新潟競馬場
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新潟競馬場外観 |
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| 施設情報 | |
|---|---|
| 所在地 | 新潟県新潟市北区笹山3490番地 |
| 座標 | 北緯37度57分1.3秒 東経139度11分17.3秒座標: 北緯37度57分1.3秒 東経139度11分17.3秒 |
| 開場 | 1965年7月10日 |
| 所有者 | 日本中央競馬会 |
| 管理・運用者 | 日本中央競馬会 |
| 収容能力 | NiLS 21スタンド、アイビススタンド |
| コース | |
| 周回 | 左回り(かつては右回り) |
| 馬場 | 芝・ダート・障害 |
新潟競馬場(にいがたけいばじょう)は新潟県新潟市北区笹山にある競馬場である。日本中央競馬会(JRA)が運営している。
目次 |
[編集] 概要
2001年、日本の競馬場としては初となる直線1000mの芝コースを新設し、周回コースも右回りから左回りに変更して、同年7月14日、全面リニューアルオープンした。
最後の直線距離は芝・外回りで659mとなり(次に長いのが東京競馬場の500m強、その次が阪神競馬場の470m強)、中央競馬を開催する競馬場としては最も長い。
通常は3回24日開催であるが、2009年は函館競馬場の改築による札幌競馬場の開催分が一部振り替えられ4回30日間開催(通常は札幌で行われるエルムステークスも施行)され、2011年は東日本大震災で福島競馬場の被災による影響のものを含めて5回44日間開催(通常は福島で行われる福島牝馬ステークス・福島記念も施行)。追加分のうち6月4-12日に行われる第2回開催後半4日は芝コースが夏季開催へ向けた馬場保護・育成の観点から使用されないため、全競走をダートコースのみで行う[1]。
薄暮競走は現在行われていない(通常とほぼ同じ編成だが、メイン競走の発走は15時台後半となる)。
[編集] コース概要
[編集] 距離設定
芝コース1000mで行われる重賞アイビスサマーダッシュ(第8回、2008年7月20日)
- 芝コース
- 1,000m
- 1,200m
- 1,400m(内・外)
- 1,600m
- 1,800m
- 2,000m(3歳未勝利戦のみ内回りコース、その他の条件の競走では外回りコースで行われる。ただし、まれに500万条件戦も内回りで行われることもある。)
- 2,200m
- 2,400m
- 3,000m(2011年現在未施行[2])
- 3,200m(2011年現在未施行)
- ダートコース
- 1,000m(2011年現在未施行)
- 1,200m
- 1,700m(2001年と2011年に使用)
- 1,800m
- 2,500m(2011年第5回開催で新設)
- 障害コース
- 2,850m
- 2,890m(Bコース使用、2011年現在未施行)
- 3,250m
- 3,290m(Bコース使用、2011年現在未施行)
[編集] フルゲート(出走可能頭数)
- 芝コース
- Aコース - 18頭(外1,400mのみ16頭)
- Bコース(Aコースから4m外側に仮柵を設置) - 16頭(外1,400mのみ14頭)
- 障害コースはA・Bともに14頭
- ダートコース
- 1,000m - 12頭
- 1,700m - 13頭
- 1,200m、1,800m、2,500m - 15頭
[編集] 歴史
- 1901年9月7日 - 同月9日まで新潟市内の関屋地区(現在の信濃町・浜浦町・文京町付近)に(直線のみの)競馬場が開かれる。
- 1937年 - 日本競馬会(中央競馬の前身)の競馬場となる。同年9月4日から9日まで日本競馬会による第1回の新潟競馬が開催される。
- 1943年 - 戦争の激化に伴い開催を廃止。
- 1949年7月 - 新潟県(後に新潟県競馬組合)が、当時の所有者である国から競馬場の施設を借り新潟県競馬(以下、県競馬)の開催が始まる。当時の馬場は四角形であった(国土地理院ホームページ「国土変遷アーカイブ」のUSA-R286-No1-77)。
- 1964年 - 信濃川の関屋分水路を開削するにあたる代替地捻出のため関屋競馬場を廃止(12月)。跡地はその後、工事に伴う代替住宅地として再開発された。現在の新潟競馬場で行われる中央競馬の重賞競走「関屋記念」はこの旧・新潟競馬場にちなむものである。また、JR越後線・関屋駅周辺には「競馬町踏切」「競馬町マーケット」など往時を匂わせる名称が僅かながら残っており(競馬町マーケットは2007年6月をもって閉鎖、建物自体は2008年2月に撤去された)、跡地に作られた関分公園内に塚田十一郎(関屋競馬場廃止当時の新潟県知事)揮毫による「新潟競馬場跡の碑」が建てられている[3]。
- 1965年5月14日 - 郊外の北蒲原郡豊栄町笹山(現在地、現住所:新潟市北区笹山)に移転した。競馬場及び厩舎等の敷地全体は新潟市にもまたがっていたため移転に伴い新たに豊栄町(のちの豊栄市)が競馬場所在市区町村として開催権を得たが、新潟市の競馬場所在区市町村としての開催権も存続した。同時に中央競馬主催による開催が復活。県競馬の開催もスケジュールを調整し、引き続き行われることとなった。
- 1999年秋 - 馬場、スタンドの改修工事に着手(2001年完成)。
- 2002年
- 2004年の新潟県中越地震、2007年の新潟県中越沖地震と2度の大地震に見舞われた際には競馬場の設備等に被害はなかったが、その後は震災復興記念競走として共に開催した。
- 2007年8月18日、19日 - 馬インフルエンザの影響により2日間開催を中止[5]。
- 2009年9月13日 - 本来第4競走に予定されていた3歳未勝利戦(芝2400m)が、出走申し込み馬が3頭しかなく規定の5頭に満たなかったため競走取り止めとなった。当日のメイン競走(魚沼特別)も第10競走に変更された[6]。
- 2011年の東日本大震災に対する影響
- 施設等に被害はなかった。しかしながら、3月12日以降開催予定だった第2回・第3回中山競馬および第1回・第2回福島競馬が中止になったことから、当初4月30日から5月22日までを第1回新潟競馬として開催するところ、4月23日・24日も第1回新潟競馬として開催した(4月23日には福島牝馬ステークスを施行した)[7]。また夏の2開催を当初予定された回数からそれぞれ一つずつ繰り下げて、5月28日から6月12日を第2回新潟競馬として開催した[8]。この第2回は芝の養生を行う必要があるため、全72競走中芝コースでの競走は9競走だけ、6月の開催はすべてダートコースで行われた[9]。中央競馬にて全競走をダートコースで行うのは改修で野芝から洋芝に張り替えられ芝の養生を行う必要があった1994年の函館競馬場以来となる[10]。これにより夏開催はそれぞれ第3回と第4回に変更された。
- 毎年秋に開催される第3回福島についても中止になったため、10月15日から11月20日までの12日間を第5回新潟競馬として開催(11月20日には福島記念を施行)。
- 2012年の福島競馬場及び中京競馬場再開に対する影響
- 春の第1回新潟競馬は例年より2日短い6日間、夏の第2回・第3回新潟競馬は例年通り16日間となる。加えて10月に秋の第4回新潟競馬が6日間、4回計28日間(例年比+4日)行われる。この第4回は開催期間中に重賞が行われない予定である[11]。
[編集] 主な競走
(太字は芝直線1000mで行われる競走)
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- 特別競走
[編集] 備考
- 直線1000メートルのレースによる特別競走には全て「速さ」をイメージさせる名称をつけている(駿風ステークス、鏑矢特別、はやぶさ賞、飛竜特別、邁進特別、飛翔特別、アイビスサマーダッシュ、閃光特別、稲妻特別、雷光特別、稲光特別、飛天特別、飛揚特別、飛翼特別)。
- 中央競馬では福島競馬場とともにスポーツ紙の寄贈賞が無い。また中央競馬では唯一、日本経済新聞社及びその関連会社(テレビ東京、テレビ北海道、ラジオNIKKEI)の寄贈賞が無い。
- 民放では中継を行っていないテレビ新潟放送網と新潟テレビ21は賞を出していない。この点は小倉競馬場と同じ。
[編集] アクセス
- 電車・バス
- 万代シテイバスセンター3番線より「新崎経由新潟競馬場」行、万代シテイバスセンター前(秋田銀行前)より「下山・松浜経由新潟競馬場」行で「新潟競馬場前」下車すぐ
- 開催時・場外発売日は新潟駅南口(バイパス経由片道540円、開催時は往復1000円、所要時間約30分)、新発田駅(所要時間約30分)、豊栄駅南口(所要時間約15分)から臨時バスが運行されている。
- 車
- 国道7号(新新バイパス)・競馬場ICから約1分
- 日本海東北自動車道・新潟空港ICからは新潟県道16号新潟亀田内野線・新新バイパス・一日市IC経由で約10分
- 電車・バスでのアクセスがあまりよくないことから、競馬場周辺には大型駐車場が多数整備されている。JRAの競馬場の一般客向けの駐車場としては、唯一無料で駐車可能である。
- 周辺道路では渋滞が発生しやすい。特に開催日やGI競走の場外発売日には大規模な渋滞となることが多く、とりわけ新潟市中心部と競馬場を結ぶ新新バイパス・海老ヶ瀬IC - 阿賀野川大橋 - 競馬場IC間、国道113号(空港通り)の松浜橋周辺、同国道(山の下東港線)のござれや阿賀橋周辺、新潟県道3号新潟新発田村上線の泰平橋周辺など阿賀野川に架かる橋梁周辺部での渋滞が著しい。こうしたことからJRAと新潟市では周辺道路の交通量を分散させるため大規模渋滞が予想される場合には日本海東北自動車道・豊栄新潟東港ICから国道113号や市道を経由して、競馬場東側からアクセスするよう案内している。
[編集] 周辺
近くに南関東4競馬場(大井競馬場・川崎競馬場・船橋競馬場・浦和競馬場)の場外馬券売場である「オフト新潟」がある。
[編集] その他
- 新潟競馬場では2000年の走路改修工事の際、障害専用の襷コースを廃止したため障害レースは芝コースの8箇所に置き障害が置かれた状態で行われる。襷コースは埒はなく全て大きな植え込みで区切られており生垣障害、水壕障害、土塁生垣障害が設置されていた。
- 当競馬場でデビューした馬で東京優駿を制したのは1983年7月23日に初出走し、翌1984年に史上初の無敗三冠馬となったシンボリルドルフと、2010年8月14日に初出走し、史上7頭目の三冠馬となったオルフェーヴルの2頭である。
- 幻の三冠馬といわれたフジキセキも新潟デビュー(1994年8月20日)だった。
- 豊栄市が2005年3月21日に新潟市へ編入合併する前、新潟競馬場の敷地は豊栄市と新潟市との市境に跨っていた。ただ事務室などが豊栄市に設けられていたため、登記上の所在地は「豊栄市」とされていた(複数の市町村に跨っている場合は事務室の位置で所在市町村を決定する)。
- かつて行われていた地方競馬では、ダート1200mの競走において2コーナーを抜けたところから手前内側に分岐する引込み線を使った中央競馬の同距離とは異なるスタート地点を使用していた(右回り時代も同様)。これは本来のダート1200mのスタート地点が芝コース上にあり、地方競馬では芝コースの使用が出来なかったためである。地方競馬開催の無くなった現在でもこの引込み線は残され地方競馬が存在した実質唯一の名残となっているが、最大出走可能頭数やスタート直後のカーブというコース形状の問題などもあり中央競馬の競走では引き続き使用していない。なおテレビ中継で映される際には障害競走で使用されているものと同じ置き障害が引込み線上に置かれていることなどから、現在は障害練習などで使用されている。
- 害虫駆除、土壌改良、新芽の育成などを目的に枯れた野芝をバーナーなどで焼く「芝焼き」が毎年3月上旬に実施される。冬季でも枯れない洋芝やオーバーシードが使用される競馬場では行わない事などから現状では日本の競馬場でも新潟のみで行われており、芝コースが一面真っ黒になる光景は当地に春を告げる風物詩となっている。なおコースの規模もあり、芝コース全面を焼くには2日を要する。芝の新芽は3月下旬には発芽し、そこから春の開催に向けて養生してゆく。
[編集] レコードタイム
- †は基準タイム。
- 2011年11月20日終了現在
[編集] 芝コース(2歳)
| 距離 | タイム | 競走馬 | 性別 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1000m | 0:55.4 | コスモサウザンズ | 牡 | 54kg | 江田照男 | 2003年8月3日 |
| 1200m | 1:08.7 | タガノラフレシア | 牝 | 54kg | 和田竜二 | 2002年7月20日 |
| 1400m | 1:20.9 | ツルマルジャパン | 牡 | 54kg | 武豊 | 2008年7月26日 |
| 1600m | 1:33.8 | ワナ | 牝 | 54kg | 田中勝春 | 2002年9月1日 |
| 1800m | 1:46.6 | ヒットメーカー | 牡 | 51kg | 国分恭介 | 2009年9月19日 |
| 2000m | 2:05.3† | スノードン | 牡 | 55kg | 古川吉洋 | 2011年10月16日 |
[編集] 芝コース(3歳以上)
| 距離 | タイム | 競走馬 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1000m | 0:53.7 | カルストンライトオ | 牡4 | 56kg | 大西直宏 | 2002年8月18日 |
| 1200m | 1:07.5 | ガンアンドローズ | 牝4 | 54kg | 田中勝春 | 2002年8月3日 |
| 1400m | 1:19.0 | マグナーテン | 騸6 | 57kg | 岡部幸雄 | 2002年7月14日 |
| 外1600m | 1:31.8† | マグナーテン | 騸5 | 56kg | 岡部幸雄 | 2001年8月5日 |
| 外1800m | 1:44.6† | サイレントセイバー | 牡6 | 56kg | 田中勝春 | 2001年7月29日 |
| 2000m | 2:00.2 | ファンキーテーラー | 牡3 | 56kg | 蛯名正義 | 2008年8月2日 |
| 外2000m | 1:56.4† | ツジノワンダー | 牡5 | 57kg | 柴田善臣 | 2001年7月14日 |
| 2200m | 2:11.6 | スマートシルエット | 牝3 | 52kg | 松岡正海 | 2010年8月8日 |
| 2400m | 2:25.0 | ピエナグッドラック | 牡4 | 57kg | 太宰啓介 | 2008年5月3日 |
[編集] ダートコース(2歳)
| 距離 | タイム | 競走馬 | 性別 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1200m | 1:11.1 | ナムラビーム | 牝 | 52kg | 国分優作 | 2011年11月13日 |
| 1800m | 1:55.0 | ミルクディッパー | 牡 | 54kg | 川須栄彦 | 2011年10月23日 |
[編集] ダートコース(3歳以上)
| 距離 | タイム | 競走馬 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1200m | 1:09.2 | コウエイフラッシュ | 騙5 | 55kg | 太宰啓介 | 2011年11月12日 |
| 1700m | 1:46.6 | マカリオス | 牡4 | 57kg | 松田大作 | 2011年6月11日 |
| 1800m | 1:49.5 | トランセンド | 牡3 | 54kg | 内田博幸 | 2009年7月26日 |
| 2500m | 2:39.4† | ファイヤー | 牡3 | 55kg | 太宰啓介 | 2011年11月20日 |
[編集] 障害
| 距離 | タイム | 競走馬 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 芝2850m | 3:01.4 | ダイワウインダム | 牡5 | 60kg | 田中剛 | 2002年7月27日 |
| 芝2890m | 3:06.0 | ジャストバンディト | 牡6 | 59kg | 横山義行 | 2002年8月31日 |
| 芝3250m | 3:28.7 | ヒカルボシ | 騸5 | 60kg | 田中剛 | 2001年8月18日 |
[編集] 脚注
- ^ 過去、予め組まれた日程では札幌競馬場がダートコースしかなかった時代は全部ダートのみだった。また、1994年の函館競馬場も馬場改修に伴う芝馬場保護のため、9月の1開催だけを全レースダートコースで行った事例がある。
- ^ 芝3,000mと芝3,200mは関東以北の競馬場には設けられていない距離であり2002年のスプリンターズステークスのように東京競馬場、中山競馬場の工事などによる代替開催か、地震のような甚大な災害が関東地方で起き上記2場での開催が困難な場合等の予備として設定されたコースと考えられる。
- ^ 新潟競馬場跡の碑 新潟市公式サイト『ニイガタカラ.net』
- ^ 本来の最終日は1月3日だったが大雪のため、4日に順延となった。しかし4日も降雪のため、第2レースを行ったところで打ち切りとなった。第3レース以降は5日に開催する予定だったが、馬場の回復が見込めないとしてそのまま中止、廃止撤退となった。
- ^ JRA、馬インフルエンザで週末の全レースを中止 Nikke BP-Net 2007年8月17日閲覧
- ^ 通常は競走の取り止めがあった場合16頭以上出走している競走を分割して12競走を維持するが、当日は16頭以上出走申し込みをしている競走が皆無であった。そのために通常1日に12競走行われるところ、11競走しか行われない異例の状況となった。競走取り止めは2007年第1回札幌競馬3日目(2歳500万下)以来で競走取り止めによる競走数減少は1986年8月31日の第3回新潟競馬8日目以来23年ぶりである。
- ^ 4月23日(土)・24日(日)に新潟競馬を開催 JRAホームページ 2011年4月5日
- ^ 5月28日(土)~6月12日(日)に新潟競馬を開催 JRAホームページ 2011年4月26日
- ^ “平成23年 第2回新潟競馬番組表 (PDF)”. 日本中央競馬会 (2011年4月27日). 2011年4月28日閲覧。
- ^ “6月の新潟開催、17年ぶり終日ダートも”. スポーツニッポン新聞社 (2011年4月28日). 2011年4月28日閲覧。
- ^ “平成24年開催日割 (PDF)”. 日本中央競馬会 (2011年10月17日). 2011年12月19日閲覧。
[編集] 外部リンク
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