芦屋市

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芦屋市
あしやし
日章旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 兵庫県
団体コード 28206-5
面積 18.47km²
※境界未定部分あり
総人口 93,524
推計人口、2009年6月1日)
人口密度 5,060人/km²
隣接自治体 神戸市西宮市
市の木 クロマツ
市の花 コバノミツバツツジ
{{{シンボル名}}} {{{鳥など}}}
芦屋市役所
所在地 〒659-8501 兵庫県
芦屋市精道町7番6号
電話番号 0797-31-2121
外部リンク 芦屋市ホームページ

芦屋市位置図(兵庫県)

:政令指定都市 / :市 / :町
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芦屋市(あしやし)は、兵庫県南東部にある大阪の事業家が山側に豪邸を多く建築したこともあり、六麓荘は阪神間の高級邸宅街として名高い。

国際観光文化都市に指定されている。大阪市と神戸市のほぼ中間に位置するが、両市とは異なる固有の阪神間モダニズム文化に育まれた瀟洒な街並を擁する。北に六甲山、南に大阪湾を臨んだゆたかな自然、南に緩やかに傾斜する地形は、美しい景観と温暖な気候を形成する。

目次

[編集] 地理

  • 兵庫県で二番目に面積が小さな自治体である。

[編集] 歴史

[編集] 高級住宅地としての芦屋

  • 芦屋市は高級邸宅街として名高く、個人市民税の市民一人当たりの納税額は約27万円で全国トップを誇っている。
  • 阪急芦屋川駅から徒歩圏内にある東山町、山手町、三条町、山芦屋町といった大正期に開発された山の手地区は、いずれも芦屋川や六甲山に近く、大阪湾を見渡すことのできる好立地にある。南傾斜地に建つ家々は成熟した文化を感じさせ、芦屋を代表する風光明媚な街並みが広がる。
  • 昭和初期、市東北部に開発された六麓荘町は、駅から遠い立地を逆手に、運転手を有する富裕層向けの豪邸用地として造成された。地形に配慮した広い舗装道路や電線類を地中化した街には、広大な庭やテニスコート、プールなどが配された豪邸が次々と建築され、高級住宅地としての芦屋の名を一気に全国区に押し上げた。六麓荘町では現在も厳しい建築協定のもと、街の景観が守られている。芦屋川沿いにあり、海に近く、松林が点在する平田町なども歴史のある一体として名高い。
  • 戦後、市はパチンコ店、ボウリング場、映画館などの遊戯施設を一切、締め出すなど、13坪を越える町工場の建設も認可しなかった。こうした高度文化性を求めた自治体は、全国都市においても比類がなく、「高級住宅地」として存続しつづける芦屋の先見性を示している。
  • 戦後になると、六麓荘町に隣接する岩園町や阪急線以南などで次々と宅地開発が行われ、住宅地としての芦屋の地位はさらに確立された。有料道路沿いにある六甲山中の奥池町や奥池南町は、通勤圏内にある別荘地として開発され、関西の著名人たちが邸宅を建設。
  • 昭和40年代には、朝日ヶ丘町周辺でマンション建設ラッシュが、昭和50年代には芦屋浜の埋め立て地に高層マンションが次々に建設され、若い世代の流入が促進された。
  • 昭和末期の国鉄〜JR芦屋駅前の再開発に伴い、駅周辺の商業施設が以前よりも充実すると、芦屋のイメージも一新されて大原町を中心に東芦屋町等、JR線沿いに利便性の高い住宅が供給され始めた。JR以南の地域でも宅地化、マンション建設が進んだ。
  • 平成7年の阪神・淡路大震災で市内の多くの家屋が倒壊、街の風景が一変するが、倒壊により空き地が目立った一帯に徐々に新しい家々が建築されるようになり、震災の10年後には、ほぼ、街も以前の落ち着きを取り戻した。また、平成15年に入ると、埋立地「潮芦屋」地区の開発が進み、ヨットハーバーや人工砂浜のほか、日本初の係留施設付き住宅が分譲され、芦屋に新しい表情が生まれた。
  • 住宅地で相続の際に広大な屋敷が集合住宅に立て替えられたり、敷地が細分化される傾向により、かつての高級住宅地としての芦屋の景観が徐々に変わりつつことが懸念される中、住宅地の景観保全に向けて平成18年、市議会で、「建築物の制限に関する条例改正案」が審議され、六麓荘町における400平方メートル未満の土地売買の禁止、高さ10メートル以上の建物新築の禁止、さらに敷地面積400平方メートル以上の土地にのみ戸建住宅の新築が許可される(1世帯の敷地が400平方メートル以上でそれ以下は分筆も不可)といった、全国に先駆けたいわゆる「豪邸以外不可条例」が可決された。この条例は平成19年2月から施行されている。

[編集] 芦屋文化村

大正時代に勃興した生活改善運動は、すべての面において「文化」をキーワードにしていた。住民における改良は、大正11年に開催された東京・上野の平和記念博覧会、大阪・箕面の住宅改造博覧会に出品された洋風住宅が「文化住宅」の基準となり、そうした住宅による住宅地が「文化村」と称されるようになった。阪神間においても、時代を同じくして小規模ながら施主や建築家の理想を具現した個性的な「文化村」が建設されている。

そのひとつ「芦屋文化村」(深江文化村)は、阪神鉄道の開通後いち早く別荘地として開けた芦屋川河口の西(現在の神戸市東灘区深江南町)に位置していた。この「芦屋文化村」は、アメリカ人建築家ヴォーリズの弟子であった吉村清太郎が地元の医師から2,500坪の敷地提供をうけてアメリカ流のハウジングプランを練ったもので、大正13年から建設がはじまった。「芦屋文化村」の特徴は、中央に住民共有のローンヤードをおき、周辺に意匠の異なる13棟の洋風住宅を配した点である。住宅の設計者は、吉村自身のほかにアメリカ人、ロシア人、と多彩な顔ぶれで、建築の依頼主も滞米生活を経験した商社員をはじめ、貿易商、銀行家など、洋風ライフスタイルへの見識とこだわりから「文化村」を選んだ人々であった。

一方、芦屋川河口東の打出浜(芦屋市浜町)には昭和6年、滞米生活を経験して帰国した施主の自邸と洋風貸別荘を兼ねた「三宜壮」がつくられた。「三宜壮」は、約千坪の敷地に11棟の洋風小住宅が並んだもので、地元の大工棟梁による造作は素朴な味わいをもっていた。いずれの「文化村」にも、芦屋海岸を好んだ外国人たちが数多く居住し、近隣の日本人とともに国際色豊かなコミュニティーをつくっていた。

芦屋海岸にあった2つの「文化村」は、阪神間における豪邸やサロンとは違う、もうひとつのライフスタイルの発信基地だったのである。

[編集] 行政

[編集] 歴代市長

  1. 大利市右衛門1941年1月31日 - 1945年1月30日
  2. 長岡喜十郎(1945年2月5日 - 1946年12月4日
  3. 杉岡藤右衛門1947年4月5日 - 1948年8月15日
  4. 猿丸吉左衛門(1948年10月10日 - 1952年9月6日
  5. 内海清(1952年9月16日 - 1956年9月15日
  6. 内海清(1956年9月16日 - 1960年9月15日)
  7. 内海清(1960年9月16日 - 1964年9月15日)
  8. 渡辺万太郎(1964年9月16日 - 1968年9月15日)
  9. 渡辺万太郎(1968年9月16日 - 1972年9月15日)
  10. 渡辺万太郎(1972年9月16日 - 1975年3月31日
  11. 松永精一郎1975年4月27日 - 1979年4月26日
  12. 松永精一郎(1979年4月27日 - 1983年4月26日)
  13. 松永精一郎(1983年4月27日 - 1987年4月26日)
  14. 山村康六(1987年4月27日 - 1991年4月26日)
  15. 北村春江(1991年4月27日 - 1995年6月10日
  16. 北村春江(1995年6月11日 - 1999年6月10日)
  17. 北村春江(1999年6月11日 - 2003年6月10日)
  18. 山中健(2003年6月10日 - )

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 海外

[編集] 地域

[編集] 人口

芦屋市と全国の年齢別人口分布図(比較) 芦屋市の年齢・男女別人口分布図
紫色は芦屋市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 81,745人
1985年 87,127人
1990年 87,524人
1995年 75,032人
2000年 83,834人
2005年 90,590人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 教育

[編集] 学校教育

[編集] 学校教育以外の施設

[編集] 放送

放送局名 アナログ放送 デジタル放送 放送区域内世帯数
チャンネル 空中線電力 ERP リモコンキーID チャンネル 空中線電力 ERP
Kiss-FM KOBE 87.1MHz 10w 28w  
NHK神戸FM 88.6MHz 30w
NHK神戸総合 44 30w 390w 1 22 3w 40w 宝塚市の一部地域
西宮市の一部地域
など
約21万世帯
サンテレビジョン 42 490w 3 26

[編集] 隣接している自治体

[編集] 交通

[編集] 鉄道

代表駅 芦屋駅
なお、1974年までは阪神電気鉄道の併用軌道線(路面電車)として国道線が存在し、市内に北打出・芦屋駅前・芦屋川の電停を設けていた。同線の代替は、現在後述する阪神電鉄バス尼崎神戸線が担っている。

[編集] 道路

[編集] バス

  • 阪神バス - 阪神国道(国道2号)上を走る。神戸税関前と阪神西宮駅、および阪神芦屋駅と阪神尼崎駅を結ぶ。後者系統の内、阪神芦屋と業平橋バス停はいずれも阪急バスの物を使用する。以前は第二阪神国道(国道43号)上の他、阪急芦屋川駅から芦屋浜までの路線も運行していたが、不採算のため前者は昭和40年代半ばに、後者は昭和30年代後半にいずれも撤退した。
  • 阪急バス - 全市域を運行。芦屋病院および山手の住宅街や芦屋浜・潮芦屋の団地群と阪急芦屋川駅・JR芦屋駅・阪神芦屋駅の各駅を結ぶ芦屋市内線と、阪神芦屋駅と芦屋ハイランド、有馬温泉を結ぶ芦有線がある。後者は芦有ドライブウェイを運行する。いずれも事実上、芦屋市民の足として機能している。担当営業所は芦屋浜営業所。

[編集] 海の駅

[編集] 文化財・文化施設

旧 山邑太佐衛門邸 (現・ヨドコウ迎賓館)
芦屋市谷崎潤一郎記念館
芦屋市立美術博物館
芦屋市立図書館

[編集] 芦屋市出身有名人

[編集] 著名な居住者

[編集] 芦屋市が登場する作品

芦屋市は明治期から昭和期にかけての阪神間モダニズムの影響を受けている関係で、いくらかの作品で舞台として描かれることがあった。主なものは以下である。

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[編集] 脚注

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  1. ^ である「」の新字体が「戸」になる。

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ