上田市
| うえだし 上田市 |
|
|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 中部地方、甲信越地方 |
| 都道府県 | 長野県 |
| 団体コード | 20203-7 |
| 面積 | 552.00km² |
| 総人口 | 158,392人 (推計人口、2012年12月1日) |
| 人口密度 | 287人/km² |
| 隣接自治体 | 長野県 東御市、松本市、須坂市、長野市、 千曲市、長和町、坂城町、立科町、 青木村、筑北村 群馬県 嬬恋村 |
| 市の木 | イチイ |
| 市の花 | ツツジ |
| キャッチフレーズ | 日本のまん中 人がまん中 生活快適都市 |
| 上田市役所 | |
| 所在地 | 〒386-8601 長野県上田市大手一丁目11番16号 |
| 外部リンク | 上田市公式ホームページ |
| 特記事項 | 都市圏人口 上田都市圏:379,071人(2005年8月1日) 上田地方中核都市圏:356,500人(2005年8月1日) 上田小都市雇用圏:227,062人(2005年8月1日) |
| ウィキプロジェクト | |
上田市(うえだし)は、長野県東部(東信地方)にある市。東信地方及び上小地域(じょうしょうちいき)の中心都市で、県内では長野市、松本市に次ぐ規模の都市である。千曲川右岸の旧市街は、戦国時代に真田氏が築いた上田城を中心とする城下町。千曲川左岸の塩田は鎌倉時代の執権北条氏の一族塩田北条氏の所領で、安楽寺、北向観音などの多くの文化遺産が残されており「信州の鎌倉」の異称で呼ばれる。
都市圏は佐久地域にまでおよび、都市圏人口は定義次第では37万人になる。上田市街地から北に向かうと真田氏発祥の地とされる真田郷(旧・真田町)に達する。
目次 |
地理 [編集]
上田市は、長野県の中央からやや東北の所にあり、県庁所在地の長野市から40km、東京から190kmのところにある。市域は上田盆地全体に広がり、それを二分するように千曲川が横断している。市中心部(狭義の上田)は千曲川の河岸段丘上に位置する(標高約450m)。
- 主な水系:上田市の全域は、信濃川水系に属し、本流の千曲川の支流の主な水系としては以下があげられる。
- 主な山
地形・土地利用 [編集]
- 市のほぼ中央を東から北西に千曲川が流れる。千曲川右岸の河岸段丘上に、上田城を中心とした市街地が位置する。市街地の北側の扇状地上ではりんごをはじめとした果樹栽培がさかん。千曲川左岸の塩田地区には水田地帯がひろがる。
気候 [編集]
- 盆地部分の年平均気温は、約12℃。年間の最高気温は35℃前後、最低気温は-10℃程度。昼夜、冬夏の寒暑の差が大きい典型的な内陸性気候。晴天率が高く、年間の平均降水量が約900ミリメートルと全国でも有数の少雨乾燥地帯。ただし、菅平高原などの山岳地帯は、夏季冷涼、冬季寒冷である。
- 少雨地帯であるものの、中心を流下する千曲川とその支流の依田川、神川、浦野川等の豊富な水量と近代的な菅平ダム、内村ダムをはじめ、江戸時代から発達した農業用ため池や、昭和9年に完成した沢山湖などにより深刻な水不足はない。ため池では、コイ、フナの養殖が盛んに行われる。
| 上田の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 平均最高気温 °C (°F) | 5.1 (41.2) |
6.3 (43.3) |
10.8 (51.4) |
18.3 (64.9) |
23.2 (73.8) |
26.2 (79.2) |
29.8 (85.6) |
31.4 (88.5) |
26.0 (78.8) |
19.7 (67.5) |
14.0 (57.2) |
8.3 (46.9) |
18.26 (64.86) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −5.2 (22.6) |
−4.6 (23.7) |
−1.3 (29.7) |
4.3 (39.7) |
9.9 (49.8) |
15.2 (59.4) |
19.4 (66.9) |
20.5 (68.9) |
16.2 (61.2) |
8.9 (48) |
2.3 (36.1) |
−2.7 (27.1) |
6.91 (44.43) |
| 降水量 mm (inch) | 26.4 (1.039) |
30.7 (1.209) |
55.3 (2.177) |
56.7 (2.232) |
81.7 (3.217) |
110.3 (4.343) |
132.3 (5.209) |
97.7 (3.846) |
143.2 (5.638) |
88.7 (3.492) |
41.3 (1.626) |
22.5 (0.886) |
886.8 (34.914) |
| 平均降水日数 (≥ 1.0 mm) | 4.8 | 5.6 | 8.7 | 8.0 | 9.0 | 10.8 | 12.8 | 9.1 | 10.1 | 7.9 | 5.8 | 4.8 | 97.4 |
| 平均月間日照時間 | 178.6 | 179.0 | 200.3 | 208.8 | 209.4 | 161.7 | 174.1 | 207.1 | 150.7 | 162.7 | 166.4 | 176.3 | 2,175.1 |
| 出典: 気象庁 | |||||||||||||
| 菅平の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 平均最高気温 °C (°F) | −1.6 (29.1) |
−1.0 (30.2) |
2.9 (37.2) |
10.7 (51.3) |
16.4 (61.5) |
19.7 (67.5) |
23.3 (73.9) |
24.6 (76.3) |
19.7 (67.5) |
13.7 (56.7) |
8.0 (46.4) |
1.9 (35.4) |
11.53 (52.75) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −12.8 (9) |
−12.7 (9.1) |
−8.1 (17.4) |
−1.1 (30) |
4.3 (39.7) |
9.7 (49.5) |
14.4 (57.9) |
15.2 (59.4) |
11.2 (52.2) |
3.7 (38.7) |
−2.5 (27.5) |
−8.8 (16.2) |
1.04 (33.88) |
| 降水量 mm (inch) | 75.1 (2.957) |
76.2 (3) |
85.2 (3.354) |
74.0 (2.913) |
97.8 (3.85) |
127.7 (5.028) |
154.8 (6.094) |
124.7 (4.909) |
165.4 (6.512) |
103.0 (4.055) |
65.5 (2.579) |
69.9 (2.752) |
1,219.3 (48.003) |
| 降雪量 cm (inch) | 193 (76) |
168 (66.1) |
145 (57.1) |
32 (12.6) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
1 (0.4) |
21 (8.3) |
134 (52.8) |
694 (273.3) |
| 平均降水日数 (≥ 1.0 mm) | 15.9 | 14.5 | 14.3 | 10.6 | 10.7 | 12.3 | 14.0 | 10.5 | 12.0 | 10.7 | 10.6 | 13.0 | 149.1 |
| 平均月間日照時間 | 124.7 | 131.1 | 160.7 | 192.8 | 202.5 | 161.1 | 166.9 | 192.4 | 136.4 | 150.0 | 142.9 | 130.7 | 1,892.2 |
| 出典: 気象庁 | |||||||||||||
隣接している自治体 [編集]
地域(市内のエリア) [編集]
各地区の地名 [編集]
上田市には、大きい地区とそれをさらに区切った小さい地区がある。カッコ内には、小さい地区に所属する大字町丁(住所)を掲載している。ただし、平成18年3月の合併(新・上田市発足)に際し、大字の表記を廃止しており、上田地区の踏入から緑が丘、真田地区の菅平高原、および丸子地区の鹿教湯温泉を除いた地名は、旧来の大字に相当する。
- 上田地区
- 上田地区(踏入(1~2丁目)、常田(1~3丁目)、常入(1丁目)、材木町(1~2丁目)、天神(1~4丁目)、大手(1~2丁目)、中央(1~6丁目)、中央東、中央北(1~3丁目)、中央西(1~2丁目)、二の丸、常磐城(1~6丁目)、緑が丘(1~3丁目)、上田、常入(丁目なし)、国分、常磐城(丁目なし))
- 城下地区(小牧、諏訪形、御所、中之条)
- 塩尻地区(秋和、上塩尻、下塩尻)
- 神川地区(大屋、岩下、蒼久保、国分)
- 神科豊殿地区
- 神科地区(上野、古里、住吉)
- 豊里地区(芳田)
- 殿城地区(林之郷、殿城、漆戸)
- 塩田地区
- 東塩田地区(富士山(ふじやま)、古安曽、下之郷)
- 中塩田地区(中野、小島、保野、舞田、八木沢、本郷、五加)
- 西塩田地区(前山、手塚、山田、野倉、新町、十人)
- 別所地区(別所温泉)
- 川西地区
- 川辺地区(上田原、下之条、神畑、築地、福田、吉田)
- 泉田地区(福田、吉田、小泉)
- 浦里地区(仁古田、岡、浦野、越戸)
- 室賀地区(下室賀、上室賀)
- 真田地区(真田町本原、真田町傍陽(そえひ)、真田町長(おさ)、菅平高原)
- 丸子地区(生田、御嶽堂、長瀬、本海野、塩川、下丸子、中丸子、上丸子、藤原田、腰越、東内、平井、西内、鹿教湯温泉)
- 武石地区(武石沖、武石鳥屋、下武石、上武石、武石小沢根、武石余里、武石下本入、武石上本入)
別称
- 三好町(上田地区-城下地区の諏訪形及び御所の一部)
- 番外地(上田地区-城下地区の御所の一部)
- 川辺町(上田地区-上田原地区の一部)
各地区の特徴 [編集]
- 上田地区
- 上田地区は地理的にも経済的にも市の中心にあり、城下町の面影をのぞくことができる。幹線道路や鉄道駅を中心とした交通網の整備も進んでいる。地区の周辺部には広大な田畑や商業地、住宅地が広がっている。りんごの生産地。
- 1980年代には、上田地区が人口の中心であったため、城下地区・川辺地区・泉田地区・塩田地区・川西地区を総称して「かわむこう」と呼んでいたが、近年の人口移動で逆転現象により、上記地域より「かわむこう」と揶揄されることがある。
- 神科豊殿地区
- 神科地区は市の中心部から見て北東にある田畑が中心の地区。りんごの生産地。上信越自動車道の上田菅平インターチェンジがあり、幹線道路の整備が進んでいる。この地区を通る国道18号線(上田バイパス)や国道144号線、浅間サンライン沿線などには各種の郊外型商店や遊興施設(パチンコ、アミューズメント店舗等)などが建つ。豊殿地区は神科地区よりもさらに東にあり、農地と住宅地が目立つ。
- 川辺地区
- 2000年代には平井寺トンネル方面へのバイパス道路建設を機に上田原・神畑・築地のバイパス道路周辺に大規模商業施設が立ち並び、商業的な中心地になりつつあり、特に神畑は休耕田を所有していた実業家が多いためか、千曲川西岸にはパチンコ店が集中している。
- 塩田地区
- 塩田地区は旧・上田市の南部にあり、塩田平と呼ばれる平地が広がる。平地部は田畑が中心。降水量が少ないため、農業用水の確保のために多くのため池が点在し、中には鯉の養殖が行われている池もある。「塩田鯉」と呼ばれる。同地区には、平安時代から室町時代の建造物が残り、日本で唯一の八角三重塔(安楽寺)、「未完成完成の塔」と呼ばれる前山寺の三重塔などは有名。なかでも鎌倉時代に立てられた建造物や史跡が点在していることから「信州の鎌倉」と呼ばれる。山のふもとには別所温泉がある。
- 川西地区
- 川西地区は旧・上田市の南西にあり田畑や山林が中心である。
- 真田地区
- 真田地区は市の北部にあり、主に神川(かんがわ)水系に位置する。菅平高原は、夏はラグビー・サッカー、冬はスキーをはじめとするスポーツが盛んで、スポーツ施設とともに、宿泊施設が集積している。夏の冷涼な気候を利用し、高原野菜の栽培が盛ん。
- 丸子地区
- 丸子地区は市の南部にあり、主に依田川水系に位置し、この地区、武石地区および小県郡長和町の一帯は依田窪地区とも呼ばれる。当地区の西部には、鹿教湯温泉をはじめとした温泉が点在する。鹿教湯温泉のホテル天竜閣には松代藩江戸中屋敷が以前は佐久市野沢にあった中島公園より移築されている。
- 武石地区
- 武石地区は市の南部にあり、主に依田川水系に位置し、背後に美ヶ原高原を擁する。
- また、この美ヶ原は長野県内のテレビ(地上アナログ、地上デジタル)、ラジオ(FM)の送信所(親局)がある。放送局により上田市の地籍になる局と隣市の松本市の地籍になる局がある。(ちなみに、上田市の大半の地域ではこの美ヶ原送信所からの電波を直接受信できるが、一部受信不可の地域は真田サテライト局(テレビは地上アナログ、デジタル両方に対応、ただしFMは無い)などでカバーしている)
産業 [編集]
果樹・野菜栽培 [編集]
工業 [編集]
- 古くは、養蚕業が盛んで、特に明治期においては、日本の主力産業であった繭の重要な供給地であった。特に、塩尻地区は養種業が盛んで、世界の養種(蚕の卵)の中心地でもあった。
- 現在は、電気機器、自動車部品などの生産が盛んであり、製造品出荷額は県内で安曇野市に次いで2位である。(合併前は4位)
上田市に本社機能を置く主な企業 [編集]
- 日信工業
- シナノケンシ(プレクスター製造元)
- 三洋精密
- 日置電機
- 信州ハム
- オルガン針
- アート金属工業
- シーティーエス
- ルートインジャパン(東京と2本社制)
- しなの鉄道
- 八十二証券
- やおふく
- 作楽クリエイト
- 上田日本無線
- 上田交通
- 上田電鉄
- 上田バス
上田市に主力工場を置く主な企業 [編集]
上田市に協力工場を置く主な企業 [編集]
歴史 [編集]
奈良時代 [編集]
平安時代 [編集]
- 承平8年(938年)、平将門に追われて東山道を京にむけて関東を脱出しようとした平貞盛が、2月29日に追撃してきた将門の軍勢100騎と信濃国分寺付近で戦った記録が残されている。このとき貞盛は、信濃国海野古城を拠点とする信濃御牧の牧監(管理者)滋野氏の下に立ち寄っている。旧知の間柄であったとも伝わるが、正確な関係は不明である。滋野氏のみならず、他田真樹ら信濃国衙の関係者達も貞盛に加勢したが将門軍に破れたとされる。この戦闘によって国分寺は焼かれたものと考えられている。
鎌倉時代 [編集]
戦国時代 [編集]
- 天正11年(1583年) - 信濃の豪族真田安房守昌幸は、千曲段丘の要害の地を選んで城を築き、その翌年城の完成とともに小県郡伊勢山の戸石城からこの城に移って来た。これが上田城の起源である。築城後、真田昌幸は、真田氏に縁故のある海野郷(現在の東御市の一部)と原郷(市内の(旧)真田町の一部に本原の地名がみられる)の住民を招いて城下町を形成するに至る。
- 天正13年(1585年)8月 - 徳川家康がさしむけた真田討伐の大軍をむかえたが、真田昌幸は少ない兵と上田城や周辺の地理的条件を利用して、遂にこれを撃退せしめた。第一次上田合戦
- 慶長5年(1600年) - 関ヶ原の戦いのとき、真田昌幸とその子真田信繁(幸村)は、徳川秀忠が率いて押し寄せた大軍を完全に阻止し、そのため秀忠が関ヶ原の戦期を失うに至ったことは、史上名高いところである。第二次上田合戦
- 関ヶ原の戦い後、真田昌幸は在城18年にして、次男信繁(幸村)とともに紀州高野山に幽閉されたため、上田城は一時空城となったが、依田肥前守信守が守衛の任に当たる。その後、徳川家康の女婿となっていた昌幸の長男真田信之が、徳川方に属し将軍秀忠のもとで上田城攻撃を行う忠誠を尽くしたことが評価され、沼田藩とともに上田藩の藩主にもなり、父の地盤を受け継いだ。
江戸時代 [編集]
- 元和8年(1622年) - 真田信之は、在城23年にして松代(現:長野市松代町)に移り、その後を小諸の仙石忠政が上田に移る。仙石家は3代85年にわたった。この間に現在残っている上田城が築かれる。
- 1742年戌の満水・寛保の大水とも言われる千曲川の大洪水で市域に広く被害が及んだ。
- 宝永3年(1706年) - 但馬出石の松平忠周と所替になる。松平氏は在城7代164年の長きに及んだが、明治2年の版籍奉還によって上田藩となる。
明治時代 [編集]
- 1871年(明治4年)7月 - 廃藩置県に伴って上田県に変わる。
- 1871年(明治4年)11月 - 上田県が廃止されて長野県に統一。
- 1877年(明治10年)11月8日 - 第十九国立銀行開業。(※ 20年後民営化)
- 1879年(明治12年)1月14日 - 小県郡郡役所が上田町に設置される。
- 1886年(明治19年)8月15日 - 官設鉄道上田駅開業。
- 1889年(明治22年) - 小県郡丸子村(現:丸子地区中心部)に依田社が、翌年には同郡上田町に信陽館が設立され昭和時代の前半にかけて製糸業で賑わう。
- 1893年(明治26年)4月1日 - 信越本線(上野駅~直江津駅)が開通。
- 1896年(明治29年)1月20日 - 信越本線大屋駅開業。
- 1900年(明治33年)【この年】 - 諏訪郡平野村の製糸業者笠原組が常田館を設立。(28年後吸収合併し笠原組→笠原工業上田工場と改称)
大正時代 [編集]
- 1918年(大正7年)11月21日 - 丸子鉄道線が開業。
- 1920年(大正9年)6月1日 - 信越本線の北塩尻駅開業。(※ 1956年(昭和31年)4月10日に西上田駅と改称した。)
- 1921年(大正10年)6月17日 - 上田温泉電軌の本線・川西線が開業。
- 1926年(大正15年)6月30日 - 自治体としての小県郡が廃止されたため市内にあった小県郡役所廃止。
昭和時代(戦前) [編集]
- 1930年(昭和5年) - 菅平高原の開発が本格化した。
- 1931年(昭和6年)
- 1912年(昭和12年) - 鐘紡の上田工場が上田市小牧右岸に設置される。戦後進駐軍接収の後日本専売公社に譲渡される。
- 1944年(昭和19年) - この時期に特攻隊の秘密基地が建設された。
- 1945年(昭和20年) - 現在の上田市東部市街地が空襲を受ける。
昭和時代(戦後)~平成以降 [編集]
- 1949年(昭和24年)10月1日 - 上田市小牧右岸地籍に日本専売公社の上田工場が設置される。
- 1957年(昭和32年) - 上田松尾高校(現:上田高校)が第39回全国高等学校野球選手権大会に初出場。以降現校名時代を含め2度出場。
- 1958年(昭和33年)10月25日 - 信越放送が現在の大字武石下本入の高原地帯美ヶ原にテレビ塔を完成、初の長野県全域でのテレビ放送を開始。
- 1962年(昭和37年) - 丸子実業高校(現:丸子修学館高校)が第34回選抜高等学校野球大会に初出場。以降春3回出場。
- 1963年(昭和38年)7月15日 - 信越本線上野駅~長野駅間電化。
- 1965年(昭和40年) - 丸子実業高校(現:丸子修学館高校)が第47回全国高等学校野球選手権大会に初出場。以降夏7回出場。
- 1966年(昭和41年)10月1日 - 上田駅を停車する信越本線初の特急列車『あさま』登場。
- 1972年(昭和47年)2月19日 - モータリゼーションの波で上田丸子電鉄→上田交通の電車路線がこの日までに別所線を残し廃止となる。
- 1981年(昭和56年)4月1日 - 霧ヶ峰有料道路がこの日全通。(※ 2002年(平成14年)4月20日全線無料開放)
- 1988年(昭和63年) - 上田東高校が第70回全国高等学校野球選手権大会に初出場。
- 1996年(平成8年)11月14日 - 上信越自動車道小諸インターチェンジ~上田菅平インターチェンジ~更埴ジャンクション開通。上田市周辺も高速時代に突入。
- 1997年(平成9年)10月1日 - 長野新幹線開業。信越本線並行区間はしなの鉄道路線として移管される。
- 2006年(平成18年)4月1日 - NHK長野放送局が美ヶ原のテレビ塔を地上デジタルテレビアンテナに改良、初の長野県全域での地上デジタルテレビ放送を開始。
沿革 [編集]
旧・上田市 [編集]
- 1871年(明治4年)11月 - 廃藩置県で上田藩を上田県とし、その後、長野県に統一されて長野県小県郡上田町となる。
- 1876年(明治9年)5月 - 小県郡房山村、山口村を編入。(山口村はのちに分町し神科村へ、そののち再び上田市に)
- 1879年(明治12年)1月14日 - 郡区町村編制法施行に及び自治体としての小県郡上田町発足。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制が施行されるに及び常入村、常磐城村、諏訪形村と小牧村の一部を編入し町制施行。
- 1919年(大正8年)5月1日 - 市制施行。(旧)上田市となる。
- 1921年(大正10年)9月10日 - 小県郡城下村を編入。
- 1954年(昭和29年)4月1日 - 小県郡塩尻村、川辺村を編入。
- 1956年(昭和31年)9月30日 - 小県郡神川村、泉田村を編入。
- 1957年(昭和32年)3月31日 - 大字小泉(半過を除く)を分市。(泉田村)(のちに、川西村を経て再び上田市に)
- 1957年(昭和32年)8月1日 - 小県郡神科村を編入。
- 1958年(昭和33年)4月1日 - 小県郡豊殿村を編入。
- 1970年(昭和45年)4月1日 - 小県郡塩田町を編入。
- 1973年(昭和48年)4月1日 - 小県郡川西村を編入。
- 2006年(平成18年)3月6日 - 小県郡丸子町、真田町、武石村と合併。(新)上田市が発足。これにより(旧)上田市は87年に及ぶ歴史に幕を閉じた。
旧・常入村、常磐城村地区 [編集]
- 1871年(明治4年)11月 - 上田藩→上田県に属していた小県郡生塚村、鎌原村、諏訪部村、西脇村、新町、常田村、踏入村が廃藩置県の第2段階で長野県に属する。
- 1876年(明治9年)5月 - 小県郡生塚村、鎌原村、諏訪部村、西脇村、新町が合併し常磐城村となる。
- 1876年(明治9年)6月 - 小県郡常田村、踏入村が合併し常入村となる。
- 1879年(明治12年)1月14日 - 郡区町村編制法施行により小県郡常盤城村、常入村発足。
旧・城下村、川辺村、泉田村、塩尻村、神川村、神科村地区 [編集]
- 1871年(明治4年)11月 - 上田藩→上田県に属していた下記村落が廃藩置県の第2段階により長野県に属する。
- 1872年(明治5年)5月 - 小県郡堀村、国分寺村、上沢村、黒坪村が合併し国分村となる。
- 1874年(明治7年) - 小県郡町小泉村、日向小泉村が合併し小泉村となる。
- 1877年(明治10年)3月 - 小県郡伊勢山村、新屋村が合併し上野村となる。
- 1877年(明治10年)3月 - 小県郡岩門村、笹井村、染屋村、野竹村が合併し古里村となる。
- 1877年(明治10年)3月 - 小県郡大久保村、金剛寺村、長島村が合併し住吉村となる。
- 1879年(明治12年)1月14日 - 郡区町村編制法施行により小県郡中之条村、御所村、諏訪形村、小牧村、上田原村、神畑村、築地村、下之条村、小泉村、福田村、吉田村、上塩尻村、下塩尻村、秋和村、大屋村、国分村、岩下村、上青木村、下青木村、久保林村、住吉村、古里村、上野村が発足。
- 1879年(明治12年)5月 - 小県郡上青木村、下青木村、久保林村が合併し蒼久保村が発足。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制施行に及び
- 小県郡中之条村、御所村、諏訪形村、小牧村の合併により小県郡城下村が発足。(一部は分村し上田町へ)
- 小県郡上田原村、神畑村、築地村、下之条村の合併により小県郡川辺村が発足。
- 小県郡小泉村、福田村、吉田村の合併により小県郡泉田村が発足。
- 小県郡上塩尻村、下塩尻村、秋和村の合併により小県郡塩尻村が発足。
- 小県郡大屋村、国分村、岩下村、蒼久保村の合併により小県郡神川村が発足。
- 小県郡住吉村、古里村、上野村、上田町の旧山口村分の合併により小県郡神科村が発足。
旧・豊殿村地区 [編集]
- 1871年(明治4年)11月 - 上田県に属していた下記村落が廃藩置県の第2段階により長野県に属する。(※ 同地区は江戸時代初期は上田藩に属していたが仙石氏の時代矢沢旗本領として独立し国替以降も仙石氏が治める地域であった。1871年(明治4年)7月に廃藩置県の第1段階で上田藩と統合され上田県となったのである。)
- 1876年(明治9年)4月 - 小県郡赤坂村、岩清水村、下郷村、矢沢村が合併し殿城村となる。
- 1876年(明治9年)10月 - 小県郡小井田村、森村、中吉田村、下吉田村が合併し芳田村となる。(のちに一部が分村し県村へ(現・東御市))
- 1879年(明治12年)1月14日 - 郡区町村編制法施行により小県郡殿城村、漆戸村、芳田村、林之郷が発足。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制施行に及び
- 小県郡殿城村、漆戸村を編入し発足。
- 小県郡芳田村、林之郷の合併により小県郡豊里村が発足。
- 1956年(昭和31年)9月30日 - 小県郡殿城村、豊里村の合併により小県郡豊殿村が発足。
旧・塩田町地区 [編集]
- 1871年(明治4年)11月 - 上田藩→上田県に属していた下記村落が廃藩置県の第2段階により長野県に属する。
- 1874年(明治7年)11月 - 小県郡奈良尾村、町屋村が合併し富士山村(ふじやま)となる。
- 1874年(明治7年)12月 - 小県郡東前山村、西前山村が合併し前山村となる。
- 1875年(明治8年)2月 - 小県郡手塚村、新町を編入。
- 1875年(明治8年) - 小県郡石神村、鈴子村、平井寺村、柳沢村が合併し古安曽村(こあそ)となる。
- 1879年(明治12年)1月14日 - 郡区町村編制法施行により小県郡五加村、本郷、小島村、保野村、中野村、舞田村、八木沢村、十人村、手塚村、前山村、野倉村、山田村、下之郷、古安曽村、富士山村、別所村が発足。
- 1880年(明治13年)8月 - 小県郡手塚村から新町が独立。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制施行に及び
- 小県郡五加村(ごか)、本郷、小島村、保野村(ほや)、中野村、舞田村(まいた)、八木沢村(やぎさわ)の合併により小県郡中塩田村が発足。
- 小県郡十人村(じゅうにん)、新町、手塚村、前山村(まえやま)、野倉村、山田村の合併により小県郡西塩田村が発足。
- 小県郡下之郷、古安曽村の合併により小県郡東塩田村が発足。
- 小県郡富士山村、合併を伴わずに発足。
- 小県郡別所村(べっしょ)、合併を伴わずに発足。
- 1949年(昭和24年)9月1日 - 小県郡東塩田村、富士山村を編入。
- 1956年(昭和31年)5月1日 - 小県郡中塩田村、西塩田村、東塩田村、別所村の合併により小県郡塩田町が発足。
旧・川西村地区 [編集]
- 1871年(明治4年)11月 - 上田藩→上田県に属していた下記村落が廃藩置県の第2段階により長野県に属する。
- 1874年(明治7年) - 小県郡町小泉村、日向小泉村が合併し小泉村と改称。
- 1879年(明治12年)1月14日 - 郡区町村編制法施行により小県郡小泉村、福田村、吉田村、上室賀村、下室賀村、馬越村、岡村、当郷村、仁古田村が発足。
- 1882年(明治15年) - 小県郡馬越村、浦野町と改称。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制施行に及び、
- 小県郡小泉村、福田村、吉田村の合併により小県郡泉田村が発足。
- 小県郡上室賀村、下室賀村の合併により小県郡室賀村が発足。
- 小県郡浦野町、岡村、当郷村、仁古田村の合併により小県郡浦里村が発足。
- 1956年(昭和31年)9月30日 - 小県郡泉田村、上田市に編入される。
- 1957年(昭和32年)3月31日 - 上田市大字小泉(半過を除く)が分市。小県郡浦里村が分割。大字当郷は小県郡青木村に編入。浦里村の残部、室賀村、上田市大字小泉(半過を除く)が対等合併し川西村が発足。
- 1957年(昭和32年)8月1日 - 旧馬越村→浦野町地区の一部が境界変更により分村、小県郡青木村へ。
旧・丸子町地区 [編集]
- 1868年(慶応4年・明治元年)8月 - 江戸幕府直轄領に属していた信濃国腰越村、荻窪村、和子村、辰の口村、平井村、高梨村が明治新政府の府県制導入で伊那県に属する。
- 1869年(明治2年) - 版籍奉還。信濃国小県郡石井村、狐塚村、坂井村、南方村、藤原田村、長瀬村、下丸子村は小諸藩に属し、同国同郡飯沼村、尾野山村、御嶽堂村、中丸子村、上丸子村は岩村田藩に属する。
- 1870年(明治3年) - 伊那県に属していた腰越村、荻窪村、和子村、辰の口村、平井村、高梨村が中野県に属する。
- 1871年(明治4年)6~11月 - 廃藩置県。これにより同地区が長野県に統一された。
-
- - 6月に中野県に属していた村落が県庁移転による名称変更により長野県に属する。
- - 7月には廃藩置県の第1段階で小諸藩が小諸県に、岩村田藩が岩村田県になる。
- - 11月には小諸県・岩村田県が長野県に編入された。
- 1875年(明治8年) - 小県郡石井村、狐塚村、坂井村、南方村が合併し塩川村発足。
- 1876年(明治9年) - 小県郡高梨村、平井村が合併し、西内村が発足。
- 小県郡荻窪村、和子村、辰の口村が合併し、東内村が発足。
- 小県郡飯沼村、尾野山村が合併し、生田村が発足。
- 1879年(明治12年)1月14日 - 郡区町村編制法施行により小県郡腰越村、上丸子村、中丸子村、下丸子村、西内村、東内村、生田村、御嶽堂村、長瀬村、塩川村、藤原田村発足。
- 1882年(明治15年) - 小県郡西内村から平井村が独立。
- 1887年(明治20年) - 小県郡藤原田村の一部が分村し北佐久郡下之条村(のち同郡北御牧村、現・東御市)へ。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制施行に及び
- 小県郡腰越村、上丸子村、中丸子村、下丸子村が合併し丸子村が発足。
- 小県郡西内村、平井村を編入し発足。
- 合併を行わずに小県郡東内村が発足。
- 小県郡生田村、御嶽堂村が合併し依田村が発足。
- 合併を行わずに小県郡長瀬村が発足。
- 小県郡塩川村、藤原田村を編入し発足。
- 1912年(大正元年)10月30日 - 丸子町制施行。
- 1954年(昭和29年)10月1日 - 小県郡東内村、西内村を編入。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 小県郡依田村、長瀬村を編入。
- 1956年(昭和31年)9月30日 - 小県郡塩川村を編入。
- 1966年(昭和41年)4月 - 小県郡東部町(現・東御市)の遠河原地籍を編入。
旧・真田町地区 [編集]
- 1871年(明治4年)11月 - 上田藩→上田県に属していた下記村落が廃藩置県の第2段階により長野県に属する。
- 1874年(明治7年) - 小県郡上洗馬村、軽井沢村、曲尾村が合併し傍陽村が発足。
- 小県郡上原村、中原村、下原村が合併し本原村が発足。
- 1876年(明治9年) - 小県郡真田村、横尾村、横沢村、大日向村が合併し長村が発足。
- 1879年(明治12年)1月14日 - 郡区町村編制法施行により小県郡傍陽村、長村、本原村発足。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制施行に及び
- 小県郡傍陽村(そえひ)、長村(おさ)、本原村の3村は合併を行わずに発足。
- 1958年(昭和33年)10月1日 - 小県郡傍陽村、長村、本原村が合併し町制施行。公募により小県郡真田町となり発足。
(※真田町となった理由は真田氏の発祥の地であるのと、旧長村の字名に「真田」があり3村の合併で生まれた町としてふさわしいからというのが有力。)
旧・武石村地区 [編集]
人口 [編集]
| 上田市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 上田市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
|
■紫色 ― 上田市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
|||||||||||||||||||||||||||
上田市(に該当する地域)の人口の推移
|
||||||||||||||||||||||||||||
| 総務省統計局 / 国勢調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
行政 [編集]
歴代新・上田市長 [編集]
- 堀内 憲明(市長職務執行代理者・2006年3月6日発足から4月9日まで)
- 母袋 創一(初代〔14代〕・2006年4月10日~)【2期】[3期]※
※=〔〕・[]は旧・上田市時代からの通算。前者は通算歴代、後者は通算選出回数。
議会 [編集]
- 議長 尾島勝
- 議員 31人(任期 2014年4月まで)
交通 [編集]
鉄道 [編集]
- JR東日本長野新幹線
- 上田駅
- しなの鉄道しなの鉄道線
- 大屋駅、信濃国分寺駅、上田駅、西上田駅
- 上田電鉄別所線
- 上田駅、城下駅、三好町駅、赤坂上駅、上田原駅、寺下駅、神畑駅、大学前駅、下之郷駅、中塩田駅、塩田町駅、中野駅、舞田駅、八木沢駅、別所温泉駅
バス 上田駅発着 [編集]
- 高速バス
- 上田バス
- アリオ上田
- 菅平高原(西菅平)
- 菅平高原(サニアパーク)※期間運転5/1~9/30
- 菅平高原(ダボス)
- 真田
- 真田(上渋沢)
- 傍陽(大倉)
- 傍陽(入軽井沢)
- 傍陽(横道)
- 赤坂
- 信州上田医療センター
- 別所温泉
- 合同庁舎方面市内循環バス(あおバス)
- 西上田駅方面市内循環バス(あおバス)
- 高齢者福祉センター(オレンジバス)
- 千曲バス
- 下秋和(千曲バス上田営業所)
- 上田
- 臼田・勝間
- 小諸厚生病院
- 小諸駅
- 丸子・鹿教湯
- 平井寺・鹿教湯
- 丸子・奥鹿教湯
- 丸子
- 青木
- 室賀
- 上室賀
- 町吉田・中吉田
- 祢津
- 下半過
- 美ヶ原高原※期間運転8/1~8/20
- 合同庁舎方面市内循環バス(あかバス)
- 西上田駅方面市内循環バス(あかバス)
- 高齢者福祉センター(オレンジバス)
道路 [編集]
|
高速自動車国道
上信越自動車道・上田ローマン橋
|
一般国道 |
|
県道 |
|
主な市道
- 秋和上堀線(祝町大通り)
- 二の丸通り
- 大手通り
- 戸石米山城通り
有料道路
その他
医療機関 [編集]
友好都市 [編集]
- 旧・上田市が姉妹都市提携を結び新設合併以後継承
- 旧・小県郡真田町が姉妹都市提携を結び新設合併で上田市誕生以後継承
- 旧・小県郡丸子町が姉妹都市提携を結び新設合併で上田市誕生以後継承
- 旧・小県郡武石村が姉妹都市提携を結び新設合併で上田市誕生以後継承
- 新設合併以後災害時応援提携を結んだことにより加入
都市会議 [編集]
- 飯田市及び県外25市の市役所とともに「外国人集住都市会議」を構成している。
教育 [編集]
学校 [編集]
- 高等学校(8)
- 小学校(25)
- 上田市立清明小学校 (せいめい)
- 上田市立東小学校 (ひがし)
- 上田市立西小学校 (にし)
- 上田市立北小学校 (きた)
- 上田市立城下小学校 (しろした)
- 上田市立塩尻小学校 (しおじり)
- 上田市立川辺小学校 (かわべ)
- 上田市立神川小学校 (かんがわ)
- 上田市立神科小学校 (かみしな)
- 上田市立豊殿小学校 (ほうでん)
- 上田市立東塩田小学校 (ひがししおだ)
- 上田市立中塩田小学校 (なかしおだ)
- 上田市立塩田西小学校 (しおだにし)
- 上田市立浦里小学校 (うらさと)
- 上田市立川西小学校 (かわにし)
- 上田市立南小学校 (みなみ)
- 上田市立塩川小学校 (しおかわ)
- 上田市立丸子北小学校 (まるこきた)
- 上田市立丸子中央小学校 (まるこちゅうおう)
- 上田市立西内小学校 (にしうち)
- 上田市立傍陽小学校 (そえひ)
- 上田市立長小学校 (おさ)
- 上田市立本原小学校 (もとはら)
- 上田市立菅平小中学校 (すがだいら)
- 上田市立武石小学校 (たけし)
- 特別支援学校
職業訓練 [編集]
- 職業能力開発短期大学校(1)
名所・旧跡 [編集]
歴史 [編集]
- 真田氏関連史跡
- 上田原古戦場
- 塩田城跡
- 岡城跡
- 科野大宮社(「信濃」の語源とされる)
- 信濃国分寺(三重塔)
- 信濃国分寺史跡公園
- 北国街道街並み
- 養蚕業関連の建造物等
- 生島足島神社
- 北向観音
- 常楽寺(北向観音本坊)
- 安楽寺(国宝八角三重塔)
- 前山寺(三重塔)
- 中禅寺(薬師堂)
- 毘沙門堂 (多聞庵)
- 岩門大日堂
- 龍洞院
温泉 [編集]
美術館・博物館 [編集]
市街地
- 上田市立博物館
- 山本鼎記念館
- 上田市立信濃国分寺資料館
- 池波正太郎真田太平記館
- 石井鶴三美術資料室
- 尾澤木彫美術館
- Editor's Museum 「小宮山量平の編集室」
- 赤松小三郎記念館・平八郎茶屋
真田地域
塩田・別所地域
丸子地域
武石地域
自然 [編集]
スポーツ [編集]
郷土料理 [編集]
上田を舞台にした作品 [編集]
小説 [編集]
- 「サマーウォーズ」
上田で撮影された作品 [編集]
- 「犬神家の一族」
- 「野生の証明」
- 「卓球温泉」
- 「たそがれ清兵衛」
- 「嫌われ松子の一生」
- 「恋する日曜日 LOVE ON SUNDAY」
- 「ラストゲーム 最後の早慶戦」
- 「たとえ世界が終わっても」
- 「私は貝になりたい」
- 「スパイ・ゾルゲ」
- 「シグナル~月曜日のルカ~」
- 「オロナミンC・牛若編」
出身有名人 [編集]
- 田中渉(作家)
- H2O(中沢堅司、赤塩正樹)(歌手・グループ)
- 小林すすむ(俳優、お笑い・グループ)
- おかざき真理(漫画家)
- 三遊亭きん歌(落語家)
- 立川談慶(落語家)
- 中牧昭二(プロレスラーおよび暴露本著者)
- 月影瞳(元宝塚女優)
- 星野八千穂(プロ野球選手)
- Pierrot(ロックバンド)
- 小出真保(お笑いコンビ・麦芽)
- 土屋貴子(女優、信州上田観光大使)
- ハリー・K・シゲタ(写真家)
- 加藤学(衆議院議員)
- 兎束龍夫(ヴァイオリニスト)
- 牛山美耶子(信越放送アナウンサー、旧武石村出身)
- 塩沢勝吾(サッカー選手・松本山雅FC所属、旧真田町出身)
- 藤村延魚(国際観光ジャーナリスト、元ホテルマン)
旧上田市 [編集]
| 上田市 | |
|---|---|
| 廃止日 | 2006年3月6日 |
| 廃止理由 | 新設合併 上田市 (旧)、小県郡丸子町、真田町、武石村→上田市 (新) |
| 現在の自治体 | 上田市(新) |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 | |
| 地方 | 中部地方、甲信越地方 |
| 都道府県 | 長野県 |
| 団体コード | 20203-7 |
| 面積 | 176.73km² |
| 総人口 | 125,498人 (2005年10月1日) |
| 隣接自治体 | 長野県:東御市、千曲市、 丸子町、真田町、坂城町、青木村、筑北村 |
| 上田市役所 | |
| 所在地 | 〒386-8601 長野県上田市大手一丁目11番16号 |
| 外部リンク | 上田市 |
| ウィキプロジェクト | |
上田市( - 2006年3月5日)は、かつて長野県の東部に位置していた市。2006年3月6日に、小県郡丸子町・真田町・武石村との新設合併により、新上田市(2006年3月6日 - )の一部となった。
合併前後での違い [編集]
現在の上田市(新上田市)は新設合併によって設置された自治体であり、それ以前に存在した上田市(旧上田市)は廃止されている。新上田市(2006年3月6日以降)と旧上田市(2006年3月5日まで)は同名の別法人となる自治体であり、国勢調査などのデータは、2006年3月6日の合併前と合併後とでは、全くの別物となっている。
旧上田市の市役所本庁舎は、現在では新上田市役所本庁舎となっている。
概要 [編集]
※旧上田市の歴史については沿革の節を参照のこと
歴代市長 [編集]
- 細川吉次郎(初代・1919年~1924年死去)
- 勝俣英吉郎(2代・1924年~1930年死去)
- 成沢伍一郎(3代・1930年~1938年)
- 伊藤傳兵衛(4代・1938年~1940年)
- 浅井敬吾(5代・1940年~1946年)※1
- 広瀬淳(市長職務執行代理者・1946年~1947年4月5日)
- 井上柳梧(6代・1947年4月6日~1951年)【1期】※2
- 水野鼎蔵(7代・1951年~1959年)【2期】
- 堀込義男(8代・1959年~1963年)【1期】
- 小山一平(9代・1963年~1973年)【2期・3期中途辞任】
- 石井泉(10代・1973年~1982年死去)【2期・3期中途死去辞任】
- 永野裕貞(11代・1982年~1994年)【3期】
- 竹下悦男(12代・1994年~1998年)【1期】
- 平尾哲男(13代・1998年~2002年)【1期】
- 母袋創一(14代・2002年~2006年3月5日)【1期】※3
※1=公職追放による辞任
※2=この代から公選選出となり【】(括弧)は選出回数
※3=新設合併により失職
友好都市 [編集]
- 神奈川県鎌倉市 - 1979年(昭和54年)11月5日、友好都市締結。
- 兵庫県出石郡出石町(現豊岡市) - 1979年(昭和54年)11月5日、友好都市締結。
- 新潟県上越市 - 1979年(昭和54年)11月5日、友好都市締結。
中華人民共和国寧波市(にんぽーし) - 1995年(平成7年)、友好交流都市締結
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||