柿の種

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柿の種
柿ピー
柿チョコ
TOMOEブランドの柿の種

柿の種(かきのたね)とは、練ったもち米を細かく切り、表面を醤油などでコーティングして味付けして焼いた菓子米菓)の一般名称である。

概要[編集]

新潟県起源の煎餅菓子の一種。いわゆる乾きものおつまみの定番として根強い人気がある。特に剥きピーナッツと一緒に混ぜられている商品は「柿ピー」(かきピー)、「ピー柿」(ピーかき)「ピーピー柿」(ピーピーかき)と呼ばれる。

醤油と唐辛子等で味付けされた赤みがかったものが最も一般的だが、着色料も入っているものが多い。着色料は紅麹系の入った赤色系が多いが、美濃屋あられ製造本舗などの商品についてはコク出しのために使用されるカラメルが着色料として使用された黒いものも存在する。塩だれ、ワサビチョコレートマヨネーズ青のりチーズ等で味付けされた商品もある。

製法はもち米を細かく砕き粉末にしたものを蒸し、よく練ってにしてから冷蔵庫で冷やして固め、固まった餅を柿の種の原型の大きさに切断する。それをよく乾燥させた後、オーブンで焼いて膨らませ、柿の種の形をつくる。形ができた柿の種の表面に味を付けて完成となる。

一般の煎餅同様湿気に弱い為防湿包装で販売される。古くは缶入りで販売されることが多かったが、現在ではアルミ・ビニールパックの個包装やジッパー付きパックが主流である。割れに強いペットボトル入りも存在する。

歴史[編集]

1923年(大正12年)、新潟県長岡市摂田屋町の浪花屋製菓の創業者今井與三郎が、うっかり踏み潰した小判煎餅金型を元に直せずそのまま使用したところ、歪んだ小判型のあられになったことが誕生の発端である[1]。商品名は得意先の「に似ている」との一言から付けられた[2]

ピーナッツが入れられるようになったきっかけには諸説ある[1]。一つは帝国ホテルの酒場がサービスとしてナッツを出す際、日本らしさを出すためピーナッツに柿の種を混ぜたのが始まりというものである。1955年にはピーナッツが混ぜられ始めたという。もう一つは亀田製菓の直売所で創業者の妻が店番をしていた際、思い付きでピーナッツと柿の種を一緒に食べてみたのが始まりというものである。いずれにせよ、1966年に同社がピーナッツ入りのものを初めて商品化した。

亀田製菓は1977年に「フレッシュパック柿の種」を発売する。それまでは一度袋を開けるとピーナッツの油分の酸化が進み、味の劣化が避けられなかったが、一食分づつ小分けに包装にすることで味を保つことが可能になり、同時にそれまでの家族全員で食べるものとして以外に個人消費や行楽時のおやつなど新たな用途が生まれた。さらに昭和から平成への転換期に起こったドライビールの販売合戦「ドライ戦争」により、亀田製菓の柿の種の売り上げは3倍弱も増え、これが同社の売り上げをトップにしたという。

日本国外での展開[編集]

亀田製菓は2008年4月にアメリカのカリフォルニア州で柿の種を"kakinotane"の名称で試験販売し、その後発音のしやすさから"Kameda Crisps"に名称を変更、本格販売を開始した[3]。アメリカ版の柿の種はアメリカ人の嗜好に合わせ、イリノイ州産の大き目のピーナッツを使用しており、ピーナッツ自体も塩味で味付けされている。またアメリカでの健康ブームに合わせ、ノンフライであることを売り文句にしている[4]

ハワイでは美濃屋あられ製造本舗が現地のTAIYO Inc.へのPB提供(TOMOEブランド)で戦後から輸出をしていた影響からか、色の濃い、黒に近いあられが主流となっている。今でもハワイのABCストアや空港ではTOMOEブランドのあられが販売されている[5]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b ニッポン・ロングセラー考 Vol.074 ピーナッツ入り柿の種” (日本語). COMZINE. NTTコムウェア (2009年6月24日). 2010年12月8日閲覧。
  2. ^ 浪花屋物語 浪花屋製菓株式会社HP
  3. ^ 亀田製菓、米国で「柿の種」試験販売~おせんべいも「国際食」へ”. 産経新聞. 2008年10月12日閲覧。
  4. ^ テレビ朝日スーパーJチャンネル」2008年6月5日放送『「柿の種」アメリカ進出 新潟発"日本の味"が』より
  5. ^ TOMOEブランドの商品

外部リンク[編集]