小谷村

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おたりむら
小谷村
日本の旗 日本
地方 中部地方甲信越地方
都道府県 長野県
北安曇郡
団体コード 20486-2
面積 267.91km²
(境界未定部分あり)
総人口 3,162
推計人口、2012年1月1日)
人口密度 11.8人/km²
隣接自治体 長野県:長野市 白馬村
新潟県:糸魚川市 妙高市
村の木 ブナ(2008年、合併50周年により指定)
村の花 オオヤマザクラ
他のシンボル -
小谷村役場
所在地 399-9494
長野県北安曇郡小谷村大字中小谷丙131
外部リンク 小谷村

小谷村位置図(長野県)

― 市 / ― 町 / ― 村
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小谷村(おたりむら)は、長野県。「特別豪雪地帯」で大規模スキー場を多く抱え、冬はスキー客で賑わう。

目次

[編集] 地理

楠川

小谷村は長野県の北西に位置し、中央を姫川が流れている。

村の東部は、上信越高原国立公園を含み、雨飾山など頸城山塊にあたる標高2000m前後の山がそびえ、西部には中部山岳国立公園を含む、白馬連峰の標高2500m前後の山がそびえる。戦前には金鉱山の地蔵鉱山が存在した。

上記の理由から村の中心部は、峡谷型の地形となっている。

地すべり・崩壊が発生しやすく、過去に幾度も被害に見舞われている。

全面積の88%を森林が占め、耕地は3%弱と圧倒的に森林が多い。また、栂池高原という高原も広がる。

[編集] 地形

[編集] 隣接している自治体

[編集] 歴史

  • 1702年 - 越後国頸城郡との間で境界紛争が発生。信濃国側の言い分が通った。
  • 1875年(明治8年)2月14日 - 安曇郡深原村、大網村と来馬村、石坂村、土谷村、中谷村の各一部が合併し北小谷村となる。同郡中谷村、土谷村の各大部と来馬村、石坂村の各一部が合併し中土村となる。
  • 1875年(明治8年)3月1日 - 安曇郡来馬村、石坂村の各大部と土谷村、中谷村、千国村の各一部が合併し中小谷村となる。同郡千国村の大部と石坂村、中谷村の各一部が合併し千国村となる。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制発足。
    • 北小谷村、中土村は合併を伴わずに発足。
    • 南小谷村は千国村と中小谷村が合併して発足。
  • 1911年(明治44年)8月8日 - 浦川上流の稗田山北側斜面が崩壊。4日後の天然ダム決壊による土砂流出も合わせて、北小谷村中心部の来馬(くるま)集落が埋まるなど、姫川流域全体に甚大な被害が及ぶ(稗田山崩れ)。
  • 1958年(昭和33年)4月1日 - 南小谷村、中土村、北小谷村が合併して小谷村が発足。
  • 1995年(平成7年)7月11日 - 姫川流域を中心に7.11水害が発生。北小谷地区などが孤立する。

[編集] 人口

Demography20486.svg
小谷村と全国の年齢別人口分布(2005年) 小谷村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 小谷村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
小谷村(に該当する地域)の人口の推移
1970年 5,893人
1975年 5,246人
1980年 5,165人
1985年 4,699人
1990年 4,474人
1995年 4,307人
2000年 4,276人
2005年 3,920人
2010年 3,225人
総務省統計局 / 国勢調査

[編集] 行政

[編集] 村長

  • 小林三郎(2003年4月27日 就任 )

[編集] 所轄広域連合

[編集] 所轄警察署

[編集] 所轄消防署

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 地域

[編集] 教育

[編集] 交通

[編集] 鉄道路線

村内の駅は次の通り。

[編集] 路線バス

[編集] 道路

国道
道の駅

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

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