南佐久郡

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長野県南佐久郡の位置(1.小海町 2.川上村 3.南牧村 4.南相木村 5.北相木村 6.佐久穂村)

南佐久郡(みなみさくぐん)は、長野県

人口26,020人、面積767.32km²、人口密度33.9人/km²。(2014年10月1日、推計人口

以下の2町4村を含む。

郡域[編集]

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記2町4村に佐久市の一部(内山、瀬戸、中込、桜井、伴野、根岸、東立科、前山より南東)を加えた区域にあたる。

歴史[編集]

郡発足までの沿革[編集]

知行 村数 村名
幕府領 幕府領(御影代官所) 1町
52村
海瀬新田、鎰掛村、馬流村、本間川村、樋口村、海尻村、海之口村、板橋村、○南相木村、広瀬村、樋沢村、川端下村、大窪村、下県村、下県新田、下桜井村、○山田村、○下越村、○北沢村、○下海瀬村、小宮山村、○大日向村、○崎田村、●○余地村、○清川村、○小海村、○内山村、○八那池村、○宮下村、○本間村、○稲子村、○稲子新田村、○平沢村、○北相木村、○大深山村、○居倉村、○御所平村、○原村、○秋山村、○上中込村[2]、○瀬戸村、○平賀村、○梓山村、○中畑村、○宿岩村、○竹田村、●前山村、○平賀新町、下平村、前山新田村、○中桜井村、松原村
幕府領(中之条代官所) 11村 馬越村、本新町村、桜井新田、○五ヶ村新田、○八郡村、○臼田村、○勝間村、○高柳村、●○高野町村、○下畑村、○上畑村
藩領 信濃小諸藩 2村 相浜村、原村(現・川上村)[3]
信濃田野口藩 23村 跡部村、下小田切村、湯原新田村、大沢新田村、上村新田村、中村、原村(現・佐久市)、鍛冶屋村、湯原村、○上海瀬村、○大沢村、○平林村、○三分村、●○入沢村、○上村、●○田野口村、○糠尾村、○上小田切村、○下村、○三塚村、○沓沢村、○平井村、○大田部村
信濃岩村田藩 3村 ○下中込村、○野沢村、○中小田切新田村
幕府領・藩領 幕府領(御影代官所)・竜岡藩 1村 ●上桜井村
幕府領(中之条代官所)・田野口藩 1村 ○取出町村
幕府領(御影代官所)・岩村田藩 1村 ○下中込村[4]
幕府領(中之条代官所)・岩村田藩 1村 ●○中小田切村
  • 慶応4年2月17日1868年3月10日) - 幕府領が名古屋藩の管轄となる。
  • 明治2年
  • 明治3年9月17日1870年10月11日) - 伊那県の管轄区域が中野県の管轄となる。
  • 明治4年
  • 明治7年(1874年)12月 - 前山新田・中村・下村が前山村に合併。(1町92村)
  • 明治8年(1875年)(1町88村)
    • 下桜井村・中桜井村・桜井新田・上桜井村が合併して桜井村となる。
    • 湯原新田村が湯原村に合併。
  • 明治9年(1876年) - 下記の町村の統合が行われる。カッコ内は日付。(62村)
    • 海瀬村 ← 海瀬新田、下海瀬村、上海瀬村(8月2日
    • 豊里村 ← 鎰掛村、馬流村、八那池村、松原村(同上)
    • 千代里村 ← 本間川村、宮下村、本間村、馬越村、五ヶ村新田(同上)
    • 穂積村 ← 樋口村、崎田村
    • 大明村 ← 板橋村、樋沢村(5月30日
    • 伴野村 ← 下県村、下県新田、下平村、相浜村(5月)
    • 常和村 ← 山田村、北沢村、清川村(8月2日)
    • 田口村 ← 上中込村、田野口村(同上)
    • 畑村 ← 大窪村、中畑村、下畑村、上畑村
    • 根岸村 ← 竹田村、糠尾村、沓沢村、平井村(5月)
    • 稲子新田村が稲子村に合併。(8月2日)
    • 平賀新町が平賀村に合併。(8月2日)
    • 大沢新田村が大沢村に合併。(6月)
    • 上村新田村が上村に合併。(5月)

郡発足以降の沿革[編集]

  • 明治12年(1879年1月4日 - 郡区町村編制法の長野県での施行により、佐久郡のうち62村の区域に行政区画としての南佐久郡が発足。郡役所を臼田村に設置。初代郡長は平井利貞
南佐久郡(町村制施行時)
1.臼田村 2.野沢村 3.中瀬村 4.川上村 5.南牧村 6.北牧村 7.小海村 8.南相木村 9.北相木村 10.穂積村 11.海瀬村 12.大日向村 13.畑八村 14.栄村 15.青沼村 16.切原村 17.大沢村 18.田口村 19.平賀村 20.内山村 21.桜井村 22.前山村 23.岸野村
現在の行政区画
紫:佐久市 桃:小海町 赤:佐久穂町 青:合併なし
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。特記以外は現・佐久市。(23村)
    • 臼田村 ← 臼田村、下小田切村、勝間村
    • 野沢村 ← 野沢村、原村、取出町村、高柳村、鍛冶屋村、本新町村、跡部村、三塚村
    • 中瀬村 ← 下中込村、瀬戸村
    • 川上村 ← 居倉村、原村、御所平村、大深山村、秋山村、梓山村、川端下村、大明村[樋沢](現存
    • 南牧村 ← 海尻村、海ノ口村、広瀬村、平沢村、大明村[板橋](現存
    • 北牧村 ← 豊里村、千代里村、稲子村(現・小海町)
    • 小海村(単独村制、現・小海町)
    • 南相木村(単独村制、現存
    • 北相木村(単独村制、現存
    • 穂積村(単独村制、現・佐久穂町)
    • 海瀬村 ← 海瀬村、余地村(現・佐久穂町)
    • 大日向村(単独村制、現・佐久穂町)
    • 畑八村 ← 畑村、八郡村(現・佐久穂町)
    • 栄村 ← 高野町村、上村、宿岩村(現・佐久穂町)
    • 青沼村 ← 入沢村、平林村
    • 切原村 ← 湯原村、上小田切村、中小田切村、中小田切新田村
    • 大沢村(単独村制)
    • 田口村 ← 田口村、下越村、三分村、常和村[山田・北沢]
    • 平賀村 ← 平賀村、常和村[清川]、大田部村
    • 内山村(単独村制)
    • 桜井村(単独村制)
    • 前山村 ← 前山村、小宮山村
    • 岸野村 ← 根岸村、伴野村
  • 明治24年(1891年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 明治26年(1893年6月30日 - 臼田村が町制施行して臼田町となる。(1町22村)
  • 明治30年(1897年3月9日 - 野沢村が町制施行して野沢町となる。(2町21村)
  • 明治32年(1899年
    • 4月1日 - 中瀬村の一部(瀬戸)が平賀村に編入。
    • 7月18日 - 中瀬村が改称して中込村となる。
  • 大正8年(1919年11月1日 - 中込村が町制施行して中込町となる。(3町20村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和29年(1954年)4月1日 - 野沢町・桜井村・岸野村・前山村・大沢村が合併し、改めて野沢町が発足。(3町16村)
  • 昭和30年(1955年
    • 2月1日 - 栄村・海瀬村が合併して佐久町が発足。(4町14村)
    • 8月1日 - 臼田町・切原村が合併し、改めて臼田町が発足。(4町13村)
  • 昭和31年(1956年
    • 8月1日 - 中込町・平賀村・内山村が合併し、改めて中込町が発足。(4町11村)
    • 9月30日(5町6村)
      • 大日向村が佐久町に編入。
      • 田口村・青沼村が合併して田口青沼村が発足。
      • 小海村・北牧村が合併して小海町が発足。
      • 畑八村・穂積村が合併して八千穂村が発足。
  • 昭和32年(1957年)4月1日
    • 臼田町・田口青沼村が合併し、改めて臼田町が発足。(5町5村)
    • 八千穂村の一部(東馬流)が小海町に編入。
  • 昭和33年(1958年3月25日 - 小海町の一部(千代里)が八千穂村に編入。
  • 昭和34年(1959年)4月1日 - 臼田町の一部(羽黒下・曽原・平林)が佐久町に編入。
  • 昭和36年(1961年)4月1日 - 野沢町・中込町が北佐久郡浅間町東村と合併して佐久市が発足し、郡より離脱。(3町5村)
  • 平成17年(2005年
    • 3月20日 - 佐久町・八千穂村が合併して佐久穂町が発足。(3町4村)
    • 4月1日 - 臼田町が佐久市・北佐久郡望月町浅科村と合併し、改めて佐久市が発足、郡より離脱。(2町4村)

変遷表[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 領主から年貢免除の特権を与えられた土地。
  2. ^ ○上中込村・○大奈良村に分かれて記載。
  3. ^ 「旧高旧領取調帳」には記載なし。
  4. ^ ○下中込村・持添新田に分かれて記載。前者が岩村田藩領、後者が幕府領。

参考文献[編集]

「長野県公式」に記載されているが「旧高旧領」に記載されていない村は枝郷とみなし、本項では割愛した。

関連項目[編集]

先代:
佐久郡
行政区の変遷
1879年 -
次代:
(現存)