名鉄6000系電車

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名鉄6000系電車
(6500系・6800系)
6000系1次車(2008年、青塚駅にて撮影)
6000系1次車
(2008年、青塚駅にて撮影)
編成 2両編成(6000系・6800系)
4両編成(6000系・6500系)
最高速度 100km/h[1]
起動加速度 2.0km/h/s[2]
減速度 3.5km/h/s[2](常用最大)
4.0km/h/s[2](非常)
車両定員 編成表を参照
全長 18,950mm[3](ク6000[注釈 1]・モ6200[3][注釈 1]
18,830mm(サ6100・モ6300・モ6450・モ6550)
18,900mm(ク6400・ク6500・6800系)
全幅 2,730mm[3]
全高 3,880mm[3](集電装置なし)
4,200mm[3](集電装置あり)
車体材質 普通鋼
車両質量 編成表を参照
軌間 1,067mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
主電動機 東洋電機製造 TDK-8050A[4][5](6000系・6800系)
東洋電機製造 TDK-8225A[5](6500系)
主電動機出力 150kW[6]
(TDK-8050A…直巻整流子電動機端子電圧750V・定格回転数2,000rpm[6]
(TDK-8225A…複巻整流子電動機・端子電圧340V・定格回転数1,700rpm[7]
搭載数 4基 / 両
歯車比 85:14=6.07[6](6000系)
84:15=5.6[2](6500系)
駆動装置 中空軸平行カルダン駆動方式[2]
制御装置 電動カム軸式弱め界磁付直並列抵抗制御 CB-27C-55[8](6000系)
回生ブレーキ付GTO界磁チョッパ制御 EP-39-A[8](6500系)
回生ブレーキ付界磁添加励磁制御 CB-16C-40A[4](6800系)
台車 住友金属工業 FS398[6](6000系電動台車)
住友金属工業 FS098[6](6000系付随台車)
住友金属工業 FS521A[2](6500系電動台車)
住友金属工業 FS098A[2](6500系付随台車)
住友金属工業 FS521B[5](6800系電動台車[注釈 2]
住友金属工業 FS098B[5](6800系付随台車[注釈 2]
制動方式 発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ(HSC-D)[6](6000系)
回生ブレーキ併用電磁直通ブレーキ(HSC-R)[2](6500系・6800系)
保安装置 M式ATS
製造メーカー 日本車輌製造
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第20回(1977年

名鉄6000系電車(めいてつ6000けいでんしゃ)は、名古屋鉄道(名鉄)が1976年から運用している[9]電車である。

第二次世界大戦後の名鉄では初となる本格的な通勤用の電車[10]として登場し、1977年には鉄道友の会よりブルーリボン賞受賞車両に選出された[11]。4両編成と2両編成という2種類の編成が登場したが、4両編成は1984年からは制御方式を一部変更するとともに接客設備を一部改善した6500系としての増備に移行し[12]、2両編成も1987年から制御方式を一部変更した6800系としての増備に発展[12]、1993年に後継車両として2代目3500系が登場するまで増備が続けられた[13]

本項では、6000系・6500系・6800系の3形式についてまとめて記述する。名鉄の社内では5000系以降の高性能車について「SR車」[注釈 3]と呼称している[15]ことに倣い、本項でもそのように表記するほか、6800系は名鉄の社内では「6000系11次車〰16次車」[16]「6000系6800番台」[17]などのように6000系の一部として扱われることもあるが、本項では「6800系」という表記に統一する。また、特定の編成について記す場合は、豊橋向きの先頭車の車両番号をもって編成呼称とする(例:豊橋向き先頭車の車両番号がク6001の編成であれば「6001編成」)。

登場の経緯[編集]

名鉄では1951年3850系を登場させて以来[18]、木造車体の車両を鋼体化した一部の形式を除けば2扉のクロスシート車を導入しており[19]、特に1961年7000系を登場させてからは1972年に至るまで7500系7700系を含むパノラマカーのみを増備し続けていた[10]。自家用車(マイカー)の普及率が高いといわれる愛知・岐阜県下を走る名鉄にとっては、マイカー対策としてクロスシート車の導入が必要と考えられていたのである。

1960年代後半になると、名古屋都市圏における朝夕のラッシュ時の混雑は激しくなり、名鉄でも1967年からは犬山線においてもラッシュ時に8両編成での運行が開始されていた[20]。そうした状況においても、当時名鉄の社長であった土川元夫は財務的現状からも輸送力増強には旧型車両の鋼体化が最適としており[21]、名鉄の社内から「通勤輸送にまとまった投資を行い、通勤用の新車を作ってはどうか」という意見が出た際にも「それは不経済車である」として、パノラマカーを列車体系の中心として「クロスシートに座って通勤」という理想像を変えようとしなかった[21]

しかし、1973年のオイルショック以降は鉄道を利用する通勤者が急増し、ラッシュ時には本社の管理部門からも主要駅に人員を派遣して乗客を車内に押し込む有様で[22]、しかもそれでも積み残しが出てしまう始末で[23]、乗客からの苦情も多かった[23]。もはや、7000系をはじめとする2扉クロスシートのSR車のラッシュ時運用は限界であった[22]。そうした状況が続くに至り[23]、名鉄もクロスシート指向からの方針転換を余儀なくされ、1975年には東京急行電鉄(東急)から3扉ロングシート車である3700系電車を購入して3880系として運用するようになった[10]。3880系は通勤輸送の3扉ロングシート仕様車のラッシュ時における収容力の高さを実証することになった[24]

こうした状況下、名鉄は1975年に入り、本格的通勤車両を製造することを決定した[18]。しかし、営業・運転部門からはロングシート車の導入を主張した[19]ものの、このような状況下においても名鉄の社内ではクロスシートにこだわる考え方が根強く[19]、結局は営業・運転部門が「座席は後でも直せる」と折れ[19]、3扉ではあるがクロスシート車として導入されることになった。

このような経過を経て、名鉄の新造車両としては3550系以来約30年ぶりとなる3扉車[25]として登場したのが本形式6000系である。

車両概要[編集]

6000系は4両編成で登場し、1978年からは2両編成も登場した。4両編成については1984年以降の増備を6500系に移行したが、その後も2両編成は6000系のままで増備された。1987年からは2両編成の増備を6800系に移行した。

6000系・6500系は系列中に4形式が、6800系は系列中に2形式が存在する。

ク6000形
6000系の編成において豊橋側の先頭車となる制御車 (Tc) 。
サ6100形
6000系の編成において中間に組み込まれる付随車 (T) 。
モ6200形
6000系の編成において岐阜側の先頭車となる制御電動車 (Mc) 。
モ6300形
6000系の編成において中間に組み込まれる電動車 (M) 。
ク6400形
6500系の編成において豊橋側の先頭車となる制御車 (Tc1) 。
モ6450形
6500系の編成において中間に組み込まれる電動車 (M1) 。電動車ユニットの豊橋側の車両である。
ク6500形
6500系の編成において岐阜側の先頭車となる制御車 (Tc2) 。
モ6550形
6500系の編成において中間に組み込まれる電動車 (M2) 。電動車ユニットの岐阜側の車両である。
ク6800形
6800系の編成において豊橋側の先頭車となる制御車 (Tc) 。
モ6900形
6800系の編成において岐阜側の先頭車となる制御電動車 (Mc) 。

本節では以下、6000系およびについて、登場当時の仕様を基本として記述し、増備途上での変更点と6500系・6800系については別途節を設けて記述する。更新による変更については沿革で後述する。編成については、編成表を参照のこと。

車体[編集]

先頭車は全長18,950mm[6]、中間車は全長18,830mmである[6]で、車体幅は2,730mm[26]である。車体は全て普通鋼製で、レール上面から床面までの高さは1,150mmである[26]

客用扉は幅1,300mm[26]・高さ1,808mm[26]の両開き扉を3箇所に配した[3]。扉の窓を小型化することによって障害事故防止対策とした[25]。6000系では先頭車と中間車の見付を合わせるため[27]、先頭車の扉中心間距離を5,660mm・中間車の扉中心間距離は6,190mmとした[27]が、側面窓はパノラマカーと同様の固定窓(連続窓)で[3]、厚さ3mm+3mmの複層合わせガラスを使用した[28]。戸袋窓は設けられていない[25]

前面は7700系類似の貫通型高運転台で[28]、平面ガラスで構成されたパノラミックウィンドウとした[28]ほか、貫通扉は防水構造とした[3]。前面下部には標識灯と乗務員室への通気口が設けられ、周囲をステンレス化粧板で装飾した[25]。前面の貫通扉上には半自動式の幕式行先表示器が設けられた[25]。幕式行先表示器は種別と行き先を各々単独に操作できる構造で[1]、種別10コマ・行き先駅名は50コマが収容可能である[1]。しかし、名鉄の車両運用の都合上、全ての行き先を収容することは出来ない[6]ため、既存の行先板の使用を考慮している[6]

車体の塗装デザインはスカーレット1色である[3]

内装[編集]

車内は車端部がロングシートで、客用扉の間はクロスシートとした[1]

クロスシート部分は一方向き固定シートを、中央扉を境に車端方向を向くように配置した[3]。通路の幅を広く確保するために座席の幅は825mmとし[1]、無駄スペースを省くために通話側の肘掛も設けていない[29]。座面の高さは床から座面先端部分までが390mmで[1]、背もたれの高さは床から775mmとした[1]。また、背もたれの傾斜は20度と、それまでの転換クロスシートよりも大きな角度をつけた[29]。シートピッチは750mmである[1]。ロングシート部分には、ビニール製の玉縁を入れることによって、1人あたりの着席区分を明確化した[3]

車内通路には全長にわたって吊手を設置した[1]が、ロングシート部分では吊手棒を設けてそこから吊るしているのに対し[3]、クロスシート部分では天井の冷房装置のダクトカバーから直接吊り下げている[29]

室内の配色は、天井が白色で側壁はクリスタル模様の化粧板とした[3]。座席の表地の色はブラウンとし[1]、シルバーシートの背もたれのみライトブルーとした[29]

主要機器[編集]

SR車は登場以来全車電動車方式であった[28]が、6000系ではコストダウンを図るため[30]、SR車では初めて電動車と付随車を1組とする「MTユニット」とした[28]。それまでの名鉄の車両では、電動車と付随車を1組とした場合には豊橋側の車両が電動車であった[25]が、6000系では制御装置や補助機器などの床下機器配置を他のSR車と揃えた結果、豊橋側の車両が付随車となった[25]

他のSR車との混結も可能で[30]、そのためのジャンパ栓や空気ホースも設けられている[31]が、歯数比や運用目的の相違により運用上は他形式との混結は行わない[30]

電装品等[編集]

電動台車 FS398 付随台車 FS098
電動台車 FS398
付随台車 FS098

制御装置は、三菱電機製の主制御器であるABFM-204-15MDHA形で[3]、名鉄ではCB-27C-55形と称している。1台の制御器で4基の電動機の制御を行う方式 (1C4M) の多段制御装置で[28]、三菱電機製制御装置の採用は5200系以来である[32]。制御段数は、力行が直列17段・並列8段・弱め界磁4段で[6]、制動は17段である[6]

主電動機については、東洋電機製造製の直流直巻補極補償巻線付電動機のTDK-8050A形が採用された[6]。「MTユニット」としたことに伴い、主電動機の出力はそれまでのSR車の2倍の150kWとした[33]。駆動方式は中空軸平行カルダン駆動方式で、歯数比は85:14=6.07である[6]制動装置(ブレーキ)については、発電ブレーキ併用のHSC-D形電磁直通ブレーキが採用された[6]ほか、非常用として自動空気ブレーキを併設した[6]

台車は、住友金属工業製のS形ミンデン式の空気バネ台車が採用された[34]。この台車は7000系に使用されているFS384形台車を重荷重用としたもの[34]で、電動台車がFS398形・付随台車がFS098形で[6]、いずれも基礎制動装置はクラスプ式(両抱え式)で固定軸距は2,100mmである[6]

その他機器[編集]

M式自動解結装置

冷房装置は、10,500kcal/hの能力を有するRPU-3004形を1両につき3台を搭載した[6]。また、混雑時にも十分な冷房効果が得られるように、ラインフローファンをク6000形・モ6300形では5台、モ6000形では4台、サ6100形では6台設けた[6]。補助電源装置は、出力60kVAのCLG-326-N形電動発電機を装備した[6]。1台で2両分の電源供給が可能である[28]

集電装置はモ6200形・モ6300形にPT42-F3-M形菱枠型パンタグラフを設けた[3]

連結器は先頭部分が「名鉄式自動解結装置」(M式自動解結装置)を装備した密着自動連結器で[1]、中間は棒連結器である[1]

増備途上での変更点[編集]

6000系1次車は1976年12月から1977年2月までに、4両編成6本が製造された。

1977年10月製造(6000系2次車)
4両編成2本が増備された[34]。前面は行先表示器上部の構造が変更された[35]ほか、貫通扉の固定位置を変更して前面と同一平面にした[36]。また、方向幕が色地に白抜き文字に変更された[34][注釈 4]
1978年製造(6000系3次車)
2両編成が登場、6本が製造された[35]。基本仕様は2次車と同様である[37]
1979年製造(6000系4次車)
4両編成3本が増備された[34]。当時製造されていた100系に準じて客用扉の窓が大型化された[35]ほか、前面の行先表示器が大型化された[37]。また、レール上面から床面までの高さは1,110mmとなった[34]
6000系5次車からは側面窓が開閉式となった 開閉式となった側面窓の内部
6000系5次車からは側面窓が開閉式となった
開閉式となった側面窓の内部
1980年製造(6000系5次車)
4両編成と2両編成が5本ずつ増備された[35]。この時の増備から省エネルギーの見地から仕様が変更となり[37]、側面窓が開閉式(一段上昇窓)に変更された[38]ほか、冷房装置は10,500kcal/hの能力を有するRPU-3004A形を2台搭載に変更した[37]上で、新たに熱交換型換気装置(ロスナイ)を設置することによって熱損失の防止を図った[34]。また、非常用の自動ブレーキの併設は省略された[38]ほか、当初より列車無線車上装置を装備した[37]
1981年製造(6000系6次車)
4両編成3本と2両編成2本が増備された[37]。車体の各部で軽量化を図った[38]ほか、側面窓隅の寸法が変更された[34]
1982年製造(6000系7次車)
4両編成3本と2両編成2本が増備された[37]。基本仕様は6次車と同様である[38]
1983年製造(6000系8次車)
4両編成4本と2両編成3本が増備された[34]。基本仕様は7次車と同様である[37]
正面が非貫通となった6000系9次車(左)と6500系2次車(右)。6500系2次車・6000系10次車からは標識灯が変更された クロスシート形状が変更された6500系の車内
正面が非貫通となった6000系9次車(左)と6500系2次車(右)。6500系2次車・6000系10次車からは標識灯が変更された
クロスシート形状が変更された6500系の車内
1984年製造(6500系1次車・6000系9次車)
この時から4両編成は6500系としての増備に変更され[38]、4本が製造された[39]
6500系の外観は、正面が非貫通となり[40]、正面下部左右には標識灯が設けられた[27]。また、正面窓上と客用扉の上半分をライトグレーに塗装し[41]、正面窓下部にはステンレス製の飾り帯を設けた[39]。編成の組み合わせによって扉位置が変わることを回避するため[27]、先頭車・中間車とも扉中心間距離を5,660mmに統一し[27]、座席もクロスシートが減少してロングシート部分が増加した[27]。座席自体の構造を見直し、それまでの6000系と比較してシートピッチを50mm拡大、幅を100mm・背もたれ高さを110mm拡大した[27]。6500系では界磁チョッパ方式と回生ブレーキを採用した[42]。制御装置は1台の制御器で8基の電動機の制御を行う方式 (1C8M) [43]の回生ブレーキ付界磁チョッパ制御装置で[44]、EP-39-A形と称する[8]。界磁チョッパ制御の採用は名鉄では初めてである[40]。台車は住友金属工業製のSU形ミンデン式の空気バネ台車が採用された[2]。電動台車がFS521A形・付随台車がFS098A形で[44]、いずれも基礎制動装置はシングル式(片押し式)で[27]固定軸距は2,100mmである[2]
電動台車 FS521A
2両編成は6000系のままで4本が増備されたが、車体や内装は6500系と同一となった[45]。台車は電動台車がFS521B形・付随台車がFS098B形で[39]、6500系の台車とはブレーキシリンダの直径が異なる[39]ためサフィックスが変更された。いずれも住友金属工業製のSU形ミンデン式の空気バネ台車である[2]
1985年製造(6500系2次車・6000系10次車)
6500系4本[44]と6000系2両編成4本[39]が増備された。前面の標識灯が発光ダイオード (LED) を使用した1灯式に変更され[46]、運転室後部のロングシート長さを860mmから920mmに変更した[44]ほか、両端脇のクロスシート部の仕切り板と中央部のロングシート位置を扉側に70mm寄せた[47]
1986年製造(6500系3次車)
6500系5本が増備された[47]。乗務員室の仕切り壁の配色を、側壁と同様のクリーム色縦縞模様に変更した[44]
1987年製造(6500系4次車)
6500系2本が増備された[46]。側面には当時製造されていた5700系と同様に、側面に種別・行先表示器を設けた[47]ほか、集電装置は離線を少なくするために剛体架線用のPT4214S-A-M形に変更された[44]
1987年製造(6500系5次車・6800系1次車)
この時からは2両編成の増備は回生ブレーキを付加した6800系に変更され[16]、6500系2本[48]と6800系4本[49]が製造された。
6800系では界磁添加励磁制御を採用した[50]。制御装置は1台の制御器で4基の電動機の制御を行う方式 (1C4M) の界磁添加励磁制御装置で[16]、CB-16C-40A形と称する[4]。台車は電動台車がFS521C形・付随台車がFS098C形で[49]、6500系の台車とはブレーキシリンダの直径が異なる[50]ためサフィックスが変更された。
1988年製造(6800系2次車)
6800系4本が増備された[16]。台車は軸受け構造を片つば式に変更したFS521D形・FS098D形に変更された[49]
6500系6次車・6800系3次車からは車体構造が大幅に変更された ヘッドレストを装備するクロスシートに変更された6500系6次車・6800系3次車以降の車内
6500系6次車・6800系3次車からは車体構造が大幅に変更された
ヘッドレストを装備するクロスシートに変更された6500系6次車・6800系3次車以降の車内
1989年製造(6500系6次車・6800系3次車)
6500系3本[48]と6800系15本[16]が増備された。この時の増備から車体構造は大幅に変更され[46]、車体幅を10mm拡大した[44]。前面は大型曲面ガラスを2枚使用したものとなり[46]、あわせて乗務員室の仕切り壁の窓を拡大し[48]、客室からの前面展望を向上させた[44]。側面窓は連続窓風のスタイルに変更となり[46]、一部の窓は一段下降窓とした[48]ほか、窓回りはレモンゴールドの金具で押さえる方法に変更した[44]。内装についても、座席形状を見直し、ヘッドレストを装備する[46]とともに、シートピッチを840mmに拡大した[48]ほか、ロングシートも100系3次車と同様の形状に変更された[44]。また、乗務員室内の色彩がミストグリーンからクリーム色に変更された[46]ほか、6500系の台車は軸受け構造を片つば式に変更した耐雪ブレーキつきのFS521E形・FS098D形に変更された[48]
1990年製造(6500系7次車・6800系4次車)
6500系2本[16]と6800系8本[49]が増備された。基本仕様は6500系6次車・6800系3次車と同一である[48][49]
1991年製造(6800系5次車)
6800系4本が増備された[16]。この時の増備から、6800系はオールロングシートに変更された[50]。立客の視界を確保するため客用扉の窓が上方に大型化された[49]ほか、扉窓の固定方法が金具によって押さえる方式に変更された[16]。内装の配色も変更され、6750系2次車と同様のパープル系に[51]、化粧板がクリーム色に変更された[49]。車内のつり革も枕木方向に増設された[52]。台車は1000系1015編成・1016編成の台車交換により発生した台車に軸ばね調整を行ったFS539A形・FS039A形である[53]
1992年製造(6500系8次車・6800系6次車)
6500系2本[16]と6800系4本が増備された[49]。6500系もオールロングシートに変更された[48]。車内のロングシート長さを一部変更することによって扉付近のスペースを広くした[49]ほか、車号板の文字色が黒から群青色に変更されている[54]

沿革[編集]

6000系運用開始[編集]

6000系を先頭にした8両編成

6000系は1976年12月21日、朝ラッシュ時の津島線の列車から運用を開始[9]、年が明けた1977年の正月には、座席指定制特急に運用される車両が不足したため、犬山線・常滑線などの特急[注釈 5]。にも運用された[9]。さらに同年1月10日からは、犬山線で朝ラッシュ時に最も混雑する列車[注釈 6]に8両編成で運用されるようになった[9]。この列車は、それまでは3500系とOR車を組成した8両編成で運用されていたが、それまでは5分から8分程度の遅れも珍しくなかったのに対し[9]、6000系が投入されてからは遅延はほとんどなくなった[9]

この年、6000系は鉄道友の会より第20回ブルーリボン賞受賞車両に選定された[55]。3扉の通勤用車両でありながらクロスシートを採用したことが評価されたもので[55]、鉄道友の会では「(ブルーリボン賞において)初の通勤形車両の受賞」としている[55]。もっとも、そのクロスシートについては、背もたれ角度を大きくしたために「転換クロスシートより疲れない」とも評された[29]ものの、座席幅の825mmという数字は2人がけの座席としては窮屈で[29]、「名古屋名物一半」(1.5人がけという意味)とも揶揄された[27]

1980年に増備された5次車からは、側面窓について開閉が可能な一段上昇窓に変更された[56]。これは、省エネルギー対策の一環として[57]、冷房の使用時期を短縮するためのものである[58]

導入と同時にラッシュ時輸送効果を発揮した6000系は、その後も毎年増備され、特に犬山線には6000系8両編成が集中的に投入された[59]。1981年春には合計両数は102両となり[59]、1984年までには合計140両となり[60]、名鉄で最大両数の形式となり、複雑だった運用の合理化にも貢献した[60]

6500系の登場[編集]

6000系はさらなる増備を要求されていたが、1984年頃になるとモデルチェンジが検討されるようになった[60]。特に、他の鉄道ではチョッパ制御による回生ブレーキが広く使用され[61]、安定した実績をあげていた[60]ことから、名鉄でも回生ブレーキを導入が検討されることになった[60]

1984年にモデルチェンジされた6500系と、同様の車体となった6000系との6両編成 ロングシート化改造が行われた6000系車内
1984年にモデルチェンジされた6500系と、同様の車体となった6000系との6両編成
ロングシート化改造が行われた6000系車内

こうした環境下で、名鉄で初めて回生ブレーキを使用した車両として6500系が1984年に登場した[61]。この6500系では正面が非貫通となり[40]、車体構造も一部変更された[27]ほか、窮屈だったクロスシートについても寸法を見直して居住性の改善を図った[27]。なお、2両編成については必要数に達していない[37]上、閑散線区では回生ブレーキが有効ではない[38]という理由により、2両編成は車体のみ6500系と同一スタイルとした6000系として増備が継続された[41]

その一方で、更なる混雑緩和対策として、6000系のロングシート化改造が開始されることになった[62]。6001編成が1985年12月にロングシート化されたのを皮切りに[39]、1990年3月までに1次車から8次車までの全車両がロングシート化された[63]。また、6500系と6000系9次車以降は客用扉上部をライトグレーに塗装していた[39]が、1985年11月から1986年12月までに1次車から8次車までも同様に客用扉上部をライトグレーに塗装した[63]。なお、1987年7月には平田橋駅近辺で踏切事故によってク6035が大破[39]、翌年3月に車体を新造して復旧した[39]。6000系は1985年まで増備され、6000系は2両編成・4両編成とも26本となった[64]

6800系の登場[編集]

回生ブレーキ車両となった6800系。車体は6500系と同一 車体の大幅な変更が行われた6500系
回生ブレーキ車両となった6800系。車体は6500系と同一
車体の大幅な変更が行われた6500系

6500系登場後も2両編成は6000系のままで増備されていたが、保守軽減と省エネルギーを図るため[49]、1987年からは2両編成の増備は6800系によって行われることになった[50]。6800系は6500系と同様に回生ブレーキを装備するが、制御方式は6500系とは異なり、界磁添加励磁制御を採用した車両である[16]。車体は6500系と同様である[49]。1989年には名古屋で世界デザイン博覧会の開催や金山総合駅の開業もあり、輸送量増強が行われることになった[44]。これに伴い6500系と6800系が増備されたが、この時の増備車からは車体構造が大幅に変更された[46][50]

1991年からはラッシュ対策を第一に考えることになり[52]、同年に製造された6800系5次車からは「文字通りの通勤車」として[52]、はじめからオールロングシートで製造されることになった[52]。1992年に増備された6500系・6800系もオールロングシートで製造された[48][65]。ここで6500系・6800系とも増備は終了となり、6500系は4両編成24本[46]、6800系は2両編成39本となった[50]

なお、5次車以降の車両については猛暑を契機として冷房能力を増強することになり[39]、1993年8月の6034編成を皮切りに12,500kcal/hの能力を有するRPU-3061形冷房装置への交換が開始された[63]。また、同年10月からは順次、この年に登場した3500系と同様に客用扉上部をダークグレー塗装に変更を行った[62]

瀬戸線への転用・特別整備[編集]

瀬戸線へ転用された6000系。幌枠が追加装備されている 特別整備を施工した車内
瀬戸線へ転用された6000系。幌枠が追加装備されている
特別整備を施工した車内

1995年には輸送需要が増大した瀬戸線へ6000系を投入することになり、5次車から7次車までの車両から2両編成8本が瀬戸線に転属した[39]。瀬戸線への転属にあたっては、貫通路の整備(幌枠設置)と非常用はしごの搭載、座席モケットの不燃化対応、M式自動解結装置の撤去などが行われた[63]ほか、客用扉はスカーレット1色に戻された[62]

さらに、瀬戸線の喜多山車庫のピット延長が行われたことに伴い[63]、それまで2両編成を2本連結して4両編成としていたものが、4両固定編成の運用も可能となった[63]ことから、1996年には5次車・8次車までの車両から中間車2両6組を瀬戸線に転属させ、6本を4両編成化した[66]。2000年にはさらに4両編成1本と中間車2両2組が転用され、残る2本も4両編成化された[63]。なお、転属した中間車は先頭車にあわせて改番されている[66]

初期車の竣工から20年が経過した1997年からは、特別整備が開始された[63]。特別整備では車体補修や化粧板や床面の交換など[66]のほか、乗務員室後方への車椅子スペースや扉開閉チャイムの設置・側面行先表示器の設置が行われた[67]

なお、1995年には6500系の6504編成・6510編成・6513編成・6516編成・6517編成[68]、6800系の6804編成[53]についてロングシート化改造が行われた。また、1996年8月にはモ6246を使用して、シングルアーム式パンタグラフの試験が行われた[67]

ワンマン運転線区への転用[編集]

西尾線・蒲郡線用にワンマン化改造された6000系

1998年6月からは西尾線の末端区間(西尾駅から吉良吉田駅までの区間)・蒲郡線においてワンマン運転を実施することとなり[67]、6000系のうち2両編成の6009編成から6013編成までの5本に対して、ワンマン運転に対応するための改造が行われた[66]。改造内容は、ワンマン用扉開閉スイッチの設置とそれに伴う扉開閉回路の変更、デッドマン装置・自動案内放送装置・整理券発行機・自動両替機付運賃箱の設置を行った[67]ほか、客用扉の脇には「ワンマン入口」「ワンマン出口」「締切」と表示する発光ダイオード式の (LED) 扉扱い表示器を設けた[66]。なお、この5編成については、ワンマン化改造と同時に前述の特別整備も行った[67]。その後、2008年6月広見線の末端区間(新可児駅から御嵩駅までの区間)がワンマン化された際にも、これらの編成を使用している[66]

また、2001年10月からは、三河線知立駅から猿投駅までの区間においてワンマン運転が実施されることになった[67]ため、4両編成の6001編成から6003編成までの3本と、2両編成のうち6020編成・6021編成・6034編成・6037編成から6044編成までの11本に対してワンマン化改造が行われた[66]。改造内容はワンマン用扉開閉スイッチの設置とそれに伴う扉開閉回路の変更、デッドマン装置・自動案内放送装置の設置などである[67]が、この区間のワンマン運転では駅集中管理システムによって無人駅でも自動改札機が設置されたため、整理券発行機・自動両替機付運賃箱・扉扱い表示器は設置されていない[66]。また、2両編成の前面貫通路については外部から開閉可能とし[67]、手すりにロープをかけられるようにして[66]、2編成を併結した際の安全性を高めた[67]ほか、ホームセンサシステム導入によって車両限界と建築限界の間が狭まるため、開閉式の窓の車両については窓下部に保護棒を設置した[66]。2006年には三河線の知立駅から碧南駅の間でもワンマン運転が行われることになったため、4両編成の6015編成から6017編成の3編成について同様の改造を行った[66]

瀬戸線の車両の置き換え[編集]

しかし、瀬戸線の電車はすべての車両が抵抗制御で回生ブレーキのない車両であり、車両の近代化が急務となった[69]。また、喜多山検車区が移転した尾張旭検車区には車両塗装のための設備は設けられなかった[70]。このため2008年からは6600系以来30年ぶりの新車として4000系が導入されることになった[69]

この4000系によって、瀬戸線の車両は全車両が置き換えられることになり[71]、2011年3月26日のダイヤ改正では運用車両減少による余剰車両が発生したため6032編成が廃車となった[72]。これが6000系では初の廃車となった[72]。その後も4000系に置き換えが続き、2014年4月6日に6035編成による「さよなら運転」が行われ、瀬戸線の6000系は全廃となった[73]

編成表[編集]

ここでは1996年時点(鉄道ピクトリアル 通巻624号 外山勝彦『名古屋鉄道現有車両編成表』 (1996) p.228)の車両番号を記載する。

凡例
Tc …制御車、M …電動車、T…付随車
CON…制御装置、MG…補助電源装置、CP…電動空気圧縮機、PT…集電装置

4両編成[編集]

6000系
[74]
← 豊橋
岐阜 →
製造次数 備考
形式 ク6000 モ6300 サ6100 モ6200
区分 Tc M T Mc
車両番号
()内は旧番号
6001 6301 6101 6201 1次車 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6002 6302 6102 6202 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6003 6303 6103 6203 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6004 6304 6104 6204 2010年から三河線用ワンマン車
6005 6305 6105 6205 2010年から三河線用ワンマン車
6006 6306 6106 6206  
6007 6307 6107 6207 2次車  
6008 6308 6108 6208  
6015 6315 6115 6215 4次車 2006年から三河線用ワンマン車[66]
6016 6316 6116 6216 2006年から三河線用ワンマン車[66]
6017 6317 6117 6217 2006年から三河線用ワンマン車[66]
6018 6318 6118 6218 5次車 2006年から三河線用ワンマン車[66]
6019 6319 6119 6219 中間車は1996年に瀬戸線へ転属[75]
6020 6320 6120 6220 中間車は1996年に瀬戸線へ転属[75]
6021 6321 6121 6221 中間車は1996年に瀬戸線へ転属[75]
6022 6322 6122 6222  
6023 6323
(6319)
6123
(6119)
6223 先頭車は1995年に瀬戸線へ転属[63]
中間車は1996年に瀬戸線へ転属後に改番[75]
6024 6324
(6320)
6124
(6320)
6224 先頭車は1995年に瀬戸線へ転属[63]
中間車は1996年に瀬戸線へ転属後に改番[75]
6025 6325
(6321)
6125
(6321)
6225 先頭車は1995年に瀬戸線へ転属[63]
中間車は1996年に瀬戸線へ転属後に改番[75]
6026 6326
(6339)
6126
(6339)
6226 先頭車は1995年に瀬戸線へ転属[63]
中間車は8次車で2000年に瀬戸線へ転属後に改番[75]
6027 6327
(6340)
6127
(6340)
6227 先頭車は1995年に瀬戸線へ転属[63]
中間車は8次車で2000年に瀬戸線へ転属後に改番[75]
6028 6328 6128 6228 6次車  
6029 6329 6129 6229  
6030 6330 6130 6230  
6031 6331
(6337)
6131
(6137)
6231 先頭車は1995年に瀬戸線へ転属[63]
中間車は7次車で1996年に瀬戸線へ転属後に改番[75]
6032 6332
(6338)
6132
(6138)
6232 先頭車は1995年に瀬戸線へ転属[63]
中間車は8次車で1996年に瀬戸線へ転属後に改番[75]
6033 6333
(6341)
6133
(6141)
6233 7次車 先頭車は1995年に瀬戸線へ転属[63]
中間車は8次車で1996年に瀬戸線へ転属後に改番[75]
6035 6335 6135 6235 2000年に瀬戸線へ転属[63]
6036 6336 6136 6236  
6037 6337 6137 6237 中間車は2000年に瀬戸線へ転属[66]
6038 6338 6138 6238 8次車 中間車は2000年に瀬戸線へ転属[66]
6039 6339 6139 6239 中間車は1996年に瀬戸線へ転属[75]
6040 6340 6140 6240 中間車は1996年に瀬戸線へ転属[75]
6041 6341 6141 6241 中間車は1996年に瀬戸線へ転属[75]
搭載機器 MG,CP CON,PT MG,CP CON,PT    
定員 130 130 130 130
6500系
[74]
← 豊橋
岐阜 →
製造次数 備考
形式 ク6400 モ6450 モ6550 ク6500
区分 Tc1 M1 M2 Tc2
車両番号 6401 6451 6551 6501 1次車  
6402 6452 6552 6502  
6403 6453 6553 6503  
6404 6454 6554 6504 1995年にロングシート化[68]
6405 6455 6555 6505 2次車  
6406 6456 6556 6506  
6407 6457 6557 6507  
6408 6458 6558 6508  
6409 6459 6559 6509 3次車  
6410 6460 6560 6510 1995年にロングシート化[68]
6411 6461 6561 6511  
6412 6462 6562 6512  
6413 6463 6563 6513 1995年にロングシート化[68]
6414 6464 6564 6514 4次車  
6415 6465 6565 6515  
6416 6466 6566 6516 5次車 1995年にロングシート化[68]
6417 6467 6567 6517 1995年にロングシート化[68]
6418 6468 6568 6518 6次車  
6419 6469 6569 6519  
6420 6470 6570 6520  
6421 6471 6571 6521 7次車  
6422 6472 6572 6522  
6423 6473 6573 6523 8次車  
6424 6474 6574 6524  
搭載機器 MG,CP CON,PT MG,PT CP    
定員 130 130 130 130

2両編成[編集]

6000系
[74]
← 豊橋
岐阜 →
製造次数 備考
形式 ク6000 モ6200
区分 Tc Mc
車両番号 6009 6209 3次車 1998年から西尾線・蒲郡線用ワンマン車[67]
6010 6210 1998年から西尾線・蒲郡線用ワンマン車[67]
6011 6211 1998年から西尾線・蒲郡線用ワンマン車[67]
6012 6212 1998年から西尾線・蒲郡線用ワンマン車[67]
6013 6213 1998年から西尾線・蒲郡線用ワンマン車[67]
6014 6214 2009年から三河線用ワンマン車
6020 6220 5次車 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6021 6221 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6023 6223 1995年に瀬戸線へ転属[62]
6024 6224 1995年に瀬戸線へ転属[62]
6025 6225 1995年に瀬戸線へ転属[62]
6026 6226 1995年に瀬戸線へ転属[62]
6027 6227 1995年に瀬戸線へ転属[62]
6031 6231 6次車 1995年に瀬戸線へ転属[62]
6032 6232 1995年に瀬戸線へ転属[62]
6033 6233 7次車 1995年に瀬戸線へ転属[62]
6034 6234 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6037 6237 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6038 6238 8次車 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6039 6239 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6040 6240 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6041 6241 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6042 6242 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6043 6243 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6044 6244 2001年から三河線用ワンマン車[66]
6045 6245 9次車  
6046 6246  
6047 6247  
6048 6248  
6049 6249 10次車  
6050 6250  
6051 6251  
6052 6252  
搭載機器 MG,CP CON,PT    
定員 130 130
6800系
[74]
← 豊橋
岐阜 →
製造次数 備考
形式 ク6800 モ6900
区分 Tc Mc
車両番号 6801 6901 1次車  
6802 6902  
6803 6903  
6804 6904 1995年にロングシート化[53]
6805 6905 2次車  
6806 6906  
6807 6907  
6808 6908  
6809 6909 3次車  
6810 6910  
6811 6911  
6812 6912  
6813 6913  
6814 6914  
6815 6915  
6816 6916  
6817 6917  
6818 6918  
6819 6919  
6820 6920  
6821 6921  
6822 6922  
6823 6923  
6824 6924 4次車  
6825 6925  
6826 6926  
6827 6927  
6828 6928  
6829 6929  
6830 6930  
6831 6931  
6832 6932 5次車  
6833 6933  
6834 6934  
6835 6935  
6836 6936 6次車  
6837 6937  
6838 6938  
6839 6939  
搭載機器 MG,CP CON,PT    
定員 130 130

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ a b 9次車以降は18,900mm[4]
  2. ^ a b 6000系9次車以降を含む。
  3. ^ 「スーパーロマンスカー (Super Romance Car) 」の略[14]
  4. ^ 1次車も同時に変更された[34]
  5. ^ この当時の特急は、座席指定特急以外は特別料金は不要だった。
  6. ^ 新鵜沼7時22分発の普通東岡崎行きで、岩倉から新名古屋までは急行となる列車[9]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 鉄道ジャーナル 通巻121号 徳田耕一『名鉄6000系デビュー』 (1977) p.108
  2. ^ a b c d e f g h i j k 鉄道ジャーナル 通巻208号 清水武『名古屋鉄道6500系』 (1984) p.124
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 鉄道ピクトリアル 通巻331号 清水武・近藤浩二『名鉄ラッシュ輸送の新鋭車6000系』 (1977) p.39
  4. ^ a b c d 鉄道ピクトリアル 通巻624号 外山勝彦『名古屋鉄道現有車両諸元表』 (1996) p.223
  5. ^ a b c d 白井良和『私鉄の車両11 名古屋鉄道』 (1985) p.170
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 鉄道ピクトリアル 通巻331号 清水武・近藤浩二『名鉄ラッシュ輸送の新鋭車6000系』 (1977) p.40
  7. ^ 鉄道ピクトリアル 通巻624号 外山勝彦『名古屋鉄道現有車両諸元表』 (1996) p.222
  8. ^ a b c 白井良和『私鉄の車両11 名古屋鉄道』 (1985) p.171
  9. ^ a b c d e f g 鉄道ジャーナル 通巻122号 徳田耕一『6000系 早くも威力を発揮!』 (1977) p.79
  10. ^ a b c 鉄道ジャーナル 通巻121号 徳田耕一『名鉄6000系デビュー』 (1977) p.106
  11. ^ 鉄道ピクトリアル 通巻473号 吉田文人『私鉄車両めぐり (133) 名古屋鉄道』 (1986) p.186
  12. ^ a b 鉄道ピクトリアル 通巻816号 外山勝彦『名古屋鉄道現有車両プロフィール2009』 (2009) p.280
  13. ^ 鉄道ピクトリアル 通巻624号 石本俊三『車両総説』 (1996) p.40
  14. ^ 鉄道ピクトリアル 通巻624号 外山勝彦『私鉄車両めぐり (154) 名古屋鉄道』 (1996) p.211
  15. ^ 白井良和『私鉄の車両11 名古屋鉄道』 (1985) p.110
  16. ^ a b c d e f g h i j 鉄道ピクトリアル 通巻624号 外山勝彦『私鉄車両めぐり (154) 名古屋鉄道』 (1996) p.206
  17. ^ 鉄道ファン 通巻323号 南山大学鉄道研究会『名鉄だより』 (1988) p.112
  18. ^ a b 鉄道ジャーナル 通巻122号 吉川文夫『通勤輸送のエース 名鉄6000系』 (1977) p.73
  19. ^ a b c d 鉄道ピクトリアル 通巻771号 清水武『名古屋鉄道の輸送・運転業務に携わって』 (2006) p.128
  20. ^ 鉄道ピクトリアル 通巻370号 藤野政明・渡辺英彦『私鉄車両めぐり (115) 名古屋鉄道』 (1979) p.95
  21. ^ a b 高瀬文人『鉄道技術者 白井昭』 (2013) p.109
  22. ^ a b 鉄道ピクトリアル 通巻812号 清水武『パノラマカーに思うこと』 (2008) p.14
  23. ^ a b c 徳田耕一『パノラマカー 栄光の半世紀』 (2009) p.40
  24. ^ 鉄道ピクトリアル 2000年4月臨時増刊号 清水武『昭和40年代の中部地方の電車』 (2000) p.121
  25. ^ a b c d e f g 鉄道ピクトリアル 通巻331号 清水武・近藤浩二『名鉄ラッシュ輸送の新鋭車6000系』 (1977) p.37
  26. ^ a b c d 鉄道ピクトリアル 通巻331号 清水武・近藤浩二『名鉄ラッシュ輸送の新鋭車6000系』 (1977) p.38
  27. ^ a b c d e f g h i j k 鉄道ジャーナル 通巻208号 清水武『名古屋鉄道6500系』 (1984) p.125
  28. ^ a b c d e f g 鉄道ジャーナル 通巻121号 徳田耕一『名鉄6000系デビュー』 (1977) p.107
  29. ^ a b c d e f 鉄道ジャーナル 通巻122号 吉川文夫『通勤輸送のエース 名鉄6000系』 (1977) p.80
  30. ^ a b c 鉄道ピクトリアル 通巻370号 藤野政明・渡辺英彦『私鉄車両めぐり (115) 名古屋鉄道』 (1979) p.94
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  32. ^ 鉄道ジャーナル 通巻122号 吉川文夫『通勤輸送のエース 名鉄6000系』 (1977) p.75
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参考文献[編集]

書籍[編集]

雑誌記事[編集]

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  • 川口順平「車両総説」、『鉄道ピクトリアル』第816号、電気車研究会、2009年3月、 48-57頁。
  • 清水武、近藤浩二「名鉄ラッシュ輸送の新鋭車6000系」、『鉄道ピクトリアル』第331号、電気車研究会、1977年3月、 37-40頁。
  • 清水武「名古屋鉄道 沿革と現状」、『鉄道ジャーナル』第163号、鉄道ジャーナル社、1980年9月、 51-67頁。
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  • 清水武「ロングシートバージョン登場 名鉄6800系」、『鉄道ファン』第369号、交友社、1992年1月、 73頁。
  • 清水武「昭和40年代の中部地方の電車」、『鉄道ピクトリアル臨時増刊号 釣掛電車の響き』、電気車研究会、2000年4月、 116-121頁。
  • 清水武「名古屋鉄道の輸送・運転業務に携わって」、『鉄道ピクトリアル』第771号、電気車研究会、2006年1月、 124-131頁。
  • 清水武「パノラマカーに思うこと」、『鉄道ピクトリアル』第812号、電気車研究会、2008年12月、 10-17頁。
  • 田中正夫「車両総説」、『鉄道ピクトリアル』第473号、電気車研究会、1986年12月、 20-23頁。
  • 徳田耕一「名鉄6000系デビュー」、『鉄道ジャーナル』第121号、鉄道ジャーナル社、1977年3月、 106-114頁。
  • 徳田耕一「6000系 早くも威力を発揮!」、『鉄道ジャーナル』第122号、鉄道ジャーナル社、1977年4月、 79頁。
  • 外山勝彦「私鉄車両めぐり (154) 名古屋鉄道」、『鉄道ピクトリアル』第624号、電気車研究会、1996年7月、 184-216頁。
  • 外山勝彦「名古屋鉄道現有車両諸元表」、『鉄道ピクトリアル』第624号、電気車研究会、1996年7月、 217-227頁。
  • 外山勝彦「名古屋鉄道現有車両編成表」、『鉄道ピクトリアル』第624号、電気車研究会、1996年7月、 228頁。
  • 外山勝彦「名古屋鉄道現有車両プロフィール2005」、『鉄道ピクトリアル』第771号、電気車研究会、2006年1月、 203-252頁。
  • 外山勝彦「名古屋鉄道現有車両プロフィール2009」、『鉄道ピクトリアル』第819号、電気車研究会、2009年3月、 259-307頁。
  • 南山大学鉄道研究会「名鉄だより」、『鉄道ファン』第323号、交友社、1988年3月、 112-113頁。
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  • 吉田文人「私鉄車両めぐり (133) 名古屋鉄道」、『鉄道ピクトリアル』第473号、電気車研究会、1986年12月、 185-198頁。
  • 「RAILWAY TOPICS」、『鉄道ジャーナル』第160号、鉄道ジャーナル社、1980年6月、 107-111頁。
  • 「RAILWAY TOPICS」、『鉄道ジャーナル』第505号、鉄道ジャーナル社、2008年11月、 100-103頁。
  • 「POST」、『鉄道ファン』第603号、交友社、2011年7月、 162-178頁。

関連項目[編集]

  • 京阪9000系電車 - 当形式と同じく、集団離反式セミクロスシートを備えていた(後にロングシートに改造)。

外部リンク[編集]