飯田市
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飯田市(いいだし)は、長野県南部に位置する市。 信州で最も南にある市で、南信州広域連合を形成する最大の自治体。 長野県内に5都市存在する人口10万人を超える南信地方最大の都市で、長野市、松本市、上田市に次ぐ県内4位の都市である。 江戸時代には飯田藩の城下町として栄え、現在はりんご並木・人形劇の街として発展。城下町の面影を残す町並、今にも残る伝統芸能の多さから南信州の小京都となっている。また「環境文化都市」として太陽光発電などにも力を入れている。
目次 |
[編集] 地理
[編集] 地形
[編集] 気候
[編集] 隣接する自治体
[編集] 地域
[編集] 地区
全20地区に地域自治区が設定されている。特に旧飯田町の5地区は地元では「旧市内」あるいは「丘の上」と呼ばれている。
- 橋北(きょうほく) - 旧飯田町
- 旧市内の北東に位置し、市道「柳通り」が地区の東西を貫く。地区の西側にはかつての長姫城の城壁であった寺院が数多く残るが、旧市内では最も住民の高齢化が進んでいる。
- 橋南(きょうなん) - 旧飯田町
- 旧市内の南東に位置し、旧市内のメインストリートである商店街が連なる。ここ数年再開発が進み、新しい商業ビルが建てられた。
- 羽場(はば) - 旧飯田町
- 旧市内の南西に位置する。地区内には農園が多い。猿庫の泉はこの地区の山際にある。
- 丸山(まるやま) - 旧飯田町
- 羽場地区の北側に位置する、閑静な住宅街の地区。
- 東野(ひがしの) - 旧飯田町
- 座光寺(ざこうじ) - 旧座光寺村
- 松尾(まつお) - 旧松尾村
- 下久堅(しもひさかた) - 旧下久堅村
- 天竜川の東側にある地区で、南側は龍江地区、北側は喬木村。ツアー・オブ・ジャパンのコースはこの地区の道路を使用する。
- 上久堅(かみひさかた) - 旧上久堅村
- 千代(ちよ) - 旧千代村
- 龍江(たつえ) - 旧竜江村
- 竜丘(たつおか) - 旧竜丘村
- 川路(かわじ) - 旧川路村
- 三穂(みほ) - 旧三穂村
- 川路地区の西にある地区で、小高い丘の窪みにある。地区内には旧小笠原家書院(伊豆木陣屋)があり、地区内を三遠南信道が貫く。
- 南信濃(みなみしなの) - 旧南信濃村
[編集] 歴史
[編集] 合併の変遷
合併の変遷
[編集] 藩政村の統合過程
- 1871年(明治4年)8月29日 - 廃藩置県により飯田藩は飯田県となる。11月には信濃国中南信地方の諸県、高山県(旧飛騨国=現岐阜県)と合併し筑摩県となりこれにより筑摩県伊那郡飯田町となる。
- 1875年(明治8年)1月23日
- 座光寺村、上黒田村、下黒田村、別府村、南条村、飯沼村が合併して上郷村となる。
- 駄科村、長野原村、時又村、桐林村、上川路村、下川路村が合併し信夫村となる。
- 伊豆木村、下瀬村、立石村が合併し三綱村となる。
- 北方村、上殿岡村、下殿岡村、大瀬木村、三日市場村、中村が合併し伊賀良村となる。
- 山本村、竹佐村、久米村が合併し米川村となる。
- 虎岩村、知久平村、南原村、柏原村、柿野沢分、柏原山分が合併し久堅村となる。
- 島田村と毛賀村が合併し松尾村となる。
- 山村、名古熊村、一色村が合併して鼎村となる。
- 今田村、安戸村、宮沢村、石林村、尾林村、大屋敷村、雲母村、尾科村、米峰村飛地が合併して竜江村となる。
- 下村、毛呂窪村、大郡村、米峰村が合併して千栄村となる。
- 田力村、荻坪村、芋平村、野池村が合併して千代村となる。
- 同年7月29日
- 飯田城下20町(桜町、伝馬町、江戸町、仲ノ町、馬場町、北主税町、主税町、追手町、常盤町、松尾町、番匠町、池田町、田町、大横町、本町、知町、扇町、荒町、梅南小路、殿町)が合併して飯田町となる。
- 上飯田村、大平村、および上飯田村分の箕瀬町が合併し上飯田村となる。
- 米川村と清内路村が合併し、米川村となる。
- 上村、木沢村、八重河内村、和田村が合併し遠山村となる。
- 1876年(明治9年) - 筑摩県の信濃国分が長野県に編入されたことにより長野県伊那郡飯田町となる。
- 1879年(明治12年)1月14日 - 下伊那郡制施行。
- 同年2月13日 - 米川村から、現在の清内路村が分離。
- 1881年(明治14年)4月14日 - 遠山村から上村が分離。
- 同年7月25日 - 信夫村が駄科村、長野原村、時又村、桐林村、上川路村、下川路村に分立。
- 同年8月12日
- 伊賀良村が北方村、上殿岡村、下殿岡村、大瀬木村、三日市場村、中村に分立。
- 三綱村が伊豆木村、下瀬村、三綱村に分立。
- 鼎村から稲井村が分離。
- 松尾村から毛賀村が分離。
- 同年9月14日 - 久堅村が上久堅村と下久堅村に分立。
- 同年9月21日
- 上郷村が座光寺村、黒田村、別府村、飯沼村に分立。
- 米川村が山本村、竹佐村、久米村に分立。
- 同年11月10日 - 三綱村が立石村と改称。
- 1882年(明治15年)2月16日 - 遠山村が木沢村、八重河内村、和田村に分立。
- 同年9月7日 - 和田村から南和田村が分離。
- 1883年(明治16年)2月14日 - 竹佐村から箱川村が分離。
- 1884年(明治17年)5月19日 - 上久堅村から虎岩村が分離。
[編集] 市町村制
- 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制施行。
- 飯田町は合併を伴わずに発足。
- 黒田村、別府村、飯沼村が合併して上郷村が発足。
- 駄科村、長野原村、時又村、桐林村、上川路村が合併して竜丘村が発足。
- 伊豆木村、立石村、下瀬村が合併して三穂村が発足。
- 北方村、上殿岡村、下殿岡村、大瀬木村、三日市場村、中村が合併して伊賀良村が発足。
- 山本村、竹佐村、久米村、箱川村が合併して山本村が発足。
- 下久堅村と虎岩村が合併して下久堅村が発足。
- 松尾村と毛賀村が合併して松尾村が発足。
- 鼎村と稲井村が合併して鼎村が発足。
- 千代村と千栄村が合併して千代村が発足。
- 1927年(昭和2年)4月1日 - 下川路村が川路村に改称。
- 1937年(昭和12年)4月1日 - 飯田町と上飯田町が合併して市制施行。飯田市が発足。(※=合併して市制施行というケースは戦前では唯一。)
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 和田村、南和田村、八重河内村が合併して遠山村となる。
- 1956年(昭和31年)9月30日 - (旧)飯田市と座光寺村、松尾村、竜丘村、三穂村、伊賀良村、山本村、下久堅村が新設合併。(新)「飯田市」が発足。
- 1960年(昭和35年)4月1日 - 遠山村と木沢村が合併して南信濃村となる。
- 1961年(昭和36年)3月31日 - 川路村を編入。
- 1964年(昭和39年)3月31日 - 竜江村、上久堅村、千代村を編入。
- 1970年(昭和45年)4月1日 - 上郷村が町制施行し上郷町となる。
- 1984年(昭和59年)12月1日 - 鼎町を編入。
- 1993年(平成5年)7月1日 - 上郷町を編入。
- 2005年(平成17年)10月1日 - 上村、南信濃村を編入。
[編集] 出来事
- 1947年(昭和22年)4月20日 飯田大火で旧市街地の大半を消失。
- 1979年(昭和54年)8月 現在も『いいだ人形劇フェスタ』と名前を変えて続く『人形劇カーニバル飯田』の第1回大会が開催される。
- 1989年(平成元年)8月 アフィニス文化財団共催のクラシック音楽祭『アフィニス夏の音楽祭』の第1回大会開催。以後、2008年まで20回開催された。
- 2005年(平成17年)5月 ツアー・オブ・ジャパンの1ステージとして『南信州ステージ』の開催が始まる。
- 2006年(平成18年)4月6日 大分県豊後高田市観光まちづくり株式会社と「パワーアップ協定」を締結。
[編集] 人口
| 飯田市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 飯田市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は飯田市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 行政
- 市長 - 牧野光朗(2004年10月28日就任 2期目)
[編集] 議会
- 定数 23人(任期 2013年4月まで)
- 会派(五十音順)
- 会派のぞみ…8人
- 会派みらい…5人
- 公明党…3人
- 市民パワー…3人
- 日本共産党…3人
- 無所属…1人
[編集] 国家機関
[編集] 司法機関
[編集] 行政機関
- 法務省
- 財務省
- 飯田税務署
- 厚生労働省
- 農林水産省
- 飯田統計・情報センター
- 南信森林管理署 上村森林事務所・和田森林事務所
- 伊那谷総合治山事業所・飯田治山事業所
- 国土交通省
- 飯田国道事務所
- 天竜川上流河川事務所 飯田河川出張所・遠山川砂防出張所
- 飯田特別地域気象観測所
- 防衛省
- 自衛隊長野地方協力本部 飯田地域事務所
[編集] 友好都市
[編集] 国内
[編集] 都市会議
[編集] 海外
[編集] 地域
[編集] 教育
[編集] 大学・短期大学
[編集] 高等学校
[編集] 中学校
[編集] 交通
飯田市への交通手段としては鉄道の飯田線、高速道路の中央道などがあるが、飯田線は単線の地方交通線であり特急も豊橋方面へ向かう「伊那路」しかなく、東京や名古屋へ向かう高速バスに大きな比重がかかっている。
[編集] 鉄道
- 東海旅客鉄道(JR東海)
[編集] バス路線
[編集] 道路
[編集] 高速道路
- 三遠南信自動車道(一般国道474号)
[編集] 一般国道
[編集] 県道
[編集] 主要地方道
[編集] 一般県道
- 長野県道229号市場桜町線
- 長野県道230号青木東鼎線
- 長野県道231号伊那八幡停車場線
- 長野県道232号新井伊那八幡停車場線
- 長野県道233号時又中村線
- 長野県道234号田中乱橋線
- 長野県道236号天竜峡停車場線
- 長野県道237号米川飯田線
- 長野県道247号米川駄科停車場線
- 長野県道250号上川路大畑線
- 長野県道251号上飯田線
- 長野県道252号下久堅知久平線
- 長野県道369号・静岡県道412号南信濃水窪線
- 長野県道444号駄科大瀬木線
- 長野県道465号飯田上郷松川自転車道線
- 長野県道491号親田中村線
- 長野県道492号天竜峡停車場下平線
[編集] 名所・旧跡・観光
- 猿庫の泉(さるくらのいずみ])
- 名水百選に指定されている。
- 2007年3月オープン。川本喜八郎が制作した数々の人形が展示されている。
- 国の重要文化財に指定されている。
- 江戸時代から昭和時代初期までの伊那谷の姿を再現したミュージアムパーク。
- 飯田城の数少ない遺構の一つ。4月の一時期に門が開く。
- 大宮の桜並木、美博の安富桜、愛宕神社の清秀桜、阿弥陀寺の枝垂れ桜、黄梅院の紅枝垂れ桜、毛賀くよとの枝垂れ桜ほか多数。
[編集] 名産物
- 水引における全国シェアは7割と言われている。
[編集] 行事
- 国指定の重要無形民俗文化財。
- 8月第1週の木曜日から日曜日までの4日間。ただし10年に一度「世界人形劇フェスティバル」として日程が拡大される
- 人形劇フェスタ開催期間中の土曜日に開催。
- 七久里神社祭礼
- 山本地区にある七久里神社にて10月に開催。
- 時又初午はだか祭り(時又長石寺・天竜河畔)
- 峠の国盗り綱引き合戦
- 4月。日本マーチングリーグ設立に伴い、全国公式7大会の内の一つとして加盟
[編集] スポーツ
近年は自転車ロードレースに力を入れている。UCI公認のレースであるツアー・オブ・ジャパン(毎年5月に開催)や実業団大会を誘致したり、シクロクロスなどのレースを開催し、自転車競技を通した地域の活性化・観光客の誘致を図っている。 また、これに伴う形で実業団自転車チームとしては全国初の地域密着型のホームタウン構想を実現、自転車業界のみならず各方面から注目を集めている。
- 飯田市を本拠地とするチーム
- ダイハツボンシャンス飯田(自転車ロードレース、世界に通用するレベルの選手の育成を目指している)
[編集] 出身有名人
(五十音順)
- 梓林太郎(小説家)
- 井ノ口あさ子(元広島テレビ放送アナウンサー)
- 小沢亜貴子(演歌歌手)
- 落合信子(タレント、落合博満の妻)
- 北沢賢(タレント)
- 鈴木貴(大学教授)
- 清水釿治(パールイズミ創業者)
- 代田稔(医学博士、ヤクルト開発者・創業者)
- 太宰春台(儒者)
- タテタカコ (シンガーソングライター)
- 鎮西清高(地質学者、古生物学者)
- 猫十字社(漫画家)
- 萩元晴彦(テレビプロデューサー、テレビマンユニオン創設者)
- 林道義(経済学者・心理学者・評論家)
- 樋口秀雄(民政党弁舌家) 号:龍峡
- 菱田春草(画家)
- 日夏耿之介(イギリス文学者)(詩人)
- 藤本ひとみ(ライトノベル・西洋史歴史小説家)
- 藤本四八(美術写真家)
- 水谷章人(スポーツ写真家)
- 武藤高義(カルピス代表取締役会長)
- 宮崎晋一(LOWWERCASEコラボレートディレクター)
[編集] マスメディア
- インターネットサービス名は「いい-NET」。
- やしの実(FM豊橋)、FM Halo!(浜松FM)とともに三遠南信のコミュニティ放送局を形成している。
- 南信州新聞社[2]
- 信州日報社
- 地元ローカル紙が2紙あるのは全国でも珍しい。論調は『南信州』が中道右派、『信州日報社』が中道左派。毎週月曜日休刊。
[編集] 脚注
- ^ 2008年5月31日付中日新聞
[編集] 外部リンク
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