東海旅客鉄道浜松工場

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浜松工場
鉄道事業者 東海旅客鉄道
管轄支社 新幹線鉄道事業本部
整備済み車両略号 浜松工、HM

浜松工場(はままつこうじょう)は、静岡県浜松市中区南伊場町1-1に所在する東海旅客鉄道(JR東海)の車両工場である。

目次

[編集] 概要

新幹線鉄道事業本部の管轄下にあり、同社が所有するすべての新幹線車両の全般検査およびATC特性検査などのほか、一部の在来線車両の重要部検査、全般検査などの各種車両検修を主に行う。新幹線と在来線の双方を扱うため、狭軌・標準軌共用の三線軌条線路が構内各所に多数存在する。

管理部門として総務科・経理科・検修管理科・品質管理科・設備科・教育センター・技術センター、検修部門として組立職場・第一電車職場・部品職場・電機職場・台車職場・鉄工職場・検査センターの各部署に分かれている。

日本国有鉄道(国鉄)での工場略号はHM, 検査済みの車両には浜松工と標記される。

[編集] 検査担当形式と所属区所

2009年7月現在の検査担当形式を記す。

このほか、保守用車両の検査や遠州鉄道天竜浜名湖鉄道からの受託により、車両の輪軸検修も行っている。 在来線車両はすべて国鉄時代に製造された車両しか入場されない。

[編集] 設備

  • 検修庫:新幹線4線、在来線1線
  • 天井式クレーン
  • 車体塗装装置
  • 車輪研削装置
  • 台車走行試験装置
  • 主電動機検査ライン
  • 主変換装置検査ライン
  • ATC試験装置

2010年7月29日、JR東海は震災に際しても新幹線が長期間不通とならないよう、全般検査の機能を維持するために、構内の約31万8000平方メートルの建屋のうち、10万9000平方メートルを建て替え、1万5000平方メートルを耐震補強することを発表した。業務を継続しながら改修工事を進め、2017年から新検修線での全般検査を開始し、2019年3月までにすべてのリニューアル工事を完成させる予定となっている。逐次増築を重ねてきたために複雑な構成となっている各機能の建屋を再配置して効率化し、N700系で全般検査に15日間を要しているものを14日間に短縮する計画である。高効率変電設備やボイラーの導入により10%エネルギー消費を削減し、太陽光発電パネルを導入する。総投資額は約870億円とされている[1][2]

[編集] 沿革

  • 1912年鉄道院浜松工場として創設(沼津・新橋工場の蒸気機関車修繕を継承)。
  • 1919年18900形(C51形)蒸気機関車を新製。
  • 1920年:鉄道省浜松工場となる。
  • 1925年:自動連結器取り付け工事施工。
  • 1930年昭和天皇臨幸。
  • 1937年D51形蒸気機関車の新製を開始。
  • 1942年:鉄道省浜松工機部と改称(50代以上の遠州人がJR時代となっても工場のことを「伊場の工機部」と呼ぶのはここから来ている)。
  • 1945年:工場の設備機械は数次の空爆、艦砲射撃により甚大な被害を受ける(現在でも、車体定置場の上の鉄骨を見上げると深くえぐられた弾痕が残っている)。
  • 1946年:昭和天皇臨幸。労働組合結成大会を開催。
  • 1949年日本国有鉄道浜松工機部に改称。
  • 1950年:日本国有鉄道浜松工場に改称。
  • 1951年:蒸気機関車出来栄え審査第1位入賞。
  • 1954年:ED18形電気機関車改造工事第1号機が落成。
  • 1959年十河信二・国鉄総裁が来場。シキ70形大物車新製落成。
  • 1961年:新幹線用試作鋼体各種試験実施。安全帽(ヘルメット)着用開始。
  • 1962年:新幹線車両検修工場に指定される。
  • 1964年:蒸気機関車、タンク車検修終了。
  • 1965年:新幹線電車の全般検査開始(新幹線0系電車・N1編成)。
  • 1968年:新幹線電車の全般検査100編成達成。
  • 1969年:ディーゼル機関車の検修終了。動力設備近代化(大煙突を撤去)。
  • 1970年:電気機関車の検修終了。
  • 1974年:蒸気機関車D51 86(浜松工場での新製第1号機)を敷地内に保存。
  • 1975年:博多総合車両部(現在の西日本旅客鉄道博多総合車両所)の全検対応要員163名の実習実施。
  • 1976年:新幹線電車の廃車解体作業を開始。蒸気機関車D51 86を浜松市元城公園に移転・展示(後に浜松市フラワーパークへ移設)。
  • 1982年:仙台工場(現在の東日本旅客鉄道新幹線総合車両センター)の新幹線電車検修要員として38名が転出。
  • 1985年新幹線100系電車(X0編成:先行試作車)入場。 VVVFインバータ制御方式の現車試験実施。
  • 1986年:こだま12両化編成出場。「新幹線夏祭り」開催。
  • 1987年国鉄分割民営化に伴い、JR東海浜松工場として新発足。電気機関車・ディーゼル機関車の検修を再開。第1回社員ソフトボール大会を実施。工場創立75周年記念式典を10月31日11月1日の両日に開催し、スーパーひかりモデルを展示。
  • 1988年:新幹線100系電車全般検査開始。新幹線0系電車の指定席車座席4列化(2列+2列化) 改造開始。リニアモックアップ完成式典挙行。
  • 1991年
  • 月日不明:「JR東海体操」指導会開催。
  • 7月12日:新幹線電車の全般検査15000両達成、自工場製造の新幹線100系電車[3]完成記念式典開催[4]
  • 1992年:ED18形電気機関車の動態修復が完成。
  • 1993年:新幹線車体外板塗装がアクリルウレタン塗装となる。新幹線300系電車の全般検査開始。
  • 1994年:東海道新幹線開業30周年記念工場公開実施。
  • 1995年:「新幹線なるほど体験デー」開催。
  • 1996年:「新幹線なるほど発見デー」開催。この年から、この名称で工場の一般公開イベントを毎年行っている。
  • 1997年:0系新幹線電車の全般検査終了。
  • 1998年:場内理髪所を営業してきた理容師が勇退。
  • 1999年:新幹線100系電車の廃車解体開始。
  • 2000年:新幹線700系電車の全般検査開始。
  • 2001年:新幹線100系電車の全般検査終了。
  • 2004年:都市計画に伴う建物支障移転が終了。本館を移転新築。
  • 2006年:新幹線300系電車の新ATC改造工事が終了。
  • 2007年:新幹線300系電車の廃車解体開始。電気機関車・ディーゼル機関車検修終了。
  • 2009年:電気機関車EF58 122を解体。第二電車職場の業務を協力会社に完全移管。
  • 2010年
  • 6月9日:新幹線300系電車の全般検査終了[5]
  • 7月29日:2019年3月完成予定で浜松工場のリニューアルを実施することを発表。

[編集] 一般公開イベント

西伊場第1踏切。「新幹線なるほど発見デー」で展示されていた車両を引き上げ中

東海道新幹線の利用促進策の一環として、毎年7月下旬から8月上旬の土・日曜日に一般公開イベント「新幹線なるほど発見デー」が開催されている。工場内の設備機械、新幹線電車の運転席やドクターイエロー、保存車両の公開、大型クレーンによる車体上げ作業実演などを行い、親子連れを中心に1 - 2万人の見学者を集め、好評を博している。

[編集] 新幹線の踏切

工場の西側の入出庫線には公道と交差している箇所があり、第1種甲踏切(西伊場第1踏切)が存在する。フル規格の新幹線電車が自力で通過する踏切はここだけであり、鉄道ファンや地元住民の間ではよく知られている。過去にJR東海から発売されていたビデオソフトでも、この踏切が紹介されている。

その踏切で2008年10月23日、試験走行を終えて入場中だったN700系Z0編成の後ろ2両が脱線し4時間も立ち往生する事故が発生した。この踏切で過去にこの種の事故はなかった。

[編集] 引込み線

  • 新幹線の引込み線は前述の踏切の西側から大きくS字カーブを描きながら高架に上り、本線と平行して設けられた引上線に続いている。途中で浜松レールセンターの新幹線用引込み線と合流する。引上線は浜松駅側、豊橋駅側のどちらからでも入出場できる構造となっている。
  • 在来線車両はJR東海浜松運輸区の留置線から分岐した引込み線から、一度工場東側の引上線に入り、行き止まりとなっている浜松市立県居小学校手前でスイッチバックし、工場内に入庫する方法を取る。引込み線の途中に伊場遺跡が存在し、遺跡の敷地内を車両が通行するため、見学者のために踏切が設置されている。車止めの先の道路を挟んだ県居小学校の先には、浜松駅が高架化される前まで引込線として使用されていた引込み線の廃線跡が残り、「堀留ポッポ道」という遊歩道として整備されている。小学校の横には「ケ91」形蒸気機関車静態保存されているが、露天での展示のため部品の盗難などによる喪失も目立ち、状態は良くない。

[編集] 保存車両

  • 2011年現在、以下の車両が保存されており上記のイベントで展示される。最終所属編成のみ明記してある。

現在の保存車両

0系 (22-86)
S88編成の東京方先頭車。
111系電車(モハ110-1・モハ111-1)
中間のMM'ユニットである。先頭車(クハ111-1)は佐久間レールパーク、後リニア・鉄道館に保存。
トキ900形貨車(トキ4837)
第二次世界大戦末期の1943年石炭の輸送を目的に作られた戦時設計の3軸台車無蓋車である。1959年までに全廃され現存しないと思われていたが、下回りのみ同工場の構内作業用車として残っていたことが分かり、資料などをもとに2000年に同工場で復元された。

かつての保存車両

ED18形電気機関車 (ED18 2)
EF58形電気機関車 (EF58 157)
この他に数両部品取り目的で留置されていたが、すでに解体されている。
0系 (21-86・36-84・37-2523・16-2034)
S88編成の新大阪方先頭車、NH54編成食堂車、YK8編成ビュフェ車、YK8編成グリーン車。
100系 (123-1・168-9001)
X2編成の下り方先頭車とX1編成(元X0編成=試作車)の食堂車
300X(A0編成・955-6)
ラウンドウェッジ形の先頭車。カスプ形 (955-1) は鉄道総合技術研究所・米原風洞実験センターに保存。
300系(J1編成16号車先頭車・322-9001)
300系量産車とは若干異なった外見を持つ特徴的な車両。
165系電車(サロ165-106)
クモヤ90形電車(クモヤ90005)
モハ63形時代の外観に近づけてある。
  • 上記の車両は全てリニア・鉄道館に移動。

[編集] 脚注

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  1. ^ 交通新聞2010年8月3日
  2. ^ 【社長会見】浜松工場のリニューアルについて東海旅客鉄道プレスリリース2010年7月30日付け
  3. ^ G30編成の125-143,126-179の2両
  4. ^ 『新幹線、国道1号を走る』 梅原淳・東良美季、交通新聞社、2009年、p.172。ISBN 9784330101095
  5. ^ JR東海300系新幹線電車の全般検査が終了” (日本語). 鉄道ファン 鉄道ニュース. railf.jp (2010年6月11日). 2010年6月11日閲覧。

[編集] 関連項目

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