野村不動産
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
|
| 本社所在地 | 〒163-0566 東京都新宿区西新宿1-26-2 新宿野村ビル |
| 設立 | 1957年4月15日 |
| 業種 | 不動産業 |
| 事業内容 | マンション分譲事業、戸建分譲事業など |
| 代表者 | 取締役社長 鈴木弘久 |
| 資本金 | 20億円(2011年4月1日現在) |
| 売上高 | 3,419億7,380万円(2011年3月期) |
| 従業員数 | 1,437人(2011年4月1日現在) |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 | 野村不動産ホールディングス株式会社 100% |
| 外部リンク | http://www.nomura-re.co.jp/ |
野村不動産株式会社(のむらふどうさん)は、野村證券系の総合不動産会社。中間持株会社である野村不動産ホールディングス株式会社の直接の完全子会社。
目次 |
[編集] 概説
総合不動産会社では業界5位。住宅分譲が事業の柱で、近年供給戸数は業界トップクラスにまで成長。自社自身が住宅の販売も行う製販一体体制に特徴。2009年マンション供給戸数ランキングでは、全国6位(2,604戸)、首都圏5位(1,745戸)、近畿圏15位(393戸)。本社は、西新宿の高層ビル群の中の新宿野村ビル。
2004年秋に持ち株会社制へ移行、純粋持株会社の野村不動産ホールディングス株式会社が2006年10月3日に東京証券取引所第一部に上場。
[編集] 会社沿革
- 1957年(昭和32年) - 野村證券から分離独立、ビルの賃貸・管理を主業務として不動産事業を開始
- 1961年(昭和36年) - 鎌倉・梶原山住宅地の開発でディベロッパー業務を開始
- 1963年(昭和38年) - コープ竹の丸の建築でマンション分野に進出
- 1966年(昭和41年) - オーバーシーズエンタープライスと販売提携し、芝生霊園(相模メモリアルパーク)の販売を開始
- 1972年(昭和47年) - フィジー島の別荘地分譲を開始、海外事業に進出
- 1978年(昭和53年) - 新宿野村ビル完成(1975年7月着工)。本社を日本橋から移転
- 1989年(平成元年) - 鶴川緑山倶楽部オープン。フィットネス事業に進出
- 2002年(平成14年) - 会社シンボルマ-ク発表。住宅の統一商品・サービスブランド名「PROUD」を発表
- 2004年(平成16年) - 直接の親会社であった野村土地建物株式会社が、野村不動産ホールディングス株式会社に野村不動産株式を現物出資したことから、野村不動産ホールディングスの完全子会社となる。これにより、野村不動産ホールディングス株式会社による持株会社体制へ移行
- 2006年(平成18年) - 野村不動産ホールディングス株式会社が東京証券取引所市場第一部に上場
[編集] 諸問題
- 市川市再開発マンション鉄筋不足事件
詳細は「市川市#再開発事業」を参照
- 2005年8月 市川市はJR市川駅南口前の再開発区域の45階建てのマンション建設(A棟)を、三井不動産レジデンシャル・清水建設・野村不動産の3社に発注し、清水建設が着工した。
- 2007年10月 30階まで完成した時点で、鉄筋の不足が発覚し、工事が一時中断した。
- 藤沢市鵠沼橘の高層マンション建設問題
- 2009年12月 藤沢市の高層マンション建設に関連して、市土地開発公社に一部敷地を実勢価格の4倍以上で売却していたことが問題として取りざたされている。
[編集] 関連会社
- 野村不動産ホールディングス (持株会社 (東証一部上場))
- 野村ビルマネジメント (オフィスビルの管理)
- 野村リビングサポート (マンションの管理)
- 野村アメニティサービス (オフィス・マンションの清掃業務等)
- 野村不動産アーバンネット (不動産仲介、新築住宅受託販売、保険代理)
- メガロス (スポーツクラブ、メガロスの運営)
- 横浜ビジネスパーク熱供給 (「横浜ビジネスパーク」の地域冷暖房供給)