内表示装置は設置が開始されている。
施工時期によって車内化粧板は1991年度までに施工した編成(1次試作車と量産車8編成)は薄緑色ベースのクリーム色だが、1995年度から2000年度に施工した編成(2次試作車と量産車12編成)は白色をベースとしたものとなっている。初期にB修を施工した車両では後年に床材の張り替え(ツートンカラー化)や車椅子スペースの設置などのC修工事が施工されている。
2007年(平成19年)頃からは各車両への貫通扉の増設工事(広幅貫通路を狭幅貫通路化、片側妻面に貫通扉設置)が進行している。これは最初の時期にB修工事を施工した第08 - 10編成では更新時に各車両間の貫通路を縮小し、貫通扉を片面に設置していたが、それ以降の編成では一部を省略または設置が実施されていなかったためである。
制御装置の更新[編集]
制御装置は半導体の劣化を考慮して1990年(平成2年)から第10編成を最初にGTO使用のチョッパ制御に更新した。コスト低減のため、主電動機は再利用し、断流器や転換器などは補修工事後、再利用しており、チョッパ装置およびゲート制御装置に限定して機器の更新が実施された[21]。この更新は1993年(平成5年)4月に竣工する第15編成をもって全9編成の施工が終了した。なお、このチョッパ装置は最終増備車である第35編成にも搭載された。
1995年(平成7年)からは省エネルギー化、メンテナンスフリー化の観点から第09編成を最初にIGBT-VVVFインバータ制御(3レベル、1C2M4群制御)化を施行し、主電動機は160kW出力品に交換されている。これは更新コストを抑えるため、既存機器はそのままに、またゲート制御装置は4箱に分割した分散形とされている[22]。このVVVF制御化更新は約10年で投資コストが回収できるとされている[21]。このVVVF制御更新は1999年(平成11年)1月に竣工した第01編成(2次試作車、B修+VVVF化同時施工を)もって完了した。
これに合わせて運転台へのユニバーサル表示器の設置が実施されている。これは車両故障時における乗務員支援システムとして搭載したもので、故障情報を運転台にモニタリングするものである。
4次車以降の更新工事[編集]
2003年度以降は第24編成を最初に4次車以降にもB修工事が開始され、仕様が変更されている。
この更新は第22・24・28 - 32編成の計7編成に実施された。なお、2007年(平成19年)3月に竣工した第22編成を最後に、その後の更新は行われていない。このタイプの更新を施工した車両は今後20年以上の使用を予定している[23]。
制御装置は東西線用の05系13次車に準じたIGBT-VVVFインバータ方式(PGセンサレスベクトル制御、純電気ブレーキ対応、2レベル方式・1C4M 1群/2群制御)に変更。主電動機は165kW出力化、6000形を電装解除 (CM2→CT2) してMT比は5M5Tとした。
これは、従来のVVVF制御方式ではCPUの性能が不十分で制御応答性に問題があり、また素子容量 (1,700V-400A) の制約[24]から1C2M制御方式では更新時のコストやその後のメンテナンス性に大きな問題があったためである[23]。
新しい更新方式では高性能CPUによるベクトル制御方式の採用、大容量素子 (3,300V-1,200A) による1C4M制御の採用と電動車数の減少により、コストダウンとメンテナンス性の向上を図った。また、ブレーキ方式は従来の均一ブレーキ制御ではなくT車遅れ込め制御を採用し、回生ブレーキ力を約25%向上させた。
併せて補助電源装置はDCコンバータと補助用の電動発電機 (MG) を撤去の上、240kVA出力のIGBT素子による静止形インバータ (SIV)(三菱電機製または東芝製)に更新した。
車内など[編集]
車内は1995年(平成7年)以降の更新車同様に白色系化粧板、袖仕切は茶色系の化粧フィルム仕上げ[25]としている。客用ドアは小窓タイプから大形窓タイプに交換した。ドアガラスは営団時代に施工した第24・28編成のみ複層ガラス構造としたが、東京メトロ移行後に施行した第22・29 - 32編成は従来の更新車同様単板ガラス構造となり、扉の取っ手も左右どちらか一方のみとなっている。
床材は更新時期によって異なり、従来更新車タイプのツートンカラー、薄茶色、灰色の3種類が採用されている。非常通報装置は当初、警報式2台とし、車椅子スペース部のみ対話式を1台新設したが、途中から各車2台設置ですべて対話式に変更した。荷棚の金網交換は省略された。
また、更新に合わせて車内案内表示器を千鳥配置で設置、自動放送装置、後述の更新クーラーに内蔵した車外スピーカーを新設し、「乗降促進放送」が可能となった。乗務員室内は従来更新車とほぼ同じであるが、車掌スイッチは機械式から間接制御式(リレー式)に変更された。
冷房装置は大容量の稼働率制御方式(ON/OFF制御式、58.0kW (50,000kcal/h))に交換した。偶数編成には三菱電機製のCU769形、奇数編成には東芝製のRPU-15006形を採用している。装置キセは三菱製は角ばった形状、東芝製はやや丸みを帯びた形状で、外観に差異がある。
その他の更新工事[編集]
なお、これとは別に、以下の更新が全車両に施行されている。
- ドア上部の線路方向へつり革を増設。
- 車両間転落防止幌設置。
- 座席モケットを着席区分のないピンク色の総柄プリント品に交換、優先席モケットは青色化を実施(これは実施中で全車両ではない)。
- 車内の号車札・消火器・非常通報器などの表記を10000系と同じ蓄光性のシールに交換。
- 優先席付近のつり革をオレンジ色のものに取り替え。
運転台の改修[編集]
運転台については、更新後も計器盤、マスコン・ブレーキ操作器などは従来のものがほぼそのまま使用されているが、前述したユニバーサル表示器の設置や表示灯類の更新、運転士操作器(乗務員間連絡用インターホン)の更新(受話器形→マイク式)、車内放送マイクの更新などの改良も実施されている。さらに、非常通報器の対話式化と合わせて、非常通報受報器の追加がなされている。
1999年(平成11年)12月に千代田線で新CS-ATCの使用が開始されたため、車両のATC機器の更新と運転台の改修(速度計の交換、表示灯類の改修など)を実施した。
2008年(平成20年)からはJR線用の列車無線機をデジタル無線へ対応させる改造が実施された。
一部編成においては小田急線用の新保安装置D-ATS-P装置の取り付けが進められている[26]。なお、小田急多摩線においては2012年(平成24年)3月31日よりD-ATS-P装置の使用が開始されている[27] 。
編成形態変更工事[編集]
2007年度からは編成形態バランスや車両性能を考慮して、6M4T編成車の形態を以下のとおり変更している[1]。
| 6100形 (CT1) |
6300形 (M1) |
6400形 (M2) |
6500形 (Tc) |
6700形 (M1) |
6800形 (M2) |
6600形 (Tc') |
6200形 (T2) |
6900形 (M1) |
6000形 (CM2) |
ブレーキ装置は、VVVFインバータ制御車(第02・04・08・09・14・16 - 21編成に実施予定)についてはブレーキ受信装置の移設を行い、均一ブレーキ制御から遅れ込め制御に変更している、なお、チョッパ制御車(第34編成に実施[2])はブレーキ装置の変更ができないため、均一ブレーキ制御を踏襲している。
車内では9号車の6900形に変更はないが、2号車となる6300形に車椅子スペースを新設し、8号車となった6200形の車椅子スペースはフリースペースへと変更した[1]。
編成別の特徴[編集]
「備考」に特に注意がない限り、2012年9月30日現在[28][29] 。編成によって付加機能の設置状況はまちまちである。
|
|
| 編成番号と 製造次 |
制御装置 |
編成形態 変更工事 |
除籍後の 動向 |
車内案内・ ドアチャイム (※1) [* 1] |
行先 表示器 |
自動 放送 (※2) |
運転台 表示器 (※3) |
車椅子 スペース (※4) |
2段窓 |
備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1次試作車 | 抵抗制御 2M1T |
- | 運用中 | なし | 幕式 [* 2] |
あり | なし | なし | あり | 汽車製造製 |
| 第01編成 (2次試作車) |
VVVF 3レベル 三菱 6M4T |
実施済[* 3] | 運用中 | なし | LED式 | あり | あり | あり | なし | 小田急線乗り入れ不可 |
| 第02編成 (1次車) |
VVVF 3レベル 日立 6M4T |
実施済 | 運用中 | なし | LED式 | あり | あり | あり | なし | ローレル賞受賞記念プレートを設置 |
| 第03編成 (1次車) |
CHOP (三菱製に換装) |
実施予定なし | 廃車解体 | あり | LED式 | あり | あり | あり | あり | 2011年9月廃車 |
| 第04編成 (1次車) |
VVVF 3レベル 三菱 6M4T |
実施済 | 運用中 | あり | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第05編成 (1次車) |
CHOP (三菱製に換装) |
実施予定なし | インドネシアへ譲渡 | あり | LED式 | あり | あり | あり | あり | 2012年9月廃車 |
| 第06編成 (1次車) |
CHOP (日立製に換装) |
実施予定なし | インドネシアへ譲渡 | なし | LED式 | あり | あり | あり | なし | 2011年9月廃車 |
| 第07編成 (1次車) |
CHOP (日立製に換装) |
実施予定なし | インドネシアへ譲渡 | なし | LED式 | あり | あり | あり | あり | 2012年1月廃車 |
| 第08編成 (1次車) |
VVVF 3レベル 日立 6M4T |
実施済 | 運用中 | あり | LED式 | あり | あり | あり | あり | 冷気吹き出し口がサブダクト方式 |
| 第09編成 (1次車) |
VVVF 3レベル 三菱 6M4T |
実施済 | 運用中 | あり | LED式 | あり | あり | あり | なし | 冷気吹き出し口がサブダクト方式 |
| 第10編成 (1次車) |
CHOP (換装済 備考を参照) |
実施予定なし | 廃車解体 | あり | LED式 | あり | あり | あり | あり | 制御装置は、6310が日立製、6710と6910が三菱製を搭載。冷気吹き出し口がサブダクト方式。2010年11月廃車。 |
| 第11編成 (1次車) |
CHOP (日立製に換装) |
実施予定なし | インドネシアへ譲渡 | なし | LED式 | あり | あり | あり | なし | 2012年8月廃車 |
| 第12編成 (1次車) |
CHOP (日立製に換装) |
実施予定なし | インドネシアへ譲渡 | なし | LED式 | あり | あり | あり | あり | 汽車製造製 2011年9月廃車 |
| 第13編成 (1次車) |
CHOP (日立製に換装) |
実施予定なし | インドネシアへ譲渡 | なし | LED式 | あり | あり | あり | あり | 汽車製造製 2012年8月廃車 |
| 第14編成 (2次車) |
VVVF 3レベル 日立 6M4T |
実施済 | 運用中 | なし | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第15編成 (2次車) |
CHOP (三菱製に換装) |
実施予定なし | インドネシアへ譲渡 | なし | LED式 | あり | あり | あり | なし | 2011年1月廃車 |
| 第16編成 (2次車) |
VVVF 3レベル 三菱 6M4T |
実施済 | 運用中 | あり | LED式 | あり | あり | あり | なし | ラインカラーのフィルム化は客用ドア部分のみ施工されていた[* 4]が、編成替えの際に、それ以外の部分もフィルム化された。 |
| 第17編成 (2次車) |
VVVF 3レベル 日立 6M4T |
実施済 | 運用中 | なし | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第18編成 (2次車) |
VVVF 3レベル 三菱 6M4T |
実施済 | 運用中 | なし | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第19編成 (2次車) |
VVVF 3レベル 日立 6M4T |
実施済 | 運用中 | なし | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第20編成 (3次車) |
VVVF 3レベル 三菱 6M4T |
実施済 | 運用中 | なし | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第21編成 (3次車) |
VVVF 3レベル 三菱 6M4T |
実施済 | 運用中 | なし | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第22編成 (4次車) |
VVVF 2レベル 三菱 5M5T |
実施予定なし | 運用中 | あり | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第23編成 (4次車) |
CHOP | 実施予定なし | インドネシアへ譲渡 | なし | 幕式 | なし | なし | なし | なし | 2012年2月廃車 |
| 第24編成 (4次車) |
VVVF 2レベル 三菱 5M5T |
実施予定なし | 運用中 | あり | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第25編成 (4次車) |
CHOP | 実施予定なし | インドネシアへ譲渡 | なし | 幕式 | なし | なし | なし | なし | 2012年2月廃車 |
| 第26編成 (4次車) |
CHOP | 実施予定なし | インドネシアへ譲渡 | なし | 幕式 | なし | なし | なし | なし | 2011年1月廃車 |
| 第27編成 (4次車) |
CHOP | 実施予定なし | インドネシアへ譲渡 | なし | 幕式 | なし | なし | なし | なし | 2012年9月廃車 |
| 第28編成 (4次車) |
VVVF 2レベル 日立 5M5T |
実施予定なし | 運用中 | あり | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第29編成 (5次車) |
VVVF 2レベル 日立 5M5T |
実施予定なし | 運用中 | あり | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第30編成 (5次車) |
VVVF 2レベル 三菱 5M5T |
実施予定なし | 運用中 | あり | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第31編成 (5次車) |
VVVF 2レベル 日立 5M5T |
実施予定なし | 運用中 | あり | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第32編成 (5次車) |
VVVF 2レベル 三菱 5M5T |
実施予定なし | 運用中 | あり | LED式 | あり | あり | あり | なし | - |
| 第33編成 (6次車) |
CHOP | 実施予定 | インドネシアへ譲渡 | なし | 幕式 | なし | なし | なし | なし | 2012年9月廃車 |
| 第34編成 (6次車) |
CHOP | 実施済 | インドネシアへ譲渡 | なし | 幕式 | なし | なし | なし | なし | 編成組替実施 2012年8月廃車 |
| 第35編成 (7次車) |
CHOP | 実施予定 | 廃車解体 | あり[* 1] | 幕式 | あり[* 5] | あり[* 6] | なし | なし | 2011年12月廃車[30] |
- ^ a b 第35編成は製造当初から全客用ドアの上部に配置、それ以外は製造後に客用ドアの上部に左右交互に設置(千鳥配置)された。
- ^ 1次試作車の側面の行先表示器は使用が停止されている。
- ^ MTの配置が異なるため当初は組替対象外だったが、2012年7月に組み替えられた。
「【東京メトロ】6000系第1編成運用復帰」 - ネコ・パブリッシング『鉄道ホビダス』 RM News 2012年7月18日 - ^ 理由は不明だが、第16編成だけは本系列で唯一ラインカラーの交換が施工されていなかった。なお、客用ドアは更新時に新規品に交換したので、ドア部だけはフィルム化されていた。
- ^ 第35編成は製造当初から自動車内放送機能を搭載している。
- ^ 第35編成は製造当初から運転台のユニバーサル表示器を搭載している。
車内案内放送および行先表示[編集]
自動案内放送が対応するのは千代田線と小田急線内のみである。 設置当初は英語放送には対応していなかったが、千代田線内では2004年4月の営団民営化に合わせて、小田急線内では2008年6月の副都心線開業に合わせて英語放送が流れるようになった。
また、LED式車内案内表示器搭載編成はドアチャイムを併設しており、ドアの開閉時にチャイムが鳴る。この表示器はJR・小田急線内においても種別・行先、次の駅、乗り換え案内などの比較的詳細な案内を表示する[31]。
ドア上にあるLED式の車内案内表示器は、営団民営化に際して駅ナンバリングを表示させたが、JR線内では「For Yoyogi-uehara(C-01)」などの長い表示が収まらず、大文字の幅を狭めたり表示形式を変更したりしていた。具体的には、この部分はJR線内では駅番号も伴ったスクロール表示と駅番号非表示による固定表示が混在していた。地下鉄線内は民営化時に表示方法が抜本的に変わったため問題はなかった。最終的には駅番号非表示による固定表示ですべて統一した。
2005年8月24日にはこの点の他に一部の表示形式を変更し、千代田線からJR線への直通列車の場合に「JR常磐線直通 ○○ ゆき For ○○ on the JR Line」と表示するようになった。
近年更新された編成は一部を除いて旧来のままの表示(単に「この電車は ○○ ゆき For ○○」)であり、表示形式に関しては他にも異なる部分がある。なお、取手方面からの綾瀬止まりの列車の場合でも「地下鉄千代田線直通 綾瀬 ゆき」と表示するほか、JR線から千代田線を経由して小田急線へ直通する列車でも、JR線内では「地下鉄千代田線直通 唐木田 ゆき」と表示する。
第35編成は登場当時から行先表示器が幕式であるものの、LED式の車内案内表示器および自動案内放送を搭載する。同編成と06系はすべてのドア上にLED表示器が搭載されている上、他の編成とは書体が異なる。
また、乗降促進メッセージおよびアナウンス用車外スピーカーも第22・24・28 - 32編成のリニューアル車と共に取り付けられている。これは主にラッシュ時などに使われ、発車の際にブザーが鳴った後「ドアが閉まります、ご注意下さい」と2回アナウンスされる(小田急線内では小田急車と同様の放送)。
なお、行先表示器が2004年当時、幕式になっている編成(22 - 35の各編成)の字幕は2004年(平成16年)12月11日の小田急電鉄のダイヤ改正の際に取り替えられている。側面部にも英語表記を追加したほか、準急・多摩急行・急行の表示形式・配色も小田急の車両と統一した。この中で2006年現在は設定のない準急の表示もある。
運用[編集]
1次試作車は綾瀬 - 北綾瀬間の運用のみに用いられる。
その他の編成は、千代田線(綾瀬 - 代々木上原)を中心に、乗り入れ先のJR常磐緩行線、小田急小田原線・多摩線でも運用される。ただし、第01編成は小田急電鉄の車両限界に抵触するため小田急線に乗り入れることはできない。
小田急線との直通種別は急行と多摩急行のみで、準急の運用は2003年(平成15年)3月29日改正以後すべて小田急車に限定されているため、東京地下鉄車による運用はない。ただし、小田急車の代走として準急運用に充当することがまれにある。
また、ダイヤが大きく乱れて小田急線・千代田線の相互直通運転が中止された場合、通常は東京地下鉄車が走らない代々木上原駅 - 小田急線新宿駅の区間を走行することもある。ただし、行先表示器には「新宿」の設定がなく対応できないため、所定の「我孫子」「綾瀬」などの行先表示のままか、「回送」または行先無表示での運転となる。
廃車・その後[編集]
6000系の車体スタイルは、後に有楽町線用として登場した7000系や、半蔵門線用として登場した8000系に引き継がれた。
関東の各鉄道事業者で同期に新製された車両の多くが次々と廃車になって行く中で、車両更新の方針を「10年で小規模、20年で大規模、30年で小規模の更新工事を行い、40年で運用を離脱」としており、さまざまな改造を施しながら6000系は2010年9月末まで42年間廃車もなく運用され続けてきた。
その一方、千代田線は開業40周年を目前に控え、最古の車両の車齢が40年を超えたこと、また小田急の保安装置をD-ATS-Pへ更新する時期も重なった。このため、2010年度から16000系10両編成16本を順次導入することになり、同車は同年11月4日から営業運転を開始した[32][33]。
16000系導入後は、本系列の廃車が始まっている。2010年10月1日付で第10編成が廃車解体されている[34]。その後、2010年度内には第26編成と第15編成の順で廃車が実施された。
引き続いて2011年度内には、第03・06・07・12・23・25・35編成が廃車となった[28]。このため2011年度末時点の本線用車両の在籍数は10両編成25本(250両)にまで減少した。なお、廃車車両のうち第06・07・12・15・23・25・26編成は若洲木材埠頭に搬送され、インドネシアのPT. Kereta Api Commuter Jabodetabekへ譲渡された[35][28]。さらにその後第05・11・13・27・33・34編成も運用を離脱し、同様に譲渡されている[36]。2012年9月14日に第27編成が運用を離脱したのをもって、チョッパ制御の編成は全て千代田線での運用を終了した[37]。第03・35編成は譲渡せず解体された。なお、第33 - 35編成は当初更新工事の対象であった[1]が、計画変更により廃車された。
その他[編集]
- 地下鉄博物館で運転シミュレータとして使用される運転台モックアップは5次車のものに準拠しており、車両番号は「6000」となっている(1985年・日本車輌製造製)。
- 1997年(平成9年)には全編成に「地下鉄走って70年」記念ステッカーが貼付された。
- 2004年(平成16年)9月26日、有楽町線新木場検車区一般公開に際し、「千代田ワープ号」の復路便として新木場 - 桜田門 - (連絡線通過) - 霞ヶ関 - 北綾瀬間を走行している。
- 2007年(平成19年)12月15日の綾瀬車両基地一般公開に際し、第3・5編成に地下鉄開業80周年記念ステッカーが貼付された。
- 2008年(平成20年)11月22日、西日暮里駅で第22編成が出発の際のドア閉操作時にホームと反対側のドアが開くトラブルが発生している[38]。
脚注[編集]
- ^ a b c d 鉄道ピクトリアル2010年2月号記事「東京地下鉄近年の車両動向について2」を参照。
- ^ a b 当初は第33・35編成にも実施される予定であったが、計画変更により廃車となっている。
- ^ 力行1 - 4段・常用ブレーキ1 - 8段・非常
- ^ 本形式とは直接関係ないが、窓の大きさや配置は東武9000系量産車と同じである。
- ^ 扇風機の真上にユニットクーラーを設置して、そこから下に落ちる冷気を扇風機で拡散する方式のものである。
- ^ 雑誌「鉄道ファン」や「鉄道ピクトリアル」など各種文献において記述されている。
- ^ a b 小山育男他『復刻版私鉄の車両22 帝都高速度交通営団』(ネコパブリッシング、2002年)のpp.74 - 75に試作車を含めた各タイプの車内写真が掲載されている。
- ^ 『復刻版私鉄の車両22 帝都高速度交通営団』のp64に当時の写真が掲載されている。
- ^ 汽車製造は1972年に川崎重工業に吸収合併されている。
- ^ 660Hzの周波数を出力するのに、220Hz出力のチョッパ装置ユニットを3組で組み合わせたのが3相2重式。(220Hz×3で660Hzを出力)一方、330Hz出力のチョッパ装置ユニットを2組で組み合わせたのが2相2重式。(330Hz×2で660Hzを出力)機器が少ない分後者の方がサイリスタなどの使用数が少ない。
- ^ 後年に逆導通サイリスタが開発されると、従来の導通機能のないサイリスタは逆阻止サイリスタと呼ばれるようになった。
- ^ 搬入日の出典は帝都高速度交通営団「東京地下鉄道千代田線建設史」を参照。
- ^ 帝都高速度交通営団「60年のあゆみ - 営団地下鉄車両2000両突破記念 - 」を参照。
- ^ 5・6号車間に加え、3・4号車間と7・8号車間の片側に貫通扉を設置した。これは冬季における風の吹き抜け防止のためである。
- ^ 6920号車は新製時より、6911号は改造と見られる。
- ^ 同時期以降に製造された7000系・8000系では大きさは従来のままである。
- ^ 従来は帯が車体にネジ止めされている方式。フィルム式への変更は車体の腐食防止対策のため。
- ^ 鉄道ピクトリアル1996年12月号記事を参照。
- ^ 無線装置自体の更新と、誘導無線アンテナを両先頭車から中間の6800形に集約。
- ^ この場所以外は警報式のままである。
- ^ a b 鉄道ピクトリアル1999年3月号参照。
- ^ 新車で採用されている一体箱の機器では重量の関係上、車体台枠に補強を要するが、分散形であれば重量を軽減できる。
- ^ a b 鉄道ピクトリアル2004年10月号増刊鉄道車両年鑑2004年版「東京地下鉄6000系(6124編成)更新工事」参照。
- ^ 本形式の更新が計画された1994年(平成6年)当時、IGBT素子のVVVFインバータ制御は実用化されたばかりであり、高耐圧・大容量のIGBT素子はまだ実用化されていなかった。大容量IGBT素子が開発・実用化されるのは1990年代後半となってからである。
- ^ 初期更新車も同様だが、コストダウンのため袖仕切は化粧板は交換せず、フィルム貼り付けとしている。
- ^ 交通新聞社「鉄道ダイヤ情報」2011年9月号特集「東京メトロ東西線と千代田線」参照。
- ^ 日本鉄道運転協会「運転協会誌」2012年4月号30頁記事参照。
- ^ a b c 「大手私鉄車両ファイル 車両配置表」『鉄道ファン』2012年8月号(通巻616号)付録、交友社
- ^ 交通新聞社「鉄道ダイヤ情報」2012年10月号・2013年1月号私鉄車両のうごき記事。
- ^ 「私鉄DATA FILE 私鉄車両のうごき(2011年10月1日〜12月31日)」 『鉄道ダイヤ情報』2012年4月号、交通新聞社
- ^ JR線内では営団時代とほぼ同じ表示となっている。小田急線内では小田急車に準じた案内が行われるが、広告などは表示されない。
- ^ 東京メトロ・環境配慮型の新型車両16000系 千代田線に導入決定!!
- ^ 郷田恒雄「〜その後の東京メトロ・東武・西武の話題〜」『鉄道ファン』2009年6月号(通巻578号) 66 - 67p, 交友社
- ^ 交通新聞社『鉄道ダイヤ情報』2011年4月号私鉄車両のうごき記事を参照。
- ^ 「【東京メトロ】6126F埠頭へ」 - ネコ・パブリッシング『鉄道ホビダス』 RM News 2011年1月24日
- ^ 「東京メトロ6000系2編成が東京木材埠頭へ陸送される」 交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース 2012年8月28日
- ^ 「東京メトロ6000系6127編成が新木場へ」 交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース 2012年9月15日
- ^ “千代田線西日暮里駅における車両の開扉について”. 東京地下鉄 (2008年11月22日). 2009年1月23日閲覧。
参考文献[編集]
- 帝都高速度交通営団『60年のあゆみ - 営団地下鉄車両2000両突破記念 - 』
- 交通新聞社『営団地下鉄車両写真集 - 4Sを支えてきた車両たち - 』
- 帝都高速度交通営団『東京地下鉄道千代田線建設史』
- 交友社『鉄道ファン』
- 1991年9月号 特集:営団地下鉄50年/6000系電車20年
- 1996年10月号 特集:カラフル営団地下鉄2401両
- 2000年11月号 大手私鉄の多数派系列ガイド8-1「営団6000系・7000系」
- 2000年12月号 大手私鉄の多数派系列ガイド8-2「営団6000系・7000系」
- 2004年9月号 特集:東京メトロ
- 鉄道図書刊行会『鉄道ピクトリアル』
- 1995年7月号増刊 帝都高速度交通営団特集
- 1996年12月号 特集:大手民鉄 車両リフレッシュ工事
- 1999年3月号 特集:電機子チョッパ車の30年
- 2005年4月号増刊 東京地下鉄特集
- 鉄道車両年鑑/新車年鑑 各年版
関連項目[編集]
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