川上村 (長野県)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
かわかみむら
川上村
JRE-Koumi-line-Nobeyama01.jpg
八ヶ岳と小海線
日本の旗 日本
地方 中部地方甲信越地方
都道府県 長野県
南佐久郡
団体コード 20304-1
面積 209.61 km²
総人口 4,488
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 21.4人/km²
隣接自治体 南佐久郡南牧村南相木村
山梨県北杜市甲府市山梨市
埼玉県秩父市
群馬県多野郡上野村
村の木 カラマツ
村の花 シャクナゲ
他のシンボル 村の鳥:ウグイス
村の動物:川上犬
川上村役場
所在地 384-1405
長野県南佐久郡川上村大深山525
北緯35度58分31.5秒東経138度34分42秒
川上村役場
外部リンク 川上村ホームページ

川上村 (長野県)位置図

― 市 / ― 町 / ― 村

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

川上村(かわかみむら)は長野県南佐久郡の一つ。千曲川の最上流部に位置する。日本有数のレタス産地であり、村内の就業者の6割が第一次産業にかかわっている。長野県内で唯一、埼玉県秩父地方)と境を接する自治体。村の一部は秩父多摩甲斐国立公園に指定されている。

地理[編集]

東部及び南部は奥秩父山塊の主脈に属す。西部は八ヶ岳の広大な裾野(野辺山高原)の一部。北部は奥秩父山塊の支脈が南牧村南相木村との村境。村域全体が1,000mを超える高冷地に位置する。また川上村役場は標高1,185mに位置し、これは役場や役所の所在地としては日本で最も標高の高い場所に位置するものである。

日本最長の河川である千曲川信濃川)は甲武信ヶ岳山頂直下2250m付近の森林地帯から発する。

  • 山:甲武信ヶ岳金峰山、三国山、国師ヶ岳、小川山、女山、男山、天狗山、御陵山
  • 河川:千曲川
    • 千曲川支流:所並川、梓川、秋山沢、金峰山川、小川、前川、黒沢川、板橋川

隣接している自治体[編集]

年齢別人口構成[編集]

Demography20304.svg
川上村と全国の年齢別人口分布(2005年) 川上村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 川上村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
川上村(に該当する地域)の人口の推移
1970年 4,739人
1975年 4,686人
1980年 4,632人
1985年 4,711人
1990年 4,722人
1995年 4,957人
2000年 4,908人
2005年 4,759人
2010年 4,974人
総務省統計局 国勢調査より

歴史[編集]

八ヶ岳山麓や中央高地は縄文時代の遺跡が数多く分布する地域で、村域にも後期旧石器時代から縄文時代にかけての遺跡が見られ、馬場平遺跡大深山遺跡が存在し、大深山遺跡は日本で一番標高の高い場所に立地する集落遺跡として知られる。弥生時代の遺跡は少ない。

古墳時代から奈良時代のものとされる遺跡は現在認められていないが、平安時代の遺跡は確認されている。また、保元の乱に縁のある伝説が伝えられている。

戦国時代に信濃は甲斐国武田氏の領国となり、武田領国においては甲斐本国の黒川金山をはじめ金鉱山の開発が行われているが、川上村でも梓久保金山遺跡において金鉱山の採掘精錬用具や金粒付着土器が出土しており、金の採掘や精錬作業が行われていたと考えられている。

近世に信濃国では小藩が分立するが、当村域は幕府直轄領として八か村が成立する。

沿革[編集]

  • 1889年明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、居倉村・原村・御所平村・大深山村・秋山村・梓山村・川端下村および大明村の一部(樋沢)の区域をもって発足。現在に至る。

行政[編集]

教育[編集]

すべて村立

小学校
  • 川上第一小学校
  • 川上第二小学校
中学校
  • 川上中学校

産業[編集]

第二次大戦後は、カラマツの苗木の栽培が盛んに行われたことがあり、全国各地に植林用として出荷された。

現在は、日本有数のレタス産地として知られ、一戸あたりの平均年収(正確には年商)は2500万円を越える。

夏が短い高冷地での野菜栽培は、夏季集中型を取らざるを得ないため、未明から深夜までの長時間農作業が必要となる。以前から全国各地の学生アルバイトなどを季節労働的に募集して労働力需要を補っていたが、近年は外国人研修制度を利用するなどした中国人などの外国人が農作業を支えている[1]

交通[編集]

信濃川上駅

鉄道[編集]

JR小海線 信濃川上駅(御所平)

道路[編集]

国道は通過していない。最寄の国道は国道141号南牧村ほかを通過)。

バス[編集]

  • 川上村営バス(樋沢野辺山 - 信濃川上駅 - 梓山 - 川端下)
1982年までは千曲バスが村内の路線を担当していた。しかし、過疎化が進んだ上に、千曲バスにとっては他の路線とは接続していない独立した路線であった[2]ことから路線は廃止となり、1982年7月より道路運送法80条の適用を受けて、自家用バスを営業運転する自治体直営バスとして運行を開始した。村営バスになった当初は信濃川上駅と梓山を結ぶ13.8kmの路線のみであった[3]が、その後秋山から南下して川端下(かわはけ)への3.4km区間を延長した[3]
それまで川上村で運行していたスクールバスとの統合を図り、4台の車両の運行を4人でこなすようにするなどのコスト低減策[4]や、信濃川上駅前のバス停を駅の出入り口に近づけ、ダイヤも列車との接続を重視、定期券や回数券の販売窓口も増設するなどの積極策を採った[4]。この結果、1世帯あたり4台以上というマイカー保有率[3]にもかかわらず、住民の利用が多く、開業以来収支はほぼ黒字傾向で推移しており[3][4]、他の自治体からも注目され視察なども受けている[4]。また、梓山は千曲川や三国峠への玄関口としての役割も果たしていることから、地元住民以外にハイカーなどの利用もみられる[4]
車両は4台在籍しており、うち2台が村営バス用の車両で、残りの2台はスクールバスに使用されている。スクールバスのうち1台は村営バスの予備車ともなっている[4]。車両は約7年で償却するシステムとなっている[4]

[編集]

伝統行事・祭礼[編集]

  • お方ぶち(原地区)
  • どんどん焼き(かんがり、かんがりや)
  • 道祖神(秋山地区)
  • どんどん火(梓山地区)
  • とおかんや(川端下地区)

名所・旧跡・観光スポット[編集]

シャトレーゼスキーリゾート八ヶ岳
史跡(国指定)
重要遺跡
  • 馬場平遺跡
村指定史跡
  • 柏垂遺跡
  • 金峰山修験道
日本百名山
その他

天然記念物[編集]

長野県天然記念物 川上犬

川上村を舞台とした作品[編集]

著名な出身者[編集]

外部自治体の保養所など[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 農作業に汗する中国人研修生 長野・川上村(08.15産経新聞)
  2. ^ バスジャパン・ハンドブック2『千曲バス』p27
  3. ^ a b c d 季刊「バス・ジャパン」2号『信濃川バス紀行』p25
  4. ^ a b c d e f g バスジャパン・ハンドブック2『千曲バス』p30

外部リンク[編集]