2階建車両

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2階建車両(にかいだてしゃりょう)とは、2層の客室構造で設計・製造された鉄道車両自動車のこと。英語では「ダブルデッカー (Double Decker) 」と呼ばれる。1両あたりの床面積を増やして乗車定員を増強したり、2階席の眺望を付加価値とする目的で採用される。

キャンピングカーには居室を2層構造としたものもあるが、走行中に乗車するための構造ではないため、2階建車両として扱われない。

概要[編集]

一般的には通常の車両よりも屋根の地上高を高く、1階部分の床の地上高を低くして2層の居住空間を確保している。鉄道車両の場合、台車の間の車両中間部分を2階建て構造としているため、1階と2階の床面積はほぼ同等となっているが、バスの場合は1階の客室がホイールベース間に制限されることや、トイレや乗務員室の仮眠室を1階部分に設置することから、2階の床面積の方が広い場合が多い。

鉄道車両の運用では、眺望に優れている2階席をグリーン席とし、1階席は普通座席としている列車もある[1]。なお、1階席の乗客の視点はプラットホームすれすれのかなり低い位置となり、通常の車両よりも眺望が劣る。

バスの運用では、1階部分を荷物置き場やフリースペースとしている例もある。

車両の全高が高くなることにより、重心が高めになることからロールが大きくなりやすいほか、車体の前面投影面積および表面積が増すことから空気抵抗や空力騒音が大きくなる。このような理由から、東海道・山陽新幹線では運行速度の高速化を重視し、300系以降の車両では2階建車両を採用していない。鉄道よりもロールが大きくなりがちなバスの2階席は通常の車両よりも横揺れが大きく感じられる。一方で通常の車両よりも床が低い1階席はロールセンターに近くなることから、通常よりも横揺れが小さく感じられる。

車室内の構造上、限られたスペースに設けられた階段を利用するため、乗客や乗員の移動に時間がかかる欠点を持つ。1階部分も車両両端部より床が低くなっていて、移動制約者の利用に配慮が必要となる[2]ほか、車内販売に使用するワゴンの通り抜けに難がある。一方、プラットホームが低い海外の鉄道では、1階部分に扉を設けることで、乗降を容易にできる場合もある。

また、前述した走行特性の悪化や車両限界、道路周辺の構造物による制限から、全高をやみくもに高くすることはできず、各階とも通常の車両より天井が低く、居住性がやや悪くなる傾向にある。

国際的事例[編集]

この構造を採り入れた最初の車両としては、馬車オムニバスが最初といわれている。この場合、1両あたりの座席数を増やし、効率的な運用を行うという面が大きく、当初は屋根の上に乗りきれない場合は命がけで乗ったとされる。

バス[編集]

英国およびその植民地・旧植民地で、路線バスとして運行されている2階建バスは、オムニバスを馬車から自動車化した際にそのまま引き継がれたものといわれている。2階建バスが運行される都市は、ロンドンなど英国内の都市、香港シンガポールインドムンバイカナダビクトリアケロウナなどが挙げられる。

ロンドンではルートマスターと称される2階建バスが1956年より運行され、市民に親しまれた存在であったが、排出ガス規制や、構造上ワンマン運転ができないという理由などにより、保存路線を除き、2005年をもって新型の連節バスに代替されている。

また韓国では、日本同様定期観光バスとして、ソウル市内の観光地を循環するソウルシティツアーバスが運行されている。

中国では、北京、大連、上海(911路)、蘇州(86路)、無錫(81路)、寧波、深圳などで運行している。

トロリーバス[編集]

現在では廃止されているものもあるが、ロンドンをはじめとした英国各都市、中国各地、ポルトモスクワなどで2階建トロリーバスの運行例がある。

路面電車[編集]

バス同様、英国各地の路面電車が早くから2階建車両を運行している。かつて英国領であった香港も、1904年に開業した香港トラムがあり、開業時から現在に至るまで2階建車両が運行されている。国内では一時期、大阪市電にもあった。復元車と台車が保存されている。

鉄道[編集]

走るホテルといった趣の
ブライトシュプールバーン用客車
手前が優等車
フランス国鉄(SNCF) TGV-Duplex(客車部)

かつてナチス・ドイツで計画された巨大鉄道システムであるブライトシュプールバーンでは、余裕ある車両規格を生かし、客車は窮屈さの全くない総2階建となる予定であった。

現実の鉄道の場合、フランスパリ近郊では、日本の東京近郊路線ほどに混雑が深刻ではないながらも、着席数増加による輸送力増強のため、1930年代から現在に至るまで、機関車牽引の全車2階建客車による快速普通列車プッシュプルトレイン)が運行されている。RERにおいてもB線以外で2階建電車が運行されており、輸送力増強と乗降時間の短縮を両立させるため片側3扉の2階建車両もある。またTGVでも南東線・地中海線(パリとリヨンマルセイユ方面を結ぶ)などでの輸送力増強のため、機関車を除く全車が2階建車両であるTGV-Duplexが運行されている。このほか地方路線(TER)にも2階建車両がある。

その他、アメリカアムトラックなどでもスーパーライナーを筆頭に2階建車両が導入されている事例、ドイツ鉄道が2階建客車によるRE(JRの快速に相当)を各地の路線で運行する事例、スイスインターシティIC2000と呼ばれる2階建客車で運行される事例がある。ドイツ・スイス・オーストリアなどで運行される国際寝台列車であるシティナイトラインも、個室などの乗客1人あたりの空間を確保をしつつも、個室数や寝台数を可能な限り多くするため、2階建車両による寝台車を連結している。

欧米以外では、近年の中国経済発展に伴う旅客輸送の需要増加に対応して、輸送力増強のため、プッシュプル式などの2階建客車による列車が、中・長距離の都市間輸送で運行されている。

なお、この他の国にも2階建車両は存在する。

鉄道車両の事例[編集]

  • フランス
    TGV-Duplex
    電車(パリ近郊・RER用):Z5600形(直流),Z8800形(交直流),Z20500形(交直流),Z20900形(交直流),Z22500形(交流)が存在する。
    電車(地方線区ローカル用):Z92050形(Z20500形の地方線区用,交直流),Z23500形(TER形,交直流),Z24500形(TER形,交直流),Z26500形(TER形,交直流)が存在する。
    客車:パリを始めとした都市近郊用として、V2N形,VB2N形,VO2N形,VR2N形が存在する。運転台付き客車もある。
  • ドイツ
    2階建て客車(Doppelstockwagen):長距離ローカル列車から都市近郊列車のSバーンまで、幅広く使われている。1970年代に旧東ドイツで大量に製作された。1990年代以降は旧西ドイツ地域にも投入されている。運転台付き客車もある。
  • スイス
    IC2000用客車、チューリッヒSバーン用Re450形RABe514形RABe511形
  • オランダ
    DD-IRM形電車:国内インターシティ用の主力系列
    DD-AR形電車
  • ルクセンブルク
    2200形電車:フランスのZ24500形電車と同一仕様。
  • イタリア
    北ミラノ鉄道760形電車:マルペンサ空港とのアクセス列車「マルペンサ・エクスプレス」(Malpensa Express)にも使われる。
  • チェコ
    471形電車(CityElefant)
  • 香港
    KTT客車(港鉄城際直通車)

ほか

日本における事例[編集]

鉄道車両[編集]

日本の場合、大阪市交通局路面電車で採用されたものが嚆矢である。路面電車ではない普通鉄道の車両では、戦後近畿日本鉄道におけるビスタカーがその緒であり、高速鉄道である新幹線では1985年に登場した新幹線100系電車のグリーン車と食堂車がその嚆矢である。

近鉄10100系電車(A編成)
(1978年、河内国分駅付近にて)
近鉄30000系電車(車体更新前)
(1980年、河内国分-安堂間にて)
近鉄20100系電車「あおぞら」
高安検車区にて
近鉄20000系電車「楽」
(2006年6月11日、
高安検車区にて)
近鉄50000系電車「しまかぜ」
(2013年4月26日、
漕代駅 - 斎宮駅間)


眺望を楽しむ目的[編集]

大阪市電5号復元車

1904年明治37年)に大阪市交通局において製造された5号形電車が日本の路面電車における2階建車両である。展望の良さに、乗客には大好評であったと伝えられている。当初は思わず靴を脱いで二階に上がってしまったり、二階のほうが一階より高い料金を取るか取らないかを聞く人までいたという[要出典]。その後「家の中を覗かれる」という沿線住民の苦情により[3]2階席はほどなくして撤去されたが、大阪市電創業50年記念として1953年昭和28年)に復元製造され、イベント時に運行された。現在は地下鉄緑木検車区内にある「大阪市電保存館」に静態保存されている(年2回公開)。しかし、集電装置は復元時の運行の便宜のため、実物車両のポールではなく、ビューゲルとしてある。

一方、1913年(大正2年)に2両が松山電気軌道に売却され、愛媛県三津浜町(現:松山市三津浜)で「二階電車納涼台」として海水浴シーズンに利用された[4]が、1924年(大正13年)には能勢電気軌道に売却され、普通の電車に改造されて使用された。その後、同社で廃車となった実車は、台車のみが系列会社である阪急電鉄宝塚ファミリーランド内にあった「のりもの館」(旧・電車館)で静態保存されていたが、ファミリーランドの閉鎖に伴って大阪市交通局に寄贈され、現在は復元車と同じ「大阪市電保存館」内で保管されている。

瀬戸大橋線快速「マリンライナー」の2階建車(5100形)

普通鉄道の2階建車両の日本における最初の事例としては、近畿日本鉄道の「ビスタカー」10000系電車である。そのルーツは、アメリカにおける「ビスタドームカー」と称される中間展望車といわれている。[要出典]その改良形である10100系電車以来、21000系電車"アーバンライナー"が運行されるまで「近鉄特急=2階建車両"ビスタカー"」というイメージが確立された。

高速鉄道では、1985年(昭和60年)に運行を開始した新幹線100系電車に初めて2階建て車両(グリーン車・食堂車)が導入された。東海道新幹線の利用客は昭和51年をピークに減少傾向をたどり、列車の減便さえ行われる厳しい事態となっていた。そのような経緯から、新幹線100系電車は客室(サービス面)を中心としたモデルチェンジが指向された。そしてより明るく快適な新幹線として、話題性を高めイメージアップを図るべく、2階建て車両のグリーン車・食堂車が組み込まれた。[5]

国鉄分割民営化後のJRでは、在来線の車両にもこのような事例が見られるようになった。四国旅客鉄道(JR四国)の5000系電車に眺望目的の2階建車両がある他、北海道旅客鉄道(JR北海道)でもキハ183系気動車に2階建ての付随車があり、「スーパーとかち」や「おおぞら」での運用があった。いずれも2階部分をグリーン席、1階部分を指定制の普通席としている。

特別料金不要で乗車できる車両として、京阪電気鉄道では特急専用車両である8000系電車0番台(旧3000系電車の30番台を含む)の中間1両に2階建車両を連結している。これは座席定員の増加も考慮したものでもあり、車内設備や空調ダクト、読書灯などの設計にあたっては後述のJR東日本近郊形電車のグリーン車を参考にしている[6]。なお、テストケースとなった旧3000系車両のダブルデッカー化改造においては『車両の中央部をくり抜いて、新造した2階建て部分を溶接する』という前代未聞の改造工事がなされた。

乗車定員の確保・増強[編集]

2階建新幹線(E4系Max)

1両あたりの座席数を増やし、乗車定員を確保・増強を行う観点で製造されたのは、1962年に修学旅行用電車として製造された近鉄20100系電車が最初であった。東日本旅客鉄道(JR東日本)においては、1989年平成元年)に投入された211系電車のサロ213・212形と113系電車のサロ125・124形が最初であった。その後に同様の理由でJR東日本から製造された2階建車両は、製造費が嵩むのを極力防ぐためにE231系電車以降の車両では共通設計で製造された。

1991年(平成3年)に試験的に製造されたクハ415-1901普通車に拡大、翌1992年(平成4年)には両先頭車を除く全車両を2階建構造とした215系電車が製造された。「両先頭車以外の全車両が2階建」という特殊性から臨時列車を中心に、前述の「眺望を楽しむ目的」も合わせて持つ運用にも投入された。

1994年(平成6年)には総武快速線横須賀線E217系電車もグリーン車の2階建車両となった。

2004年(平成16年)度から、東海道本線東京口、宇都宮線東北本線)、高崎線、湘南新宿ラインに導入されたE231系電車でも、サロE231・E230形を製造して普通列車と快速列車で運用されているほか、サロ125・124形が211系への編入改造が施工されて運用されている。

2006年(平成18年)度より、常磐線E531系電車にも、グリーン車としてサロE530・E531形が製造された。

高速列車用として乗車定員を確保・増強を行う観点で製造されたものとして、JR東日本の「Max」シリーズ(E1系電車E4系電車)やフランスのTGV-Duplexが挙げられる。

寝台列車では、ヨーロッパのシティナイトラインが古くから知られているが、同様にJRでも「サンライズ出雲瀬戸285系電車)」と「カシオペアE26系客車)」に2階建車両が運用されている。

新幹線100系電車の2階建車両8号車168-2(前)と9号車149-2(後)
JR東日本東京地区近郊電車の2階建グリーン車(サロ124形)
義経ラッピングの京阪8000系
近鉄30000系電車(車体更新後)の2階建車両
近鉄50000系電車の2階建車両


バス[編集]

日本の場合、車両制限令により全高が最大3.8m(特別認可を受ければ最大4.1m)と定められており、乗客が車内を頻繁に移動する市内路線バスとして採用することが困難なため、高速バス観光バスとしての採用例が一般に知られる程度である。例外的に、ロンドンの市内交通用の車両である「ルートマスター」が輸入され、特認の下で運転されたことがある。

なお「2階だけバス」と呼ばれる車両もあるが、これはハイデッカーのことであり、2階建車両ではない。

2010年9月現在、日本国内で製造されている2階建バス車両は存在しない。過去には三菱自動車工業(現在の三菱ふそうトラック・バス)のエアロキング1983年 - 2005年2008年 - 2010年)、UDトラックス(旧:日産ディーゼル)スペースドリーム(1983年 - 1990年)とヨンケーレ・モナコ1993年 - 2000年)、そして日野自動車グランビュー(1983年 - 1988年)が製造されていた。

ヨーロッパ製車両の採用例としては、ドイツ・ネオプラン社製の「スカイライナー」、「メガライナー」、ベルギー・バンホール社製「アストロメガ」、ドイツ・ドレクメーラー社製「メテオール」が挙げられる。

沿革[編集]

日野2階建てバス 試作(自家用に転用後)

日本において、2階建で設計・製造されたバスの嚆矢となるのは、近畿日本鉄道自動車局(現在の近鉄バス)が1960年(昭和35年、量産車は翌1961年)に導入した「日野・ビスタコーチ」(座席数83席)である。車体は近畿車輛製で、ホイールベース間を2階建構造とした。1階は右側に寄せて3列、2階は左右に2列づつ座席を配したが、1階通路の天井高を確保するため、2階左側座席のみ30cmほど床が高くなっていた。昇降口は1階通路左側にありノンステップ構造であった。

日本での2階建バスの本格的な導入は、1979年(昭和54年)に大阪の中央交通西ドイツ(当時)のネオプランから本格的な2階建バススカイライナー」を輸入したことに始まり、2階建バスブームが起きた。その後、西ドイツやベルギーのライバル企業がこぞって日本市場に参入し、日本の観光バス事業者は看板車両として2階建バスを導入した。

路線バスでは、1982年(昭和57年)より2001年(平成13年)まで、東京都台東区が西ドイツからの輸入車両を使用して上野公園 - 浅草雷門間を東京都交通局都営バス)に委託して運行していた。1989年(平成元年)から2000年(平成12年)まで、江戸川区小岩駅 - 葛西臨海公園駅間で京成電鉄(現在の京成バス)と都営バスの2社局に委託して2階建バスを運行していた。

日本のメーカーも1983年(昭和58年)から日野自動車・日産ディーゼル・三菱自動車の3社が参入した。日野自動車は、1985年に本格的2階建バス「グランビュー」を発売するに先立って、1982年に近畿日本鉄道と共同で低床路線バスをベースとした試作車(RE161改)を製造した。しかし、後述する問題点や、バス事業者の新規導入ブームが落ち着いていたことから需要が広がることはなかった。さらに2階建バスに代わり、より安価なスーパーハイデッカーがバス事業者の看板車両として導入されるようになり、日野と日産ディーゼルの2社は1980年代の終わりに相次いで2階建バスの製造を中止した。製造台数は両社とも非常に少なく、日野12台・日産ディーゼル11台という状態であった。いすゞ自動車は2階建バスを製造しなかったが、代理店として西ドイツ・ドレクメーラー社の2階建バスを輸入し、いすゞユーザー向けに販売した。

1990年代に入ってからの規制緩和で2階建バスのワンマン運行が条件付きで可能になり、3列化が進んだ夜行高速バスの定員増の手段として2階建バスの導入が見直されるようになった。三菱ふそう・エアロキングはJRバスの夜行高速バス「ドリーム号」で急速に需要を拡大し、高速バスを運行する他の事業者も2階建バスを導入するケースが増えた。加えて、ネオプラン社は再び日本国内向けに2階建バスを生産するようになり、「ドリーム号」や「昼特急」などで使用されている。日産ディーゼルは1993年から2000年まで、ベルギー・ヨンケーレ社にエンジンシャーシを輸出し、同社でバスを組み立てて輸入する形で、再び2階建バスを日本国内で販売した。2000年にベースとなる3軸スーパーハイデッカー「スペースウィング」が製造中止となり、この逆輸入車も同時に製造中止となった。

JRバス関東では慢性的な輸送力不足が続く「つくば号」の輸送力増強として、2002年12月から2006年5月まで全長15mの「メガライナー」を運行していた。その後、「青春メガドリーム号」で使用されていたが、車両火災により運行停止命令が下され、廃止となった。

一方で、三菱自動車の「エアロキング」は2階建てバス市場に参入して以来、夜行高速バスや観光バスなどで一定の採用実績を残してきた。2005年に三菱ふそうトラック・バスへ分社などの事情により生産中止となったものの、2006年にはJRバスが既存のエアロキングを改造してグレードアップを図った「プレミアムドリーム号」が運行を開始するなど、需要は尽きず、2008年になり改良を加えて復活を果たした。私鉄系では古くから2階建て車の実績を持つ近鉄バスが多く採用しているほか、西日本鉄道では2009年に「はかた号」で採用している。しかし2010年8月末に生産・販売が中止された[7][8]

三菱ふそうと日産ディーゼルはバス事業において相互OEMを行っているが、「エアロキング」は日産ディーゼルには供給されていない。

2階部分の屋根がない車両(オープントップバス)を運行している例もある。日の丸自動車興業2004年9月10日から東京都内で「スカイバス東京」を、はとバスが2009年11月1日から同じく東京都内で「オー・ソラ・ミオ」を、西日本鉄道が2012年3月24日から福岡市内で「FUKUOKA OPEN TOP BUS」を運行している。

問題点[編集]

日本での2階建バス導入に際して問題になるのが道路に関する法令で、特認を除くと車高が3.8mに制限されている点である。この制限ために2階部分の客室は高さが1.7m程度となり、通常のハイデッカーに比べて居住性が大幅に劣ることから、観光バスとしての需要は急速に減少していった。

特認により4.1mまでの運行は認められるが、あくまでも特認であり、運行経路や時間などに条件が付けられるほか、道路構造物や多くの都市バスターミナルは車高3.8m以下の車両を前提に設計されているなど、運行上の制限が大きい。さらに3.8mの車高制限に適合していても、一部の古いバスターミナル(北海道中央バス札幌ターミナル浜松町バスターミナル名鉄バスセンター阪急三番街高速バスターミナルなど)はそれ未満の車両を対象に設計されており、物理的に運行が難しい。

セミダブルデッカー[編集]

セミダブルデッカーは、車両の一部が2階建構造になっているバスである。

本格的な2階建バスよりも古く、西日本鉄道1954年(昭和29年)に導入したのがその嚆矢である。車両後方が2階建構造であり、当初は貸切バスとして、後には動物園方面の一般路線に転用された。

その後、後部が2階建構造のボルボアステローペ」や、スーパーハイデッカーの運転席上部に座席を設け床下運転席構造としたアンダーフロアコクピット (UFC) 車が登場する。アンダーフロアコクピット車は自社で2階建バスを生産した実績のないいすゞ自動車が1989年に「スーパークルーザー」のラインナップに追加し、日産ディーゼルや三菱自動車も追随したが、需要が減少し最後まで製造されていたアンダーフロアコクピット車は三菱「エアロクィーンIII」のみであり、三菱ふそうトラック・バス分社後の2005年10月12日のマイナーチェンジをもって生産を終了した。

2階建バスの関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「Max」E4系電車、「マリンライナー」用のJR四国5100形車両、既に運用から離脱したものでは新幹線100系電車「グランドひかり」、「Max」E1系電車、「あさぎり」用のJR東海371系電車小田急20000形電車「RSE」など。
  2. ^ 日本の場合、2階建車両でも車端部は平屋であるため、移動制約者はたいていこの部分に誘導されることが多い
  3. ^ 電気車研究会鉄道ピクトリアル』1987年4月号(通巻478号)p53 高松吉太郎 カメラと機関車を胸に抱いて(4)
  4. ^ 二階付き電車が松山にあった愛媛県総合科学博物館
  5. ^ 雑誌『鉄道ファン』2004年10月号 No.522 P73
  6. ^ 京阪電車大津線公式サイト内「o2trains」コラム第11回・3000系ダブルデッカー誕生秘話Internet Archive
  7. ^ 47NEWSサイト内・三菱ふそう2階建てバス生産中止 国産で唯一”. 2010年6月8日閲覧。
  8. ^ 『鉄道ジャーナル』通巻524号(2010年6月号)p155では「2010年3月の製造分で再び生産中止となった」とあったが、これは誤りで実際には2010年7月1日のダイヤ改正で増発される「プレミアムドリーム号」向けなどに製造されていた(出典:【おしらせ】プレミアムドリーム号が大増便!東京-京阪神間リニューアル!7/1~<jr hp="hp" 1f="1f">)。

参考文献・出典[編集]

  • 鉄道ジャーナル 1998年5月号

関連項目[編集]