松本市
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松本市(まつもとし)は、甲信越地方の中部、長野県中部(中信地方)に位置する市である。国から特例市や国際会議観光都市に指定されている。2005年4月1日に梓川村、四賀村、奈川村、安曇村の4村を新たに編入した。
目次 |
[編集] 概要
国宝松本城を中心とする旧城下町である。幸いにも戦災を免れた事から、旧開智学校(重要文化財)などの歴史的建造物が多く残る。他に戦災を免れた中規模の旧城下町としては、金沢市や川越市などがある。
キャッチフレーズは「文化香るアルプスの城下町」、「三ガク都(楽都、岳都、学都の三つのガク都。音楽、山岳、学問で有名なため)」などがある。
日本で最も古い小学校のひとつ開智学校の開校、改正高等学校令に基づく全国9番目の官立旧制高等学校である松本高等学校の招致など、教育に熱心な面が過去にはあった。また、小沢征爾ら一流の音楽家の集うサイトウ・キネン・フェスティバルの開催、全国に(一部海外にも)広がるスズキ・メソードや花いっぱい運動の発祥、映画やテレビドラマなどのロケ支援を市が行うなど、文化を尊重する気風は今も健在である。
県庁所在地ではないが、FM長野本社、日銀松本支店、松本空港、信州大学本部、陸上自衛隊松本駐屯地などがあり、さながら県中部に位置する「副県都」のような存在になっている。国立大学機構が1県1学の県に於いて本部が県庁所在地以外に置かれているのは、青森県の弘前大学と沖縄県の琉球大学のみである。また特に日銀の存在は松本市をして、長野市とともに複眼構造を為すことにより、県の経済の中心に押し上げる役割も持っている。
商業販売額は長野市に次いで県内二位だが、松本パルコなどの人気の高いアパレル商業施設を抱え県内各地から消費者が訪れることや、市街地型複合店舗の立地数が県内では最多である。
又、工業生産額が安曇野市、上田市に次いで県内で3位であり、県内工業の拠点の1つである。また、信州大学本部の存在や毎年恒例のサイトウ・キネン・フェスティバルの開催もあって、長野県の工業、商業、観光、文化、教育の一大拠点となっている。
近年高層マンションの建設が相次いでおり、この中でいかに城下町の景観を守るかが課題になっている。2008年4月から「市都市景観条例」が改正され、松本城周辺の建築物の高さ規制が厳しくなることから、現在マンション建設を前倒しする動きが見られる。これに対し、周辺住民の反対意識は強く、既に完成した縄手通りのマンション建設には建設反対運動が起こった。
[編集] 古称
中心市街地は古くは深瀬郷(深志郷)、捧庄(ささげのしょう)または庄内、信濃府中または信府あるいは信陽などと呼ばれていた。 捧庄、庄内の由来は国衙比定地とされる市東部にあった八条院領の荘園で、現在市内にある本庄、庄内という地名はこの名残であると考えられる。「信府」は国府が置かれたことに由来する「信濃府中」の略称、「信陽」はそれを漢文調にしたものである。以上の地名は現在ほとんど使われていない。
現在、最も人口に膾炙するのが深志で、太古の松本盆地が湿地帯であったことを示すとされる「深瀬郷」が転訛したものであり、現在でも社名、校名などに使われている。おおよそ駅前大通りの北側が北深志、南側が南深志となり、南深志には深志神社がある。
松本は松本市の数々の呼び名のなかで最も新しいものである。 現在の市名である松本の由来は諸説あるが、通説では武田氏の侵攻により落ち延びた嘗ての信濃守護職・小笠原長時の三男小笠原貞慶が1582年に旧領を回復した際に「待つ事久しくして本懐を遂ぐ」と述懐し改名したとされる(小笠原氏は長らく信濃府中奪還という本懐を抱いており、それが叶ったことから、待つ本懐を→松本懐→松本 と略され松本となった)。他に、小笠原宗家(府中)が分家(松尾)とのお家騒動に勝利したことを記念したとする説があるが、内訌は約50年前に片付いており、この説は時代的に合わない。「松本」という氏姓は松本市の「松本」地名よりも遥か昔から存在するが相関はなく、松本市に松本氏が多いということはない。市役所等によって「広報まつもと」のようにひらがなで表記されることもある。
また、松本市周辺や松本地域は松本平、筑摩(筑摩野とも)などと呼ばれる。前身の松本町が東筑摩郡に属していたため、旧筑摩県名の由来にもなった。
[編集] 地理
松本市は、長野県の中央からやや西の所にあり、県庁所在地の長野市から南西へ75km、東京特別区から西北へ240kmに位置している。2005年の合併後の市域は、西の飛騨山脈(北アルプス、西山、3000m級)から、東の筑摩山地(美ヶ原、東山、2000m級)までと広大であり、長野県内では最も広い(全国の市では二十位)。松本市街地(松本駅周辺など)は、二つの山脈(山地)の間にある松本盆地の中央部、複合扇状地上に位置する(標高約600m)。
川では、上高地方面から流れ出す梓川が市の西部を流れ、奈良井川が市を二分するように横断している。また、市街地には清流である女鳥羽川が横断している。女鳥羽川はもとは現在の大門沢川のルートを流れていたと考えられるが、江戸時代はじめに人工的に流路が変えられ今の姿になった。山では、合併に伴い日本百名山の山が多数松本市に編入され、岳都(学都、楽都とならび松本市のキーワードとなっている)の側面が強くなった。松本市には標高第三位の穂高岳や第五位の槍ヶ岳があるが、市街地からは手前の常念山脈に隠れて見えないため、市民には常念岳や美ヶ原のほうが親しまれている。中部山岳国立公園、八ヶ岳中信高原国定公園が市内にあり、前者には特別天然記念物のライチョウが生息する。また、景勝地の上高地も市内にある。
市内には多数の扇状地が形成されている。また、松本市はフォッサマグナの上にあり、市西部には糸魚川静岡構造線が通っている。市内には地震関連のテレビ番組などでもよく紹介され、30年以内のマグニチュード6・5以上の地震発生確率が25.21%と全国で最も高い断層「牛伏寺断層」が通っている。市域は5000万年前は海底にあった。
森林面積は74,000haで、市域全体の約81%を占める。また、平成の大合併により山間の村と合併したため、人口密度が大幅に低下した。(合併前:県内二位→合併後:県内二十一位)
- 地形(代表的な山には標高を掲載した)
- 山:穂高岳(3190m、全国三位)、槍ヶ岳(3180m)、乗鞍岳(3026m)、大天井岳(2922m)、常念岳(2857m)、大滝山、焼岳、霞沢岳、美ヶ原、三才山
- 川:梓川、犀川、女鳥羽川、奈良井川、田川、薄川、牛伏川、鎖川、大門沢川、宮入川、保福寺川
- 湖:大正池、美鈴湖
- 高原:美ヶ原、乗鞍高原
- 自然公園:中部山岳国立公園、八ヶ岳中信高原国定公園
[編集] 気候
ケッペンの気候区分では温暖湿潤気候(Cfa)と亜寒帯湿潤気候(Df)に分かれる。日本式の気候区分では安曇地区を除いて、中央高原型(5d)の内陸性気候、中央高地式気候が顕著に現れる所にあり、大半の学校教育用の地図帳で、中央高原型気候の都市の例として扱われている。そのため、かつて存在した松本測候所は、中央高原型の代表として直達日射観測も行っていた。基本的には平野部は降水量が少なく日照時間が多い。上高地や乗鞍高原、美ヶ原などの山岳地帯は若干降水量が多く日照時間は少なくなる。安曇地区は日本海側気候で冬季雪が多く、豪雪地帯に指定されている。
[編集] 冬
冬の寒さは厳しく、特に早朝は零下10度以下まで冷え込むことも度々あり、冬日が多い。しかし晴れの日が多く日中は零度を越すことが多いので真冬日は比較的少ない。また、寒い長野県内でも暖かいほうである。豪雪地帯の安曇地区を除いて雪はそれほど多く降らず、10cm程度の積雪が年に数回、30cm程度の積雪が年に1回あるかないかである。それも真冬よりもときおり春先に降雪を見ることがあり、このような場合長野県北部の積雪の方が少ないことがある。これを「上雪(かみゆき)」と呼ぶ。
[編集] 夏
夏はかなり暑くなるが直射熱、輻射熱による即太陽的な要素が強く、朝夕はかなり温度が下がり熱帯夜はほとんどない。残暑も短く秋の訪れは早い。全体的に冬と夏、昼と夜での寒暖の差が激しいのが特徴である。また、晴れる日が多く日照時間は全国でもトップレベルである(全国の観測点で4位)。その反対に、雨は少なく全体的に乾燥している。梅雨の影響も少ない。松本平は山に囲まれているので日中でも風速7~8m/sの強い風が吹くことが多く、このうち飛騨山脈(北アルプス)から吹いてくる風をアルプス颪(おろし)と呼ぶ。半面台風は中部山岳を避けることが多く、あるいは中部山岳に当たると勢力が弱まるので、台風の風による被害は少ない。
市中心部を流れる女鳥羽川、薄川は有史以来たびたび氾濫し、市内を幾度も浸水させている。中でも1959年の台風7号は大きな被害をもたらした(詳しくは女鳥羽川を参照)。松本市で観測した極値は、最高気温が38.5℃(1942年8月2日)、最低気温が-24.8℃(1900年1月27日)、最大の一日の降水量が155.9mm(1911年8月4日)、最深積雪が78cm(1946年3月3日)。
- 松本市(中央高原型(5d))の月平均気温・降水量
-
- 標高 610m(松本特別地域気象観測所)
- 北緯36度15分 東経137度58分
| 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 全年 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 気温 (℃) | -0.6 | -0.2 | 3.5 | 10.4 | 15.7 | 19.6 | 23.3 | 24.3 | 19.5 | 12.8 | 7.1 | 2.0 | 11.5 |
| 降水量 (mm) | 31.1 | 42.5 | 73.5 | 86.8 | 92.5 | 135.9 | 132.6 | 95.8 | 162.3 | 89.4 | 52.9 | 23.3 | 1018.5 |
[編集] 天気予報区分
市全体が長野県中部(単に中部と呼ばれる)に入り、その下位区分においては旧松本市・四賀・梓川地区は松本地域に、安曇・奈川地区は乗鞍・上高地地域に属する。
[編集] 隣接自治体
新松本市は、市域が広いため14市町村が隣接している。
- 塩尻市、安曇野市、波田町、山形村、朝日村とは平地続きになっているため、非常に密接な関係にある。
- 山を隔てて隣接している岡谷市、下諏訪町を含む諏訪地域とは平地続きではないが塩尻市を経由する形で国道や電車が通っているため、松本市内に住み諏訪地域の学校や企業に通勤、通学する人もおり、やや密接な関係にある。
- 大町市、新高山市、上田市、筑北村、長和町、青木村とは山を隔てて境界の端同士で隣接しているが、これらの自治体と隣接していることは、市民の間で認知度がさほど高くない。大町市については一部が松本盆地にあり、平地続きになっている。そのため地理的に近く、安曇野市などを経由して往来しやすいために密接な関係にある。
- 木祖村、木曽町とも山を隔てて隣接しているため、あまり密接な関係ではないが、木祖村、木曽町の人々は松本市内へ買い物へ訪れることも多い。
隣接自治体との位置関係
| 北西: 安曇野市、大町市 | 北: 東筑摩郡筑北村 | 北東: 上田市、小県郡青木村 |
| 西: 東筑摩郡波田町、山形村、岐阜県高山市 | 松本市(中心部) | 東: 小県郡長和町 |
| 南西: 東筑摩郡朝日村、木曽郡木祖村、木曽町 | 南: 塩尻市、岡谷市 | 南東: 諏訪郡下諏訪町 |
[編集] 地域
市の中心市街地活性化基本計画において松本駅を中心とした商業地約190haが中心市街地として捉えられている。
代表的なエリアは、松本パルコ、花時計公園を核に若者向けの店や飲食店の立ち並ぶ中央一丁目(伊勢町など)、大型店を中心に同じく若者向けのスポットの集まる深志一丁目(松本駅前)、縄手通りがあり銀行支店などのオフィスが集まる大手三丁目(大名町など)、再開発により近代的な商店街の立ち並ぶ中央二丁目(本町など)、松本城や市役所のある丸の内等が該当する。
[編集] 市内の町名
- ※は住居表示実施区域
- 本庁管内
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- 大字島内
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- 大字島立
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- 大字新村
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- 大字和田
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- 大字神林
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- 大字岡田町、大字岡田伊深、大字岡田下岡田、大字岡田松岡
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- 大字入山辺
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- 大字里山辺
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- 大字今井
- 内田地区
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- 大字内田
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- 浅間温泉※、横田※、大字浅間温泉、大字三才山、大字稲倉、大字洞、大字原、大字水汲、大字大村、大字南浅間、大字惣社
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- 反町、刈谷原町、七嵐、赤怒田、殿野入、金山町、保福寺町、中川、穴沢、取出、板場、会田、五常
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- 安曇(地域自治区名)
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- 奈川(地域自治区名)
- 梓川地区(地域自治区名 梓川)
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- 梓川上野、梓川梓、梓川倭
- 住居表示などで公称からは廃止された旧町名や小字が、現在も便宜的に使用されている。小字名の一部や不動産地番は今でも不動産登記や本籍などにおいては正式な住所である。
- 四賀地区・梓川地区・安曇地区・奈川地区以外の住居表示未実施区域では大字がつく。
- また梓川地区・安曇地区・奈川地区は旧合併特例法第5条の7に基づき、地域自治区名を冠する。
[編集] 電話
[編集] 郵便
[編集] 都市圏
2005年国勢調査での昼夜間人口比率は110.04%で、地方の中規模都市では上位にランクする。このことから昼間には周辺から多くの人が来市することがわかる。
松本市の都市圏は様々な定義があるが、主だったものとしては松本都市雇用圏、松本市都市圏、松本地域の3つが挙げられる。圏内には上高地や安曇野など 全国的に有名な観光地があり、果樹栽培などの農業のほか精密機器などの工業も非常に発達している。
[編集] 人口
[編集] 年齢構成
| 松本市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 松本市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は松本市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
松本市の年齢5歳階級別人口
2006年2月1日現在推計人口
総計 [単位:人]
松本市の年齢5歳階級別人口
平成18年2月1日現在推計人口
男女別 [単位:人]
[編集] 人口推移
松本市の人口推移
[単位:人] 5年おきの人口は太字になっている(近代の人口のはじめである1898年についても同様)。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 江戸時代 | |
| 1898年 | |
| 1900年 | |
| 1905年 | |
| 1907年 | |
| 1910年 | |
| 1915年 | |
| 1920年 | |
| 1925年 | |
| 1930年 | |
| 1935年 | |
| 1940年 | |
| 1943年 | |
| 1945年 | |
| 1950年 | |
| 1954年 | |
| 1955年 | |
| 1960年 | |
| 1965年 | |
| 1970年 | |
| 1974年 | |
| 1975年 | |
| 1980年 | |
| 1982年 | |
| 1985年 | |
| 1990年 | |
| 1995年 | |
| 2000年 | |
| 2005年 |
[編集] 歴史
※松本市の歴史を参照のこと
[編集] 行政
[編集] 広域行政
松本市は松本広域連合の構成員のひとつであり、救急・消防業務、地域開発などの業務を周辺市町村と共同で行っている。現時点では歴代広域連合長をいずれも当時の松本市長が務めている。
松本市、波田町、山形村で構成する松本西部広域施設組合では松本市島内にあるゴミ処理場や併設された温水プール・ラーラ松本を、また松本市山形村朝日村中学校組合では、朝日村内にある鉢盛中学校を、それぞれ共同で運営している。
波田町との間では図書館業務の一部を共同で行っている。
[編集] 財政
[編集] 機構
[編集] 二役
※歴代首長については松本市の歴史を参照のこと
[編集] 部局
- 総務部
- 政策部
- 財政部
- 市民環境部
- 健康福祉部
- こども部
- 農林部
- 商工観光部
- 建設部
- 教育部
- 会計管理者
- 上下水道局(地方公営企業)
[編集] 行政委員会
[編集] 地域自治区・地域審議会
[編集] 庁舎
※松本市役所を参照のこと
[編集] 警察・消防
[編集] 所轄警察署
[編集] 所轄消防署
松本広域消防局 - 丸の内消防署、芳川消防署、渚消防署、本郷消防署(松本地区)、梓川消防署(梓川・安曇・奈川地区)、明科消防署(四賀地区)
丸の内と芳川の2消防署時代は其々、北署・南署と称した(改築前の芳川消防署の備品には、南署と書かれた物も残る)。
[編集] 環境への取組み
- 第6回持続可能な地域社会をつくる日本の環境首都コンテストに参加。
[編集] 立法
[編集] 国政
衆議院小選挙区は長野県第2区(松本市、大町市、安曇野市、長野市の一部、東筑摩郡、北安曇郡、上水内郡)
[編集] 県政
長野県議会の選挙区は松本市選挙区(定数6)
[編集] 市政
- 市議会
- 議長:赤羽正弘
- 在籍議員 39人 (条例定数 34人 在任特例による増員数 5人(議員任期・定数特例とも2011年4月30日まで)
- 市議会事務局
- 議長:赤羽正弘
- 財産区議会 - 寿財産区、岡田財産区、入山辺里山辺財産区、今井財産区、本郷財産区
[編集] 司法
[編集] 国の施設
[編集] 独立行政法人等
- 自動車検査独立行政法人 北陸信越検査部松本事務所
- 国立天文台 乗鞍コロナ観測所(大学共同利用機関法人、2010年3月閉鎖予定)
- 軽自動車検査協会 長野事務所松本支所(特別民間法人)
- 日本下水道事業団 関東・北陸総合事務所長野事務所(地方共同法人)
[編集] 医療・介護
[編集] 医療圏別医師数
長野県の人口10万人当たりの医師数を2次医療圏別(県の地方事務所の管轄に同じ)に見ると松本が298.6、長野が162.2、上田小県が141.9、佐久204.2などとなっている。長野県内では松本以外いずれも全国平均の206.3を下回っており、松本医療圏が充実していることがうかがわれる。ただし医師数が多いのは松本地区と梓川地区に集中しており、安曇地区、四賀地区、奈川地区ではそれぞれわずか1~2人しかいない。(2006年12月末)
[編集] 病院一覧
太字は三次救急指定医療機関
- 信州大学医学部附属病院
- 独立行政法人国立病院機構まつもと医療センター
- 相澤病院
- 一之瀬脳神経外科病院
- 丸の内病院
- 城西病院
- 松本協立病院
- 上條記念病院
- 松南病院
- 松本中川病院
- 藤森病院
- 青雲会 倉田病院
- 四賀国保会田病院
- 松岡病院
- 村井病院
[編集] 産業・経済
就業人口割合は第一次産業:第二次産業:第三次産業= 6.85% : 24.74% : 68.40% となっている。(2005年国勢調査)
[編集] 農業
- 農業産出額 154億2000万円 (農林水産省「平成17年生産農業所得統計」)
[編集] 工業
[編集] 工場を置く主な企業
[編集] 商業
- 卸売業年間販売額 9237億700万円 (経済産業省経済産業政策局調査統計部「平成16年商業統計表」)
- 小売業年間販売額 3133億0600万円 (同上)
- 卸売販売額の占めるウェイトが大きい。
[編集] 主な商業施設
- 松本パルコ
- 松本カタクラモール(ジャスコ東松本店)
- ハイランドシティ松本(ジャスコ南松本店)
- イオンタウン松本村井ショッピングセンター
- イトーヨーカ堂南松本店
- エスパ松本店
- 井上百貨店
- MIDORI松本
- ライフスクエア コモ庄内
- なぎさライフサイト
[編集] 商店街
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[編集] 本社を置く主な企業
[編集] 支店・事業所・営業所を置く主な企業
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[編集] 金融機関
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[編集] 教育
- 2010年、学校法人松商学園が中等教育学校として「松本秀峰中等教育学校」を開校予定。
[編集] 高等教育
[編集] 高等学校
公立
- 県立高校の通学区は第4通学区
私立
[編集] 中学校
- 市立
- 学校組合立
- 国立大学法人立
- 私立
[編集] 小学校
- 市立
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- 国立大学法人立
- 私立
[編集] 専修学校
- 松本調理師製菓師専門学校
- 松本理容美容専門学校
- 松本医療福祉専門学校(国際福祉専門学校)
- 松本国際工科専門学校
- いずみ商業専門学校
- 松本経理ビジネス専門学校
- 丸の内ビジネス専門学校
- 松本衣デザイン専門学校
- リバティー洋裁専門学校
- 国際スズキメソード音楽院
- 松本蟻ヶ崎学園
[編集] 特別支援教育学校
[編集] 各種学校
[編集] 学校教育以外の施設
[編集] 児童福祉施設(保育所)
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[編集] 公共職業能力開発施設
- 独立行政法人雇用・能力開発機構長野センター 松本職業能力開発促進センター(愛称:ポリテクセンター松本)
[編集] 施設
[編集] 図書館
- 中央図書館
- 南部図書館
- あがたの森図書館
- 西部図書館
- 寿台図書館
- 本郷図書館
- 中山文庫
- 島内図書館
- 空港図書館
[編集] 美術館・博物館・記念館
- 松本市美術館
- 松本市立博物館
- 松本市歴史の里
- 松本市立考古博物館
- 松本市時計博物館
- 松本市はかり資料館
- 日本浮世絵博物館
- 松本市四賀化石館
- 鈴木鎮一記念館
- 窪田空穂記念館
- 山辺民俗資料館(旧山辺学校の項も参照)
- 山と自然博物館
- 松本民芸館
- 美ヶ原自然保護センター
- 松本市梓川アカデミア館
- 松本市安曇資料館
- 松本市奈川歴史俗資料館
- 松本市奈川自然学習館
[編集] 体育施設
- 松本市総合体育館、庄内体育館ほか22体育館
- 松本平広域公園
- 松本平広域公園総合球技場(アルウィン)
- 松本市野球場
- 松本市弓道場・柔剣道場
- 陸上競技練習場
- 馬術競技場
- 浅間温泉国際スケートセンター
その他テニスコート10箇所、運動広場17箇所、市民プール2箇所などが充実している。
[編集] 公会堂
[編集] 公園
[編集] 公民館
[編集] 地方卸売市場
[編集] 主な社会基盤
[編集] ダム
[編集] 橋梁
[編集] 交通
[編集] 空港
[編集] 鉄道路線
中心駅は松本駅。
特急「しなの」(名古屋方面、長野方面)や特急「スーパーあずさ・あずさ」(甲府・東京方面)が乗入れする。
いずれも太平洋側の東京と名古屋を結ぶ要衝でもあるので、東京と名古屋の両都市への傾斜も目立つ。「スーパーあずさ」、「あずさ」のうち、大糸線へ直通するものを除く全ての列車は松本駅が始終点となっている。
東京(新宿駅)まであずさで2時間半ほどかかるので、沿線自治体が中心となって、中央東線超高速化実現期成同盟会が結成されている。松本~新宿間を2時間以内で結ぶことを目標にしているが、今のところ進展はなく、物理的な見地からも実現可能性に対する懐疑がある。
※1924年~1964年には、松本駅前から浅間温泉へ至る全長5.3kmの路面電車の松本電気鉄道浅間線が存在した。
[編集] 道路
- その他の主要道路
- 賑わっている街路
[編集] バス
- 国道経由島内平田線(運行:第一交通・アルピコタクシー中央株式会社)
- 田沢駅~ラーラ松本~島内駅~小宮団地~北新・松本大学前駅~二子団地~平田駅
- 神林村井経由梓川山形線(運行:信州名鉄株式会社・アルプス交通株式会社)
- 一日市場駅前~カインズホームー梓川店~新村駅~神林出張所前~松本病院~イオンタウン~松本病院~村井駅~松本短期大学~神林出張所~アイシティ21
[編集] 観光
[編集] 自然景勝地
[編集] 旧跡・観光スポット
- 松本城
- 旧開智学校
- あがたの森公園
- 旧制松本高等学校(あがたの森文化会館)
- 旧制高等学校記念館
- 松本市旧司祭館
- 中町蔵の会館(中町・蔵シック館)
- 松本市美術館
- 松本市立博物館
- 松本市時計博物館
- 松本市はかり資料館
- 松本市歴史の里
- 日本浮世絵博物館
- アルプス公園
- 城山公園(「夜景100選」)
- 馬場家住宅
- 旧山辺学校
- 弘法山古墳
- 牛つなぎ石
- 源智の井戸
- 縄手通り商店街
- 針塚古墳
- 中山遺跡
- 松本館
[編集] 温泉地
[編集] 社寺
- 寺院
- 牛伏寺(真言宗智山派)
- 放光寺(曹洞宗)
- 広沢寺(曹洞宗)
- 徳運寺(曹洞宗)
- 真光寺(曹洞宗)
- 無量寺(曹洞宗)
- 全久院(曹洞宗)
- 神宮寺(臨済宗妙心寺派)
- 無極寺(浄土宗)
- 専称寺(浄土宗)
- 浄林寺(浄土宗)
- 玄向寺(浄土宗)
- 兎川寺(真言宗智山派)
- 弘長寺(真言宗智山派)
- 王徳寺(真言宗智山派)
- 本立寺(日蓮正宗)
- 神社
[編集] 城跡
[編集] 文化財
- 市内の国宝
| 番号 | 種別 | 名称 | 所在地 | 所有者又は管理者 | 指定年月日 | 時代区分 |
| 1 | 城郭建築 | 松本城天守 | 丸の内4-1 | 国(管理団体:松本市) | 昭和27年3月29日 | 江戸時代 |
- 市内の重要文化財(国指定)一覧
| 番号 | 種別 | 名称 | 所在地 | 所有者又は管理者 | 指定年月日 | 備考 |
| 1 | 洋風建築 | 旧開智学校校舎 | 開智2-4-12 | 松本市 | 昭和36年3月23日 | 明治時代 |
| 2 | 金工 | 孔雀文磬 | 丸の内4-1 | 松本市 | 昭和34年12月18日 | 鎌倉時代 |
| 3 | 書跡 | 宋版漢書 | 中央4-2-22 | 松本市(松本市美術館) | 昭和55年6月6日 | 宋時代 |
| 4 | 神社建築 | 筑摩神社本殿 | 筑摩2-6 | 筑摩神社 | 昭和5年5月23日 | 室町時代 |
| 5 | 民家建築 | 馬場家住宅 | 内田エリ穴357-6 | 松本市 | 平成8年12月10日 | 江戸時代 |
| 6 | 彫刻 | 木造釈迦如来及び両脇侍像 | 内田2573 | 牛伏寺 | 大正3年8月25日 | 平安時代 |
| 7 | 彫刻 | 木造十一面観音及び両脇侍立像 | 内田2573 | 牛伏寺 | 大正3年8月25日 | 平安時代 |
| 8 | 彫刻 | 木造大威徳明王像 | 内田2573 | 牛伏寺 | 大正3年8月25日 | 平安時代 |
| 9 | 彫刻 | 木造薬師如来坐像 | 内田2573 | 牛伏寺 | 大正3年8月25日 | 平安時代 |
| 10 | 神社建築 | 若宮八幡社本殿 | 筑摩3-6-2 | 若宮八幡社 | 昭和28年8月29日 | 安土桃山時代 |
| 11 | 神社建築 | 大宮熱田神社本殿 | 梓川梓4419 | 大宮熱田神社 | 昭和24年2月18日 | 室町時代 |
| 12 | 神社建築 | 大宮熱田神社 若宮八幡宮本殿 | 梓川梓4419 | 大宮熱田神社 | 昭和24年2月18日 | 室町時代 |
| 13 | 彫刻 | 木造阿弥陀如来及び両脇侍像 | 梓川上野1918 | 真光寺 | 昭和12年8月25日 | 鎌倉時代 |
| 14 | 洋風建築 | 旧松本高等学校本館及び講堂 | 県3-1-1 | 松本市 | 平成17年6月 | 大正時代 |
- 市内の登録有形文化財一覧
| 番号 | 種別 | 名称 | 所在地 | 所有者又は管理者 | 登録年月日 | 時代区分 |
| 1 | 治山治水 | 牛伏川階段工 | 内田内田山6114-261 | 長野県 | 平成14年9月3日 | 大正時代 |
| 2 | 住宅 | 塩原家住宅主屋 | 今井上耕地5990 | 個人 | 平成16年3月29日 | 大正時代 |
| 3 | 住宅 | 塩原家住宅米蔵 | 今井上耕地5990 | 個人 | 平成16年3月29日 | 明治時代 |
| 4 | 産業一次 | 塩原家住宅蚕屋 | 今井上耕地5990 | 個人 | 平成16年3月29日 | 大正時代 |
| 5 | 住宅 | 塩原家住宅門 | 今井上耕地5990 | 個人 | 平成16年3月29日 | 大正時代 |
| 6 | 住宅 | 原田家住宅主屋 | 入山辺南方582 | 個人 | 平成11年10月28日 | 明治時代 |
| 7 | 産業三次 | 松本館旧館 | 丸の内7-39 | 松本館 | 平成16年3月29日 | 昭和時代 |
| 8 | 産業三次 | 松本館便所棟 | 丸の内7-39 | 松本館 | 平成16年3月29日 | 昭和時代 |
| 9 | 学校 | 松本深志高等学校管理普通教室棟 | 蟻ヶ崎3-8-1 | 長野県 | 平成15年4月8日 | 昭和時代 |
| 10 | 学校 | 松本深志高等学校講堂 | 蟻ヶ崎3-8-1 | 長野県 | 平成15年4月8日 | 昭和時代 |
| 11 | 住宅 | 山崎歯科医院 | 丸の内3-12 | 個人 | 平成8年12月26日 | 明治時代 |
| 12 | 寺院建築 | 無量寺本堂 | 会田岩井堂3111 | 無量寺 | 平成17年11月10日 | 江戸時代 |
| 13 | 寺院建築 | 無量寺鐘楼堂 | 会田岩井堂3111 | 無量寺 | 平成17年11月10日 | 江戸時代 |
| 14 | 寺院建築 | 無量寺宝物殿 | 会田岩井堂3111 | 無量寺 | 平成17年11月10日 | 江戸時代 |
| 15 | 寺院建築 | 無量寺土蔵 | 会田岩井堂3111 | 無量寺 | 平成17年11月10日 | 江戸時代 |
| 16 | 寺院建築 | 無量寺衆寮 | 会田岩井堂3111 | 無量寺 | 平成17年11月10日 | 江戸時代 |
| 17 | 治山治水 | 釜ヶ渕堰堤 | 安曇4460付近 | 国(国土交通省) | 平成14年9月3日 | 昭和時代 |
| 18 | 産業三次 | 旧第一勧業銀行松本支店 | 大手3-5-15 | 法人 | 平成19年10月2日 | 昭和時代 |
- 市内の史跡(国指定)一覧
| 番号 | 種別 | 名称 | 所在地 | 所有者又は管理者 | 登録年月日 | 時代区分 |
| 1 | 城跡 | 松本城 | 丸の内4-1 | 国(文部科学省) | 昭和5年11月19日 | 戦国時代 |
| 2 | 古墳 | 弘法山古墳 | 並柳2丁目1000 | 松本市 | 昭和51年2月20日 | 古墳時代 |
[編集] 祭事
- 松本ぼんぼん(毎年8月の第1土曜日に開催)
- サイトウ・キネン・フェスティバル松本(毎年8月~9月にかけて開催されるクラシック音楽祭)
- 松本あめ市(毎年1月に開催)
- お船祭り(須々岐水神社にて毎年5月4, 5日に開催)
- 松本市民祭(毎年11月3日に開催)
- 松本手まり時計まつり(毎年7月1日、2日に開催)
- 松本のぼんぼん・青山様(毎月8月の風物詩、伝統行事)
- 三九郎(左義長)
- 島立裸まつり(津島神社)
- 鳥居火(武宮神社)
- たいまつ祭り(御射神社)
- 四賀福寿草祭り(赤怒田福寿草公園)
- 松本ミュージックフェスティバル(毎年8月下旬、もしくは9月上旬に開催される市民音楽祭)
[編集] 主な宿泊施設
- ホテルブエナビスタ
- 松本東急イン
- トーコーシティホテル松本
- ホテルエースイン松本
- スーパーホテル松本駅東口南
- スーパーホテル松本駅前
- スマイルホテル松本
- ドーミーイン松本
- ルートイン南松本
- 松本ツーリストホテル
- 松本ウエルトンホテル
- ホテル玉の湯
[編集] 名産物
[編集] 作品
[編集] 映像系作品
- シルク
- 三大怪獣 地球最大の決戦
- ジェニファ 涙石の恋
- 男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日
- ロックよ、静かに流れよ
- 日本の黒い夏 冤罪
- さよなら、クロ
- いま、会いにゆきます
- ミラーを拭く男
- 時をかける少女
- 家なき子
- いらっしゃいませ、患者さま。
- 草の乱
- おねがい☆ティーチャー(旧制松本高の校舎のみ登場。)
- おねがい☆ツインズ(同上)
- 新世紀エヴァンゲリオン(第2新東京市)
[編集] 民話
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内
[編集] 海外
-
- 1958年(昭和33年) - 姉妹都市提携。
[編集] 地域間関係
[編集] 外部地域との関係
日本海側水系の地域であるが、大都市への志向は総じて太平洋側の東京や名古屋の両都市への傾斜が大きく、首都圏、中京圏との繋がりが見られる。鉄道でも、中央本線を通じて、両地域からの特急列車が乗入れしている。又、東海3県の私立大学も、松本で地方入試を行うものが多い。
一方で、しなの鉄道線(旧信越本線)沿線や、日本海側との繋がりはさほど強くない。特に、県庁所在地の長野は日本海側とのつながりが深く、風土も同じ県内にある松本よりも日本海側に近い部分が多いため、後述の通りで事あるたびに対立して来た。
[編集] 松本と長野との対立関係
松本市民が長野市民に対して、長野市民が松本市民に対して持っていると思われる対抗意識は、現在では一部の者たちの間だけとなっており、対立意識の存在すら知らない者の方が多い。
松本が長野に対してアドバンテージを持っていた時代(政治的には明治維新まで、経済的には大正時代まで)には長野側も対抗意識を持っていたが、政経両面で長野が松本を追い抜いたころから次第に長野側の対抗心は薄れていった。しかしながら、かつて長野市のアンケート調査によれば、県内で移住したい都市の中で松本を挙げる長野市民がもっとも多かったという記録もある(二位は上田市)。このことから、対抗意識とまでは行かなくても、長野市民が松本にあながち何の関心も持たないというわけではないことが判る。
松本と長野は、対東京の有様も対照的である。長野からは長野新幹線(以前は信越本線)で上野駅や東京駅へ、松本からは中央本線で新宿駅へアクセスしているため、東京都区内での宿泊地や居住地でも異なる様相を呈している。
前長野県知事の田中康夫は、「長野県」ではなく「信州」という呼称を多用するが、それは彼の地盤が松本であるためである。
[編集] 筑摩県の廃止と対立の始まり
1871年12月31日(明治4年旧暦11月20日)から1876年(明治9年)8月20日の約4年8ヶ月間、筑摩県が設置され、松本にはその県庁が置かれた。しかし火災により消失し(放火説もある)、松本など筑摩県の信濃国部分は長野市(当時は上水内郡長野町)を県庁所在地とする旧長野県に編入された。 それ以降の松本では、事あるごとに「分県・移庁」を持ち出したり、長野町に無いものを設置しようと運動を起こしたり、長野町にあるものを奪還する運動が起きた。同時に商工業(経済)や教育、軍事など政治以外の分野で長野市を圧倒することをモットーに掲げ、旧制高校や日銀、帝国陸軍歩兵50連隊の誘致、長野よりも早い市制施行の実現(失敗)などに心血を注ぎ、長野県全体をリードする存在になった。
しかし戦後になると状況は一変し、県の商工業の中心は長野市に移っていった。しかし、松本市には信州大学本部や陸上自衛隊松本駐屯地が置かれ、工業生産額でも長野市を上回り、工業、教育、軍事(防衛)の中心であり続けた。
[編集] 市制の申請から実現までの過程
東筑摩郡松本町が長野県では2番目となる市制を施行し、松本市となったのは1907年(明治40年)の事だが、松本町 が市制施行申請を内務省(戦後解体されて自治庁→自治省。現総務省)に提出したのは13年も前の1894年(明治27年)。13年もの歳月を経て市制施行に至ったのには長野県内のいわゆる「南北戦争」が関係している。
前述の通り、県庁を失った松本町は、「人口3万人以上」という市制施行要件を満たしたことから、1889年の市町村制施行以来、長野県下のどの自治体も実現していなかった市への昇格を計画し、内務省に申請した。ところが、長野町など東北信の町村から「県庁所在地の長野町が県内初の市制施行をするべきであって、松本町が先というのは不可解である」というクレームがついた。さらに、内務省も松本町民の県税の滞納、警察署の焼き討ちなど、過去の事例をかんがみて、申請を却下した。
3年後の1897年(明治30年)には長野町が内務省に市制施行申請をし、問題なく認可され市制施行(全国43番目)となったため県内初という野望は絶たれた。その後も松本町は粘り強く申請をし続け、10年後にようやく市制施行が認可され(全国61番目)、松本市となったのである。
全国に目を向ければ、県庁所在地よりも先に市制施行を実現した例として、青森県弘前市、福島県会津若松市、埼玉県川越市・熊谷市・川口市、山口県下関市・宇部市などが挙げられる。
[編集] その後
現在において移庁論や分県論はほとんど聞かれない。ただ長野オリンピック誘致や新幹線建設など県北部重視の県政への不満もあり、長野県知事選等の県政選挙の際に行われる世論調査では中南信において「南北格差」を不満にあげる者が多く、その傾向は南にいけば行くほど高まっている。(2000年の長野県知事選においては飯伊地域の約80%が不満を表明)
南信において北に偏っている長野市よりも、松本市への親近感をもつ住民が多く、移庁論に似た感情をもつ住民は少なくないが、政治的話題になることは少なく、議会等において討論されることはなくなっている。
その後の分県、移庁騒動は次の通り。
- 1890年 - 松本市への移庁建議書が県議会に提出
- 1933年 - 県議会に県庁の松本市移転の意見書案が提出
- 1948年 - 長野県庁別館が焼失。分権論が高まり急遽設置された県議会委員会で分県案が可決されるも、本会議で欠席者が出たため議決できず。
- 1962年 - 長野県庁舎の新築を機に、松本市への移庁論が再燃するも立ち消えに。
[編集] 出身有名人
(五十音順、wikipediaに項目のある人物)
[編集] 学界・教育界
- 池上鎌三(哲学者)
- 市川量造(啓蒙家)
- 赤羽賢司(天文学者)
- 浅田宗伯(漢方医学、儒学者)
- 岩淵大殿(仏教哲学家)
- 荻上紘一(数学者・元東京都立大学総長)
- 大澤真幸(社会学者・哲学者)
- 岡正雄(民族学者)
- 金井清光(国文学者)
- 金井円(史学者)
- 上垣外憲一(歴史学者)
- 河原操子(女子教育者)
- 澤柳政太郎(教育学者)
- 鈴木雅次(土木工学者・内務省技官)
- 田中勝人(経済学者)
- 中嶋嶺雄(国際政治学者)
- 波多野精一(宗教哲学者)
- 鳩山春子(女子教育者)
- 西村真琴(生物学者・ロボット工学者)
- 藤木英雄(刑事法学者)
[編集] 政財界(市町村長を除く)
[編集] 旧軍人
[編集] 宗教界
[編集] 芸術
[編集] 音楽(ポピュラー音楽を除く)
[編集] 美術
[編集] 作家・小説家
[編集] 映画
[編集] スポーツ
[編集] 野球
[編集] その他のスポーツ
[編集] 芸能
[編集] 報道・出版
[編集] ポピュラー音楽
[編集] 俳優・タレント
[編集] その他
[編集] ゆかりのある有名人
(五十音順)
- いわさきちひろ - 版画家(松本に疎開)
- ウォルター・ウェストン - イギリス人宣教師(北アルプスを日本のマッターホルンと称賛)
- 太田和彦 - 居酒屋評論家(青年期を過ごす)
- 小沢征爾 - 指揮者(サイトウ・キネン・フェスティバル松本にて指揮を行う)
- 川島芳子 - 清朝皇族(青年期を過ごす、墓がある)
- 川田龍平 - 参議院議員、人権活動家(元松本大学講師)
- 北杜夫 - 作家 、旧制松本高校卒業、どくとるマンボウ青春記は松本が主な舞台
- 河野義行 - ノンフィクション作家(松本に在住)
- 佐々木高綱 -武将(松本で亡くなる)
- 佐渡裕 - 指揮者(松本で演奏)
- 島倉千代子 - 演歌歌手(松本に疎開)
- 鈴木鎮一 - ヴァイオリニスト、音楽研究家(市に才能教育研究会を創立)
- 高橋ヒロシ - 漫画家(松本に在住)
- 竹久夢二 - 画家、詩人(松本に訪れる)
- 田中康夫 - 作家、政治家(青年期を過ごす)
- 播隆上人 - 浄土宗の僧(玄向寺にて修行)
- 村井仁 - 政治家(松本が支持基盤)
[編集] 名誉市民
- J・ブラッケン・リー(ソルトレイクシティ市長歴任)
- アルバート・R・オルピン(ソルトレイクシティ姉妹都市提携委員長)
- アール・J・グレート(ソルトレイクシティ市長歴任)
- 笠井喜彦(ソルトレイクシティ在留邦人)
- 寺沢国子(日刊邦字新聞ユタ日報社長)
- 金子小一郎(藤沢市長歴任)
- 戸田康英(松本城主戸田家の直系)
- 吉田豊信(姫路市長歴任)
- E・ジャコブ・ガーン(ソルトレイクシティ市長)
- 鈴木雅次(日本大学名誉教授)
- テッド・L・ウィルソン(ソルトレイクシティ市長)
- パルマー・A・デポーリス(ソルトレイクシティ市長)
- 降旗徳弥(松本市長歴任)
- 元仲辰郎(高山市長歴任)
- 葉山峻(藤沢市長歴任)
- 鈴木鎮一(市に才能教育研究会を創立)
- 戸谷松司(姫路市長)
- 平田吉郎(高山市長歴任)
- 和合正治(松本市長歴任)
- ディーディー・コラディーニ(ソルトレイクシティ市長)
- P・L・ジン(カトマンズ市長)
- 日下部尚(高山市長)
- 堀川和洋(姫路市長)
- 上條信山(書道家)
- 小澤征爾(指揮者)
- 田村一男(洋画家)
- 山本捷雄(藤沢市長)
- 有賀正(前松本市長)
- 草間彌生(芸術家)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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