ASIAN2

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ASIAN2
基本情報
別名 A2
出身地 日本の旗 日本 長野県松本市
ジャンル ミクスチャーロック
オルタナティヴ・ロック
活動期間 1997年 - 2011年
レーベル SONIC GROOVE
2006年 - 2009年
cutting edge
2009年 - 2011年
事務所 bitter sweet entertainment
公式サイト http://www.asian2.jp/
メンバー
TATSU (MCGuitar
TWENTY"20"(MC
SHOJI (Bass
HIDEO (Drums
旧メンバー
HISATO (Guitar
マキロン (Sax
NISHI (Guitar
KENSUKE(Guitar

ASIAN2(エイジアンツー)は長野県松本市出身のミクスチャーバンドである。cutting edge所属。略称はA2。2011年6月解散。

メンバー[編集]

サポート[編集]

  • 野田賢輔(Guitar
  • ghomaKey Board

旧メンバー[編集]

  • HISATO(Guitar) (本名:横内久人)
  • マキロン(Sax))(本名:牧野恵子)
  • NISHI(Guitar)
  • KENSUKE(Guitar)(野田賢輔)(脱退後もサポートメンバーとして参加していた)

バンド結成までの経緯[編集]

TATSUは幼い頃からの友人であったドラムスのHIDEOと中学2年の時にバンドを組んだ。高校では「バンドどころじゃなくて遊ぶのに一生懸命」だったが、「10代後半の頃に将来につながるものとして真剣にやろう」と音楽に取り組むようになる。ただ、日本語のロックはみなカッコ悪く聞こえ、コピーするのは洋楽ばかりだった。TWENTY"20"は音楽よりむしろ中学の時から芝居に興味があり、そして高校の時にアメリカへ旅行した体験が決定機となって、高校卒業後に渡米することを決めた。 TWENTY"20"は渡米後、ロサンゼルスで俳優の勉強をしていたが、「日本人であること」から来る差別を受ける。ただ、差別されることにショックだったというよりも、客観的に見て自分自身が日本人であることに気づかされたのであった。こういった経験を経て、俳優の勉強をすること自体は別に良かったのだが、アメリカの映画に出ることに何か悔しさを覚えるようになり、むしろ日本で日本人の俳優を使って映画を作り、それが世界で評価されることの方が魅力的に思えてくるようになった。そして、日本でイチから映画の勉強をしようと帰国し、お金をためるためにバイトしてる時期に出会ったのがTATSUたちであった。誘われて一緒に遊んだり、音楽をやっているうちに、始めは2、3回で終わると思っていたものが、彼らが自分と同じように「真剣に最後まで夢を追える人間だ」と解ってシンパシーを抱くようになる。そして、意気投合をした彼らが中心となり、90年代後半から本格的な活動を開始した。[1]

音楽性[編集]

ASIAN2の多くの楽曲を手がけているTATSUは、思っていることをそのまま書くことにこだわりがある。なるべく“素”で格好良いものを作っていきたいとも思っており、ライブでも一人一人に向かって発信していること、楽しかったということと同時に何かを感じてほしいと思っていることから、リアリティを込めたいとも思っている。[2]歌詞はプロテスト色が強いものが多い。( AFRICA、happy、iKILL、Marchen、遠く など)

概要[編集]

  • MCのTATSUとドラムのHIDEOは、はとこである。この二人は幼いころからの友達であり、中学2年のときにバンドを結成する。
  • 結成当時のバンド名は"アジア太郎"。その後、ASIAN2(アジアンツー)に変わる。だが、TWENTY"20"が加入時にバンド名を"エイジアンツー"と読む(発音する)と指摘し、現在のバンド名に改名した。
  • メジャーデビュー後に作詞、作曲の表記を本名からアーティスト名に変更した。
  • TATSUとTWENTY"20"は長野県松本筑摩高等学校、KENSUKE(野田賢輔)は北海道札幌稲雲高等学校北海学園大学の出身である。
  • HIDEOは趣味の一つでレザークラフトを行っており、プロ並みの腕前である。
  • ASIAN2メンバーでバスケットボールのチームを組んでおりFM長野の企画で練習試合を一度している。
  • FM長野で放送している冠番組「ASIAN2 Jam in You」の"Jam in You"という部分は、2ndアルバム「VERONICA」に収録されている「ライオンとビーナス」の歌詞からとっている。
  • FM長野の冠番組内で、TATSUのダイエット企画を行った。開始当初のTATSUの体重は三桁近くあったが、ダイエットとリバウンドを繰り返しつつも、約5ヶ月後には20kg近くの減量に成功した。
  • 地元・松本市をホームタウンとする松本山雅FCのサポーターズソングである「wanna be a super star」を製作・発表した。この曲は3月21日に行われた松本山雅FCの2010年ホームゲーム開幕戦に合わせて作られたため当初のリリースは未定であったが、松本山雅FCサポーター集団であるULTRAS MATSUMOTOが中心となって楽曲をリリースさせるための署名活動を行った結果5,136人分の署名を集めた。7月18日にULTRAS MATSUMOTOの代表者よりavexに署名が提出された。これに対しavex側よりCDの発売と、それに先行して着うたでの配信が行う旨の回答があった。8月4日に着うたでの配信が開始、9月12日にはCDが発売された。
  • 元々TWENTY"20"はReal Gateまで、M2O44Dという名義で活動していたが、BRAZIL以降現在の名義になった。
  • 2010年の8月6日広島市への原子爆弾投下の節目のこの日にこの出来事に関することを歌った楽曲「iKILL」をYouTube上で発表。ASIAN2自身が封鎖的と思っている日本の言論の活性化に少しでも足しになってほしいという目的から作曲された。公式ブログ上で「我々がこの曲を書いたのは誠実で在りたいからだ。ただただ闇雲に反戦平和を唱えて議論から逃げ出す人間では在りたくないからだ。ひたすらに理想を語るだけでプロセスについては思考を停止するような卑怯な大人にはなりたくないからだ。あの悲劇があたかも戦争早期終結の為の大英断だったと学校で教えるような行為は許せないからだ。我々は議論を呼び起こしたいと思っている。皆がもっと怒ればいいと思っている。わからないフリをして口をつぐむよりも意見をぶつけ合えばいいと思っている。」と述べている。この曲は3rd ALBUM「very」にも収録されている。
  • 東日本大震災の影響を受け、TATSUが宮城県を中心とした東北地方で救援物資の募集・配送や現地での救援活動を行った。

略歴[編集]

  • 1998年 TATSUとTWENTY"20"(Mic.)が知人を介して知り合い意気投合、HIDEOと共にASIAN2結成。その後、以前より知り合いだったマキロン(Sax)が加入。
  • 1999年 地元松本で活動中のバンドよりHISATO(Gt.)とSHOJI(Ba.)を引き抜き、現在のスタイルの原型を完成させる。
  • 2000年 「V.A Rock Box~We love music only,」を発売。
  • 2001年
    • 10月 WARNER INDIES NETWORKと契約。ミニアルバム「real gate」を発売。地元長野を中心に2,000枚以上を売る。
  • 2002年
    • 11月 トライエムよりMaxiシングル「Honey The Mountain」を発売。地元メディアの強力なバックアップを得て、長野でブレイク。有線リクエスト・ランキング全国1位を獲得。
  • 2003年
    • 5月21日 アットマークよりMaxiシングル「BRAZIL」を発売。
    • 7月25日~ BRAZIL TOURを敢行。
    • 9月7日 TOURファイナルの松本公演をもって、ギターHISATOがメンバーとの音楽観の相違により脱退。
    • 9月19日 下北沢251のライブより新ギタリストにNISHI加入。
  • 2004年
    • 3月3日 インフィニティレコードよりMaxiシングル「BRIDGE」を発売。FM802のプライムヒッツに選ばれる。
    • 6月2日 六本木morph-tokyoにて東京では初のASIAN2主催イベント"5000 Monroes Night vol.1"を開催。
    • 9月19日 松本ALECXワンマンライブをもって、ギターNISHIが音楽性の相違により脱退。
    • 9月24日 渋谷VUENOSのライブより、NEWギタリストKENSUKEが加入。
  • 2005年
    • 9月28日 観月ありさとのコラボレーション"ALISA MIZUKI TO ASIAN2"として、シングル「セ・ラ・ビ」を発売。東映「鳶がクルリと」の主題歌に。
  • 2006年
    • 3月17日 東京初ワンマンライブを六本木morph-tokyoにて開催。
    • 4月29日 松本aCのライブをもってサックスのマキロンが脱退。
    • 5月24日 SONIC GROOVEよりメジャー・デビューシングル「ASIAN VIBRATION」発売
    • 9月6日 メジャー第2弾シングル「遠く」リリーステレビ朝日<プロマーシャル>3社合同タイアップソング
    • 12月6日 1st ALBUM「five men l'amant」リリース。
  • 2007年
    • 3月3日 3月3日より「ASIAN2 LIVE TOUR 2007 ~five men l'amant~」敢行。クアトロ4公演を含む全国9箇所を廻る。
    • 3月13日 第21回日本ゴールドディスク大賞「ザ・ベスト10ニュー・アーティスト」受賞
    • 4月7日 FM長野にて初の冠番組「ASIAN2 Jam in You」を開始。
    • 9月5日 メジャー第3弾シングル「Country Road」リリーステレビ朝日<プロマーシャル>4社合同タイアップソング
  • 2008年
    • 2月13日 メジャー第4弾シングル「happy」リリースmusic jp CMタイアップソング
    • 3月12日 2nd ALBUM「VERONICA」リリース。
  • 2009年
  • 2010年
  • 2011年
    • 3月25日 この日にASIAN2 LAST LIVEを行う予定であったが、東日本大震災の影響で延期となった。
    • 6月5日 松本aCにてASIAN2 LAST LIVEを実施。これをもってバンドは解散をした。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

ミニアルバム[編集]

アルバム[編集]

ベストアルバム[編集]

その他[編集]

出演[編集]

テレビ番組


CM

ラジオ番組

  • ASIAN2 Jam in You(FM長野 2007年~2010年、木曜 20:30 - 20:55)

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ morph‐tokyo ASIAN2 世界へ羽ばたくヴァイブレーション ”. 2013年3月24日閲覧。
  2. ^ "[cite web |url = http://www.excite.co.jp/music/close_up/interview/0612_asian2/?lead=2 |title = excite.music ASIAN2 四方八方に光を反射し、様々な表情を感じさせる楽曲軍 |accessdate = 2013-3-24]"

外部リンク[編集]