うずしお (列車)
| うずしお | |
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N2000系「うずしお」
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| 運行鉄道事業者 | 四国旅客鉄道(JR四国) |
| 列車種別 | 特急列車 |
| 運転区間 | 岡山駅・高松駅 - 徳島駅 |
| 経由線区 | 宇野線・本四備讃線・予讃線・高徳線 |
| 使用車両 (所属区所) |
キハ185系気動車(高松運転所) 2000系気動車(高松運転所) |
| 運転開始日 | 1988年4月10日 |
| 備考 | 2012年3月17日現在 |
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この表について
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うずしおは、四国旅客鉄道(JR四国)が岡山駅・高松駅 - 徳島駅間を宇野線・本四備讃線・予讃線(瀬戸大橋線)・高徳線経由で運行する特急列車である。
本項では、高徳線で運転されていた優等列車の沿革についても記述する。
目次 |
[編集] 概要
特急「うずしお」は、1988年4月10日に本四備讃線(瀬戸大橋線)の開通に伴い、それまで高松駅 - 徳島駅間で運転していた急行「阿波」をすべて特急に格上げする形で運転を開始。1990年11月には、本四備讃線の開通時に「むろと」から改称された「阿波」も「うずしお」に吸収されている。
列車名は徳島県鳴門市と兵庫県南あわじ市(淡路島)の間にある鳴門海峡で発生する渦潮を平仮名表記したものである。なお、「うずしお」の名称は1961年から1972年まで、大阪駅(1964年以降は新大阪駅) - 宇野駅間を運行する特急の名称として使用されていた。この列車の沿革についてはマリンライナー#四国連絡列車沿革を参照のこと。
[編集] 運行概況
2012年3月17日現在、日本の気動車特急の中で最も運行本数が多い(下り17本・上り16本)。基本的には高松市と徳島市の輸送を中心とし、高松駅 - 徳島駅間に下り15本・上り14本が運転されているが、岡山駅 - 徳島駅間でも2往復が運転されている。なお、岡山直通の「うずしお」は宇多津駅 - 岡山駅間を「南風」と併結して運転されている。
[編集] 停車駅
岡山駅 - 児島駅 - 宇多津駅 - 高松駅 - 栗林駅 - (屋島駅) - 志度駅 - (オレンジタウン駅) - (讃岐津田駅) - 三本松駅 - (讃岐白鳥駅) - (引田駅) - 板野駅 - (池谷駅) - (勝瑞駅) - 徳島駅
- 2012年3月17日現在。
- ( )内の駅は一部の列車が停車する。
高松駅 - 徳島駅間の途中駅で上下全列車が停車するのは、栗林・志度・三本松・板野の4駅であり、それ以外の駅は列車によって停車駅が異なる。そのため、多くの特急停車駅に掲出される時刻表では、特急の時刻とともに、その先の停車駅が頭文字で表記されている。
[編集] 使用車両・編成
| うずしお | ||||||||||||||||||||||
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← 徳島・宇多津
岡山・高松 →
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基本的には高松運転所に所属する2000系気動車のうち、最高速度130km/h運転に対応するN2000系が使用されている。かつては一部に最高速度120km/hの2000系量産車が使用されていたが、2011年3月のダイヤ改正で「南風」の一部と運用が入れ替えられ、N2000系に統一された。
しかし、同形式だけで全運用をこなすことには無理があるうえ、「剣山」や「むろと」の高松運転所からの入出庫の関係上、2往復(7・8・29・32号)にはキハ185系気動車が使用されている[1]。使用車両によって、ヘッドマークの色が異なる。
全列車が普通車のみで、グリーン車が連結されることはなく、指定席は常に1/3両から1両の設定[2]で、自由席よりも多くなる列車はない。これは「うずしお」の高松駅 - 徳島駅間の運行距離が100km未満であり、短距離利用の乗客が多く頻繁に乗り降りがあるために自由席でも簡単に座れることなどの理由による。同じ車両で指定席と自由席に分かれる場合、指定席部分には青色の座席カバーが装着され、これは「南風」などでも採用されている。また、線形の関係で高松駅と宇多津駅では列車の進行方向が変わる。
1988年の運転開始当初は岡山駅発着列車も含めて全列車が普通車のみの2両編成全車自由席で運転が計画されていた。これは日本国有鉄道(国鉄)・JRグループの特急列車史上最短編成となったが、瀬戸大橋線の開業ブームにより、運転開始当日の岡山駅発着列車で1両が増結されたのが毎日続くようになり、すぐに全列車が3両編成になり、しばらくして岡山駅発着列車以外は2両編成で運転されるようになった。1990年7月に岡山駅発着列車は3両編成のうちの1両が指定席になり、1993年10月に高松駅 - 徳島駅間は全列車が3両編成で1両が指定席になった。1996年3月から岡山駅発着列車を含む6往復に半室グリーン車のキロハ186形が組み込まれたが、N2000系導入後の1998年10月改正でグリーン車の連結を中止している。
一列車あたりの車輌数は、朝ラッシュ時の通勤・通学列車として利用の多い「うずしお4号」(徳島駅 - 高松駅)が5両編成[3](右図Dの編成)である以外は、2両または3両編成(右図A・Bの編成)で運転されている。しかし、阿波踊り期間中は乗客増のため5両編成に増結される列車もある。N2000系導入後、岡山駅発着の列車は4両編成で運転されていたが、利用者の減少や併結列車の関係から2008年以降は3両編成(右図Eの編成)となっている。2011年3月改正からは、22号と27号が2両となった。このほか、「うずしお」7号は土曜・休日などにキロハ186形を改造したイベント車両「ゆうゆうアンパンマンカー」が連結され4両編成での運転になる。また折り返しのためこの車両の連結日には「うずしお」32号が3両編成の運転になる(ゆうゆうアンパンマンカーは営業なし)。さらに年始には、牟岐線直通の「やくおうじ号」[4]が運転される。なお5両編成以上で運転の列車は、高松駅・栗林駅・徳島駅以外の停車駅はホームの有効長が4両分のため締め切り扱いになる車両がある。
かつてJR四国が所有していたキハ181系気動車は、先頭車のキハ181形にトイレが設置されていないことや、また運転室後部に機器室が設置されていることもあって定員が確保できず、2両編成では運転できないことから使用されることはなかった。同系が「うずしお」に使われたのは1993年に香川県と徳島県で開催された東四国国体秋季大会開催時期に2往復の定期列車に臨時運用で入り、7両または5両編成で運転された。同年3月に一般営業から離脱していたが、このときのために5両編成2本が残されていた。この臨時運用で運転された「うずしお」がJR四国所有のキハ181系の特急列車としてのラストランとなった。
ちなみに、東四国国体の秋季大会開催時期はキハ185系「うずしお」も岡山駅・高松駅 - 徳島駅間では4両から7両編成を組成してキロハ186形が増結された列車があったり、下り3本、上り2本が岡山駅まで運行区間が延長された。上り1本は臨時列車として高松駅 - 岡山駅間の「うずしお」86号として運転された。
[編集] 利用状況と競合交通機関
2010年3月13日現在、日本の気動車特急で一番本数が多いとはいえ、列車1本あたりの利用者数は少なく、決して利用者が多いとは言えない。一日の平均利用者数は約3,500人で、四国内を走り、新幹線乗換駅を擁する岡山市と愛媛県と高知県の県庁所在地を結ぶ「しおかぜ」や「南風」に比べるとはるかに少ない。「うずしお」も岡山市と県庁所在地の徳島市を連絡する特急であるが、利用が少ないのは、徳島県から京阪神方面への移動は、鉄道よりも明石海峡大橋を経由する高速バスのほうが所要時間や運賃・料金の面から圧倒的に便利であって同方面への鉄道の輸送需要がほとんどないこと、沿線に高松市・徳島市以外に人口の多い都市が少ないこと、徳島市は松山市に比べると都市の規模が小さいこと、もともと徳島県は京阪神との繋がりが強く中国地方との交流が少ないことなどが主な理由として挙げられる。岡山駅発着列車を除いて、高松駅で快速「マリンライナー」と接続が図られている。
[編集] 明石海峡大橋・高松自動車道開通以前
高徳線の高速化工事を施工して1988年に登場してから10年ほどは、増発や、割引乗車券類の発売、スピードアップ、急行の廃止を実施した関係もあり高徳線内の駅へのこまめな停車などで利便性を高め、利用者は僅かながら増加傾向にあった。当時、高松市と徳島市を結ぶ幹線道路は国道11号線しかなく、約2時間を要していたうえ、鳴門市から高松市にかけては全線片側1車線であることから、志度駅や三本松駅付近では渋滞が慢性化しており[5]、同区間を1時間15分程で結ぶ「うずしお」は所要時間で大きな優位性を持っており、そういうところも利用者増の理由の一つであった。また明石海峡大橋も未開通で、徳島から京阪神方面への一般的な移動ルートは小松島港 - 和歌山港 - 難波駅間の南海フェリーと南海電気鉄道を経由するものや、徳島市の沖洲や鳴門市を発着する高速艇や水中翼船であり、船を好まない者の利用もそこそこあったのである。岡山直通列車は高松での乗換えが不要で人気が高く、指定席は満席になる日も多く、常時4両編成で運転されていた。また、1995年の阪神・淡路大震災で山陽新幹線や山陽本線が不通となった際には、当時は高速船(南海徳島シャトルライン)も就航していた南海フェリーと併せて高松 - 関西以東の迂回ルートともなった。
[編集] 明石海峡大橋・高松自動車道開通後
高速道路に対抗するため、明石海峡大橋開通前の1996年ごろから高徳線のさらなる高速化工事に着手し、1998年からは最高速度110km/hのキハ185系に代わって最高速度130km/hの振り子式気動車N2000系を投入するなどスピードアップを図り、高松駅 - 徳島駅間の最速所要時間は55分となった。しかし、同年に明石海峡大橋が開通すると、徳島から京阪神への高速バスが設定されたことで、同方面への鉄道利用客は減少した。加えて2001年には高松自動車道板野IC - 高松中央IC間が開通すると、高松市 - 徳島市間は自動車で1時間半程のアクセスタイムとなり、同区間の運賃を「うずしお」利用時の半額とした高速バス「高徳エクスプレス」も運転を開始し、自動車に対する優位性は失われ始めた。本列車の利用客は年々減少の一途をたどり、特に岡山直通列車は、岡山までの利用が10人しかいない日もみられるようになった。このような状況にJR四国も決して何もしてこなかった訳ではないが、高速道路網の急速な整備の中、利用者減少を防ぐことはできなかった。その後徳島と岡山・広島を結ぶ高速バスも設定され、「うずしお」を取り巻く環境は厳しくなっている。
[編集] 現状
このような状況の中、JR四国はさまざまな巻き返しを図っている。徳島から京阪神方面は高速バスが優位であることから、中国・九州方面への利用者増を狙って、「広島のぞみ往復きっぷ」、「博多のぞみ往復きっぷ」、「岡山・倉敷フリーきっぷ」などの割引乗車券を発売している。また徳島駅を5時台に発車する列車と高松駅を23時台に発車する列車を増発し、福岡・広島での滞在時間の拡大を図った。しかし、もともと徳島県と中国・九州地方は交流が少ない[6]こともあり、大幅な利用増には繋がっていないのが現状である。この他、これまでも「Sきっぷ」と称する往復割引乗車券を発売するなどしてきたが、2005年7月には徳島 - 高松間にも新たな割引乗車券「週末自由席早トクきっぷ」を発売した。この切符は前日までに購入すれば同区間を往復2,600円と、通常運賃・料金の半額で利用でき、高速バスの往復運賃とほぼ同額である。週末のみの利用で有効期限がその日限りとはいえ、今までにない大幅な割引で高速道路やそこを走行する高速バスに対抗している。「高徳エクスプレス」は高松・徳島とも最終便が19時台と早いという弱点を抱えていることから、遅い時間帯の列車を充実させている。また、一部の列車に「ゆうゆうアンパンマンカー」を連結し、子供連れの家族の利用促進を図っている。
通勤・通学での特急利用の促進にも力を入れている。特急を利用すれば徳島 - 高松間は通勤・通学をすることは容易な距離であり、普通列車で通うよりも時間に余裕が持てる。特急利用の定期券「快てーき」は着実に利用者を増やしており、これまでは単身赴任や下宿をしていた者や、早起きして普通列車を利用していた者が利用するようになった。マイカー通勤者の一部も特急通勤の快適さを知って鉄道利用に切り替えた者も現われ始めた。通勤・通学時間帯を走る「うずしお」4号は、5両編成で運転される[7]ほか、「うずしお」27号は、岡山駅始発に加えて夕方のラッシュ時に重なることから、高松駅発車時点で立ち客が出るほどである。また、JR四国は、発足当初から通常の定期券利用者も自由席特急券を購入すれば、特急列車自由席に乗車できるようにしていたが、さらに特急回数券「快てーき回数券」を発売することで、特急利用客を増やし、増収に努めている。
JR四国では自由席特急料金も25kmまで310円、50kmまで510円と廉価に設定されており、高松駅 - 志度駅間など短区間での特急利用も多いのが特徴である。
[編集] 臨時列車
[編集] 阿波踊り号
徳島市で阿波踊りが開催される期間中は、定期「うずしお」の最終列車の後に、徳島駅→高松駅間で臨時特急列車として、「阿波踊り号」を運転している。予讃線の最終特急「ミッドナイトEXP高松」運転開始後は、同列車を徳島駅始発として「阿波踊り号」の列車名で運転し、高松駅以西は時刻が繰り下げとなる。過去には団体輸送のため松山まで延長されたことがあった。
[編集] やくおうじ号
四国八十八箇所の23番札所薬王寺(最寄り駅は日和佐駅)への初詣参拝客のために、高松駅 - 日和佐駅間を高徳線・牟岐線経由で正月三が日に運行する臨時特急列車として「やくおうじ号」が運行される。以前は、臨時急行「やくし号」[8]で運転され「むろと」「阿波」と併結して運転していた。「阿波」の廃止後は、特急「やくし号」や「初詣やくし号」[9]、「やくおうじ号」などで運転され「うずしお」と併結したり、単独で運転していた。2003年以降は「やくおうじ号」になっている。
1往復が運転されるが、下りは高松駅→徳島駅間で「うずしお」7号と併結運転し、上りは志度駅で「うずしお」20号を待避するダイヤを組んでいる。キハ185系気動車を使用し、普通車のみ2両編成で全車自由席である。
- 停車駅
- 高松駅 - 栗林駅 - 屋島駅 - 志度駅 - 讃岐津田駅 - 三本松駅 - (引田駅) - 板野駅 - 〔板東駅〕 - 池谷駅 - 徳島駅 - 南小松島駅 - 羽ノ浦駅 - 阿南駅 - 由岐駅 - 日和佐駅
- ( )は上りのみ停車、〔 〕は下りのみ停車。
- 一時期牟岐駅まで延長運転されたが、2008年からは日和佐駅発着に戻された。
[編集] 高徳線優等列車沿革
- 1959年(昭和34年):高松駅 - 徳島駅間を運行する準急列車「阿波」(あわ)運転開始。
- 1961年(昭和36年):「阿波」の一部列車に「なると」「眉山」(びざん)の名称を与える。
- 1962年(昭和37年):高松駅 - 牟岐駅間を運行する準急列車「むろと」運転開始。また、「眉山」、「なると」の名称を廃止。「阿波」に統合。
- 1966年(昭和41年):準急「むろと」を急行列車に昇格。
- 1968年(昭和43年):準急「阿波」を急行に昇格。
- 1975年(昭和50年):「阿波」の一部列車にグリーン車の連結を行う。その際、キロハ28 1を導入する。
- 1980年(昭和55年)10月1日:このときのダイヤ改正により、四国島内の急行列車へのグリーン車連結を廃止。
- 1988年(昭和63年)
- 1989年(平成元年)7月:瀬戸大橋上の騒音対策の関係で児島駅を通過とし、JR四国の乗務員が岡山駅まで乗務するようになる。
- 1990年(平成2年)
- 1992年(平成4年)3月:阿佐海岸鉄道阿佐東線開業で甲浦駅まで乗り入れ開始。
- 1993年(平成5年)10月:「うずしお」の高松駅 - 徳島駅間全列車に指定席を連結。
- 1996年(平成8年)3月:「うずしお」の岡山駅乗り入れ2往復を含む6往復にグリーン車指定席を連結。
- 1998年(平成10年)
- 1999年(平成11年)3月13日:「うずしお」のほとんどの列車を2000系気動車とする。徳島駅で系統分離され、徳島駅 - 甲浦駅間が上り1本・下り2本、徳島駅 - 牟岐駅間1往復は特急「むろと」となる。牟岐線に入る「剣山」は上り1本となる。
- 2001年(平成13年)3月3日:ダイヤ改正により、次のように変更。
- 2002年:リバイバルトレインとして西日本旅客鉄道(JR西日本)のキハ181系国鉄特急色編成による「うずしお」が高松駅→徳島駅間で運転。
- 2003年(平成15年)10月1日:伊予西条駅始発の列車が高松駅で系統分離され、伊予西条駅 - 高松駅間は「いしづち」となる。
- 2005年(平成17年)3月1日:「うずしお」を1往復増発し、16往復になる。
- 2008年(平成20年)3月15日:全車禁煙になる。
- 2011年(平成23年)3月12日:ダイヤ改正により、次のように変更[10]。
- エル特急の呼称を廃止。
- 「うずしお」5号を新設し、上り16本・下り17本になる。
- 讃岐白鳥駅への停車が1往復増加。
- 2012年(平成24年)3月17日:栗林駅、屋島駅、引田駅、板野駅、勝瑞駅への停車を拡大予定(勝瑞駅のみ臨時停車扱い)。これにより、栗林駅と板野駅に全列車が停車するようになる。[11]。
[編集] 脚注
- ^ 『列車編成席番表 2010冬』交通新聞社
- ^ 「ゆうゆうアンパンマンカー」連結時の「うずしお7号」を除く。
- ^ なお、以前は「うずしお4号」の折返しだった「うずしお3号」も平日は5両編成、土曜・休日はともに3両編成で運転されていたが、2011年3月のダイヤ改正で「うずしお4号」は高松到着後、2両(折返しの「うずしお3号」)と3両(折返しの「うずしお5号」)に分割する運用パターンに変更となったため、「うずしお4号」は毎日5両編成での運転へと変更された。2012年3月のダイヤ改正では、土休日は4両編成となった(同時に「うずしお5号」も土休日は2両での運転となった)。
- ^ 下りは徳島駅まで「うずしお」7号に併結される。
- ^ 高松自動車道が開通した現在でも渋滞は解消されていない。志度の渋滞はさぬき東街道を通れば回避可能だが、三本松での渋滞は回避できない。
- ^ いうまでもなく京阪神との交流の方が圧倒的に多い。
- ^ 通路やデッキまで立ち客がいる時もある。
- ^ 全車指定席だったこともある。
- ^ ともに全車指定席だったこともある。
- ^ 平成23年3月ダイヤ改正について - 四国旅客鉄道プレスリリース 2010年12月17日
- ^ 平成24年3月ダイヤ改正について - 四国旅客鉄道プレスリリース 2011年12月16日
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