播但線

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JR西日本 播但線
姫路駅 - 寺前駅間で使用されている103系3500番台
姫路駅 - 寺前駅間で使用されている
103系3500番台
路線総延長 65.7 km
軌間 1067 mm
電圧 姫路駅 - 寺前駅間
1500 V(直流
最高速度 110 km/h

播但線(ばんたんせん)は、兵庫県姫路市姫路駅から兵庫県朝来市和田山駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線地方交通線)である。

概要[編集]

兵庫県の中央部を流れる市川円山川に沿って山陽本線山陰本線を結ぶ陰陽連絡路線である。平坦線区間である寺前駅以南が電化されて以降、この路線の直通列車は特急はまかぜ」のみとなり、それ以外では地域輸送が主体となっている。

播但線沿いに国道312号および播但連絡道路が並行する。播但線の前身である播但鉄道が開業するまで、生野銀山と姫路市の飾磨港とを連絡していた生野鉱山寮馬車道という道路も存在していた。

関西では代表的な非電化路線であったため、1972年(昭和47年)の蒸気機関車廃止時と1992年(平成4年)3月14日の客車列車全廃時には、それぞれ多くの鉄道ファンが沿線に詰めかけた。

近畿統括本部が管轄する姫路駅構内をのぞき福知山支社が管轄している。なお、国鉄時代は仁豊野駅以南は大阪鉄道管理局、以北は福知山鉄道管理局の管轄だった(仁豊野駅 - 香呂駅間に境界があった)。

ラインカラーは()である。2014年8月に制定された路線記号は、姫路駅 - 寺前駅間のみが対象で、J[1]

路線データ[編集]

  • 管轄(事業種別):西日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者
  • 路線距離(営業キロ):65.7km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:18(起終点駅含む)
    • 播但線所属駅に限定した場合、山陽本線所属の姫路駅と山陰本線所属の和田山駅[2]が除外され、16駅となる。
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:姫路駅 - 寺前駅間(直流1500V 架空電車線方式
  • 閉塞方式:自動閉塞式(特殊)
    • 交換可能駅:青倉駅をのぞく全駅
  • 最高速度:
    • 姫路駅 - 福崎駅間、寺前駅 - 和田山駅間 95km/h
    • 福崎駅 - 寺前駅間 110km/h
  • 運転指令所:福知山運輸指令所

運行形態[編集]

大阪駅 - 香住駅浜坂駅鳥取駅間に特急「はまかぜ」が播但線を経由して運行されている。

普通列車は電化区間の姫路駅 - 寺前駅間と、非電化区間の寺前駅 - 和田山駅間で運行系統が分かれており、現在は全線を通して運行される列車はない。また、朝晩を中心に姫路駅 - 福崎駅間の区間運転を行う列車もある。

姫路駅 - 寺前駅間は1時間あたり1 - 2本であるが、寺前駅 - 和田山駅間は1時間から1時間半に1本程度である。以前は夜間に2時間近く列車がない時間帯があったが、2009年3月14日のダイヤ改正で1本増発したことにより改善している。

1998年3月14日の電化時から、主に2両のワンマン運転となったため混雑が慢性化しており、特に姫路駅 - 寺前駅間の沿線には高校が多数散在するため、朝夕の登下校時は常に満員状態である。電化と同時に夕方に姫路発快速寺前行きが3本設定されていたが、2002年3月23日のダイヤ改正で廃止された。途中、香呂駅・福崎駅に停車していた。この改正までは非電化区間の最終が22時台であった。

2012年3月17日のダイヤ改正により一部普通列車が長谷駅を通過するようになった[3][4]が、翌2013年3月16日の改正により通過列車は種別が快速に変更された。

阪神・淡路大震災の迂回路として[編集]

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、東海道本線・山陽本線(JR神戸線)が寸断され、加古川線(当時は非電化)とともに、迂回路線として非常に重要な役割を果たした。

1月20日から姫路駅 - 和田山駅間ノンストップ快速がキハ65形の4両編成で1日2往復運転され、21日・22日はキハ181系による5両編成で3往復の運転を行った。23日からは姫路駅 - 和田山駅 - 福知山駅 - 新大阪駅間でキハ181系による直通快速が1往復設定され、27日からはノンストップ快速に智頭急行HOT7000系も投入して最大6往復、キハ181系は7両編成で、HOT7000系は5両編成で東海道・山陽本線が開通する3月31日まで運転された。

寝台特急も地震発生により運転が取りやめられていたが、「あかつき」「なは」は、1月30日から播但線を経由して迂回運転が行われ、新製車両の甲種鉄道車両輸送も、3月14日甲種鉄道車両8本、特大貨物2本が迂回運転された。

また、定期列車ではJR西日本管内の気動車はもとより、五能線で運用されていた東日本旅客鉄道(JR東日本)南秋田運転所(現在の秋田車両センター)に所属するキハ58系6両までもが応援運用されていた。

震災の復旧作業の進捗によって、JR神戸線の不通区間が徐々に短縮されていったが、不通区間の東西でそれぞれで封じ込められた車両で運用を行わなければならず、特に不通区間の東側にあたるJR京都線琵琶湖線では車両が不足していた。

しかし、回送ルートとして使用できる播但線は非電化で、明治時代に建造された古いトンネルが多く、開口面積が小さかったので、パンタグラフなどの付属機器を網干電車区(当時)で一旦撤去し、ディーゼル機関車の牽引により回送した後に、福知山運転所(当時)で取り外した機器類を取り付けて自力で宮原電車区(当時)などに回送された。なお、生野駅 - 新井駅間の生野トンネルは特に開口面積が小さく、トンネル内に敷設されたケーブルなどの付帯設備などに当たらないよう15km/hで通り抜けた[5]

網干電車区からは、震災による損傷が復旧して出場し、所属区所に回送された車両とあわせて149両が、また不通区間の西側での輸送力増強のため、広島運転所日根野電車区の103系8両が吹田工場(当時)から網干電車区に回送された。このほか、4月20日のダイヤ改正にあわせて新装された681系207系も同様に播但線経由で回送された。

使用車両[編集]

現在の車両[編集]

電車[編集]

電車は姫路駅 - 寺前駅間の電化区間で使用されている。この区間で使用されている車両は221系・223系(代走のみ)を含め、扉横のボタンを押して扉を開閉するようになっている。

103系(3500番台)
播但線向けにワンマン設備などを備えた網干総合車両所所属の103系3500番台で運用される。編成記号はH。このうち、H6編成は2008年3月から、H7編成は同年5月から、H9編成は同年12月から「銀の馬車道」のラッピングを施されている。全編成にATS-Pが設置済。2006年3月18日のダイヤ改正から11月2日までは0番台も使用されていた。
221系
網干総合車両所所属の車両が朝の1往復のみ運用されている。2003年12月1日から土曜・休日に限り運転を開始し、翌2004年6月12日から平日も運転するようになった。4両・6両編成が使用されていたが、2006年3月18日のダイヤ改正で一度運用を外れ、2007年3月18日のダイヤ改正から6両編成が使用されている。

気動車[編集]

気動車は特急「はまかぜ」用のキハ189系をのぞいて寺前駅 - 和田山駅間の非電化区間で使用されている。

キハ40形・キハ41形
福知山電車区豊岡支所に所属する車両により、寺前駅 - 和田山駅間の非電化区間でワンマン運転を行っている。このうち2両は、2009年6月に「銀の馬車道」「鉱石の道」のラッピングが施工された[6]
キハ189系
吹田総合車両所京都支所に所属している車両で、特急「はまかぜ」として全線を走行している。2010年11月7日からキハ181系に代わって運転を開始した[7]

過去の車両[編集]

1972年(昭和47年)10月の蒸気機関車全廃時までは、C57形C55形C11形が牽引する旧形客車主体の列車編成であった。昭和初期から戦時中には9600形D50形といった貨物型機関車のほかにC51形C54形も配置されていたようであるが、昭和30年代には客車用の2形式による牽引体制が確立していた。

播但線でも貨物扱いがあったが、線路規格が低く、貨物牽引の代表形式であるD51形が配備されていなかったため、旅客機であるC57形牽引の定期貨物という珍しい取り合わせが話題であった。

勾配がきつい生野峠越えのため補機を設けていたほか、C57形の回送運用を兼ねて三重連牽引もしばしば見られた。生野峠での補機には、1960年(昭和35年)よりDF50形ディーゼル機関車が、また1969年(昭和44年)からはDD54形ディーゼル機関車が用いられた。1972年(昭和47年)の無煙化後は、山陰本線より転属してきたDD54形が旧形客車を牽引していたが、故障が多発していたため1979年(昭和54年)までに順次DD51形ディーゼル機関車(福知山運転所所属)やDE10形ディーゼル機関車(姫路第一機関区→姫路運転区所属)に置き換えられた。

牽引される客車については旧形客車から、1978年(昭和53年)ごろより50系客車(姫路客貨車区所属)への置き換えが進められ、1992年(平成4年)3月14日の客車列車全廃時までDD51形またはDE10形牽引による50系客車のスタイルが見られた。

1990年(平成2年)には冷房化を目的として山陰本線(嵯峨野線)の京都駅 - 園部駅間の電化によって余剰となった12系1000番台(近郊改造型)客車が投入された。非冷房時代が長かったため、導入時には、「冷房車両が登場」と沿線に新聞折込広告が配布された。しかし、車両数が少なかったため朝夕のラッシュ時のみの運用にとどまり、50系客車と同じく1992年(平成4年)3月13日までの運用となった。

客車を牽引する機関車は、前述のDD51形ディーゼル機関車とDE10形ディーゼル機関車があてられたが、姫路駅 - 和田山駅間の直通列車がDD51形、姫路 - 寺前間の列車がDE10形と分けられていた。

気動車については、1977年(昭和52年)ごろよりキハ10系の置き換えとしてキハ40系が投入された。昼間の閑散時にはキハ47形による2両編成もあったが、ラッシュ時には6両編成と気動車にしては長編成を組まれる場合もあった。1992年(平成4年)3月14日以降は、客車置き換え用として北陸地区より転属したキハ58系初期型を改造したキハ58系5500番台車(オールロングシート改造車)が投入された。5500番車のロングシートは1本が両端デッキ部を除く約17mにもおよぶ長さが特徴であった。導入当初は、元線区仕様のカラーリングのままであったため注目を集めていたが、順次播但線カラーに変更された。

このほかに、特急「はまかぜ」はキハ80系(1982年6月30日まで[8])、キハ181系(1982年7月1日[8]から2010年11月6日[9]まで)を使用し、1996年3月15日まで運行されていた急行但馬」用にキハ58系も運用されていた。

電化以前は優等列車を除いて基本的に姫新線と共通の運用であり、車両についても同じ運用であった。また、姫路駅で山陽本線(JR神戸線)に接続しているが、機関車などは福知山機関区の所属機を使用することが多かった。

電化後も113系電車が2006年11月3日から2007年3月17日まで使用されていた。このとき両端先頭車のドアは押しボタン式の半自動、それ以外の車両のドアは手動扱いであった。

歴史[編集]

姫路駅 - 新井駅間は播但鉄道、新井駅 - 和田山駅間は播但鉄道を買収した山陽鉄道により開業した。播但鉄道時代に開業した飾磨港駅 - 姫路駅間は飾磨港線と呼ばれていた(「日本国有鉄道線路名称」においては、播但線は「飾磨港 - 和田山」であり、この区間は戸籍上は姫路駅 - 和田山駅間と一体の扱いであった。この点は、戸籍上も福知山線の枝線だった尼崎港線とは異なる)。貨物輸送主体で旅客列車が1日2往復しかなかった飾磨港線は、1986年(昭和61年)に廃止された。飾磨港線の姫路駅付近の一部区間の跡地は、山陽電鉄本線に転用されている。

山陽本線と山陰本線を連絡する路線であることから輸送力増強および東海道本線山陽本線JR神戸線)不通時の代替路線として以前から電化計画があった。阪神・淡路大震災の教訓から非常時の代替路線の必要性が高まり、播但線についても候補として検討されているが、ともに代替(電化対象)路線とされ播但線よりも東に位置する加古川線谷川駅 - 加古川駅間)が先に全線電化が完了している。播但線は1998年(平成10年)に姫路駅 - 寺前駅間が電化されたが、寺前駅 - 和田山駅間は断面の狭いトンネルが数多く存在しており、この区間の電化には大規模な改良を必要とすることから、電化対象路線としては加古川線に先を越された形となっている。

年表[編集]

播但鉄道・山陽鉄道[編集]

  • 1894年明治27年)7月26日播但鉄道により姫路駅 - 寺前駅間(18M33C≒29.63km)が開業。野里駅・香呂駅・福崎駅・甘地駅・鶴居駅・寺前駅が開業。
  • 1895年(明治28年)
    • 1月15日:寺前駅 - 長谷駅間(4M0C≒6.44km)が延伸開業。長谷駅が開業。
    • 4月17日:飾磨駅 - 姫路駅間(3M31C≒5.45km)、長谷駅 - 生野駅間(5M5C≒8.15km)が開業。飾磨駅(のちの飾磨港駅)・生野駅が開業。
  • 1896年(明治29年)
    • 8月19日:仁豊野駅が開業。
    • 8月31日:全線改マイル、7C(≒0.14km)短縮。
  • 1897年(明治30年)
  • 1898年(明治31年)
    • 2月18日:京口駅が開業。
    • 3月28日:溝口駅開業。
    • 4月21日:亀山駅 - 姫路駅間に豆腐町駅が開業。豆腐町駅 - 姫路駅間の旅客営業が廃止され、旅客列車は飾磨駅 - 豆腐町駅間の区間運転とし、豆腐町駅 - 姫路駅間は徒歩連絡になる。
  • 1901年(明治34年)8月29日:生野駅 - 新井駅間(5M15C≒8.35km)が延伸開業。長谷駅 - 生野駅間の改マイルにより、20C(≒0.40km)短縮。新井駅が開業。
  • 1902年(明治35年)11月12日:営業距離の表記をマイル・チェーンからマイルのみに簡略化(35M57C→35.7M)。
  • 1903年(明治36年)6月1日山陽鉄道が全路線を譲り受ける。
  • 1906年(明治39年)
    • 2月8日:姫路駅 - 新井駅間改マイル、0.1M(≒0.16km)延長。
    • 4月1日:新井 - 和田山間(8.6M≒13.84km)が延伸開業し、現在の播但線が全通。竹田駅・和田山駅が開業。

国有化後[編集]

西日本旅客鉄道発足後[編集]

  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道が承継。
  • 1991年平成3年)
    • 4月1日:姫路駅(構内のぞく)- 和田山駅(構内のぞく)間が福知山支社から福崎鉄道部の直轄になる。
    • 11月1日:ワンマン運転開始[17]
  • 1998年(平成10年)3月14日:姫路駅 - 寺前駅間が電化。この区間の営業列車を電車(103系3500番台)に置き換え。
  • 2002年(平成14年)3月23日:ダイヤ改正により寺前駅 - 和田山駅間の22時台以降の列車が削減。
  • 2006年(平成18年)4月1日:姫路駅 - 和田山駅間の全通100周年記念セレモニーが和田山駅で行われ、特製ヘッドマーク掲出運転や様々な記念関連イベント開催。
  • 2008年(平成20年)12月22日:姫路駅付近(約1.3km)が高架化[18]
  • 2010年(平成22年)6月1日:福崎鉄道部が廃止され、福知山支社の直轄に戻る[17]

駅一覧[編集]

  • 普通列車は全列車が各駅に停車。特急停車駅は「はまかぜ (列車)」を参照
    • 快速…●印の駅は停車、|印の駅は通過
  • 線路(全線単線) … ◇・∨・∧:列車交換可、|:列車交換不可
  • 全駅兵庫県内に所在
電化状況 駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 快速 接続路線 線路 所在地
電化 姫路駅 - 0.0   西日本旅客鉄道山陽新幹線山陽本線(神戸方面はJR神戸線)・姫新線赤穂線[* 1]
山陽電気鉄道本線山陽姫路駅
姫路市
京口駅 1.7 1.7    
野里駅 2.6 4.3    
砥堀駅 1.7 6.0    
仁豊野駅 2.2 8.2    
香呂駅 3.0 11.2    
溝口駅 2.0 13.2    
福崎駅 3.9 17.1     神崎郡福崎町
甘地駅 3.5 20.6     神崎郡市川町
鶴居駅 3.9 24.5    
新野駅 3.2 27.7     神崎郡神河町
寺前駅 1.9 29.6  
非電化 長谷駅 6.3 35.9  
生野駅 7.7 43.6   朝来市
新井駅 8.3 51.9  
青倉駅 3.7 55.6  
竹田駅 4.3 59.9  
和田山駅 5.8 65.7 西日本旅客鉄道:山陰本線
  1. ^ 赤穂線の正式な起点は山陽本線相生駅だが、全列車が姫路駅に乗り入れている。

下記以外の駅は無人駅である。

飾磨港線(廃止)[編集]

全駅兵庫県姫路市内に所在。接続路線の事業者名は当区間廃止時。

駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線・備考
飾磨港駅 - 0.0  
飾磨駅 1.3 1.3  
亀山駅 1.9 3.2 山陽電気鉄道本線亀山駅(当駅から約200m)
豆腐町駅 2.1 5.3 1925年廃止
姫路駅 0.3 5.6 日本国有鉄道山陽新幹線山陽本線姫新線

脚注[編集]

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  1. ^ 近畿エリア・広島エリアに「路線記号」を導入します - 西日本旅客鉄道
  2. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB、1998年、ISBN 978-4-533-02980-6
  3. ^ 『JR時刻表』2012年3月号、交通新聞社、p.359。
  4. ^ 3月17日のダイヤ改正より、一部の普通列車が停車しない駅があります。 (PDF) - 西日本旅客鉄道
  5. ^ 西日本旅客鉄道監修『よみがえれ! 線路よ街よ - 阪神・淡路大震災 JR西日本100人の証言』交通新聞社 p.137
  6. ^ キハ41に「銀の馬車道」と「鉱石の道」のラッピング - 『鉄道ファン交友社 railf.jp鉄道ニュース 2009年6月8日
  7. ^ 2010年7月定例社長会見インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2010年7月21日
  8. ^ a b 池田光雅『鉄道総合年表 1972-93』中央書院、1993年、p.82
  9. ^ キハ181系”はまかぜ”ラストラン - 『鉄道ファン交友社 railf.jp鉄道ニュース 2010年11月7日
  10. ^ 『鉄道省年報. 昭和9年度』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  11. ^ 『近畿地方の日本国有鉄道 -大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.360。
  12. ^ 『近畿地方の日本国有鉄道 -大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.364。
  13. ^ 『近畿地方の日本国有鉄道 -大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.373。
  14. ^ a b c 『近畿地方の日本国有鉄道 -大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.377。
  15. ^ a b 『近畿地方の日本国有鉄道 -大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.381。
  16. ^ 『近畿地方の日本国有鉄道 -大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.383。
  17. ^ a b ジェー・アール・アール編『JR気動車客車編成表 2011』交通新聞社、2011年。ISBN 978-4-330-22011-6
  18. ^ JR姫新線・播但線高架化実現について - 姫路市

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]