見附市

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みつけし
見附市
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
甲信越地方
都道府県 新潟県
団体コード 15211-1
面積 77.96km²
総人口 41,557
推計人口、2011年12月1日)
人口密度 533人/km²
隣接自治体 長岡市三条市
市の木 ウメ
(1974年4月制定)
見附市役所
所在地 〒954-8686
新潟県見附市昭和町2丁目1番1号
Mitsuke city hall.jpg
外部リンク 見附市

見附市位置図(新潟県)

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村
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見附市(みつけし)は、新潟県中央部にあるである。新潟県内の市では面積が最も小さい。

目次

[編集] 地理

新潟県の中央に位置し、市中心部に新潟県土の重心がある(後述)。東京都都心から約300km、新潟市中心部から約50kmのところにある。刈谷田川が市の中心を南北に分けるように流れ、さらに下流では長岡市(中之島地区)との境界線の役割を果たし(ただし、市境が河川改修前の旧河道のままとなっている箇所もある)、市の外で信濃川に合流している。また、川の北側に見附・今町と二つの市街地が発展している複眼都市である。

市の中心部にあった旧見附町は暴れ川として知られた刈谷田川の北岸に位置し、全町が水没するほどの水害にも幾度か襲われてきた。「見附」の名の由来もかる土地という意味に由来すると言われている。

冬は雪が降るため、積雪地域によく見られる雁木(がんぎ)やアーケードが整備されている。今町地区の商店街には雁木が、見附地区の商店街も以前は雁木であったが現在ではアーケードが整備されている。また、道路には幅広い地域で消雪パイプが設置され散水消雪を行うが、消雪パイプのない道路や駐車場では除雪車が出動し、歩道では除雪機によって雪がかき分けられる。

[編集] 地形

市の東部は丘陵地帯、西部は平野部をなしている。市内には山といえるほど高い所はなく、最高でも海抜300mほどの所しかない。また、市の北部では田園地帯が形成され、市の面積の5割近くを田畑が占めている。

[編集] 気候

年間の平均気温は約13°Cであり、降水量は2,000mmを超える。日本における気候区分では日本海式気候であり、春から夏にかけてフェーン現象により5月でも30°Cを超すことがある一方で、冬は曇天や雪が降ることが多いため、日照時間がとても短く最高気温が5°C以下の日がほとんどである。また、雪が降り以前は2m以上積もることもあったが、近年の平均積雪量は1m前後であり、2007年には最大で40cmほどしか積もらなかったことなど、1mを大きく下回ることもある。

[編集] 隣接している自治体

見附市は県内の市の中で一番面積が小さく、また隣接していた市町村が合併してしまったため、現在では2つの自治体しか隣接していない。

[編集] 歴史

[編集] 戦前

[編集] 戦後

[編集] 人口

Demography15211.svg
見附市と全国の年齢別人口分布(2005年) 見附市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 見附市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
見附市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 41,059人
1975年 40,954人
1980年 41,833人
1985年 42,546人
1990年 43,116人
1995年 43,760人
2000年 43,526人
2005年 42,668人
2010年 41,874人
総務省統計局 / 国勢調査

長岡と三条という、新潟県中越地方の二大都市の中間に位置する地理的条件から、主に両市へ人口が流出し1998年をピークに人口は減少に転じ、併せて高齢化が進行している。統計によれば2009年の見附市の高齢化率は25%を突破、市民の4人に1人が高齢者となっている。
一方で見附市は両市のベッドタウンとしても機能しており核家族化も併せて進行、人口が減少に転じてからも世帯数は一貫して増え続けている。[1]

[編集] 行政

[編集] 歴代市長

氏名 就任年月日 退任年月日
初代 齋藤為次郎 1954年11月7日 1958年11月6日
2-3 目黒忠平 1958年11月7日 1966年11月6日
4-6 内山文雄 1966年11月7日 1978年11月6日
7 関利栄 1978年11月7日 1982年11月6日
8-10 内山文雄 1982年11月7日 1994年11月6日
11-12 大塩満雄 1994年11月7日 2002年11月6日
13-14 久住時男 2002年11月7日 現職
※2010年10月に3選

[編集] 行政機構

2005年度における市の職員数は286人であり、人口千人あたりの職員数は6.53人と県内の市では人口あたり最少の職員数となっており(消防公営企業を除く)、今後もこれを維持することを掲げている。[2]

[編集] 財政

2007年度の当初予算額は328億円であり、前年度の当初予算額と比べて106.6%となっている。また、市債残高は2006年度末時点で288億円となり、2002年度より5年連続で280億円を下回っていないが、2006年度の市債依存度は8.1%で、2004年度のそれより4.1%減っている。[3]そのほか、自主財源比率は、2004年度が38.9%であったが、2006年度では47.8%と当初の目標を大きく上回っている。これは、景気回復に伴って市民税による税収が増えたためと考えられる。

2006年度の実質公債費比率が14.2%、2005年度決算の経常収支比率が84.1%であり、県内の他市と比べると上位に位置し良好な水準を維持している。 [2]

[編集] 市町村合併

  • 長岡地域8市町村で構成する任意合併協議会に参加していたが、2003年11月に実施した市民アンケートで合併に反対する意見が6割以上を占めたため、のちの法定合併協議会には参加せずに当面は合併しないものとした。

[編集] 経済

古くから繊維・ニットが盛んであるが、近年ではプラスチック製品、金属製品、一般機械器具製造業の製造品出荷額が増加し、製造業の主力となっている。これは、新潟県中部産業団地(見附テクノ・ガーデンシティ)が市の西部に位置し、補助金や助成金、固定資産税の一定期間の免除などの優遇措置を取り、製造業や運輸業、卸売・小売業などの誘致を行った結果、企業の進出に成功しているためである。

[編集] 商業

ここ数年で小売業が市内に進出してきている。また、既存店舗もリニューアルオープンするなど近年は都市化が進んでいる。ただ、市内にゼネラルマーチャンダイズストア百貨店はなく、そのような所へ行くときは、長岡市や三条市、新潟市まで行く場合が多い。

見附地区には新町・本町商店街があるが、シャッター通りではないものの、以前に比べれば集客力は落ちている。この商店街では、ここでしか手に入れることができない市の特産品や日用品などを販売する小売店があるほか、医院や銀行なども点在しているため、利便性には長けている。また、市内各地に県内を中心に展開するスーパーマーケットがあり、葛巻地区にはショッピングセンターがある。

今町地区は、交通量の多い国道8号が通っているため、それを活かした店舗が並んでいる。主に、娯楽施設やスーパーマーケット、ホームセンター、大規模なスーパーセンター、飲食店などがあり見附地区に比べ都市化が進んでいる。そのほか、日用品等の販売をしている今町商店街もある。

[編集] 製造業

2006年12月31日における市内の従業者4人以上の製造業の状況は、事業所数169、従業者数4,802人、製造品出荷額等804億2,218万円であった。これを2005年のそれと比較すると、事業所数は9(5.1%)減少したが、従業者は101人(2.1%)の増加、そして、製造品出荷額等は12億9,485万円(1.6%)の増加となり、製造品出荷額は2002年を底に4年連続で増加している。これは、一般機械器具製造業やプラスチック製品製造業、金属製品製造業などが大きく出荷額を伸ばしているためである。また、製造品出荷額の業種と比率は以下のとおりである。[4]

  1.  プラスチック製品172億円(21.4%)
  2.  一般機械器具138億円(17.1%)
  3.  金属製品128億円(15.9%)
  4.  衣服・その他の繊維製品88億円(10.9%)
  5.  繊維工業製品84億円(10.4%)

また、見附結城、見附小倉、ニットなど繊維工業が伝統的な地場産業であり、近年製造品出荷額は減少しているものの、1990年にはデザイナーであるコシノジュンコと業務契約を結び、商品開発の指導を受け作成した商品がパリコレクション東京コレクションに発表された。その1年後にはジュンコ・コシノ見附コレクションが開催されたほか、現在では毎年4月下旬と11月中旬の年2回ニットまつりが開催され、市内の各地で4万着を超えるニットなどの衣服が販売されている。日頃は生産地であり、主目的には販売は行っていないことから、大部分はこの時に買わなければ手に入れることができないものであるため、市内外から多くの人々が来場し、見附市の一大イベントとなっている。

[編集] 市内の主な企業

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 地域

[編集] 健康

見附市では2007年1月1日時点で65歳以上の老齢人口が10,000人を超え、高齢化率が24%以上となっており[5] 、以前から高齢化が進んでいるため、2002年より(株)つくばウェルネスリサーチと共同で、有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせたプログラムを開発し、寝たきり予防やメタボリックシンドローム対策の一環として健康運動教室を開くなど、見附市を日本一元気なまちにすることを掲げた「いきいき健康づくり事業」を推進し、市民とくに中高齢者の生活習慣の改善を積極的に行っている。このことは、平成19年版高齢社会白書においても取り上げられている。

また、2007年4月よりメタボリックシンドローム対策のためメタボレンジャーとして市民の男性5人をモニターに、内臓脂肪を解消するために食生活や運動などの生活習慣を改善させ、半年に亘り経過を報告し、5人全員が成果を上げることができた。

1992年見附市立成人病センター病院が開設され、その後、敷地内に介護老人福祉・保健施設や保健福祉センターを配置し、「医療の里」として地域における医療、保健、福祉のネットワーク化を図っている。また、各地に養護老人ホーム老人デイサービスセンターが配置されているほか、今後も施設を増やすなど福祉の充実に取り組んでいる。

[編集] 生活

  • ネーブルみつけ

2004年、市民交流の場としてネーブルみつけができる。ネーブルとは、へそを意味し見附市が新潟県の重心にあることから名づけられた。建物は撤退したスーパーを整備し直し、喫茶コーナーや健康づくりセンター、子育て支援センター、そして市内にある各店の特産品を販売しているみらい市場などがある。また、建物内にまちの駅がある。施設内では、さまざまなイベントが行われていることや施設自体は22時近くまで利用できること、コミュニティバスの停留所も近いことから、多くの人々が訪れている。そのほか、災害時において、救援物資を一時的に預かったりボランティアの受付窓口が臨時開設されるなど市民活動の拠点として、さまざまな役割を果たしている。

  • 子育て応援カード

市内に住所のある18歳未満の子を2人以上養育する保護者(2人目の子を妊娠している方も含む)を対象に、市内にある協賛企業の各店舗で、商品の割引、景品・ポイントの贈呈などのサービスを受けられる「子育て応援カード」を交付しており、2007年2月8日現在で110店舗が協賛している。また、コミュニティバスやみつけエクスプレス、一部の保育園で行っている一時保育など市が行っている事業の一部でも利用料が安くなり、一時保育については半額まで割り引かれる。一方で、協賛店舗は、事業者の名称やサービスの内容をホームページと冊子を使い、対象者に知らせられるので宣伝効果があり、市と協賛事業と市民にそれぞれメリットがある。このカードについては、平日は保健福祉センターで、土・日曜日はネーブルみつけ子育て支援センターで、申請をすることができる。

[編集] 教育

[編集] 交通

[編集] 鉄道路線

[編集] 新幹線

市域は上越新幹線の沿線だが、市内に駅はない。長岡駅が最寄となる。

[編集] 在来線

市域は東日本旅客鉄道(JR東日本)信越本線の沿線となっており、市内には1つの駅がある。

[編集] 過去

越後交通が運営する越後交通栃尾線があり、見附の市街地を経由していたが、1975年に廃線となっている。
現在、廃線跡地の一部は、コンクリートなどで舗装されサイクリングロードとして使われている。 見附市立見附南中学校の上北谷地域の自転車通学に利用されている。

[編集] 路線バス

越後交通グループ1社のみによって運営されている。地域によってはグループ会社の越後柏崎観光バスに委譲された路線がある。

見附市が、見附市街と今町をつなぐ事による市街地活性化や市民生活の利便性向上、排気ガスによる大気汚染の軽減を目的にコミュニティバスの導入を検討し、2003年2004年に二度の実証実験を経て、2004年10月1日より本格的に運行を開始させた。越後柏崎観光バス株式会社が、市の依頼により運営している。上見附車庫前~今町5丁目を運賃100円(小学生50円、未満は無料)で1日5往復している。2006年の乗車人員は約48,000人であり、年々乗車人員は増加している。一日に本数が少ないのが問題点である。

2007年6月より、国土交通省パークアンドライド実証運行の補助金を受け、みつけエクスプレスの運行が開始された。下りの上越新幹線長岡駅に到着したのち、10分後に長岡駅を出発し見附市まで最短20分で営業運行されている。また、上りの上越新幹線の長岡駅到着にも合わせて約30分前に長岡駅に到着するように営業運行されている。このように、首都圏~見附間の移動時間がより短縮され、また、利便性も高くなっている。運賃は、距離に関係なく片道1回につき500円であり、回数券も販売されており、この回数券は長岡駅東口の越後交通案内所でも買うことができる。2007年11月からは、運行時間を拡大したほか、停留所を追加したため、新潟県中部産業団地と市役所、ふぁみりあ前、中央公民館前、上見附車庫前の5ヶ所で乗降する事ができるようになった。これらの停留所(上見附車庫前を除く)では、パークアンドライドの実証運行であるため、それぞれ駐車場が整備されていたが、利用者数の低迷が続き、アンケートの結果2010年3月31日をもって休止となった。

見附市において通勤や買い物などは郊外に大型店などがあるため車で移動しないと大変である。

〔越後交通〕 ・ (急行)栃尾~見附~長岡駅線 ・ 上見附~浦瀬~長岡駅東口線(新町経由・中央病院経由) ・ 栃尾~上見附~中之島線 ・ 東三条駅~今町~長岡駅線 ・ みつけエクスプレス(上見附~長岡駅東口)

〔越後柏崎観光バス〕 ・ 上見附~下塩線 ・ 上見附~刈谷田橋線(平成21年3月31日限りで廃止) ・ 見附市コミュニティバス(上見附~今町5丁目)

[編集] 道路

[編集] 高速道路

[編集] 一般国道

[編集] 主要地方道

[編集] 一般県道

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

祭事で有名なものとしては、今町・中之島大凧合戦見附まつりがある。

[編集] 今町・中之島大凧合戦

大凧合戦は毎年6月の第一土曜日より3日間開催。刈谷田川の東岸の今町側と西岸の中之島側に分かれ、凧を揚げて綱を絡め、綱が切れた方の組が負けとなるもので、100枚もの美濃紙を張り合わせた長さ4mを超える六角凧200枚が、勢い猛に吹く風により、空高くまで掲げられ、大空を華麗に舞うありさまは多くの見物客を驚嘆させる。大凧合戦のはじまりは刈谷田川の堤防を踏み固めるために江戸時代の天明年間から始まったもので、350年もの歴史がある。

[編集] 見附まつり

見附まつりは毎年7月後半に開催され、市民の夏の風物詩となっている。商店街を通行止めにし、見附民謡や見附音頭の大民謡流し、樽ばやし、山車花火大会などが催される。なお、樽ばやしは、県内の祭りで唯一行われている催しであるため、見附まつりの名物となっている。また、多くの露店が道に並び、例年たくさんの人々で賑わっている。

花火大会のメーン打揚業者は新潟煙火工業(株)であり、2007年の花火大会では、2005年より長岡大花火大会において打ち上げられている7.13水害中越地震豪雪の3つの自然災害からの復興を願う復興祈願花火「フェニックス」が、ゆずの「栄光の架橋」に合わせて3分間以上に亘って打ち上げられ、多くの人々を魅了させた。また、「見附夏コレクション」と題した全国有名花火師によるデザイン花火も打ち上げられた。主な花火師は、秋田県で行われる「第80回全国花火競技大会(平成18年)」で、内閣総理大臣賞(最高賞)を受賞した紅屋青木煙火店(長野県)、準優勝の北日本花火工業(秋田県)、菊屋小幡花火店(群馬県)、太陽堂田村煙火店(長野県)、伊那火工堀内煙火店(長野県)などであり、優秀な成績を収めた花火師10人がデザインしたため、見附市でしか見られないものとなった。

見附夏コレクション 2008

製造業者 玉名
出雲崎煙火工業(新潟県出雲崎町) 昇り曲導付花風車
山﨑煙火製造所(茨城県つくば市) 椰子八重芯引冠先銀点滅
篠原煙火店(長野県須坂市) 夏はやっぱりひまわりの花
菊屋小幡花火店(群馬県榛名町) 昇り曲付八重芯変化菊
太陽堂田村煙火店(長野県茅野市) 昇り雄花ヤシ葉芯銀千輪菊
山内煙火店(山梨県笛吹市) 昇り曲導付八重千華芯千華菊
管野煙火店(福島県川俣町) 昇り曲付銀芯彩色千輪菊
伊那火工堀内煙火店(長野県上伊那郡) 八重芯虹色瞬きの牡丹
北日本花火興業(秋田県大仙市) 昇り曲導付芯入土星千輪
紅屋青木煙火店(長野県長野市) 昇り曲付八重芯変化菊


見附夏コレクション 2009

製造業者 玉名
出雲崎煙火工業(新潟県出雲崎町) 昇り曲導付花風車
山﨑煙火製造所(茨城県つくば市) 夢の観覧車
篠原煙火店(長野県須坂市) 花時計
菊屋小幡花火店(群馬県榛名町) 昇曲導付八重芯変化菊
太陽堂田村煙火店(長野県茅野市) 昇り雄花付き花に群蝶
山内煙火店(山梨県笛吹市) 冬の華
管野煙火店(福島県川俣町) 昇り曲付紅椰子黄金点滅千輪菊
伊那火工堀内煙火店(長野県上伊那郡) 朱鷺よ 見附の大空へ
北日本花火興業(秋田県大仙市) 昇り分砲付芯入土星千輪
紅屋青木煙火店(長野県長野市) 昇り曲付万華鏡芯菊先点滅

[編集] 新潟県の重心点

新潟県重心点とガスタンク

見附市葛巻二丁目5番20号に、「新潟県の重心点」の石柱モニュメントが設置されている(北緯37度31分19秒,東経138度54分50秒,標高21.500メートル)。この値は新潟県の形状を切り抜いた際の重心として、国土地理院数値地図を利用して算出されたものである。また、近くのガスタンクには、「ここは新潟県のどまんなか」と書かれている。

ハンディー型GPS端末やGPS携帯で新潟県の重心点の石柱モニュメントの×印で測定すると同じ座標か近い座標が確認することができる。

2011年3月11日東日本大震災で地盤の移動でずれているためモニュメントは厳密には正確ではない。

車を駐車するスペースが少ないが(軽自動車2台分)ある。付近に車をとめることは可能である。


「新潟県のへそ」にちなみ、「へそラーメン」が名物であるが、これは、2002年に市内の飲食店が共同で企画したもので、市内の各店舗で食べることができる。市内の飲食店で「へそラーメン」を作っているのは9軒あるが、ラーメンにのっている具が店によって異なるため、ある店での味わいはそこの店でしか味わうことができないものとなっている。

[編集] 観光スポット

大平森林公園
観音山公園
新田公園
  • 大平森林公園

市の北東に位置し、約53haの園内には4.3haの大平堤があり、キャンプ場やバーベキュー施設、魚釣りなどアウトドア向けのスポットとなっており、ゴールデンウィークや夏休みなどは多くの人々で賑わう。また、全長17mのすべり台やトリム施設、遊歩道があり、子供から中高年者まで幅広い年齢層が利用している。そのほか、4月の開園イベントでは見附太鼓やカヌーの試乗、焼肉食べ放題、ふれあい動物コーナーなどが開催される。なお、開園イベントの際にしかカヌーの試乗はできないため、この機会を失うとまた1年後になってしまう。

遊歩道は堤を1周できるほか、中部北陸自然歩道が通っており、コナラアカマツなどの木々の中を歩いて森林浴を満喫しつつ、春は山菜取り、秋はキノコ狩りといった季節の変化を楽しみながら自然とふれあう事ができる。

公園内にログハウスがあり、お菓子や飲み物を販売しているほか、市の特産品も扱っている。また、自動販売機コーナーも設置されている。ログハウスの営業期間は、4月から11月中旬頃までである。

  • 観音山・水道山公園

市の東南に位置し、海抜60mほどの小高い山の上にあり、東方には守門岳粟ヶ岳が、西方には市街地が眺望できる。春には道に沿ってソメイヨシノ八重桜が、梅雨時には4000株ものアジサイが咲き誇り、訪れる人の心を和ませてくれる。

  • 新田公園

市の中央部に位置し小高い山の上にあるため、市街地を眺望することができる。桜のほかに、ツツジの名所としても知られている。また、瓢箪のような形をした池や灯篭、庭石などがあることから日本庭園のような風景が見ることができる。そのため、秋には紅葉スポットとしても人気がある。

市の北部に位置する中部産業団地内に整備され、2007年6月1日より一部オープンし、徐々に開園面積を拡大していく予定である。ガーデン内を3つのエリアに分け、エリアごとに異なるテーマに合わせてデザインし、各エリアを結ぶことで、それぞれの機能をより活かしたものとし、全施設においてお年寄りや体の不自由な方にも利用しやすいバリアフリー設計となっているため、多くの人々が足を運べるように造られている。また、コミュニティバスやみつけエクスプレスの停留所ともなっているため気軽に足を運ぶことができる。

この規模のイングリッシュガーデンは、新潟県内では最大面積であり、県内ではここでしか見ることができないものもある。また、イングリッシュガーデンを日本に広めた第一人者である英国園芸研究家のケイ山田によってデザイン・監修されたが、それも県内ではここのガーデンしかない。


 

  • 市内 太田町の太田神社の山近くに地元の清水がある。名水に指定されていないが水は美味しい

夏場などは人は順番待ちになる。(地元の人が優先されている)

色々な所より車で水を汲みに訪れる人が多い。

 

[編集] 歴史・文化

所在地は椿沢町。越後三十三観音札所巡礼地第16番札所。戦国時代上杉謙信も当寺の千手観音を深く信仰し、祈願成就の返礼として寺領仏画陣銅羅等礼状を付けて寄進し、今も寺宝として保存され本尊と共に一代一回の開帳となっている。[6]
戊辰戦争において当時の椿沢村が全村焼き討ちに遭った中、焼かれずに残された数少ない建造物のひとつでもある。
所在地は小栗山町。越後三十三観音第17番礼所。七所山と呼ばれる裏山に経塚が営まれ、銅製仏像等が出土した(出土品は新潟県指定有形文化財)。[7]毎年8月10日、17日に上演される「獅子舞」は見附市指定無形民俗文化財となっている。
所在地は名木野町。廃校となった北谷中学校(現在の南中学校の母体のひとつ)の校舎を利用し1980年6月に開館され、地域に住む人々が長い間営んできた仕事や暮らしの中で、生み出し積み重ねてきた知恵や工夫を紹介しており、基本テーマは、「はた・くらし・見附」に設定し、見附の古くからの地場産業である「はた」(織物)を中心に、米作りのために必要な農業生産用具、衣食住全般の様々な生活用具などの民俗資料や、市内の遺跡で発掘された考古資料を収集・展示するほか、市民向けに機織講座や陶芸入門教室も開催している。[8]
発祥の地は山吉町。三条長尾家の下で勢力を持った。三条城、次いで木場城を有した。長尾上杉氏とともに出羽国米沢藩山形県米沢市)へ移る。

[編集] その他

  • まちづくりの1つとして、「快適空間づくり事業」に取り組み、2005年に「ナチュラルガーデンクラブ」を立ち上げ、多くの人々が参加して市内の道路や公園等の公共用地に花苗の植栽や植樹を行っているほか、商店街にハンギングバスケットを使用するなど見附市の美化・緑化を積極的に推進している。そのため、市内の各地で花や緑を見ることができ、市役所前も花々が咲き誇っている。また、見附小学校が全国花いっぱいコンクールにおいて、厚生大臣賞や総務大臣奨励賞、2001年には内閣総理大臣賞を受賞しているほか、市内にある花*花ランドが、都市公園コンクールで国道交通都市・地域整備局長賞を受賞するなど「花のまち」として高い評価を得ている。
  • 2006年より毎年12月から2月中旬までの間、市道十二ノ木線の市役所前通りと見附小学校前通りでそれぞれ500mと400mに亘って4万球の街路樹イルミネーションがまちなかをより煌びやかに彩り、光り輝くファンタジーな空間を演出している。

[編集] 出身有名人

[編集] 脚注

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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