芦屋大学

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芦屋大学
芦屋大学本館・福山記念館
芦屋大学本館・福山記念館
大学設置/創立 1964年
学校種別 私立
設置者 学校法人芦屋学園
本部所在地 兵庫県芦屋市六麓荘町13-22
キャンパス 六麓荘 (兵庫県芦屋市)
大阪 (大阪府大阪市北区)
学部 臨床教育学部
経営教育学部
研究科 教育学研究科
ウェブサイト 芦屋大学公式サイト
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芦屋大学(あしやだいがく、英語: Ashiya University)は、兵庫県芦屋市六麓荘町13-22に本部を置く日本私立大学である。1964年に設置された。大学の略称は芦大。

概観[編集]

大学全体[編集]

芦屋大学は1964年福山重一により創設された。福山はもともと大阪府立大学教育学部長であったが教育理念を巡って総長と争い罷免され、自らの理念を私学で再建するために芦屋大学を設立した[1]

1978年から1991年にかけて、ほぼ隔年で職業指導学国際会議を開催。それ以降、当時の文部大臣総理大臣、各国領事ソ連教育大臣など国内外から多くの教育関係者らが芦屋大学を訪問するなど、国際的にも注目される存在となった[2]

2014年現在、臨床教育学部と経営教育学部の2学部3学科からなり、教育理論より「教えや学びが展開されている教育の現場」に焦点を当てた教育を行うことが出来る教職者の養成、及び教養豊かなビジネスリーダーとなる人材の育成を目的としている。ソーラーカーレースの強豪校であり[3]、また2007年に大学院附属機関として発達障害教育研究所を設置した。

また、大学のホームページでも公開されている『平成19年度 自己評価報告書』の89ページにも記載があることだが、ソニーの会長だった(当時)盛田昭夫が、産業教育学科(経営教育学部の前身)を激賞し、海外にも紹介したことと、この学科を中心に「経営者2世、企業リーダーの輩出」の実績を重ねてた結果から、企業経営者の子息が進学する大学としても有名である[4][5]

国内屈指の高級住宅地として知られる六麓荘に位置し、学舎からは神戸から大阪までの街が一望できる。かつてこの場所には芦屋国際ホテルという高級ホテルがあったが、敗戦後にはGHQが占用、その後芦屋女学校の手に渡って現在の芦屋大学になった。なお、旧芦屋国際ホテルの建築物は学舎として利用されていたが、1995年の阪神・淡路大震災により全壊して現存しない。

建学の精神[編集]

人それぞれに天職に生きる

沿革[編集]

  • 1936年10月26日 - 財団法人芦屋啓成会が設立され、芦屋高等女学校が認可される
  • 1951年3月14日 - 私立学校法により、財団法人芦屋啓成会を学校法人芦屋学園とする
  • 1953年3月9日 - 芦屋学園幼稚園の設置が認可される
  • 1964年1月25日 - 芦屋大学設置認可(教育学部教育学科)
    • 建学の理念として「人それぞれに天職に生きる ここに職業指導学は存する」を制定
    • 建学の理念とは別に、開学から10数年間に渡り、「独立と自由」、「創造と奉仕」、「遵法と敬愛」(現在の実践綱領)を建学の精神としていた。
  • 1964年3月 - 芦屋大学学舎竣工(現芦屋学園短期大学敷地内)
  • 1965年12月27日 - 芦屋大学教育学部に産業教育学科増設認可
  • 1968年3月30日 - 大学院教育学研究科教育学専攻修士課程・博士課程の設置認可
  • 1970年3月25日 - 芦屋学園幼稚園を芦屋大学附属幼稚園に名称変更
  • 1972年1月28日 - 芦屋大学教育学部に英語英文学教育科増設認可
  • 1973年1月26日 - 芦屋大学教育学部に児童教育学科増設認可
  • 1978年11月 - 第1回職業指導学国際会議を開催(以降、隔年で開催する)
    • 同会議開催を契機として、建学の精神を「人それぞれに天職に生きる。ここに職業指導学は存する」とした。
  • 1979年7月 - 芦屋大学淡路島臨海セミナーセンター開所。
  • 1980年2月 - 福山記念館竣工
  • 1982年4月 - 同窓会の交流施設「芦大クラブ」を大阪心斎橋に開設
  • 1985年3月22日 - 大学院教育学研究科英語英文学教育専攻修士課程の増設認可
  • 1986年3月18日 - 大学院教育学研究科技術教育専攻修士課程の増設認可
  • 2005年 - 本年度の理事会において、建学の精神を「人それぞれに天職に生きる」とすることを確認(従来の後段の言葉を削除)。
  • 2006年4月1日 - 教育学部英語英文学教育科を教育学部国際コミュニケーション教育科に変更
  • 2007年4月 - 教育学部を臨床教育学部(教育学科、国際コミュニケーション教育科、児童教育学科)と経営教育学部(経営教育学科)に改組
  • 2010年4月 - 大阪キャンパスを大阪梅田に開設。学園スポーツ教育センターを設置。

学部[編集]

2012年1年次入学者まで

  • 臨床教育学部
    • 教育学科
      • 教育学コース
      • 心理学コース
      • 総合教育コース
      • スポーツ教育コース
    • 国際コミュニケーション教育科
      • 国際理解コース
      • 英語指導者養成コース
      • 英語英米文学研究コース
    • 児童教育学科
  • 経営教育学部
    • 経営教育学科
      • 経営マネジメント分野
      • 技術マネジメント分野
      • 教育マネジメント分野
      • キャリア教育コース

2013年1年次入学者から

  • 臨床教育学部
    • 教育学科
      • 教育学コース
      • 心理学コース
      • 国際教養学コース
      • スポーツ教育コース
    • 児童教育学科
      • 幼児・児童教育コース
      • 特別支援教育コース
  • 経営教育学部
    • 経営教育学科
      • 経営マネジメントコース
      • 技術・情報教員養成コース
      • 自動車技術コース
      • 情報・産業コース
      • バレエコース
      • 事業継承・起業家コース
      • スポーツマネジメントコース
      • 航空ビジネスコース
      • 鉄道・交通ビジネスコース

2014年1年次入学者から

  • 臨床教育学部
    • 教育学科
      • 教育学コース
      • 心理学コース
      • 国際教養学コース
      • スポーツ教育コース
    • 児童教育学科
      • 幼児・児童教育コース
      • 特別支援教育コース
  • 経営教育学部
    • 経営教育学科
      • 経営マネジメントコース
      • 技術・情報教員養成コース
      • 自動車技術コース
      • 情報産業デザインコース
      • バレエコース
      • 事業継承・起業家コース
      • スポーツマネジメントコース
      • 航空ビジネスコース


過去の学部編成[編集]

  • 教育学部
    • 教育学科
    • 英語英文学教育科
    • 児童教育学科
    • 産業教育学科

大学院[編集]

  • 教育学研究科
    • 教育学専攻(修士課程・博士課程)
    • 技術教育専攻(修士課程)
    • 英語英文学教育専攻(修士課程)

学生生活[編集]

部活動・クラブ活動・サークル活動[編集]

学園祭[編集]

  • 芦屋大学の学園祭は「芦屋学園祭」と呼ばれ毎年10月下旬に芦屋学園短期大学、芦屋学園中・高等学校、芦屋大学附属幼稚園との合同で行われている。

エピソード[編集]

  • 1990年代後半まで、制服が制定されていた。これは男子学生のみで、紺スーツ・エンジネクタイというものであった。
  • 学生が学校を怠けると親に連絡が行き、「アルバイトをするぐらいなら親の会社を手伝うべし」との趣旨からアルバイト禁止、他大学とのサークル活動禁止といった管理体制を敷いていた[6]
  • 創立者で学長の福山重一は自らの銅像を建てることを好み、学校中に銅像を建てたが、ふざけて自らの銅像に登った学生を退学にしたこともある[7]
  • 大学敷地内に学生専用の駐車場を有し、創設以来現在でも自家用車通学が許可されている。「ベンツBMWは当たり前で、中にはフェラーリロールスロイスに乗ってくるヤツもいます。よく他の大学のヤツに、まるで外車ショーやねって言われます」という現役芦屋大生の証言も伝えられている[8]。ただし、周辺への騒音と安全性を考慮して二輪車による通学は禁止されている。
  • ソニー創業者である盛田昭夫が一時期、運営法人である芦屋学園の理事を務めていた。
  • 創立者の福山重一は当時のソビエト連邦に国賓として訪問した事がある。
  • 高円宮憲仁親王(訪問当時の宮号は三笠宮)が1984年に訪問した。
  • 入学案内に経営者2世の養成を謳っていた時期もある。100パーセントの入学者を推薦入試で採り、「経営の後継者養成を主眼にしており、学力試験は行わず、面接で人物本位に選考している」と表明していた時期もある[9]
  • 過去には高額の寄付金制度が存在したが、現在は短期大学・附属校と共に廃止されている。
  • 経営教育学部(旧教育学部産業教育学科)は、私立大学では珍しく、「技術」の中学校教諭一種免許状が取得できる。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者組織[編集]

  • 芦屋カレッジ同窓会

大学関係者一覧[編集]

大学の主な施設[編集]

  • 福山記念館
  • 国際会議場
  • 芦屋学園体育館
  • 福山記念館附置技術研究棟
  • 発達障害教育研究所
  • 電子工学特別研究棟
  • 生命工学特別研究棟
  • 音響・振動特別研究棟
  • 自動車工学特別研究棟
  • 日本文化研究所
  • ビジネス研究センター
  • キャリア支援センター
  • 国際交流センター
  • 教職教育支援センター
  • LAN管理センター
  • オーディオビジュアルセンター
  • スポーツ教育センター
  • 健康管理センター
  • ゴルフ練習場
  • 淡路島臨海セミナーセンター(現在は不使用)

過去に存在した施設[編集]

  • 芦大クラブ(大阪・心斎橋)
  • ハワイ研修所(ハワイ・ホノルル)
  • アシヤユニバーシティ・センター(ハワイ・ホノルル)
  • 大学の森(大学南に隣接する山林)

所在地[編集]

  • 六麓荘キャンパス:兵庫県芦屋市六麓荘町13-22(地図
  • 大阪キャンパス:大阪府大阪市北区小松原町3-3 OSビル12階・16階(地図

アクセス[編集]

交流協定校等[編集]

  • 国内
    • 兵庫地域の大学とアジア・太平洋地域大学間の交流枠組みに関する協定
    • 株式会社ANA総合研究所との航空ビジネスの教育提携
    • プロバスケットボールチーム「大阪エヴェッサ」(ヒューマンスポーツエンタテインメント株式会社)との教育提携(オフィシャルパートナー契約)
  • 国外
    • ワシントン州セントマーチン大学(米国)
    • 安養市聖潔大学校(韓国)
    • 高等教育問題学術研究所(ロシア)

附属学校[編集]

不祥事[編集]

職員によるセクハラ問題[編集]

2009年1月から同大学で就職活動を支援する『キャリア支援センター』で勤務していた40歳代の男性の契約職員が、当時4年生だった女子学生に対し、「外で指導する」などと称して、自宅やカラオケ店などに呼び出し体を触るなどし、このショックで女子学生は就職活動を中断せざるを得なくなった。女子学生は同年7月に同大学に被害を相談し、同大学は同年9月30日付でこの職員を諭旨解雇にした。その後女子学生は翌2010年6月、該当の職員や、同大学を運営する芦屋学園に対し、慰謝料などの支払いを求め、大阪地方裁判所に提訴した[10][11]

高校教員への接待問題[編集]

2011年5月19日に神戸市内のホテルで開いた入試説明会後に、高校教員への飲食接待を行った。同大学によると入試説明会後、宴会場に移動し料理や日本酒などを振舞ったという。教員から飲食費は徴収しておらず、県教委は、利害関係者との不適切な行為を禁じた内規に違反する恐れがあるとして調査している[12]

脚注[編集]

  1. ^ 綱島理友『ぼくらは愉快犯』p.205(双葉社、1994年)
  2. ^ 「職業指導学国際会議」については、文雅堂銀行研究社から出版されている『職業指導学国際会議報告書』や、創立者・初代学長である福山重一の著作『職業指導研究』などを参考にされたい。
  3. ^ 「第41回芦屋市民文化賞 小川洋子氏と芦屋大学ソーラーカープロジェクトに決定」 芦屋市、2010年2月1日。
  4. ^ 綱島理友『ぼくらは愉快犯』p.196-209(双葉社、1994年)
  5. ^ 「激動の時代に 関西企業トップストーリー (40)ワコール社長 塚本 能交氏」 神戸新聞、2011年3月6日。
  6. ^ 綱島理友『ぼくらは愉快犯』p.206(双葉社、1994年)
  7. ^ 綱島理友『ぼくらは愉快犯』p.207(双葉社、1994年)
  8. ^ 綱島理友『ぼくらは愉快犯』p.206(双葉社、1994年)
  9. ^ 綱島理友『ぼくらは愉快犯』p.209(双葉社、1994年)
  10. ^ 女子学生がセクハラ被害、芦屋大の契約職員解雇”. 読売新聞 (2010年6月16日). 2010年6月19日閲覧。
  11. ^ 「本学就職担当契約職員に関する報道」について]”. 芦屋大学 (2010年6月17日). 2010年6月19日閲覧。
  12. ^ 芦屋大、入試説明会後に高校教員ら飲食接待”. 読売新聞 (2011年5月22日). 2011年5月22日閲覧。

関連項目[編集]

公式サイト[編集]

座標: 北緯34度45分9.9秒 東経135度18分25.8秒