古田新太

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古田 新太(ふるた あらた、本名:古田 岳史 - ふるた たけふみ、1965年12月3日 - )は、日本俳優声優DJ兵庫県神戸市出身。

所属事務所キューブ。愛称は「古ちん」。芸名である「新太」は亡き実父の本名に由来する。妻は元タレントの西端弥生。一女あり。

目次

[編集] 来歴

  • 高校では,バンドを組みライブハウスに出演する傍ら,演劇部に所属し,木下順二の戯曲「夕鶴」の与ひょう(よひょう)や別役実の作品に出演していた。
  • もともとのお笑い好きもあり,コントユニットを結成して活動していた。
  • また,秋浜悟史に師事し「下手な演技力をどうごまかすか」などの実践に役立つ実習を受ける。
  • 同年、「太陽族」という劇団に所属していたが,大学の先輩である渡辺いっけいに誘われて劇団☆新感線公演『宇宙防衛軍ヒデマロ』に出演。これが切っ掛けで現在の事務所に所属し、以後多くの新感線作品に出演。現在でも新感線の看板俳優として活躍中。同時期に活躍していた俳優には筧利夫羽野晶紀などがいる。なお、プライベートで不祥事を起こして劇団ビタミン大使ABCに所属したことがある。
  • 関西学生演劇ブームに乗り、関西を中心にテレビ番組にも出演するようになる。読売テレビのコント番組『週刊テレビ広辞苑』(1988年)や『現代用語の基礎体力』(1989年)などの深夜番組で、劇団そとばこまちの槍魔栗三助(現在の生瀬勝久)や羽野らとレギュラー出演して評判を呼ぶ。番組の成功とともに、古田自身もラジオ番組『オールナイトニッポン』のパーソナリティを務めるなど全国区に進出。『オールナイトニッポン』には長年担当していたビートたけしの後継として木曜1部に登場し、容赦ない下ネタと自身の大好きなハードロックをかけまくるプログラムで大きな支持を得た(特に下ネタの過激さは相当なもので、『オールナイトニッポン』放送開始から終了までにスタッフが始末書を書かなかった週は2回しかなかったとも言われる)。キャッチフレーズは「世界で一番偏差値が低いラジオ番組」であった。
  • 後年、あるテレビ番組に出演した際に「(学生時代は)周りの学生は演技が下手糞ばかりで呆れた」という冗談めいたコメントを残している。
  • 大阪を中心に活動していた時代は、自他共に認めるほど無類の女好き・風俗好きとして有名で、舞台の一部と二部の間に風俗店に行ったとラジオで語っていた。実際、当時は女性ファンの数が男性のファンに比べ圧倒的に多く、女性に良くモテていたらしい。
  • 舞台以外にもテレビドラマ、バラエティなどにも出演しており、タレント声優、ラジオパーソナリティとしても活躍。また雑誌コラムを手がけるなど、俳優の活動にこだわらず様々なジャンルで活躍している。
  • アメリカのプロレス団体WWEのファンでもあり、よくテレビ出演の時などでも色んなスーパースターのTシャツを着ていたり帽子を被っていたりしている。尚、着用するTシャツ・帽子等のグッズは全て私物である。
  • 確固たるポリシーがあって,携帯電話は持たないことにしている。

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ

#1ゲスト

[編集] 映画

[編集] Vシネマ

[編集] 舞台

[編集] 劇団☆新感線

  • 『宇宙防衛軍ヒデマロ』シリーズ
  • 『直撃!ドラゴンロック』シリーズ
  • 『ゴローにおまかせ』シリーズ
  • 『秋味 古田新太之丞・東海道五十三次地獄旅~ハヤシもあるでヨ!~』
  • 『劇団☆新感線20周年記念講演豊年満作チャンピオン祭り秋味R 古田新太之丞東海道五十三次地獄旅~踊れ!いんど屋敷~』
  • 阿修羅城の瞳
  • スサノオ
  • 髑髏城の七人
  • 『仮名絵本西遊記』
  • 『野獣郎見参!』
  • 『花の紅天狗』
  • 『大江戸ロケット』
  • 西遊記~PSY U CHIC』
  • 『天保十二年のシェイクスピア』
  • 『七芒星』
  • 『レッツゴー!忍法帖』
  • 髑髏城の七人~アカドクロ~』
  • 『吉原御免状』

[編集] その他の公演

[編集] バラエティ番組

[編集] ラジオ

以下すべてNHK-FM

  • 青春アドベンチャー「くたばれ! ビジネスボーグ」(後藤千次)
  • 青春アドベンチャー「ヴァーチャル・ガール」(アーノルド/ナレーション)
  • 青春アドベンチャー「BANANAFISH」(ブランカ)
  • 青春アドベンチャー「ジュラシック・パーク」(ジェナーロ)

[編集] CM

[編集] アニメ

[編集] その他

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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