天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線

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天竜浜名湖線
二俣川を渡る天竜浜名湖線(2009年7月)
二俣川を渡る天竜浜名湖線(2009年7月)
路線総延長 67.7 km
軌間 1067 mm

天竜浜名湖線(てんりゅうはまなこせん)は、静岡県掛川市掛川駅から浜松市天竜区天竜二俣駅を経て、湖西市新所原駅に至る天竜浜名湖鉄道が運営する鉄道路線。略して天浜線(てんはません)とも呼ばれる。旧国鉄特定地方交通線(二俣線)を引き継いだ路線。

東海道本線から分岐して内陸部に入り、浜名湖の北岸を巡って再び東海道本線に合流しており、掛川 - 豊橋間の北回りバイパス線ともなっている。

本来は、掛川から遠江二俣、三河大野を経て岐阜県東濃地方の大井(現在の恵那)に至る鉄道(改正鉄道敷設法別表第63号)遠美線として計画されたが、軍事上の要請から、浜名湖付近で海岸線を通る東海道本線が敵軍の攻撃により不通になった際のバイパスとするため、終点を新所原に変更して建設された[1]。また、天竜二俣付近では、1929年 - 1935年に存在した光明電気鉄道線の廃線跡を転用して建設を行っている。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):67.7km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:38駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式:特殊自動閉塞式(電子符号照査式)
  • 保安装置:ATS-ST
  • 最高速度:80km/h
東名高速との交差地点(東都筑駅-浜名湖佐久米駅間、2011/11)

運行形態[編集]

ワンマン運転の列車が各駅停車で運転される。単線かつローカル線であるために、完全な等間隔運行ではないが、昼間はほぼ1時間に1本の割合で列車が運行されている。朝夕はこのほかに新所原 - 金指間、天竜二俣 - 宮口間、遠州森 - 掛川間に、それぞれ区間運転が行われる。

国鉄二俣線時代はキハ20形気動車1両または2両編成でおおむね2時間に1本の割合の運転であった。また一部の列車は東海道本線に乗り入れ豊橋駅までの直通運転を実施しており、新所原駅の西側にかつて二俣線の下り列車が立体交差で東海道本線に合流するための跨線橋があったが、第三セクター転換後は東海道本線への直通列車はなく、跨線橋も撤去されている。

2000年の春からトロッコ列車「そよかぜ号」が遠州森 - 三ヶ日間(2003年からは天竜二俣 - 三ヶ日間)を走っていたが、2007年度より客車の老朽化(台枠に亀裂が発見された)のため運行を中止し、後に廃車、解体された。このトロッコは、貨車改造のトロッコ車両2両と、上り方向にレールバス1両を連結した3両編成で、動力車はレールバスのみであった。終着駅でレールバスの機回しを避けるため、トロッコ車両の下り側は制御付き運転台となっており、下り列車の場合トロッコ車両を先頭にして、後のレールバスを操縦する方式(ペンデルツーク)を採用していた。

なお、全線の線路検測を実施する際は、東海旅客鉄道(JR東海)の軌道試験車キヤ95が乗り入れて行っている。

遠州鉄道鉄道線乗り入れ計画[編集]

迂回路として[編集]

天浜線(二俣線)を建設された当時、東海道本線は海岸線近くを走り、天竜川や浜名湖の鉄橋が攻撃されることも想定されたため、迂回路として海岸から距離のある現在のルートが選定された。その迂回路としての役割を実際に果たしたこともある。

  • 1944年(昭和19年)12月に東南海地震で東海道本線が大きな打撃を受けた際に、復旧するまで列車が通った。当時最新鋭の特急などが中山間の農村地帯を通ったことに沿線住民は驚いた。
  • 1945年(昭和20年)7月24日に東海道本線が空襲によって不通となった際に、列車3本が迂回した。
  • 1945年(昭和20年)7月30日に浜松駅が浜松空襲の艦砲射撃で不通となった際に、軍用列車や本線列車5本が迂回した[2]

利用状況[編集]

輸送実績[編集]

天竜浜名湖線の近年の輸送実績を下表に記す。輸送量は減少している。 表中、輸送人員の単位は万人。輸送人員は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、1987年(昭和62年)以降の最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で囲んで表記している。

年度別輸送実績
年 度 輸送実績(乗車人員):万人/年度 輸送密度
人/1日
特 記 事 項
通勤定期 通学定期 定 期 外 合  計
1986年(昭和61年) 1.6 1.8 6.5 9.9   国鉄より転換 開業
1987年(昭和62年) 35.7 87.6 75.0 198.3    
1988年(昭和63年) 37.0 93.0 83.5 213.5    
1989年(平成元年) 39.6 98.9 82.3 220.8    
1990年(平成2年) 40.7 106.2 87.5 234.4    
1991年(平成3年) 39.9 103.3 90.9 234.1    
1992年(平成4年) 37.7 98.2 91.7 227.6    
1993年(平成5年) 38.0 93.6 96.3 227.9    
1994年(平成6年) 36.8 95.9 93.3 226.0    
1995年(平成7年) 36.4 92.6 92.2 221.2   新型車両(TH3000型2両)導入
1996年(平成8年) 36.0 90.0 101.1 227.1    
1997年(平成9年) 35.4 85.4 96.3 217.1    
1998年(平成10年) 33.7 86.8 92.7 213.2    
1999年(平成11年) 34.2 86.8 86.8 207.8    
2000年(平成12年) 32.5 86.2 87.6 206.3    
2001年(平成13年) 30.6 84.4 84.6 199.6 991 新型車両(TH2000・2100型)導入開始
2002年(平成14年) 30.0 81.0 83.4 194.6   在来車両(TH1型)引退
2003年(平成15年) 28.0 82.2 79.1 189.3 900 新型車両(TH9200型1両)導入
2004年(平成16年) 27.8 77.8 75.7 181.4    
2005年(平成17年) 27.1 75.2 81.4 183.6 857  
2006年(平成18年)            
2007年(平成19年) 28.4 62.5 71.5 162.4    
2008年(平成20年)            
2009年(平成21年) 29.1 57.6 70.7 157.4 787  
2010年(平成22年) 29.3 57.9 67.8 155.0 777  


収入実績[編集]

天竜浜名湖線の近年の収入実績を下表に記す。旅客運賃収入は1996年(平成8年)以降減少している。運輸雑収については年度による変動が大きい。 表中、収入の単位は千円。数値は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、1987年(昭和62年)以降の最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で囲んで表記している。

 
年  度 旅客運賃収入:千円/年度 運輸雑収
千円/年度
総合計
千円/年度
通勤定期 通学定期 定 期 外 手小荷物 合  計
1986年(昭和61年) 12,143 ←←←← 21,442 0 33,585 35,472 69,057
1987年(昭和62年) 66,908 105,760 172,668 0 426,409 26,006 452,415
1988年(昭和63年) 69,897 115,458 282,464 0 467,819 19,781 487,600
1989年(平成元年) 74,238 125,459 277,337 0 477,034 25,076 502,110
1990年(平成2年) 76,274 134,780 290,461 0 501,515 33,379 534,894
1991年(平成3年) 73,228 131,028 302,300 0 506,556 25,143 531,699
1992年(平成4年) 68,049 123,470 307,104 0 498,623 24,143 522,766
1993年(平成5年) 67,640 118,729 317,478 0 503,847 30,676 534,523
1994年(平成6年) 71,741 130,573 332,899 0 535,213 25,525 560,738
1995年(平成7年) 69,799 130,859 325,184 0 525,842 24,499 550,341
1996年(平成8年) 68,655 127,785 363,237 0 559,677 36,312 595,989
1997年(平成9年) 66,516 121,636 346,131 0 534,283 30,989 565,272
1998年(平成10年) 63,729 124,549 327,857 0 516,135 34,430 550,565
1999年(平成11年) 63,856 126,151 305,195 0 495,202 27,988 523,190
2000年(平成12年) 61,623 126,541 311,185 0 499,349 28,298 527,647
2001年(平成13年) 59,148 121,806 299,559 0 480,513 27,087 507,600
2002年(平成14年) 58,449 119,500 282,001 0 459,950 30,531 490,481
2003年(平成15年) 53,697 115,776 269,327 0 438,800 36,482 475,282
2004年(平成16年) 54,540 111,207 263,464 0 419,211 55,696 474,907
2005年(平成17年) 52,507 104,723 248,445 0 405,675 27,856 433,531
2006年(平成18年)       0      
2007年(平成19年)       0      
2008年(平成20年)       0      

歴史[編集]

  • 1935年昭和10年)4月17日 - 二俣線 掛川 - 遠江森間 (12.9km) 開業。遠江桜木駅(現在の桜木駅)、原谷駅、遠江森駅(現在の遠州森駅)開業。
  • 1936年(昭和11年)12月1日 - 二俣西線 新所原 - 三ヶ日間 (12.1km) 開業。(新所原駅)、知波田駅、尾奈駅、三ヶ日駅開業。二俣線を二俣東線に改称。
  • 1938年(昭和13年)4月1日 - 二俣西線 三ヶ日 - 金指間 (13.8km) 延伸開業。都筑駅、佐久米駅(現在の浜名湖佐久米駅)、西気賀駅、気賀駅、金指駅開業。
  • 1940年(昭和15年)6月1日 - 遠江森 - 金指間 (29.1km) 延伸開業し掛川 - 新所原間全通。二俣東線が新規開業区間及び二俣西線を編入し二俣線に改称。遠江一宮駅、敷地駅、野部駅、遠江二俣駅(現在の天竜二俣駅)、西鹿島駅、岩水寺駅、宮口駅、都田駅開業。
  • 1953年(昭和28年)7月8日 - 東都筑仮停車場開業。
  • 1954年(昭和29年)10月10日 - 西掛川駅開業。
  • 1955年(昭和30年)5月6日 - 寸座駅開業。東都筑仮停車場を駅に格上げし東都筑駅開業。
  • 1955年(昭和30年)6月1日 - 上野部駅開業。
  • 1956年(昭和31年)5月10日 - 細谷駅開業。
  • 1956年(昭和31年)12月15日 - 二俣本町駅開業。
  • 1958年(昭和33年)11月1日 - 遠州鉄道の気動車が西鹿島 - 遠江二俣間に乗り入れ開始。
  • 1960年(昭和35年)4月20日 - 戸綿駅開業。
  • 1961年(昭和36年)5月16日 - 遠州鉄道の気動車の乗り入れ区間を遠江森まで延長 。
  • 1966年(昭和41年)10月1日 - 遠州鉄道の気動車乗り入れ廃止。
  • 1971年(昭和46年)3月31日 - 蒸気機関車全廃、無煙化。
  • 1984年(昭和59年)6月22日 - 第2次廃止対象特定地方交通線として廃止承認。
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - 貨物営業廃止。
  • 1987年(昭和62年)3月15日 - 国鉄二俣線 (67.9km) 廃止。天竜浜名湖鉄道 天竜浜名湖線 掛川 - 新所原間 (67.7km) 開業。気賀高校前駅、アスモ前駅開業。遠江桜木駅を桜木駅に、遠江森駅を遠州森駅に、野部駅を豊岡駅に、遠江二俣駅を天竜二俣駅に、佐久米駅を浜名湖佐久米駅に改称。
  • 1988年(昭和63年)3月13日 - 掛川 - 金指間を電子閉塞に切り替え。いこいの広場駅、原田駅、円田駅、浜松大学前駅(現・常葉大学前駅)、奥浜名湖駅開業。
  • 1989年平成元年)3月11日 - 金指 - 新所原間電子閉塞に切り替えにより全線電子閉塞化。タブレット廃止。
  • 1996年(平成8年)3月18日 - 掛川市役所前駅、フルーツパーク駅開業。
  • 2009年(平成21年)4月1日 - 大森駅開業[3]
  • 2015年(平成27年)3月14日 - 森町病院前駅開業予定[4]

車両[編集]

天竜浜名湖鉄道[編集]

国鉄時代[編集]

  • 気動車
    • キハ20形 - 1980年以降
    • キハ17形 - 1980年以前
    • キハ800形 - 遠州鉄道からの乗り入れ気動車
      • 二俣線時代の末期はキハ20形のみであった。
  • ディーゼル機関車
  • 蒸気機関車

駅一覧・接続路線[編集]

  • 全駅静岡県に所在。
  • カッコ内は旧国鉄二俣線時代の駅名。*印は天竜浜名湖鉄道転換後の新設駅。
  • 途中駅は、遠州森、天竜二俣、金指、三ヶ日以外は無人駅、有人駅営業時間は7 - 16時。
駅名 駅間キロ 営業キロ 国鉄時代の
営業キロ
接続路線・備考 所在地
掛川駅 - 0.0 0.0 東海旅客鉄道東海道新幹線東海道本線 掛川市
*掛川市役所前駅 1.3 1.3 ---  
西掛川駅 0.5 1.8 1.9  
桜木駅
(遠江桜木)
2.2 4.0 4.1  
*いこいの広場駅 1.5 5.5 ---  
細谷駅 0.5 6.0 6.1  
原谷駅 1.9 7.9 8.0  
*原田駅 1.5 9.4 ---  
戸綿駅 2.6 12.0 12.1   周智郡森町
遠州森駅
(遠江森)
0.8 12.8 12.9  
*森町病院前駅 0.8 13.6 --- 2015年3月14日開業予定
*円田駅 1.1 14.7 ---  
遠江一宮駅 1.7 16.4 16.5  
敷地駅 3.5 19.9 20.0   磐田市
豊岡駅
(野部)
3.1 23.0 23.1  
上野部駅 1.4 24.4 24.5  
天竜二俣駅
(遠江二俣)
1.8 26.2 26.3   浜松市 天竜区
二俣本町駅 0.6 26.8 26.9  
西鹿島駅 1.7 28.5 28.6 遠州鉄道鉄道線
岩水寺駅 1.8 30.3 30.5   浜北区
宮口駅 2.0 32.3 32.4  
*フルーツパーク駅 3.9 36.2 ---   北区
都田駅 1.5 37.7 37.8  
*常葉大学前駅 1.4 39.1 ---  
金指駅 2.8 41.9 42.0  
*気賀高校前駅 1.6 43.5 ---  
気賀駅 1.3 44.8 45.0  
西気賀駅 2.9 47.7 47.8  
寸座駅 1.7 49.4 49.5  
浜名湖佐久米駅
(佐久米)
1.3 50.7 50.8  
東都筑駅 1.2 51.9 52.0  
都筑駅 1.4 53.3 53.4  
三ヶ日駅 2.3 55.6 55.8  
*奥浜名湖駅 1.2 56.8 ---  
尾奈駅 1.3 58.1 58.2  
知波田駅 4.8 62.9 63.1   湖西市
*大森駅 2.1 65.0 ---  
*アスモ前駅 1.7 66.7 ---  
新所原駅 1.0 67.7 67.9 東海旅客鉄道:東海道本線

過去の接続路線[編集]

鉄道施設[編集]

信号[編集]

信号機には腕木式信号機が国鉄時代に使用されていたが、転換後に色灯式信号機に交換された。出発・場内・遠方信号機は、原則として二灯式が採用されている。ただし例外として新所原駅出発・場内信号機は三灯式が、三ヶ日駅上り遠方信号機は四灯式が採用されている。

かつて使用されていた腕木式信号機の一部は、天竜二俣駅などで保存されており、主信号機の他遠方信号機も一部で見られる。

文化財[編集]

以下の建造物・施設が国の登録有形文化財に登録されている。1998年に5件、2011年に31件の一括登録(鉄道施設では、若桜鉄道若桜線わたらせ渓谷鐵道わたらせ渓谷線に次ぐ三例目)が行われた[5]

登録有形文化財

  • 利木隧道(尾奈駅 - 知波田駅間)
  • 三ヶ日駅本屋
  • 西気賀駅本屋
  • 西気賀駅待合所
  • 気賀駅本屋
  • 気賀駅上屋及びプラットホーム
  • 気賀町高架橋(気賀駅 - 気賀高校前駅間)
  • 金指駅上屋及びプラットホーム
  • 金指駅高架貯水槽
  • 瀬戸橋梁
  • 瀬戸山橋梁
  • 都田川橋梁
  • 宮口駅本屋及び上りプラットホーム
  • 宮口駅待合所及び下りプラットホーム
  • 岩水寺駅待合所及びプラットホーム
  • 天竜川橋梁
  • 二俣川橋梁
  • 天竜二俣駅本屋
  • 天竜二俣駅上り上屋及びプラットホーム
  • 天竜二俣駅下り上屋及びプラットホーム
  • 運転区休憩所
  • 運転区高架貯水槽
  • 運転区事務室
  • 運転区揚水機室
  • 運転区浴場
  • 機関車扇型車庫
  • 機関車運転台
  • 神田隧道
  • 一宮川橋梁
  • 遠江一宮駅本屋
  • 遠州森駅本屋及び上りプラットホーム
  • 太田川橋梁
  • 原野谷川橋梁
  • 原谷駅本屋
  • 桜木駅本屋及び上りプラットホーム
  • 富部橋梁

この路線が登場する作品[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 東海道線の一部が国防上、移転敷設1933年9月8日付中外商業新報(神戸大学附属図書館新聞記事文庫)
  2. ^ 天竜浜名湖鉄道パンフレット『乗って楽しむ天浜線』
  3. ^ 公式サイト2009年3月14日改正時刻表
  4. ^ “天浜線「森町病院前駅」 3月14日開業へ”. 静岡新聞. (2015年1月10日). http://www.at-s.com/news/detail/1174157593.html 2015年1月12日閲覧。 
  5. ^ 天浜線の31施設が、新たに国の有形文化財 に登録へ - 浜松市「浜松の元気」

関連項目[編集]