越後湯沢駅

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越後湯沢駅
東口(2005年10月)
東口(2005年10月)
えちごゆざわ - Echigo-Yuzawa
新潟県南魚沼郡湯沢町大字湯沢主水2427-1
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
電報略号 ユワ
駅構造 高架駅(新幹線)
地上駅橋上駅)(在来線)
ホーム 2面4線(新幹線)
3面5線(在来線)
乗車人員
-統計年度-
2,689人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1925年大正14年)11月1日
乗入路線 4 路線
所属路線 上越新幹線
キロ程 168.9km(大宮起点)
東京から199.2km
*上毛高原 (47.6km)
(29.7km) 浦佐
所属路線 上越新幹線(支線)
(正式には上越線支線)
キロ程 0.0km(越後湯沢起点)
**(上毛高原) (-km)
所属路線 上越線
北越急行ほくほく線***直通含む)
キロ程 94.2km(高崎起点)
(6.4km) 石打
備考 直営駅管理駅
みどりの窓口
駅レンタカー
* この間に高崎支社新潟支社境界あり(当駅から浦佐寄りは新潟支社管内)
** 全列車が上越新幹線に直通。
*** 正式な起点駅は六日町駅であるが、特急「はくたか」と快速・普通列車が乗り入れ。
西口(2005年10月)
土産店・レストラン・温泉施設などが出店する駅ビル「CoCoLo湯沢」
向かって正面の自動改札機が立つのが新幹線改札口、左の有人窓口が在来線改札口

越後湯沢駅(えちごゆざわえき)は、新潟県南魚沼郡湯沢町大字湯沢主水にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)のである。

乗り入れ路線[編集]

上越新幹線と、在来線の上越線が乗り入れている。

上越新幹線については、当駅からガーラ湯沢駅への支線が分岐している。これは元々保線基地への引き込み線だったものを、ガーラ湯沢スキー場へのアクセス路線として旅客化したものである。そのため、上越新幹線の列車が乗り入れるが、法定上は上越線の支線であり、在来線として扱われる。また、この支線自体もスキーシーズンのみ旅客営業を実施する。

また、上越線六日町駅を起点とする北越急行ほくほく線から、特急はくたか」と快速・普通列車が、上越線経由で当駅まで直通してくる。

駅構造[編集]

新幹線は高架(駅舎3階)に中央に通過線2本を挟んだ島式ホーム2面4線、在来線は地上島式ホーム2面4線と単式ホーム1面1線を持つ。構内を屋根で囲まれている新幹線ホームは16両対応である。以前は13・14番線ホームに16両の車両が入る運用がないので両方向2両分が立入禁止になっていたが、2012年3月17日実施のダイヤ改正により当駅以北で16両編成を使用する列車が増加したため、解除されている。また東京寄りには多客期に使われる階段があり、閑散期は扉が閉められ関係者以外立ち入り禁止となる。

丘陵地の東斜面に駅舎があるため、東口側は橋上駅舎、新幹線ホーム下の西口は2階建ての高架駅という変則構造になっている。駅ビルCoCoLo湯沢」のフロア構成は西口駅舎2階の1フロアのみで、改札外コンコース部の「がんぎどおり」には土産品店、惣菜店、レストラン、観光案内所などが軒を連ねる。コンコース北側に所在する本館フロアは日本酒をメインテーマにした商業施設「ぽんしゅ館」で、新潟県内の酒蔵から取り寄せた各種日本酒や、南魚沼地域を中心とした新潟県内各地の土産物などが陳列されている。また飲食コーナーや日本酒試飲コーナーのほか、入浴施設「酒風呂 湯の沢」があり、越後湯沢温泉の源泉に日本酒を加えた「酒風呂」で知られている(入浴料:中学生以上800円・レンタルタオル込)。

直営駅駅長配置)であり、地区管理駅として上越線の土樽駅 - 六日町駅間の各駅を管理している。駅構内には、みどりの窓口(営業時間 5:45 - 22:30)、指定席券売機、自動券売機びゅうプラザ(旅行センター)、待合室、キオスク(1番ホーム、新幹線コンコース、13・14番ホーム)、NEWDAYS、土産品店、立食いそば店などがある。自動改札機は新幹線改札口と新幹線のりかえ口に設置されているが、Suica等のICカードは利用できない(モバイルSuica特急券のみ利用可。Suica定期券はサービスエリア外)。在来線改札口は有人改札となっている。

なお、改札口など駅構内数ヶ所に自動体外式除細動器(AED)が設置されている。

また、2007年平成19年)には歌手香田晋が、歌曲「越後湯沢駅」を発売し、この歌にちなんで、本人が駅弁の「林道かまめし」の制作を手がけた。

のりば[編集]

在来線
0 ほくほく線(快速・普通) 六日町十日町直江津方面  
1 特急「はくたか 直江津富山金沢福井方面 臨時列車の一部は2番線発着
2・3 上越線 (下り) 六日町・小出長岡方面  
(上り) 越後中里水上高崎方面  
4 上越線 使用停止中 上り本線は通過列車のみ使用
新幹線
11 上越新幹線 (下り) 長岡・新潟ガーラ湯沢方面  
(上り) 高崎・大宮東京方面 当駅始発
12 上越新幹線 (下り) 長岡・新潟・ガーラ湯沢方面  
(上り) 高崎・大宮・東京方面 朝のMaxたにがわ400号のみ
13 上越新幹線 (上り) 高崎・大宮・東京方面  
14 上越新幹線 (上り) 高崎・大宮・東京方面 当駅始発
(下り) 長岡・新潟・ガーラ湯沢方面 朝のMaxとき481号のみ

駅弁[編集]

かつては石打駅でも駅弁を販売していた川岳軒(在来線コンコース売店、1番ホーム売店)と長岡駅の業者である池田屋(新幹線コンコース内キオスク)の駅弁が購入できる。主な駅弁は下記の通り[1]

  • 雪国の五目弁当
  • くるみ山菜ずし(川岳軒)
  • 雪国弁当(川岳軒)
  • ほくほく弁当(川岳軒)
  • 越後もち豚すきすき弁当
  • かにずし(川岳軒)
  • 駒子弁当(川岳軒)
  • いくらたらこめし(川岳軒)
  • 牛~っとこしひかり(川岳軒)
  • 林道釜めし(パッケージの文字は香田晋の自筆によるものである。)
  • まんぷく釜めし(池田屋・越後湯沢駅限定販売商品)

2009年に廃業するまでは、池田屋と同じく長岡駅の業者だった長岡浩養軒の駅弁も購入できた。

利用状況[編集]

2012年度の1日平均乗車人員は2,689人である[1]

この乗車人員には上越新幹線と「はくたか」など在来線を乗り継ぐ乗客の数は改札を通らないため基本的に含まれない。そのため、実際の当駅の鉄道利用者数よりも少ない数になっている。

当駅は2014年度(予定)に北陸新幹線の長野 - 金沢駅間が開業すると、関東と北陸地方との連絡駅としての役割を事実上終えるため、これらの数値に表れない駅利用者数は大幅に減少すると予測されている。

乗車人員推移
年度 一日平均乗車人員
2000 3,170
2001 3,068
2002 3,032
2003 3,042
2004 2,818
2005 2,760
2006 2,660
2007 2,861
2008 2,811
2009 2,936
2010 2,745
2011 2,729
2012 2,689

駅周辺[編集]

周辺は越後湯沢温泉を抱える温泉街の中心地で、旅館・ホテル・マンションが立地する。東口側にはバブル経済期に建設された高層マンションが目立つ。駅前から温泉街が広がっているのは、新幹線停車駅では当駅のほかには熱海駅くらいであり、珍しいケースである。

近くには湯沢高原スキー場ガーラ湯沢スキー場神立高原スキー場などのスキー場もある。さらに上越線に乗車すれば、岩原スキー場(いわっぱら)、湯沢中里スキー場石打丸山スキー場上越国際スキー場ルーデンス湯沢スキー場なども利用できる。

また、町内有数のリゾート苗場スキー場へは、当駅より国道17号経由の路線バスが運行されているほか、ガーラ湯沢駅とを結ぶ無料シャトルバスや石打丸山スキー場中央口行のシャトルバス、石打丸山スキー場ハツカ石口行のゆきだるま送迎バスも運行されている。

東京都湯沢町
首都圏からの交通アクセスが良いことから、リゾートマンションの部屋を保有する東京都などの首都圏在住者が週末を中心に多く滞在するために、「東京都湯沢町」ともいわれる[2][3]。冬以外は温泉を初めとして、釣り、ゴルフ利用者が見られ、近年は冬季にはスノーボード愛好家が目立つようになった(湯沢町#概要も参照)。

東口[編集]

西口[編集]

路線バス[編集]

湯沢町内の路線バス越後交通グループの地域会社のうち、南魚沼市を中心に路線網を有する南越後観光バスが各路線の運行を行っている。

越後湯沢駅のバスターミナルは東口側に設けられている。

湯沢駅前

歴史[編集]


隣の駅[編集]

※新幹線・特急列車の隣の停車駅は各列車記事を参照。

東日本旅客鉄道
上越新幹線
上毛高原駅 - 越後湯沢駅 - 浦佐駅
上越新幹線支線(冬季期間中のみ運転)
(上毛高原駅 -) 越後湯沢駅 - ガーラ湯沢駅
上越線
岩原スキー場前駅 - 越後湯沢駅 - 石打駅
北越急行
ほくほく線
快速
越後湯沢駅 - 六日町駅
普通
越後湯沢駅 - (一部列車塩沢駅・冬季期間中の一部列車は上越国際スキー場前駅) - 六日町駅
特急「はくたか
越後湯沢駅 - (一部列車六日町駅 - 十日町駅) - 直江津駅

脚注[編集]

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  1. ^ JR時刻表2010年8月号(交通新聞社刊)301ページ
  2. ^ 湯沢町史のご案内 - 湯沢町
  3. ^ 地方紙の新潟日報では、当時リゾート地開発が急速に進捗していた湯沢町をテーマにした「東京都湯沢町」を1988年12月から1989年6月にかけて、バブル経済崩壊後の湯沢町をテーマにした「東京都湯沢町は今」を1994年に、それぞれ朝刊の連載企画として掲載している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]