こだま (列車)
| こだま | |
|---|---|
| 運行鉄道事業者 | 東海旅客鉄道(JR東海) 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 列車種別 | 特急列車 |
| 運転区間 | 東京駅 - 博多駅 |
| 経由線区 | 東海道新幹線・山陽新幹線 |
| 使用車両 (所属区所) |
N700系・700系・500系・300系・100系 |
| 運転開始日 | 1964年10月1日 |
| 備考 | 運転開始日は、新幹線の愛称としてのもの |
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この表について
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こだまは、東海旅客鉄道(JR東海)東海道新幹線の東京駅 - 新大阪駅間、および西日本旅客鉄道(JR西日本)山陽新幹線の新大阪駅 - 博多駅間で運転されている特別急行列車の愛称である。
本項では、東海道新幹線開業以前に日本国有鉄道(国鉄)が東京駅 - 大阪駅・神戸駅間を東海道本線経由で運行していた国鉄初の電車特急列車についても記述する。
目次 |
[編集] 概要
東海道・山陽新幹線の各駅に停車する列車。停車駅は東海道新幹線駅一覧・山陽新幹線駅一覧を参照。
新幹線の「こだま」は、1964年(昭和39年)10月1日に東海道新幹線が開通した当初から、速達タイプの「ひかり」に対して始発駅から終着駅まで全ての駅に停車する列車として運行を開始した。もともと「こだま」は東海道本線を走行する“ビジネス特急”として親しまれていた列車であり(詳細は後述)、名称とともにその役割を継承したものである。
1972年(昭和47年)3月15日の山陽新幹線岡山開業、1975年(昭和50年)3月10日の山陽新幹線博多駅延伸で運転区間を延ばしていくが、「ひかり」やその後運行を開始した「のぞみ」が全区間を走行する列車として運転されているのに対し、「こだま」は当初より近距離の都市間輸送や「のぞみ」「ひかり」との乗り継ぎ輸送が主な役割と位置づけられており、岡山延伸以降は廃止系統でも静岡駅 - 岡山駅間、名古屋駅 - 広島駅間などの区間運転が主体で、全区間を運行する列車は運行されていない。近年は東海道新幹線では輸送力確保のために16両編成を用いるのに対し、山陽新幹線では6両・8両の短縮編成を主に用いていることもあって、新大阪駅を越える列車は運行されていない。ほとんどの駅で「のぞみ」や「ひかり」を待避するため、所要時間は待避をしない場合よりもかなりかかる。例として東京駅 - 名古屋駅間は待避をしなければ2時間30分程度で到達できるが、実際には3時間ほどかかる。
また、運行開始当時より「ひかり」「のぞみ」用車両を車両基地最寄り駅(三島駅など)へ回送させる列車を「こだま」として運行している事例もある[2]ほか、新幹線通勤対策で朝晩を中心に、拠点駅ではない途中駅(静岡駅・浜松駅・福山駅・新山口駅・新下関駅など)始発・終着となる列車も数多く設定されている。
山陽新幹線で運行される「こだま」の一部は博多駅から博多南線へ乗り入れ、博多南駅まで運行される。博多南線内では列車名のない在来線の特急列車扱いとなる。
[編集] 名称の由来
「こだま」の名称は、1958年(昭和33年)、東京 - 大阪間の日帰り可能な電車による「ビジネス特急」新設にあたって、最終的には国鉄末期まで広く使われたJNRマークやアルファベットの「T」をモチーフとした特急エンブレムが採用されたシンボルマークとともに、一般公募によって決められたものである。東海道新幹線開業に伴う東京駅 - 大阪駅間在来線特急の廃止により、在来線特急としての「こだま」は1964年9月30日に廃止され、翌日10月1日から新幹線の列車名として使用されている。
1958年5月4日にビジネス特急の完成予想図が新聞発表され、これに合わせて愛称の募集が告知された。既にほかの列車に使用されている愛称、および将来的に使用を予定していた「富士」は避けるという条件が付けられていた。5月20日締め切りで6月上旬発表を予定していたが、応募が殺到したために発表は6月下旬に延期された。
約93,000票もの応募があり、愛称名の種類は2500種類に上った。1位は5,957票の「はやぶさ」で、「平和」1,076票、「さくら」692票といったほかの候補と比較しても「こだま」は374票と、それほど多い得票ではなかった。最終選考で「こだま」は木霊つまり山彦のことであり、「1日で行って帰ってくることができる」ことから決定されたものといわれる。
なお、この時に佳作として以下のものが発表され、将来の特急名として採用するとされた。
- 「はやぶさ」:1958年10月1日、東京駅 - 鹿児島駅間の急行「さつま」特急格上げに伴う改称で採用。詳細は「はやぶさ」列車愛称の由来を参照。
- 「さくら」:「平和」に20系客車を投入する際の改称で採用。詳細は列車愛称についてを参照。
- 「平和」:東京駅 - 長崎駅間の特急「さちかぜ」に、1958年10月1日のダイヤ変更に伴う改称で採用。詳細は列車愛称についてを参照。
- 「初雁」(はつかり):1958年10月1日に上野駅 - 青森駅間の新設特急名として採用。詳細は「はつかり」列車愛称の由来を参照。
また、後の新幹線に採用された名前では、「ひかり」は当時急行列車に使用されていたために選考対象外で、「のぞみ」は108通、「やまびこ」は291通であった。珍しい応募としては「愛妻」(日帰りできるので浮気を防げるから)、「躍進日本」、「十河」(当時の十河信二国鉄総裁から)、「金田」(国鉄スワローズのエースピッチャー金田正一から)などがあった[3]。
[編集] 新幹線「こだま」
[編集] 運行概況
2010年3月12日現在、早朝・深夜をのぞいて、東海道区間は、東京駅発着で名古屋駅まで毎時2本、新大阪駅まで毎時1本、山陽区間は岡山駅発着で博多駅までが毎時1本、新大阪駅発着で毎時0 - 1本が運転されている。
ホームのドア位置表示マークで、6両編成こだまのうち、3号車博多寄りのマークはない駅がある。2008年3月まで、この位置に来るドアが業務用扉であり、一般客が使用できなかった編成(ビュフェ車連結)があったためである。現在、ビュフェ車の連結した編成は存在しないが、この位置のマークが存在していない駅が現在もある。
車内販売は東京駅 - 名古屋駅・新大阪駅間の通し運転列車、山陽新幹線のごく一部の列車のみ営業しており、それ以外の区間運転列車では営業していない。
| 路線 | 号数 | 運転区間 | 使用車両 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 東海道新幹線 | 630 - 687号 | 東京 - 名古屋・新大阪 | 300系 700系 N700系 |
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| 690 - 697号 | 三島・静岡・名古屋 - 新大阪 | 300系 700系 |
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| 700 - 708号 | 東京 - 三島・静岡・浜松 | 300系 700系 N700系 |
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| 800 - 812号 | 東京 - 三島 | 300系 700系 N700系 |
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| 山陽新幹線 | 720 - 787号 | 新大阪 - 岡山・広島・博多[* 1] 岡山 - 広島・博多[* 2] |
100系 300系 500系 700系 N700系 |
一部区間運転あり(下記参照) |
| 820 - 827号 | 広島 - 博多 | 100系 700系 |
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| 850 - 875号 | 新山口・新下関・小倉 - 博多 | 100系 500系 700系 |
[編集] 使用車両・編成
東海道・山陽新幹線で現在運用中の全車種が使用されている。
[編集] 100系
| 100系 | ||||||||||||||||||
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← 博多
新大阪 →
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100系は、JR西日本の博多総合車両所に所属する6両編成(K編成)が山陽新幹線限定で使用されているが、2012年の春に運用から撤退すると報じられている[4]。座席は、グリーン席からひじ掛け内蔵テーブルやフットレストを撤去したものが転用された2列+2列シートである。
列車によっては、5・6号車も指定席となる場合や全車自由席(853号)の運用もある。
かつて(定期運行としては2003年8月まで)は16両編成(X・G編成など)が東海道新幹線でも用いられていた。また、2011年3月11日までは4両編成(P編成)が山陽新幹線で運用されていたが、新大阪駅まで乗り入れることはなく、最大でも姫路 - 博多間で使用された。P編成は、全車両が「ウエストひかり」普通車用や100系グリーン車などから転用した2列+2列座席であった。
[編集] 300系・700系
| 表・編・話・歴・PJR・PJRN・C | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 300系・700系 16両編成編成図 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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← 博多
東京 →
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300系は、東海道新幹線では700系登場以降主力車種となっていたが、老朽による廃車が進み、「のぞみ」から撤退した700系への置き換えが進んでいる。山陽新幹線では、早朝の姫路駅 → 岡山駅間で1本、岡山駅 - 博多駅間で1往復に使用される。2012年春をもって東海道・山陽新幹線での300系の営業運転終了がJR東海・JR西日本より発表された[5]。
700系は、16両編成が日中の東京駅 - 名古屋駅・新大阪駅間の過半の列車と、早朝・深夜の区間列車の一部に使用されており、廃車が進む300系に代わり東海道新幹線の主力車種となっている。山陽新幹線では岡山駅 - 広島駅間の1往復と岡山駅 - 三原駅間の下り1本に使用されている。
東海道新幹線区間の早朝・夜間に設定されている一部の区間列車は、平日のみ普通車全車自由席となる。山陽新幹線区間の一部列車はグリーン車を除き全車自由席で、新下関駅・小倉駅 - 博多駅間のみを運転する4本は、車内でのみグリーン券を発売している。ただし、13 - 15号車は修学旅行団体が乗車する列車は指定席となる場合がある。
| 表・編・話・歴・PJR・PJRN・C | ||||||||||||||||||||||||
| 700系「ひかりレールスター」編成図 | ||||||||||||||||||||||||
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← 博多
新大阪 →
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700系のうち、「ひかりレールスター」に使用されている8両編成(E編成)も一部の「こだま」に使用されており、新大阪駅 - 博多駅間4往復と新大阪駅 - 広島駅間1往復ほか、下り12本、上り10本の計22本で運用されている。2011年の九州新幹線全通に伴い、レールスターの一部が「さくら」に置き換えられた影響で、山陽区間において100系の運用を置き換え、700系E編成でのこだま運用が大幅に増えた。
[編集] 500系
| 500系 8両編成編成図 | ||||||||||||||||
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← 博多
新大阪 →
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JR西日本の博多総合車両所に所属する500系8両編成(V編成)が2008年12月1日から山陽新幹線限定で運用開始し、0系運用と100系運用の一部を置き換えている。2011年の九州新幹線全通に伴い、運用がさらに増加した。16両編成(W編成)は2007年の冬以降、通常300系F編成が使用される山陽新幹線の300系運用に不定期で充当されており、東海道新幹線では原則運用されない。
500系8両編成で運転される列車の8号車には、子ども用の疑似運転台が設置されている[6]。ハンドルやスイッチを設置しており、これらを操作することで速度計やATC信号などが対応して点灯する仕組みとなっている。
2009年3月14日から、「こだま指定席往復きっぷ」がJR西日本から発売されており、該当列車は5号車(場合によっては4・5号車)が指定席に変更される。
[編集] N700系
| N700系 16両編成編成図 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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← 博多
東京 →
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| N700系 8両編成編成図 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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← 博多
岡山 →
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N700系は、東海道新幹線では2009年3月14日から浜松駅の始発の次の列車と三島駅到着最終(東京始発)の上下各1本で定期運用を開始した。山陽新幹線では通常300系充当の「こだま」1往復に不定期で充当されている。2009年3月13日まで朝晩の小倉駅 - 博多駅間2往復(朝下り2本上り1本、夜上り1本)に充当されていたが、同改正以降はN700系以外の車両が用いられるようになり、一時的に山陽新幹線内での定期こだま運用は消滅した。2010年3月13日のダイヤ改正でN編成が早朝・深夜の新下関駅 - 博多駅間1往復と小倉駅 - 博多駅間1往復に再度使用されるようになった。
2011年3月12日以降、「さくら」「みずほ」用のS編成(8両編成)が「こだま」として博多 → 岡山間で運行されている。この場合、2&2シートの4・7・8号車も自由席としている。
[編集] 過去の車両
東海道新幹線では1999年9月18日まで、山陽新幹線では2008年11月30日まで0系が使用された。
0系は、1964年10月1日の東海道新幹線開業当初から運用開始。当初は12両編成で運行していたが、その後16両編成化されたものの、再び12両化(S編成)されたのち、東海道新幹線区間では1989年に16両編成化(Y編成)された。1999年9月18日の「こだま」473号(東京駅 → 名古屋駅)の運行をもって東海道新幹線からは撤退した。
山陽新幹線においては、当初は東海道新幹線と共通運用で12両編成または16両編成で運行されたが、1985年6月に独自の6両編成(R編成)が投入され、その後は4両の短縮編成(Q編成)も運用された。末期は、2+2の4列シート(旧ウエストひかり普通席用)を使用したWR編成が用いられていた。
最後まで残った3編成は2008年4月から6月にかけて原色塗装に変更され、11月30日の「こだま」659号(岡山駅 → 博多駅)の運行をもって新幹線の定期運行から撤退、全車引退した。
東海道新幹線では2003年(定期運行としては2003年8月)まで100系16両編成が使用された。定期運行終了後、同年のイベント運転を最後に東海道新幹線から撤退した。
[編集] ぷらっとこだまエコノミープラン
「ぷらっとこだまエコノミープラン」、「ぷらっとこだま グリーン車エコノミープラン」は、JR東海グループ会社のジェイアール東海ツアーズが企画・実施する旅行商品(フリープラン)である。JR東海ツアーズ各支店とインターネット販売、JTBグループ各店(東海道新幹線沿線と首都圏の支店)で取り扱っている。プランが設定されている駅は、東京・品川・新横浜・静岡・浜松・名古屋・京都・新大阪。山陽新幹線区間の設定はない。
国鉄時代にこだま号乗客増のために販売していた「こだまラウンドきっぷ」などに代わる商品として、「ぷらっとこだまエコノミープラン」の発売を開始した。
この旅行商品の代金に含まれるものは、二枚の記名済みクーポン券で
- 日時、列車、座席が指定された「こだま」号乗車票
- 乗車日から1ヶ月有効のワンドリンク引換券 である。
ドリンク引換券は車内販売やホーム売店など指定された場所でドリンク類と引き換える。引き換え可能な売店は、店頭にステッカー掲示されている。
通常の「きっぷ」(乗車券+特急券+指定席券)ではなく、あくまで「旅行商品」なので以下のような制限がある。 この商品は「きっぷではありません」と注意を喚起している。
- 座席数、列車、乗降駅は限定される。ぷらっとこだまの設定がない「こだま号」や停車駅もある。
- きっぷでは無いので駅やみどりの窓口で購入はできない。
- 購入は前日まで。インターネット購入は5日前(東京支店で当日受け取り可能なものは2日前)の22時45分まで。
- 払い戻し(キャンセル)する場合は旅行取引条件書に記載の取消料(キャンセル料)が発生する。
- 列車・座席・乗車日などの変更は一切出来ないので、一旦払い戻した上で購入し直す。
- 乗り越しや途中乗下車はできない。その場合は全乗車区間の通常運賃・料金が別途必要となる。
- いかなる事情で乗り遅れた場合でも後続列車への乗車はできない。乗車駅へ向かうJR線(JRバスは除く)が遅れた場合に限り、遅延証明をもらえば返金可能。
- 乗車駅(降車駅)が東京もしくは品川の場合に限り、東京・品川いずれの駅からでも乗降可能。
- 利用できる改札口が限定されている(JR東海の係員がいる有人改札のみ)。
- 乗車票には都区内などの特定都区市内制度は付いていない。
| 区間 | 普通車指定席 価格(JR運賃料金・割引率) |
グリーン車:価格 (JR運賃料金・割引率) |
|---|---|---|
| 東京・品川 - 静岡 | 4,500円(6,180円・27%) | 6,400円(8,340円・23%) |
| 東京・品川 - 浜松 | 6,300円(8,070円・22%) | 8,300円(11,560円・28%) |
| 東京・品川 - 名古屋 | 7,900円(10,580円・25%) | 8,900円(14,070円・37%) |
| 東京・品川 - 京都 | 9,800円(13,220円・26%) | 11,300円(17,860円・37%) |
| 東京・品川 - 新大阪 | 10,000円(13,750円・27%) | 11,500円(18,390円・37%) |
| 新横浜 - 新大阪 | 9,900円(13,430円・26%) | 11,400円(18,070円・36%) |
| 名古屋 - 新大阪 | 4,200円(6,180円・32%) | 6,400円(8,340円・23%) |
東海道新幹線の回数券や特別企画乗車券が利用できない繁忙期(旧盆・年末年始・ゴールデンウイークなどの混雑する期間)でも、このプランは繁忙期料金で販売されている。2007年からは夜行高速バス「ドリームなごや号」と「ぷらっとこだま」で東京駅 - 名古屋駅間往復できる商品も販売されている。
東京駅 - 新大阪駅間を移動した場合、ぷらっとこだまプラン普通車で1万円(通常期)。これは約8時間かかるJRバスなどの高速バス運賃に数千円の追加で所要時間が約半分(約4時間)で済むことになる。このため旅行者などの「バスは安いが時間かかりすぎる、だけど特に急がないのだけれども少しでも安く」等という客層をターゲットにしている。
普通車指定席用はどれも20%以上の割引率である。特に名古屋駅 - 新大阪駅は32%と高い。これは同区間のこだまの運転本数が少なく利便性が低い上に、近鉄名阪特急(近鉄名古屋駅 - 鶴橋駅・大阪上本町駅・大阪難波駅間)と競合しているためである。なお、近鉄特急の近鉄名古屋駅 - 大阪難波駅間の通常価格は4,150円(レギュラーシート・おとな)である[7]。グリーン車用は長距離になるほど割引率が高く、30%を越える区間もある。
[編集] 沿革
新幹線としての「こだま」の沿革を記述する。
[編集] 東海道新幹線特急「こだま」
| こだま | ||||||||||||||||||||||||
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← 新大阪
東京 →
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- 1964年(昭和39年)
- 10月1日:在来線の特急の名称を引き継ぎ、東京駅 - 新大阪駅間の各駅に停車する列車として運行を開始。ただし「ひかり」が「超特急」として割高な「超特急料金」を徴収したのに対し、「こだま」は「特急」として運行された。もちろん「ひかり」よりは遅いものの、東京駅 - 新大阪駅間を5時間で結んだ。ともに全車座席指定席を採用。新幹線列車の名称としては在来線特急「こだま」を引き継ぐものという意味のほかに、超特急を「ひかり」とすることで「光速」と「音速」という速さの対比を付けたとされる。
- 12月18日:二等車に自由席が設定される。当時は1列車の座席定員の120%程度までで発行を打ち切っており、現在の立席特急券に近いものとなっている。
- 1965年(昭和40年)5月12日:二等車と同様の発券方式を採用して、一等車に自由席を設定。
- 1970年(昭和45年)
[編集] 山陽新幹線開業後
- 1972年(昭和47年)
- 1975年(昭和50年)3月15日:山陽新幹線博多駅延伸により、山陽新幹線内の運行区間も拡大。同時に東京駅 - 名古屋駅間の「ひかり」との特急料金の格差が廃止。
- 1976年(昭和51年)8月20日:「こだま」用編成(0系K編成)で運転される「こだま」の16号車自由席が禁煙になる[8]。
- 1980年(昭和55年)10月1日:利用客が減少した「こだま」の運転本数が削減。自由席・指定席の配置を「ひかり」と同一方向とし、1号車が禁煙になる[9]。
- 1984年(昭和59年)7月1日:禁煙車両が2両に増加[10]。
- 1985年(昭和60年)
- 3月14日:「こだま」編成が12両組成に減車。「ひかり」編成で運行される一部の「こだま」をのぞき「こだま」は12両で運行されることとなった。
- 6月:博多駅発着列車の一部で6両編成の「こだま」が運行開始。以後、山陽新幹線の各列車に拡大し、同線における「こだま」の本数増加。
- 1986年(昭和61年)
- 5月:100系量産車の早期落成車を暫定的に東海道新幹線の「こだま」に充当。2階建て車両非連結の12両編成でG編成と名乗っていた。
- 11月1日:最高速度が220km/hに引き上げ、東京駅 - 新大阪駅間で運転する最速列車は3時間52分となる。
[編集] 国鉄分割民営化以降
| こだま | ||||||||
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← 博多
広島 →
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- 1987年(昭和62年)11月頃:東海道新幹線の「こだま」用0系指定席車(9・10号車)の4列シートへのグレードアップ(2&2シート)が行われ始め、翌年1988年(昭和63年)3月13日の一本列島のダイヤ改正までに完了する。
- 1989年(平成元年):東海道区間の「こだま」が順次16両組成に増強。0系指定席車の4列シートへのグレードアップが9 - 12号車に拡大。
- 1990年(平成2年)3月10日:姫路駅 - 広島駅・博多駅間の「こだま」が4往復新設。
- 1996年(平成8年)
- 東海道新幹線の日中の「こだま」に100系が投入される。
- 3月16日:これまで東海道新幹線では全区間で日中毎時2本運転されていたが、利用率の低下に伴い1往復を名古屋駅発着に短縮し、米原駅停車の新大阪行き「ひかり」に接続。米原駅停車の「ひかり」が岐阜羽島駅にも停車(「のぞみ」の待避も岐阜羽島に変更)し、名古屋駅 - 新大阪駅間各駅停車で補充。
- 1997年(平成9年)3月22日:山陽新幹線に0系4両Q編成の「こだま」が登場。
- 1999年(平成11年)9月18日:東海道新幹線「こだま」における唯一の0系運用2往復が100系に置き換え。指定席の4列シートも廃止。
- 2000年(平成12年)
- 2001年(平成13年)
- 2月:東海道新幹線の日中の「こだま」に300系が投入される。
- 8月21日:新たに2列+2列シートを採用した100系4両P編成(P4編成)が組成される。
- 2002年(平成14年)1月10日:新たに2列+2列シートを採用した100系6両K編成(K51編成)が組成される。
- 2003年(平成15年)
- 8月31日:同日の「こだま」2往復を最後に東海道新幹線での100系の定期運用が終了。9月16日の臨時「ひかり」を最後に運用終了。
- 10月1日:ダイヤ改正により、次のように変更。
- 東海道新幹線「こだま」の最高速度が270km/hに引き上げ、東京駅 - 新大阪駅間の標準所要時間を4時間10分から4時間へ10分短縮。
- 山陽新幹線の姫路駅発着の「こだま」が岡山駅発着に短縮し、代替として「ひかり」の一部が相生駅に停車[13]。
- 2005年(平成17年)3月31日:100系P12編成の組成をもって、山陽新幹線「こだま」用編成(0系R編成、100系K・P編成)の全編成2列+2列シート化、フレッシュグリーン塗色化の完了。
- 2006年(平成18年)3月18日:ダイヤ改正により、次のように変更平成18年春のダイヤ改正(別紙詳細) (PDF)(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2005年12月22日</ref>。
- 山陽新幹線の「こだま」が18本(3本は運転区間の一部)が削減され、岡山駅 - 博多駅間で1時間に1本のみ、新大阪駅 - 岡山駅間で2時間に1本となる時間帯も発生する。
- 16両編成の4号車が禁煙になる。
- 2007年(平成19年)7月1日:ダイヤ改正により、山陽新幹線の「こだま」が削減され、新大阪駅 - 博多駅間1往復が新大阪駅 - 広島駅間1往復と新山口駅 - 博多駅間1往復に分割[14]。毎日運行の臨時列車1往復を運転開始(事実上の増便)。
- 2008年(平成20年)
- 3月15日:ダイヤ改正により、次のように変更。
- 東海道新幹線の「こだま」が新大阪駅 → 三島駅間で1本増発し、東京発浜松行き1本が名古屋行きに運転区間が延長。
- 東京駅 → 新大阪駅間の標準所要時間をさらに3分短縮し、3時間57分運転とする。
- 利用客の多い山陽新幹線の一部の「こだま」を4・6両編成から16両編成へ増強する一方、利用客の少ない一部の「こだま」が削減(新大阪駅 - 岡山駅間2往復、岡山駅 - 広島駅間3往復、広島駅 - 小倉駅間2往復、小倉駅 - 博多駅間5往復が削減)。また小倉駅 - 博多駅間の2往復にN700系を投入。
- 東海道新幹線の日中の「こだま」(東京駅 - 名古屋駅間4往復および新大阪駅→三島駅間の上り1本)に700系を投入。
- 11月30日:山陽新幹線から0系「こだま」の定期運用が終了[15]。
- 12月1日:山陽新幹線「こだま」の一部に500系V編成(8両)が投入。
- 3月15日:ダイヤ改正により、次のように変更。
- 2009年(平成21年)
- 2010年(平成22年)3月13日:ダイヤ改正により、次のように変更。
- 東海道新幹線「こだま」のうち、夕方の東京発新大阪行き1本が名古屋行きに変更され、引き換えに東京発岡山行き「ひかり」1本が名古屋駅以西各駅停車に変更。また新たに三島駅 - 東京駅間の上り1本にN700系が充当される。
- 岡山駅 - 広島駅間3往復、広島駅 - 博多駅間1往復、小倉駅 - 博多駅間3往復の「こだま」が削減。また早朝・深夜の新下関駅・小倉駅 - 博多駅間の計2往復にN700系が投入。
- 2011年(平成23年)3月12日:ダイヤ改正により、次のように変更[17]。
- 300系・700系16両編成の3号車と700系8両編成の2号車を禁煙車に変更する[18]。
- 山陽新幹線内で700系(E編成)・500系(V編成)での運用が44本に増発。博多駅→岡山駅間1本(768号)にN700系8両編成を投入。これにより8両編成での「こだま」が19本から45本に拡大。
- 100系(P編成・4両)の運用が終了し、100系(K編成・6両)の運用範囲も岡山駅 - 博多駅間に縮小。
- 早朝の小倉駅 → 新山口駅間の1本と夜間の博多駅 - 小倉駅間2往復が削減される。
- 下りの小倉駅 → 博多駅間で実施していた自由席特急券などで普通車指定席に乗車出来る特例が廃止[19]。
- 朝晩の東京駅 - 浜松駅間1往復(702号、703号)と名古屋発東京行きの初発列車(630号)にN700系を追加投入。
- 2012年(平成24年)3月17日:ダイヤ改正により、以下のとおり変更予定[20]。
- 100系・300系車両がダイヤ改正をもって終了し、N700系・700系・500系の3種類となる。
- 700系8両編成の6号車を禁煙車に変更し、全車禁煙となる。
[編集] 東海道本線電車特急「こだま」号
「東海道本線優等列車沿革」も参照
[編集] 電車特急「こだま」の誕生
「こだま」は、国鉄で初めての電車による特急として東海道本線で運転を開始した。それまで長距離の優等列車は、機関車が客車を牽引する形で運転する列車しかなく、乗り心地の悪い電車は長距離列車には不向きであると考えられていた。
しかし電車の性能は次第に向上し、短距離から長距離の輸送へ進出しつつあった。これに空気バネの採用などの乗り心地を改善する新しい技術を組み合わせて、電車による初めての特急列車を運転する計画が打ち出された。機関車方式の列車では機関車の重量が大きいので、大きな出力を持った機関車を製造して高速化しようとすると、さらなる線路の強化に多大な費用が必要となるため、軽量な電車方式での高速化が有利であるとされたのである。さらに機関車方式では、終点の駅で反対方向に機関車を付け替える手間がかかり、ホームを長時間占有して列車を増発するネックとなっていた。市街地にある駅ではホームの増設は困難で、電車方式により折り返しの時間を短縮して、これにより列車の増発を実現することも目的であった。
国鉄部内の保守的な勢力の抵抗は強かったが、機関車方式と電車方式とで所要の高速化と列車本数を実現するために必要な費用の試算がなされ、電車方式の圧倒的な優位性が確認されて、1957年(昭和32年)11月12日の国鉄常務理事会で電車方式による特急列車の設定が決定された[21]。
[編集] 使用車両、編成
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← 博多
新大阪 →
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「こだま」のために用意されたのは、新しくこのために開発された20系電車で、後に改称されて151系電車となった。開発当初よりの仮称である「ビジネス特急」を広告上そのまま用いた。また「こだま」で最初に使用されたため、この車両は「こだま形電車」と呼ばれた。編成は右図の通り(国鉄181系電車も参照)。
[編集] 運行開始までのエピソード
1958年(昭和33年)10月1日に、俗に「サンサントオ」と呼ばれるダイヤ改正が実施され、「あさかぜ」に20系客車が投入された。本来は「こだま」もこれに合わせて運転を開始する予定であったが、新機軸の多い車両のため8月下旬に予定されていた完成が9月にずれ込み、さらに所要の線路側の改良作業の完了は10月直前まで掛かることになった。
そのままでは要員の訓練運転の期間がとれず、湘南電車の運転開始時に故障が相次いで「遭難電車」との汚名を受けた二の舞になるとして、当時運転局総括補佐をしていた齋藤雅男が営業担当の石井昭正常務理事と談判して、運転開始を1ヶ月遅らせることになった。これにより、10月1日のダイヤ改正で「こだま」運転のためのダイヤは用意されるが1ヶ月は運休とし、試運転のみに充当されることになった。1ヶ月に及ぶ試運転期間に、実際に新機軸として導入された空気バネの故障やパンタグラフの脱落事故など、数々の初期不良を経験しており、その対策に関係者が奔走することとなった。こうした対策の結果もあって、10月下旬には順調に運転が行われるようになり、1ヶ月の試運転はその役割を果たした[23]。
こうして11月1日から営業列車としての運転が始まった。当日は、東京駅15番ホームで下りの始発列車に対して十河信二国鉄総裁が、神戸駅で上りの始発列車に対して石井昭正常務理事がテープカットを行った。
[編集] 運行概況
運転開始当時の運転区間は東京 - 大阪駅・神戸駅間を各1往復運行で、最高速度は110 km/hで東京 - 大阪間所要6時間50分であった。これは電気機関車牽引による客車特別急行列車「つばめ」・「はと」が7時間30分で結んでいたのに対して40分の短縮であった。東京 - 大阪間の停車駅は客車特急よりさらに絞り込み、横浜・名古屋・京都のみとした[24]。横浜 - 名古屋間300 km超のノンストップとなるため、運転士は安倍川鉄橋上で田町・大垣電車区の交替を行なった。なお、交替運転手は運転台直後の客席で待機し、大垣電車区の運転士は横浜駅での折り返し運用が組まれていた。名古屋以西は宮原電車区が担当していた。
2往復の列車は、「第1こだま」・「第2こだま」と出発順に付番されることとなった。この列車愛称の命名方式は「つばめ」・「はと」など、一列車一愛称が慣例であった特別急行列車では初例であった。ただし、下り「第1こだま」と上り「第1こだま」とが別々に設定されており、現代のように奇数が下り、偶数が上りとの分け方はされていなかった。下り「第1こだま」は東京7時発、大阪13時50分着、「第2こだま」は東京16時発、大阪22時50分着、神戸23時20分着、上り「第1こだま」は神戸6時30分発、大阪7時発、東京13時50分着、「第2こだま」は大阪16時発、東京22時50分着であった。
1959年(昭和34年)9月のダイヤ改正で、線路改良の進展に伴い「こだま」の所要時間は6時間40分に短縮された。また、相変わらず満席が続き予備車をやりくりして多客期には10両編成に増結するなどしていたが、後述する「つばめ」・「はと」の電車化に伴う増備車両のうち早期に落成した車両を利用して、この年の12月13日から「こだま」が12両編成化された[25]。
運転開始後の集計では、乗車効率は平均87%を記録した。前後の急行・準急列車の乗車が減少していたわけではなかったので、良好なサービスを提供したことによる新規の需要拡大であると判断された。指定席券は発売開始と同時に売り切れてしまう状態が続き、当初予定していたビジネス客が急用で乗ることができないということから、当日発売席を用意するなど、営業側が対応に追われることになった。「こだま」運転開始にあたって線路の改良と車両の準備に投じた9億円の資本は、運転開始1年で回収された[26]。
[編集] 「つばめ」・「はと」の電車化
「こだま」運転開始後も、「つばめ」・「はと」は引き続き電気機関車牽引の客車列車として運転されていたが、使用している車両の老朽化は激しく、置き換えが行われることになった。「こだま」の人気と実績により、既に電車による優等列車運転に疑問を唱えるものはいなくなり、この置き換えでは「こだま」と同一編成に統一して電車列車とすることになった。「はと」は「つばめ」に統合されることになり、1960年(昭和35年)6月1日のダイヤ改正から上下とも「第1こだま」「第1つばめ」「第2こだま」「第2つばめ」の順で運転されることになった。13億円の投資を行って線路改良をさらに行い、10分の時間短縮を行って東京 - 大阪間を6時間30分とした[25]。
「つばめ」の電車化により、従来の客車列車に存在した展望車や食堂車の代替が望まれた。従来の「こだま」にはビュフェのみの連結であったが、この改正に合わせて食堂車サシ151形が製造されて連結された。展望車の代替としては、2 m×1 mの大窓を備えた区分室や、通路の両側に1列のみの座席の配置された開放室など、1両の定員が18名という豪華なクロ151形「パーラーカー」が用意された。またダイヤ改正の2ヵ月後の8月から、ビュフェに電話室が設置されて、日本電信電話公社(後のNTTグループ)と接続した列車電話のサービスが開始された。電話を掛けられる地域は東京・名古屋・大阪限定であったが、上下4往復の列車のためだけに東海道沿線14箇所に基地局を設置して、400 MHz帯のUHF無線通信でつなぐシステムが用意された。パーラーカーでは、パーサーが電話機を持参して自分の席で電話を掛けられるサービスもあった[27]。
ダイヤ改正前日の5月31日には、田町電車区で編成の入れ替え作業が行われた。それまで3編成であったのが6編成に増強されるとともに、食堂車やパーラーカーの組み込みがあり、加えて制御回路の接続の関係から車両の方向転換などもあり、事前によく計画を立てて行われた。5月31日の下りの「第2こだま」は事前に準備してあった新しい編成で運転が行われ、別途回送した新しい編成とともに6月1日の大阪発の列車をまかなった。また5月31日の午後の列車で上京してきた車両は、田町電車区に回送されて深夜に編成の入れ替え作業が行われ、翌朝の東京発の列車から新しい編成で運転された[27]。
「こだま」に使用していた151系電車は予備が少なく、その故障時には急行形車両の153系電車による代替運行も行われたことがあった。153系電車は設備では151系電車にはるかに劣るものの、速度性能は「特急」に使用されても問題ないものであった。153系電車で運行する際は特急料金の半額を着駅で返金した。利用者からはこの代替列車は「こだま」をもじって「かえだま」(替え玉)と呼ばれた[28]。「つばめ」の電車化後も151系電車の故障時の予備車不足はまだ生じ、「かえだま」や、157系電車(日光形電車)の代替使用があった。こうした故障は当時のマスメディアにも取り上げられ、対策として抵抗器の容量増大やモーターの密封化などの改良が行われて故障も減少するに至った[29][30]。
[編集] 東海道新幹線の開業まで
1961年(昭和36年)10月1日の、サンロクトオと称されるダイヤ改正により、「こだま」は2往復とも大阪駅発着となった。「こだま」と同じ形式の電車を利用した特急が大幅に増発され、東海道本線を行き交うになった。さらに1962年(昭和37年)6月1日のダイヤ改正では新潟や広島へも同じ形式の電車での特急が設定されるようになった。
東海道新幹線開業に伴う東京駅 - 大阪駅間在来線特急の廃止により、在来線特急としての「こだま」は1964年(昭和39年)9月30日の運行をもって廃止された。
[編集] 脚注
- ^ 3色式LEDを用いた行先表示器を採用している100系(K・P編成)・500系・700系(B・E編成)は緑で表示される。
- ^ このため東海道新幹線ではJR西日本の車両(現在は300系F編成、700系B編成)を使う列車が存在し、また山陽新幹線でも2006年3月17日までJR東海の車両を使った列車が上下各1本(下り:岡山駅 - 三原駅間、上り:三原駅 - 新大阪駅間)存在した。300系J編成が定期運用で岡山駅以西に乗り入れる唯一の列車でもあったが、改正後はF編成に置き換えられた。その後2008年3月15日改正で下り1本(岡山駅 → 三原駅間)が再び300系J編成で運用されるようになった。また運用上の都合でF編成の運用にJ編成が入ったりその逆もある。
- ^ 『ビジネス特急〈こだま〉を走らせた男たち』pp.82 - 84
- ^ 「シンデレラエクスプレス」100系新幹線12年春引退 - 朝日新聞 2010年5月29日
- ^ 東海道・山陽新幹線から来春300系が引退します (PDF) - 東海旅客鉄道プレスリリース 2011年10月20日
- ^ 新幹線の運転を体感! 500系「こだま号」にお子様向け運転台を設置します - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2009年9月4日
- ^ ただし回数乗車券の名阪まる得きっぷが両地区の金券ショップなどで広くばら売りされており、それを使用した場合は3,200 - 3,400円程度となる。
- ^ 『東海道 山陽新幹線二十年史』日本国有鉄道新幹線総局、1985年、p.496。
- ^ 『東海道 山陽新幹線二十年史』日本国有鉄道新幹線総局、1985年、p.500。
- ^ 『東海道 山陽新幹線二十年史』日本国有鉄道新幹線総局、1985年、p.503。
- ^ 平成12年春 ダイヤ改正について(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 1999年12月17日
- ^ a b 『JR電車編成表 '09冬号』 ジェー・アール・アール、2008年、P.130。ISBN 9784882830504。
- ^ 平成15年秋 ダイヤ改正(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2003年7月30日
- ^ 平成年19春ダイヤ改正について (PDF)(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道福岡支社プレスリリース 2006年12月22日
- ^ 0系新幹線さよなら式典の実施について(インターネット・アーカイブ)* 西日本旅客鉄道プレスリリース 2008年11月19日
- ^ 「こだま指定席往復きっぷ」発売開始!}}(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2009年3月9日
- ^ 平成23年春ダイヤ改正について (PDF) - 西日本旅客鉄道福岡支社プレスリリース 2010年12月17日
- ^ 新幹線車両の禁煙拡大について - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2010年7月30日
- ^ 山陽新幹線小倉・博多間(下り)の特例扱い廃止について - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2011年2月7日
- ^ 平成24年春ダイヤ改正について (PDF) - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2011年12月16日
- ^ 『ビジネス特急〈こだま〉を走らせた男たち』pp.10 - 24, 34 - 44
- ^ 星晃『回想の旅客車』上、学習研究社、2008年、p.88。
- ^ 『ビジネス特急〈こだま〉を走らせた男たち』pp.89 - 105
- ^ 当時の客車特急は昼行・夜行を含めるとほかに熱海駅・沼津駅・静岡駅・浜松駅・豊橋駅・岐阜駅にも停車する列車があった。
- ^ a b 『ビジネス特急〈こだま〉を走らせた男たち』pp.138 - 141
- ^ 『ビジネス特急〈こだま〉を走らせた男たち』pp.112 - 114
- ^ a b 『ビジネス特急〈こだま〉を走らせた男たち』pp.141 - 164
- ^ 鉄道ファン1994年4月号50頁。
- ^ 『鉄道ピクトリアル』2004年10月号、48-49頁
- ^ 『ビジネス特急〈こだま〉を走らせた男たち』pp.168 - 170
[編集] 参考文献
- 福原俊一 『ビジネス特急〈こだま〉を走らせた男たち』 JTB、2003年11月1日、初版(日本語)。ISBN 4-533-05011-5。
[編集] 関連項目
[編集] 鉄道関連
- 日本の列車愛称一覧
- 東海道新幹線
- 山陽新幹線
- 博多南線(名称なしの特急列車として運行されるため)
- ジェイアール東海ツアーズ
[編集] 他に由来する名称
[編集] 映画など
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