かもめ (列車)

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かもめ
885系「かもめ」(長崎駅)
885系「かもめ」(長崎駅)
運行事業者 九州旅客鉄道(JR九州)
列車種別 特急列車
運行区間 博多駅 - 佐賀駅肥前鹿島駅長崎駅
諫早駅 - 長崎駅
経由線区 鹿児島本線長崎本線
使用車両
(所属区所)
885系電車南福岡車両区
787系電車(南福岡車両区)
運行開始日 1976年7月1日
備考 2014年4月28日現在

かもめは、九州旅客鉄道(JR九州)が博多駅 - 佐賀駅肥前鹿島駅長崎駅間、および諫早駅 - 長崎駅間を鹿児島本線長崎本線を経由して運行している特急列車である。

本項では、東京駅 - 神戸駅間で運行されていた「」および、長崎本線で運転されていた優等列車の沿革についても記述する。

概要[編集]

特急「かもめ」は、1976年7月1日に長崎本線と佐世保線全線の電化により、それまで小倉駅・博多駅 - 長崎駅間で運行していた急行「出島」の一部を特急に格上げする形で、7往復で運行を開始した。運行区間の線路容量の都合から、6往復については小倉駅・博多駅 - 肥前山口駅間で佐世保駅発着の特急「みどり」を併結していた(残りの1往復に関しては「みどり」編成を「かもめ」の付属編成として連結し、肥前山口駅で増解結していた)。

1980年10月1982年11月の2段階に分けて残りの「出島」は「かもめ」に格上げされ、福岡市長崎市を結ぶ昼行優等列車は「かもめ」に統一された。また小倉駅乗り入れは1980年10月にいったん終了した後、一部列車が再度小倉駅発着となったり、門司港駅始発で運行されていた時期もあったが、2005年3月に門司港駅乗り入れが廃止されて以降は博多駅より北への乗り入れは行われていない。

「みどり」との併結は1978年10月に全列車で行うようになった後、1985年3月に日中の一部列車が単独運行となり、1986年11月にはいったん全列車単独運行となった。国鉄分割民営化以降「かもめ」が増発されたのを受けて1988年3月に「みどり」との併結が復活し、以後増発されるたびに併結列車が増える傾向にあった。1992年からは「みどり」併結列車の一部でハウステンボス駅発着の「ハウステンボス」も併結するようになった。

新型車両の投入が進んだことで1996年に運行開始当初から使用されていた485系電車は「みどり」併結列車のみで用いられるようになり、2000年には単独運行の列車は885系電車、「みどり」併結列車はそれまで単独運行の列車で使用されていた783系電車に置き換わった。2011年3月12日のダイヤ改正で783系充当の列車のほとんどが787系電車での運行になったのと合わせて「みどり」との併結運行は終了した。

「かもめ」の列車名の由来[編集]

列車名は海鳥のカモメが由来である。「かもめ」の名称を使用した列車は戦前から運行されており、日本国有鉄道(国鉄)・JRグループでは特急列車の名称として使用されている。なお、戦前は「」と漢字表記であったが、戦後はすべて平仮名表記になっている。

  • 1937年 - 1943年:東京駅 - 神戸駅間を東海道本線経由の特急「」。
    • 特急「」は「富士」「」の運行開始に際して公募されていた愛称では8位であった。
  • 1953年 - 1975年:京都駅 - 博多駅間、のちに京都駅 - 長崎駅・西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)間に変更し、山陽本線・鹿児島本線・日豊本線経由の特急「かもめ」。
  • 1976年以降:主に博多駅 - 長崎駅間の長崎本線特急「かもめ」。

定期の特急列車とは別に海水浴客向けの臨時列車として「かもめ」の名称が使用されたことがあり、1934年夏季に東京鉄道局が発行したパンフレットには他の列車と一緒に藤沢駅行に「かもめ」と記載されているほか、1964年から1967年までは房総西線臨時快速列車に起用されたことがある。

特急「かもめ」[編集]

運行概況[編集]

定期列車は博多駅 - 長崎駅間25往復、博多駅 - 佐賀駅間3往復、肥前鹿島駅 → 博多駅間上り1本と、平日のみ長崎駅 → 諫早駅間上り1本が運行されている。佐賀駅・肥前鹿島駅発着列車は100号台、諫早駅発着列車は200号台が付与されている。

博多駅 - 長崎駅間の列車は、885系電車充当の列車と、時間帯によって787系電車充当の列車がそれぞれ1時間に1本運行され、毎時1 - 2本の運行である。区間運転の列車は主に朝と夜間に運行される。

このほか、繁忙期には博多駅 - 佐賀駅・長崎駅間で臨時列車が運行されることがある。長崎駅発着列車はゴールデンウィーク、お盆、3連休などに3往復程度設定されるほか、福岡Yahoo!JAPANドームなどでのコンサートや長崎ランタンフェスティバルの際に「コンサートかもめ」や「ランタンかもめ」の名前で運行される場合がある。その際、ランタンフェスティバル向けの臨時列車は「ランタンかもめ」の列車名で運行される。

佐賀駅発着の臨時列車は時期によって異なるが、最大で片道7本程度設定される。

列車番号は、定期列車の1 - 50号が号数+2000M、100番台が号数+1980M(ただし100・102号は号数+1982M)、202号は2092Mである。

停車駅[編集]

博多駅 - (二日市駅) - 鳥栖駅 - 新鳥栖駅 - 佐賀駅 - (肥前山口駅) - 肥前鹿島駅 - 諫早駅 - 浦上駅 - 長崎駅

  • ( )は一部の列車のみ停車。二日市駅は787系充当列車のみ、肥前山口駅は885系充当列車のみ停車。ただし朝晩は双方とも停車する列車の設定もある。双方とも通過する列車は設定されていない。「みどり(・ハウステンボス)」が1往復停車する吉野ヶ里公園駅には停車しない。
  • 以下の駅に臨時停車することがある。

使用車両・編成[編集]

2014年3月15日現在の編成図
かもめ
← 長崎・佐賀
博多 →
885系
1 2 3 4 5 6
G
787系
1 2 3 4 5 6 7
DX,G G個4 指・b
783系
1 2 3 4
G
  • 5両編成で運転する場合がある

  • 全車禁煙
  • 座席種別は変更される場合がある
凡例
G=グリーン車座席指定席
G個4=グリーン車4人個室(座席指定席)
DX=DXグリーン席(座席指定席)
指=普通車座席指定席
b=普通車4人用ボックスシート(座席指定席)
自=普通車自由席

南福岡車両区に所属する885系電車787系電車783系電車が充当されている。JR九州管内を運行する特急列車の中では唯一、3形式の車両が使用されている。

  • 783系:佐賀駅発着の2往復(下り105・107号/上り100・108号)
  • 787系:博多駅 - 長崎駅間の9往復と佐賀駅発着の1.5往復(下り1・5・11・15・19・29・33・37・41・101・103号/上り10・14・18・28・32・36・40・44・48・106号)
  • 885系:上記以外の列車

※787系運転の1往復(1・48号)と、885系運転の下り3号/上り42・46・50号のみ二日市駅肥前山口駅双方に停車。それ以外の885系運転列車は全て二日市を、長崎行き787系運転列車は全て肥前山口を通過。また783系運転の2往復のうち100・105号も二日市は通過となる。

885系は2000年3月11日の車両投入時より使用されている。当初は黄帯の「白いかもめ」編成(1次車・6両編成)で運用されていたが、2次車である青帯の「白いソニック」編成が5両から6両に増結されてからは次第に「白いソニック」での運行が増えた。現在は1次車と2次車は共通運用となっており、1次車は青帯化され、ロゴも「KAMOME EXPRESS」から共通運用を前提とした「AROUND THE KYUSYU」ロゴに変更されている。長崎駅 → 諫早駅間運行の202号では、グリーン車は締切扱いになる。なお、始発列車と最終列車では、グリーン車サービスおよび車内販売は行われない(その旨放送がおこなわれるが、駅時刻表等では記載されない)。

787系は4人用グリーン個室とデラックスグリーン席を備えた7両編成で運転されている。1994年3月のダイヤ改正時に「つばめ」に用いられていた編成が単独運行の列車5往復に投入されたが(当時連結していたビュフェも営業していた)、単独運行の「かもめ」が783系に統一されたことに伴い1996年3月に撤退。その後、2001年3月に「有明」用の編成が博多駅 - 肥前山口駅間の列車1往復に充当されたが、これもこの年の10月に撤退していた。2011年の九州新幹線全線開業に伴い、廃止または大幅削減となった「リレーつばめ」「有明」用の7両編成から付随車1両を抜いた6両編成が充当され、787系は9年半ぶりに「かもめ」の定期運用に復帰した。なお、885系と783系に予備車が少ないため、それ以前にも臨時列車で運用されたことがある。2014年のダイヤ改正からは従来の6両編成から7両編成に増結された。

783系は4両編成で運転されている[備考 1]。1989年の投入当初は、帯色を青と赤で塗り分けた専用編成(7両・全室グリーン車・繁忙期9両)が使用されていた。1990年3月から1994年7月まで、車両愛称の「ハイパーサルーン」にちなみ「ハイパーかもめ」として運転されていた。運転開始時よりカフェテリアの営業も行っていたが、1992年に営業を終了している。

その後、前述の通り1996年に単独運行の「かもめ」は783系6両編成に統一されたが、2000年に885系が投入されると783系は「みどり」併結列車での運用がほとんどとなり、編成も4両編成となった。ただし、多客期に5両編成で運行したのが2006年9月以降は常態化し、2007年3月18日のダイヤ改正で正式に5両編成に増結された。2011年のダイヤ改正で「みどり」との併結運行が終了したことに伴い、783系は長崎駅発着列車からは撤退となり、編成も再び4両となった。なお、従来用いられていた5両編成は日豊本線で運行される特急列車に転用された。

1976年から2000年までは485系電車も使用されていた。JR九州は1990年以降、自社所有の485系を外装を赤一色にするなどのリニューアルを施工し、「かもめ」塗装の車両に関しては「KAMOME EXPRESS」の愛称があった。しかし「KAMOME EXPRESS」車両は単独運行の「かもめ」の車両更新が進んだことから1996年に全廃され、その後は2000年の485系撤退まで「にちりん」などで用いられる「RED EXPRESS」車両(「MIDORI EXPRESS」車両が組込まれることもあった[要出典])で運行された。

所要時間[編集]

博多駅 - 長崎駅間の所要時間はおおよそ885系が1時間50分前後、787系が2時間前後である。885系と787系の時間差は、主に肥前七浦駅 - 諫早駅間の急曲線連続区間での振り子車と非振り子車の速度制限の格差である。2011年3月のダイヤ改正によって新鳥栖駅にも停車するようになったため、改正前より全体的に所要時間がわずかに延びたが、肥前山口駅での「みどり」との併結が解消されたことと、787系は基本的に同駅を通過するようになったことにより、783系が使われていた時期に比べると格差は小さくなっている。

利用状況と競合交通機関[編集]

博多駅 - 長崎駅間では1990年に長崎自動車道長崎多良見ICまで開通し、九州急行バスが運行する高速バス九州号」との競合が激しくなっている。所要時間では「かもめ」の方がやや優勢だが、高速バスは運行本数や福岡空港福岡市中心部である天神を経由する点で優位性がある。運賃面やサービス面では従来高速バスが有利であったが2枚きっぷ・4枚きっぷ等の割引企画乗車券の発売や885系車両の導入などで差が縮まりつつある。

一方、博多駅 - 佐賀駅間は高速バス「わかくす号」(天神バスセンター - 佐賀駅間)がおおむね20 - 30分間隔で運行しているが、博多駅 - 長崎駅間とは異なり列車が優位に立っている。そのために佐賀駅からの博多方面への利用客は多い。

また、長崎県内では諫早駅 - 浦上駅・長崎駅間のみの利用も自由席特急券が300円と安いため、朝夕の通勤・通学での利用が比較的多い。このうち朝の下り列車では大村線からの乗換客を含めて座席が埋まることが多い。同区間では特急料金不要の快速列車「シーサイドライナー」や長崎県交通局長崎県央バス)の路線バスと競合している。

特急「[編集]

1937年7月1日から東京駅 - 神戸駅間で運行を開始した。「」よりも30分先行する時刻で運行されていたが、東京駅は午後に発車、神戸駅は午前に発車し所要時間は「燕」より20分ほど長く、同区間を走っていた「」や、同時間帯を走る「富士」と「櫻」の補助的性格が強い列車であった。

列車は、一・二・三等各車両と洋食堂車で編成されていた。展望車1939年3月まで連結が見送られ、利用率次第ではすぐに臨時列車へ格下げする予定であったといわれている。この「」の設定された頃が、戦前の鉄道の最盛期であった。しかしながら同列車の設定された6日後の7日に盧溝橋事件が起こって日中戦争が勃発し、日本は次第に戦時体制に突入して行き、鉄道を取り巻く環境も変化していくことになり、1943年2月に戦況の悪化に伴い廃止された。

長崎本線優等列車沿革[編集]

山陽本線・鹿児島本線特急「かもめ」の運行開始[編集]

  • 1953年昭和28年)3月15日:
    1. 京都駅 - 博多駅間を山陽本線・鹿児島本線経由で運転する特急「かもめ」が運行開始。
      • 両線では戦前に「富士」「」といった特急が設定されていたが、戦中の1944年(昭和19年)に「富士」を最後にして廃止されたため、戦後初の同線における特急列車となった。
      • 運行前には山陽特急との仮称があり、新形式の一等展望車の設計等がなされたとされるが、実際には二等三等車食堂車のみの組成となった。
      • また、運行上下りは始発駅の京都駅で、上りは大阪駅東海道本線夜行急行列車「明星」「彗星」と接続するようにしていた。
    2. 門司港駅 - 長崎駅間を早岐駅大村駅経由で運行する臨時準急列車として、3107・3108列車が運行を開始。鳥栖駅までは熊本駅発着の「407・408列車」に併結されていた。
    • 11月:3107・3018列車が定期列車に昇格。
  • 1954年(昭和29年)10月1日:3107・3108列車単独運行に変更。なお、このとき通称として「ながさき」の名称が与えられる。
  • 1956年(昭和31年)11月19日:従来、広島駅 - 門司駅間を運行していた山陽本線の準急3207・3208列車が延長され、407・408列車と博多駅を介して直通運転を実施。これにより、広島駅 - 長崎駅間を運行する列車番号が405・406列車に変更される。


特急列車の乗り入れの再開[編集]

1961年10月1日国鉄ダイヤ改正実施時の編成図
PJRPJRNC
かもめ
← 長崎・宮崎
京都 →
キハ80系特急編成図(2編成併結)
編成 長崎駅発着編成 宮崎駅発着編成
号車 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
座席
形式 キハ
82
キロ
80
キシ
80
キハ
80
キハ
80
キハ
82
キハ
82
キロ
80
キシ
80
キハ
80
キハ
80
キハ
82
凡例
一等車(現在のグリーン車)、二:二等車(現在の普通車座席指定席、食:食堂車
  • 長崎駅発着編成:(向日町運転所配置)
  • 宮崎駅発着編成:(向日町運転所配置)
  • 京都駅 - 小倉駅間で併結運転。
  • 1957年(昭和32年)
    • 6月5日:同日博多駅発より「かもめ」の三等車をスハ44系客車から「軽量客車」の10系客車に変更。
      • 博多駅方でのデルタ線による編成の回転がしづらいことなどからの採用であったが、急行列車と共通するボックスシートを三等車に用いざるを得なかった。このため、走行区間では海が見える区間より山中を走る区間が多いことや、「つばめ」「はと」と比べ見劣りする編成内容から「『かもめ』でなく『からす』だ」と揶揄されたこともあった。
    • 10月1日:同年7月に東京駅 - 博多駅間で運行を開始した臨時寝台特急列車「さちかぜ」を長崎駅まで延長。長崎本線に再び特急列車が乗り入れる。
  • 1958年(昭和33年)10月1日:「さちかぜ」を「平和」(へいわ)に名称を変更。
  • 1959年(昭和34年)7月:「平和」を「さくら」に名称を変更。同時に「さくら」には20系客車が導入される。
    • 9月22日:405・406列車に「ふたば」の名称が与えられる。
  • 1960年(昭和35年)5月1日:以下のように運行体系が変更される。
    1. 長崎本線肥前鹿島駅経由の気動車による準急列車「ながさき」が新設される。この列車は、佐世保線佐世保駅発着の準急列車「弓張」を肥前山口駅で分割運転を行うこととなった。
    2. 「ながさき」・「弓張」の補助列車として博多駅 - 長崎駅間を大村線経由で運行する準急列車出島」(でじま)運行開始。
    3. 「ふたば」運行区間を広島駅 - 博多駅間に短縮。以降は山陽本線優等列車沿革を参照されたい。
  • 1961年(昭和36年)9月1日:「ながさき」島原鉄道線よりの乗り入れを拡大。下り1本が加津佐駅→長崎駅間、博多駅 - 南島原駅間1往復(ただし、上りは加津佐駅始発)となる。
  • 1961年10月1日サンロクトオのダイヤ改正に伴い、以下のように運行体系が変更される。
    1. 従来京都駅 - 博多駅間の特急「かもめ」の使用車両を特急形気動車であるキハ82系気動車に変更のうえ、運行区間を京都駅 - 長崎駅日豊本線経由宮崎駅間に変更。
    2. 「ながさき」1往復増発し、1往復を門司港駅発着に変更。
    3. 熊本駅 - 長崎駅間を佐賀線経由で運行する準急列車「ちくご」を運行開始。
  • 1962年(昭和37年)9月10日:「ながさき」の門司港駅発着の1往復を小倉駅発着に変更。
  • 1963年(昭和38年)6月1日:「出島」の運行区間を肥前鹿島駅経由広島駅 - 長崎駅間に変更。同時に急行列車に昇格。ただし、広島駅 - 小倉駅間を別府駅発着の「べっぷ」と併結運転。
  • 1964年(昭和39年)3月20日:「出島」の運行区間を呉線呉駅 - 長崎駅間に変更し、全区間単独運転となる。
    • 4月10日久大本線経由で別府駅 - 長崎駅・佐世保駅間を運行する急行列車「西九州」(にしきゅうしゅう)を運行開始。
    • 10月1日:「西九州」の長崎駅発着編成に臨時増結車両として博多駅発着編成を連結開始。

山陽本線・鹿児島本線「かもめ」の廃止まで[編集]

1975年廃止時点の編成図
かもめ
← 長崎・早岐
佐世保/京都 →
編成 佐世保駅発着編成(筑豊本線経由) 長崎駅発着編成(博多駅経由)
号車 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13
座席 G G D
形式 キハ82 キロ80 キハ82 キハ82 キハ82 キハ82 キハ82 キロ80 キシ80 キハ82 キハ82 キハ82 キハ82
凡例
G=グリーン車座席指定席、指=普通車座席指定席、D=食堂車
  • 両編成とも向日町運転所所属
  • 京都駅 - 小倉駅間で併結運転。佐世保駅発着編成は早岐駅で進行方向を変える
  • 1965年(昭和40年)10月1日:ダイヤ改正により以下のように変更する。
    1. 「かもめ」の宮崎駅発着編成を鹿児島本線経由西鹿児島駅発着に変更するとともに、食堂車は西鹿児島駅発着編成のみに連結。宮崎駅発着の編成は新設された「いそかぜ」に代替される。
    2. 「ながさき」1往復の運行区間を日豊本線・豊肥本線経由で熊本駅 - 博多駅(ただし、博多駅行きは三角線三角駅始発)の急行「くさせんり」に吸収。熊本駅 - 別府駅 - 博多駅 - 長崎駅・佐世保駅間を運行する急行列車「九重」(くじゅう)とする。これにより、「ながさき」が1往復減って3往復となる。
  • 1966年(昭和41年)3月5日:準急制度改変に伴い、「ながさき」「ちくご」が急行列車に格上げ。
    • 3月25日:ダイヤ改正に伴い、以下のように変更する。
    1. 「出島」に佐世保駅発着の編成を連結開始。
    2. 「西九州」の博多駅 - 長崎駅編成を定期列車化。これにより、「西九州」の運行区間は久大本線(久留米駅)経由別府駅 - 佐世保駅・長崎駅間および二日市駅経由博多駅 - 長崎駅間となる。
  • 1967年(昭和42年)10月1日:「九重」の運行系統を分割し、日豊本線経由別府駅 - 佐世保駅・長崎駅間運行の「べっぷ」とする。
  • 1968年(昭和43年)10月1日:ヨンサントオのダイヤ改正に伴い、以下のように変更する。
    1. 「かもめ」の西鹿児島駅発着編成を筑豊本線経由佐世保駅発着に変更するとともに(両編成の分割・併合は小倉駅で行う)、長崎駅発着編成の食堂車が3年ぶりに復活。西鹿児島駅発着の列車は別に大阪駅 - 西鹿児島駅間運行の「なは」として分離。
    2. 「西九州」の博多駅 - 長崎駅間、「べっぷ」の大分駅発→長崎駅行列車、「ながさき」の全列車の名称を変更し、長崎本線急行列車の総称として「いなさ」の名称が与えられ、臨時列車1往復を含めた5往復体制を採る。
    • 黒崎駅 - 原田駅間は筑豊本線経由(60.5km)であると鹿児島本線経由(70.8km)に比べると営業キロで10.3km程度短縮されることや筑豊地域とりわけ現在の飯塚都市圏への便を図るためとされているが、原田駅 - 肥前山口駅間では同じ名前の列車が2本続けて運行されることとなった。この区間の停車駅は鳥栖駅佐賀駅であるが、鳥栖駅は佐世保駅発着編成のみ停車、佐賀駅は双方とも停車した。
  • 1972年(昭和47年)3月15日:「いなさ」と「ゆのか」の大分駅発を延長し、大分駅発着1往復とする。また、博多駅発下り1本を増発し、下り7本上り6本となる。
  • 1972年10月2日:「いなさ」の上り博多駅行1本を増発し、7往復となる。これまで優等列車を含めた全列車が長与駅経由だったが、同日、市布駅経由のルートが新しく完成したため、これ以降優等列車は原則として市布駅経由となる(線路容量の問題から一部の「出島」「平戸」が長与を経由していた時期はある)。
  • 1975年(昭和50年)3月10日山陽新幹線博多駅乗り入れにより、以下のように変更する。
    1. 山陽本線の昼行優等列車は新幹線へ移行する施策がなされたことから、「かもめ」全区間と「出島」の博多駅以東廃止。この廃止から翌年電化されるまでの約1年間、長崎本線を走る昼行特急列車は設定されなかった。
    2. 「いなさ」を「出島」に名称を変更。「出島」山陽新幹線連絡急行列車として、小倉駅発着3往復、博多駅発着7往復の合計10往復となる。
  • 1976年(昭和51年)3月1日:従来無名の寝台車連結の夜行列車に「ながさき」の名称を与える。
    • なお、「ながさき」は門司港駅 - 長崎駅・佐世保駅間の運行であったが、佐世保線・大村線経由で運行されていた。この経路の夜行普通列車の歴史は古く、長崎本線のルートがそれまでの早岐駅・大村駅ルートから現在の肥前鹿島駅ルートになった1934年(昭和9年)12月の段階で、既に門司駅(現在の門司港駅で、現在の門司駅は当時大里駅と称した) - 長崎港駅(長崎 - 上海間航路接続のための駅で、船の入港しない日は長崎駅止まりとなった)に廃止時と同じルートの列車として設定されていた。

長崎本線の特急「かもめ」として[編集]

1976年運転開始時の編成図
PJRPJRNC
「かもめ」「みどり」
← 長崎・早岐
佐世保/博多・小倉 →
編成 「かもめ」
長崎駅 - 博多駅・小倉駅間
「みどり」
佐世保駅 - 博多駅・小倉駅間
号車 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
座席 G G
形式 クハ481 モハ484 モハ485 サロ481 サハ481 モハ484 モハ485 クハ481 クハ481 モハ484 モハ485 クロ481
座席種類
G=グリーン車座席指定席
指=普通車座席指定席
自=普通車自由席
  • 1976年(昭和51年)7月1日:長崎本線・佐世保線全線電化により、以下のように変更する。
    1. 「出島」4往復を特急列車に格上げ。「かもめ」の愛称を与えエル特急に指定。7往復を設定し、うち3往復が小倉駅発着とし、4往復が博多駅発着となる。
    2. 「かもめ」は6往復で佐世保線佐世保駅発着の「みどり」を併結し、1往復は「みどり」編成を「かもめ」の付属編成として運転。分割・併合は肥前山口駅で行う。
    3. 「出島」は、小倉駅発着を1往復含む6往復とする。なお、気動車による運行であったことから、2往復は島原鉄道加津佐駅へ乗り入れを行う。
    4. また、この改正からしばらくは、優等列車の補完として、長崎・佐世保線内を快速として走る門司港 - 長崎・佐世保間の普通電車が1往復(夜の下りと朝の上り)設定された。快速区間では停車駅・速度とも急行とほぼ同じであった。
  • 1978年(昭和53年)10月2日ゴーサントオのダイヤ改正に伴い以下のように変更する。
    1. 「かもめ」の1往復のみ連結していた付属編成を「みどり」に編入し運転区間を佐世保駅へ延長、全列車「みどり」併結となる。ただし、実際は佐世保線西有田信号場の完成を待って翌1979年から運転開始、それまで「みどり」は佐世保線内を運休していた。
    2. 「西九州」別府駅行を大分駅→別府駅間を普通列車化。
  • 1980年(昭和55年)10月1日1980年10月1日国鉄ダイヤ改正に伴い、以下のように変更する。
    1. 「出島」の3往復を「かもめ」に格上げし、「かもめ」10往復、「出島」3往復体制とする。また小倉駅および島原鉄道線への乗り入れを終了し、全列車博多駅 - 長崎駅間の運行とする。
      • なお、この改正は将来の急行列車の総特急化を前提としたものであったため、「かもめ」の号数には欠番が生じ、「出島」は「かもめ」の欠番を埋める形で運行された。
    2. 「西九州」の運行区間を博多駅 - 大分駅間とし、「由布」に名称を変更。
    3. 「ちくご」を廃止。
  • 1981年(昭和56年)6月7日:長崎本線久保田駅 - 牛津駅間を走行中の「かもめ・みどり」11号が、線路の一部が波打っているのを発見して急停車。「かもめ」の後ろ2両と「みどり」の全編成が脱線した。のちに損傷の激しかった「みどり」の後3両は廃車になった。この事故は国鉄時代に485系電車が事故廃車になった唯一の事例である。
  • 1982年(昭和57年)11月15日1982年11月15日国鉄ダイヤ改正により「出島」の3往復を電車化し、「かもめ」に昇格。「かもめ」が博多駅 - 長崎駅間を13往復体制となる。これにより「出島」を廃止。
  • 1984年(昭和59年)2月1日:「ながさき」を廃止。
  • 1985年(昭和60年)3月14日1985年3月14日国鉄ダイヤ改正により、「かもめ」の日中の5往復について「みどり」との併結を廃止。ただし、運行本数は13往復と変更なし。
  • 1986年(昭和61年)11月1日1986年11月1日国鉄ダイヤ改正により、以下のように変更する。
    1. 「かもめ」と「みどり」は全列車単独運転となる。同時に「かもめ」1往復が小倉駅まで延長される。
    2. 臨時列車の「ながさき」を廃止。

国鉄分割民営化後[編集]

  • 1988年(昭和63年)3月13日:「かもめ」を1往復増発し、14往復となる。同時に下り1本で「みどり」との併結再開。小倉駅発着列車は再び消滅。
  • 1989年(平成元年)3月11日:「かもめ」を14往復から18往復に増発(下り4本・上り3本は「みどり」併結)。また、2往復で783系電車(ハイパーサルーン)の使用を開始。またこの列車ではカフェテリアの営業も行われた。
  • 1990年(平成2年)3月10日:「かもめ」を3往復増発し、21往復(下り7本・上り5本は「みどり」併結)とした上で、783系充当の5往復に「ハイパーかもめ」として運転開始。また、この頃から485系を使用した「かもめ」を赤い外観の「KAMOME EXPRESS」(7・8両編成)・「RED EXPRESS」(5両編成)にリニューアルする。なお、原則として「KAMOME EXPRESS」は単独運転の列車に、「RED EXPRESS」は「みどり」併結列車に用いられた。
    • この頃には高速バスへの対抗策として、途中停車駅を鳥栖駅・佐賀駅・諫早駅の3駅のみとした列車も存在した。
  • 1992年(平成4年)3月14日:「みどり」併結列車の一部でハウステンボス駅発着の「ハウステンボス」併結開始。「ハイパーかもめ」のカフェテリアの営業終了。
  • 1992年7月15日:「かもめ」を1往復増発し、「ハイパーかもめ」と合わせて22往復とする。また、この日以降多良駅と湯江駅に通年停車する列車はなくなる。
  • 1993年(平成5年)12月1日:いわゆるホームライナー的な運行で毎日運行の臨時列車として博多駅 - 肥前山口駅間を運行する「かもめ」101・102号を新設。使用車両は主に「ハウステンボス」に使用する485系が用いられる
  • 1994年(平成6年)3月1日:「かもめ」のうち5往復に「つばめ」用の787系電車を投入し、ビュッフェ営業も行われた。
    • 7月1日:「ハイパーかもめ」を廃止。ただし、一部の駅の発車標などでは「白いかもめ」と区別するために783系使用列車には「ハイパーかもめ」と表示されることがある。
  • 1995年(平成7年)4月20日:「かもめ」101・102号を定期列車化し、車両を783系とする。
  • 1996年(平成8年)3月16日:「かもめ」は単独運転列車を783系(17往復)、「みどり」併結列車を485系(5往復)に統一。783系の一部編成は「つばめ」「にちりん」で使用していた編成から転用。これに伴い787系は撤退してビュッフェ営業も終了。485系に関しては「RED EXPRESS」編成のみの運転となる。
  • 1997年(平成9年)11月29日:「かもめ」5号を門司港駅始発とする。

2000年代の展開[編集]

2010年「みどり」との併結運転末期時の783系編成図
「かもめ」「みどり」「ハウステンボス」
← 長崎・早岐・ハウステンボス
佐世保/博多 →
列車名
運行区間
「かもめ」
長崎駅 - 博多駅間
「ハウステンボス」
ハウステンボス駅 - 博多駅間
「みどり」
佐世保駅 - 博多駅間
号車 1 2 3 4 5 7 8 9 10 11 12 13 14
座席 G G G
  • 「かもめ」「みどり(・ハウステンボス)」は博多駅 - 肥前山口駅間で併結運転
  • 「みどり」「ハウステンボス」は博多駅 - 早岐駅間で併結運転
  • 「みどり」の早岐駅 - 佐世保駅間は逆向き
  • 7 - 10号車は連結しない、もしくは「みどり」として運行される場合がある
凡例
G=グリーン車座席指定席
指=普通車座席指定席
自=普通車自由席
  • 2000年(平成12年)3月11日:ダイヤ改正に伴い以下のように変更する。
    1. 博多駅 - 長崎駅間下り23本・上り24本(1 - 4・6 - 48号。下り8本・上り7本は「みどり」併結)、門司港駅→長崎駅間下り1本(5号)、博多駅 - 肥前山口駅間(101・102号)、博多駅 - 佐賀駅間(103・104号)各1往復の計26往復に増発。
    2. 使用車両を、48号を除く長崎駅発着の単独運転の列車16往復および103・104号は885系電車「白いかもめ」、「みどり」併結列車および48・101・102号は783系電車とし、485系電車は「かもめ」から撤退。なお、従来「かもめ」に充当されていた783系は「にちりん」系統および改造の上で「みどり」「ハウステンボス」に転用され(そのためダイヤ改正直前には「みどり・ハウステンボス」編成で走る「かもめ」も見られた)、この改正からは従来「有明」で使用されていた4両編成(多客期は5両に増結)が充当されるようになる。
  • 2001年(平成13年)
    • 3月3日:101・102号を787系電車(「有明」用4両編成)での運行とする。787系は5年ぶりに運用復帰。
    • 10月6日:101・102号を783系電車(「ハウステンボス」用4両編成)での運行とする。787系は再び撤退。
  • 2002年(平成14年)
    • 6月:佐賀駅→博多駅間に土曜・休日のみ運転の列車を1本増発(106号・885系)。
    • 10月21日:101 - 104号の運行を以下のように変更する。なお、103号以外の延長区間は臨時列車扱いとした。
      1. 101・104号は佐世保駅発着に変更の上で「みどり」に編入。号数は変更なしで885系を充当。なお、この列車は翌年3月には全区間定期化の上で783系での運行となる。
      2. 102号は肥前鹿島駅始発に変更。
      3. 103号は使用車両を783系「ハウステンボス」編成に変更。
  • 2003年(平成15年)
    • 3月:102・103・106号の運行を以下のように変更し、106号以外は臨時列車扱いを解除する。
      1. 102・103号は使用車両を885系に変更。同時に103号は号数を101号とする。
      2. 106号は号数を104号に変更。
    • 7月18日:長崎本線内で「かもめ46号」が落石に衝突し脱線する長崎線特急列車脱線転覆事故が発生。
  • 2004年(平成16年)3月13日:諫早駅→長崎駅間に平日のみ運行の列車を1本増発。885系での運行で、号数は201号が与えられた。
    • この諫早駅発着列車は運行距離が24.9kmであるが、設定以来2006年5月30日まで、「博多南線」「シャトル・ガーラ」を除くとJRグループが運行する特急列車の中で最も運行距離が短い列車だった。なお2011年現在の最短運行距離の特急列車は「ホームエクスプレス阿南」(徳島駅 - 阿南駅間24.5km)である。
  • 2005年(平成17年)
    • 3月1日:ダイヤ改正により以下のように変更する。
      1. 同日廃止された寝台特急「さくら」の九州内区間を吸収する形で、博多駅 - 長崎駅間の列車を25往復に増発。門司港駅乗り入れは終了。また、この改正で区間運転の列車を除き、単独運転の列車(16往復)は885系、「みどり」併結列車(9往復)は783系での運転に統一された。
      2. 長崎駅→諫早駅間に平日のみ運転の列車を1本増発。783系での運行で、号数は202号が与えられた。
    • 7月11日:長崎本線市布駅 - 肥前古賀駅間で、博多駅発長崎駅行「かもめ」3号の窓ガラスが破損し、乗客6人が負傷。この事故を受けて、783系電車のエンブレムおよびルーバー塞ぎ板は同日中に全て撤去された。のちに塞ぎ板のみ再取付、エンブレムはステッカーになった。
  • 2006年(平成18年)
    • 9月:この頃から、783系で運行する列車は1両増結して5両編成での運行が常態化する。
    • 11月1日:佐賀駅→博多駅間の列車を1本増発。885系での運行で号数は100号が与えられた。また、100号は臨時列車扱いであった。
  • 2007年(平成19年)
    • 3月18日:ダイヤ改正により以下のように変更。
      1. 佐賀駅発着列車を783系2往復(101・103・106・108号)、885系1往復(100・105号)の計3往復に増発。100号の臨時列車扱いは解除。
      2. 783系で運行する列車を所定でも5両編成に増結。ただし佐賀駅発着列車は「きらめき」で使用される4両編成で運行。
      3. 全列車全車禁煙化。
    • 7月1日:運転開始70周年を記念し、大分鉄道事業部大分車両センターの485系を使用した特急「かもめ70周年記念号」(団体扱い)を運転。
    • 停車駅は博多・鳥栖・佐賀・肥前山口・肥前鹿島・多良(往路のみ)・湯江(復路のみ)・諫早・浦上・長崎。また、長崎駅 - 諫早駅間でも臨時団体列車として運行された。
  • 2008年(平成20年)
    • 3月15日:ダイヤ改正により以下のように変更。
      1. 同日廃止された寝台特急「あかつき」の九州内区間を吸収する形で、博多駅 - 長崎駅間の列車を1往復増発し26往復とする。増発分には783系が充てられたが、下り列車は単独運転としたため783系を充当する博多駅 - 長崎駅間の単独運転が復活した。
      2. 諫早駅始発の201号は増発された博多駅 - 長崎駅間の列車に統合する形で運行終了。
    • 7月頃:エル特急の呼称を中止。
  • 2009年(平成21年)3月14日:783系で運行する佐賀駅発着列車を、博多駅 - 長崎駅間の列車と編成を共通化し5両編成とする。
  • 2011年(平成23年)
    • 3月12日:ダイヤ改正により以下のように変更[3]
      1. 博多駅 - 長崎駅間の列車を1往復削減し25往復とする。
      2. 博多駅 - 長崎駅間の16往復および肥前鹿島駅→博多駅間、長崎駅→諫早駅間の各1本は885系、博多駅 - 長崎駅間の9往復および博多駅 - 佐賀駅間の1往復は787系(DXグリーン席連結の6両編成・繁忙期8両編成)、博多駅 - 佐賀駅間の2往復は783系4両編成[備考 1]での運行とする。787系は定期運行としては9年半ぶりに運行に復帰、長崎駅には15年ぶりの乗り入れとなる。
      3. 車両変更に伴い「みどり」「ハウステンボス」との併結は終了。全列車全区間単独運転となる。
      4. 全列車を新鳥栖駅に停車。また、787系使用列車は1往復を除いて肥前山口駅は通過とする。
  • 2014年(平成26年)3月15日:787系で運行する列車を従来の6両編成から7両編成に増結。

列車名の由来[編集]

五十音順

  • いなさ」…長崎市にある稲佐山(いなさやま)から。
  • 九重」(くじゅう)…経由地である九重連山(くじゅうれんざん)にちなむ。
  • ちくご」…列車経由地である佐賀線の大部分が旧国名令制国上)筑後国(ちくごのくに)の領域にかかることから。
  • 出島」(でじま)…江戸時代オランダ商館所在地であった長崎市にある地名である出島から。
  • ながさき」…目的地である長崎県・長崎市および運行路線である長崎本線にちなむ。
  • 西九州」(にしきゅうしゅう)…目的地である長崎県・佐賀県を指す広域地域名から。
  • ふたば」…広島市にある「二葉山」(ふたばさん)にちなむとされる。
  • べっぷ」…目的地である別府市にちなむ。

備考[編集]

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  1. ^ a b 783系を充当する列車については、当初は「みどり」用CM11 - 15編成を用いる計画といわれていた[1]が、誤乗防止の観点や諸事情により旧・「にちりん」用CM31 - 35編成に差し替えられたとの文献[2]がある。「みどり」編成と旧「にちりん」編成は、車種・番台は異なるが、種別そのもの(グリーン席の位置など)は同一である。

脚注[編集]

  1. ^ 坂正博「JR九州新幹線・特急列車の運転体系概要」、『鉄道ダイヤ情報』第323号、交通新聞社、2011年3月、 28-35頁。
  2. ^ 『列車編成席番表』2011春、ジェー・アール・アール、交通新聞社2011年ISBN 4-330-20711-7
  3. ^ “平成23年春ダイヤ改正” (プレスリリース), 九州旅客鉄道, (2010年12月17日), http://www13.jrkyushu.co.jp/newsreleaseweb.nsf/9dd28b8cb8f46cee49256a7d0030d2e6/f2f9ef466d20f836492577fc002daa73?OpenDocument [リンク切れ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]