宮田村
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| みやだむら 宮田村 |
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|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 中部地方、甲信越地方 |
| 都道府県 | 長野県 |
| 郡 | 上伊那郡 |
| 団体コード | 20388-2 |
| 面積 | 54.52km² (境界未定部分あり) |
| 総人口 | 8,989人 (推計人口、2012年2月1日) |
| 人口密度 | 165人/km² |
| 隣接自治体 | 伊那市、駒ヶ根市、上松町、木曽町 |
| 村の花 | 梅の花 |
| 村の特別シンボル | コマウスユキソウ |
| 宮田村役場 | |
| 所在地 | 〒399-4301 長野県上伊那郡宮田村98番地 |
| 外部リンク | 宮田村公式ページ |
| ウィキプロジェクト | |
宮田村(みやだむら)は、長野県上伊那郡の村。村の西端には中央アルプスの最高峰である木曽駒ヶ岳がそびえ、東端に天竜川、南端に太田切川が流れており、東のなだらかな平野部と、西の駒ヶ岳まで至る深い山地からなっている。宮田式農業で知られる。紫輝彩丼が新名物。
目次 |
[編集] 歴史
「中越式」で知られる中越遺跡に代表される多くの遺跡が物語るように、この地では、古くから人々が生活を営んできた。村名は平安時代の律令に関する資料である「延喜式」や、百科事典的な資料「倭名類聚抄」の中に出てくる「宮田」による。この時代は東山道の宮田駅が置かれ、この地方の中心地であった。江戸時代は高遠藩に属して三州街道の宮田宿が置かれ、交通の要衝として信濃十五宿にも数えられて、伝馬や中馬の中継地点として、また近代以降は木曽駒ケ岳の登山基地として賑わった。
[編集] 自治体の変遷
- 1875年1月23日 - 宮田村、中越村が合併して宮田村となる。
- 1889年4月1日 - 市町村制施行で宮田村が単独で発足。
- 1954年1月1日 - 単独町制施行、宮田町となる。
- 1954年7月1日 - 赤穂町、伊那村、中沢村と合併し駒ヶ根市となる。
この合併は駒ヶ根市の人口要件を満たすためのものであり、合併後の分離を条件としていた。 - 1956年9月30日 - 合併後の駒ヶ根市議会で多少の悶着はあったが、再び分立し、現在の宮田村となった。
[編集] 行政
[編集] 人口
| 宮田村と全国の年齢別人口分布(2005年) | 宮田村の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 宮田村
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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宮田村(に該当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 / 国勢調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
[編集] 地域
[編集] 交通機関
[編集] 名所
[編集] 教育
- 宮田村立中央保育所
- 宮田村立東保育所
- 宮田村立西保育所
- 宮田村立宮田小学校
- 宮田村立宮田中学校
[編集] 主要企業
[編集] 行事
- 津島神社祇園祭 (宮田祇園祭)(あばれ神輿)
[編集] 出身者
[編集] 友好都市など
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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