東筑摩郡

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日本 > 中部地方 > 長野県 > 東筑摩郡
長野県東筑摩郡の範囲(1.麻績村 2.生坂村 3.山形村 4.朝日村 5.筑北村 薄緑・水色:後に他郡から編入した区域[1]

東筑摩郡(ひがしちくまぐん)は、長野県

人口22,353人、面積268.42km²、人口密度83.3人/km²。(2014年7月1日、推計人口

以下の5村を含む。

郡域[編集]

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、生坂村の一部(東陸郷・東広津)を除く上記1町3村のほか、以下の区域にあたる。

  • 松本市の一部(島内・梓川倭・梓川梓・梓川上野・安曇・奈川を除く)
  • 塩尻市の一部(贄川・木曽平沢・奈良井を除く)
  • 安曇野市の一部(豊科田沢・豊科光・明科光・明科中川手・明科東川手)

地元での略称は東筑(とうちく)。上記3市を挟んで南北で分断されており、平野部に位置する朝日村、山形村を筑南(ちくなん)、山間部に位置する生坂村、麻績村、筑北村を筑北(ちくほく)と呼んで区別することがある。人口動態では筑南では微増、筑北では減少の傾向にある。大韓民国春川市と姉妹都市として交流している。

歴史[編集]

郡発足までの沿革[編集]

知行 村数 村名
幕府領 幕府領(松本藩預地 102村 ●塩尻町村、大小屋村、長畝村、桟敷村、●下西条村、●中西条村、●金井村、●上西条村、●柿沢村、●北小野村、堀ノ内村、●大門村、●平出村、●床尾村、●洗馬町村、●牧野村、●本山町村、日出塩村、勝弦新田村、今井村、大池村、小坂村、竹田村、水代村、●上神林村、●二子村、●神戸村、神戸新田村、●小俣村、●今村、境村、下和田村、和田町村、荒井村、衣外村、殿村、和田中村、南和田村、●上生野村、●小立野村、●下生野村、野口新田村、古池原新田村、●田沢村、●光村、●塔原村、●明科村、●大足村、●潮村、潮山中村、●潮沢村、●上生坂村、●下生坂村、●刈谷原町村、●七嵐村、●赤怒田村、●殿野入村、穴沢村、●保福寺町村、●金山町村、●取出村、反町村、板場村、●執田光村、●井刈村、●北山村、●落水村、●西宮村、●宮本村、●小岩井村、●両瀬村、●会田町村、●藤池村、●長越村、●矢久村、●召田村、●金井村、●横川村、原山村、相吉新田村、●乱橋村、●西条村、大沢新田村、●東条村、●刈谷沢村、●中村(現・筑北村)、●青柳町村、●竹場村、●桑関村、●仁熊村、荻新田村、●別所村、●野口村、●市野川村、●高村、●桑山村、●上井堀村、●下井堀村、●矢倉村、●永井村、●安坂村、●麻績町村
幕府領(飯島代官所) 6村 ●白川村、●百瀬村、●竹淵村、●上瀬黒村、●下瀬黒村、●埴原村
藩領 信濃松本藩 1町
78村
松本城下[2]、●庄内村、●渚村、●両島村、松本分、●白板村、宮淵村、●蟻ヶ崎村、●桐原分、●征矢野村、●埋橋村、中林村、●筑摩村、●三才村、●小島村、●鎌田村、●林村、大嵩崎新田村、●南小松村、●北小松村、●南方村、●北入村、●橋倉村、●中入村、●桐原村、●薄町村、上金井村、●兎川寺村、●湯原村、荒町村、藤井村、●新井村、下金井村、●出川町村、並柳村、●平田村、●村井町村、●吉田村、●野村、●高出村、●郷原町村、●堅石町村、原新田村、●小屋村、野溝村、笹部村、●高宮新田村、●横田村、●大村、水汲村、●岡田町村、●伊深村、●三才山村、洞村、●惣社村、●原村、稲倉村、●松岡村、●下岡田村、●荒井村、●堀米村、●小柴村、●浅間村、●中村(現・松本市)、島立町村、●大庭村、●北栗林村、●南新村、●東新村、●北新村、下新村、●上新村、●下波田村、●三溝村、●上波田村、南栗林村、永田村、三ノ宮村、●下神林村
信濃高遠藩 16村 ●本洗馬村、●小曽部村、針尾村、小野沢村、●古見村、●西洗馬村、中挟村、南熊井村、北熊井村、南内田村、北内田村、白姫村、和泉村、神田村、小池村、赤木村
信濃高島藩 1村 南百瀬村[3]
松本藩・高遠藩 1村 ●岩垂村
幕府領・藩領 幕府領(松本藩預地)・松本藩 1村 ●梶海渡村
  • 明治8年(1875年)2月18日 - 松本城下が分割し、女鳥羽川以北(主に寺院町・町人町37町[4])が北深志町、女鳥羽川以南(主に町人町7町[5])が南深志町となる。(2町44村)
  • 明治9年(1876年8月21日 - 第2次府県統合により長野県の管轄となる。

郡発足以降の沿革[編集]

  • 明治12年(1879年
    • 1月4日 - 郡区町村編制法の長野県での施行により、筑摩郡のうち2町44村の区域に行政区画としての東筑摩郡が発足。郡役所を北深志町に設置。初代郡長は稲垣重為
    • 7月1日(2町49村)
      • 南安曇郡島内村の所属郡が本郡に変更。
      • 笹下村が分割して今村・小俣村・神戸村・神戸新田村・二子村となる。
  • 明治13年(1880年8月25日 - 信楽村が分割して両島村・出川町村・並柳村・平田村・野溝村・笹部村・高宮村となる。(2町55村)
  • 明治14年(1881年
    • 5月18日 - 刈谷原村が分割して刈谷原町村・七嵐村・赤怒田村・殿野入村・穴沢村・保福寺町村・金山町村・取出村・反町村・板場村となる。(2町64村)
    • 6月24日(2町75村)
      • 深志村が分割して渚村・白板村・宮渕村・蟻ヶ崎村・桐村となる。
      • 広丘村が分割して村井町村・吉田村・野村・高出村・郷原町村・堅石町村・原新田村・小屋村となる。
    • 7月5日 - 北深志町・南深志町が松本を冠称。
  • 明治15年(1882年
    • 2月24日 - 岡本村が分割して横田村・大村・水汲村・岡田町村・伊深村・三才山村・洞村・惣社村・原村・稲倉村・松岡村・下岡田村・浅間村となる。(2町87村)
    • 9月12日 - 本条村が分割して乱橋村・西条村・大沢新田村・東条村となる。(2町90村)
  • 明治16年(1883年
    • 2月16日 - 山本村が分割して針尾村・小野沢村・古見村・西洗馬村となる。(2町93村)
    • 3月31日 - 豊丘村の一部が分立して小赤村・白瀬渕村となる。(2町95村)

町村制以降の沿革[編集]

1.松本町 2.里山辺村 3.入山辺村 4.本郷村 5.岡田村 6.島内村 7.錦部村 8.会田村 9.五常村 10.中川村 11.本城村 12.坂北村 13.麻績村 14.坂井村 15.生坂村 16.日向村 17.東川手村 18.中川手村 19.上川手村 20.島立村 21.波多村 22.山形村 23.朝日村 24.洗馬村 25.和田村 26.神林村 27.新村 28.今井村 29.笹賀村 30.宗賀村 31.塩尻村 32.筑摩地村 33.片丘村 34.寿村 35.中山村 36.広丘村 37.芳川村 38.松本村(紫:松本市 桃:塩尻市 赤:安曇野市 黄:麻績村 緑:生坂村 橙:筑北村 青:合併なし)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。特記以外は現・松本市。(1町37村)
    • 松本町 ← 松本南深志町、松本北深志町、渚村、白板村、宮淵村、桐村、蟻ヶ崎村、筑摩村[庄内・埋橋・中林・筑摩・三才および小島のうち田川東]
    • 里山辺村入山辺村(それぞれ単独村制)
    • 本郷村 ← 浅間村、大村、水汲村、原村、洞村、稲倉村、三才山村、横田村、惣社村
    • 岡田村 ← 岡田町村、伊深村、松岡村、下岡田村
    • 島内村(単独村制)
    • 錦部村 ← 刈谷原町村、七嵐村、赤怒田村、殿野入村、反町村、金山町村、保福寺町村
    • 会田村 ← 会田村[宮本・会田町]、取出村、板場村、穴沢村
    • 五常村 ← 会田村[執田光・井刈・北山・落水・西宮](現・松本市、安曇野市)
    • 中川村(単独村制)(現・松本市、筑北村)
    • 本城村 ← 西条村、東条村、乱橋村、大沢新田村(現・筑北村)
    • 坂北村(単独村制。現・筑北村)[6]
    • 麻績村(単独村制。現存
    • 坂井村(単独村制。現・筑北村)
    • 生坂村(単独村制。現存
    • 日向村(単独村制。現・麻績村)
    • 東川手村中川手村上川手村(それぞれ単独村制。現・安曇野市)
    • 島立村波多村(それぞれ単独村制)
    • 山形村(単独村制。現存
    • 朝日村 ← 小野沢村、針尾村、古見村、西洗馬村(現存
    • 洗馬村(単独村制。現・塩尻市)
    • 和田村神林村新村今井村(それぞれ単独村制)
    • 笹賀村 ← 小俣村、神戸新田村、神戸村、二子村、今村
    • 宗賀村(単独村制。現・塩尻市)
    • 塩尻村 ← 塩尻町村、柿沢村、金井村、上西条村、中西条村、下西条村、大小屋村、長畝村、桟敷村、大門村、堀ノ内村(現・塩尻市)
    • 筑摩地村(単独村制。現・塩尻市)
    • 片丘村(単独村制。現・松本市、塩尻市)
    • 寿村 ← 豊丘村、小赤村、白瀬淵村
    • 中山村(単独村制)
    • 広丘村 ← 原新田村、吉田村、野村、高出村、竪石町村、郷原町村(現・塩尻市)
    • 芳川村 ← 村井町村、小屋村、野溝村、平田村
    • 松本村 ← 出川町村、笹部村、両島村、高宮村、並柳村、筑摩村[征矢野・鎌田および小島のうち田川西]
  • 明治24年(1891年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 明治40年(1907年5月1日 - 松本町が市制施行して松本市となり、郡より離脱。(37村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正14年(1925年2月1日 - 松本村が松本市に編入。(36村)
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和2年(1927年)4月1日 - 塩尻村が町制施行して塩尻町となる。 (1町35村)
  • 昭和8年(1933年2月16日 - 波多村が改称して波田村となる。
  • 昭和18年(1943年)4月1日 - 中山村の一部(神田)が松本市に編入。
  • 昭和27年(1952年)4月1日 - 中川村の一部(会吉新田のうち河鹿沢)が本城村に編入。
  • 昭和29年(1954年
    • 4月1日 - 中山村・島立村・島内村が松本市に編入。(1町32村)
    • 8月1日 - 笹賀村・今井村・神林村・和田村・新村・芳川村・寿村・里山辺村・入山辺村・岡田村が松本市に編入。(1町22村)
  • 昭和30年(1955年
    • 1月15日 - 上川手村が分割し、一部(光のうち中条・北村・白牧・矢の沢)は中川手村に編入、残部(田沢および光のうちこおろぎ[7]・野田・南村)が南安曇郡豊科町・南穂高村高家村と合併し、改めて南安曇郡豊科町が発足。(1町21村)
    • 4月1日
      • 錦部村・中川村・五常村・会田村が合併して四賀村が発足。(1町18村)
      • 中川手村・東川手村が合併して明科町が発足。(2町16村)
    • 9月25日 - 四賀村の一部(高萩)が南安曇郡豊科町に編入。
  • 昭和31年(1956年9月30日
    • 明科町が北安曇郡七貴村と合併し、改めて明科町が発足。
    • 麻績村・日向村が合併し、改めて麻績村が発足。(2町15村)
  • 昭和32年(1957年3月31日
    • 明科町の一部(中之郷・鵜山)が北安曇郡池田町に編入。
    • 明科町が北安曇郡陸郷村の一部(中・小泉および寺の一部)を編入。
    • 生坂村が北安曇郡陸郷村の一部(草尾および日岐・白駒の各一部)を編入のうえ、北安曇郡広津村の一部(北山・宇留賀・大日向の各一部)と合併し、改めて生坂村が発足。
  • 昭和34年(1959年)4月1日 - 塩尻町・片丘村・広丘村・宗賀村・筑摩地村が合併して塩尻市が発足し、郡より離脱。(1町11村)
  • 昭和36年(1961年6月28日 - 洗馬村が塩尻市に編入。(1町10村)
  • 昭和48年(1973年)4月1日 - 波田村が町制施行して波田町となる。(2町9村)
  • 昭和49年(1974年)5月1日 - 本郷村が松本市に編入。(2町8村)
  • 平成17年(2005年
  • 平成22年(2010年)3月31日 - 波田町が松本市に編入。(5村)

変遷表[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 明科町と北安曇郡池田町の間の細かい境界変更は反映していない。
  2. ^ 松本城下各町の総称。「旧高旧領取調帳」には記載なし。本項では便宜的に1町に数える。
  3. ^ 百瀬村の一部として記載。
  4. ^ 地蔵清水町、葵馬場町、土井尻町、大名町、大柳町、小柳町、新町、袋町、捨堀町、片端町、出居番町、上土町、六九町、西堀町、鷹匠町、北馬場町、田町、新田町、徒士町、旗町、西町、堂町、同心町、口張町、萩町、天白町、中之丁、東之丁、下町、下々町、安原町、和泉町、東町、鍛冶町、下横田町、上横田町。
  5. ^ 本町、博労町、伊勢町、中町、飯田町、小池町、宮村町。
  6. ^ 阪北村が改称。時期は不明。
  7. ^ 虫偏に車。

参考文献[編集]

「長野県公式」に記載されているが「旧高旧領」に記載されていない村は枝郷とみなし、本項では割愛した。

関連項目[編集]

先代:
筑摩郡
行政区の変遷
1879年 -
次代:
(現存)