小川村
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| おがわむら 小川村 |
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|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 中部地方、甲信越地方 |
| 都道府県 | 長野県 |
| 郡 | 上水内郡 |
| 団体コード | 20588-5 |
| 面積 | 58.07km² |
| 総人口 | 2,965人 (推計人口、2012年1月1日) |
| 人口密度 | 51.1人/km² |
| 隣接自治体 | 長野市、大町市、白馬村 |
| 小川村役場 | |
| 所在地 | 〒381-3302 長野県上水内郡小川村大字高府8800-8 |
| 外部リンク | 村の公式サイト |
| ウィキプロジェクト | |
小川村(おがわむら)は、長野県にある村である。長野市と北安曇郡白馬村のほぼ中間に位置し、その景観は「信州の自然百選(景観選)」・「信州サンセットポイント百選」に選ばれている。
「日本で最も美しい村連合」の一つ。
目次 |
[編集] 地理
長野県の北西部に位置する山村。村北部は標高約1,000mの山々が連なり、これらの山を起源とする河川が村内を南流し、犀川の支流である土尻川と合流する。主な集落は諸河川沿いに分布する。
村北部・標高約1,000mの大洞高原には、60cm反射望遠鏡をもつ小川天文台と「プラネタリウム館」などの施設がある。
[編集] 歴史
南北朝時代の末期に三河を追放された小川貞綱が最勝寺領小川庄に定着した。貞綱は布留山城(古山城)を築城し、三代にわたって周辺を領した。しかし北信濃で有力だった村上氏に背いたため、村上氏の命を受けた香坂氏・大日方氏に攻めこまれて落城した。
古山城は大日方長政の居城となり、以後小川村は大日方氏の支配下に置かれた。大日方氏は村上氏に従ったが、武田信玄の侵攻により武田氏家臣へと転じた。武田氏滅亡後は上杉氏派や小笠原氏に分派し、一部はそのまま土着したと伝えられる。
[編集] 沿革
- 1872年1月 - 瀬戸川村と古山村が合併して瀬戸川村となる。
- 1873年1月 - 竹生村、花尾村、夏和村、上野村が合併して竹生村となる。
- 1876年5月30日 - 竹生村と久木村が合併して高府村となる。立屋村と小根山村が合併して小根山村となる。椿峯村と和佐尾村が合併して稲丘村となる。
- 1889年4月1日 - 町村制施行。稲丘村と瀬戸川村が合併して北小川村となる。高府村と小根山村が合併して南小川村となる。
- 1955年4月1日 - 北小川村と南小川村が合併して小川村となる。
[編集] 人口
| 小川村と全国の年齢別人口分布(2005年) | 小川村の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 小川村
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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小川村(に該当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 / 国勢調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
[編集] 行政
- 前村長:大日方茂木(2006年4月10日 - 2010年4月)
- 村長:伊藤博文(2010年4月12日 - )
[編集] 経済
[編集] 産業
- 農業
- 建設業
- 全国の小川姓の人に「親戚登録」を呼びかけ、地域活性化を図っている。
[編集] 教育
[編集] 中学校
- 小川村立小川中学校
[編集] 小学校
- 小川村立小川小学校
[編集] 交通
[編集] 道路
一般国道
- 国道406号(村の北西部をかすめるように通過する)
県道
- 道の駅 おがわ
路線バス
- 川中島バス(高府線)
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集] 関連項目
- 小川村ケーブルテレビ
- 白線流し
- JA 〜女子によるアグリカルチャー〜 - 小川村が舞台の漫画作品。
[編集] 外部リンク
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