おき (列車)

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スーパーおき
山口線内を走行するキハ187系「スーパーおき」(長門峡駅 - 渡川駅間 2008年8月3日)
山口線内を走行するキハ187系「スーパーおき」
(長門峡駅 - 渡川駅間 2008年8月3日)
運行事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
列車種別 特急列車
運行区間 鳥取駅米子駅 - 津和野駅
経由線区 山陰本線山口線
使用車両
(所属区所)
キハ187系気動車
後藤総合車両所
運行開始日 2001年7月7日
(前身の「おき」は1975年3月10日)
備考 2012年3月17日現在

スーパーおきとは、西日本旅客鉄道(JR西日本)が鳥取駅米子駅 - 津和野駅間を山陰本線山口線経由で運行する特急列車である。1975年に特急「おき」として運転を開始し、2001年7月から現行の列車名としている。

本項では山口線で運転されていた優等列車の沿革についても記述する。

概要[編集]

1975年3月10日山陽新幹線岡山駅 - 博多駅間が開業した際に、山陰地方西部と新たに山陽新幹線の停車駅となった小郡駅(現在の新山口駅)を結ぶ新幹線連絡列車として、鳥取駅・米子駅 - 小郡駅間で特急「おき」として運転を開始した。それまで山口線の優等列車は、山陰地方の西部から山口線経由で九州北部を結ぶ急行列車が運行されていたが、これの系統整理により誕生した山口線初の特急列車でもある。

列車名の由来[編集]

列車名は島根県の北方の日本海にある隠岐諸島に由来し、山陰本線の高速化事業の完成した2001年7月7日に新型振り子式車両を投入した際に、「スーパー」を冠したものである。

運行概況[編集]

2014年3月15日現在の運行概況は次の通り[1]

大雨災害により、現在は津和野 - 新山口で運休しており、以下の通りになっている。 鳥取駅 - 津和野駅間 (315.2km) に下り2本・上り1本(3・4・5号)、米子駅 - 津和野間 (222.5km) に下り1本・上り2本(1・2・6号)が運転されている。

列車番号は運転線区で変更がなく、下りは号数+3000の奇数、上りは号数+3000の偶数である。そのため新山口駅が起点となっている山口線内では、下りが偶数、上りが奇数である。2008年3月15日から列車番号が変更され、それまでは1001D - 1006Dであった。

なお、鳥取駅 - 新山口駅間の 378.1km という走行距離は、日本国内の気動車特急としては第2位の長さである※(1位は札幌駅 - 稚内駅間の「スーパー宗谷」「サロベツ」で、走行距離は396.2km)。

※スーパーおきは、津和野 - 新山口で運休中のため、2位は岡山駅 - 宿毛駅間の「南風」で、走行距離は318km、JR線のみに限定すると、2位は岡山駅 - 宇和島駅間の「しおかぜ」で、走行距離は311.3kmとなる。

停車駅[編集]

鳥取駅 - 鳥取大学前駅 - 倉吉駅 - 米子駅 - 安来駅 - 松江駅 - (玉造温泉駅) - (宍道駅) - 出雲市駅 - 大田市駅 - (温泉津駅) - 江津駅 - (波子駅) - 浜田駅 - (三保三隅駅) - 益田駅 - 日原駅 - 津和野駅 - 徳佐駅 - 三谷駅 - 山口駅 - 湯田温泉駅 - 新山口駅

  • ( )内の駅は一部列車のみ停車。

※津和野 - 新山口は大雨による被災のため、運休となっている。

使用車両・編成[編集]

2012年3月17日現在の編成図
スーパーおき
← 新山口
米子・鳥取 →
1 2
  • 全車禁煙
凡例
指=普通車座席指定席
自=普通車自由席

後藤総合車両所に所属するキハ187系(0・10番台)2両編成が使用されている。なお、500番台が使用されることもある。多客期は3 - 4両編成で運転される場合がある。普通車のみ連結されており、グリーン車は連結されていない。山口線内では振り子は非作動となる。

運転開始した1975年から今日まで定期列車としては一日3往復の運転であり、当初は関西 - 九州間で運転されていた特急列車の余剰となったキハ80系の6両編成が使用され、「はまかぜ」「まつかぜ」と共通運用であったが、翌1976年10月にはキハ181系に変更され、6両編成で運転されていた。しかし、その内の1往復に関しては当時の国鉄昼行特急列車として異例ともいえるグリーン車非連結の編成となり[2]、さらには運賃・料金の値上げもあり空席が目立ち、1982年には残る2往復のグリーン車の連結も廃止され、1986年には3両編成にまで減車された。

山口線優等列車概略[編集]

あきよし[編集]

1960年3月に山口県福岡県の利用債より運転を開始した準急列車で、山口駅 - 博多駅間で運転を開始し、山口県西部からの利用に便利であることから好評であった。運転開始当初はキハ55系気動車による4両編成であったが、1960年6月に「山陽」と共通運用になったことから、キロ25形が連結された5両編成に変更された。

1963年には美祢線経由で東萩駅発着の列車も連結されていた。1964年にはさらに運転区間が延長され、石見益田駅(現在の益田駅)・浜田駅 - 博多駅間に変更、1965年には九州内での運転区間が延長され、翌年に急行列車化された。九州内では、東唐津駅天ヶ瀬駅日田駅発着が設定されるなど、数年ごとに運転区間が変更されるなどして複雑な運転形態を取っていた。

つわの[編集]

山陽新幹線の博多駅開業によるダイヤ改正にあわせて1975年3月に運転を開始し、1980年10月に廃止されるまで小郡駅 - 浜田駅間などで運転されていた急行列車である。運転開始当初から一部の区間では普通列車として運転されており、全区間で急行列車として運転されたことはなかった。

日本国有鉄道が当初見込んだほどの利用客はなく、当時は山口線で優等列車が特急「おき」と本列車であわせて5往復運転されていたが、輸送力が過剰になったため、特急だけ残して本列車は廃止された。

山口線優等列車沿革[編集]

末期にかけてはこのようなヘッドマークも使われた(1999年頃)
キハ181系「おき」の方向幕(2002年8月17日)
臨時「おき」。結果的にリバイバル運転を除いてはキハ181系での「おき」のラストランとなった(2002年8月17日)

「おき」登場まで[編集]

  • 1960年昭和35年)
    • 3月20日:山口駅 - 博多駅間で準急「あきよし」が運転開始。
    • 6月1日:上り列車に博多駅 → 宇部岬駅間の列車が併結されるようになる。
  • 1961年(昭和36年)10月1日:準急「しんじ」の運転区間が、岡山駅 - 出雲市駅間(伯備線経由)から宇野駅 - 博多駅間(伯備線・山陰本線経由、石見益田駅 - 下関駅間は山陰本線経由と山口線経由に分割)に延長される。
  • 1963年(昭和38年)4月1日:「あきよし」に東萩駅 - 博多駅間(美祢線経由)の列車が併結されるようになる。
  • 1964年(昭和39年)10月1日:「あきよし」の運転区間が、浜田駅・石見益田駅 - 博多駅間(浜田駅発着は美祢線経由、石見益田駅発着は山口線経由)に延長される。
  • 1965年(昭和40年)10月1日:ダイヤ改正により、次のように変更される(1965年10月1日・11月1日国鉄ダイヤ改正)。
    1. 「あきよし」の運転区間が、浜田駅 - 東唐津駅間(美祢線・筑肥線経由)および浜田駅 - 天ヶ瀬駅間(山口線・日田彦山線久大本線経由)に延長される。
    2. 「しんじ」の運転区間が、宇野駅 - 小郡駅間(伯備線・山陰本線・山口線経由)に短縮される。
  • 1966年(昭和41年)3月5日:「あきよし」「しんじ」が急行列車に変更される。
  • 1968年(昭和43年)10月1日:米子駅 - 小郡駅間で季節列車として「さんべ」が運転開始。
  • 1970年(昭和45年)10月1日:「さんべ」が定期列車化。
  • 1972年(昭和47年)3月15日:「しんじ」の運転区間が、岡山駅 - 小郡駅間(伯備線・山陰本線・山口線経由)に短縮される。「しんじ」「さんべ」の一部列車は山口駅 - 小郡駅間が普通列車になり、山口線内急行3往復で1975年3月改正まで推移。

「おき」時代[編集]

  • 1975年(昭和50年)3月10日:山陽新幹線全線開業に伴うダイヤ改正により、次の様に変更(1975年3月10日国鉄ダイヤ改正)。
    1. 鳥取駅・米子駅 - 小郡駅間で特急「おき」3往復が新設され、運転開始。「はまかぜ」とキハ80系を共通運用した。
    2. 江津駅・浜田駅 - 小郡駅間の急行「つわの」2往復が運転開始。(「あきよし」、「しんじ」の運転区間を短縮して立て替え)
    3. 「さんべ」の山口線運行を廃止。
  • 1976年(昭和51年)10月1日:特急「おき」の使用車両が、キハ80系からキハ181系に変更。その内の1往復に関してはグリーン車が非連結となる。
  • 1978年(昭和53年)10月2日:松江駅高架化工事に伴い、「おき」の1往復が出雲市駅発着に変更。
  • 1980年(昭和55年)10月1日:「つわの」を廃止。優等列車は「おき」のみになる。
  • 1982年(昭和57年)7月1日:この日に実施された伯備線および山陰本線知井宮電化によるダイヤ改正により、「おき」は多客期を除きグリーン車の連結が廃止。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:「おき」の全列車が小郡駅 - 米子駅間の運転に統一される。
  • 1989年平成元年)3月11日:「おき」の上り1本が下関駅始発(山陽本線・山口線経由)になる。
  • 1994年(平成6年)12月3日:多客期のグリーン車連結を廃止。
  • 1996年(平成8年)3月16日:「おき」の1往復を鳥取駅まで延長運転する(鳥取駅 - 小郡駅間下り1本、鳥取駅 - 下関駅間上り1本、米子駅 - 小郡駅間2往復)。
  • 1997年(平成9年)3月22日:「おき」の下関駅始発が廃止。全列車が小郡駅発着になる(鳥取駅 - 小郡駅間1往復、米子駅 - 小郡駅間2往復)。

「スーパーおき」時代[編集]

  • 2001年(平成13年)7月7日:「おき」の使用車両がキハ187系に変更され、名称が「スーパーおき」に変更。全列車が米子駅 - 小郡駅間(3往復)の運転になる。
  • 2003年(平成15年)
    • 10月1日:「スーパーおき」下り2本、上り1本が鳥取駅発着に変更され、鳥取駅 - 新山口駅間下り2本・上り1本、米子駅 - 新山口駅間下り1本・上り2本になる[3]
    • 12月6日・12月7日:特急「まつかぜ」「おき」がキハ181系でリバイバル運転される[4]
  • 2005年(平成17年):キハ181系による臨時「おき」の運用が終了。以降は車両増結で対応することになる。
  • 2009年(平成21年)
    • 6月1日:喫煙コーナーが廃止され、全車両禁煙になる[5]
    • 9月30日:車内販売が終了。
  • 2010年(平成22年)3月13日:1往復が鳥取大学前駅に停車となる[6][7]
  • 2013年(平成25年)7月28日山口県、島根県地方に降った記録的豪雨により、阿武川にかかる鉄橋3箇所が流されるなどしたため、山口線区間(新山口駅 - 益田駅間)は運行休止となる。
  • 2013年(平成25年)11月16日 運行休止となっている山口線の区間のうち、津和野駅 - 益田駅で運行を再開。新山口駅 - 津和野駅については、路線再開された地福以西で折り返し臨時列車が設定されないまま引き続き運休し、この区間については一部の「スーパーおき」の津和野発着の時刻に合わせて中国JRバスが「ノンストップつわの号」を運行している(ただし鉄道代行バスではないので、鉄道の乗車券では乗れない)。[8]
  • 2014年(平成26年)8月23日 - 山口線地福駅 - 津和野駅間の運転再開に伴い、新山口駅 - 津和野駅間の運転を再開する予定。

参考文献[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『JR時刻表』2014年3月号、交通新聞社
  2. ^ 当時の国鉄昼行特急列車でグリーン車非連結であったのは「おき」の3往復中1往復と函館本線の「いしかり(1980年10月1日の室蘭本線千歳線電化によるダイヤ改正により運転区間を延長の上、列車名を「ライラック」に改称)、それに名古屋鉄道から乗り入れていた高山本線の「北アルプス」のみでこの体制が1982年11月15日の上越新幹線開業による白紙ダイヤ改正まで続くこととなった。なお、この「おき」1往復のグリーン車非連結に関してはキハ181系の中間車であるキハ180の一部車両に専務車掌室が設置された。
  3. ^ 平成15年秋 ダイヤ改正インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2003年7月30日
  4. ^ 平成15年度【 冬 】の臨時列車の運転(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2003年10月16日
  5. ^ 在来線特急列車などの全席禁煙化ならびに在来線ホームの禁煙化の拡大について(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2009年3月26日
  6. ^ 平成22年春ダイヤ改正について (PDF) [リンク切れ] - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2009年12月18日
  7. ^ 平成22年春ダイヤ改正について (PDF) (インターネット・アーカイブ) - 西日本旅客鉄道米子支社プレスリリース 2009年12月18日
  8. ^ 山口線 一部区間での運転状況について - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2013年10月16日

外部リンク[編集]