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稲藁の束
に作られた丹波竜を模した藁細工

(わら)とは、小麦等、イネ科植物のみを乾燥させた物。稲作や麦作において発生する副産物であり、燃料飼料工芸品などの原料としても利用されてきた。

概要[編集]

麦の収穫では、道具を使わずに手で穂首を折り取ったり、穂を茎ごと引き抜く方法、収穫棒(各々の一端を紐で縛った2つの棒)で穂先を挟んでしごき取る方法もあるが、石器の鎌刃を動物の直線的な骨や角に一列に取り付けた鎌(直線鎌)による収穫が始まり、新石器時代前半の終わり頃に石器の鎌刃を曲線的な骨や角に取り付けた湾曲鎌が出現[1]。石器の湾曲鎌は後に同様の形状をした鉄器に取って代わられていった。

稲刈りは当初、石器の石庖丁による穂摘みでなされていたが、鉄製のの普及によって株の基部を切断する方式に変化した[2]

麦作における湾曲鎌、稲作における鉄製鎌の出現は、イネ科植物を束にして一度に刈り取ることを可能にし、形の整った藁の大量発生に繋がったと考えられる。藁は家畜飼料のほか、燃料緩衝材断熱材のようにそのまま使用したり、日用品寝具に加工して使用したりするようになった。

日本において例えば、『万葉集』の中でも見られる住宅に藁を敷いて寝るというスタイルは古代から地域によっては江戸時代まで続き、住宅が板敷きになっても藁布団を用いたり、茣蓙のような敷物や円座などの藁製品の上に座る風習は長く続いた。また、伝統的な日本家屋でも藁の利用は多く、木舞として壁に塗り込んだり[3]、重要部分を藁縄で結んだりした。

衣服としては草鞋藁手袋雪国における深沓など、食生活では鍋敷鍋掴束子や容器類など、その他縄跳用の縄なども藁製品の代表例である。また、注連縄藁馬藁人形など宗教的な側面や、燃料肥料飼料などのエネルギーとしての側面なども有していた。不要な藁製品は堆肥化することで有用なまま処理することが可能であった。

藁細工を行うにはハカマと呼ばれる下葉を取り去るワラスグリをはじめワラ切り、ワラ打ちなどの加工[4]、更に腐熟を防止するために囲炉裏で乾燥させるとともに煙の微粒子を付ける作業も重要であった。とはいえ、これらの作業以外は基本的には撚り・束ね・組み・編み・巻上げ・織りといった比較的習熟しやすい作業が多く、農作業が出来ない冬などに老若男女を問わずに現金収入を得るための藁仕事が行われた。

1960年代以後の農業の省力化と藁製品そのものの需要の減少によって藁仕事は殆ど見られなくなった。かつて、農業地域の収穫期には大量の藁が発生するため、業者が大型トラックでその買い付けにやって来るという光景がごく当り前に見られた。だが、コンバインが収穫作業の中心となってからは、藁を切断してコンバインから排出させ、そのまま肥料として利用することが多くなった(すき込みと言う)。藁の流通が少なくなった今日では、藁が貴重なものとして取扱われる傾向にある。最近の研究で本田技術研究所からバイオマスエタノールの製造実験が発表されている[5]

稲わらの需要状況[編集]

2003年(平成15年)度、国産稲わらは約871万t 生産されているが、利用状況をみると飼料用は約1割にとどまっており、約8割の稲わらは、すき込み・焼却等で処分されている。飼料用稲わらの総供給量は119万tであり、このうち、国内産稲わらは85%、輸入稲わらは15%[6]

製品[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 西アジア先史時代のムギ農耕と道具 (PDF)金沢大学 2010年3月)
  2. ^ あけてみよう! 歴史のとびら 「石庖丁(いしぼうちょう)」稲刈りの道具(大野城市)
  3. ^ この方法の存在は7世紀の遺跡から確認することができる。
  4. ^ ワラスグリをされた「スグリワラ」は藁悍にある程度の堅さを必要とするもの、ワラ打ちをされた「ウチワラ(タタキワラ)」はしなやかさと緻密性・強靭性のある藁繊維を必要とするもの、わら切りをされた「キリワラ」は一定の長さに揃えられた藁束を原料とするものを作るために用いられた。
  5. ^ 本田技術研究所 (2006年9月14日). “RITEとHonda、セルロース系バイオマスからのエタノール製造新技術を共同開発” (日本語). 2008年10月5日閲覧。
  6. ^ 農林水産省生産局畜産部畜産振興課/ 「稲わらをめぐる状況」平成17年3月 (PDF) より

参考文献[編集]

外部リンク[編集]