椎葉村
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椎葉村(しいばそん)は、宮崎県の北西部にある村である。東臼杵郡に属する。
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[編集] 地理
宮崎県内陸部の九州山地に位置しており、全体が山地で、村内には多くの山が存在する。このため南九州でありながら冬期は雪が積もることがある。村域の多くが九州中央山地国定公園に指定されている。
[編集] 隣接市町村
[編集] 行政
- 村長:椎葉晃充 (1997年 - 、3期目)
[編集] 歴史
戦国時代には椎葉三人衆(向山城の那須氏、小崎城の那須氏、大川内城の那須氏)と呼ばれる豪族が支配していた。元和年間、那須氏の間で対立が激化。1619年(元和5年)、幕府は阿部正之、大久保忠成を派遣して事態の収拾を図らせた。徳川実紀によると住民1000人が捕らえられ140名が殺害されたという(椎葉山騒動)。1656年(明暦2年)以降、天領となり、隣接する人吉藩相良氏の預かり地となった。
伝承としては、壇ノ浦の戦いで滅んだ平氏の残党が隠れ住んだ地の1つとされ、平美宗や平知盛の遺児らが落ち延びてきたという話も伝わっている。那須氏はその出自ではないかとも云われる(那須大八郎と鶴富姫伝説)。
日本民俗学の先駆けである柳田国男は椎葉村でフィールドワークを行い、その経験をもとに『後狩詞記(のちのかりのことばのき)』(明治42年、1909年)を記した。これには当時の椎葉村長中瀬淳の協力も大きかったという。
[編集] 近現代
[編集] 経済
[編集] 産業
- 主な産業:農業、林業。日本で唯一、焼畑農業を継承している地域がある。
[編集] 姉妹都市
[編集] 国内
[編集] 地域
[編集] 人口
| 椎葉村と全国の年齢別人口分布図(比較) | 椎葉村の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は椎葉村
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 教育
[編集] 中学校
- 村立
- 椎葉中学校
- 松尾中学校
[編集] 小学校
- 村立
- 椎葉小学校
- 鹿野遊(かなすび)小学校
- 尾向小学校
- 不土野小学校
- 小崎小学校
- 大河内小学校
- 松尾小学校
[編集] 交通
[編集] バス路線
[編集] 一般路線バス
- 椎葉村営バス
- 仲塔線(大杉号、上椎葉 - 仲塔)
- 尾向線(みいけ号、上椎葉 - 尾手納)
- 川の口線(やんぼし号、上椎葉 - 川の口)
- 間柏原線(つちのこ号、上椎葉 - 辻)
- 不土野線(奥椎葉号、上椎葉 - 不土野)
- 本郷線(上椎葉 - 大河内・本郷)
- 大河内線(大河内・本郷 - 下の原・大藪橋)
[編集] 道路
高速道路の最寄りインターチェンジは九州自動車道御船インターチェンジ。
[編集] 一般国道
[編集] 一般県道
[編集] 村道
- 村道椎葉矢部線
- 村道椎葉五家荘線
- 村道松尾線
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
椎葉平家まつり(宮崎神宮大祭「宮崎まつり百景」)
- 椎葉神楽(国指定重要無形民俗文化財)
- 椎葉村十根川伝統的建造物群保存地区(国の重要伝統的建造物群保存地区)
- 那須家住宅(国の重要文化財、通称「鶴富屋敷」)
- 椎葉厳島神社
- 上椎葉ダム(日本初の100m級アーチダム)
- 日向椎葉湖(上椎葉ダムによる人工湖)
- 八村杉(国の天然記念物)
- 松尾のイチョウ(県指定天然記念物)
- ひえつきラリー
- 椎葉平家まつり(11月)
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
- 椎葉村・編 『椎葉村史』 1994年。
[編集] 外部リンク
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