シーサイドライナー (列車)
| シーサイドライナー | |
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専用塗色のキハ200系で運行される
シーサイドライナー |
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| 運行鉄道事業者 | 九州旅客鉄道(JR九州) |
| 列車種別 | 快速列車 |
| 運転区間 | 佐世保駅・竹松駅 - 長崎駅 |
| 経由線区 | 佐世保線・大村線・長崎本線(市布経由) |
| 使用車両 (所属区所) |
キハ66系気動車・キハ200系気動車(長崎運輸センター) |
| 運転開始日 | 1986年11月1日 |
| 備考 | 愛称付与は1989年3月11日 |
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この表について
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シーサイドライナーは、九州旅客鉄道(JR九州)が佐世保駅・竹松駅 - 長崎駅間を佐世保線・大村線・長崎本線経由で運行する快速列車である。英語名の SEA SIDE LINER から SSL の通称がある。
本項では、1999年 - 2003年に佐世保駅 - 長崎駅間を運行していた特急「シーボルト」、および大村線で運転されていた優等列車の沿革についても記述する。
目次 |
[編集] 概要
佐世保駅 - 長崎駅間を運行する快速列車は、1986年11月1日のダイヤ改正で愛称なしの快速列車が1往復設定されたのを発祥とする。国鉄民営化以後のダイヤ改正でこの快速列車はたびたび増発され、1989年3月11日のダイヤ改正で下り(佐世保駅発)10本・上り(長崎駅発)9本に増発された際に「シーサイドライナー」の愛称が与えられた。
長崎県の県庁所在地である長崎市と県北の中心で県内第二の都市である佐世保市を結ぶ都市圏内速達輸送および、佐世保・ハウステンボス・長崎を結ぶ観光客輸送を担っている。
[編集] 快速「シーサイドライナー」
[編集] 運行概況
佐世保駅 - 長崎駅間に下り13本・上り15本、竹松駅 - 長崎駅間に1往復が運行されており、竹松駅発着列車は上下とも佐世保駅発着列車の始発より前の運行である。かつては松浦鉄道西九州線のたびら平戸口駅や佐々駅まで乗り入れる列車もあったが、現在は松浦鉄道への乗り入れは行っていない。喜々津駅 - 浦上駅間は新線経由である(駅や車内では市布経由と案内される)。
列車番号は佐世保駅発は3221Dから、長崎駅発は3222Dから、それぞれ2ずつを加えていく。竹松駅発着列車に関しては3271D、3270Dとしている。「シーサイドライナー」の愛称が与えられた当初は号数の表記もあったが、2005年2月28日をもって廃止された。また、川棚駅と喜々津駅の発車後に車内検札が行われる。(ワンマン運転除く)
[編集] 停車駅
佐世保駅 - 日宇駅 - 大塔駅 - 早岐駅 - ハウステンボス駅 - 川棚駅 - 彼杵駅 - 竹松駅 - 大村駅 - 諫早駅 - (西諫早駅) - 喜々津駅 - (市布駅) - (肥前古賀駅) - (現川駅) - 浦上駅 - 長崎駅
- ( )は一部列車が停車。
- 西諫早駅は下り(長崎行き)は2本のみ(佐世保7:53発は現川駅にも停車)、上り(佐世保・竹松行き)は朝に3本(長崎7:43発の佐世保行きは現川駅にも停車)と夕方以降(現川にも停車)に停車する。
- 市布駅、肥前古賀駅は長崎駅 - 諫早駅間が各駅停車となる夜間の下り1本(佐世保16:33発)と上り2本(長崎20:00、21:12発)のみ停車。
- 現川駅は下り3本、上りは朝に1本と夕方以降(長崎17:15発のみ西諫早駅を通過)に停車。
当初、日宇駅・大塔駅は通過していたが、利便性向上や列車待避のため、1999年頃から一部の列車が停車し始め、2011年現在、佐世保駅 - ハウステンボス駅間は種別上快速ではあるが各駅に停車している。一部の列車は長崎行きは諫早駅で、佐世保行きは喜々津駅・諫早駅で特急「かもめ」を待避する。
[編集] 使用車両
長崎運輸センター所属のキハ200系気動車またはキハ66・67系気動車を用い、通常は2両編成でワンマン運転を行う。ただし、時間帯や時期によっては、2編成併結による4両編成もしくは1両増結による3両編成(キハ200系のみ)で運転する場合があり、その場合は車掌が乗務する。
2011年3月現在、座席指定席は設定されていない(キハ58系で運転されていた時期に多客期に連結されたことはある)。車両は普通列車と共通運用であるが、キハ200系1編成・キハ66・67系の3編成を除きすべて青色のシーサイドライナー専用塗色(乗客扉は赤色)が施されており、「SEA SIDE LINER」のロゴが記されている。
なお、何らかの事情でキハ66系の車両が不足した場合は筑豊篠栗鉄道事業部所属のキハ58系(キハ58 716+キハ28 2444)の2両が竹松発着の1往復に限り代走に使用されていたが、同車が廃車されたため使用は終了した。また、キハ200系が不足した場合でも、大分鉄道事業部所属の赤いキハ200系(キハ200 11+キハ200 5011 元シーサイドライナー編成)を代走に使用する場合がある。
- 過去の使用車両
[編集] 利用状況と競合交通機関
長崎市 - 佐世保市間には高速バスが1時間に1 - 2本運行されており、こちらは路線の関係で途中隣の佐賀県内を回るにもかかわらず当列車とほぼ同じ時間で両都市を結んでおり(2006年10月現在、バスは最速1時間25分、列車は最速1時間33分)、JR九州も途中停車駅での停車時間見直し等による所要時間短縮や、普通列車用の2枚きっぷ・4枚きっぷの発売などの対抗策を種々打ち出しているところである。
しかし、高速バスは佐世保市南部(早岐地区)や東彼杵郡川棚町・同郡東彼杵町には停車しない(佐世保発着の長崎空港リムジンバスは彼杵本町や川棚バスセンターにも停車)ため、これらの地域における都市間輸送ではシーサイドライナーが果たす役割は大きいものがある。これは博多への特急「みどり」にも言えることである。
2002年以来、朝夕の通勤通学時間帯以外の列車では2両編成でワンマン運転を行っていることもあり、大村駅 - 長崎駅間ではほぼ恒常的に立客が出る状態となっている。
2009年以来、大村駅・諫早駅 - 長崎駅間では長崎県交通局(諫早発着の一部は長崎県央バス)の高速シャトルバスと競合する。運賃はJR九州の方が安く、所要時間も短いが着席が保障されない点でやや劣る。
[編集] 特急「シーボルト」
「シーボルト」は1999年3月13日のダイヤ改正時に、「シーサイドライナー」のうち2往復を格上げの形で設定された特急列車である。大村線全線を走る列車としては初の特急でもあった。
しかし、「シーサイドライナー」が10往復以上運行されたのに対し「シーボルト」はわずか2往復と本数が少なく、加えて短距離の運行で「シーサイドライナー」に対する速達効果も弱かったことから利用は伸び悩んだ。地元の利用者からも「特急料金の不要な快速に戻してほしい」との声が多く聞かれたことから、2003年3月14日をもって「シーボルト」は廃止され、既存の「シーサイドライナー」が時刻変更等を行った上で代替する形となった。
臨時列車が運転されたときは長与駅経由で運行されたこともある。元旦には、ハウステンボス発長崎行きの「カウントダウンシーボルト」も運転されていた。
[編集] 停車駅
佐世保駅 - 早岐駅 - ハウステンボス駅 - 川棚駅 - 大村駅 - 諫早駅 - 浦上駅 - 長崎駅
- 川棚駅は2001年3月から停車駅に追加
[編集] 編成・使用車両
| シーボルト | ||||||||||||||||||
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← 長崎
佐世保 →
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「オランダ村特急」「ゆふいんの森」に用いられていたキハ183系1000番台4両編成を改造の上充当した。「オランダ村特急」は佐世保駅発着であったため、キハ183系1000番台にとっては長崎地区に戻ってきた格好で、外装は「オランダ村特急」時代とほぼ同様のトリコロール塗装となった。
普通車のみの編成で、指定席が1両、自由席が3両であった。指定席は当初長崎寄りの先頭車(1号車)であったが、後に佐世保寄りの先頭車(4号車)に変更されている。車端部には展望席が設けられているが、「シーボルト」ではこの席は自由席扱いとされていた。
なお、キハ183系1000番台は1編成しかないため、検査時には「ゆふ」などに用いられる185系気動車の3両編成が代走していた。
[編集] 特急料金
「シーボルト」運転開始時に佐世保駅 - 長崎駅間には特定特急料金が導入された。これは、設定当初から佐世保市と長崎市間の都市間輸送だけでは弱いとされたのが主な理由で、自由席特急料金は26km以上の場合、全区間500円に設定された。佐世保駅 - 長崎駅間の自由席特急料金は通常の料金では920円なのでかなり割安となった。
その後、JR九州はホームライナーの格上げや観光目的による短距離の特急列車を数多く設定しており、「シーボルト」のように特定特急料金が設定されることも多い。
[編集] 大村線優等列車沿革
- 1960年(昭和35年)5月1日 - 博多駅 - 長崎駅間を大村線経由で運行する準急列車「出島」(でじま)運行開始。
- 当時運行されていた「ながさき」の補助列車として運行を開始。
- 1962年(昭和37年)8月1日 - 博多駅 - 佐世保駅間を筑肥線・松浦線経由で運行する準急列車として、「九十九島」(くじゅうくしま)運行開始。
- 1963年(昭和38年)6月1日 - 「九十九島」の運行区間を延長し博多駅 - 長崎駅間を筑肥線・松浦線・大村線経由で運行する準急列車となる。ただし、延長する早岐駅 - 長崎駅間を重複する「出島」は廃止。
- 1966年(昭和41年)3月5日 - 準急行制度改変に伴い、「九十九島」を急行列車に格上げ。
- 1968年(昭和43年)10月1日 - ヨンサントオのダイヤ改正に伴い、「九十九島」の名称を従来関西対佐世保間夜行急行列車の名称であった「平戸」(ひらど)に変更する。
- 1983年(昭和58年)3月22日 - 福岡市地下鉄1号線開業に伴う筑肥線部分廃止に伴い、「平戸」運行区間を唐津駅 - 長崎駅間に短縮。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - このときのダイヤ改正に伴い、大村線経由の佐世保駅 - 長崎駅間を運行する快速列車が1往復設定される。
- なお、この快速列車は下り列車は平戸口駅(現在のたびら平戸口駅)始発となっていた。
- 1988年(昭和63年)
- 3月13日 - このときのダイヤ改正に伴い、佐世保駅 - 長崎駅間快速列車5往復まで増発。
- 3月31日 - 翌4月1日付けで松浦線が松浦鉄道に経営が移管されることにより、急行列車「平戸」廃止。この代替として、翌日より佐世保駅 - 長崎駅間に快速列車1往復増発(土休日等に松浦鉄道平戸口駅まで直通運転)。
- 1989年(平成元年)3月11日 - 佐世保駅 - 長崎駅間快速列車に「シーサイドライナー」の名称が与えられ、号数表記を採用。設定時は佐世保駅発(下り)10本・長崎駅発(上り)9本。キハ58系(一部キハ65形を含む)で運転。専用塗色への変更が行われる前にはヘッドマークを掲示して運行していた時期があった。
- 1992年(平成4年)7月15日 - 「シーサイドライナー」の本数を下り13本・上り15本に増便。
- 1994年(平成6年)3月1日 - キハ200系を「シーサイドライナー」の一部列車に投入。
- 1999年(平成11年)3月13日 - 「シーサイドライナー」のうち2往復を格上げの形で特急「シーボルト」運行開始。
- 2000年(平成12年)3月11日 - 佐世保駅改築工事に伴い、松浦鉄道乗り入れ休止。
- 2002年(平成14年)3月23日 - 佐世保駅改築工事竣工に伴い、松浦鉄道乗り入れ再開。
- 2003年(平成15年)3月15日 - 「シーボルト」廃止。「シーボルト」のスジには、時間修正の上で再び「シーサイドライナー」が運行される。
- 2005年(平成17年)3月1日 - 「シーサイドライナー」の号数表記を取りやめる。
- 2006年(平成18年)3月18日 - 「シーサイドライナー」松浦鉄道乗り入れ休止。また、竹松駅 - 長崎駅間運行の列車名なしの快速1往復を「シーサイドライナー」に編入し、現行の運行本数となる。
[編集] 列車名の由来
(五十音順による)
- 「九十九島」(くじゅうくしま)…西海国立公園に指定されている九十九島から。
- 「シーサイドライナー」…主な経由路線の大村線が海岸線近くに敷設しているためのフィーリングからとされる。
- 「シーボルト」…江戸時代に来日したドイツの医師・博物学者、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト (Philipp Franz von Siebold) から。実在する人名からで、旧国鉄・JRとしては異例とされた。
- 「出島」(でじま)…江戸時代のオランダ商館所在地であった長崎市にある地名である出島から。
- 「平戸」(ひらど)…経由路線であった松浦線沿線の平戸市および同市域の大半を占める平戸島から。
[編集] 関連項目
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