サザン (列車)

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サザン
Nankai12000.jpg
運行事業者 南海電気鉄道
列車種別 特急列車
運行区間 難波駅 - 和歌山市駅和歌山港駅
経由線区 南海本線和歌山港線
使用車両
(所属区所)

座席指定席車 - 10000系12000系

自由席車 - 7000系7100系8000系

サザンとは、南海電気鉄道が、難波駅 - 和歌山市駅和歌山港駅間を南海本線和歌山港線経由で運行する特急列車で、関西私鉄で唯一、座席指定車両と自由席車両を連結して運行する異制度混結列車である。

また、本項では「サザン」の前身である四国連絡特急「四国号」と淡路連絡急行「淡路号」、およびそれらの前身列車についても記す。

概況[編集]

南海の難波駅 - 和歌山市駅・和歌山港駅間を、座席指定車両を連結して運行する特急である。同区間の速達列車としての側面が大きく、最速で難波駅 - 和歌山市駅間を56分、難波駅 - 和歌山港駅間を61分で結んでいる。また、南海フェリー徳島航路は和歌山港駅発着の列車と連絡し、四国連絡列車としての側面も兼ねている。

2012年3月31日までは、昼間時にはサザンではなく単に「特急」と表記される座席指定車両を連結しない自由席のみの特急も運行されていた。なお、2012年7月2日から9月7日までお盆(8月13日・14日・15日)を除く平日ダイヤで2往復が節電のため8両から6両に減車のうえ、全車自由席特急に変更して運転する予定である。

2005年11月27日以降は、昼間時はサザンが毎時1 - 2本、自由席のみの特急と合わせて毎時2本(30分毎)運転されるようになる。2009年10月4日のダイヤ改正以降は、全車座席指定車両で運転される「サザン」は姿を消し、全車自由席特急も1日2往復のみとなり、これら以外の全ての特急が指定席車両と自由席車両の混結列車として運転されるようになった。2012年4月1日のダイヤ変更以降は、全ての特急が「サザン」に統一され、全車自由席特急は姿を消した。

指定席車両は座席指定料金(大人510円、小児260円[1])が必要なためラッシュ時を除いて空席が目立つ反面、自由席車両は4両しか連結されていないため、特に難波駅 - 堺駅間において終日混雑が激しい[2]

南海に4つある特急のうちこの列車のみ「特急券」の表現が用いられず、「座席指定券」もしくは「指定券」[3]の表現が用いられている。

運行形態[編集]

以前は、平日昼間時および土休日には座席指定車両4両(10000系電車を使用)と自由席車両4両の8両で、平日ラッシュ時[4] には一部列車が全車座席指定(10000系電車2編成連結)で運行されていた(この場合はホームライナーと同様の役割もみられた)が、2009年10月4日の南海線ダイヤ変更により、全車座席指定の列車は全廃され、全列車が一部座席指定に統一された。2011年9月1日から座席指定車両12000系電車の使用開始した。難波駅 - 和歌山市駅間の標準所要時間は登場当時は54分だったが、年々泉佐野駅以南で停車駅が増加していき、現在は最速で57分になっている。平日の朝夕ラッシュ時には急行並みの所要時間になる列車も存在する。 

本列車が停車駅に近づいた際には、車掌はまず全車両向けに到着駅名・次の停車駅・乗換えなどを案内し、その後4号車難波寄りの乗務員室に乗務している車掌が、10000系で運転の場合は、座席指定車の乗降ドアが折戸式で扉が内側に開く旨のアナウンスを、12000系で運転の場合は、奇数号車と偶数号車においての乗降ドアの位置(前か後ろか)のアナウンスを座席指定車向けに行う必要があることから、駅到着前のかなり早い段階でアナウンスが始まるのも特徴である。また和歌山港駅到着時には、航路連絡との兼ね合いから「本日も、南海四国ラインをご利用くださいまして、ありがとうございました」とアナウンスがなされる。

また2005年11月26日までは、終着駅以外は奇数号車は後ろ、偶数号車は前(難波行きの場合はその逆)でのみ扉扱いをし、それ以外の扉(運転室寄りの扉)についてはドアカットがなされていたが、泉佐野駅の高架化の影響(両側ドアを開閉するため)で全てのドア扱いを行うようになった。なお、12000系が導入された2011年9月1日以降も引き続き全てのドア扱いを行っているが、12000系のドア配置のため駅ホームでは運転室寄りの扉の乗車位置案内がなくなっている。

座席指定車があるので、時刻表や指定席発売窓口、指定席自動販売機などでは列車名に「サザン○○号」と表示しているが、駅の発車標では「サザン」と南十字星に似たようなマークだけしか表示されない。

停車駅[編集]

2006年から2008年まで、正月三が日の初詣客に対応するため、同期間中のデータイムのサザンおよび自由席特急は住吉大社駅に臨時停車するようになっていたが、2009年以降は再び臨時停車しなくなった。また、野外イベント会場「泉大津フェニックス」で大型イベント(ロック・フェスティバル等)が実施される日は、一部のサザンおよび自由席特急が泉大津駅に臨時停車することもある。

使用車両・編成[編集]

←和歌山市駅・和歌山港駅 難波駅→
1 2 3 4
凡例
  • 指=座席指定席
  • 自=自由席
  • ※…自由席車両は号車番号がない。
備考
  • 座席指定車 - 自由席車は基本的には通り抜けができない。
  • 全車禁煙。

座席指定車両として、和歌山市寄りに10000系もしくは12000系[5]を使用し、難波寄りに通勤形車両を4両連結して、その車両については自由席としている。この自由席はJRの新幹線在来線特急のように自由席特急料金が取られることはなく、乗車券のみで利用可能である。座席指定車への乗車には、乗車券の他に座席指定券が必要となる。指定席の車内設備等は特急「こうや」・「りんかん」と同等あるいは空港特急「ラピート」の「レギュラーシート」に準ずる仕様となっている。

車両の制御装置およびブレーキ方式の関係上、連結される通勤車両は、10000系とでは7000系もしくは7100系、12000系とでは8000系に限られる[6]

その他[編集]

車掌は2人乗務している[7]。なお、指定席と自由席の間は、貫通幌は接続されているものの施錠されるため行き来できないが、指定券を購入した乗客が自由席に乗車してしまったり、便所設備(指定席のみ連結)を使う場合は、4号車に乗務する車掌への申し出により連結部を通行することができる。

沿革[編集]

  • 1899年、和歌山 - 小松島港間に航路が開設され、連絡列車が運行されたとされる。なお、これが日本における鉄道連絡船の先例のひとつとも言われている。
  • 1922年、難波駅 - 和歌山市駅間で喫茶室併設の固定編成電車電7系による急行列車の運行開始。「浪速号」・「和歌号」・「住吉号」・「濱寺号」・「大濱号」・「淡輪号」の愛称が与えられる。
  • 1930年電9形に取り替え。難波駅 - 和歌山市駅間を1時間で運行される。
  • 1954年1948年に開設された深日港より発する淡路航路と四国航路との連絡のため、難波駅 - 多奈川線深日港駅間を運行する急行「なると」・「あわ」号運行開始。
    なお、当時は11001系(1954年-1973年)・12001系(1954年-1969年、のちに11001系に編入)が使用されている。
    また、難波駅 - 和歌山市駅間に特急を設定する。所要時分は60分。この特急列車の停車駅は龍神駅泉大津駅岸和田駅貝塚駅泉佐野駅であった。
  • 1955年4月21日、龍神駅と堺駅の統合により特急停車駅を堺駅に変更。
  • 1956年和歌山港線和歌山市駅 - 和歌山港駅(のちの築港町駅、現・廃止)間が開業すると運転区間も難波駅 - 和歌山港駅間に延長、和歌山港 - 小松島港(現在は徳島港)の航路に接続し、関西 - 四国間の最短ルートとなった南海本線の主力となった。
  • 1962年(昭和37年)4月12日、それまで旧1551系が充当されていた四国連絡急行「あわ号」に11001系を充当して特急に格上げし、同時に高知連絡特急「とさ号」を新設し、それにも同系が充当された。
  • 1964年(昭和39年)12月1日、南海汽船に就航したカーフェリー「きい丸」に連絡する「きい号」を新設。
  • 1961年、難波駅 - 和歌山市駅間の列車の内、和歌山 - 小松島港間航路に連絡する列車を特急に昇格。「四国号」の愛称を与えられる。
  • 1963年12月1日、四国連絡列車の和歌山港駅寄り1-2両を座席指定料金を徴収する座席指定車とする。
  • 1966年12月1日、国鉄大阪環状線との接続駅である新今宮駅開設に伴い、同駅に停車開始。
  • 1968年10月1日のダイヤ改正で、四国連絡特急は特急「四国号」に名称統合。停車駅も新今宮駅・堺駅・岸和田駅・和歌山市駅に変更されている。
1000系「四国号」 1985年
  • 1973年、架線電圧の1500Vへの昇圧に伴い、11001系後期製造車を更新改造した1000系(初代)が特急「四国号」に導入される。同時に難波駅 - 和歌山市駅間の所要時分は55分に短縮される。また、同区間に7100系冷房車を使用した全車自由席特急も増便され、特急は「四国号」と合わせて日中1時間毎の運転となる。
  • 1985年、特急「四国号」の後継列車として10000系電車を使用した「サザン」の運行を開始。同時に泉佐野駅が特急停車駅となる。
    当時は一部座席指定の座席指定車は2両で全車座席指定は4両編成(一部6両編成、朝ラッシュ時は後に8両編成になる)での運転であった。
  • 1986年、10000系電車が鉄道友の会ローレル賞を受賞。11月9日、難波駅で授賞式。
  • 1992年、座席指定車に新造中間車2両を組み込む。先頭車を中間車改造した車両も組み込まれ、座席指定車は4両となり8両編成で運転開始。
  • 1993年、多奈川線多奈川駅発着の急行「淡路号」廃止。晩年は他の急行と同じく7000系電車などの一般車が使用されていた。
  • 1994年、それまではみさき公園でイベントがあった時のみ臨時停車していたみさき公園駅が基本停車駅になる。
    多奈川線住民への難波直通列車廃止に対する考慮があったものと思われる。
  • 2001年天下茶屋駅尾崎駅が特急停車駅となる。後者は急行を減便する代わりの措置であった。
  • 2003年、「サザン」の禁煙車を従来より増設。
  • 2005年、自由席のみの特急を増便。土休日の全車座席指定の列車がなくなる。平日昼間(土休日は終日)は毎時2本の運転となる。
  • 2009年、全列車一部座席指定に統一される。ほぼ全時間帯に毎時2本の運転となる。
  • 2010年11月1日に運行開始25周年を迎える。また同年中に座席指定車両利用客が延べ4,000万人を突破したことが公表された。
  • 2011年9月1日に指定席車に12000系、自由席車に8000系を導入すると同時に「サザン」全列車・全席禁煙を実施。
  • 2012年、4月1日のダイヤ変更で全特急列車が「サザン」に統一される。深夜時間帯の上り列車(これは同時間帯の和歌山市駅発なんば行きの急行を格上げしたもの)を増発。一方、南海フェリーとの乗り継ぎ利用者が減少したのと、全特急列車の一部座席指定化に伴う車両捻出のため、日中の和歌山港駅乗り入れがなくなる(線内運転普通への置き換え)。

脚注[編集]

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  1. ^ ラピートこうや・りんかんに乗り継ぐ場合は別料金となる。
  2. ^ 1998年明石海峡大橋開通前は南海フェリーを介した大阪 - 四国(特に徳島)間の長距離利用者も多く、座席指定車の利用率は日中でも比較的高かったが、明石海峡大橋の開通後は四国連絡の長距離客の多くが神戸淡路鳴門自動車道を経由する高速バスに転移したため、日中の座席指定車の利用者は激減した。
  3. ^ 南海電鉄公式サイトのこちらのページでは、「特急サザン指定券」の表現を用いている。
  4. ^ 過去には土休日にもラッシュ時間帯に全車座席指定の列車が存在した。また昼間にも行楽客のためにみさき公園停車の臨時の全車両座席指定のサザンが運転されたことがある。
  5. ^ 新型特急「サザン」12000系が9月1日から営業運転開始 (PDF) - 南海電気鉄道ニュースリリース 2011年5月30日
  6. ^ イカロス出版「私鉄特急年鑑」2011-2012
  7. ^ 上りは指定席側に2名、下りは指定席側・自由席側に1名ずつ乗務する。

関連項目[編集]