新幹線200系電車

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国鉄/JR東日本200系新幹線電車
リニューアル済み200系K42編成(宇都宮駅)
リニューアル済み200系K42編成(宇都宮駅)
編成 8両(8M / G・K編成)
10両(10M / G・K編成)
12両(12M / E・F編成)
13両(12M1T / H編成)
16両(14M2T / H編成)
起動加速度 1.6 km/h/s
営業最高速度 210 km/h(E・G編成)
240 km/h(F・K編成)
245 km/h(H編成)
275 km/h(F90 - F93編成)
設計最高速度 250 km/h
減速度 2.6 km/h/s(常用最大)
編成定員 計885名(52名)(F編成)
計749名(52名)(K編成)
計739名(52名)(K41 - K43編成)
()内はグリーン車
編成長 250.3m(10両K編成)[1]
全長 25,150(25,000) mm
全幅 3,380 mm
全高 4,000 mm
編成質量 695t(F編成)
軌間 1,435 mm
電気方式 交流25,000V 50Hz
主電動機 直巻整流子電動機MT202形(230kW)
編成出力 12,880kW(16両H編成)
11,040kW(E,F,12・13両H編成)
9,200kW(10両G,K編成)
7,360kW(8両G,K編成)
歯車比 2.17
制御装置 サイリスタ連続位相制御
駆動装置 WN平行カルダン
ブレーキ方式 電気指令式空気ブレーキ(チョッパ連続制御)
保安装置 ATC-2型DS-ATC
製造メーカー 川崎重工業近畿車輛東急車輛製造日本車輌製造日立製作所
備考
第23回(1983年
ローレル賞受賞車両

カテゴリ / テンプレート

新幹線200系電車(しんかんせん200けいでんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)と東日本旅客鉄道(JR東日本)が設計・製造した新幹線車両である。

国鉄分割民営化後はJR東日本が保有している。

目次

[編集] 概要

1982年昭和57年)の東北新幹線および上越新幹線の開業に合わせて、962形試験車を基本として量産化され1980年(昭和55年)に発表された。100系よりも発表が早い(1985年登場)にも関わらず系列・形式番号が大きいのは、登場当時東北・上越新幹線系統の車両は百の位が偶数、東海道山陽新幹線系統の車両は百の位が奇数になるように付番したからである。

また、系列番号が定められた新幹線電車は本系列が最初である。当時0系は系列番号がついておらず、単に「新幹線電車」と称するのが正式名称だったためで、本系列の登場を受けて「0系」と命名された。

国鉄分割民営化後には、100系に準じた2階建て車両も登場した。生産両数は700両だった。

[編集] 形式および車種

本系列に属する各形式名とその車種は以下の通り。

奇数形式と偶数形式でペアを組んでMM'ユニットを構成する。

  • 215形(MS)
    グリーン席。偶数各形式とペアを組んで使用される。主制御器・抵抗器、電動発電機などを搭載する。普通車225形をグリーン車化したものは100番台を名乗った。
  • 221形(MC)
    普通席を備える制御電動車。偶数各形式とペアを組んで使用される。東京向き運転台、便所、洗面所、業務用室を備え、主制御器・抵抗器、電動発電機などを搭載する。0系タイプと100系タイプの先頭車形状が存在する。
  • 222形(M'C)
    普通席を備える制御電動車。奇数各形式とペアを組んで使用される。八戸・新潟向き運転台を備え、集電装置・主変圧器・整流装置・空気圧縮機などを搭載する。先頭形状は221形と同じ。山形新幹線400系との併結用に分割・併合装置が先頭に納められているものもある。
番台 定員
221形/222形
シートピッチ 製造時
最高速度
製造数
221形/222形
生産次/種車 形状 備考
0番台 45名/55名 980mm 210km/h 36両/36両
(全廃車)
第1 - 5次車(1980 - 1982年) 0系タイプ
1000番台 45名/55名 980mm 240km/h 3両/3両
(3両/3両現存)
第6次車(1983年) 0系タイプ
1500番台 50名/60名 980mm 240km/h 18両/18両
(8両/8両現存)
第7 - 9次車(1984 - 1985年) 0系タイプ 1000番台と性能の面では同一
200番台 50名/55名 1040mm 240km/h 7両/7両
(全廃車)
0番台から6両と1000番台から1両(221形)
0番台から5両と1000番台から2両(222形)
100系タイプ 225形/226形中間車を先頭車化
シートピッチと窓間隔を拡大
2000番台 50名/60名 1040mm 240km/h 2両/2両
(全廃車)
第10次車(1987年) 100系タイプ H編成のみ使用
  • 225形(M,MK,Mcon)
    普通席を備える中間電動車。偶数各形式とペアを組んで使用される。便所、洗面所を備え、主制御器・抵抗器、電動発電機などを搭載する。グリーン車215形を普通車化したものは窓と座席の配置がずれており、100番台を名乗る。車販準備室を備えている車両は400,1400番台を名乗り、略号も「M」ではなく、「MK」とされた。
  • 226形(M')
    普通席を備える中間電動車。奇数各形式とペアを組んで使用される。集電装置・主変圧器・整流装置・空気圧縮機などを搭載する。
  • 237形(MB)
    ビュフェを備える中間電動車。便所、洗面所、身障者対応設備を備え、主制御器・抵抗器、電動発電機などを搭載する。普通車225形をビュフェ車化したものは100番台を名乗った。
  • 248形(T'SBd)
    グリーン席とカフェテリアを併設する2階建て付随車。249形とペアを組んで使用される。1階にカフェテリア、2階にグリーン席が設置された。248形と共に、200系唯一の普通鋼製の車体である。H編成でしか使用されなかったため、6両のみの製造にとどまった。
  • 249形(TSd)
    普通席とグリーン席を併設する2階建て付随車。248形とペアを組んで使用される。1階には1・2人用グリーン個室と4人用普通個室が、2階はグリーン席が設置された。249形と共に、200系唯一の普通鋼製の車体である。H編成でしか使用されなかったため、6両のみの製造にとどまった。

[編集] 構造

[編集] 車体

雪切り室への外気取り入れ口

先頭車は、国鉄時代に製造された0系に似た「丸目丸鼻」と国鉄分割民営化後に製造された100系に似た「流し目」(シャークノーズ・ロングノーズ)の2種類の前面形状(200番台、2000番台)がある。200番台は225形もしくは226形中間車からの改造車、2000番台は新製車である。なお、0系タイプの先頭車の運転側窓は、0系と同じく2枚の状態で落成されていたが、JR化後の1990年代初期から1枚式のものに交換されていった。

車体塗装は、クリーム色をベースに窓の部分に緑14号の帯を配した。この色使いは寒冷地を走行するため雪解けの新芽のイメージから選んだとされている。登場時には「緑の疾風(みどりのはやて)」の愛称があった。

デザインは0系をベースとしているが、車体下部まで一体のボディーマウント構造とし、機器をボディー内に配置することで耐雪・耐寒性を向上させた。ただし、この構造を0系と同様に普通鋼製車体とした場合、重量がかさむことからアルミ合金製となった。電動機を冷却する際に、外気と共に取り込んだ雪を分離するために、雪切り室が設けられた。ただし後年登場した2階建て車両(248形・249形)は、製造コストや電動機非搭載の観点から普通鋼製となった。

先頭部のスカートはスノープラウと一体化した形状である。豪雪地帯を走ることから、線路面上に積雪があっても支障なく走行出来るよう設計され、確認試験も行われた。

[編集] 座席

普通車の座席は0系と同様の海側3列の合計横5列配置で、0系で試行されたオレンジ基調の簡易リクライニングシート(D-23、D-32)が採用された。本系列では座席前後間隔は980mm、3列座席は集団離反で回転出来ないものとなった。後年、モケットは交換された。

1987年に登場した200,2000番台は100系と同じ1040mm間隔となり、フリーストップ式のリクライニングシート、3列座席も回転出来るようになった。ただしこの200,2000番台は先頭車のみで、当時、中間車は3列座席回転不可能だったため、格差が生じていた。

後年、JR東日本では3列席を「本体部のみ回転」させる方式を考案。これは両端の手すりを残して回転させるもので、座席間隔を広げることなくフリーストップのリクライニングシート化を実現させた。まずは1990年(平成2年)にH編成の中間車のうち、指定席普通車となる車両を座席交換し、更に該当車両は拡大した。なお、この方式はJR西日本でも0系で採用した。

後述のK編成リニューアルに関しては、簡易リクライニングだったものに関してはE4系と同じものに交換された。普通車の3列座席も全体が回転する構造となっているが、両端のひじ掛けを曲げる、背すりを鉛直にするなどの工夫で座席間隔980mmのまま回転可能とした。すでに「本体部のみの回転」だったものに関してはモケットの張り替えのみが行われた。

[編集] 走行機器

主回路制御にはサイリスタ連続位相制御を採用し、0系のタップ切り替え制御から進歩している。また、連続勾配や降雪時の走行抵抗増加対策で主電動機が230kWに増強されたことにより、後年の速度向上にも寄与している。

[編集] 運転台

0系ではアナログ指針式の速度メーターであり、故障機器の状況は人間が故障個所まで行き対処しなければならなかったが、本系列では、7セグメント方式のデジタルメーター(700系まで同様の装置)となったり、運転台にいながらにして機器の遠隔解放ができるシステムが装備された。日本の鉄道車両では初めて運転台キャラクタディスプレイによるモニタ支援装置を装備した。9.6kbpsのFSK(Frequency Shift Keying)モデム伝送によるもの。ドットマトリクスによる片仮名アルファベット数字のみを、8行×33文字(合計264文字を同時に表示可能)で表示していた。

たとえば走行中は、2行目に「ウンテンジョウタイ」、4行目に「TIME 00:00:00 キロ 12.2」、5行目に「SPEED 206 ノッチ B 3 」、6行目に「ATC 110 ジョウヨウ * 」7行目に「カイホウ」などのように表示されていた。

これらは21世紀初頭の現在においても通用する設備であり、乗務員の作業が大幅に軽減された。

[編集] 運用

東北新幹線の「やまびこ」(東京那須塩原 - 仙台間運転の一部列車のほかに、臨時列車として東京 - 盛岡の「やまびこ151号」など)・「なすの」と上越新幹線の「とき」・「たにがわ」で運用されている。

[編集] 2009年3月14日改正

路線 種別 列車名 運転区間 備考
東北新幹線 やまびこ 151号 東京盛岡 3月20日、4月25日、5月2日、
7月18日、8月12,13日運転の臨時列車
208・209・214・220・221号 東京 - 仙台
291号 那須塩原 → 仙台
なすの 255・259・274・278号 東京 - 郡山
261・268・269・277・280号 東京 - 那須塩原
上越新幹線 とき 15・301・305・306・308・314・316・319・320・323・
327・328・331・335・336・342・346・347・361・383号
東京 - 新潟 15,361号は主に金 - 日曜日運転の臨時列車。
383号は5月2,5,6日、7月18日、
8月2,12,13,15,16日運転の臨時列車。
たにがわ 401・404・405・407・410・412・425号 東京 - 越後湯沢 425号以外はガーラ湯沢まで運転時あり。
470・471・475・478号 東京 - 高崎 471号は休日運休

[編集] 編成の種類

2009年平成21年)6月現在、後述する延命工事が施工された10両K編成11編成のみが現存している。

それぞれの概要は以下の通りである。

[編集] E編成

E1編成
  • 12両編成、0系タイプの前面形状。東北・上越新幹線開業開始と同時に投入された編成。210km/h走行対応。開業直後に仙台第一新幹線運転所新潟新幹線第一運転所にそれぞれ18編成ずつの計36編成(E1 - E36編成)が配置された。
  • 1980年(昭和55年)から製造された第1 - 5次車、0番台のE1 - E36編成(第1次車:E1 - E4編成、第2次車:E5 - E9編成、第3次車:E10 - E22編成、第4次車:E23 - E29編成、第5次車:E30 - E36編成)と、1983年(昭和58年)に製造された第6次車、1000番台のE37 - E39編成で構成された。1000番台のE37 - E39編成はすぐにF1 - F3編成に改名された。E37 - E39編成は落成時にすでに後のF編成に準拠した性能を持っていた。
  • 5号車の225形400番台の車両は、他の225形と異なり車販準備室を備えていた。
  • F編成登場後は240km/h対応改造や、ブス引通しといった対応工事を施したうえでF編成化されたり、短編成化されてG編成を組成した。1993年(平成5年)9月にF編成組み換え改造が完了したことに伴い消滅した。
東京方 E編成 盛岡・新潟方
編成番号 1号車
221形(Mc)
2号車
226形(M')
3号車
225形(M)
4号車
226形(M')
5号車
225形(Mk)
6号車
226形(M')
7号車
215形(Ms)
8号車
226形(M')
9号車
237形(Mb)
10号車
226形(M')
11号車
225形(M)
12号車
222形(M'c)
E1-E36 普通車
(0番台)
普通車
(0番台)
普通車
(0番台)
普通車
(0番台)
普通車
(400番台)
普通車
(0番台)
グリーン車
(0番台)
普通車
(0番台)
ビュフェ車
(0番台)
普通車
(0番台)
普通車
(0番台)
普通車
(0番台)
E37-E39 普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1400番台)
普通車
(1000番台)
グリーン車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
ビュフェ車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)

*1991年5月9日 - 6月25日にかけて、7号車と11号車の入れ替えを実施。それ以後はグリーン車が11号車となった[2]

[編集] F編成

F5編成(小山駅)
F19編成(2006年3月4日)
  • 1983年(昭和58年)11月にデビュー。12両編成、0系タイプの前面形状だったが、一部(F5,F8,F40編成)はK編成捻出の際に100系タイプ(先頭車化改造の200番台)に置換された。240km/h走行対応。6 - 10次車グループの1000番台・2000番台で構成された。
  • 最初にデビューした1000番台の3編成はE37 - E39編成だったが、後にF1 - F3編成に改番された。1985年(昭和60年)には第7 - 9次車のF4 - F19編成(第7次車:F4 - F11編成、第8次車:F12 - F17編成、第3次車:F18,F19編成)が増備された。これは両先頭車が改良され、1500番台を名乗った。中間車は1000番台のまま変化なし。また、同時にE編成7本(E30 - E36)に240km/h対応を施してF編成(F51,F52,F61 - F65)に繰り入れられた。F61 - F65編成は当初ATC改造のみだったため、高圧引き通し工事終了後にF53 - F57編成に改番された。このあともE編成からF編成への改造が進み、最終的にはF1 - F21、F30 - F43、F51 - F59編成までになった。
  • 100系タイプの2000番台先頭車(第10次車)がF52,F58編成に組み込まれ、ピンストライプが入っていた。これらは後年H編成に組成変更となったが、変更や改造の都合上、ごく僅かの期間ながら0系タイプの前面形状にピンストライプが入っていた編成も存在した。
  • 従来はグリーン車が7号車だったが、1991年5月9日 - 6月18日にかけて、7号車と11号車の入れ替えを実施。それ以後はグリーン車が11号車となった[2]
  • 主に東京 - 盛岡間の「やまびこ」で使われていたが、H編成とともに2004年(平成16年)3月13日のダイヤ改正で定期運用を終了した。その後、F編成は臨時列車などに充当されることがあり、上越区間の「Maxとき・たにがわ」(E1系使用列車)の代走運用に入った事例もあった。
  • 2007年(平成19年)まで、新潟新幹線車両センターDS-ATCを搭載するF19編成が残存していたが、同年3月25日燕三条駅で開催された「さよなら200系F19編成展示会」を最後に運用を離脱し、5月9日に新幹線総合車両センターへ廃車回送され、5月11日に廃車[3]、F編成は消滅した。
200系F編成
元編成 該当編成
E37 - E39 F1 - F3
新造車 F4 - F21
E1 - E3,E5,E6,
E11,E14 - E17
F30 - F39
E25 - E27,E29 F40 - F43
E30 - E36 F51,F52,F61 - F65
→F51 - F57
E21 F58
保留車 F66 → F59
F17 F80
F54,F59,F14,F16 F90 - F93


[編集] F80編成

  • 12両編成、0系タイプの前面形状。240km/h走行対応。F17編成を改造して付番されたものである。
  • 1998年(平成10年)2月長野オリンピックの臨時輸送用に、長野新幹線乗り入れのための発電ブレーキ容量増大、電源周波数50Hz/60Hz切り替え装置を搭載した。また、市販の時刻表においては「200系車両で運転」の注釈があった。
  • 2004年(平成16年)6月18日付けで廃車となり、本系列による長野新幹線乗り入れ可能車両は消滅した。

[編集] F90番台編成

  • 12両編成、0系タイプの前面形状。上越新幹線下り上毛高原 - 浦佐間で275km/h走行に対応するためにF54,F59,F14,F16編成を改造して付番されたものである。ATCの240信号を275に読み替えるトランスポンダ搭載、先頭車のパンタグラフ撤去、台車車輪検査の厳格化(車輪径は通常は910mmであり、磨耗などで850mmまで減少されると交換となるが、F90番台編成は880mm以下で交換となった[4])、発電ブレーキの容量増加[4]、基礎ブレーキディスク圧力の向上[4]が行われた。F90 - F93編成の4編成が在籍していた。
  • 1997年(平成9年)3月22日に、500系が山陽新幹線で最高300km/hでの営業運転を開始するまで、日本の営業列車としては最高速の275km/hでの運転を行っていた。ATCの信号現示が200系F90番台編成の場合は「275」、300系の場合は「270」であることから、1992年(平成4年)に営業運転を開始した300系より速かったと言われていた[5]。実際には、ATCの頭打ち速度は300系も275km/h[6]だったため、ATCの抑止速度で考えた場合、最高速は同速ということになるが、営業速度で考えた場合、このF90番台編成が最速であった。
  • 275km/h運転は2000年(平成12年)まで続けられた[4]2002年(平成14年)にF90,F92編成が廃車された。同年に東北新幹線開通20周年記念として「想い出のあおば号」がF93編成によって運行された。その後、残ったF91,F93編成も2004年(平成16年)に廃車となった。
東京方 F90 - F93編成 盛岡・新潟方
編成番号 1号車
221(Mc)
2号車
226(M')
3号車
225(M)
4号車
226(M')
5号車
225(Mk)
6号車
226(M')
7号車
215(Ms)
8号車
226(M')
9号車
237(Mb)
10号車
226(M')
11号車
225(M)
12号車
222(M'c)
F90,F91 普通車
(0番台)
普通車
(0番台)
普通車
(0番台)
普通車
(0番台)
普通車
(400番台)
普通車
(0番台)
グリーン車
(0番台)
普通車
(0番台)
ビュフェ車
(0番台)
普通車
(0番台)
普通車
(0番台)
普通車
(0番台)
F92,F93 普通車
(1500番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1400番台)
普通車
(1000番台)
グリーン車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
ビュフェ車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1500番台)

*1991年5月9日 - 16日にかけて、7号車と11号車の入れ替えを実施。それ以後はグリーン車が11号車となった[2]

[編集] G編成

G47編成
  • 上越新幹線の「とき」(当時は各駅停車タイプ)や東北新幹線の各駅停車タイプの「あおば」(1997年(平成9年)に消滅)の利用率の状況から、E編成の一部を10両編成に減車した編成、後に8両編成に短縮された。全車0系タイプの前面形状。
  • 2つのグループがあり、G20番台(新潟新幹線第一運転所配置)は半室グリーン車ビュフェなし、G40番台(仙台総合車両所配置)は全室グリーン車・ビュッフェあり(ただし非営業)という違いがあった。なお、例外はG45編成(新潟配置)で、一時期グリーン車が組み込まれていなかった。
  • 最高速度が210km/hのままで高圧引き通しの改造はなされず(パンタカバーは設置)、このグループから廃車が始まった。1997年6月1日付けでG43編成のうち226-61と225-413の2両が廃車となった。これは200系の中で初めての廃車となった。226-63は、925形試験車「ドクターイエロー」の軌道検測車921-32に改造されたが、残りの5両は保留車となった上、同年10月6日付廃車になった[7]2000年(平成12年)までに全廃された。

[編集] H編成

H4編成(東京駅、2003年7月17日)
  • 1990年代の東北新幹線のフラッグシップ車両として、「スーパーやまびこ」の通称で親しまれた東京 - 盛岡間の速達「やまびこ」を中心に使用された編成である。
  • 100系タイプのシャープな前面形状の先頭車両(H3,H4が2000番台、他は先頭車化改造の200番台)、100系に似た側面の緑のピンストライプ塗装、2階建て車両を2両組み込んだ16両の長編成が特徴で、F43,F57,F52,F58,F42,F55編成を元としたH1 - H6までの6編成が組成されていた。ただしMM'ユニットの構成上、2階建て車両が100系(8・9号車)とは異なり9・10号車となっている。245km/h走行対応。東北新幹線の歴史上では現在まで唯一の貫通16両編成だったが、当時最長12両編成対応だった上越新幹線に入線することはできなかった。2階建て車両にはグリーン席普通個室およびカフェテリアが備えられていた。その後、2001年(平成13年)2月2日から2003年(平成15年)11月30日まで、普通個室を使用して「トレインマッサージ」を営業する列車も存在した。
  • 1990年(平成2年)6月23日、既存のF編成の6,7号車の間に2階建て車両(新製249形)1両を組み込んだ13両編成で営業運転を開始した。この時点では、H6編成の先頭車両が100系タイプのものに変更できていなかったため、0系タイプの先頭車両にピンストライプが入った珍しい編成となった。
  • 1991年(平成3年)3月8日、東北新幹線の東京開業を前に2階建て車両1両(新製248形)を9 - 10号車間に、普通車(225,226形、E編成からの転用)2両を4 - 5号車間に挿入して16両編成となった。当初はグリーン車は9 - 11号車の3両連結されていたが、K編成組成のためや、バブル経済の崩壊による需要の縮小に伴い、11号車のグリーン車は普通車への格下げが行われ、225形100番台となった。秋田新幹線開業とE2系への世代交代に伴って運用の場を狭め、H1 - H3,H6の4編成は2004年(平成16年)5月までに廃車とされた。200番台、2000番台のトップナンバー車を先頭車としていたH4,H5編成(221-2001,222-2001,221-201,222-201)は、F編成とともに2004年(平成16年)3月13日のダイヤ改正で定期運用から離脱した。その後、2階建て車両(248形と249形)を含む中間車を廃し、グリーン車非連結の平屋建て12両編成(上越新幹線乗り入れを想定)に組み替えられた後、2004年(平成16年)8月、市販の時刻表で「グリーン車なし 12両」と表記される多客期臨時列車で運用されたが、この2編成も前者が2005年(平成17年)5月28日付けで、後者も同年8月28日付でそれぞれ廃車された。

[編集] K編成

未リニューアルK24編成(日暮里駅付近、2002年8月2日)
リニューアル済みK51編成(大宮駅、2008年7月5日)
リニューアル済みK47編成(東北新幹線開業25周年記念列車、2007年6月23日)
  • 10両編成。2008年(平成20年)10月現在、200系で唯一残存する編成であり、すべての先頭車が0系タイプの前面形状。240km/h走行対応。400系およびE3系併結用連結器および自動解結装置搭載。自動解結装置などは2004年(平成16年)3月13日のダイヤ改正でK編成による連結運用が消滅したため、使用していない。

[編集] 8両K編成

  • 1992年(平成4年)に山形新幹線400系併結用として8両編成のK編成が生まれた。F4,F6,F7,F9,F41,F51,F56編成とその他保留車からK1 - K11の11編成が組成された。
  • 8号車の222形には併結用連結器および自動解結装置が搭載されている。
  • 組成当初は、K1,K4,K6,K8 - K10編成の7号車が237形ビュフェ車を連結していたが、1992年9月から順次225形490番台に改造された。

[編集] 10両編成化とF編成からの編入

  • 山形新幹線開業から秋田新幹線開業まではK編成は8両編成だった。秋田新幹線開業後に10両化と同時に編成の増備も行われた。F1 - F3,F10 - F13,F15,F18,F20,F21編成から7,8号車を抜き取って10両に短縮した編成には新たにK41 - K51が付番された。
  • K1 - K11編成は、5号車と7号車(グリーン車と普通車)を入れ替え、K41 - K51編成組成時に生じた余剰車を用いて新5,6号車として4,5号車間に挿入、10両編成となった。その際、編成番号がK21 - K31に改番されている。
  • 1999年(平成11年)頃より、E2系への置き換えと並行してK編成の一部(K21,K25,K26,K41 - K44,K46 - K49,K51)について座席の交換や内装の更新、先頭車形状の一新といった延命工事を施工した。運転台周りのガラスが滑らかな曲面形状となっている。車体塗装はJR東日本の他の新幹線と同様の白と青のツートーンを基調に、境界部に「200系を表す」とされる緑色の帯が入るカラーリングに変更されている。また、行先表示などの案内表示は発光ダイオードを使用したものに変更された。
  • 2004年(平成16年)10月23日新潟県中越地震で脱線したK25編成(下記参照)は翌2005年(平成17年)3月25日付けで廃車された。当初は光前頭が外された状態で新潟新幹線車両センターの車庫内に留置されていたが、2007年(平成19年)11月10日の新潟新幹線車両センター公開において、K25編成は編成順がばらばらになった状態で同センター内に露天で留置されていることが確認された。両先頭車のみ前面にカバーがかかっているが、他の車両にはカバーがない状態である。JR東日本では事故の教訓を残すため同編成の一部を福島県白河市総合研修センター内に移設して静態保存するとしている。
  • K編成の中で最後までオリジナル塗装だった編成はK31編成である。リニューアルK編成のDS-ATC搭載工事が完了するまで予備編成として残っていた。2004年に発生した新潟県中越地震の発生による臨時運用に充当されたほか、上越新幹線での脱線事故で使用不能となったK25編成の代替として置き換えのE2系が落成するまでの間使用された。2006年1月11日に廃車となった[8]。K31編成10号車の222-35は埼玉県さいたま市大宮区鉄道博物館に展示されている。
  • 2007年(平成19年)5月9日に、K47編成がオリジナル塗装に復元されて出場した。折しも、上述のF19編成の廃車回送と同じ日であり、厳密にはリバイバルではなく、オリジナル塗装が消滅していないことになる。この編成を使用して、同年6月23日に東北新幹線開業25周年記念列車「やまびこ」931号が大宮から盛岡まで、また、11月10日には上越新幹線で団体臨時列車の「あさひ」190号と臨時列車の「とき」25号が、さらに同月15日には同線の開業25周年記念として「とき」318号がそれぞれ運転された。通常時は基本的に他のK編成と共通運用に入り、定期列車に使用されている。
東京方 8両K編成 盛岡・新潟方
編成番号 1号車
221形(Mc)
2号車
226形(M')
3号車
225形(M)
4号車
226形(M')
5号車
215形(Ms)
6号車
226形(M')
7号車
225形(Mpk)
8号車
222形(M'c)
K1-K6 普通車
(1500番台)
普通車
(100,1000番台)
普通車
(0,1000番台)
普通車
(100,1000番台)
グリーン車
(0,1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(400番台)
普通車
(1500番台)
K7-K11 普通車
(0番台)
普通車
(100,1000番台)
普通車
(0,1000番台)
普通車
(100,1000番台)
グリーン車
(0,1000番台)
普通車
(100,1000番台)
普通車
(400番台)
普通車
(0番台)
東京方 10両K編成 八戸・新潟方
編成番号 1号車
221形(Mc)
2号車
226形(M')
3号車
225形(M,Mk※)
4号車
226形(M')
5号車
225形(M)
6号車
226形(M')
7号車
225形(Mpk)
8号車
226形(M')
9号車
215形(Ms)
10号車
222形(M'c)
K21-K26 普通車
(1500番台)
普通車
(100,1000番台)
普通車
(0,1000番台)
普通車
(100,1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(490番台)
普通車
(100,1000番台)
グリーン車
(0,1000番台)
普通車
(1500番台)
K27-K31 普通車
(0番台)
普通車
(100,1000番台)
普通車
(0,1000番台)
普通車
(100,1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(490番台)
普通車
(100,1000番台)
グリーン車
(0,1000番台)
普通車
(0番台)
K41-K43 普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1400番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(490番台)
普通車
(1000番台)
グリーン車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
K44-K51 普通車
(1500番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1400番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(1000番台)
普通車
(490番台)
普通車
(1000番台)
グリーン車
(1000番台)
普通車
(1500番台)

※3号車は0,1000番台の場合はMで1400番台の場合はMkである。
*編成一覧は廃編成直前の組成を表示。

[編集] 保存車両

流山温泉駅前に保存されている200系

[編集] ラッピング

2003年(平成15年)7月から2004年(平成16年)4月にかけて、残存していた一部の編成についてディズニーの部分的なラッピングが施されていた。

また、2008年(平成19年)7月19日からは、K43編成にポケモンラッピングが施された。これに関しては他の系列にも波及し、JR東日本の公式ホームページで2日後までの運行情報が公開された。

[編集] 営業列車の脱線

上越新幹線脱線事故」も参照

2004年(平成16年)10月23日午後5時56分頃(JST)に発生した新潟県中越地震により、東京新潟行の「とき」325号(K25編成)が時速約200kmで走行中、長岡駅手前約5kmの滝谷トンネル先の地点で被災し、10両中8両が脱線した。日本の新幹線史上初の営業運転中の脱線事故となった。

航空・鉄道事故調査委員会からは中間報告が出されたものの、直後に発生したJR福知山線脱線事故の調査が優先されるなどして長らく最終報告がまとめられていなかったが、事故から3年経った2007年(平成19年)11月30日、調査委員会から最終報告書が発表された。当初は瞬間的に車体が浮き上がったものと思われていたが、地震の揺れによって四股を踏んだような状態になり脱線に至ったものと結論付けられた。

[編集] 今後の動向

200系K編成は、延命工事により2010年(平成22年)ごろまでの使用が想定されているが、2009年(平成21年)2月現在、JR東日本による200系の処遇についての正式な発表はない。

ただし、一部マスコミにより、JR東日本が2011年(平成23年)春以降、200系を廃車、E2系とE4系を上越新幹線に転出させ、在来線直通を除く東北新幹線の全車両を320km/h対応の新型車両E5系に統一する予定である事が報じられている[9]

[編集] 脚注

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  1. ^ 『鉄道のテクノロジーVol.1 新幹線』 三栄書房、2009年、p.126。ISBN 9784779605345
  2. ^ a b c 『東北・上越新幹線 東北・上越から山形・秋田・長野新幹線まで20年の歩み』 南谷 昌二郎、JTBパブリッシング、2002年、pp.156 - pp.157。ISBN 9784533045134
  3. ^ 鉄道ファン 2008年7月号(車両配置表)』 交友社、2008年、P.44。
  4. ^ a b c d 『鉄道のテクノロジーVol.1 新幹線』 三栄書房、2009年、p.77。ISBN 9784779605345
  5. ^ 『新幹線EXPLORER Vol.11 新幹線車両DATABOOK200系』 三好裕一、イカロス出版、2009年、p.21。
  6. ^ 東海道・山陽新幹線のATCは220信号以上での抑止速度は現示速度+5km/h(300のみ+3km/h)であるのに対し、東北・上越・長野新幹線では現示速度=抑止速度のため
  7. ^ 『東北・上越新幹線 東北・上越から山形・秋田・長野新幹線まで20年の歩み』 南谷 昌二郎、JTBパブリッシング、2002年、p.158。ISBN 9784533045134
  8. ^ 『JR電車編成表 '09冬号』 ジェー・アール・アール、2008年、P.12。ISBN 9784882830504
  9. ^ 青森延伸で東北新幹線刷新 新型E5系に統一、2階建て「MAX」姿消す(MSN/産経新聞ニュース 2009年2月12日)

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ