マツコ・デラックス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| マツコ・デラックス | |
|---|---|
| 誕生 | 1972年10月26日(36歳) 千葉県千葉市 |
| 職業 | コラムニスト |
| 国籍 | |
| ジャンル | コラム |
マツコ・デラックス(1972年10月26日 - )は千葉県千葉市出身のコラムニスト、コメンテーター、女装男性タレントである。千葉県立犢橋高等学校卒業(SMAP木村拓哉と同期生)。体重・スリーサイズともに全て「150」である。
芸名は本名をもじったことに由来する。豪華なイメージでデラックスを付けた。他の候補に「マツコ・ロワイヤル」、「マツコ・インターナショナル」等があった[1]。
目次 |
[編集] 人物
美容師やゲイ雑誌「バディ」の編集者を経て現在はコラムニストとしてエッセイの執筆、テレビコメンテーター、トークショーなどで活動している。コラムニストになったきっかけは『バディ』の記事を読んだ中村うさぎにエッセイを書くことを勧められたため[1]。
歯に衣着せぬ発言で知られ、石原慎太郎などの政治姿勢についても批判する。『5時に夢中!』に於いて、「この番組も言いたいこと言えなくなったら存在意義がなくなる」という趣旨の発言もしている。
自称「デブ女装コラムニスト」。150×3のスリーサイズ・体重150kgを誇る巨体に女装というスタイルは、本人によれば2000年頃から始めたとのこと。本人曰く「パートタイム女装」。衣装は自作で(既製品でマツコに合う物は殆ど無い為)、使う布の量は25メートル(本人曰く「小学校のプール」)。またセクシャル・マイノリティである著名人の中でも、ドラァグ・クイーンとして活動を続けている数少ない一人である。話し言葉は基本的にオネエ言葉だが、時々一般男性が使うような言葉尻に戻ることもある。
肉が食べられない(最高級の肉なら少量食べられるという事から、ベジタリアンではない)。椎茸も苦手。
今井翼をこよなく愛しており、デビュー当時からずっと見守ってきたという。最近はライセンスの藤原一裕を気に入っており、本人に告白をした。大のフィギュアスケートファンでもあり、特に伊藤みどりの熱狂的ファン。また浅田真央との対談では数年前に滑った演目から衣装、コーチ名まで挙げて話せるほどの博識ぶりであった。樋口豊による解説を完璧だとして絶賛。
[編集] エピソード
- 『5時に夢中!』2006年大晦日特番に私物のチェロを持って出演していたが、どの程度の腕前なのかは不明。
- 2008年10月8日放送の『5時に夢中!』において、同席していたエッセイストの中村うさぎがフェラチオという単語を発したことに関して「不適切な表現」と謝罪した司会の柴田光太郎に対し「なんでも簡単に謝るな」といきなり激昂し生放送中のスタジオの雰囲気を凍りつかせた。その日は番組終了までほとんど発言せずに出番を終えた[2]。
- 山崎製パンの工場でアルバイトをしていた[3]。
- 木村拓哉とは高校の同期生であったが、特に面識は無かったとのこと[4]。
- 2009年1月27日放送のフジテレビ系「お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル」に初出場し、決勝まで進出し、周囲を驚かせた。なお、この番組で同じく初出場だった有吉弘行から「イカ墨チャーハン」とあだ名を命名された。
- 『5時に夢中!』で神奈川バッシングを繰り広げている。ただし川崎市(特に川崎区)は好きだという。
- 自分が亡くなったら火葬ではなく、鳥葬が希望。棺のサイズがないので、もし火葬をするなら体を切断しなくてはならないと言われたため[5]
- 2009年3月30日放送の『5時に夢中!』には喘息の発作があった為、病院に運ばれており、出演しなかった。前回の放送で(3月25日)で「ストライキを起こす」と冗談で言っていたため、本当にストを起こしたのではと思う視聴者もいた。
[編集] メディア出演
[編集] 連載雑誌
- 週刊女性(「週刊女装」コーナー)(主婦と生活社)
- 本当にあった笑える話(ぶんか社)
- コミックワイドショー(洋泉社)
- すてきな奥さん(主婦と生活社)
- EX大衆 マツコ・デラックスの「流行人 百面相スケッチ」)(双葉社)
- steady.(「マツコ・ヨットスクール」)(宝島社)
- 新潮45(「矢来町心中」)(新潮社)
[編集] テレビ番組
- 現在の出演
- 過去の出演
[編集] リリース作品
[編集] 著書
- 「アタシがマツコ・デラックス!」(ソニー・マガジンズ)
- 「週刊女装リターンズ」(主婦と生活社)

