国鉄EF66形電気機関車
| 国鉄EF66形電気機関車 | |
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EF66 54(山陽本線 倉敷 - 西阿知間 2009年10月)
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| 最高速度 | 110 km/h |
| 定格速度 | 72.2 km/h(85%界磁) 108.0 km/h(40%界磁) |
| 最大寸法 (長・幅・高) |
18,200×2,800×3,872 (mm) |
| 車両質量 | 100.08t |
| 軸配置 | Bo - Bo - Bo |
| 軌間 | 1,067 mm |
| 電気方式 | 直流1,500V (架空電車線方式) |
| 主電動機 | 直流直巻電動機 MT56形×6基 |
| 定格出力 | 3,900 kW |
| 歯車比 | 20:71 (3.55) |
| 定格引張力 | 19,590 kgf(約192.08kN・85%界磁) |
| 制御装置 | 自動進段電動カム軸制御 抵抗制御・3段組合せ・弱め界磁 (バーニア制御付) |
| 駆動装置 | 1段歯車減速中空軸可撓吊り掛け式 |
| 台車 | 試作車:DT133形(両端) DT134形(中間)[1] 0番台1次車:DT133A形(両端)DT134A形(中間)[2] 0番台2次車:DT133B形(両端)DT134A形(中間)[3] 100番台:FD133C形(両端)FD134B形(中間)[4] |
| ブレーキ方式 | EL14AS形自動空気ブレーキ |
| 保安装置 | ATS-S(新製時) |
| 備考 | |
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この表について
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EF66形電気機関車(EF66がたでんききかんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が1968年(昭和43年)から、日本貨物鉄道(JR貨物)が1989年(平成元年)から製作した直流電気機関車である。
本形式の量産に先立ち、1966年(昭和41年)に試作されたEF90形電気機関車についても本項で記述する。
目次 |
[編集] 概要
東海道・山陽本線系統の高速貨物列車専用機として開発された形式である。
名神・東名高速道路の整備により輸送シェアを拡大しつつあったトラック輸送に対抗するため、国鉄では特に所要時間の短縮が急務とされた生鮮品輸送を中心に貨物列車の高速化を計画した。最高速度 100 km/h での走行可能なコキ10000系コンテナ車・レサ10000系冷蔵車と並行して、専用の新型機関車の開発が開始された。
当初は動軸数8軸の「H級」とする構想もあったが、大出力電動機の実用化に見込みがついたことから動軸数6軸の「F級」として開発が進められ、1966年(昭和41年)9月に試作機が川崎車輛(現・川崎重工業)で完成した。これがEF90形である。定格出力 3,900kW は狭軌鉄道では当時世界最大のものであった。
同年11月より、先に運用を開始していたレサ10000系の特急貨物列車「とびうお」「ぎんりん」の牽引で運用を開始し、運用結果を基に1968年(昭和43年)から量産機の製作が開始された。これがEF66形である。
本形式の量産開始に伴い、これまで暫定的にEF65形(500番台F形)の重連牽引としてきた「とびうお」などの高速貨物列車は本形式1両での牽引に切り替えられ、以後、東海道・山陽本線系統の高速貨物列車を主として使用されてきた。1985年(昭和60年)3月からは寝台特急(ブルートレイン)「はやぶさ」「富士」など旅客列車の牽引にも使用されるようになった。
1987年の国鉄分割民営化では西日本旅客鉄道(JR西日本)とJR貨物に承継された。1989年(平成元年)には、JR貨物によって一部設計変更の上で新規製作が行われた。これはコンテナ貨物輸送の好調を受け、列車増発に対応するもので、当時並行して開発に着手した新型機関車の投入までに輸送状況の逼迫を賄う時間的猶予がなかったための過渡的な措置である。以降、コンテナ車を主とする貨物列車に重用されている。
JR西日本所属車は引き続き東海道・山陽本線区間の寝台特急に運用され、2009年3月に同区間の客車寝台特急全廃を以って定期運用を終了している。
[編集] 構造
※ここでは設計当初の仕様について記述し、後年の変更箇所については当該節にて記述する。
[編集] 車体
高運転台式非貫通で、運転台を特急形電車と同様の一段高い位置に設け、中央部を突出させた前面形状は従来の国鉄電気機関車にない独特のものである。灯火類は正面下部に前灯・後部灯を垂直に配列、左右の灯火間には通風孔を兼ねたステンレスの飾り帯を配し、正面のナンバープレートは特急形電車に類似する逆三角形の標章と一体化した意匠である。これら形状の特徴から、本形式は容易に識別できる。外部塗色は車体が青15号(濃青色)、正面下部と側面の帯はクリーム1号である。
[編集] 主要機器
1,000 t の貨物列車を 100 km/h で運転することを開発目標として、主電動機は本形式用に開発された出力 650 kW のMT56形を6基搭載した結果、定格出力はEF65形の1.5倍に相当する 3,900 kW となった。
制御方式は国鉄直流電気機関車で一般的な抵抗制御であり、主電動機の電気配列をつなぎ変える組み合わせ制御は橋絡渡り[* 1]方式を採用している。制御装置として、CS27抵抗バーニア制御器、CS28界磁制御器を搭載する[5]。
弱め界磁制御はS(直列)、SP(直並列)、P(並列)の各ノッチにおいて最弱40%までの8段と在来車より多く設定し、細かな速度制御が可能である。制御回路はリレーからダイオード・サイリスタ・シンクロ電動機等の新技術が積極的に採用[* 2]され、空転検知装置は電気機関車で初めて主電動機電機子電圧比較方式を採用した。
台車はダイアフラム形空気ばねを枕ばねに用いたDT133形(両端)・DT134形(中間)で、両端のDT133形は空気ばねを介してまくらばりに全荷重を伝え、けん引力伝達にもボルスタアンカーを用い、電車の台車に近い構造になっている。中間のDT134形は曲線通過時に横動に対応する必要があるため、上下揺れまくらと揺れまくら釣りを持つリンク式機構を備え、上揺れまくらが車体と結ばれている。動力伝達機構は従来の吊り掛け式を廃し可撓吊り掛け式を用いてばね下重量を軽減している。これは軌道への影響軽減や高速走行時の安定性確保のための機構で、いずれも国鉄電気機関車では初採用である。
高速貨物列車の牽引が前提であるため、ブレーキ装置には電磁ブレーキ指令装置と応速度単機増圧機能を装備する。電動空気圧縮機 (CP) は10000系貨車の空気ばねにも空気圧を供給する[* 3]ため、大容量のMH92B-C3000形を2基を搭載する。これはEF65形と同じ物である。
連結器は周囲にブレーキ指令を伝えるブレーキ管 (BP) および空気圧を供給する元空気溜管 (MRP)、と2系統の空気管を装備し、同形の連結器を備える10000系高速貨車との連結時には空気管も自動的に連結される構造である。これは10000系貨車の各台車に備えられた空気ばねと各車のブレーキ装置を駆動する動力源となる元空気溜に空気圧を供給するMRPを編成全体に引き通すためで、連結器本体は遊間のない日本製鋼所設計の密着式自動連結器を使用して連結時に各空気管も確実に接続される設計としている。
補機類や計器類の電源を供給する補助電源には、5kVAの容量を備えるMH81B-DM44B交流発電機を採用するが、これはEF65形と同じ物を搭載している。
電動機などの冷却に使用する電動送風機は、MH91G-FK99形を2基搭載する。内訳は、第1 - 第4電動機用が1基、第5・6電動機・ブレーキ抵抗器用が1基である。
集電装置は、直流電気機関車標準の菱枠パンタグラフであるPS17を装備した。後年には生産終了となっていたPS17の部品調達が難しくなったことから、PS22B下枠交差形パンタグラフへの換装が施工されたものがある。PS17の予備部品の在庫状況(PS22Bに載せ替えられて降ろされたPS17も再整備で備品となる)から必要に応じて行われるため、一気に全車に施工されるものではなく、また一度PS22Bに載せ替えられてから、再度PS17に載せ替えられたものも存在する。[6]
運転台操作機器は従来機関車の標準仕様から大きく変更された。ノッチ板を廃し電車同様の操作性をもつ主幹制御器ハンドル、電気機関車で初めて「セルシン」と呼称するシンクロ変換器を採用した弱め界磁ハンドル、人間工学の思想に基づき視認性を配慮して一直線に配置された計器類などを装備する。
[編集] 形態区分
[編集] 試作機(EF90形)
昭和40年度第2次債務により、1966年(昭和41年)9月にEF90形として川崎車輛+川崎電機で製作された。本形式の前身となる試作機である。最高速度 100 km/h の高速貨車コキ10000形・レサ10000形などと同時に試作され、各種試験に供された。外観上、正面窓の形状が若干異なる。中央の桟は幅が太く、隅の桟は量産車より内側に寄っている。また、側引き窓が2分割されている(量産車は1枚)。1968年(昭和43年)、量産1次車が製作されたのと同時期に量産車と仕様を統一する改造を行い、量産車と同じEF66形に編入して番号をEF66 901に変更した。前面窓の桟の移設は1987年(昭和62年)の全検入場時に行われたが、桟の幅は変更されなかった[7]。
1987年(昭和62年)のJR移行時にはJR貨物に承継され、吹田機関区に配置され貨物列車に使用された。1996年12月にヘッドマーク「さよなら901」を装着して走行し同月28日の2060レ(幡生 → 吹田)で運用から離脱[8]、保留車となり2001年(平成13年)2月9日付で廃車された[9]。現車は広島車両所構内で解体され、現存しない。
[編集] 基本番台
1968年(昭和43年)から1974年(昭和49年)にかけ55両が製作された。細部仕様の差異により1次車と2次車に区分される[10]。
[編集] 1次車
1968年(昭和43年)から 1969年(昭和44年)までに20両(1 - 20号機)が製作された。
試作車である901号機をベースに以下に示す改良がなされている。
- 抵抗バーニア制御器をCS27からCS27Aに変更
- 界磁制御器をCS28からCS28Aに変更
- 台車をDT133からDT133Aに、DT134からDT134Aに変更
- 前方視界の改善のため、正面窓の桟を外側に移動
また、16号機以降は車体肩部分の主抵抗器排熱口が2分割から4分割に、18号機以降は抵抗バーニア制御器がCS27AからCS27Bに、界磁制御器がCS28AからCS28Bに変更された[5]。
[編集] 2次車
1973年(昭和48年)から 1974年(昭和49年)まで35両(21 - 55号機)が川崎重工業で製作された。1次車と比較して多くの変更点がある。
外観での大きな相違は、前面窓直上に庇がついた点である。これは、集電装置スリ板で発生する金属粉やグリスによる汚れを防ぐためである。さらに、車体側面の点検蓋が車体中央のナンバープレート横に移設、前面誘導員用手すりの変更が行われた。前面ナンバープレート下の飾り帯にあった通風孔は廃止された。
内部機器の点では、抵抗バーニア制御器がCS27Cに、界磁制御器がCS28Cに変更された。電動発電機は三相誘導電動機の採用と容量増強(5kVA → 90kVA)が行われたMH127A-DM84A形に変更された。これに付随して、電動空気圧縮機はMH3064A-C3000形2基に、電動送風機はMH3036B-FK99A形2基に変更された。主電動機にはコンバインドシャント抵抗器が追加された。高速回転時の整流改善を目的とする対策で、後年に充当された寝台特急運用では最高速度 110 km/h での営業運転を行うため、本件対策がなされた2次車を中心に充当している。台車の空気ばねをベローズ式からダイヤフラム式に変更したために、両端台車の形式がDT133Bに変更された。
自動空気ブレーキ装置には単機増圧装置に加え、20系客車に搭載された編成増圧装置を作用させるための指令線を追設した。これは列車全体のブレーキシリンダ圧力を増加させる機構で、高速域からの非常制動時に制輪子と車輪の摩擦熱によって減衰する制動力を補うための装備である。
また、34号機以降は避雷器がLA15BからLA15Dに変更された。
2次車では振替台検が行われていた。振替台検とは1両分(両端台車2基と中間台車1基)を余分に用意して整備しておき、台検施行車の台車と取り換えることで入場期間を短縮し、取り換えられた台車を整備して次の入場に備えることを繰り返すものである。これによって本来1週間前後かかる施行期間が2日ですみ、稼働率を向上させられた。取り換えられた台車は整備して次の入場に備える。国鉄民営化に際して2社に所属が分かれるため、1987年3月いっぱいで廃止された[11]。
| 製造次 | 車両番号 | 製造メーカー | 製造名目 | 予算 |
|---|---|---|---|---|
| 1次車 | 1 - 6 | 東洋電機製造 汽車製造 |
100km/h特急貨物列車新設用 | 昭和42年度第2次債務 |
| 7 - 13 | 川崎車輌 川崎電機 |
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| 14 | 東洋電機製造 汽車製造 |
増発ダイヤでの不足両数追加 | 昭和42年度第3次債務 | |
| 15 | 川崎車輌 川崎電機 |
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| 16・17 | 川崎重工業[* 4] 富士電機[* 4] |
フレートライナー増発用 | 昭和43年度第3次債務 | |
| 18 - 20 | 汐留 - 東広島、下関 - 汐留間特急貨物列車増発 | 昭和43年度第5次債務 | ||
| 2次車 | 21 - 25 | 東洋電機製造 川崎重工業 |
東海道・山陽地区フレートライナー増発用 | 昭和48年度第1次民有 |
| 26 - 31 | 川崎重工業 富士電機 |
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| 32・33 | 東洋電機製造 川崎重工業 |
増発「彗星」所要牽引機捻出用 | 昭和48年度第3次民有 | |
| 34 - 44 | 東海道・山陽・東北・山手貨物線貨物列車増発用 および身延・飯田線増強用 |
昭和49年度第2次民有 | ||
| 45 - 55 | 川崎重工業 富士電機 |
[編集] 改造
- ひさし取り付け
新製時にひさしを取リつけられていなかった1次車を対象に行われた[12]。1974年から行われた取り付けでは、全般検査に合わせて8両(5 - 7・13 - 17号機)が取り付けられたにとどまった[12]。その後、1993年度から始まった#延命・更新工事に合わせて取り付けが再開され[12]、11号機以外に取り付けられた。
[編集] 100番台
JR移行後の貨物列車増発に対応するため製作された区分で、1989年(平成元年)から1991年(平成3年)にかけて川崎重工業で33両[* 5]が製作された。性能や基本的な構造は0番台の最終増備車を踏襲したが、各部の仕様を変更している。
外観は大きく変更され、前面は正面窓を大型化し、上面が大きく傾斜した3面構成の意匠に変更され、灯火類は正面中位に前照灯・標識灯を横方向に配置する。正面窓にはウィンドウォッシャーが装備された。乗務員室に冷房装置が搭載された。外部塗色は車体上部が濃淡ブルーの組み合わせ、下部がライトグレー、乗務員室扉はカラシ色(黄土色)のJR貨物標準色である。
電動機・制御機器は新たな規制への対応や機器類の有害物質排除など細部に変更が見られる。電動機では、整流改善対策として基本番台2次形(21号機以降)からコンバインドシャント抵抗器が用いられていたが、誘導コイルの見直しなどにより整流改善がなされたため、撤去されている。機器類では従来用いられていた補助リレーの製造中止により代替品に変更、セレン整流器がダイオード化、アスベストの排除が行われるなど、時代に合わせた設計変更がされている。台車は、空気ばねの形状をダイヤフラム式に変更したFD133C・FD134Bを使用する[13]。
制動面では基本番台に改造で取り付けられたコキ50000形250000番台コンテナ車による100km/h運転対応の減圧促進装置が当初から設けられている。また電磁ブレーキ指令装置は、編成増圧機能が省略され、単機増圧方式となり、従来の空気差圧感知式の電空帰還器から、ED79形電気機関車(50番台)同様のカム接点付きのブレーキ弁に変更されている。空気圧縮機は空気管などのドレンによる腐食を防止するため、除湿装置が追加されている[14]。
集電装置はPS22B下枠交差形パンタグラフを当初から装備する。連結器は、10000系貨車を牽引する機会がほとんどないことから、基本番台の密着式自動連結器から一般的な並形自動連結器に変更され[15]、スカートの1位と4位にはMRPが設置されている。
仕様の差異により1次車と2次車に区分される[10]
- 1次車
- 1989年(平成元年)に8両(101 - 108号機)が製作された。前面の灯火類は丸型のものを設置する。
- 2次車
- 1990年(平成2年)から1991年(平成3年)に25両(109 - 133号機)が製作された。単位スイッチ・高速遮断器の非アスベスト化、抵抗バーニア・界磁制御機器類の仕様の変更、集電装置の変更(PS22B → PS22D)をおこなったほか、保守の簡素化のため、灯火類を一体化した角型形状・カバー付のものに変更した。外部塗色は1次形の塗り分けに加え、車体裾部に 100 mm 幅の青色の帯が追加された。
[編集] 運用の変遷・現況
[編集] 国鉄時代
新製当初、901号機は吹田第二機関区(現・吹田機関区)に配置されたが、量産車は全車が下関運転所(現・下関総合車両所運用検修センター[* 6])に配置された。901号機は姫路第二機関区に転属後、鷹取工場にて量産化改造を行ったうえで下関運転所に転属している[16]。
1978年(昭和53年)から一部が広島機関区に転属し、貨物列車の大幅削減が実施された1984年(昭和59年)には広島機関区所属の車両が吹田機関区に転属している。転属後も引き続き東海道・山陽本線の貨物列車に使用された。
| 所属 | 車両番号 | 備考 |
|---|---|---|
| 下関車両所 | 17 - 20・28・30 - 55・901号機 | |
| 吹田機関区 | 1 - 16・21 - 27・29号機 | 27・29号機は下関からの転属 |
その後、1985年(昭和60年)3月14日のダイヤ改正の際、2次車の一部が寝台特急「あさかぜ」「さくら」「はやぶさ」「みずほ」「富士」の東京 - 下関間での牽引に転用された。これは貨物列車縮減により運用に余裕が出たことに加え、「はやぶさ」の編成中にロビーカーを増結して牽引定数が増加し、従来のEF65形では牽引力が不足するための措置である。
国鉄分割民営化を見据えて、貨物列車牽引機に充当される17 - 20・28・30 - 39・901号機が、1986年11月1日付で下関運転所から吹田機関区に転属した[17]。
[編集] JR貨物
分割民営化時には1 - 39・901号機の40両を承継し、その後100番台33両を製作して73両体制となった。
国鉄から承継した車両はすべて吹田機関区に配置され、100番台は吹田機関区・岡山機関区・広島機関区に分散配置されていたが、1996年(平成8年)3月16日のダイヤ改正で73両すべてが吹田機関区配置となった。また1999年(平成11年)から2002年(平成14年)にかけてJR西日本から41・44・52・54号機の4両を譲り受けている。
コキ100形貨車登場後は、100番台と同様にスカートの1位と4位側へのMRPの増設が、後にJR西日本から移籍した車両を含めて全機に施工された。
基本番台機に対しては乗務員室に冷風装置の取付を実施している。1988年(昭和63年)に試験的に取付を実施し、1991年(平成3年)から本格対応として電源容量の大きい21号機以降[* 7]について取付を実施している。
また、1988年には18号機が瀬戸大橋の荷重試験列車の一部として使用された。
分割民営化後の1987年8月[* 8]に、20号機が試験塗装としてクリーム色ベースに青のライン、車体側面中央に大きなJRマークという塗り分けで登場した[18]。同車は後に更新工事によって、旧更新色、新更新色と塗装が変更され、三度にわたって外観が変化したが、2010年3月16日付で除籍され[9]、広島車両所で解体された。
1993年からは0番台の延命・更新工事が行われている。
詳細は「#延命・更新工事」を参照
東海道・山陽本線を中心に運用されるが、1998年10月には東北本線黒磯駅までの運用が追加される[19]。2000年代に入ってからはEF65形から本形式に運用が置き換えられた線区・列車もあるが、基本番台は製作後30年以上が経過し老朽化や状態不良・EF210形による置き換えの進行もあって、2001年(平成13年)以降試作機の901号機および更新車を含む基本番台に廃車が発生している[* 9]。1次型は既に全車が運用を離脱し、JR西日本から移籍した車両にも廃車が発生している。
2011年3月のダイヤ改正時点では吹田機関区に基本番台14両(21・24・26 - 30・32・33・35・36・44・52・54号機)、100番台33両の合計47両が配置され、東京貨物ターミナル駅 - 幡生駅間のほか、高崎線高崎操車場・東北本線黒磯駅まで運用される[20]。ダイヤ改正までは美濃赤坂線美濃赤坂駅[* 10]での運用があった[21]。
[編集] 延命・更新工事
1993年から2006年にかけて、内部機器の更新、側引き戸のステンレス化、前面ナンバープレート部の装飾および前照灯間のステンレス飾り帯の撤去などが行われた。施工済機は車体塗色を変更している。JR貨物所有の0番台全車に施行する予定であったが[22]、最終的に1 - 5・7 - 10・12・13・16 - 39・41・44・52・54号機に施行された。
更新工事を施工した車両には塗装変更を施した。この変更に関しては、100番台機と似た塗り分け(車体側面ルーバー位置を基準に、それより上部をディープブルーで塗装する。)でナンバープレートも100番台と同様に運転台直下に移設することも考えられた[23]。最終的に、前面塗り分け位置のみを更新前と同じ位置にまで上昇させ、ナンバープレートの位置は更新前と同じとした[24]。後に更新機の塗装が変更されたことから旧更新色とも呼称される。
2004年(平成16年)施工の54号機以降は外部塗色が変更され、車体を青15号、正面と車体裾部にクリーム色1号を配した、国鉄色に近似するものとなった[25]。旧更新色と比べて色あせや汚れが目立たずにマスキングの手間を省くことができる塗装として採用され、この塗色は新更新色とも呼称される[23]。最終的に9・10・12・16・17・19 - 26・28 - 39・41・44・52・54号機が新更新色となった[* 11][* 12]。初期に塗装が変更された16・19・20・54号機とそれ以外の車両では、手摺や車体裾帯の色などで若干の相違が見られる。
2006年9月に0番台最後となる更新工事を施工した27号機は、ほぼ国鉄塗装のままで出場した。変更箇所は「JR FREIGHT」のロゴ追加や腰板撤去に伴う製造銘板の移設、庇(ひさし)部分を含む屋根のグレー塗装化など、ごく僅かな箇所にとどまる。
[編集] JR西日本
分割民営化時には40 - 55号機の16両を承継した。「あさかぜ」「さくら」「はやぶさ」「みずほ」「富士」の東京 - 下関間での牽引で運用された。
1990年3月のダイヤ改正より、「あさかぜ2号・3号」および「瀬戸」の電源車の一部が、架線集電方式を採用したスハ25形300番台に改められたことから、緊急時に同車のパンタグラフを降下させるための装置が運転席に設けられ、指令用ジャンパ栓(KE70HE)が連結器左横に増設されている。一部の車両は検査出場時に台車・床下機器がグレーに塗装されている。
東海道・山陽本線系統の寝台特急牽引のほか、保安装置としてATS-P形を搭載することから、首都圏方面への団体臨時列車牽引にも用いられた。
1994年12月のダイヤ改正で「みずほ」と「はやぶさ」1往復が廃止となった。このころから寝台特急削減に伴い余剰が発生し、41・44・52・54号機がJR貨物に移籍した。老朽や余剰による廃車は1995年(平成7年)から発生し、1992年(平成4年)の寝台特急「さくら」衝突事故(山陽本線須磨 - 塩屋間)で大破し復旧された55号機も同時期に廃車されている。
以後、下関地域鉄道部下関車両管理室[* 13]に10両(42・43・45 - 51・53号機)を配置し引き続き使用されたが、寝台特急の運用は漸次減少し、最後まで残存した「富士」・「はやぶさ」(東京 - 下関間)の運用が2009年3月14日ダイヤ改正の列車廃止によって消滅し、定期運用を喪失した。その後、8両が廃車され[26]、45・49号機の2両のみ残存した[26]。以後は臨時の工事列車(工臨)などに用いられたのち、2010年9月20日付で廃車となり、JR西日本所属車は消滅している[27]。
[編集] 保存車両
- EF66 1
- EF66 11
- EF66 45・49
- EF66 49
[編集] 脚注
- ^ EF60形やEF65形では、力行時に直列→直並列、直並列→並列に接続を切り替える「渡り」の際に一部の主電動機を電気的に開放する「短絡渡り方式」を採用していたが、本形式は大出力であるため、牽引力の急激な変化による主電動機への影響を防ぐ目的で、ホイートストンブリッジ回路を応用した「橋絡渡り方式」を採用している。これは、短絡渡りでは牽引力変動による悪影響が大きいEF62形・EF63形・EF64形といった勾配線用機関車と同一の方式である。
- ^ これらの新技術は好結果を収め、後にEF64形やEF65形1000番台などに反映された。
- ^ 10000系貨車の空気ばねは7両分以上の空気圧供給をブレーキ管経由で行うと、それだけで自動ブレーキが作用してしまうほどの消費量となる。そのため、10000系貨車を長大編成で運用するには元空気溜管 (MRP) の引き通しと、それに空気圧を供給する大容量CPの搭載が必須であった。
- ^ a b 企業合併などによる社名変更。元は川崎車両・川崎電機。
- ^ 川崎重工の車両製作拠点は兵庫工場であるが、本区分は2次車の一部を除き、坂出工場で製作された。同工場は後に川崎造船に移管されたため、稀有な製作例である。
- ^ 現車は幡生支所(現・幡生機関区)に駐在する。
- ^ 1 - 20号機は国鉄時代からの扇風機を設けるのみである。
- ^ 1987年8月19日に構内試運転、翌20日に本線試運転を実施。
- ^ JR貨物広島車両所で除籍された11号機は東日本旅客鉄道(JR東日本)に寄贈され、さいたま市大宮区の鉄道博物館に保存展示されている。
- ^ 岐阜県大垣市にある金生山からの石灰石輸送列車。
- ^ 33・36・54号機は旧更新色を経ることなく、国鉄色から新更新色に塗り替えられた。
- ^ 旧更新色もその後の全般検査において塗装変更された車両や、車両置き換えによって除籍された車両が増え、2010年6月に広島車両所を出場した30号機を最後に姿を消し、JR貨物における現役の更新色車両は全て新更新色となっている。
- ^ 2009年6月1日に下関総合車両所運用検修センターに改称されている。
[編集] 出典
- ^ 『鉄道ファン』1991年11月号、交友社、p.10
- ^ 『鉄道ファン』1991年11月号、交友社、p.13
- ^ 『鉄道ファン』1991年11月号、交友社、p.18
- ^ 『鉄道ファン』1991年11月号、交友社、p.32
- ^ a b 『鉄道名車 モデル&プロファイル EF66 0&100番代』 ネコ・パブリッシング、2011年、p.28。
- ^ 『鉄道ファン』1991年11月号、交友社、p.43
- ^ 『鉄道ファン』1991年11月号、交友社、p.44
- ^ 『鉄道名車 モデル&プロファイル EF66 0&100番代』 ネコ・パブリッシング、2011年、p.40。
- ^ a b 『鉄道名車 モデル&プロファイル EF66 0&100番代』 ネコ・パブリッシング、2011年、pp.36 - 37。
- ^ a b 『鉄道名車 モデル&プロファイル EF66 0&100番代』 ネコ・パブリッシング、2011年、pp.22 - 26。
- ^ 『鉄道ファン』1991年11月号、交友社、p.41
- ^ a b c 『鉄道名車 モデル&プロファイル EF66 0&100番代』 ネコ・パブリッシング、2011年、p.31。
- ^ 『鉄道ファン1989年5月号』 坂本哲朗(日本貨物鉄道株式会社)、交友社、1989年、pp.62, 63。
- ^ 『鉄道ファン1989年5月号』 坂本哲朗(日本貨物鉄道株式会社)、交友社、1989年、p.61。
- ^ 『鉄道ファン1989年5月号』 坂本哲朗(日本貨物鉄道株式会社)、交友社、1989年、p.62。
- ^ 『鉄道名車 モデル&プロファイル EF66 0&100番代』 ネコ・パブリッシング、2011年、p.129。
- ^ a b 『鉄道名車 モデル&プロファイル EF66 0&100番代』 ネコ・パブリッシング、2011年、pp.110 - 129。
- ^ 『鉄道ファン1996年11月号』 交友社、1996年、pp.117 - 119。
- ^ 『鉄道ファン1999年4月号』 交友社、1999年、p.37。
- ^ 『JR貨物時刻表2011』 社団法人鉄道貨物協会、2011年、pp.248 - 250。
- ^ 『JR貨物時刻表2010』 社団法人鉄道貨物協会、2010年、pp.256 - 259。
- ^ 『鉄道ファン1993年9月号』 交友社、1993年、p.67。
- ^ a b 『鉄道名車 モデル&プロファイル EF66 0&100番代』 ネコ・パブリッシング、2011年、p.31。
- ^ 『鉄道名車 モデル&プロファイル EF66 0&100番代』 ネコ・パブリッシング、2011年、p.30。
- ^ 『j train Vol.14 「JR貨物EF66更新色3形態勢ぞろい」』 田中真一、イカロス出版、2004年、P.126。
- ^ a b 「JR旅客会社の車両配置表」 『鉄道ファン』2010年6月号(通巻591号)、交友社
- ^ 『JR電車編成表 2011冬』 ジェー・アール・アール、交通新聞社、2010年、p.349。ISBN 9784330184104。
- ^ 『j train Vol.39 「吹田機関区EF66のうごき」』 田中真一、イカロス出版、2010年、P.58。
- ^ 「EF66配給輸送」 ネコ・パプリッシング『鉄道ホビダス』RMニュース、2010年9月22日
- ^ 『鉄道ファン2011年1月号』 清水薫、交友社、2010年、pp.104 - 107。
- ^ 嵯峨野観光鉄道様のEF66機関車をモニュメント用に改良する工事を受注しました。ジェイアール貨物・北陸ロジスティックス、2010年10月
- ^ EF66のカットモデルを納品しましたジェイアール貨物・北陸ロジスティックス、2011年6月15日付
[編集] 参考文献
- 鉄道ジャーナル社『鉄道ジャーナル』
- 別冊No.4 『国鉄現役車両1983』 1982年
- 2005年5月号 No.463 特集:鉄道貨物輸送の現状
- 電気車研究会『鉄道ピクトリアル』
- 1986年7月号 No.466 特集:EF66形電気機関車
- 2000年1月号 No.680 特集:貨物輸送
- ネコ・パブリッシング『国鉄冷蔵車の歴史(下)』 RM LIBRARY No.28 2001年
- 交友社『鉄道ファン』
- 1986年5月号 No.301 「直流新形電機出生の記録 5」
- 1986年8月号 No.304 「直流新形電機出生の記録 8」
- 1989年12月号 No.344 「直流新形電機 交流・交直流電機出生の記録 補遺 I-1」
- 1991年11月号 No.367 特集:機関車EF66
[編集] 関連項目
- 本形式を基礎とした輸出機
- レンフェ(スペイン国鉄)251形電気機関車 - 三菱重工業による輸出・ライセンス機。
- 中国国鉄6K型電気機関車 - ED75形・本形式を基礎とした交流電気機関車。
- 日本国有鉄道の新性能電気機関車 ■Template ■ノート
- 直流D型機 - ED60 - ED61 - ED62 - ED63 / ED95(計画のみ)
- 直流F型機 - EF60 - EF61 - EF62 - EF63 - EF64 - EF65 - EF66 / EF90 - EF67
- 交流D型機 - ED44 - ED45 - ED70 - ED71 - ED72 - ED73 - ED74 - ED75 - ED76 - ED77 - ED78 - ED79 - ED90 - ED91 - ED93 - ED94
- 交流F型機 - EF70 - EF71
- 交直両用機 - ED30II - ED46 / ED92 - EF30 - EF80 - EF81
- 旧型機関車
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- F型機(旅客用)- EF50 - EF51 - EF52 - EF53 - EF54 - EF55 - EF56 - EF57 - EF58 - EF59
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- 開発史 - 日本の電気機関車史
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