福岡市交通局1000系電車

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福岡市交通局1000系電車
Fukuoka city subway type1000 chikuzen-maebaru 1.jpg
製造メーカー 近畿車輛川崎重工業日立製作所日本車輌製造東急車輛製造
Wikipedia laurier W.png
第22回(1982年
ローレル賞受賞車両

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更新工事前(姪浜駅にて)

福岡市交通局1000系電車(ふくおかしこうつうきょく1000けいでんしゃ)は、福岡市交通局(福岡市地下鉄)空港線箱崎線用の通勤形電車である。

概要[編集]

1981年昭和56年)7月26日の1号線(当時)天神駅 - 室見駅間開業時から運用されている。日本国有鉄道(現在の九州旅客鉄道筑肥線への直通運転にも使用することから、国鉄側の意向も取り入れて設計された。

1982年(昭和57年)、鉄道友の会第22回ローレル賞を受賞した。

車両構造[編集]

車体[編集]

海岸近くに敷設されている筑肥線を走行する運用条件を考慮して、骨組みは普通鋼製だが外板をステンレス製としたセミステンレス車体である。車体側面はビードプレス加工され、コルゲート(波形加工)と比べすっきりとした外板となっている。車体は無塗装であるが、玄界灘をイメージした白と青のストライプを配している。

筑肥線と相互直通運転を行うことから国鉄・JRの通勤形電車とほぼ同一規格であり、全長20m(先頭車は20.5m)で片側4扉構造である。窓は固定式で、当初は非常時には一部の窓を開けることができたが、現在は後述の更新改造によりすべて固定窓とされている。

地下鉄用車両であることから先頭部には非常用扉を持つ。当初は非常用扉の窓にはワイパーが設置されておらず、窓の大きさも現在の更新改造後とほぼ同じ大きさであった。

台車・機器[編集]

台車国鉄201系に採用されているDT46系台車と似た構造の車体直結空気バネ台車(軸箱部の支持は近鉄などと同様のシュリーレン方式)である。空気バネは住友金属工業製のダイヤフラム式であるが、台車枠は車両メーカーで作られた。落成時点での制御方式は電機子チョッパ制御であった。架線式であることから集電装置は下枠交差式パンタグラフである。新製当初の床下機器配置は、信号保安関連機器とブレーキ作用装置を除いて国鉄201系電車のそれと酷似していたが、機器箱はステンレス無塗装であった。また主電動機以外のすべての回転機のブラシレス化を目指し、日本で初めて空気圧縮機電動機を誘導電動機とした[1]が、その起動には、当時の技術では大容量の電磁接触器に適切なものが得られなかったために電空接触器を使用したので、蓄電池を電源とする補助空気圧縮機を別に有していた。その後全編成がIGBT素子によるVVVFインバータ制御に改められた(詳細後述)。

運転装置としてATOを備え、1984年(昭和59年)1月20日には日本地下鉄では初めて営業列車でのワンマン運転が開始された。筑肥線内は手動運転で車掌が乗務するため、運転室には手動運転用のマスコンブレーキハンドル、ATS-SK、車掌用機器も備えている。

車内設備[編集]

1000系車内

座席はすべてロングシートである。内装材全般において、暖色系の材料が使用され、妻面と座席袖仕切りは木目調の化粧板で、側面壁はクリーム系の化粧板張りである。車椅子スペースは1982年に落成した車両から採用されている。

製造当初より冷房装置を搭載している。屋根上に集約分散式冷房装置を4台備え、ラインデリアにより冷風を撹拌する。また弱冷房も可能である。

LED式の車内案内表示装置と路線図がセットで左右交互のドア上部に設置されている。車内案内表示装置は地下鉄線内のみで使用される。

JR車とは異なりトイレ設備はない。

編成[編集]

先頭車を制御車 (Tc) 、中間車を電動車 (M) としたMT比4M2Tの6両編成を組む。下り(姪浜)寄りから1500形(奇数) - 1000形(奇数) - 1100形(奇数) - 1000形(偶数) - 1100形(偶数) - 1500形(偶数)の編成である。車両番号の下2桁は、奇数車が(編成番号×2)-1、偶数車が(編成番号×2)に揃えられている。

製造・運用[編集]

1981年の開業時に01 - 08編成(近畿車輛製)が製造され、1982年には筑肥線との相互乗り入れ開始にあわせて09 - 15編成(川崎重工業製)が製造された。その後、路線延長に伴い1984年(日本車輌製造製)・1985年(昭和60年、東急車輛製造製)にそれぞれ1編成ずつ、1986年(昭和61年、日立製作所製)に1編成が製造され、2007年平成19年)現在は18編成108両体制となっている。このうち11編成(1521編成)は1985年8月7日に筑肥線姪浜駅 - 今宿駅間の踏切で大型トレーラートラックと衝突し、大破した上り寄り先頭車の1522が廃車となり、翌1986年に2代目の1522が新製されて編成復旧された。

1997年(平成9年)度から2004年(平成16年)度にかけ、全編成を対象に機器の一新などを含む大幅な更新工事が施された。これについては次項で記述する。

全編成が姪浜車両基地に配属され、地下鉄空港線・箱崎線全線および筑肥線姪浜駅 - 筑前深江駅間で運用されている。

更新改造[編集]

本系列は製造以来、空港線・箱崎線の主力として使用されてきたが、製造後15年以上が経過して機器や内装の劣化、陳腐化が進んだことや、2000系との機器の共通化を図る目的から、1997年度から2004年度にかけて体質改善工事を全編成に施した。この改造を受けた編成は、1000N系に系列・形式変更された。ただし、車両番号の変更および改造銘板の貼付はされていない。

主な改造内容を以下に記す。

  • 制御装置を電機子チョッパ制御からVVVFインバータ制御に改造
  • 前面窓を2000系同様の曲面ガラス(接着取付)に交換(その後、平面ガラスに再改造された)
  • 先頭部の貫通扉窓の大型化
  • 側面窓の全面固定窓化
  • 外部の行先表示器を字幕式からLED式に交換
  • 車内の化粧板と床材、モケットの張替え
  • 車内案内表示装置・車椅子スペースの設置など

2000年(平成12年)までに施工された編成は、制御装置の素子日立製作所製3レベルIGBTであったが、2001年(平成13年)以降に施工された編成は全電気ブレーキ付日立製2レベルIGBT[2]に変更された。これ以外にも更新時期により改造内容が異なっていたが、のちに再改造され、仕様が統一された。

その他[編集]

かつて前面運転台窓下に、福岡市をホームタウンとする日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のクラブチーム・アビスパ福岡を応援する目的で「がんばれアビスパ福岡」と表記されたステッカーを貼付していたが、同クラブチームが2001年のシーズン終了後にJ2に降格した時点で撤去された。その後2005年(平成17年)2月に七隈線が開業してから約1か月間、「七隈線開業」と表記されたステッカーが貼付された。

主要諸元[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 鉄道ファン』1980年8月号、交友社1980年
  2. ^ 磁励音近畿日本鉄道シリーズ21」日立IGBT装備車、東急新5000系グループなどと同じである。

外部リンク[編集]