ケイン・コスギ

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Kane Takeshi Kosugi
ケイン・コスギ
本名 ケイン・タケシ・コスギ[1]
別名義 小杉 健(こすぎ たけし)
生年月日 1974年10月11日(40歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国,ロサンゼルス
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
民族 日系アメリカ人
身長 180cm[注釈 1]
血液型 A型
職業 俳優タレント
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1982年 -
活動内容 1982年:デビュー
配偶者 既婚
著名な家族 父:ショー・コスギ
弟:シェイン・コスギ
公式サイト KANE KOSUGI Official web site
主な作品
『ニンジャII・修羅の章』(1982年)
ウルトラマンパワード』(1993年)
忍者戦隊カクレンジャー』(1994-1995年)
はぐれ刑事純情派』(1999-2002年)
マッスルヒート』(2002年)
DOA/デッド・オア・アライブ』(2007年)

ケイン・コスギKane Takeshi Kosugi1974年10月11日 - )は日系アメリカ人俳優タレントアメリカ合衆国ロサンゼルス出身。日本名は小杉 健(こすぎ たけし[注釈 2])。ロサンゼルスのマラナサ・ハイスクール卒業、ピッツバーグ大学日本校中退。国籍はアメリカ合衆国。デスティニープロダクション所属。

親しみやすいキャラクターと超人的な身体能力で人気を博す[3]2005年から本格的にハリウッドに進出した[1]

来歴[編集]

1974年、アメリカ・ロサンゼルスにてハリウッドスターであるショー・コスギの長男として生まれる[4]。母は中国人[5]、弟と妹が一人ずついる[6][7]

1歳半から父に空手を教えられるなどしてスポーツに親しみ、柔道剣道テコンドー器械体操スカイダイビング水泳アメリカンフットボールバスケットボールなどスポーツ万能。

1982年、8歳で父の主演するハリウッド映画『ニンジャII・修羅の章 (REVENGE OF THE NINJA)』に出演し、芸能界にデビュー。その後も父の主演映画数本に弟・シェイン・コスギと共に子役として出演、幼くしてスタントも披露している。

ハイスクール卒業後俳優になりたいと語ったケインは、父・ショー・コスギに日本で修行するよう提案される。大河ドラマ『琉球の風』に出演するため来日が決まっていたショーとともに来日。撮影終了後はひとりで日本に残り、皿洗いのアルバイトをしながら俳優修業を開始。その間満足に食べる物もない日々もあった[8][注釈 3]

1993年には『ウルトラマンパワード』にウルトラマンパワード / ケンイチ・カイ隊員役で出演、1994年には『忍者戦隊カクレンジャー』にニンジャブラック / ジライヤ役で出演。

TBS系のスポーツバラエティ番組『筋肉番付』では、番組を見て自ら出演を希望。優れた身体能力を示し、スポーツタレントとしての地位を築く。

1999年から2002年まで『はぐれ刑事純情派』に出演。それまでアクションものやスポーツものが多く、演技だけの勝負で3年間出演できたことが大きかったと語っている[9]。同年には日本映画マッスルヒート』で初主演。2007年にはハリウッド映画『DOA/デッド・オア・アライブ』のリュウ・ハヤブサ役に抜擢されハリウッド・デビューを果たす[10][11]

2009年12月30日に、3歳年下の香港出身の一般女性と同年11月に結婚していたことを発表した[12]

2013年12月27日にゲーム『TEKKEN』を原作にした映画の主演決定という情報が公式サイトに掲載された。しかしこれは誤りであり(公式サイトには謝罪文が掲載されている)、正しくは『AGENT X(仮)』での主演が決定した。ケインにとってハリウッド映画初主演となる[13]

2014年スコット・アドキンスとのダブル主演作となるハリウッド映画『ニンジャ・アベンジャーズ』(原題はNinja: Shadow of a Tear。2013年制作)が2015年に日本で公開されることが決定した[14][15]

人物・エピソード[編集]

主演映画『マッスルヒート』はノンスタントで撮影。26時間連続で撮影した日もあった[16]。異例のハードスケジュールだったが、トップアスリートの数値をも駕するケインの肉体により撮影は問題なく進行した[4]。ケインはあらゆる武術を学んでいるが、この作品の撮影のために新たに中国拳法を会得している[9]

前述の通りスポーツタレントとしても活躍しているが、ケインは『マッスルヒート』を取り終えた後のインタビューで、「今回、やっとアクションの仕事ができた。(中略)僕のイメージは、きっとスポーツというところにあるんだと思うけれど、スポーツについては、単に人に負けたくないから頑張ってきただけで、最終的に世界的なアクション俳優になることが目標だったから、今回、日本のアクション映画に出演できて本当に嬉しい。[9]」と語っており、あくまで俳優が本業であるようである。2002年元日放送の『スポーツマンNo.1決定戦』後、同番組の出演が途絶えていたのは俳優活動に集中するためであるという[注釈 4]。2年後の大会には第10回記念大会ということで出演[注釈 4]。この大会が最後の出演となった。

初めてアクションスターになりたいと思ったのは5歳半の時に父が出演していた映画を見た時であるという[9]

ケインが独立した際、父に勘当を言い渡された[17]。その後結婚式の際に香港にて再会を果たしている[18]

ハリウッド映画『Ninja: Shadow of a Tear』でのケインとスコット・アドキンスのクライマックスの格闘技ファイトは欧米各国で賞賛されている[14]

ゲーム『ストリートファイター』のファンであり、OVA『ストリートファイターZERO』ではリュウの声を担当した。またアニメ『ドラゴンボール』が好きであることを公言している[19]

秋葉原駅前広場(2001年7月31日に閉鎖)でバスケットボールをしていたところ、たまたまサモ・ハン・キンポーの息子がいて知り合いになりジャッキー・チェンを紹介され、その後ジャッキーの下で映画製作の勉強をさせてもらう[9]

ケインの物まねを行うものまねタレント山本高広の結婚を知った際には、公式サイトの日記にて祝福している[20]

2008年プロ野球選手豊田清とともにグアムでトレーニングを行った。豊田はケインについて「(ケインは)凄かったよ。バランスとかね」と語っている[21]

好きな食べ物はハンバーガーコロッケカレートンカツすき焼き春巻き[1]。好きなハリウッド映画は『グラディエーター』、『アルマゲドン[16]

身体能力[編集]

  • テレビ番組『ZONE』(TBS)において握力や立位体前屈等を計測。その際ケインについて立花龍司は「プロ野球選手の中に入れてもすべてにおいてトップクラスの成績」と語っている[23]
  • 筋肉番付』のプロデューサーである樋口潮は、ケインの跳び箱の試技をアトランタ五輪の開会式で五輪の歴史に名を刻む選手として全世界に紹介されたスーパースター、ヴィタリー・シェルボらと比較し、ケインの跳躍の脅威さや、自身の驚嘆の意を自著で著している[24]。その優れた身体能力から、筋肉番付の司会や実況を務めた古館伊知郎から『運動神経のグランドスラム』、『運動能力宝の山』などと称されていた。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

テレビその他[編集]

ほか多数

映画[編集]

  • ニンジャII/修羅ノ章 Revenge of the Ninja (1982年) - ケイン・オオサキ 役
  • デス・オブ・ニンジャ Nine Deaths of the Ninja (1984年) - ケイン 役
  • プレイ・フォー・デス Pray for Death (1985年) - タケシ・サイトウ 役
  • ブラック・イーグル Black Eagle (1987年) - ブライアン・タニ 役
  • 兜 KABUTO (1990年) - 徳川頼宗 役
  • ザ・格闘王 (1994年)(ビデオ) - ケン・大城 役
  • ザ・格闘王2 (1994年)(ビデオ) - ケン・大城 役
  • 劇場版 忍者戦隊カクレンジャー (1994年) - ジライヤ / ニンジャブラック 役
  • スーパー戦隊ワールド (1994年) - ニンジャブラック(声) 役
  • キャッツ・アイ Cat's Eye (1997年) - 李・黒旗 役
  • フー・アム・アイ? Who Am I? (1998年) - 日本人特殊部隊員・タケシ 役
  • マッスルヒート Muscle Heat (2002年) - ジョー・ジンノ 役-主演
  • ゴジラ FINAL WARS (2004年) - 風間勝範 役
  • DOA/デッド・オア・アライブ DOA: Dead or Alive (2007年) - リュウ・ハヤブサ 役
  • ローグ アサシン War (2007年) - ヤクザ 役
  • COWEB (2009年)
  • 蔡李佛 (2011年) - 武田少佐 役
  • Ninja: Shadow of a Tear (2013年) - ナカバラ 役
  • Tekken2: Kazuya's Revenge (2014年) - カズヤ 役-主演

ビデオ・DVD[編集]

ラジオ[編集]

  • ケイン・コスギのファイティングロード(NACK5
  • ケイン・コスギのI love sports(文化放送

OVA[編集]

CM[編集]

モーションキャプチャ[編集]

筋肉番付での活躍[編集]

テレビ番組『筋肉番付』内で活躍し[注釈 5]、後述のスポーツマンNo.1決定戦やSASUKEの他、番組内で少林寺SWAT等での修行の模様も放送された。テレビ体操21という企画においてはVHSも発売された[25]。 『スポーツマンNo.1決定戦』では幾度も総合No.1に輝き、『SASUKE』でも第8回大会ではファイナルステージまで進出し挑戦者100人の中のトップに立った。ケインはSASUKEとスポーツマンNo.1決定戦両方でトップに立った唯一の人物である。

スポーツマンNo.1決定戦[編集]

最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル!!スポーツマンNo.1決定戦』では、歴代最多の6度の総合No.1に輝いている。MONSTER BOXで世界記録に1段差と迫る22段(体操選手を除けば最高記録)、パワー系種目のWORK OUT GUYSでは世界記録である45秒46、スピード系種目のSHOT-GUN-TOUCHでは芸能人歴代1位となる13m10cmの記録を持つ。スピード系、パワー系、筋持久力系競技でNo.1となるなど[26]、万能選手として活躍した。

第2回芸能人サバイバルバトル(1997年4月2日放送)

スポーツマンNo.1決定戦初登場。

DOGDE POLESでいきなりNo.1を獲得[27]。更に第2種目のQUICK MUSCLEでもNo.1となり、2種目連続のNo.1[28]

SHOT-GUN-TOUCHでは最終試技に成功した際、雄叫びを上げた[29]大澄賢也が最終試技に挑むも失敗し、ケインの総合No.1が確定。表彰式では声を震わせ英語でスピーチした[30]

第3回芸能人サバイバルバトル(1998年4月1日放送)

2連覇を懸けて参戦。

BEACH FLAGSでは序盤こそ立ち上がりで遅れることもあったものの勝ち上がり[31]、準々決勝ではスタートでいち早く立ち上がり楽々旗をゲット。準決勝もぶっちぎりで通過し、決勝でも体二つ分リードしダイビング。No.1に輝いた[32]。POWER FORCEでもNo.1に輝くも[33]、THIRTYではNo.1になることができず[34]、3種目連続No.1は逃した。

MONSTER BOXでは跳び箱を跳ぶのは初めてというケインだったが[35]、15段終了時点でNo.1が確定[36]。その後当時緒方孝市が持つプロスポーツマン記録であった18段を楽々クリアした[37]。更に19段も前に突っ込みすぎたもののクリアした[38]。初挑戦で19段の記録を残す。

QUICK MUSCLEでもNo.1に輝き、5種目中4種目No.1。これでスピード系、パワー系、そして筋持久力系競技を制した[26]。TAIL IMPOSSIBLEでは第3レースまで残ったもののここで脱落し、最終レース進出を逃す[39]。同競技終了時点で500ポイント。2位に230ポイントの差を付けた[40]。SHOT-GUN-TOUCHでは最終試技に成功後、前回同様涙を流した[41]。ケインは7種目中5種目制覇。個人記録が残る3種目ではすべて新記録を達成した。

今大会はケインが日本中に知られることになった大会となり、プロデューサーの樋口潮は「ケインってすごいね」といろいろな人から言われたという[42]

第4回芸能人サバイバルバトル(1998年10月2日放送)

3連覇を懸けて参戦。ケインは1週間前から跳び箱のことを考えほとんど眠れない日々が続いており、昨日はほとんど一睡もしていなかったという[43]

BEACH FLAGSでは決勝で西山浩司と対決。立ち上がりでリードを許したものの勝利した[44]。THE BEST OF TUGGERではチーム清水として2回戦で敗戦を喫した[45]

MONSTER BOXでは前回ギリギリでクリアした19段を楽々クリア[46]。 20段も両足着地でクリア[47]。 21段を完璧に超え、その上両足着地で成功[48][注釈 6]。更に世界2位タイとなる22段も成功[注釈 7]。その後ケインは世界記録の23段に挑戦するも失敗に終わったが、世界記録に1段差に迫る22段を記録し、ケインの上は世界一の跳躍力を持つヨウ・ホンチュルのみとなった[52]

QUICK MUSCLEでもNo.1となる[53]

DASHでは予選で最高タイムをマークし準決勝進出[54]。準決勝では高校2年時に50メートル走で6秒フラットを記録しているという西山と対決[55]。スタートでは互角だったが30メートルを過ぎてからケインがリードし、勝利[56]。決勝は山口達也と対決。しかしすでにケインは疲れ切っており、山口に敗れ、No.1を逃した。ケインは結局予選のタイムがベストであった[57]

LOG相撲でも1回戦で宮下直紀、準決勝で西山に勝利するも[58]、決勝では野村将希に一瞬引いたところを押し切られ、敗れた[59]。SHOT-GUN-TOUCHでは最終試技で総合No.1が確定している状況で自己記録更新を狙ったが、この時点で完全に疲れ切っており、ボールに全く届かず。ケインはSHOT-GUN-TOUCH初の失敗となった[60]。しかしながら3連覇を達成。

第5回プロスポーツマン大会(1999年1月1日放送)

芸能人大会3連覇を果たしたケインがプロスポーツマン大会に初参戦。

POWER FORCEでは芸能人大会では同競技No.1に輝いているケインだったが、1回戦で吉原孝介に敗れ、BEACH FLAGSでも3回戦で吉原との競り合いに敗れた。

更にMONSTER BOXではNo.1に輝いたものの記録19段に終わり、その後はいずれも種目別No.1はならず、総合4位に終わった。

しかしながら孤独な状態で黙々と全競技に挑み続けたケインに魅せられた飯田哲也がSHOT-GUN-TOUCHでケインに飛び込み方などを伝授。その成果あってかケインは同競技2位に食い込んだ[61]。エンディングでは「もっと練習して、また挑戦したいと思います。」と語った。

第5回芸能人サバイバルバトル(1999年3月26日放送)

池谷直樹が芸能人大会初参戦。

BEACH FLAGSでは準決勝敗退し、芸能人大会では初めての敗北となった。MONSTER BOXでは17段で大森晃が脱落し、17段終了時点で生き残りは池谷とケインのみとなった。両者22段を成功させ、決着は世界記録23段に持ち越された。池谷は23段を成功、ケインは失敗し、こちらも初めて敗北となった。

更にQUICK MUSCLEでも自己記録に届かず、初めてNo.1を逃す。TAIL IMPOSSIBLEでも第2レースで敗退。WORK OUT GUYSでは鋸の選択ミスにより丸太切りでタイムロスを強いられ、ミルク缶運び、トラック引きで大きく挽回したものの4位に終わり、同競技終了時点で暫定総合3位、種目別No.1ゼロと大不振に陥った。

SHOT-GUN-TOUCHでは1回目に11m80cm、2回目に12m00cmを成功させ、暫定総合1位の池谷を追い詰める。ケインは最終試技で自己記録を20cm上回る12m40cmを申告し、見事成功を収め雄叫びを上げた。試技後は涙を見せた。池谷は3回目で12m00cmを申告し、決めれば総合No.1となるこの距離を成功させ、再逆転し5ポイント差で総合No.1に輝き、ケインは芸能人大会では初めて総合No.1を逃した。

第6回プロスポーツマン大会(2000年1月1日放送)

スペシャルトライアル[注釈 8]のWORK OUT GUYSで1分08秒27を記録し、暫定トップに立ったものの、最終組のフランシスコ・フィリォが1分05秒71をマークし、2位に終わる。 BEACH FLAGSでは3回戦まで危なげなく勝ち上がるも、準々決勝で河口正史のブロックに遭い、狙う旗を変更するもロスは埋められず敗退した。MONSTER BOXでは20段で福西崇史が失敗し、No.1が確定。その後21段を成功させ、更に23段に挑むも失敗に終わった。

POWER FORCEでは1回戦でニコラス・ペタスと対戦。スタートで一瞬優位に立つも敗れ1回戦敗退となった。THIRTYでは№1に。THE GALLON THROWでは昨年の記録を上回る5m25㎝を記録したが、5m75㎝を記録した河口に総合ポイントで逆転を許す。

最終種目SHOT-GUN-TOUCHでは、ケインが成功すれば自己新記録となる12m50cmを一発で成功。12m20cmが自己記録だった河口は12m50cmを1回目に失敗するも、2回目に成功させて自己記録更新。ケインは12m70cmも一発で成功させ雄叫びをあげた。しかし河口も失敗が許されない状況で前回までの自己記録を50cmも上回る12m70cmを成功した。 12m90cmでケインは1回目の失敗。河口もこの距離を失敗し、暫定総合1位のまま試技終了。そしてケインは失敗したら敗北という状況から2回目の試技に臨み、見事12m90cmを成功。10ポイント差の河口をひっくり返し、逆転で総合No.1に輝く。成功の際再び雄叫びを上げた。

表彰式では涙を流しながら英語で「全力を尽くしてあきらめずに頑張ればできないことは何もありません。今回、最高の結果を残すことが出来ました。この素晴らしい場を僕に与えてくれた皆さん、本当にありがとうございました。」と語った。

第6回芸能人サバイバルバトル(2000年3月24日放送)

総合No.1奪回を懸けて参戦。番組冒頭では英語で「去年の敗北を片時も忘れたことはありません。今度は僕が勝ちます。」と意気込みを語った。

BEACH FLAGS2大会ぶりに決勝進出を果たすも、決勝で池谷に敗れた。MONSTER BOXでは池谷と共にNo.1。2大会ぶりにNo.1となった。QUICK MUSCLE前回池谷に更新された芸能人最高記録を更新し、こちらも2大会ぶりにNo.1となった。同競技終了時点で暫定総合2位で、1位の池谷と10ポイント差。

POWER FORCE2回戦で清水宏次朗、準決勝で野村将希、決勝で照英を破り、POWER FORCE3連覇を達成。暫定総合1位に立った。池谷は2回戦で工藤順一郎に敗れ、暫定総合2位に転落。WORK OUT GUYSでもケインがNo.1となり、前回の雪辱を果たす。

SHOT-GUN-TOUCHでは最終試技で13m00cmを申告するも失敗。しかしながら総合No.1を奪回。6種目中5種目を制す圧倒的な成績を収め、前回の雪辱を果たした。表彰式では英語で「ベストを尽くしても負けることはあります。でもその敗北がまた人を強くしてくれます。応援してくれた皆さんに心から感謝します。ありがとう」と語った。

第7回芸能人サバイバルバトル(2000年10月10日・14日放送)

池谷直樹が右足首骨折により欠場。

BEACH FLAGSでは準決勝でスタートに失敗し、敗退。3大会ぶりのNo.1はならなかった。MONSTER BOXではNo.1に輝いたが、23段成功はならなかった。QUICK MUSCLEでもNo.1に輝き、同種目2連覇を達成した。

TAIL IMPOSSIBLEでは第2レースで骨膜炎を発症し、途中棄権。しかしPOWER FORCE2回戦で総合No.1を争う照英に、準決勝で中村繁之に勝利。決勝ではプロスポーツマン大会でNo.1経験のある内藤尚行に敗れ、芸能人大会では同種目初敗戦となった。

SHOT-GUN-TOUCHでは1回目で11m80cm、2回目で12m00cmを楽々成功。3回目で13m00cmを申告するも失敗に終わったが、2連覇を達成した。

第7回プロスポーツマン大会(2001年1月1日放送)

プロ初連覇を懸けて参戦。

WORK OUT GUYSでは丸太切りでやや出遅れ、1分06秒80を記録。同組のニコラス・ペタス(1分01秒16)に敗れ、暫定2位。最終順位は大畑大介、ペタスに次ぐ3位と不本意な結果に終わった。BEACH FLAGSでは1回戦で芸能人大会において敗れた照英にリベンジを果たす。その後3回戦までは危なげなく勝ち上がるも、準々決勝で再び河口のブロックに遭う。前年のように他の旗は狙わず河口と同じ旗を狙いに行ったが僅かに及ばず、準々決勝で敗退した。

MONSTER BOXでは21段を成功させた後、池谷直樹が棄権。3大会連続のNo.1を確定させた。その後23段に挑むも失敗に終わっている。同競技終了時点で池谷に次ぐ暫定2位(210ポイント)。TAIL IMPOSSIBLEには骨膜炎の影響か出場せず、0ポイント。同種目3位の大畑大介が池谷と並び総合暫定1位に浮上し、ケインは3位に後退した。POWER FORCEでは1回戦で照英を、2回戦で武田修宏を、準決勝で暫定総合1位の大畑に見事勝利。準決勝で勝った際には雄叫びを上げた。決勝戦では清原和博に敗れるも、暫定総合1位に立った。しかしTHIETYでは2回戦で痛恨の敗退。同種目2位の大畑が80ポイントを加え総合365ポイント、No.1の池谷が総合100ポイントを加え340ポイントとし、ケインは暫定総合3位に後退した(315ポイント)。

THE GALLON THROWでは試技開始前にインタビュアーに「最低ラインというのは」と質問されたのに対し「最低は5m75cmですね」と発言し、自信を覗かせていた。しかし樽の高さこそ6mを超える投てきを見せつけたものの5m75cmを下回る5m25cmに終わる。同種目記録なしの池谷を抜くことには成功したが、同種目5m75cmを記録した大畑は抜くことができず暫定総合2位に。

SHOT-GUN-TOUCHでは自己記録12m90cmまでノーミスでクリア。続く13m10cmでは実況の古館伊知郎がスタートダッシュ完璧と発言する見事なスタートを決め、距離にかなりの余裕を残してクリアした。しかしその後はそのスタートは身を潜め、13m30cmに2度挑むも僅かに届かず失敗。総合2位が決定した。

試技後のインタビューでは「まだまだ強くならないと、No.1はキープできないですね。」「明日からトレーニングします。」と語った。

第8回芸能人サバイバルバトル(2001年3月23日放送)

一週間前のSASUKEで腕を負傷しながらの参戦。またプロスポーツマン大会で大畑に敗れたケインは、敢えてゴールドゼッケンを返上している。

BEACH FLAGS3回戦敗退と不本意な結果に終わるも、WORK OUT GUYSでは他者を圧倒。54秒04という圧倒的なタイムでNo.1となった。MONSTER BOX、QUICK MUSCLEでは池谷との対決に敗れ、2位。TAIL IMPOSSIBLEでは第3レースで敗退。

SHOT-GUN-TOUCHでは1回目で申告した12m40cmを難なく成功するも、2回目の12m70cmはギリギリの成功。しかし3回目の13m00cmは見事な成功を収め、雄叫びを上げた。しかし照英が3回目の12m30cmを成功させ、1ポイント差で総合No.1を逃す。

第8回プロスポーツマン大会(2002年1月1日放送)

No.1奪回を懸けて参戦。この大会に向け科学的トレーニングを積んできたという。開幕前にインタビューにて「去年は悔しい思いをしたので今年は必ず優勝します。」と意気込みを語った。

WORK OUT GUYSでは前回の覇者大畑大介が史上最速タイムとなる50秒01を記録。その後も多くの選手が50秒台を記録したが、大畑のタイムを超えられず。しかし満を持して登場したケインは史上初の40秒台(45秒46)を記録。ゴール直後には雄叫びを上げた。試技後のインタビューでは雄叫びについて聞かれ、「今日は絶対優勝しますから。力はいってます。」と語った。その後後続の選手もケインのタイムを超えられず、ケインのNo.1が確定。前年の雪辱を晴らした。

BEACH FLAGSでは開始前のインタビューで「自分も練習しましたから。絶対大丈夫です。」と自信を覗かせていた。その言葉通り1回戦、2回戦ともに余裕の突破。2回戦では第8回芸能人大会で同種目No.1に輝いた照英を背中を見せつける大差で圧倒し、リベンジを果たした。3回戦では旗から見て一番左隅のポジションを引き、隣に大畑が並んだ。大畑はケイン側の旗を狙いに行ったが、ケインに後れを取り、途中で路線変更。スタート直後に転倒した池谷側の旗を狙いに行き、共に準々決勝進出を果たす。ケインは準々決勝でも一番左隅のポジションを引き、今度は隣にここまで圧倒的なスピードで他者を圧倒していた室伏が並ぶ。スタートで室伏に優位に立たれたケインは中央の旗を狙いに行くもコース取りのロスを修復できず、3年連続となる準々決勝敗退となった。今大会は籤運に恵まれず、1回戦から準々決勝まで全て隅のポジションを引いてしまった。

MONSTER BOX三浦貴が20段で失敗し、脱落。この時点で生き残りはケインと池谷だけになり、前年同様池谷との一騎打ちとなる。しかしながらケインは22段で惜しくも失敗。池谷は23段を記録し、ケインはプロスポーツマン大会では初めてNo.1を逃したが、ここで再び暫定総合1位に立った。

POWER FORCE1回戦で前年55本塁打を放ったタフィ・ローズと1回戦でいきなり激突。体重78キロのケインに対しローズは87キロと約10キロの差があったものの、見事に勝利した。2回戦でも軽量級の池谷を寄せ付けず勝利し、2年連続となる準決勝進出を果たす。準決勝では総合No.1を争う室伏と対決。しかしながらあっという間に室伏に敗れた。室伏は決勝戦で河口を破り同種目No.1となり、暫定総合1位に浮上。ケインは2位に後退した。

THIRTYでは室伏が2回戦敗退。一方前回2回戦敗退のケインは順調に勝ち上がる。決勝で南山真との激闘を制し、同種目No.1。再び暫定総合1位に返り咲いた。

TAIL IMPOSSIBLEケインが第1レースを第2位でフィニッシュ。一方で総合No.1を争う室伏は第1レースをラストに追い上げなんとか通過。しかし第2レースでは他の選手に大きく引き離され、第2レース最下位に。ケインも大きく遅れた室伏を見てペースを落とし、第2レースで敗退。室伏の順位を上回り、暫定総合1位をキープした。

THE TUG-OF-WARケインは準決勝でマイク・キャメロンに敗れ、準決勝で敗退。一方室伏は3種目となるNo.1に輝き、ケインは再び暫定総合1位を明け渡す。

THE TUG-OF-WARで暫定総合2位に後退したケインだったが、室伏との差は僅かに5ポイント。SHOT-GUN-TOUCHで室伏の記録を10cm以上上回ればケインの総合No.1が決まるという展開となった。室伏は自己記録11m80cmだったが、12m70cmまでノーミスでクリア。一方自己記録13m10cmの記録を持つケインは12m70cmで痛恨の失敗を喫する。後のない2回目の試技で見事な成功を収めた。しかし続く12m90cmではボタンプッシュミスによる痛恨の失敗。12m70cmですでに1回目の失敗を喫しているケインはこの試技で脱落が決定。室伏とのデッドヒートの末、悲願の総合No.1奪回は果たせなかった。

第10回プロスポーツマン大会(2004年1月1日放送)

記念大会ということで2年振りの参戦。今大会が最後の出場となった。

WORK OUT GUYSでは丸太を素早く切り落とし、新たに導入された連結式のミルク缶運びも難なくこなしてみせたが、暫定1位の河口のタイムには僅かに及ばず。最終的に同種目3位に終わった。BEACH FLAGSでは1回戦、2回戦を難なく通過したものの、3回戦で池谷とのデッドヒートの末、敗退。1999年以来となる3回戦敗退となった。

MONSTER BOXでは記録20段に終わり、同種目2位。SPIN OFFでは準優勝することになる斉藤祐也との接戦の末、1回戦敗退となった。

THE GALLON THROWでは自己記録である5m25㎝を記録。POWER FORCEでは2回戦で前回同種目No.1の吉田秀彦に敗れる。吉田は同種目2年連続となるNo.1に輝いた。TAIL IMPOSSIBLEでは第3レースまで進出。

SHOT-GUN-TOUCH開始前の時点で暫定総合4位と、本来の力を発揮できていなかったが、同種目でもその傾向は変わらず、12m70cmで脱落となった。

ケイン同様今大会不振に終わった池谷は、翌年総合No.1に輝くなど復活し、それ以降も出場を続け活躍を見せたが、ケインは今大会を最後に出場することはなかった。またケインは今大会まで同じ相手に総合順位で2度負けたことが一度無かったが、今大会で河口に1999年以来の敗戦を喫し、今大会で初めて2度目の敗北を喫した。

大会 放送日 総合順位
第2回 芸能人サバイバルバトル 1997年4月2日 No.1
第3回 芸能人サバイバルバトル 1998年4月1日 No.1
第4回 芸能人サバイバルバトル 1998年10月2日 No.1
第5回 プロスポーツマン大会 1999年1月1日 4位
第5回 芸能人サバイバルバトル 1999年3月26日 2位
第6回 プロスポーツマン大会 2000年1月1日 No.1
第6回 芸能人サバイバルバトル 2000年3月24日 No.1
第7回 芸能人サバイバルバトル 2000年10月
10日・14日
No.1
第7回 プロスポーツマン大会 2001年1月1日 2位
第8回 芸能人サバイバルバトル 2001年3月23日 2位
第8回 プロスポーツマン大会 2002年1月1日 2位
第10回 プロスポーツマン大会 2004年1月1日 4位

SASUKE[編集]

大会 放送日 備考
第1回大会 1997年09月27日 3rd STAGE進出
第4回大会 1999年10月16日 3rd STAGE進出
第6回大会 2000年09月9日 3rd STAGE進出
第7回大会 2001年03月17日 2nd STAGE進出
第8回大会 2001年09月29日 Final STAGE進出


書籍[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ デスティニープロダクションによるケインのプロフィールでは180cmとなっているが[1]、サンミュージックによるケインのプロフィールでは181cmとなっている[2]
  2. ^ ただしこの名前で届け出ているわけではなく、またアメリカでは漢字での届け出はできないので、法的に正式なものではない。
  3. ^ ショーはケインを逆境へ突き放し、そこで這い上がる強さを身に付けてほしかったという。ショーはケインに対し一切金銭的な援助をしなかった[8]
  4. ^ a b 2003年12月21日放送の『スポーツマンNo.1決定戦開幕! 「最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル!!」』でのインタビューにて語っている。
  5. ^ 古館伊知郎には筋肉番付の金看板と称された。TVゲーム『筋肉番付 マッスルウォーズ21』ではマスコットキャラクターの金剛くんと共に表紙を飾っている。
  6. ^ 21段は当時世界中でヨウ・ホンチュルデビッド・セントピア長澤憲一ヴィタリー・シェルボの4人しか跳んでおらず、世界のトップ中のトップしか跳んでいない[49]
  7. ^ 22段の記録を持つ長澤、シェルボは体操界の中でも特に跳躍力が優れている選手である[50]。シェルボが背中から落下していった22段をケインは両足着地で成功させ、長澤やシェルボよりも余裕のあるクリアだった[51]
  8. ^ 総合ポイントには加算されない競技。

出典[編集]

  1. ^ a b c d PROFILE”. KANE KOSUGI Official web site. 2014年11月30日閲覧。
  2. ^ TALENT LIST タレントリスト プロフィール ケイン・コスギ(ケイン・コスギ)”. Sun Music GROUP OFFICIAL WEB SITE. 2014年5月11日閲覧。
  3. ^ 東宝 映画トピックス」2014年11月30日閲覧。
  4. ^ a b === 人間解析ドキュメント「zone」===2002. 10. 20 放送 第131回 「映画『マッスル ヒート』の舞台裏 ケイン・コスギ」の項を参照。2014年11月12日閲覧。
  5. ^ 第2号(2005年12月)巻頭インタビュー ケイン・コスギさん」海外移住資料館 2014年11月21日閲覧。
  6. ^ ショー・コスギプロフィール」講演依頼.com 2014年11月21日閲覧。
  7. ^ a b 日本のミカタ(archive.today)」2014年12月15日閲覧。
  8. ^ a b ショー・コスギ 『最強の男ケイン・コスギになる43の秘策』 講談社2000年、144-146頁。ISBN 4-06-210327-3
  9. ^ a b c d e 『ケイン・コスギインマッスルヒート』 講談社2002年ISBN 4-06-211676-6
  10. ^ 世界が注目!人気ゲーム『デッド・オア・アライブ』のケイン・コスギはすごいぞ!(1/2)”. シネマトゥデイ. 2014年11月25日閲覧。
  11. ^ 世界が注目!人気ゲーム『デッド・オア・アライブ』のケイン・コスギはすごいぞ!(2/2)”. シネマトゥデイ. 2014年11月25日閲覧。
  12. ^ ケイン・コスギが3歳下の香港出身女性と入籍”. ORICON STYLE. 2014年11月10日閲覧。
  13. ^ 「ケイン・コスギが『鉄拳』に主演」は誤報 所属事務所が謝罪”. シネマトゥデイ. 2014年2月25日閲覧。
  14. ^ a b サイコなエロ恐いナースが暴走!過激な娯楽作3作品「レッドバンド」、連続公開決定”. クランクイン!. 2014年11月13日閲覧。
  15. ^ ニンジャ・アベンジャーズ 作品情報”. 映画.com. 2014年11月13日閲覧。
  16. ^ a b ケイン・コスギ独占インタビュー」シネマトゥデイ 2014年11月12日閲覧。
  17. ^ ショー・コスギ「息子は卑怯だ」と怒りぶちまける J-CAST 2014年11月28日閲覧。
  18. ^ Japan Zone Entertainment News Japan Zone 2014年11月28日閲覧。※英語
  19. ^ スターアルバイト烈伝 - ケイン・コスギ”. バイトルドットコム. 2014年4月22日閲覧。
  20. ^ March 12, 2014”. KANE KOSUGI Official web site. 2014年4月22日閲覧。
  21. ^ 来年はスゴイ!?豊田「背中鍛えました」」Sponichi Annex 2014年12月9日閲覧。
  22. ^ 出演者プロフィール(テレビ番組・日本のミカタ)」2013年5月4日閲覧。
  23. ^ ZONE』(TBS) 2001年12月30日放送
  24. ^ 跳び箱神話part2. p. 327-331. 
  25. ^ Amazon.co.jp: 筋肉番付TV体操21 [VHS ケイン・コスギ, パパイヤ鈴木 ビデオ]」amazon.co.jp 2014年11月26日閲覧。
  26. ^ a b 跳び箱神話part2. p. 294. 
  27. ^ 跳び箱神話part2. p. 134. 
  28. ^ 跳び箱神話part2. p. 140. 
  29. ^ 跳び箱神話part2. p. 156. 
  30. ^ 跳び箱神話part2. p. 157. 
  31. ^ 跳び箱神話part2. p. 280-281. 
  32. ^ 跳び箱神話part2. p. 282. 
  33. ^ 跳び箱神話part2. p. 286. 
  34. ^ 跳び箱神話part2. p. 290. 
  35. ^ 跳び箱神話part2. p. 266. 
  36. ^ 跳び箱神話part2. p. 273. 
  37. ^ 跳び箱神話part2. p. 276. 
  38. ^ 跳び箱神話part2. p. 277. 
  39. ^ 跳び箱神話part2. p. 297. 
  40. ^ 跳び箱神話part2. p. 298. 
  41. ^ 跳び箱神話part2. p. 302. 
  42. ^ 跳び箱神話part2. p. 304. 
  43. ^ 跳び箱神話part2. p. 325. 
  44. ^ 跳び箱神話part2. p. 338-339. 
  45. ^ 跳び箱神話part2. p. 344. 
  46. ^ 跳び箱神話part2. p. 324. 
  47. ^ 跳び箱神話part2. p. 326-327. 
  48. ^ 跳び箱神話part2. p. 328. 
  49. ^ 跳び箱神話part2. p. 327. 
  50. ^ 跳び箱神話part2. p. 329. 
  51. ^ 跳び箱神話part2. p. 330. 
  52. ^ 跳び箱神話part2. p. 330-331. 
  53. ^ 跳び箱神話part2. p. 352. 
  54. ^ 跳び箱神話part2. p. 356. 
  55. ^ 跳び箱神話part2. p. 355. 
  56. ^ 跳び箱神話part2. p. 356-357. 
  57. ^ 跳び箱神話part2. p. 357. 
  58. ^ 跳び箱神話part2. p. 360-361. 
  59. ^ 跳び箱神話part2. p. 362. 
  60. ^ 跳び箱神話part2. p. 369. 
  61. ^ 跳び箱神話part2. p. 416-417. 

参考文献[編集]

  • 樋口潮 『跳び箱神話〈part.2〉~最強の男は誰だ!!壮絶筋肉バトル!!スポーツマンNO.1決定戦 総集編~』 レゾナンス出版、1999年ISBN 4-947735-07-4

外部リンク[編集]