みどり (列車)

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みどり
783系「みどり」(佐世保駅)
783系「みどり」(佐世保駅)
運行事業者 九州旅客鉄道(JR九州)
列車種別 特急列車
運行区間 博多駅 - 佐世保駅
経由線区 鹿児島本線長崎本線佐世保線
使用車両
(所属区所)
783系電車南福岡車両区
787系電車(南福岡車両区)
運行開始日 1976年7月1日
備考 2014年3月15日現在
5号車 貫通型前面(クロハ782形100番台)

みどりは、九州旅客鉄道(JR九州)が博多駅 - 佐世保駅間を、鹿児島本線長崎本線佐世保線経由で運行している特急列車である。

本項では「みどり」の派生系統で、ピーク期に博多駅 - 早岐駅・佐世保駅間で運行される臨時特急「有田陶器市みどり」(ありたとうきいちみどり)・「九十九島みどり」(くじゅうくしまみどり)(早岐駅発着は「有田陶器市みどり」のみ設定)、および佐世保線で運転されていた優等列車の沿革についても記述する。

概要[編集]

特急「みどり」は、1976年7月1日に長崎本線と佐世保線が電化開業した際、それまで小倉駅・博多駅 - 佐世保駅間を運行していた急行列車「弓張」の一部を気動車から電車特急化する形で運行を開始した。

その際、鹿児島本線内の線路容量の関係から長崎駅発着の特急「かもめ」と小倉駅・博多駅 - 肥前山口駅間で併結運転とされたが、この併結および佐世保線内の輸送需要の関係上、当時の特急列車としては異例の短編成となる4両編成とされ、以降現在まで基本的に4両編成で運行されている(早朝・夜間に8両編成を充当する列車あり)。国鉄分割民営化以降は特急の短編成化が各地で進み、2両・3両編成で運転される特急列車も各地で見られるようになったが、「みどり」が3両以下で運行された事例は国鉄民営化の前後に臨時列車の一部が3両で運行された事例と、2009年8月24日、2011年6月25日・26日に運行された団体専用列車の例(いずれも3両で運転)のみで、定期列車では一度もない。

1980年10月1日1982年11月15日の国鉄ダイヤ改正の2段階に分けて「弓張」は全て「みどり」に格上げされ、博多駅 - 佐世保駅間を運行する昼行優等列車は「みどり」に統一された。

当初は「弓張」と同様に一部列車が小倉駅まで乗り入れていたが、1980年10月1日以降は全て博多駅発着に統一されている。

1986年11月1日の国鉄ダイヤ改正でいったん「かもめ」と「みどり」の併結がなくなり、博多駅と長崎県方面を結ぶ特急列車は「かもめ」と「みどり」が毎時1本ずつ運転されるのが基本となった。その後は「かもめ」が増発された場合に、増発分の「かもめ」に783系を充当し「みどり」との併結運転を行っていたが、2011年3月12日の九州新幹線全線開通に伴い、鹿児島本線の容量に余裕が生じたこともあって、783系を使用した「かもめ」に787系を充当し、「かもめ」と「みどり」の併結運転を再び解消、長崎本線方面の特急列車を毎時2-3本運転する体勢となった。

「みどり」の列車名の由来[編集]

「爽やかな感じのする色」の「」と、「太陽と緑の国」と呼ばれる九州にちなむとされる。ただし、列車愛称の項にもあるとおり、「(昼行)特別急行列車には抽象名称を用いる」という慣例もある。「みどり」の列車名を使用した列車は、1961年10月から1975年3月まで、京阪神対九州を山陽本線経由で運転されていた特急列車でも使用され、1965年10月から1967年9月までは一部編成が佐世保駅に乗り入れていた。

なお、2001年佐世保市において、翌年の市制100周年に合わせて列車名を「九十九島」(くじゅうくしま)に改称しようという市民運動が起こり、市内を中心に署名を収集してJR九州へ提出した。この改称自体は2014年時点まで実現していないが、2013年5月6日に本来「みどり」として上り2本運行される予定だった臨時列車が、下り1本を追加の上で両方の名前を重ねた「九十九島みどり」の列車名で初めて運行され[1]、以降「有田陶器市みどり」以外の臨時列車はすべて「九十九島みどり」として運行されている。ちなみに「九十九島」の名前で運行された列車は、1962年8月から博多駅 - 佐世保駅間を筑肥線松浦線平戸口駅経由で運行開始した準急列車がある(その後1963年6月に大村線経由で長崎駅発着に延長、1966年3月に急行に格上げされ、1968年9月まで運行された)。

運行概況[編集]

「ハウステンボス」併結列車(2011年10月から)
運行日\上下 下り 上り
毎日運転[2] 3・5・9・13・15 12・14・20・22・24
土曜・休日運転 7・11・17 16・18・26
最繁忙期運転 1 10

定期列車は全列車博多駅 - 佐世保駅間において16往復が運転されている。下り(博多駅発)は7 - 22時台、上り(佐世保駅発)は6 - 21時台に毎時1本運行される(ただし佐世保駅発は8時台が2本あり、20時台の設定はない)。

ハウステンボスが開業した1992年3月以降、一部列車でハウステンボス駅発着の「ハウステンボス」を博多駅 - 早岐駅間で併結している。併結する「ハウステンボス」の号数は「みどり」に合わせられている。「ハウステンボス」を併結する列車は右表のとおりである。

また、前述通り1976年7月1日(運行開始)から2011年3月11日まで(1986年11月1日 - 1988年3月12日を除く)、全列車あるいは一部列車で「かもめ」との併結も行っていたため、1992年3月以降、列車によっては博多駅 - 肥前山口駅間では列車によっては3階建て列車で運行されていた。「かもめ」との併結運転終了時点で、JRグループが運行する列車の中で、3階建て列車を組むのは「かもめ・みどり・ハウステンボス」のみであった。なお、これらの併結は「みどり」に時間帯によって「かもめ」「ハウステンボス」の一方または両方を併結する形で行われるため、「みどり」を欠いた「かもめ・ハウステンボス」の併結列車は設定されたことがなかった。

列車番号は全区間、号数+4000Mである。「かもめ」と併結運転していた時期は、併結列車では博多駅 - 肥前山口駅間は「かもめ」の列車番号で運行されていた。

停車駅[編集]

博多駅 - 二日市駅 - 鳥栖駅 - 新鳥栖駅 - (吉野ヶ里公園駅) - 佐賀駅 - 肥前山口駅 - 武雄温泉駅 - 有田駅 - 早岐駅 - 佐世保駅

なお佐世保線は早岐駅がスイッチバック構造のため「みどり」も早岐駅で進行方向を変えるが早岐駅 - 佐世保駅間は10分程度のため、同じJR九州管内で途中駅で進行方向を変える「ソニック」や「九州横断特急」などのように乗客に座席の方向転換を求める案内はなされておらず、上り列車は佐世保駅発車時点で、座席の向きがあらかじめ早岐駅から先における方向にセットされている。

使用車両・編成[編集]

2014年3月15日現在の編成図
みどり
← 早岐
佐世保/博多 →
下り21 - 27号
上り2・8・30・32号
1 2 3 4 5 6 7 8
G G
「ハウステンボス」編成 「みどり」編成
  • 23号の早岐駅→佐世保駅間、27・32号の肥前山口駅 - 佐世保駅間は5 - 8号車のみで運転
下り1号
上り10号
1 2 3 4 5
G
「にちりん」編成
  • 「ハウステンボス1・10号」を併結する場合は下記の783系4両編成で運転
下り3 - 19号
上り12 - 28号
5 6 7 8
G
「みどり」編成
  • 19・28号は上記の783系8両編成で運転する場合がある
下り29・31号
上り4・6号
1 2 3 4 5 6 7
DX, G G個4 自・b
  • 8両編成で運転する場合がある

  • 全車禁煙
  • 早岐駅で進行方向を変える
  • 座席種別は変更される場合がある
凡例
G=グリーン車座席指定席
G個4=グリーン車4人個室(座席指定席)
DX=DXグリーン席(座席指定席)
指=普通車座席指定席
b=普通車4人用ボックスシート(自由席)
自=普通車自由席

南福岡車両区に所属する783系電車(ハイパーサルーン)、787系電車が充当されている。

783系は2000年3月11日ダイヤ改正より運用されており、2往復(下り29・31号/上り4・6号)を除く14往復に充当されている。全車両中央の乗降口を境に早岐寄りのA室と佐世保/博多寄りのB室に分かれており、駅や車内でもA室、B室で案内されている。1往復(下り1号/上り10号を除く13往復は「みどり」用4両編成(右編成図中の5 - 8号車)で運行され、このうち4往復(下り21・23・25・27号/上り2・8・30・32号)または5往復(前述の4往復と下り19号/上り28号)では「ハウステンボス」用4両編成を1 - 4号車として増結し8両で運行される。列車によっては肥前山口駅または早岐駅で「ハウステンボス」編成を増解結するものもある。1往復(下り1号/上り10号)は「にちりん」など日豊本線の特急に用いられる5両編成で運行している(「ハウステンボス」を併結する場合は「みどり」編成で運行)。

4両で運行する列車の号車番号が1号車からではなく5号車から始まるのは、「ハウステンボス」(1 - 4号車)の博多方に併結運転される際の号車番号に基づいているためで、単独運転の列車でもこれを踏襲している形である。「かもめ」との併結運転を行っていた時期は「かもめ」が1 - 5号車、「ハウステンボス」が7 - 10号車、「みどり」が11 - 14号車となっていた。また、この運用のために、もともと中間車だった車両を改造した貫通型車両のクロハ782形100番台が早岐駅方向(5号車)に連結されており、「ハウステンボス」編成との併結時には貫通路が設けられ両編成間(4・5号車間)の行き来が可能になっている。

787系は2011年3月12日ダイヤ改正より運用されており、DXグリーン席・グリーン個室込みの7両編成が2往復(下り29・31号/上り4・6号)に充当されている。元々は「リレーつばめ」などで運用されていた車両で、九州新幹線鹿児島ルートの全線開業に伴う大幅な運用変更により「みどり」でも運用されるようになった[3]。なお、臨時列車では2004年から2010年までにも充当された実績があり、当時から「みどり」用の行先表示も設けられていた。787系の充当開始時点では6両編成であったが、2014年3月15日ダイヤ改正から7両編成に増結され、それまで指定席扱いだった普通車の4人用ボックスシートが自由席に変更された。

なお、上り列車の佐賀駅→博多駅間では、783系は最後部車両のB室を除く普通車指定席(「ハウステンボス」併結列車では全ての普通車指定席)、787系は2号車を除く普通車指定席の空席に、自由席特急券で着席可能の特例が設けられており、ホームや車内でも案内がなされる。ただし座席区分上ではあくまで指定席であるため、その席番の指定席券を持った客が乗車してきた場合は席を譲らなければならない。

1976年から2000年までは485系電車が充当されていた。1990年以降JR九州は自社所有の485系について、外装を赤一色にするなどのリニューアルを行い、「みどり」の車両に関しても「MIDORI EXPRESS」として同様の措置が取られたが、列車名と塗色が一致しなかったことから「赤いみどり」の俗称が生まれた[4]。なお、485系は定期列車からの撤退後も2006年までは臨時列車の一部に充当されていた。

また、2002年10月に肥前山口駅始発・終着の「かもめ」1往復が佐世保駅始発・終着とされた上「みどり」に編入されたが、この列車には翌2003年3月まで885系電車が充当されていた。

臨時列車[編集]

ピーク期に運行される臨時列車は、2013年度より有田陶器市期間(4月29日 - 5月5日)に運行される列車は「有田陶器市みどり」、それ以外の日に運行される列車は「九十九島みどり」として運行されており、「みどり」の列車名で運行される臨時列車は設定されていない。ただし行先表示板は「みどり」のものをそのまま用いている。

「有田陶器市みどり」の前身は特急「有田陶器市号」で、1990年代には博多駅 - 早岐駅間に2往復運行されていた。このうち1往復に関しては全区間でハウステンボス駅発着の臨時特急「ハウステンボス81・82号」に併結して運転されていた。2000年の運行分より「有田陶器市号」は「みどり」の臨時列車として運行されるようになった。以降2008年まで基本的に2 - 3往復運行されたが、平日は上り1本のみの運行となる年があったり、発着駅が佐世保駅・早岐駅・有田駅のいずれかになるなど年によって本数と運行区間に変化が見られた。

本数と運行区間の変化が落ち着いたのは2009年で、この年から土曜・休日のみ博多駅 - 早岐駅間に2往復運行されるようになった。2010年には列車名を「有田陶器市みどり」に変更し、陶器市向けの臨時特急に11年ぶりに「有田陶器市」の名前が復活した。2012年からは陶器市期間中は毎日2往復に変更の上、上り1本を除いて佐世保駅まで運行されている。

また2008年夏期より、陶器市期間以外のピーク期(主にお盆・年末年始)にも臨時列車が運行されるようになった。この列車は原則として日によって下りまたは上りのみが設定され、すべて博多駅 - 佐世保駅間で運行している。2013年5月6日の運転分からは列車名を「九十九島みどり」として運行されるようになった。「九十九島みどり」の運行初日の下り列車は、九十九島に因んで号数を99号として運行された。

なお車両は1999年までは485系、2000年から2003年までは485系・783系、2004年から2006年までは485系・783系・787系、2007年から2010年までは783系・787系が用いられたが、2011年以降は783系に統一されている(2012年までは「有田陶器市みどり」以外の下り列車で787系が用いられることもあった)。号数は「有田陶器市みどり」には1 - 4号、それ以外の列車には90番台が与えられていたが、2013年より「有田陶器市みどり」も90番台で運行されるようになった。

利用状況と競合交通機関[編集]

福岡市佐世保市の連絡に関しては高速バスさせぼ号)と激しい競合関係にある。高速バスは福岡市内の福岡都市高速道路天神北ランプまでや佐世保市内の佐世保大塔インターチェンジ - 佐世保駅間の一般道走行区間で渋滞に巻き込まれることも多いため(このこともあり、一部の「させぼ号」は2009年4月より佐世保みなとインターチェンジ経由となった)定時性では「みどり」に分があるが、本数や料金面、さらに福岡市内での都心部直結(させぼ号は天神バスセンターにも立ち寄る)では不利である(ただし、料金面に関しては「2枚きっぷ・4枚きっぷ」の導入により差が縮まっている)。所要時間に関してはやや「みどり」の方が短いがあまり大きな差はない。このように競争が激しいため、最近では高速バスの停まらない早岐駅・武雄温泉駅での乗降が目立ってきている。一方、福岡市と佐賀市の連絡については高速バスに対して優勢であり、特に4両での単独運転のときは混雑することが多い。以上のことは「かもめ」も大体似たような状況である。

単線の佐世保線内での運転停車などの関係で列車によって所要時間に差が見られ、2011年3月12日現在のダイヤでは、博多駅 - 佐世保駅間の所要時間は下りが1時間43分(31号) - 1時間55分(1号)、上りが1時間42分(30号) - 1時間54分(28号)であるが、日中は基本的に下りが1時間53分、上りが1時間50分となっている。表定速度は最速の30号で68.8km/hと電車特急としてはやや遅い部類に入るが、これは19世紀の開通で線形が悪く、さらに全線単線であるための運転停車や早岐駅でのスイッチバックを強いられる佐世保線内では、表定速度が60km/h未満に落ち込むことが影響している。

また、国鉄分割民営化後、JR九州は特急列車に関して「両数を減らす代わりに本数増」を基本的な方針としているが、「みどり」の場合は「かもめ」が優先されて増発されたため、他の九州内エル特急に比べると増発はあまりなされておらず、輸送力強化は主に「ハウステンボス」の併結や、「ハウステンボス」編成の増結によって行われている。その結果「かもめ」との併結列車では、併結運転開始当時の両数とは逆の「かもめ4両・みどり8両」の列車も見られた(その後783系の「かもめ」は5両編成となっていた)。

他の特急列車との接続に関しては、肥前山口駅で885系で運行する「かもめ」と基本的に同じホームで接続している。博多駅では、下り(佐世保駅行き)は「ソニック」(停車駅の多いタイプ)、上り(博多駅行き)は「きらめき」に接続している。

京阪神対九州間特急「みどり」の沿革[編集]

1965年10月1日時点の編成図
みどり
← 早岐・大分
佐世保/新大阪 →
編成 大分駅発着編成 佐世保駅発着編成
号車 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13
形式 キハ
82
キロ
80
キハ
80
キハ
80
キハ
80
キハ
82
キハ
82
キロ
80
キシ
80
キハ
80
キハ
80
キハ
80
キハ
82
  • 佐世保駅発着編成は早岐駅で進行方向を変える。
  • 両編成は小倉駅で分割・併合を行う。
  • 1961年昭和36年)10月1日:「かもめ」の補完のため、キハ82系気動車を用いて大阪駅 - 博多駅間で特急「みどり」が運転開始。
    • ただし、特急用気動車の落成が当初予定より遅れたのと初期故障に備えるため、同年12月14日まで運休扱いとし、実際の運行は12月15日からとなった。当時のダイヤでは「こだま」(下りは「第1こだま」、上りは「第2こだま」)と「みどり」を乗り継げば東京駅 - 博多駅間の日着が可能なダイヤであったが、特に結合特急券等の制度は設けられていなかった。
  • 1964年(昭和39年)10月1日:東海道新幹線開業に伴い「みどり」の運行区間を新大阪駅 - 熊本駅(博多駅経由)・大分駅間(小倉駅で分割・併合)に変更。
  • 1965年(昭和40年)10月1日:「みどり」の熊本駅発着編成を佐世保駅発着(筑豊本線経由)に変更。


1975年廃止時点の編成図
みどり
← 宮崎・大分
岡山・新大阪 →
号車 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
座席 G G D
形式 クハ481 モハ484 モハ485 サロ481 サロ481 サシ481 モハ484 モハ485 モハ484 モハ485 クハ481
座席種類
G=グリーン車座席指定席
指=普通車座席指定席
自=普通車自由席
D=食堂車
  • 1967年(昭和42年)10月1日:日豊本線小倉駅 - 幸崎駅間が電化され、「みどり」は新大阪駅 - 大分駅間を運行する電車特急列車となる。
    • なお、「みどり」は当初「月光」で使用されていた寝台電車581系電車で日中に運行されていたが、当時の581系電車には一等車(1969年以降のグリーン車)が製造されていない関係で日中に運行される場合には二等車のみの組成となったことから、翌1968年には右記の481系電車に差し替えられ、以降1975年の列車廃止までこの編成で運行される。
  • 1973年(昭和48年)
    • 3月1日山陽新幹線岡山駅で接続する列車として、岡山駅 - 大分駅間で1往復増発。なお、新大阪駅発着列車はそのまま運行。
    • 10月1日:下りの新大阪駅始発列車が大阪駅始発に変更。
  • 1974年(昭和49年)4月25日:日豊本線幸崎駅 - 南宮崎駅間の電化に伴い、下りは大阪駅→大分駅間と岡山駅→宮崎駅間、上りは大分駅→岡山駅間と宮崎駅→新大阪駅間のそれぞれ1本ずつの運転になる。
  • 1975年(昭和50年)3月10日:山陽新幹線全面開業により「みどり」が廃止。九州内の区間は「にちりん」に編入された。


佐世保線優等列車沿革[編集]

戦後の運行展開[編集]

  • 1953年(昭和28年)3月15日門司港駅 - 長崎駅間を佐世保線大村線経由で運行する臨時準急列車3107・3108 列車が運行開始。
  • 1954年(昭和29年)10月1日:3107・3108 列車は、準急407・408列車として全区間単独で運行される。
  • 1956年(昭和31年)11月19日:従来、広島駅 - 門司駅間を運行していた山陽本線準急3207・3208列車が延長され、407・408列車と博多駅を介して直通運転が実施。これにより、広島駅 - 長崎駅間の列車番号も405・406列車に変更される。
  • 1957年(昭和32年)10月1日:気動車による快速列車弓張」(ゆみはり)が博多駅 - 佐世保駅間で運行開始。
  • 1959年(昭和34年)9月22日:「弓張」が準急列車に変更。また、405・406列車にも「ふたば」の愛称が与えられる。
  • 1960年(昭和35年)5月1日:以下のように運行体系が変更される。
    1. 「弓張」は下り2本・上り1本を増発し、下り3本・上り2本になる。
    2. 長崎本線肥前鹿島駅経由の準急列車「ながさき」が新設され、「弓張」は肥前山口駅増解結が実施される。
    3. ながさき」・「弓張」の補助列車として博多駅 - 長崎駅間(大村線経由)で準急列車「出島」(でじま)が運行開始。
    4. 「ふたば」の運転区間が広島駅 - 博多駅間に短縮。以降は山陽本線優等列車沿革を参照。
  • 1961年(昭和36年)10月1日:サンロクトオのダイヤ改正により「弓張」1往復が門司港駅発着になる。
  • 1962年(昭和37年)10月1日:「弓張」が1往復増発。門司港駅発着列車が小倉駅発着に変更。
  • 1963年(昭和38年)6月1日:下記の通り分割する形で「出島」が廃止。
    1. 従来、博多駅 - 佐世保駅間を筑肥線松浦線経由運行していた「九十九島」(くじゅうくしま)の運転区間が延長され、博多駅 - 長崎駅間(筑肥線・松浦線・大村線経由)の準急列車になる。
    2. 「弓張」が上り1本増発され、4往復になる。
  • 1964年(昭和39年)4月10日急行列車西九州」(にしきゅうしゅう)が別府駅 - 長崎駅・佐世保駅間(久大本線経由)で運行開始。
  • 1965年(昭和40年)10月1日:このときのダイヤ改正に伴い、以下のように変更。
    1. 従来、新大阪駅 - 熊本駅・大分駅間で運行していた特急「「みどり」のうち、熊本駅発着編成(博多駅経由)を佐世保駅発着(筑豊本線原田駅経由)に変更。
    2. 「ながさき」「弓張」のうち1往復が熊本駅 - 博多駅間(日豊本線豊肥本線経由、ただし博多駅行きは三角線三角駅始発)の急行「くさせんり」と統合し、熊本駅(三角駅) - 別府駅 - 博多駅 - 長崎駅・佐世保駅間の急行列車「九重」(くじゅう)とする(ただし佐世保駅発着編成は別府駅で増解結)。これにより「弓張」は3往復になる。
  • 1966年(昭和41年)
    • 3月5日:準急行制度の見直しに伴い「弓張」が急行列車に格上げ。
    • 3月25日:以下のように変更される。
      1. これまで呉駅 - 長崎駅間を運行していた「出島」(でじま)に佐世保駅発着の編成を連結開始。
      2. 急行「からつ」が博多駅 - 佐世保駅間(筑肥線・松浦線・佐世保線有田駅経由)で運転開始。
        • 「からつ」の運転区間中、博多駅 - 伊万里駅間は「九十九島」と併結するが、編成としては「九十九島」に連結されていない二等車(現在のグリーン車)を連結するなど「弓張」の補助列車格とされていた。
        • 「からつ」は東唐津駅(現在の東唐津駅は移転して別の場所にある)・有田駅・早岐駅の3駅でスイッチバックを行っていたが(「弓張」は早岐駅のみ)、所要時間は「弓張」と比べても遜色ないものだった。ただし「からつ」という列車名が影響して、全区間を通しての乗客は少なかったとされる[5]
  • 1967年(昭和42年)10月1日:ダイヤ改正にともない以下のように変更する。
    1. 「みどり」が寝台電車583系による運用に変更。これにより従来の「みどり」の佐世保駅発着編成を引き継ぐ形で、大阪駅 - 宮崎駅間運行の特急「いそかぜ」のうち、大分駅で増解結していた編成を筑豊本線・原田駅経由の佐世保駅発着に変更。
    2. 「九重」の運転系統を別府駅で分割し、別府駅 - 博多駅 - 長崎駅・佐世保駅間を運行する急行列車に「べっぷ」の名称が与えられる。
    3. 「からつ」が廃止。
  • 1968年(昭和43年)10月1日ヨンサントオのダイヤ改正に伴い、以下のように変更する。
    1. 従来、京都駅 - 西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)・長崎駅間で運行していた特急「かもめ」の長崎駅発着編成と、「いそかぜ」の佐世保駅発着編成を統合し、京都駅 - 長崎駅(博多駅経由)・佐世保駅(筑豊本線・原田駅経由)間運行の特急「かもめ」とする(両編成は京都駅 - 小倉駅間で併結運転)。
      • 黒崎駅 - 原田駅間は筑豊本線経由 (60.5km) であると鹿児島本線経由 (70.8km) に比べると営業キロで10.3km程度短縮されることや筑豊地域とりわけ現在の飯塚都市圏への便を図るためとされているが、小倉駅 - 肥前山口駅間では同じ列車名でありながら行き先・経由地の違う列車が平行して運行される事態となった。
      • なお、従来の「かもめ」の西鹿児島駅発着編成は特急「なは」、「いそかぜ」の宮崎駅発着編成は特急「日向」にそれぞれ列車名を変更し、大阪駅 - 小倉駅間で併結運転を行った。
    2. 「べっぷ」の別府駅行きのみ系統分割を行う。これにより「弓張」は大分発下り1本を含む4往復となる。
  • 1975年(昭和50年)3月10日:山陽新幹線博多駅乗り入れに伴うダイヤ改正に伴い、以下のように変更する。
    1. 山陽新幹線全通に伴い、山陽本線昼行特急・急行列車群は新幹線列車に代替することとなり、本州直通の「かもめ」・「出島」は廃止。
    2. 新幹線接続列車として「弓張」を4往復増発。小倉駅発着2往復を含む8往復で運行を行う。全列車で長崎駅発着の「出島」と小倉駅・博多駅 - 肥前山口駅間で併結運転(ただし下り1本は佐賀駅で分割)を行っていた。
      • なお「出島」のうち1往復は佐賀線経由の急行「ちくご」とも併結運転を行っていたが、下り列車では佐賀駅で「弓張」の分割と「ちくご」の併合、上り列車では肥前山口駅で「弓張」の併合と「ちくご」の分割を同時に行っていたため、「弓張」と「ちくご」の併結運転はなかった。

佐世保線エル特急「みどり」として[編集]

1976年運転開始時の編成図
PJRPJRNC
「かもめ」「みどり」
← 長崎・早岐
佐世保/博多・小倉 →
編成 「かもめ」
長崎駅 - 博多駅・小倉駅間
「みどり」
佐世保駅 - 博多駅・小倉駅間
号車 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
座席 G G
形式 クハ481 モハ484 モハ485 サロ481 サハ481 モハ484 モハ485 クハ481 クハ481 モハ484 モハ485 クロ481
座席種類
G=グリーン車座席指定席
指=普通車座席指定席
自=普通車自由席
  • 1976年(昭和51年)7月1日:長崎本線・佐世保線交流電化に伴い、以下のように変更する。
    1. 小倉駅・博多駅 - 佐世保駅間でエル特急みどり」が運転開始。485系電車が使用され、小倉駅発着下り2本・上り3本、博多駅発着下り4本・上り3本の計6往復設定された。
      • 全列車小倉駅・博多駅 - 肥前山口駅間は「かもめ」と併結して運行されていた。そのため、設定当時485系を使用する列車としては最小の4両編成(9 - 12号車。「かもめ」は8両編成)で運行されていたが、グリーン車に関しては当時より連結されていた。このグリーン車は、上野駅発着の特急列車に使用されたクロ481形であった。また、急行列車や気動車特急での多層建てはすでに各地に見られたが、電車特急での多層建て列車は初めてであった。
      • 「かもめ」は7往復設定され、単独運転する1往復(下りは小倉駅始発、上りは博多駅行き)は肥前山口駅で付属編成(9 - 12号車)を増解結していた。これは佐世保線内の線路容量の不足による措置である。
    2. 「みどり」の設定に伴い「弓張」3往復が廃止。小倉駅発着1往復、博多駅発着4往復の計5往復となる。
      • なお、当時の「みどり」の停車駅は、小倉駅 - 黒崎駅 - 博多駅 - 鳥栖駅 - 佐賀駅 - 肥前山口駅 - 武雄温泉駅 - 有田駅 - 早岐駅 - 佐世保駅(武雄温泉駅と有田駅はどちらか1駅に交互に停車)で、「弓張」はこれに加えて全列車が戸畑駅八幡駅折尾駅に停車し、一部には二日市駅、大町駅に停車するものもあった。
  • 1978年(昭和53年)10月2日このときのダイヤ改正に伴い、以下のように変更する。
    1. 単独運転していた「かもめ」の付属編成を「みどり」に編入し、「かもめ」「みどり」が初めて完全に併結運転された。ただし、増発した「みどり」に関しては佐世保線の西有田信号場が開設された翌年の3月30日まで、佐世保線内は運休扱いを取った。この改正から「かもめ」と併結側のクハ481形200番台にイラストマークが採用されるが、ボンネットタイプのクロ481形はこの時点ではイラスト採用が見送られた(1985年に採用)。
    2. それまでいわゆる「千鳥停車」の形を取っていた武雄温泉駅と有田駅に、両駅とも「みどり」全列車が停車するようになる。
クロ481形(イラスト採用後)
  • 1980年(昭和55年)10月1日このときのダイヤ改正に伴い、以下のように変更する。
    1. 「みどり」が10往復、「弓張」が3往復になり、全列車博多駅 - 佐世保駅間の運行とする。「ちくご」が廃止されたため、「出島」「弓張」の分割・併合駅は肥前山口駅に統一された。また、この改正は将来の総特急化を前提としたものだったため、「みどり」の号数には欠番が生じ、「弓張」は「みどり」の欠番を埋める形で運行された。
    2. 「みどり」の一部が二日市駅に停車するようになる。なお二日市駅には国鉄分割民営化以降いったん全列車が停車するようになったが、現在は1往復のみ通過している。
    3. 「西九州」の運転区間が博多駅 - 別府駅間に変更され、「由布」に吸収される。
  • 1981年(昭和56年)6月7日:長崎本線牛津駅 - 久保田駅間を走行中の「かもめ・みどり」11号が、線路の一部が波打っているのを発見して急停車。「かもめ」の後部2両と「みどり」の全編成が脱線した。後に損傷の激しかった「みどり」のクロ481-53、モハ485-117、モハ484-221は廃車になった。この事故は485系電車が事故廃車になった国鉄時代唯一の事例である。
  • 1982年(昭和57年)11月15日このときのダイヤ改正に伴い、以下のように変更する。
    1. 「弓張」の全列車が「みどり」に変更されて廃止。「みどり」は13往復になる。
      • このとき「みどり」に格上げされた3往復に関しては「弓張」から引き続いて大町駅に停車したが、国鉄末期には1往復に減らされ、国鉄民営化後まもなく大町駅に停車する「みどり」はなくなった。
    2. この改正で全国の在来線昼行特急の自由席1両が一斉に禁煙車化されたが、「みどり」については短編成だったためにこの措置が見送られた。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:日中の5往復について「かもめ」との併結を廃止。博多駅 - 佐賀駅 - 肥前山口駅間の特急の増発目的であった。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:「みどり」を全列車単独運転に変更の上、号車番号を9 - 12号車から1 - 4号車に変更。

JR化以降の展開[編集]

  • 1988年(昭和63年)
    • 3月13日:「みどり」の下り1本で「かもめ」との併結再開。この列車のみ号車番号は9 - 12号車とした。また、それまでグリーン車は佐世保・博多向き先頭車の1両であったが、この改正より早岐向き先頭車0.5両に改められた。
    • 3月20日長崎オランダ村への観光誘致のため、小倉駅 - 佐世保駅間で特急「オランダ村特急」がキハ183系気動車1000番台により運行開始。
      • 運転区間は全線電化区間にも関わらず気動車が用いられたが、これは183系1000番台が「オランダ村特急」運転日以外もオランダ村のPR車両として九州各地を走っていたからである。この1000番台は展望車を両端に備えていた。
  • 1989年平成元年)
    • 3月11日:ダイヤ改正により以下のように変更。
      1. 「みどり」が1往復増発されて14往復になる。また下り4本・上り3本が「かもめ」との併結になったことから、号車番号が全列車11 - 14号車に変更される。
      2. 「オランダ村特急」が門司港駅発着になる。
    • 4月29日:「オランダ村特急」の下り列車について、門司港駅→博多駅間で485系電車の「有明11号」と併結運転開始。この際、世界初の電車・気動車の動力協調運転を実施。
  • 1990年(平成2年)3月10日:「オランダ村特急」と「有明」11号との併結運転区間が鳥栖駅まで延長する。
    485系MIDORI EXPRESS色「赤いみどり」1990年の秋頃から登場した。
    • 1990年前後に、JR九州保有の485系は自社のコーポレートカラーである赤色に塗装された。そのため、「みどり」という愛称でありながら赤い車体塗装を行った「赤いみどり」が登場することとなり、名称とのずれが生じることとなった。その後、塗装変更を行うこととなり、緑のラインを入れたりしていた。この車両は「MIDORI EXPRESS」というロゴをあしらった「みどり」専用車両となった。
  • 1992年(平成3年)3月14日:「オランダ村特急」が廃止され、新たに博多駅 - ハウステンボス駅間を485系電車で運転する特急「ハウステンボス」が運転開始(博多駅 - 早岐駅間は「みどり」に併結)。これにより、列車によっては「かもめ」「ハウステンボス」との3階建て列車を組むことになった。電車特急による3階建て列車は日本初であった。
  • 1996年(平成8年)
    • 3月16日:「みどり」が1往復増発され、15往復になる。また、一部列車で「ハウステンボス」編成の併結を開始。
    • 7月 - 10月有田町西有田町(現在は合併して有田町)で行われた世界・炎の博覧会に合わせて、臨時特急「炎博号」を博多駅 - 早岐駅間で運行。
  • 2000年(平成12年)
    • 3月11日:ダイヤ改正により以下のように変更。
      1. 「みどり」の使用車両を783系「ハイパーサルーン」に変更。
      2. 前年まで特急「有田陶器市号」として運行されていた有田陶器市向けの臨時特急列車が「みどり」に編入。
        • なお、「みどり」に使われていた485系電車はそのまま廃車となったが、485系自体はこの臨時「みどり」で引き続き運行した。
    • 8月:ハウステンボスでハロー!プロジェクトのコンサートが開催されたのに伴い、本来は単独運転の「みどり」30号に臨時の「ハウステンボス」を併結。この「ハウステンボス」は84号を名乗った。「みどり」「ハウステンボス」の併結列車で異なる号数が用いられたのは2008年7月現在ではこのときのみである。
  • 2002年(平成14年)10月21日:「みどり」が1往復増発され、16往復になる。以後、現在まで本数面ではこの体制が続いている。
    • この1往復は博多駅 - 肥前山口駅・佐賀駅間で運転されていた「かもめ」101・104号を佐世保駅発着に変更の上で「みどり」に編入したもので、延長区間は毎日運転の臨時列車扱いとした。
    • なお、この時点では号数は変更なく、101・104号には885系電車を充当したため、一部からは「白いみどり」と呼ばれた。
  • 2003年(平成15年)3月:885系は撤退。再び全列車783系「ハイパーサルーン」での運転に戻る。101・104号はこの改正で31・2号に変更し、全区間定期列車となった。
  • 2004年(平成16年)4月 - 5月:有田陶器市臨時「みどり」の一部に787系電車使用開始。ちなみに佐世保線の早岐駅 - 佐世保駅間に787系の営業列車が入線したのはこれが初めて(なお、肥前山口駅 - 早岐駅間については2000年10月に、「ハウステンボス」81・82号として入線している)。
  • 2005年(平成17年)
    • 2月28日:「みどり」の車内販売の営業を廃止。なお、併結する「かもめ」では引き続き営業。
    • 7月11日:「かもめ」3号の窓ガラス破損事故を受け、「みどり」全編成でもエンブレムおよびルーバー塞ぎ板を撤去。後にルーバー板は再取付され、エンブレムはステッカータイプで復活した。
  • 2006年(平成18年)4月 - 5月:この年の運転を最後に有田陶器市臨時列車でも485系の運用がなくなり、以降485系の運用は団体専用列車に限られている。
  • 2007年(平成19年)3月18日:「みどり」の全列車全車両が禁煙化。
  • 2008年(平成20年)7月1日:JR九州がエル特急の呼称を中止。
  • 2009年(平成21年)8月24日:熊本駅 - 鳥栖駅 - 佐世保駅間で団体専用列車「リバイバルみどり」が運転される。485系電車DO2編成(国鉄色3両編成)が使用され、「みどり」が熊本駅に乗り入れるのは44年ぶりとなった。
  • 2010年(平成22年)4月 - 5月:有田陶器市期間中に運行する臨時列車の名称が「有田陶器市みどり」に変更。
  • 2011年(平成23年)
    • 3月12日:ダイヤ改正により以下のように変更[6]
      1. 使用車両を、787系(DXグリーン席連結6両編成、繁忙期は8両編成)2往復、783系「みどり」編成13往復(4往復は「ハウステンボス」編成を連結)、783系旧「にちりん」編成(4両編成)1往復とする[7]
      2. 「かもめ」との併結運転が終了。これにより、号車番号を787系および783系のうち「ハウステンボス」編成を連結する列車では1 - 6または8号車、そのほかの列車では5 - 8号車に変更。
    • 6月25日・26日:門司港駅 - 長崎駅・佐世保駅間(25日は長崎駅・佐世保駅行き、26日は門司港駅行きを運行)で団体専用列車「ありがとう485系 併結運転『かもめ』『みどり』」が運転される。「みどり」には2009年の「リバイバルみどり」にも用いられた国鉄色のDo2編成(3両)が充当された。肥前山口駅でDo32編成(5両)を充当した「かもめ」と分割・併合を行ったが、過去の併結運転、および通常の「みどり」の運行とは以下の点で異なっていた。
      1. 過去の併結運転では「みどり」の早岐方に「かもめ」を併結していたが、この列車では「みどり」の佐世保/門司港方に「かもめ」を併結していた。
      2. 「みどり」は通常の早岐駅ではなく、ハウステンボス駅でスイッチバックを行った(したがって早岐駅 - ハウステンボス駅間は重複運転となった)。
  • 2013年(平成25年)5月6日:この日の運行分より、「有田陶器市みどり」を除く臨時列車を「九十九島みどり」として運行。
  • 2014年(平成26年)3月15日:ダイヤ改正により、787系充当列車を6両から7両に、783系の旧「にちりん」編成充当列車を4両から5両にそれぞれ増結する。

列車名の由来[編集]

五十音順
  • 有田陶器市号」(ありたとうきいち)…佐賀県有田町で例年ゴールデンウイークに行われる有田陶器市から。2010年から名称設定がされた「有田陶器市みどり」もこれにちなむ。
  • いそかぜ」…「磯の風」の意味であるが、列車の下り方終着駅である佐世保駅および宮崎駅共に海岸線に沿って運行することから来ているとされている。ただし、列車愛称の項にもあるとおり、「(昼行)特別急行列車には抽象名称を用いる」と言う慣例もある。
  • オランダ村特急」( - むらとっきゅう)…長崎県西彼杵郡西彼町(現在の西海市)にあった長崎オランダ村を目的地としていることによる。
  • かもめ」…列車項目にもあるが、海鳥のカモメから来ている。なお、戦前列車愛称の公募に際して8位であったことから採用された経緯を持つ。
  • からつ」…経由地である唐津市にちなむ。
  • 九重」(くじゅう)…経由地である九重連山(くじゅうれんざん)にちなむ。
  • 九十九島」(くじゅうくしま)…長崎県佐世保市平戸市にまたがる多島海の九十九島から。2013年より名称設定がされた「九十九島みどり」もこれにちなむ。
  • 出島」(でじま)…江戸時代オランダ商館所在地であった長崎市にある地名である出島から。
  • ながさき」…目的地である長崎県・長崎市および運行路線である長崎本線にちなむ。
  • 西九州」(にしきゅうしゅう)…目的地である長崎県・佐賀県を指す広域地域名から。
  • ハウステンボス」…長崎県佐世保市にあるハウステンボスにちなむ。
  • ふたば」…広島市にある「二葉山」(ふたばさん)にちなむとされる。
  • べっぷ」…目的地である別府市にちなむ。
  • 弓張」(ゆみはり)…長崎県佐世保市にある「弓張岳」(ゆみはりだけ)から。

脚注[編集]

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  1. ^ 1日限定「特急九十九島みどり号」が特別運行します(佐世保市公式サイト) 2013年5月6日閲覧
  2. ^ このうち「ハウステンボス9・20号」は臨時列車扱い。
  3. ^ 2011年3月12日の4・6号への車両の送り込みの関係から、実際に定期列車で初めて充当されたのは同年3月11日の29号である。
  4. ^ 川島令三 『全国「ユニーク鉄道」徹底ガイド』 PHP研究所2009年1月6日、p.273。ISBN 978-4569671543。「佐世保行きは「みどり」なので、レッドトレインを採用したときには「赤いみどり」となんだかわけのわからない愛称になっていた。」
  5. ^ [1] - 九州鉄道博物館 急行「からつ」の旅パンフレットより。なおこのパンフレットでは「からつ」は伊万里駅でもスイッチバックを行ったとされているが、伊万里駅は松浦線の双方向と筑肥線が直通可能の線路構造だったため、これは誤りである。
  6. ^ 平成23年春ダイヤ改正[リンク切れ] - 九州旅客鉄道ニュースリリース 2010年12月17日
  7. ^ 『鉄道ダイヤ情報』2011年3月号 交通新聞社

関連項目[編集]

外部リンク[編集]