独立国家共同体
- 独立国家共同体
- Содружество Независимых Государств
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(国旗) (国章) - 国の標語: なし
- 国歌: 独立国家共同体国歌

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公用語 ロシア語 首都 ミンスク 最大の都市 モスクワ 国家連合体 形成 1991年12月8日 通貨 不明(???) 時間帯 UTC +2 - +12(DST: 不明) ISO 3166-1 不明 ccTLD .by[1] 国際電話番号 375[1]
独立国家共同体(どくりつこっかきょうどうたい、英語: Commonwealth of Independent States、略称:CIS、ロシア語: Содружество Независимых Государств, СНГ)は、ソ連崩壊時に、ソビエト社会主義共和国連邦を構成していた15か国のうちの12か国によって結成されたゆるやかな国家連合体(コモンウェルス)。当時の欧州共同体 (EC) 型の組織をモデルにしたが、独自の憲法や議会をもってはいない。日本では英語名の略称であるCISの名で言及されることが多い。本部はベラルーシの首都ミンスクに置かれている。
トルクメニスタン、ウクライナ、モルドバが事実上の準加盟国(あるいは加盟国としての任務の拒否)になり、2008年8月の南オセチア紛争により2009年8月にグルジアが脱退したため、現在の正式加盟国は8か国である。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 創立
1991年12月8日、ロシアのボリス・エリツィン大統領、ウクライナのレオニード・クラフチュク大統領、ベラルーシのスタニスラフ・シュシケビッチ最高会議議長はベラルーシのベロヴェーシの森で、ソビエト社会主義共和国連邦の消滅と独立国家共同体 (CIS) の創立を宣言した(ベロヴェーシ合意)。続いて12月21日、カザフスタンでの首脳会議にグルジアを除く8か国も参加してアルマトイ宣言に調印した。1993年にはグルジアも含めて12か国すべてが加盟した。
ソ連を構成した全15国のうち、バルト三国はCIS設立前に独立したため加盟せず、2004年5月1日に欧州連合に加盟した[1]。グルジアは当初より反ロシア・親欧米路線を主張してCISへの参加を拒否したが、国内の南オセチア・アブハジア問題をきっかけに1993年に加盟した。また、トルクメニスタンは原加盟国だが、永世中立国を宣言したため、加盟資格を永久停止して、準加盟国として参加している。
ソ連崩壊によって誕生したCISであるが、加盟各国にとって(西側にとっても)最大の懸案は、各地に置かれた膨大な軍事施設、戦略核、弾道ミサイルであり、特に核戦力がベラルーシ、ウクライナ、カザフスタンによって大量に保管されていたことは脅威であったが、CISによってロシアが一括管理することが取り決められた。カザフスタンのICBM用核弾頭650発は1995年4月に撤去。ベラルーシは核弾頭18発を1995年末、ICBM18基を1996年に撤去。ウクライナにはICBM176基、戦略爆撃機46、核弾頭は実に1592発が存在していたが、第一次戦略兵器削減条約のリスボン議定書に基づいて、全てロシアの管理下におかれた。またカザフスタンに建設したバイコヌール宇宙基地はロシアがカザフスタンに使用料を支払うこととした。
1992年のバルセロナとアルベールヴィルにおけるオリンピックでは、統一した選手団を送ることとした。グルジアが当時はまだ加盟していなかったため、地域名はCISもフランス語のCommunauté des États indépendants (CEI) も用いられず、英語のUnified Team にあたるフランス語のÉquipe Unifiée からEUN と表記された。日本のマスメディアでは、漢字名で「独立国家共同体」或いはCISと呼ばれたりしたが、事実上「旧ソ連統一チーム」として扱われた。(詳しくはバルセロナオリンピック#EUN、アルベールビルオリンピック#EUN)
[編集] 民主主義と経済発展の機構 (GUAM)
一方、グルジア・ウクライナ・アゼルバイジャン・モルドバの4か国は、1997年に結成したGUAM(一時ウズベキスタンも参加、2006年に「GUAM 民主主義と経済発展のための機構」へ改称)を強化する方針を示しており、対立が深まっているといえる。これらの国は、2006年7月のCIS首脳会談に欠席することで、ロシアへ対立姿勢を示している。
[編集] ユーラシア経済共同体 (EurAsEC)
設立からしばらくは、ボリス・エリツィンのロシアが安定しなかったこともあり、共同体としての連携は目立たず、その間に、新設国は概ね強大な権力を持った大統領が治める独裁国家となった。ベラルーシ、カザフスタン、タジキスタン、キルギス、アルメニアはロシアとの緊密な関係を保ち、5か国で関税同盟を基礎にして、2000年10月ユーラシア経済共同体 (EurAsEC) を結成した。これに対し、グルジア、ウズベキスタン、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバはロシアから距離を置く政策を採り、これら諸国の頭文字を採ってGUUAMと称される組織を形成した。
2000年にウラジーミル・プーチンがロシア大統領となると、周辺国との連携を強化しようと試みるが、2001年のアメリカ同時多発テロが発生したため、国内のテロ対策も踏まえ、対テロ戦争に同意してアフガニスタン戦争のため、ウズベキスタン・タジキスタンへのアメリカ軍駐留を黙認したが、中央アジアでのアメリカの覇権が強まると考えられた。
[編集] バラ革命、オレンジ革命
プーチンは2003年のイラク戦争には反対して米国と対立する。イラクのフセイン政権打倒を果たし、自信を付けたアメリカ政府は「世界民主化」と銘打って、西欧のNGOなどと共にCIS域内の民主化勢力の支援を行った。この結果、グルジア(バラ革命)、ウクライナ(オレンジ革命)、キルギス(チューリップ革命)で独裁政権が倒れて民主化が達成された。しかし、米軍が駐留していたウズベキスタンでは、市民運動が革命に繋がらずに失敗、その結果アメリカはウズベキスタン大統領の怒りを買い、(アフガン作戦が一段落したこともあるが)同国から米軍を撤収させることとなった。
ウクライナやグルジアは北大西洋条約機構 (NATO) 加盟の意思を表明しているが、実現していない。以前よりCISへの嫌悪を隠さなかったグルジアは、2008年8月の南オセチア問題をきっかけとしてCISからの脱退を表明した。このときロシアはグルジアを爆撃・侵攻したが、CISはこれに対して声明を発せず、また各国も沈黙(賛成も反対もしない)を通している。
[編集] CISの交通
これらの鉄道は1520mm広軌であるために今でも頻繁に国際列車が運行され、ソ連時代からのエレクトリーチカや客車が各国で使用され、各国で様々な内装や塗装に変更され、個性が出来ている。CISは広大であるが電化率は高く、中央アジアでも電気機関車やエレクトリーチカが走っている。しかしEUに加盟したバルト三国やNATOに加盟をしようとしているウクライナではヨーロッパの標準軌ではないためにボトルネックとなり、フリーゲージトレインが使用されている区間がある。
現在ロシアではモスクワとサンクトペテルブルクを結ぶドイツのICEをモチーフにした高速列車・サプサン号が、ウズベキスタンではタシュケントとサマルカンドを結ぶスペインのタルゴを元にした高速列車のアフラシャブ号が、カザフスタンでは同じくスペイン製のタルゴが高速列車として走っている。
[編集] 機構
- 国家元首会議
- 政府議長会議
- 外務相会議
- 国防相会議
- 国境軍司令官会議
- CIS議会間総会
- 経済裁判所
[編集] 加盟国
1991年発足時
1993年加盟
グルジア(2009年8月18日に脱退)
※
ウクライナはベロヴェーシ合意に調印したが、正式的にCIS憲章を承認していない。そのため、法律上は加盟国・客員参加国の資格を有していないが、事実上の客員参加国である。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
- CIS公式サイト (ロシア語)(英語)
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