半田健人

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はんだ けんと
半田 健人
生年月日 1984年6月4日(27歳)
出生地 日本の旗 日本, 兵庫県神戸市
身長 177cm
血液型 O型
ジャンル 俳優、タレント、歌手、コラムニスト
活動期間 2002年 -
活動内容 2002年:俳優デビュー
2003年:『仮面ライダー555
2006年:歌手デビュー
主な作品

ドラマ
仮面ライダー555
愛のソレア
正しい恋愛のススメ
バラエティ

タモリ倶楽部
『通/歌謡曲』


映画

『ほんとうにあった怖い話』
劇場版 仮面ライダー555 パラダイス・ロスト

半田 健人(はんだ けんと、1984年6月4日 - )は、日本の俳優タレント歌手コラムニスト兵庫県神戸市生まれ、兵庫県芦屋市出身。兵庫県立芦屋高等学校卒業。身長177cm、体重56kg、B88・W65・H86。2001年ジュノン・スーパーボーイ・コンテストの最終選考会出場者(ファイナリスト)に選ばれたことをきっかけに芸能界入りした。

目次

[編集] 来歴・人物

2002年、『ごくせん』 第5話のゲスト出演でドラマデビュー。

2003年、『仮面ライダー555』の乾 巧(いぬい たくみ) / 仮面ライダーファイズ役で初主演を飾る。『史上最年少のイケメンライダー』(当時)として知名度を上げた。

2004年、『タモリ倶楽部』への出演を機に、高層ビル好きであることが知られるようになる。その後、同番組や、バラエティ番組等への出演を通じ、鉄道、昭和歌謡といったジャンルへの造詣の深さも、徐々に明らかになっていった。

2007年、NHKの『通』という番組に“歌謡曲通”として出演。半田ならではの歌謡曲の聴き方・楽しみ方を解説し、作詞家・阿久悠をして「やるな、小僧!」と言わしめた。

いわゆる“イケメン”な俳優でありながら、マニアックな蘊蓄も持ち合わせるという独自のポジションを確立。ドラマだけでなく、音楽番組、バラエティ等への出演や、執筆活動等、活躍の場を広げている。

[編集] 昭和文化への傾倒

昭和の末期に当たる59年生まれながら、昭和40年代・50年代(1965年1984年)の流行や歌謡曲に造詣が深く、TV・ラジオ番組への出演時や、様々な雑誌等で、話題としてよく取り上げられている。

本人によれば『元々超高層ビル観賞が趣味で(自身の公式サイトのトップページにも西新宿の高層ビル群の写真をあしらうほど)、そこからその先駆である霞ヶ関ビル京王プラザホテルなどが建設された1960年代から1970年代(昭和35年〜54年に当たる)の文化に興味を持った』との事である。

[編集] 音楽活動

2006年7月から6ヶ月間、毎月1回の単独ライブ「半田健人が歌う"歌謡見聞録"」を渋谷クロコダイルにて開催。 12月20日には、デュエットナンバー「かっこいいブーガルー」(歌:渚ようこ×半田健人 / 作詞・作曲:横山剣 / 編曲:松本俊行)で念願のCDデビューを果たす。カップリング曲は、半田が作詞・作曲のみならず編曲にも挑戦した意欲作「新宿、泪知らず」(歌:渚ようこ×半田健人 / 作詞・作曲・編曲:半田健人)である。

2007年8月22日に発売され、阿久悠の遺作も収録されている事で話題になった、渚ようこのCDアルバム「novella d'amore」にも楽曲提供で参加(「真夏の恋」を作曲)している。

ちなみに半田が作詞・作曲・編曲した、未発表曲『お茶ノ水シャンソン』がある。(2009年『半田健人のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)においてオンエアされた。)

[編集] エピソード

[編集] 『仮面ライダー555』関連

  • 主役を務めることになったものの、幼い頃から特撮ヒーローものを一切観たことがなかったため、『555』の出演が決まった時は模範もなく、どういう気持ちでヒーローを演じるか悩んだ、と発言している。オーディションに受かり、クランクイン前に、『555』のパイロット監督である田﨑竜太に「先代の藤岡(弘)さん世代のライダーシリーズを観たほうがいいんですか?」と質問したところ「観るんだったら終わってから観て」「あえて観ないでくれ」と言われ、「変な先入観なく、全く新しいものを作りたいんだな」という意思が伝わってきたという。[1]
  • アクションシーンは、監督からの「できる限り自分でやってもらいたい」という指示でほとんどをスタントマンなしで演じた。
  • 幼少時の体験から絶叫マシーンにトラウマがあったため、ジェットコースターに乗るシーンの撮影では高岩成二(ファイズのスーツアクター)に頼んで代わってもらったという(実は高岩も高所恐怖症で絶叫マシーンが苦手だった)。2006年に『ライオンのごきげんよう』にゲスト出演した際、この件を謝罪している。
  • 『555』のカメラマンであったいのくままさおについて、「新人俳優にさまざまなことを教えてくれる教育係のような存在だった」と話している。

[編集] 高層ビルマニア

  • 2004年平成16年)3月、『タモリ倶楽部』に初出演した際、筋金入りの高層ビルマニアぶりを披露し、タモリら出演者を圧倒。この回の蘊蓄担当として出演していたやくみつるのお株を奪う勢いであった。解説として出演していた日本建築センター建築技術研究所審議役の菅野忠を、半田は「神」と表現した。これを機に、半田は同番組の常連出演者への道を歩み始める事となる。
  • 半田の最高評価を受けた超高層ビルディング京王プラザホテルである。半田は楳図かずおの『漂流教室』を読んでいた際、作品中に登場したビルに興味を惹かれた。当時中学生の半田は、この作品当時の新宿の様子などを独自に調べて、そのビルのモデルは京王プラザホテルであることを突き止めた。中学3年生時の東京旅行にて、初めて京王プラザホテルを目の当たりにした。上述の『タモリ倶楽部』初出演時に、その時の感想を「センセーショナルでしたね」と一言で言い表している。
  • 2007年平成19年)12月に『未来創造堂』に出演した際には、最も好きなビルとして「ワールドトレードセンターのツインタワー」を挙げ(またウィリス・タワーにその面影を感じるという)、同時に「先の尖ったビル(エンパイア・ステート・ビルディングペトロナスツインタワーなど)はあまり好きではない」「1階から最上階まで垂直につながっているビルを下から見上げてその迫力を味わうのが好き」といったこだわりを披露している。
  • 仕事でタイに行った際、ハードスケジュールのため観光時間は一切無かったものの、夜に少しだけ空き時間ができた。マネージャーと2人で目についた一際高い高層ビルを鑑賞しに行き、ビルを写真やビデオで撮影したり、歩幅でサイズを測定していると、テロ警戒中の警備員に不審人物と判断されて咎められた。
  • 2008年平成20年)5月に『王様のブランチ』のお家賃当てバトルコーナーにて、昭和40年代半ばの秀和レジデンスなどの白いマンション物件に詳しいとコメントしている。
  • 2008年12月2日放送『バラエティーニュース キミハ・ブレイク』の企画「東京上から目線」(テーマがヘリコプターで空から街を見て色々な発見や絶景をたのしもうという企画)でプレゼンターとして出演し、「僕の愛した美ルたち」と題しプレゼンを披露。何度(4〜5回)もスタッフと入念な打ち合わせをしVTRの音楽も自ら指定するなどの入れ込みようで熱弁をふるい他のプレゼンターを圧倒した。
  • 関西ローカル番組『土曜はダメよ』のコーナー「ギョーテン美人!ダメットさん」では「ビル大好きダメットさん」が出演した際、共演者達に「ビルが好きで何が悪い!」とダメットさんを擁護した。

[編集] 1970年代歌謡曲・昭和マニア

  • 半田の尊敬するボーカリストは尾崎紀世彦。毎年恒例の仮面ライダー卒業式イベント(仮面ライダースーパーライブ)にて、当時19歳の半田は蝶ネクタイ・タキシードを着込み、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」を熱唱して、観客の度肝を抜いた(通常は、演じた役のキャラクターソングを披露する)。雑誌「団塊パンチ 5号」誌上にて尾崎との対談が実現した際、半田は持参した全アルバムを傍らに置き、尾崎さえも忘れていたアルバム収録曲をも引っ張り出してきて語った。その半田の尾崎フリークぶりは、尾崎に「俺より俺のことを知ってるんじゃない?」と言わしめた。尾崎と半田は、2007年10月『カラオケ★バトル3』の番組内でカラオケ対決を行う。曲目は「また逢う日まで」で、カラオケマシーンが採点した結果91対79で半田が勝利する。なお尾崎の点数が低かったのは、極端に原曲をアレンジして歌ったためである。
  • 2004年2月『クイズ!ヘキサゴン』に出演。歌謡曲の知識とポーカーフェイスを駆使して心理戦を制し、1度も×をつけられることなく、パーフェクト優勝を成し遂げた。なお、このころのクイズ!ヘキサゴンは現在、放送されている番組とは全くルールが違う。
  • 昭和の名曲を後世に伝えたいという思いから「歌謡見聞録」と銘打ったライブを渋谷のクロコダイルで2006年7月から同年12月まで、月に1度のペースで開催。毎回特集する作詞家・作曲家を決めて行った。特集されたのは、なかにし礼・馬飼野俊一馬飼野康二千家和也・阿久悠・川口真・都倉俊一といった、昭和歌謡を代表する面々である。
  • 2007年7月、「通(つう)」(NHK)にて、ますだおかだを相手に落ち着いた口調で持論を展開、東京放送管弦楽団によるピンク・レディーサウスポー」のフルオーケストラ演奏を例に、歌謡曲は「楽器の数だけ楽しみがある」と熱く語り、その様子をVTRで観察し実況解説していた歌謡界の重鎮・阿久悠をも、「やるな、小僧!」「気にいった」と唸らせ、当初ヘッドホンで歌謡曲を聞くという半田に批判的だった阿久悠が「科学者の聴き方」であるとして持論を撤回するまでに至った。さらに、歌謡曲の歌詞の世界観や歌手の演出法、さらには歌謡曲の楽しみ方を語る半田のVTRを見て、「彼、本当に23(歳)ですか?」と言わしめた。これをきっかけに一度対面の予定が組まれたそうだが、阿久が急逝したため果たせなかった。結局この番組が阿久悠にとって最後のテレビ出演となった。
  • 亡くなった阿久悠を偲び2007年12月22日に「時代に生きた歌たち~All song for 悠~」と銘打った阿久悠追悼ライブを新橋のSOMEDAYで開催するほど「通(つう)」で評価された事に対し感銘を受けている。
  • スタジオパークからこんにちは』でゲスト出演したとき、沢たまきの「初めての日のように」(作詞・なかにし礼、作曲・川口真)を熱唱。当時の歌手を髣髴とさせるカメラ目線で、視聴者に衝撃を与えた。その歌謡曲等に対する熱心さと深い知識には、パーソナリティたちにも「同年代と話している気がする」とまで言わしめた。
  • 2007年2月『夢ヶ丘レジデンス』(MUSIC ON TV)にゲスト出演した際、その場で「歌謡曲復興財団」を立ち上げ、番組MC中川翔子も歌謡曲好きなので財団に勧誘した。ただし現在会員は、半田と中川の2名のみである。
  • 2008年6月『中川ブロードウェイ・ストリート』ギガヲタバトルネ申降臨の番組内で中川ブロードウェイ城のギガヲタ戦士として究極のクイズバトルに挑み、昭和歌謡部門で勝ち抜き、見事「ネ申」の称号を手に入れた。なお、番組内の中川ブロードウェイ国は、ヲタクのワンダーランドでヲタク度が高ければ高いほどエラいという階級制度が敷かれており、最下層がムシュミ、次にヲタ、ギガヲタ、最高峰に君臨するのがネ申という設定になっている。
  • 2007年3月、『草野キッド』内の「草野さんに受けさせたい授業」のコーナーで講師を務め、草野仁相手に高層ビルの歴史と歌謡曲の変遷をたどる「高層ビルで見る昭和歌謡史」の授業を行い、草野より5点満点中6点の評価をされる。また同番組の司会者で西新宿出身の浅草キッド玉袋筋太郎と昭和40年代の西新宿話で盛り上がり、水道橋博士に「まるで同級生の会話」と言わしめた。
  • 2008年7月放送の『ザ・クイズマン!』の昭和40年代・50年代の懐メロ特集で、当時のヒット曲にまつわる秘話などを披露。その詳しさに、当時を知る同じゲストの錦野旦にしきのあきら、1970年デビュー)や司会の関根勤らは驚嘆し、「君、ほんとは歳いくつ?」と聞いていた。
  • 昭和時代への傾倒が高じて大阪万博に関心を持った半田は、万博会場特有の空気を体感するために、仕事の合間を縫って愛知万博に7回訪れた。さらにそこで、マンホールや手すり、警備員などを写真に収めた。この事について半田は、パビリオンは放っておいても公式ガイドブックなどに記録されるが、それらは誰かが自発的に撮影しなくては記録されないからだ、と説明している。
  • 大阪万博当時の雰囲気を少しでも知るために、万博跡地に出向き、当時の会場の地図を片手に歩いて回った。
  • 昭和歌謡にはまるきっかけになったのは、小学生時代に聞いた渡辺真知子の『かもめが翔んだ日』と自ら述べている。

[編集] 鉄道マニア

  • 乗り鉄」で台車マニアである。2006年4月、『タモリ倶楽部』に鉄道企画で出演した際、鉄道ファンでもある半田は、電車が頭上を通った時「ボルスタレス台車が見えました!」と嬉々としてタモリに報告した。台車に関する知識は、鉄道マニアとしても有名な向谷実が「すごい。筋金入りだ」と唸るほどである。
  • 2006年6月、『恋するハニカミ!』に出演した際、軽井沢・ワールドトイミュージアムで鉄道のオモチャに夢中になり、相手の宮本真希に対し「(新幹線の)0系ぐらいは覚えてて欲しい」と注文をつけた。
  • 2007年8月『すくいず!』の『世界一キモいクイズ』に高層建物マニアとして出演し、ビルだけでなく鉄道にも深い知識を披露。鉄道系タレントの豊岡真澄のコーナーで『最近の電車はボルスタレス台車で乗り心地が良すぎる、コイルスプリングの台車の車両の方が趣があっていい』と台車マニア派ならではの発言をし、他の出演者から一斉に「キモいですね~」と言われた。マルチなヲタクぶりを遺憾なく発揮した半田は、番組MVPに相当するMKP(most キモい person)に輝いた。
  • 2009年4月20日、JTB時刻表1000号を記念して、時刻表親善大使に任命され、鉄道博物館で開かれた「JTB時刻表」1000号記念トークショーに参加し「昔の時刻表は、旅館の広告や食堂車の食事メニューが多く掲載され、発行時の物価や暮らしがよく分かる」など、自身の時刻表の楽しみ方を紹介した。また印象的な時刻表について聞かれると、「ヨンサントオと呼ばれた昭和43年のダイヤ改正号でしょうね」と答え“時刻表親善大使”として会場を盛り上げた。

[編集] その他

  • クマのぬいぐるみが好き。フリーマーケットで巨大なグル〜ミ〜のぬいぐるみを購入し、背負って持って帰るぐらい好き。
  • アンパンマンが好きで、自室がグッズで溢れかえるぐらいだという。新作CD・DVDや最新グッズを発見したら即買してしまうとのこと。大小様々なサイズのアンパンマングッズを所有している半田は、それぞれのアンパンマンに独自の設定とネーミングをしている。たとえば目を閉じているアンパンマンは「寝てるさん」、抱き心地のよいアンパンマンは「ギュウしたい君」など。最近はミニサイズの薄型アンパンマンをポケットに入れ携帯しているが、そのアンパンマンはお腹が弱いという設定で「ゲリパン」とネーミングしている。なお腕時計の裏側にはアンパンマンシールを貼り付けている。
  • 赤ちゃんの頃、哺乳ビンでアメリカンコーヒーを飲まされていたせいで、コーヒーが苦手になった。
  • 健人(ケント)という名は、両親が好きだった『スーパーマン』の「クラーク・ケント」から名付けられたという。
  • 2008年6月『中川ブロードウェイ・ストリート』ギガヲタバトルネ申降臨の番組内で、ヘヴィメタルも昭和歌謡に負けないくらい好きであると述べている。ギターの練習はヘヴィメタルで、作曲などの練習は昭和歌謡を参考にしており、自分の中では両者が違和感なく同居していると語っている。
  • 2008年7月2日放送の『ザ!世界仰天ニュース』に初登場した際、共にスタジオに居たDAIGOに「最近よく間違われる」と公言した。『さんまのSUPERからくりTV』でも同様の発言をしており、間違われた際に仕方なく「うぃっしゅ」(DAIGOの持ちネタ)をやったと明かした。
  • 2008年9月30日放送の『大人の学力検定スペシャル』で、ゲームは全くやらないということからプレイステーションのコントローラーのボタンの位置を間違えてしまった。
  • Jリーグが開幕した1993年(当時小学3年生)にサッカーを始めたサッカー少年であり、全国区の人気を誇ったヴェルディ川崎や、地元関西のクラブであるガンバ大阪のファンだった。学生時代のポジションはDF。現在もボールを蹴る事は大好きだと公言している。
  • ガンバの冒険』が好き[2]。その中でもイカサマが好き。
  • 体脂肪率は8%で太れないのが悩みという[3]
  • mihimaru GTのボーカルhirokoとは小学校の同級生である。

[編集] 主な活動

[編集] テレビドラマ

[編集] バラエティなど

  • タモリ倶楽部テレビ朝日
    • 春だ! つくしもビックリ!! 超高層ビル"ニョキニョキ"鑑賞会(2004年3月19日)
    • 俺って本当は才能あったんだ! 鼻歌でミリオンヒット?大作戦!!(2005年8月5日)
    • 近未来の東京バスツアー(まだ建設中だけど…)(2005年9月9日)
    • 壁を修繕した田中スタジオがとても喜んでいるので更に技術を習得してタイルも張ってあげよう(2006年2月3日)
    • コンビナートに恋して 〜私たち工場に萌えてます〜(2006年4月7日)
    • タモリ電車クラブ地底探検!? 〜東急武蔵小山駅地下ホームへ行く!(2006年4月28日)
    • 気泡緩衝材入門〜誰もがプチな知識しかないプチプチをもっと知ろう!!(2006年9月15日)
    • 芸能界スイッチ王決定戦!!atスイッチの日開(2007年3月23日)
    • 縛った古新聞はなぜ解けるのか?身近な疑問からはじめるロープワーク(2007年7月27日)
    • 勝鬨橋がメインゲート!幻の東京万博を体感!!(2007年9月28日)
    • 半田健人の歌謡曲インストナイト プレ試聴会(2007年10月27日)
    • クラシックエンジンの調べ 発動機大運転会!!(2008年2月8日)
    • 手に入らないからこそ愛おしい!公共物マニアのススメ(2008年6月27日)
    • 二度と聴けない!裏・昭和歌謡の世界(2008年8月22日)
    • 秋の巨大建造物クルージング、江東・水門銀座を行く!!(2008年11月28日)
    • 鉄道界のセクシーゾーン 首都圏ハミ電大賞!!(2009年2月20日)
    • 祝!1000号突破、鉄の聖書「JTB時刻表」84年の歩み!(2009年5月8日)
    • 車内放送装置のパイオニア 八幡電気産業 BEST10(2009年7月25日)
    • 千代田区神田のミステリーゾーン、生ける廃墟・九段下ビル探訪(2010年7月24日)
    • なぎら健壱杯争奪 お金が舞う! コインチキンレース(2010年10月30日)

[編集] 紀行・自然番組

[編集] 映画

[編集] 執筆活動

[編集] DVD

  • Kent's Life (2003年)
  • てれびくん全員サービスビデオ「仮面ライダー555 ハイパーバトルビデオ」(2003年) - 乾巧 / 仮面ライダーファイズ(声) 役(主演
  • ドリフト3 鷹(2007年) - 中島鷹夫 役(主演
  • ドリフト4 隼(2007年) - 中島鷹夫 役
  • 韓国ドラマ「マジック」日本語吹き替え版(2008年) - チャ・カンジェ(演:カン・ドンウォン)の声 役(主演
  • 炎神戦隊ゴーオンジャー THE MOVIE メイキング(2008年) - 烈鷹 役

[編集] OVA

  • Prayersプレイヤーズ1巻・2巻(2005年)タスク 役(主演

[編集] 写真集

[編集] CM

  • バンダイ「仮面ライダー555 変身シリーズ」(2003年)

[編集] ラジオ

[編集] 舞台・ミュージカル

[編集] PV

  • dream「この夏が終わる前に」(2005年)

[編集] その他

[編集] 関連事項

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ 2008年3月放送のNHK BS2『とことん!石ノ森章太郎 最終章 仮面ライダーシリーズよ永遠に』にて発言。
  2. ^BSアニメ夜話』での発言。
  3. ^ 2009年1月10日深夜、『半田健人のオールナイトニッポン』第1回での発言。
  4. ^ カシコブレーン出演者としては番組史上最年少

[編集] 外部リンク

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