新潟駅

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新潟駅
万代口駅舎及びロータリー(2011年7月)
万代口駅舎及びロータリー
(2011年7月)
にいがた - Niigata
所在地 新潟市中央区花園一丁目1番1号
所属事業者 JR logo (east).svg東日本旅客鉄道(JR東日本)
電報略号 ニイ
駅構造 高架駅(新幹線)
地上駅(在来線)
ホーム 2面4線(新幹線)
4面6線(在来線)
乗車人員
-統計年度-
37,322人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1904年明治37年)5月3日
乗入路線 5 路線
所属路線 上越新幹線
キロ程 303.6km(大宮起点)
東京から333.9km
燕三条 (40.1km)
所属路線 信越本線
磐越西線直通含む)
キロ程 220.6km(篠ノ井起点)
越後石山 (4.1km)
所属路線 白新線
キロ程 0.0km(新潟起点)
(5.0km) 東新潟
所属路線 越後線
キロ程 83.3km(柏崎起点)
白山 (3.1km)
備考 みどりの窓口
駅レンタカー

新潟駅(にいがたえき)は、新潟県新潟市中央区花園一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)のである。

概要[編集]

新潟県の県庁所在地で政令指定都市でもある新潟市の中心駅である。上越新幹線の終点であり、本州日本海側の鉄道網、また鉄道以外の公共交通機関も含めた新潟都市圏ターミナルの一つである。

現在、駅舎周辺では在来線の連続立体交差化と、それに伴う周辺整備事業が進められている(詳細は後述)。

乗り入れ路線[編集]

当駅を終着駅としている上越新幹線と下記の在来線3路線が乗り入れており、いずれも当駅を起点または終点としている。この形態は、3方面以上の路線が発着するJRグループの駅としては当駅と旭川駅盛岡駅高崎駅東京駅の5駅のみで、新幹線を含めた場合は当駅と旭川駅、東京駅の3駅のみである(盛岡駅及び高崎駅は東北新幹線及び上越新幹線の途中駅となる)。

専用線他[編集]

1982年(昭和57年)頃まで、日本軽金属新潟工場、東洋瓦斯化学工業の鉄道輸送のために専用線が存在した。

この専用線は越後線の新潟 - 白山間に並走する形で敷設され、信濃川橋梁の東詰側(右岸、新潟方)手前付近から分岐し、信濃川に沿って日本軽金属新潟工場の敷地を通り、現在の平成大橋付近まで敷設されており、東洋瓦斯化学工業、次いで日軽新潟工場が1980年(昭和55年)までに操業を停止したため廃止された。[2]
また、1960年代中頃(昭和30年代後半)には上記専用線の下所島(現:新潟市中央区下所島)付近から新潟市青果市場(現:株式会社新潟まる果青果市場)[3]構内へと分岐する引き込み線が建設され、1964年(昭和39年)末より[4]青果市場への鉄道輸送用として使用されたが、専用線の廃止に伴ってこの引き込み線の運用も停止され、線路も撤去された。

日本軽金属工場跡地には新潟県庁舎が新築移転することになり、線路跡は周辺整備の一環で新潟市が道路として整備を進め、関屋分水路と信濃川の分岐部までは新潟市道信濃川右岸線として整備され、それより先は「美咲こもれびのみち」として遊歩道として整備されている。越後線との分岐部の築堤は線路の撤去後も残っていたが、周辺の再開発に伴って順次整地され、前述の右岸線のほか、新潟市道上所新和線(東港線)、市の都市公園「上所島公園」、県の交流拠点施設「新潟ユニゾンプラザ」など道路や公共施設の建設用地として整備が進捗し、さらに後述の連続立体交差化事業に伴い新上所島・上所島の両跨線橋も複線化のため大規模な改修が行われており、往時の遺構は現存しない。

その他、越後線の白山方約1kmの留置線の終端には小型の電動式転車台(ターンテーブル)が設置されており、使用されなくなった後も長年残存していたが、2010年(平成22年)、連続立体交差化事業に伴う留置線の高架化工事のために解体撤去され、現存していない。

駅構造[編集]

万代口改札口。2004年11月27日、自動改札機の運用を開始した

直営駅で、周辺駅を管理する地区管理駅を兼ねる。みどりの窓口は万代口、西口、東口の3か所にある。指定席券売機は万代口、西口、東口に設置されている。ただし、CoCoLo万代地下改札口、新幹線東口インフォメーションコーナーはジェイアール新潟ビジネスに業務が委託されている。

全ての改札口にSuica対応の自動改札機が設置されている。在来線改札では全通路でSuica(相互利用可能なカード含む)が使用できる。新幹線改札ではモバイルSuica特急券と長岡 - 新潟間のSuica定期券が利用できる。

在来線ホームは万代口駅舎と南口駅舎の間の地上部にあり、単式ホーム2面2線、島式ホーム2面4線を持つ。島式ホームのうち8・9番線は頭端式構造で、既設の1番線東側を切欠いて設置されたものである。各ホームは南口への連絡通路を兼ねる2本の跨線橋で連絡している。また1番線と2・3番線は1本の連絡地下道で連絡している。普通列車に関してはホームを効率的に運用するため、方面別の振り分けは特に決まっていない[5]。発車標は跨線橋の各階段付近や連絡通路上には設置されているものの、各ホーム上には設置されていない。また県庁所在地のターミナル駅ではあるが駅自動放送は導入されておらず、入線から発車まで全て駅員による肉声の放送となっている。加えて発車合図についても発車メロディではなく、発車ベル(電子ベル)を使用している(ワンマン列車は車載スピーカーの電子ベルを使用)。

新幹線ホームは南口駅舎の高架部3階にあり、島式ホーム2面4線を持つ。上越新幹線は1982年の開業時点で全駅のホームが16両編成の列車に対応しているが、2012年春までは越後湯沢以北へ乗り入れる列車は最大12両編成となっていたため、当駅では新潟新幹線車両センター方の4両分のスペースを閉鎖して客扱いを行っていた。しかし同年3月17日のダイヤ改正からは東京 - 新潟間で16両編成の列車が運行されるようになったため、これに合わせて駅設備の対応工事が行われた。11・12番線は主に日中の列車が発着する。また、早朝・夜間は発着とも13・14番線のみが使用される。上越新幹線の終点で全列車停車を前提としているため熊谷駅以北の駅で唯一、通過本線を持たない。13・14番線に乗車案内表示機が設置されている。

バリアフリー対策として、全てのホームにエレベーターが、在来線2・3番線と新幹線ホームにエスカレータが設置されている(在来線8・9番線のエレベーターは1番線と共用)。

駅弁が販売されている。売店での販売で、在来線ホーム・新幹線ホームとも通常は立売りを行わない。

のりば[編集]

在来線1~3番線に掲出されている駅名票
在来線ホーム
1 - 4 信越本線・北陸本線・上越線 新津長岡柏崎直江津新井金沢越後湯沢水上方面
 特急「北越 金沢行き
 快速「くびき野 新井行き
 快速「らくらくトレイン信越 」 直江津行き
磐越西線 新津五泉津川喜多方会津若松方面
 臨時快速「SLばんえつ物語 会津若松行き
白新線・羽越本線 豊栄新発田坂町村上酒田秋田方面
 特急「いなほ 酒田行き・秋田行き
 快速「らくらくトレイン村上」 村上行き
 快速「べにばな 米沢行き
越後線(他線直通含む) 内野吉田・柏崎方面
8・9 信越本線・北陸本線・上越線 新津長岡柏崎直江津新井金沢越後湯沢水上方面
 特急「北越 金沢行き
 快速「くびき野 新井行き
 臨時快速「ムーンライトえちご 新宿行き
磐越西線 新津五泉津川喜多方会津若松方面
 快速「あがの 会津若松行き
白新線・羽越本線 豊栄新発田坂町村上酒田秋田
 臨時快速「きらきらうえつ 酒田行き[6]
5・6・7 (施設撤去済)
新幹線ホーム
11 - 14 ■ 上越新幹線 長岡越後湯沢高崎大宮東京方面

「新潟駅付近連続立体交差事業」の進捗に伴って、在来線ホームのうち4号ホーム(6・7番線)は2012年11月3日新潟駅発の終電をもって廃止となり、11月4日未明から昼にかけて実施した仮設線切り替え工事の終了後、新たに1番線東側(新津・新発田方)を切り欠く形で設けられた頭端式の仮設ホームの供用を開始した。この仮設ホームの番号は8・9番線で、最大7両編成の列車が発着可能である。なお、工事着手前は6・7番線から発着していた特急「いなほ」等は11月4日以降、2・3番線の発着となっている。さらに2013年3月16日のダイヤ改正に合わせ、3号ホーム(4・5番線)のうち5番線の定期列車の発着を取りやめ、4月6日の車両展示イベントを最後に運用を終了。また同年9月30日をもって連絡地下道の4番線側が閉鎖された。旧ホーム跡では在来線高架ホームの工事が進められており、今後も工程進捗に合わせてホームの閉鎖や移転などが予定されている。

8・9番線は各ホームや改札口との間にやや距離があり、1番線東側の連絡通路を経由する徒歩経路にて連絡している。8・9番線と1番線とは同一平面上での乗り換えが可能だが徒歩経路が長いため、各ホーム間の乗り換えの際には時間的な余裕が必要である。また連絡地下道は万代口地下改札と1番線、2・3番線の間でのみ利用可能となっており、4番線および新幹線ホーム・南口駅舎への通り抜けはできない。4番線の徒歩経路は東西の跨線橋のみとなっている。

磐越西線直通の普通列車・会津若松行きは、当駅始発の列車は全て喜多方まで各駅に停車し、以遠は塩川、会津若松の順に停車する(快速「あがの」も喜多方 - 会津若松間の停車駅は同様)。

上越新幹線は当駅より更に南東側へ、白新線にほぼ並行しながら高架橋が続いており、終端部には新潟新幹線車両センターが設けられている。

エントランス部[編集]

駅のエントランスは、大きく分けて南北に2箇所ある。

万代口[編集]

万代口駅舎屋上に架かる駅名板。
青い駅名板は美川憲一が歌った「新潟ブルース」に歌われたこともある。現在はネオン管から、アクリル板で覆った蛍光灯に入れ替えられている。
2011年には、南口駅舎屋上の駅名板も青色に更新された。

元々のエントランスで、北側にある1番線に面しているのは「万代口(ばんだいぐち)」。南口開設に際して区別するため、万代橋(現表記は「萬代橋」)側にあることから、この愛称が付けられた。

万代口1階には、みどりの窓口、券売機の他、コンビニエンスストアNEWDAYSミニ)、待合室、旅行センター(びゅうプラザ)、飲食店、立食いそば店等がある。万代口駅舎には駅ビル「新潟駅ビルCoCoLo」のうち「CoCoLo万代」が、駅舎1階東側と地下1階にある。この地下1階には連絡地下道に直結する改札口が設置されている。駅舎の外壁部はかつてクリーム色のタイルが張られていたが、経年劣化により損傷が激しくなったため、2004年にタイルを撤去して再塗装された。

万代口待合室の愛称は「メディアステーションbanana」。室内にはマルチビジョンやインターネットコーナーなどがある。また新潟日報新潟放送の制作機能の一部が置かれており、新潟日報の号外を製作・印刷する設備も備わっている。新潟放送のサテライトスタジオでは2013年3月30日までラジオ番組の生放送が行われていたが、こちらについては既に運用を終了している。

駅舎西側にはJR東日本新潟支社JR貨物新潟支店があり、この支社ビル1階には内科医院が入居している。支社ビル西側(西側連絡通路下)には新幹線荷物輸送(レールゴーサービス)の受付窓口、及び手荷物一時預かり所とお忘れ物センター(遺失物取扱所)がある。さらに西側には新潟支社管内の運行管理を行う指令センター、電気系統の管理や保線業務などを行う部署が入居するJR新潟電気センターなどがある。

万代口周辺から万代シテイにかけての地区は「新潟市ぽい捨て等及び路上喫煙の防止に関する条例」に基づいて「路上喫煙制限地区」に指定されている。駅舎に最も近い喫煙所は、万代口バスターミナル西側の歩道上(オセオ弁天前)に設置されている。

東大通りから見た、万代口駅前広場。

南口[編集]

上越新幹線開業にあたって整備されたのが「南口」である。新幹線ホーム下にあたる高架部の2階にある。改札口は東側連絡通路に通じる東口(新幹線東口・在来線東口)と、西側連絡通路に通じる西口(新幹線西口・在来線西口)の計4箇所。東口・西口それぞれに、みどりの窓口、券売機、軽食店等が設置されているほか、東口の在来線改札横にはコンビニエンスストア(NEWDAYSミニ)が設置されている。

南口駅前広場から駅舎へは東側通路・西側通路と、駅舎正面の「新潟駅ビルCoCoLo中央」内2箇所の出入口(中央部は東改札口横(旧南中央口)、西側は西改札口横に接続。いずれもエスカレータ設置)、さらに駅舎正面に架設されたペデストリアンデッキ(新潟駅舎南側歩行者通路)の計5箇所から出入りすることができる。デッキ上の駅舎正面には東口側・西口側の2箇所の出入口と、東側連絡通路側には東側通路と「CoCoLo南館」への出入口があり、中央部には地平部とを階段・エレベーターで連絡する「コネクターキューブ」が2基、エスカレータが上下各1基設けられている。

南口駅舎1階は、中央部から西側(タクシー・送迎車両用ロータリー側)にかけて前出の駅ビル「CoCoLo中央」が出店している。東側(バスターミナル側)には新潟市の運営による交通・観光情報発信施設「情報ポケット新潟」(あいぺこっと にいがた)があり、列車・バスの発車案内や市内の観光案内などを行っている。

なお、南口周辺も万代口周辺同様、前述の「路上喫煙制限地区」に指定されている。駅舎に最も近い喫煙所は、東側連絡通路の階段下に設置されている。

南口駅前広場から見た、新潟駅。

自由通路[編集]

駅舎の東西には2本の自由通路が架設され、それぞれ万代口側と南口側に連絡している。

東側連絡通路[編集]

1982年に供用を開始した東側連絡通路には「新潟駅ビルCoCoLo」のうち「CoCoLo本館」「CoCoLo南館」「CoCoLo東」の3フロアがあり、このうち「CoCoLo南館」の1 - 3階には「ビックカメラ新潟店」が出店している。万代口側では複合ビル「ガレッソ花園」の2階と直結し、駅舎内と駅舎外の階段2本とエスカレータ1基が設けられている。南口側ではバスプール(臨時バス・貸切バス用)と「チサンホテル&コンファレンスセンター新潟」を内包する複合ビル「プラーカ」1・2と直結し、階段2本が設けられている。通行できるのは歩行者のみで、終電から始発の間(0:30 - 4:30)は閉鎖される。この東側通路のCoCoLo南館とプラーカ1横にはエレベーターが設置され、車椅子等は南口駅舎と駅前広場との間で介助なしに通行できる。ただし万代口側には段差があるため、介助なしでは駅舎南北間の通行はできない。万代口側の階段部の昇降は、駅社員が対応している。なお高架化工事に伴って2013年10月27日、在来線架橋部が仮設通路へ切り替えられた。

西側連絡通路[編集]

1989年に供用を開始した西側連絡通路には、南口駅舎内に「CoCoLoフードコート」1フロアと「ヨドバシカメラ新潟店」が、南口側の通路沿いには「ホテルメッツ新潟」と同ホテル棟の商業フロア「CoCoLo西館」がある。万代口側では複合ビル「オセオ弁天」の2階と直結しており、駅前広場の万代口バスターミナル横に階段1本とエレベーター1基が設けられている。南口側はプラーカ3そばに階段2本とエレベーター1基が設けられている。南口側ではさらに複合施設「LEXN」の2階とペデストリアンデッキで直結している。西側通路とLEXNのデッキとの間には高低差があるため、LEXN側に階段とエレベーターが設置されている。この西側通路は24時間通行可能で、歩行者の他に自転車の通行も可能である。通路内では危険防止のため、自転車は押して進むように呼びかけるアナウンス(BGM:新潟市民歌『砂浜で』)が昼間時間帯に放送され、新潟弁での放送もある。また通路上に段差が無いため、車椅子等でも介助なしに駅舎南北を通行することができる。こちらも高架化工事に伴って2013年6月25日、在来線架橋部が仮設通路へ切り替えられた。

東西通路[編集]

東側通路と西側通路の相互間は南口側で直結し、前述の南口駅舎のペデストリアンデッキと駅舎2階の南側部分で連絡している。経路は(東側通路から)CoCoLo東、在来線東改札口を経由してインフォメーションセンター角を左に折れ、新幹線コンコースを南側に迂回、トイレ、南口ATMコーナーなどの横を通り、西改札口とヨドバシカメラ新潟店 A館の脇を抜けた先が西側通路となる。

この東西間の通路は当初設置されず、西側連絡通路の供用開始当初もこの通路はなかった。そのため利用者から「駅舎の東西が行き来できない」などといった苦情が多く寄せられ、1990年代半ばに急遽整備されたものである。駅舎そのものが自由通路の設置を想定して設計されたものではないことなどから道幅が非常に狭隘な上、通行者数も非常に多いことから利用者からは不評で、バリアフリーの観点からも再整備を求める意見がたびたび寄せられていた。

2009年2月のペデストリアンデッキ増設によって東西通路間の通行環境は大幅に改善されたものの、デッキは現在西口の改札口東側手前で施工を中断して暫定供用しているため(南口駅舎の空調ダクト2基が西側通路を挟み込むように設置されているため、駅舎そのものも改修する必要が生じる)、西口・西側通路側は駅舎内の通路のみが東西間のアクセス通路となる。なお、西改札口横には以前タイトーが運営するゲームセンター「ゲームメイト」が出店していたが、2008年12月末に閉店し、店舗跡は新幹線待合室と改札口周辺部の通路拡張に充当され、2009年9月中旬に順次供用を開始した。

駅ビル[編集]

駅ビルは、駅舎内の全6フロアから成っている。このうち「CoCoLo本館」に隣接する「CoCoLo本館メディカルコート」には歯科矯正歯科、マッサージルームがテナントとして入居している他、保育園「新潟えきなか保育園」がある。同園は2006年9月19日に新潟県内で初めて駅ナカに開設された保育園で、新潟高度情報学園が運営を行っている。駅ビルの沿革・各フロアの主な出店テナントなど、その他詳細はCoCoLoの項目を参照。

駅レンタカーの窓口(ジェイアール東日本レンタリース新潟営業所)は東側連絡通路の南口寄り、「CoCoLo南館」3階に設置されている。車両の受け渡しは同館1階で行われる。

自動体外式除細動器(AED)が万代口改札横、在来線東口改札横など駅構内数箇所に設置されている。

利用状況[編集]

乗車人員推移
年度 一日平均乗車人員
2000 36,894
2001 37,185
2002 37,404
2003 37,612
2004 36,300
2005 37,050
2006 36,769
2007 36,849
2008 37,012
2009 36,396
2010 36,269
2011 36,711
2012 37,322
  • 1日平均の乗車人員は37,322人(2012年度)
本州日本海側の駅では最多。JR東日本管内の駅では第114位。また、東日本管内では東京近郊区間内を除けば仙台駅に次いで2番目に多い。

駅弁[編集]

日本レストランエンタプライズが運営する常設売店「駅弁屋」は、改札外では万代口1階改札前、南口2階・新幹線東口前の2箇所、改札内では新幹線13・14番線の東京方とホーム中程、南口2階・東口乗換口横、同・西口改札横の4箇所に出店している(うち西口改札売店は多客時のみ営業)。この他在来線2・3番線では、特急「いなほ」や快速「SLばんえつ物語」の出発時刻を中心に立ち売りも行っている。

当駅の駅弁は新潟三新軒をはじめ、新津駅東口に調製場を置く三新軒・新発田三新軒と神尾商事神尾弁当部の計4社が調製を行っている。主な駅弁は下記の通り[7]

  • おにぎり弁当
  • 新潟彩ちらし
  • たれカツ重
  • ふる里紀行(コシヒカリ弁当)
  • SLばんえつ物語弁当
  • さけとにしんの親子わっぱ
  • 小鯛寿司
  • 万代押寿し
  • 鮭はらこ弁当
  • 鮭の焼漬弁当
  • 焼たらこ・トロ鮭弁当
  • 松茸にぎわい弁当
  • 海の彩
  • 雪の舞
  • お花びより
  • 雪だるま弁当
  • まさかいくらなんでも寿司
  • 愛の朱鷺
  • 佐渡・朱鷺めき弁当
  • 越後もち豚味噌焼きロース釜飯
  • 越後もち豚味噌焼きロース重
  • 焼漬ぶり
  • いくら弁当
  • SL浪漫弁当
  • 越後もち豚 豚角煮弁当
  • もち豚まいたけ弁当
  • くるまえびとさんまのすしあわせ
  • しあわせの絵手紙弁当
  • 新潟和牛弁当
  • かれいの押し寿司
  • 鮭の押寿司
  • 越後大愚ずし
  • 村上牛しぐれ
  • 特製さけずし(日曜日のみ)
  • えび千両ちらし
  • 重ね絵巻御膳
  • 焼漬鮭ほぐし弁当
  • 新潟牛トン弁当


立食いそば店[編集]

立ち食いそば・うどん店が改札内外に出店し、改札内には在来線の1番線と新幹線の13・14番線に日本レストランエンタプライズ(NRE)の運営による「新潟庵」が、改札外には万代口1階にトッキーの運営による「やなぎ庵」、CoCoLo万代地下1階に「手打うどん さぢみ」がある。かつては西口改札前に前述の「新潟庵」が出店していた。
改札外店舗のうち万代口側の2店舗は共に特徴があり、「やなぎ庵」には中華麺とチャーシュー、メンマなどラーメンの具材に、冷した和風のつゆをかけた「冷しラーメン」がある。一方の「さぢみ」は手打ち風(機械打ち)のコシの強いうどんが特徴で、生地は注文の状況に合わせてその場で打ち上げられている。

ホーム上のそば店は、2009年春までは新幹線の11・12番線を除く全てのホームに出店していたが、2012年11月3日までに順次閉店し、以後は在来線・新幹線各1店舗となっている。新幹線ホームの店舗は食券制でSuica等が利用できるが、在来線ホームの店舗は申告・現金制でSuica等は利用できない。

1990年代半ばから2007年まではNREが小嶋屋(十日町市、十日町小嶋屋)と契約し、同社のブランドによる「NRE雪中庵」を店名としていた。西口改札前の店舗は2000年代前半に新設されたものである。

在来線ホーム上の店舗のうち、4・5番線の店舗だけは当駅で駅弁を販売する三新軒が運営し、特にブランド名は冠していなかった。だが三新軒は2007年末を以って立ち食いそば事業から撤退し、4・5番線も一旦閉店。その後他の店舗同様NREの運営となり、店名も同じ「新潟庵」として2008年6月に営業を再開した。その後2・3番線、4・5番線の店舗は2009年春に閉店し、「いなほ」や「SLばんえつ物語」が発着することもあって島式ホームの中では最後まで残った6・7番線の店舗も、連続立体交差事業進捗に伴って2012年11月に閉店した。

三色だんご[編集]

この他、新潟都市圏のキオスクNEWDAYSで売られている「三色だんご」も名物として知られており、当駅ではNEWDAYSで販売している。詳細については新津駅の「三色だんご」の項を参照。

駅周辺[編集]

新潟駅周辺
手前が万代口側、奥が南口側。

万代口側[編集]

万代口側は従前からの市街地である。旧駅舎時代の市街地は現・流作場五差路付近が南端だったが、1958年の新潟駅移転後は開発が一気に進み、1964年の新潟国体までの間に急速に市街地化した。旧市街地の古町へはバスで5分ほど。新潟市役所・中央区役所へは隣駅の白山駅が最寄り駅となる。

南口側[編集]

新潟地震以降、1960年代後半から急速に市街地化したのが当時「駅裏」と呼ばれた駅南地区である。当初は住宅地としての開発が主だったが、新幹線開業直前の1982年5月に南口が設けられると市街地化が急速に進んだ。

このような経緯から、南口周辺は住宅地と商業地が混在している。2000年代中盤からは駅ビルの新フロア建設や、長らく凍結されていた再開発事業の再開などにより、駅周辺の風景も変貌を遂げつつある。

バス[編集]

スイッチバック式の万代口バスターミナル
後方の駅舎部分はJR東日本新潟支社、JR貨物新潟支店

万代口・南口にはそれぞれバスターミナルが設けられており、主に新潟交通とその子会社に当たる新潟交通観光バス路線バス等が発着している。

このうち万代口バスターミナルからは市内線・郊外線の一部と高速バス(県内線)が、東大通沿いに設けられたバスのりばからは郊外線の一部と高速バス(県外線)が発車する。南口発の路線は定期路線が駅舎側の南口バスターミナル、臨時路線がプラーカ側の臨時バスターミナル(旧南口バスプール)からの発車となる。

逆に新潟駅に到着するバスのうち「新潟駅前」(表示上は「新潟駅」)終着便の降車場は、市内線の全便と郊外線のほぼ全便が万代口ロータリー内、高速バスが東大通沿いの帝石ビルディング前の2か所となっている。なお郊外線のうち、内野方面の路線(系統番号600番代)と大野・白根方面の路線(系統番号800番代)の平日朝の便はロータリーには乗り入れず、帝石ビル前が降車場となる。「新潟駅南口」終着便の降車場は、定期路線の全便が南口バスターミナル内、臨時路線は原則として臨時バスターミナル内(バスターミナルを一旦周回してから臨時バスターミナルへ入線する)となっている。

新潟駅周辺から発着する新潟交通グループの一般路線バス全路線では、運賃精算に同社発行のIC乗車カード「りゅーと」が使用できる(臨時路線の一部便を除く)。また、りゅーとサービスエリアの路線ではSuicaをはじめ全国10種類の交通系ICカードも使用できる。りゅーとのチャージ機は万代口バスターミナル3番線、南口バスターミナル5番線に各1台設置されている。ただし、りゅーとエリア内ではSuicaほか10種類のICカードのチャージは取り扱っていないため、窓口チャージ・チャージ機・バス車内チャージのいずれも利用できない。りゅーと以外のICカードは残額不足の場合、駅・コンビニエンスストア等での事前チャージが必要となる。また高速バス県内線の全路線と、県外線のうち会津若松線では、運賃精算に新潟県内高速バス共通カードが使用できる。それ以外の県外線高速バスは事前予約制となっているため、これらのプリペイドカード・ICカード類は使用できない。なお2013年春まで同社が発行していたバスカードは同年9月30日でサービスを終了しており、現在は使用できない。

新潟空港への路線バス(空港線)のうち、エアポートリムジンは南口バスターミナル発着。同空港の発着時間帯に概ね20 - 30分間隔で、東跨線橋・栗ノ木バイパスなどを経由してノンストップで運行している。リムジンが発着する5番線には空港線専用の券売機も設置されている(現金のみ利用可。乗車券の発売区間は新潟駅 - 新潟空港間のみだが、万代口発の各停でも使用できる)。

現在、路線バスは万代口・南口から各々発着しているが、現在進められている連続立体交差事業で駅舎が高架化される際に南口バスターミナルを高架下へ延伸させて「交通広場」が設けられ、南北のバス発着地が一元化される。

万代口バスターミナル[編集]

車両を後退して入線させるスイッチバック式である。この方式は現在では珍しく、他には草津温泉駅綱島駅などが同じスイッチバック式となっている。ロータリー寄りの1番線は欠番で、頭端部には新潟交通のバス案内所が設けられている。

  • 2番線
  • 3番線
  • 4番線
    ※共同運行会社など、詳細は各路線の記事を参照。
  • 5番線
  • 6番線
    • 13 東港線・山ノ下・臨港町・桃山町経由 北葉町
    • 13A 東港線経由 山ノ下・臨港町・桃山町先回り 新潟駅前
    • 330 東港線・浜谷町・下山経由 松浜
    • 331 東港線・浜谷町経由 新潟空港
    新日本海フェリー・新潟フェリーターミナルへは
    6番線発の上記路線で「末広橋」下車後徒歩約10分
  • 7番線
    • 600 西小針・坂井経由 内野営業所
    • 601 西小針経由 新潟大学
    • 602 西小針・新潟大学経由 内野営業所
    • 603快速西小針・坂井経由 内野営業所
    • 604快速西小針・新潟大学経由 内野営業所
    • 607 西小針経由 信楽園病院
  • 8番線
    • 11 信濃町経由 西部営業所
    • 11A 信濃町先回り 新潟駅前
    • 610 有明経由 内野営業所
    • 611 有明経由 五十嵐一ノ町・グリーン団地
    • 612 有明経由 信楽園病院
  • 9番線
    • 620 大堀経由 内野営業所
    • 621 大堀・文理高校前経由 内野営業所
    • 623 大堀経由 信楽園病院・中野小屋・赤塚駅
    ※信楽園病院 - 槇尾 - 赤塚駅前間は西区バスとして運行
    • 630 寺尾経由 内野営業所
    • 631 寺尾経由 上新町
    • 632 寺尾経由 信楽園病院
    • 640 大堀経由 流通センター
    • 641 大堀経由 流通センター・西警察署
    • 800 平島・新潟ふるさと村経由 大野
    • 802 平島・ときめき経由 大野
    • 810 平島・ふるさと村・大野・大通ニュータウン経由 白根・潟東営業所
    • 811急行新潟バイパス・ふるさと村・大野経由 白根・潟東営業所
    • 813快速平島・ふるさと村・大野・大通ニュータウン経由 白根・潟東営業所
    • 820 平島・ふるさと村・大野経由 味方・月潟
    • 821 平島・ふるさと村・大野経由 味方・潟東営業所
    • 830 平島・ふるさと村・大野経由 木場学校前
  • 10番線
  • 11番線
    • 12 浜浦町経由 西部営業所
    • 12A 浜浦町先回り 新潟駅前
    • 12B 浜浦町経由 信濃町
    • 19 新潟青陵大学水族館
  • 12番線
    • 9 水島町・県庁前経由 美咲合同庁舎
    • 9A 水島町・県庁前経由 西部営業所
    • 200 古町・昭和大橋・県庁前経由 曽野木ニュータウン
    • 210 古町・昭和大橋・県庁前経由 曽川・嘉木
    • 220 古町・昭和大橋・県庁前経由 酒屋車庫
    • 230 古町・昭和大橋・県庁前経由 酒屋・小須戸
  • 13番線
  • 降車場(万代口ロータリー内)
    • 市内線全便と郊外線の一部
    ※連続立体交差事業関連の代行バスのうち、越後線方面は万代口ロータリー内の発着となる。


東大通バスのりば[編集]

万代口バスターミナルでは全ての路線バスを発着させることができないため、駅正面から北側へ伸びる東大通沿いにもバス停が設けられている。のりば番号は、バスターミナルからの通し番号となっている。

  • 14番のりば(第5マルカビル・東大通ビル前)
    • 500 西跨線橋経由 女池愛宕
    • 501 西跨線橋経由 江南高校


万代口側その他の停留所[編集]

路線バス[編集]

この他万代シテイバスセンター、古町、市役所前発着の路線(木戸・大形・石山・亀田方面)は、郊外から市内方面へ向かうバスからの下車は「駅前通」(第四銀行 新潟駅前支店前)または「明石一丁目」(アニメイト前)、市内から郊外方面へ向かうバスへの乗車は「明石一丁目」(新潟中央郵便局前)が最寄となる。また藤見・山の下・下山・松浜・太郎代浜方面へは、乗車が「万代シテイバスセンター前」(秋田銀行前)、降車は万代町通沿いの「万代町」が最寄となる。各路線の詳細は新潟交通のバス路線一覧を参照。

南口バスターミナル[編集]

南口駅前広場の暫定供用開始に伴い、2009年3月30日から南口駅舎に近接した東側ロータリー(CoCoLo南館横)に移設され仮供用を開始したのが南口バスターミナルである。ロータリー式で、発着するバスは構内を周回する。

またバスターミナルのすぐ南側、東側連絡通路の南端(バスターミナル1番線南側)には臨時バスターミナル(旧南口バスプール)があり、現在は主に臨時バス・貸切バスが発着している。なお臨時バスターミナルからは以前、一部の高速ツアーバスが発着していたが、2013年8月1日の制度改正を機に停留所を移転しており、同日以降は発着していない(各路線の現行停留所は後述)。

バスターミナル
  • 1番線
    • 520・522・570 弁天橋・南長潟・イオン新潟南SC経由 南部営業所
    • 521 弁天橋・南長潟・早通経由 南部営業所
    • りゅーとリンク】(市民病院線)
      • 530 弁天橋・南長潟・市民病院経由 曽野木ニュータウン
      • 531 弁天橋・南長潟・市民病院経由 大野
      • 532 弁天橋・南長潟経由 新潟市民病院
    • 540 弁天橋・南長潟・亀田駅前経由 大江山連絡所前
  • 2番線
    • 520・521 西跨線橋経由 古町(第四銀行前)
    • 570 東跨線橋経由 古町(三越前)・市役所前
  • 3番線
    • 510 笹出線・江南高校前経由 女池愛宕
    • 512 笹出線・江南高校前経由 新潟市民病院
    • 450 本馬越・はなみずき経由 木戸病院
    • 東区バス 牡丹山・河渡経由 東区役所前
  • 4番線
    • りゅーとリンク】(中央循環線)
      • 8 笹出線経由 県庁
      • 8A 笹出線・県庁経由 新潟駅前(万代口)
      • 8B 笹出線経由 県庁前・美咲合同庁舎
  • 5番線
  • 降車場
臨時バスターミナル


高速バス(旧ツアーバス)[編集]

都市間ツアーバスから転換した高速路線バスの、新潟駅周辺の停留所は下記の通り。万代口側に1箇所、南口側に2箇所が設けられており、いずれも駅舎から道なりに400m前後離れた地点に所在する。

新潟駅万代口(NTT明石通ビル前)

明石通沿い、NTT明石通ビル前(万代口から徒歩約6分)

新潟駅南口(アミー号専用駐車場)

笹出線沿い、マクドナルド新潟駅南店駐車場内(南口から徒歩約6分)

新潟駅南(パーキング駅南前)

笹出線沿い、新潟駅南口交差点角・パーキング駅南前(南口から徒歩約6分)

歴史[編集]

新潟駅設置に至るまで[編集]

1930年頃の新潟市の地図
初代新潟駅の位置と当時の線路位置がわかる。
後に現在の越後線関屋 - 新潟間の線路となる貨物支線はまだない

現在の新潟市域で最初に開業した鉄道駅は、当時の中蒲原郡沼垂町竜が島(現在の中央区沼垂東・竜が島付近)に設けられた沼垂駅(ぬったりえき。後述の新線開業後に貨物専用駅となったのち2010年に廃止)で、1897年(明治30年)11月20日に開設された。

当時、信濃川を挟んで左岸の新潟市と、右岸の沼垂町とは鉄道の敷設で壮絶な誘致合戦を繰り広げたが、当時の信濃川の川幅は約1kmと広く、鉄橋の建設に莫大な資金がかかることがネックとなったことから、信濃川右岸の萬代橋東詰付近の沼垂町流作場(りゅうさくば。現在の中央区万代・弁天・八千代付近)に「新潟駅」を設けるという折衷案で一旦は合意した。

しかし北越鉄道は地代が高い事を理由にこれを事実上拒否し、竜が島に設けた「沼垂駅」を終着駅とした。新潟市側ではこれに対する反対運動が起こったものの、政府の認可が下りたことから紛糾を極め、市側の「鉄道同志会」の構成員の一部が行動を過激化。沼垂駅を評価する人を襲撃する騒ぎを起こし、更には同年11月16日の鉄道開業予定日を控えた11月11日の早朝、沼垂駅構内の機関庫と貨物庫、新栗ノ木川の鉄橋に爆弾を仕掛け、爆破する騒動にまで発展した。幸い損害は軽度で済み、開業が4日遅れただけで運行等には大きな支障はなかった。

その後も市民の鉄道誘致運動が続き、それが結実して1904年5月3日、現在の中央区弁天一丁目、弁天公園・新潟東映ホテル付近にあたる位置に開業したのが、初代の新潟駅である。

それからの新潟市は、市街地に最も近い新潟駅を中心に発展を遂げていった。1925年に策定された「新潟市都市計画」では、架け替えを予定していた萬代橋を経由する路面電車(のちの新潟交通電車線にあたる)を駅前に乗り入れるという計画も盛り込まれた。そして1935年には、木造2階建ての2代目駅舎に建て替えられた。

現在地への移転[編集]

1937年支那事変日中戦争)が勃発し、1941年には太平洋戦争が始まると「新潟市都市計画」も中断を余儀なくされ、萬代橋経由の路面電車線の建設計画も凍結された。戦時鉄道輸送の便を図るためもあり、1943年には関屋-新潟間に貨物支線が建設されている。

新潟市は大規模な空襲を受けなかったため、新潟駅が戦災によって大きな被害を受けることはなかったが、この時期には駅舎の補修や軌道の整備等に大きな支障を生じている。終戦直後からしばらくは大陸からの引揚者や東京・大阪方面などからの買い出し者等で駅の利用者が大幅に増加し、駅構内は常に人で溢れている状況であった。

第二次世界大戦後の混乱が落ち着いた頃、手狭になった新潟駅の移転新築と、新潟市内の鉄道路線網の整理が計画された。沼垂駅を出発した新津・新発田方面からの列車は、沼垂の市街地を南西に大きく迂回して新潟駅に到着するという、線形の悪さによる時間ロスの大きさが、かねてから問題となっていたためである。また当時、越後線は対岸の白山駅が終端の終着駅であり、越後線の線路そのものは上述の貨物支線によって関屋駅より分岐して新潟駅に繋がっていたが、この間の旅客営業は行われておらず、この支線を経由した越後線の新潟駅乗り入れが強く望まれていた。

そのため、当時の新潟駅のすぐ南側で信越本線と越後線を結んでいた支線(信越本線上沼垂-関屋間貨物支線)上に新しい駅舎を建設し、信越本線・越後線・白新線の3路線をこの新駅に統合することとなった。駅舎は地上2階・地下1階、広さは旧駅の約6倍、地下商店街も設置されるというもので、当時としては大規模な計画だった。

1951年6月には関屋-新潟間の旅客営業が開始され、同年12月には白山駅が移転、それまでの関屋-白山間は廃線となり、旧白山駅も廃止された。

新しい新潟駅の駅舎は1956年1月10日に着工。建設地は水田などに近い湿地帯だったため、施工は慎重を期して行われ、工事費4億円、2年の工期を経て、1958年4月29日に3代目駅舎が完成した。なお、初代駅舎時代に計画されていた新潟交通の路面電車路線は、戦後はトロリーバスの計画に転換するなどして駅舎が現在地に移転したこの58年まで工事申請を更新し続けたものの、以降は再申請がなされず、同年10月をもって軌道特許が失効し、結局実現には至ることはなく計画は消滅した。

新駅舎は当時の日本海側有数の大規模駅舎として開業したが、度重なる災害に襲われ、1961年には駅舎内にあった国鉄新潟支社の仮庁舎から出火し、支社部分をほぼ全焼するという火災に見舞われた。これを機に駅舎は1964年に開催される新潟春季国体に合わせ、地上4階建・一部6階建に増築されることとなり、改築工事は1963年に竣工した。これが現・万代口駅舎の原型である。

1964年、国体が終了して間もない6月16日に新潟地震が発生。元々水田だった新潟駅付近では液状化現象が発生し、駅舎・ホームが損壊。更に駅東側の道路に掛かる笹口跨線橋(現・東跨線橋)が倒壊し、橋の下にいたキハユニ17形気動車を押し潰した[8]。駅構内が使用不能となったため笹口地区に仮設ホームを設置し、19日から営業を再開している。周辺の白山駅や万代駅などでも、路盤陥没や駅舎の破損、津波による冠水などの被害を受けて、数日間にわたって路線網が寸断された。

南口の開発[編集]

その後、新潟駅を中心とする路線網は徐々に整備された。1982年に上越新幹線が開業。在来線も、新潟駅を起終点とする3路線が1984年までに全て電化され、駅構内の設備・店舗なども徐々に充実して、新潟駅は新潟市の玄関口としての体裁を整えながら現在に至る。

かつて南口側には駅舎は無く、駅裏側には国鉄新潟鉄道管理局時代からの車両基地である「新潟運転所」があった。その後上越新幹線の建設開始と併せて南口駅舎の新設が決定したのに伴い、1974年に電車・客車の車両基地機能は上沼垂運転区(現新潟車両センター)へ移転したが、気動車の基地は移転の目途が立たず、新幹線開通に間に合わない状況となった。やむを得ず運転所を挟んだ位置に駅前広場を設け、2本の連絡通路を順次開設して駅舎へのアクセスを確保したものの、南口駅舎と駅前広場の間にはこの基地が長らく残ったため、利用者からは不便を訴える声が絶えなかった。1991年に新津運転所(現新津運輸区)が開設され、ようやくすべての車両基地が撤去されたものの、跡地はその後日本国有鉄道清算事業団に所有権が移り、一時遊休地となった後、駐車場として長らく暫定的に供用され、駅前広場も従来の位置のままであった。

南口側には駅舎へ徒歩で直接アクセスできる出入口がなかったことから、利用者からは改善を求める意見がたびたび寄せられていた。JR東日本新潟支社などはこれに呼応して2000年6月30日、南口駅舎から南口駅前広場に直通する「南中央口」の暫定供用を開始した。南口駅舎の中央部に設けられた中央口は、東口改札から階段・エスカレーターで1階に繋がっており、管理用道路を横断した先から、南口側の駐車場を挟んで駅前広場へと通じていた(南中央口は後述のペデストリアンデッキ竣工に伴い2009年2月19日をもって供用停止。その後南口駅舎の改修が完工した9月19日から、階段とエスカレーターの供用を再開した)。

駅舎の問題点[編集]

開発が進む一方で新潟駅は、施設上の諸問題を長らく抱え続けていた。元々の出入口で市内中心部側に位置する万代口駅舎は既に築50年を越え、老朽化が著しくなりつつある。さらに、バリアフリー対策の立ち遅れも目立ち、各ホームへのエスカレーター及びエレベーターの設置が一応の完了を見たのは2010年代になってのことであった。特に、特急「いなほ」が発着する6・7番線は駅再整備計画によって廃止される予定とされたため、最後までエレベーターが設置されていなかった(但しエスカレータが設置されており、車椅子の利用者には駅社員が昇降を介助していた)。

駅前広場は万代口側・南口側とも使い勝手が非常に悪く、万代口側は敷地が狭隘であるため歩行者の導線が煩雑化している上に車両が乗り入れにくく、バスの発着地も一箇所にまとまっておらず、利用者にとって大変不便な状態である。一方の南口側は新潟運転所の施設が長らく残ったため駅舎から遠く、運転所移転後の跡地が日本国有鉄道清算事業団(当時)に所有権が移り南口の再整備が開始された後も計画が流動的になる等、駅周辺の環境に関しては問題が山積していた。

在来線連続立体交差化[編集]

上記の駅舎そのものの問題の他に、駅周辺は鉄道路線を境に南北の市街地が分断されており、踏切や跨線橋など鉄道を横断する道路施設も著しく不足している。そうしたこともあって万代口側に対し南口側は開発が遅れ、市街地開発が不均衡なまま現在に至っている。こうした諸々の問題も含め、新潟県内では新潟市の玄関口というに相応しい駅舎の整備を求める声がかねてから寄せられ続けていた。

これらの問題を解決するため新潟県・新潟市・JR東日本新潟支社は、新潟駅周辺の再整備に関する調査を1992年から開始。1994年からは在来線の連続立体交差化を目指し本格的な調査に移行した。また市は1997年、再整備構想の一環として南口側の国鉄清算事業団所有地(約3ha)を先行取得し、駐車場として仮供用を開始。同年には「新潟駅周辺整備検討委員会」が発足した。さらに市では1999年、市民有志とともに市民意見交換会「わいわいガヤガヤ駅サイト」を開催し、市民の意向を反映させた計画づくりにも着手。以降、県・市・JR新潟支社は本格的な計画の立案を進めた。

そして新潟駅周辺の在来線約2.5kmを高架化する「新潟駅連続立体交差事業」と、それに伴う駅周辺の環境整備を目的とした「新潟駅周辺整備事業」の具体案が2003年に発表され、2006年1月に都市計画が決定、同年7月に国土交通省より各事業の事業認可が順次下り([1])、2007年から各工程が順次着手されている。

事業着手当初、市・JR新潟支社などは在来線高架部分について一部供用開始を2013年、全線供用を2015年、さらに全事業完了を2027年と目標を設定していたが、これは北陸新幹線金沢駅開業が2014年度末の見込みであることから、それを見越した理想的な工程として設定したものだった上、実際の工程や用地買収が遅れたため、各工程の竣工は当初の見込みより大幅に遅延することが判明した[9]。こうした事態を受けて市とJRが工程の見直し作業を進めた結果、在来線立体交差化の全線供用目標を当初より6年遅れの2021年度中とする旨を3月29日篠田昭新潟市長が記者会見の中で明らかにした。市ではこれに伴い、立体交差化完了後に予定していた万代口駅前広場の整備事業に前倒しで着手し、導入を予定しているBRT(バス高速輸送システム)の開始予定時期に合わせ2014年度中の竣工を目標に整備を進める意向を示している[10]

両事業では、大きく分けて3段階の手順を経て都市施設を整備する予定である。

第1期工事[編集]

第1期(2007年 - 2009年)においては、南口側の先行整備を実施。2009年9月に県内で開催される「トキめき新潟国体トキめき新潟大会」に備え、南口周辺の都市基盤整備を実施し、南口駅舎の改修、新駅ビル(CoCoLo南館・中央)の整備、南口駅前広場の拡張などが行われ、駅舎周辺部の施工は2009年9月19日に完工。また新潟市道弁天線の新潟駅南口交差点(新潟県道51号新潟黒埼インター笹口線=笹出線交点)周辺部の拡幅も完工した。

南口ペデストリアンデッキは2007年冬から行われている「新潟駅連続立体交差事業」と「新潟駅周辺整備事業」(後述)の一環として整備されたもので、2009年2月20日から供用を開始した(東側通路と南口正面部の間を暫定供用。西側通路側は今後施工予定)。これによって駅舎と駅前広場が直結し、利便性が大幅に向上した。

現在、南口側ではこの他にも大規模な改修工事が進められ、2009年1月には駅ビル「CoCoLo南館」が竣工し、同月末からデッキ供用開始の2月20日にかけて各テナントがオープンした。また駅前広場は拡張やロータリーの移設などの改修が行われ、このうち東側ロータリーのバスターミナルは同年3月30日から、西側ロータリーのタクシー待機場・送迎者自動車整理場は同年7月1日からそれぞれ供用を開始し、両ロータリーを挟んで駅舎中央部に設けられた中央広場は同年9月1日に完成。これにより、プラーカ1横にあった旧南口バスターナミルは一部を駐輪場に改修の上貸切バス用の停車場となり、広場中央にあった噴水は新潟市東区の下山スポーツセンターに移築されている。
さらに9月19日には南口駅舎1階の改修が完工し、東改札・西改札それぞれへ通じる出入口が増設され、前出の駅ビルの新フロア「CoLoLo中央」と「あいぺこっと」がオープンした。

今後も引き続き細部の施工等が行われるが、大規模な改修は在来線の立体交差化と並行して進められる予定である。

第2期工事[編集]

現在事業中の第2期(2009年 - 2021年)においては、在来線の連続立体交差化を実施。在来線ホームは新幹線ホームと同じ3階に移設され、3面5線の高架ホームとなる。ホーム本数が減少するのに伴って、信越・白新線の新潟 - 上沼垂信号場間には留置線が1本増設される。越後線・新潟 - 白山間は信濃川橋梁の新潟方手前までが複線化され、西跨線橋の新潟方手前の高架上に留置線が4本新設される。また白山駅も改築され、ホーム下に駅舎を移設して南北間の自由通路を設け、ホームを1本増設して2面3線とするなど輸送力の増強が図られる。

工程順としては、2013年度までに信越線・白新線の仮線化を進めた上で在来線の一部に1面2線の仮設ホームを設置、併せて越後線の上所島・新上所島両跨道橋の架け替え、白山駅の3線化を竣工させる(当初見込みでは2010年度完成を予定)。その後は在来線の高架化を進め、2018年度までに信越線・白新線の一部高架化、越後線の全面高架化及び一部複線化を完了させたうえで新潟駅の高架ホームを2面4線で仮開業させる(当初見込みでは2013年度完成を予定)。引き続き信越線・白新線の施工を進め、2021年度までに3路線の全面高架化と新潟駅の高架ホームの全面竣工を目指す(当初見込みでは2015年度全面竣工予定)。

また駅舎東西には都市計画道路「新潟駅東線」「新潟駅西線」、越後線の白山方には都市計画道路「新潟鳥屋野線」(新潟市道新潟鳥屋野線、現在の八千代橋と北越高校通りの各一部)など、駅南北を縦貫する幹線道路が新たに整備される。また既存の道路においても高架化完了後には、新潟市道明石紫竹山線(都市計画道路明石紫竹山線、東跨線橋通り)は跨線橋を撤去して在来線との交差部が平面化されるほか、現在進められている国道7号栗ノ木バイパスの一部連続立体交差化事業(栗ノ木道路・紫竹山道路)の一環として、同バイパスでは在来線アンダーパス部の路盤嵩上げなどの改良工事が実施される。

第3期工事[編集]

第3期(2021年以降)には高架化完了後、駅舎の全面改築などを実施。高架化の際に撤去した万代口駅舎を改築するほか、ペデストリアンデッキの設置など南北駅前広場の再整備をはじめ、南北のバスターミナルを駅舎東側の高架下に設ける「交通広場」へ一元化する。また駅南北を縦貫する前掲の道路整備をはじめ、市内中心部の環状道路網の整備を引き続き進めるほか、都市計画道路「出来島上木戸線」の一部区間(笹出線・米山交差点 - 笹口交差点間1.2kmなど)で拡幅などを行う。また、現在笹出線に集中している南口側の東西方向の自動車交通を分散させるため、都市計画道路駅南線(新潟市道、愛称「けやき通り」)を西側へ延伸して新潟鳥屋野線と接続させる。その他の詳細については今後検討が進められる。

なお、連続立体交差事業の当初段階の設計においては、在来線ホームは万代口側から相対式の1番線、島式の2・3番線、4・5番線となっていた。だが、上越新幹線と白新線・羽越本線方面の特急列車「いなほ」との乗換えの利便性を高めるため設計が変更され、万代口側から島式の1・2番線、3・4番線とし、さらに新幹線ホーム11番線の万代口側に島式ホームを設置して、それぞれ在来線側に5番線、新幹線側に10番線が設けられ、同じホームでの乗換の便がはかられることになった。この設計変更は、現在計画が進められている羽越本線高速化の一環として行われたもので、前述の2018年の高架ホーム暫定供用開始時から運用を始める見込みである。

前述のとおり、連続立体交差化は2021年度中、周辺整備も含めた事業全体は2020年代の竣工を目指している。なお、これらの事業主体は当初新潟県であったが、新潟市が2007年4月1日政令指定都市へ移行したのに伴い、事業主体は市に継承されている。

年表[編集]

  • 1904年(明治37年)5月3日 - 北越鉄道 沼垂 - 新潟間延伸開業時に開業。
  • 1907年(明治40年)8月1日 - 北越鉄道国有化、国有鉄道の駅となる。
  • 1935年(昭和10年)4月1日 - 2代目駅舎に改築。
  • 1943年(昭和18年)11月1日 - 信越本線貨物支線が関屋駅まで開業。
  • 1951年(昭和26年)4月5日 - 信越本線貨物支線 亀田 - 万代間が開業。
    • 1951年6月25日 - 新潟 - 関屋間の旅客営業を開始。
  • 1956年(昭和31年)4月15日 - 白新線が開業。
  • 1958年(昭和33年)4月29日 - 新潟付近を現在のルートに変更、現在地に移転開業。3代目駅舎供用開始。
  • 1961年(昭和36年)1月14日 - 国鉄新潟支社仮庁舎が火災により焼失。
    • 1961年12月22日 - 駅舎部分の増築が完了、4階建てとなる。
  • 1962年(昭和37年)5月20日 - 構内電化。
  • 1964年(昭和39年)6月16日 - 新潟地震で被災、駅舎・ホームが一部損壊。
  • 1965年(昭和40年)8月20日 - 万代駅までの信越本線貨物支線が廃止。
  • 1982年(昭和57年) 4月1日 - 専用線発着の車扱貨物の取扱を廃止。
    • 1982年5月20日 - 南口駅舎供用開始、同時に東側連絡通路が開通。
    • 1982年11月15日 - 上越新幹線が開業。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本が継承。
  • 1989年(平成元年)3月30日 - 西側連絡通路が開通、歩行者・自転車の駅の南北往来が24時間可能となる。
  • 1991年(平成3年)11月 - 新潟運転所が閉鎖、新津駅構内の新津運輸区へ移転。
  • 1999年(平成11年)12月17日 - ISO9001認証取得。
  • 2000年(平成12年)6月30日 - 南口駅舎で南中央口の暫定供用を開始。
  • 2001年(平成13年)10月1日 - 万代口待合室が改装、「メディアステーションbanana」開設。
  • 2004年(平成16年)10月1日 - 駅ビルの愛称を「CoCoLo」に統一。
    • 2004年11月27日 - 自動改札機の運用を開始。
  • 2006年(平成18年)1月21日 - ICカード「Suica」のサービスを開始(同月28日より首都圏・仙台都市圏と併せてモバイルSuicaの運用も開始)。
  • 2008年(平成20年)3月15日 -「モバイルSuica特急券」のサービスを開始。
  • 2009年(平成21年)2月20日 - 南口駅舎2階のペデストリアンデッキを供用開始、駅ビル「CoCoLo南館」がグランドオープン。
    • 2009年9月19日 - 南口駅舎1階・駅前広場の改修が完工、駅ビル「CoCoLo中央」がグランドオープン。
  • 2011年(平成23年)9月13日 - 万代口コインロッカー前にて、不審物騒動。新潟県警察により万代口が2時間以上閉鎖される。
  • 2012年(平成24年)11月4日 - 駅構内にて仮設線への切り替え工事を施行。前日11月3日の終電をもって廃止した6・7番線に代わり、1番線東側(東新潟・越後石山方面)に開設した仮設ホーム(8・9番線)の運用を開始。
  • 2013年(平成25年)3月15日 - 当日の終電車をもって5番線の定期運用を廃止し、4月上旬に施設を撤去。
    • 2013年4月8日 - 南口・西側連絡通路沿いに「ホテルメッツ新潟」と駅ビル「CoCoLo西館」(9階建)がオープン。
    • 2013年6月25日 - 西側連絡通路の在来線ホーム架設部を仮通路へ切り替え。
    • 2013年10月27日 - 東側連絡通路の在来線ホーム架設部を仮通路へ切り替え。

今後の予定[編集]

  • 2014年(平成26年)度中 - BRT第1期区間導入に合わせ、万代口広場を部分整備
  • 2018年(平成30年)度中 - 高架暫定開業
  • 2021年(平成33年)度中 - 高架全面開業し、新潟駅周辺の在来線の連続立体交差化が完了する予定(周辺整備も含めた事業全体の竣工は2020年代を予定)
  • 2022年(平成34年)度中 - 高架下交通広場の供用によるバスターミナルの南北一体化
  • 2023年(平成35年)度中 - 万代口広場の整備完了。

隣の駅[編集]

新潟近辺の鉄道路線図。
東日本旅客鉄道
上越新幹線
燕三条駅 - 新潟駅
信越本線・磐越西線
快速「くびき野」・快速「らくらくトレイン信越・おはよう信越」・快速「あがの」(上り)
新津駅 - 新潟駅
快速「あがの」(下り)・普通
越後石山駅 - (上沼垂信号場) - 新潟駅
白新線
快速(「べにばな」「らくらくトレイン村上」(平日下り1本のみ運転)含む)
新潟駅 - 豊栄駅
普通
新潟駅 - (上沼垂信号場) - 東新潟駅
越後線
白山駅 - 新潟駅

脚注・出典[編集]

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  1. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編II』(ISBN 978-4533029806JTB  1998年
  2. ^ なお日本軽金属新潟工場は1982年(昭和57年)、新潟港東港区(新潟東港)へ移転して操業を再開している。
  3. ^ 青果市場は2013年に新潟市江南区の新潟市中央卸売市場に統合・移転して閉場し、建物も2013年7月より取り壊し工事が行われて再開発が進められている。
  4. ^ 『市報にいがた』昭和40年1月5日号より
  5. ^ ただし、現駅舎開業時の1958年頃や、上越新幹線開業時の1980年代半ばにはホームを方面別に振り分けていた時期がある
  6. ^ ただし一部運行日において象潟行き、羽後本荘行きとなる場合がある。
  7. ^ 『JR時刻表 2010年9月号』579ページASIN B003YCYI0Y交通新聞社;月刊版 2010年
  8. ^ 車両は回送中であったため幸いにして人的被害はなかった。
  9. ^ 高架化、数年単位で遅れ 新潟駅立体交差 - 新潟日報(2012年2月14日Web版及び朝刊紙面より)
  10. ^ 新潟駅付近連続立体交差事業の工程見直しとその対応について - 新潟市 都市政策部市街地整備課 新潟駅周辺整備事務所(平成24年3月29日付)

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]