上田市

提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

上田市
うえだし
Flag of Japan.svg 日本
地方 中部地方甲信越地方
都道府県 長野県
団体コード 20203-7
面積 552.00km²
総人口 159,941
推計人口、2009年10月1日)
人口密度 290人/km²
隣接自治体 東御市松本市須坂市長野市
千曲市長和町坂城町立科町
青木村筑北村
群馬県 嬬恋村
市の木 イチイ
市の花 ツツジ
キャッチフレーズ 日本のまん中 人がまん中 生活快適都市
上田市役所
所在地 〒386-8601 長野県
上田市大手一丁目11番16号
電話番号 0268-22-4100
外部リンク 上田市公式ホームページ
上田市非公式サイト

上田市位置図(長野県)

:市 / :町・村
特記事項:
人口内訳
男:81,685人
女:85,232人
都市圏人口
上田都市圏:379,071人(2005年8月1日
上田地方中核都市圏:356,500人(2005年8月1日)
上田小都市雇用圏:227,062人(2005年8月1日)
国勢調査人口
2005年(平成17年)国勢調査:123,678人
その他
世帯数:61,432世帯
標高:456m
テンプレート(ノート・解説・ウィキプロジェクト)

上田市(うえだし)は、長野県東部(東信地方)や上小地域(じょうしょうちいき)の中心都市。県内3位、東信地方1位の人口を誇る。

千曲川右岸の旧市街は、戦国時代真田氏が築いた上田城を中心とする城下町。千曲川左岸の塩田は鎌倉時代執権北条氏の一族塩田北条氏の所領で、北向観音などの多くの重要文化財が残されており「信州の鎌倉」の異称で呼ばれる。

都市圏は佐久地域にまでおよび、都市圏人口は定義次第では37万人になる。上田市街地から北に向かうと真田氏発祥の地とされる真田郷(旧真田町)に達する。

目次

[編集] 地理

上田市は、長野県の中央からやや東北の所にあり、県庁所在地長野市から40km、東京から190kmのところにある。市域は上田盆地全体に広がり、市中心部(狭義の上田)は千曲川河岸段丘上に位置する(標高約450m)。 千曲川が市を二分するように横断している。

  • 主な水系:上田市の全域は、信濃川水系に属し、本流の千曲川の支流の主な水系としては以下があげられる。
    • 神川水系:市域北部を南流し、岩下地区付近で千曲川に合流する。傍陽川などを支流にもつ。
    • 浦野川水系:市域中央部の川西地区、塩田地区を流域とし、小泉地区付近で千曲川に合流する。産川湯川などを支流にもつ。
    • 依田川水系:市域南部の丸子地区、武石地区を流域として北流し、生田地区付近で千曲川に合流する。依田川のほか、内村川武石川などを支流にもつ。
  • 主な山
    • 北部:菅平高原を中心とした、四阿山(2,354m)、根子岳(2,128m)のほか、烏帽子岳(2,066m)などの2,000m級の山。
    • 南部;美ヶ原高原を中心とした、王ヶ頭(2,034m)、物見石山(1,985m)、武石峰(1,973m)など。
    • その他:塩田地区の南部には、独鈷山(1,266m)、上田市中心部の北側には、太郎山(1,164m)などが聳え、古くから市民に親しまれている。

[編集] 地形・土地利用

市のほぼ中央を東から北西に千曲川が流れる。千曲川右岸の河岸段丘上に、上田城を中心とした市街地が位置する。市街地の北側の扇状地上ではりんごをはじめとした果樹栽培がさかん。千曲川左岸の塩田地区には水田地帯がひろがる。

[編集] 気候

盆地部分の年平均気温は、約12℃。年間の最高気温は35℃前後、最低気温は-10℃程度。昼夜、冬夏の寒暑の差が大きい典型的な内陸性気候。晴天率が高く、年間の平均降水量が約900ミリメートルと全国でも有数の少雨乾燥地帯。ただし、菅平高原などの山岳地帯は、夏季冷涼、冬季寒冷である。
少雨地帯であるものの、中心を流下する千曲川とその支流の依田川、神川、浦野川等の豊富な水量と近代的な菅平ダム内村ダムをはじめ、江戸時代から発達した農業用ため池や、昭和9年に完成した沢山湖などにより深刻な水不足はない。ため池では、コイ、フナの養殖が盛んに行われる。

[編集] 隣接している自治体

東御市松本市須坂市長野市千曲市
小県郡長和町青木村埴科郡坂城町北佐久郡立科町
東筑摩郡筑北村
吾妻郡嬬恋村

地域(市内のエリア)

[編集] 各地区の地名

上田市には、大きい地区とそれをさらに区切った小さい地区がある。カッコ内には、小さい地区に所属する大字町丁(住所)を掲載している。ただし、平成18年3月の合併(新・上田市発足)に際し、大字の表記を廃止しており、上田地区の踏入から緑が丘、真田地区の菅平高原、および丸子地区の鹿教湯温泉を除いた地名は、旧来の大字に相当する。

  • 上田地区
    • 上田地区(踏入(1~2丁目)、常田(1~3丁目)、常入(1丁目)、材木町(1~2丁目)、天神(1~4丁目)、大手(1~2丁目)、中央(1~6丁目)、中央東、中央北(1~3丁目)、中央西(1~2丁目)、二の丸、常磐城(1~6丁目)、緑が丘(1~3丁目)、上田、常入(丁目なし)、国分、常磐城(丁目なし))
    • 城下地区(小牧、諏訪形、御所、中之条)
    • 塩尻地区(秋和、上塩尻、下塩尻)
    • 神川地区(大屋、岩下、蒼久保、国分)
  • 神科豊殿地区
    • 神科地区(上野、古里、住吉)
    • 豊里地区(芳田)
    • 殿城地区(林之郷、殿城、漆戸)
  • 塩田地区
    • 東塩田地区(富士山(ふじやま)、古安曽、下之郷)
    • 中塩田地区(中野、小島、保野、舞田、八木沢、本郷、五加)
    • 西塩田地区(前山、手塚、山田、野倉、新町、十人)
    • 別所地区(別所温泉)
  • 川西地区
    • 川辺地区(上田原、下之条、神畑、築地、福田、吉田)
    • 泉田地区(福田、吉田、小泉)
    • 浦里地区(仁古田、岡、浦野、越戸)
    • 室賀地区(下室賀、上室賀)
  • 真田地区(真田町本原、真田町傍陽(そえひ)、真田町長(おさ)、菅平高原)
  • 丸子地区(生田、御嶽堂、長瀬、本海野、塩川、下丸子、中丸子、上丸子、藤原田、腰越、東内、平井、西内、鹿教湯温泉)
  • 武石地区(武石沖、武石鳥屋、下武石、上武石、武石小沢根、武石余里、武石下本入、武石上本入)

別称

  • 三好町(上田地区-城下地区の諏訪形及び御所の一部)
  • 番外地(上田地区-城下地区の御所の一部)
  • 川辺町(上田地区-上田原地区の一部)

[編集] 各地区の特徴

上田地区
上田地区は地理的にも経済的にも市の中心にあり、城下町の面影をのぞくことができる。幹線道路や鉄道駅を中心とした交通網の整備も進んでいる。地区の周辺部には広大な田畑や商業地、住宅地が広がっている。りんごの生産地。
1980年代には、上田地区が人口の中心であったため、城下地区・川辺地区・泉田地区・塩田地区・川西地区を総称して「かわむこう」と呼んでいたが、近年の人口移動で逆転現象により、上記地域より「かわむこう」と揶揄されることがある。
神科豊殿地区
神科地区は市の中心部から見て北東にある田畑が中心の地区。りんごの生産地。上信越自動車道上田菅平インターチェンジがあり、幹線道路の整備が進んでいる。この地区を通る国道18号線(上田バイパス)や国道144号線、浅間サンライン沿線などには商店(広大な駐車場を有するスーパーマーケット、衣料品店、靴店、スポーツ用品店、家具店、大型トラック対応のガソリンスタンド等)や遊興施設(パチンコ、アミューズメント店舗等)などが建つ。豊殿地区は神科地区よりもさらに東にあり、農地と住宅地が目立つ。
川辺地区
2000年代には平井寺トンネル方面へのバイパス道路建設を機に上田原・神畑・築地のバイパス道路周辺に大規模商業施設が立ち並び、商業的な中心地になりつつあり、特に神畑は休耕田を所有していた実業家が多いためか、千曲川西岸にはパチンコ店が集中している。
塩田地区
塩田地区は旧・上田市の南部にあり、塩田平と呼ばれる平地が広がる。平地部は田畑が中心。降水量が少ないため、農業用水の確保のために多くのため池が点在し、中には鯉の養殖が行われている池もある。「塩田鯉」と呼ばれる。同地区には、平安時代から室町時代の建造物が残り、日本で唯一の八角三重塔(安楽寺)、「未完成完成の塔」と呼ばれる前山寺の三重塔などは有名。なかでも鎌倉時代に立てられた建造物や史跡が点在していることから「信州の鎌倉」と呼ばれる。山のふもとには別所温泉がある。
川西地区
川西地区は旧・上田市の南西にあり田畑や山林が中心である。
真田地区
真田地区は市の北部にあり、主に神川(かんがわ)水系に位置する。菅平高原は、夏はラグビー・サッカー、冬はスキーをはじめとするスポーツが盛んで、スポーツ施設とともに、宿泊施設が集積している。夏の冷涼な気候を利用し、高原野菜の栽培が盛ん。
丸子地区
丸子地区は市の南部にあり、主に依田川水系に位置し、この地区、武石地区および小県郡長和町の一帯は依田窪地区とも呼ばれる。当地区の西部には、鹿教湯温泉をはじめとした温泉が点在する。鹿教湯温泉のホテル天竜閣には松代藩江戸中屋敷が以前は佐久市野沢にあった中島公園より移築されている。
武石地区
武石地区は市の南部にあり、主に依田川水系に位置し、背後に美ヶ原高原を擁する。
また、この美ヶ原は長野県内のテレビ地上アナログ地上デジタル)、ラジオFM)の送信所(親局)がある。放送局により上田市の地籍になる局と隣市の松本市の地籍になる局がある。(ちなみに、上田市の大半の地域ではこの美ヶ原送信所からの電波を直接受信できるが、一部受信不可の地域は真田サテライト局(テレビは地上アナログ、デジタル両方に対応、ただしFMは無い)などでカバーしている)

[編集] 産業

[編集] 果樹・野菜栽培

[編集] 工業

  • 古くは、養蚕業が盛んで、特に明治期においては、日本の主力産業であった繭の重要な供給地であった。特に、塩尻地区は養種業が盛んで、世界の養種(蚕の卵)の中心地でもあった。
  • 現在は、電気機器自動車部品などの生産が盛んであり、製造品出荷額は県内で安曇野市に次いで2位である。(合併前は4位)

[編集] 上田市に本社機能を置く主な企業

[編集] 上田市に主力工場を置く主な企業

[編集] 上田市に協力工場を置く主な企業

[編集] 歴史

[編集] 奈良時代

  • 8世紀に信濃国国分寺、国分尼寺が建立された。最初の国府もこの近くに置かれたとする説もある。
  • 奈良末期から平安時代初頭にかけての時期に、国府が松本に移る。

[編集] 鎌倉時代

[編集] 戦国時代

  • 天正11年(1583年) - 信濃の豪族真田安房守昌幸は、千曲段丘の要害の地を選んで城を築き、その翌年城の完成とともに小県郡伊勢山の戸石城からこの城に移って来た。これが上田城の起源である。築城後、真田昌幸は、真田氏に縁故のある海野郷(現在の東御市の一部)と原郷(市内の(旧)真田町の一部に本原の地名がみられる)の住民を招いて城下町を形成するに至る。
  • 天正13年(1585年)8月 - 徳川家康がさしむけた真田討伐の大軍をむかえたが、真田昌幸は少ない兵と上田城や周辺の地理的条件を利用して、遂にこれを撃退せしめた。第一次上田合戦
  • 慶長5年(1600年) - 関ヶ原の戦いのとき、真田昌幸とその子真田信繁(幸村)は、徳川秀忠が率いて押し寄せた大軍を完全に阻止し、そのため秀忠が関ヶ原の戦期を失うに至ったことは、史上名高いところである。第二次上田合戦
  • 関ヶ原の戦い後、真田昌幸は在城18年にして、次男信繁(幸村)とともに紀州高野山に幽閉されたため、上田城は一時空城となったが、依田肥前守信守が守衛の任に当たる。その後、徳川家康の女婿となっていた昌幸の長男真田信之が、徳川方に属し将軍秀忠のもとで上田城攻撃を行う忠誠を尽くしたことが評価され、沼田藩とともに上田藩の藩主にもなり、父の地盤を受け継いだ。

[編集] 江戸時代

  • 元和8年(1622年) - 真田信之は、在城23年にして松代(現:長野市松代町)に移り、その後を小諸の仙石忠政が上田に移る。仙石家は3代85年にわたった。この間に現在残っている上田城が築かれる。
  • 宝永3年(1706年) - 但馬出石の松平忠周と所替になる。松平氏は在城7代164年の長きに及んだが、明治2年の版籍奉還によって上田藩となる。

[編集] 明治時代

[編集] 大正時代

[編集] 昭和時代(戦前)

  • 1930年(昭和5年) - 菅平高原の開発が本格化した。
  • 1931年(昭和6年)
  • 1912年(昭和12年) - 鐘紡の上田工場が上田市小牧右岸に設置される。戦後進駐軍接収の後日本専売公社に譲渡される。
  • 1944年(昭和19年) - この時期に特攻隊の秘密基地が建設された。
  • 1945年(昭和20年) - 現在の上田市東部市街地が空襲を受ける。

[編集] 昭和時代(戦後)~平成以降

[編集] 沿革

[編集] 人口

Demography20203.svg
上田市と全国の年齢別人口分布 上田市の年齢・男女別人口分布
紫色 ― 上田市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
1980年 151,804人
1985年 157,123人
1990年 160,259人
1995年 164,207人
2000年 166,568人
2005年 163,651人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 行政

[編集] 歴代新・上田市長

    • 堀内 憲明(市長職務執行代理者・2006年3月6日発足から4月9日まで)
    • 母袋 創一(初代〔14代〕・2006年4月10日~)【1期】[2期]※1 ※2

※1=〔〕・[]は旧・上田市時代からの通算。前者は通算歴代、後者は通算選出回数。
※2=旧・上田市時代を含め初となる無投票当選

[編集] 議会

  • 議長 土屋陽一
  • 議員 34人(任期 2010年4月まで)

[編集] 交通

[編集] 鉄道

上田駅(お城口)
JR東日本長野新幹線
上田駅
しなの鉄道しなの鉄道線
大屋駅信濃国分寺駅、上田駅、西上田駅
上田電鉄別所線
上田駅、城下駅三好町駅赤坂上駅上田原駅寺下駅神畑駅大学前駅下之郷駅中塩田駅塩田町駅中野駅舞田駅八木沢駅別所温泉駅

[編集] バス 上田駅発着

高速バス
サンシャインシティプリンスホテル(池袋駅東口)―西武高原バス千曲バス共同運行
京都京都駅八条口)・大阪あべの橋駅)―千曲バス近鉄バス共同運行
上田バス
菅平高原(西菅平)
菅平高原(サニアパーク)※期間運転5/1~9/30
菅平高原(ダボス)
真田
真田(上渋沢)
傍陽(大倉)
傍陽(入軽井沢)
傍陽(横道)
赤坂
長野病院
別所温泉
合同庁舎方面市内循環バス(あおバス)
西上田駅方面市内循環バス(あおバス)
高齢者福祉センター(オレンジバス)
千曲バス
下秋和(千曲バス上田営業所)
上田
臼田・勝間
小諸厚生病院
小諸駅
丸子・鹿教湯
平井寺・鹿教湯
丸子・奥鹿教湯
丸子
青木
室賀
上室賀
町吉田・中吉田
祢津
下半過
美ヶ原高原※期間運転8/1~8/20
合同庁舎方面市内循環バス(あかバス)
西上田駅方面市内循環バス(あかバス)
高齢者福祉センター(オレンジバス)
信州観光バス(温泉口乗り場)
戸倉駅
上山田温泉公園前

[編集] 道路

高速自動車国道

一般国道

県道
(主要地方道)


(一般県道)

主な市道

  • 秋和上堀線(祝町大通り)
  • 二の丸通り
  • 大手通り
  • 戸石米山城通り

有料道路

その他

道の駅

[編集] 医療機関

[編集] 友好都市

[編集] 都市会議

  • 飯田市及び県外25市の市役所とともに「外国人集住都市会議」を構成している。

[編集] 教育

[編集] 学校

大学・短期大学(3)



高等学校(7)



中学校(13)



小学校(25)



特別支援学校

[編集] 職業訓練

職業能力開発短期大学校(1)

[編集] 名所・旧跡

[編集] 歴史

上田城跡公園

[編集] 温泉

[編集] 美術館・博物館

[編集] 自然

[編集] スポーツ

[編集] 上田を舞台にした作品

[編集] 小説 

漫画
映画

[編集] 上田で撮影された作品

映画
ドラマ
CM

[編集] 出身有名人


[編集] 旧上田市

旧・上田市のデータ
廃止日 2006年3月6日
廃止理由 新設合併
上田市 (旧)、小県郡丸子町真田町武石村→上田市 (新)
現在の自治体 上田市(新)
廃止時点のデータ
Flag of Japan.svg 日本
地方 中部地方甲信越地方
都道府県 長野県
団体コード 20203-7
面積 176.73km²
総人口 125,498
(2005年10月1日)
隣接自治体 長野県東御市千曲市
丸子町真田町坂城町青木村筑北村
市の木
市の花
市の鳥 {{{鳥など}}}
上田市役所
所在地 〒386-8601 長野県
上田市大手一丁目11番16号
電話番号 0268-22-4100
外部リンク 上田市
位置
テンプレート(ノート・解説・ウィキプロジェクト)

上田市( - 2006年3月5日)は、かつて長野県の東部に位置していた市。2006年3月6日に、小県郡丸子町真田町武石村との新設合併により、新上田市(2006年3月6日 - )の一部となった。

[編集] 合併前後での違い

現在の上田市(新上田市)は新設合併によって設置された自治体であり、それ以前に存在した上田市(旧上田市)は廃止されている。新上田市(2006年3月6日以降)と旧上田市(2006年3月5日まで)は同名の別法人となる自治体であり、国勢調査などのデータは、2006年3月6日の合併前と合併後とでは、全くの別物となっている。

旧上田市の市役所本庁舎は、現在では新上田市役所本庁舎となっている。

[編集] 概要

※旧上田市の歴史については沿革の節を参照のこと

[編集] 歴代市長

  1. 細川吉次郎(初代・1919年~1924年死去)
  2. 勝俣英吉郎(2代・1924年~1930年死去)
  3. 成沢伍一郎(3代・1930年~1938年)
  4. 伊藤傳兵衛(4代・1938年~1940年)
  5. 浅井敬吾(5代・1940年~1946年)※1
  6. 広瀬淳(市長職務執行代理者・1946年~1947年4月5日)
  7. 井上柳梧(6代・1947年4月6日~1951年)【1期】※2
  8. 水野鼎蔵(7代・1951年~1959年)【2期】
  9. 堀込義男(8代・1959年~1963年)【1期】
  10. 小山一平(9代・1963年~1973年)【2期・3期中途辞任】
  11. 石井泉(10代・1973年~1982年死去)【2期・3期中途死去辞任】
  12. 永野裕貞(11代・1982年~1994年)【3期】
  13. 竹下悦男(12代・1994年~1998年)【1期】
  14. 平尾哲男(13代・1998年~2002年)【1期】
  15. 母袋創一(14代・2002年~2006年3月5日)【1期】※3

※1=公職追放による辞任
※2=この代から公選選出となり【】(括弧)は選出回数
※3=新設合併により失職

[編集] 友好都市

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ